下弦遊戯BR 02 ―復讐のロンド―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月19日〜12月24日
リプレイ公開日:2004年12月27日
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●オープニング
人生は定められたモノではなく、未来は決められたモノではない。
ありとあらゆる未知の可能性を秘めたるが故に、人はただ、命の時を刻む。
人が導くは己が人生。命は果て無き円環の構成にいたり。
虚無の中より光を定め、実現に向けて走る為のモノ。
導き出された答えに解はなく、解がないが故に、人は『未来』を目指し行く。
解は何か、真理は何か、されば果たして人が人たる所以は何か。
意味を探し続けた賢き愚かな生き物は、やがて何も答えられなくなることだろう。
神に答えを求めても、返る声など無いのだから。
――――M・E・クウォント
† † †
「エルザや、どうしてそんなに機嫌がいいのだね」
「あらお父様。当たり前ではありませんか。彼に会いたくて仕方がなかったのですもの」
「寂しいことをいってくれるが、まあ、楽しんでおいで」
「もちろんですわ、お父様」
エルザの父親は知らなかった。
「会いたくて、会いたくて、たまらないんですもの」
彼女が姉の敵を討つために、婚約者を殺す気でいることを。
† † †
「断られてしまったよ」
冒険者達を呼び出したディルスはそう告げた。
「万が一の時は協力してくれると行って来たけれど、暗殺者の対策はこちらで全部するしかない。亡霊の件もあるし、皆には迷惑をかけるけれど頼むよ」
「万が一というのは?」
すでに命を各所から狙われているというのに、これが万が一でなければなんだというのだろう。ディルスが親しい友人である絵師マレア・ラスカにいったい何の利があって相談したのか冒険者達には知る由もなかったが、絵師のマレアが味方に付けば有力だとディルスは言う。彼女は一つ、暗殺者に対する協力に関して条件を提示したらしい。それは。
「アリエスト家との縁談破談、だそうでね。やれやれだ」
何故そうなるのか、理由はよく分からない。依頼主の話に立ち入っては無礼に属するのかもしれないが、一言問うとディルスは苦笑だけ返す。相当複雑な事情があるらしい。
前回の奇襲より約一ヶ月。ディルスの命を狙った給仕に関しては、次のような証言が得られている。給仕がディルスを襲っていたのは薬のためだと言った。ある時給仕は何者かに拉致され、強制的に薬を飲まされたという。その薬を飲めば心も体も軽くなり、寝ずに働き続けることが出来た。しかしやがて薬は本性を現し、給仕は中毒に悩まされた。そこである晩、枕元に毒薬と薬、一枚の羊皮紙が置かれていた。
「薬が欲しければディルスを殺せ、か。人間は脆いな」
「なんて書かれているのかは知らないけれどね」
冒険者の手には一つの瓶がある。黒い薔薇の絵と、古代魔法語で文字が記されたもので、給仕が得体の知れない相手との交渉に引きずり出された小さな瓶。薬が入っていたモノだ。自白した給仕はその夜から二日間、中毒症状に苦しんだ。なんとか解毒剤で事なきを得たのだが、すでに体はボロボロ。今は休暇で休んでいる。
「給仕は被害者だ。憎めない。アリエストでも最近奇妙な現象に悩まされているとかで宿泊の話がのびていたんだけど、ようやく来るよ。明日別荘に着く予定だ」
「我々の役目は亡霊のシエラと暗殺者の排除、でよいというわけだな?」
「そうなるね」
森の中に建てられた別荘は一階建ての広い作りになっていた。コの字型の洋館で中央のバルコニーから小さな湖が見える。部屋数二十八。アリエスト家のエルザは右棟の奥の部屋、ディルスは左棟の奥の部屋で泊まり、冒険者達は本館の数部屋を借りる予定である。実質的に隙だらけの屋敷だが、他の目が届かないため大きな騒ぎになることは防げるだろう。亡霊と暗殺者の奇襲はまず間違いないとしても、暗殺者がディルスではなくエルザを狙うのではないかという懸念もあった。一体誰を襲ってくるのか。
「やれやれですね」
ため息ばかりがこぼれ落ちた。
●リプレイ本文
「表向き二十二歳独身、画家。今まで本気で信じてたな。空白の四年間の原因か」
羊皮紙を机に投げる。絵師マレア・ラスカの詳細だ。ディルスは暗殺者の対処をマレアに任せたかった。保身と『保護』の為に。だが相手は条件を付け断った。理由は恋情の問題と公の意味を持つ。問題は後者にあった。今は他人を気にかける暇はない。けれど。
「年齢詐称はすぐにバレる。どうする気だ」
独白。彼は秘密を通り越し、絵師が『重罪人』である事を知り始めていた。
「エルザ様。私は縁談成立のため、手助けをするよう仰せつかっております。不逞の輩より貴方様をお守りするのも役目のひとつです。名残惜しいですが、今はこれにて」
凛とした声が聞こえた。オラース・カノーヴァ(ea3486)である。森の別宅に来てから気位が高くニコリとも笑わないアリエスト家の次女エルザに対し、オラースは元騎士として可能な限り尊重した。縁談成立と、露骨な言葉ではあるが瞳は真摯だ。
「それじゃ貴方の護衛を私がさせていただくわ。少し話したいこともあるし」
風歌星奈(ea3449)にエルザを任せ、冒険者達は部屋を出た。そこへ使用人の格好をしたナツキ・グリーヴァ(ea6368)が姿を現す。彼女は散々屋敷の構造を調べていた。本来本館で寝泊まりするはずの冒険者達は、内々で寝床をかえている。羊皮紙の束を見せた。
「一応構造は完全に把握したわ、これ、描いた奴。渡しておくから覚えておいて。それと、彼あんな調子だけどいいのかしら」
希龍出雲(ea3109)は外の屋根に寝転がり空を眺めていた。一応護衛であるにも関わらず、彼は全く護衛らしい事をしていない。日中でも寒い外で意味もなく暇をもてあます。
「自分は、出雲が依頼を成功させる為に必要な日向ぼっこをやってくれるのだろうと勝手ながら期待しておるよ。まあ今の時期を考えると日向ぼっことは言い難いが」
「どうなのかしら。まぁ、私はやるべき事をするまでだわ。じゃ、またあとで」
王零幻(ea6154)の双眸が弧を描く。単独行動に出た出雲の事を話しながら彼らは移動した。彼の読みは当たっていたようで、出雲は油断を故意に誘っているらしかった。
「うー、さみぃさみぃ。キチガイと思われそうな気がするが」
「風邪をひかれませんか? 出雲様」
外に出てきたカレン・ロスト(ea4358)が出雲を見上げて気遣いの声を投げた。
「メイド服が様になってるな、どうしたそんな顔して」
「今日初めてエルザ様と直接お会いして思ったんです。本当に似てらっしゃる。クレア様とはレイスとなった姿だけ拝見していますが。何故、婚約を解消されないんでしょう」
ディルスには腹違いの妹がいた。度重なるプリスタン家の事件に関わった者がいるが、彼らもその中の一人である。こと経緯の大筋を知る出雲は再び屋根にごろりと横になった。
「初めて会ったのは初夏の頃だ。生前のクレアは無知な娘だった。長年屋敷の中にいたからな。世の中ってのは、なんでこう無慈悲なんだろうな。俺はもう‥‥血は見たくねぇ」
カレンは地上からだらけている出雲を見上げた。何も言わずに屋敷の中へと戻っていく。
彼女と同じく使用人兼護衛としている者も多い。レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)とその妹も同じだ。不審がられても適当に筋の通りそうな言い訳をしておく。人手不足になる警戒態勢も、順繰りに休むことで常時六人が起きていられるように計画を練っている。尚今回はディルスの身代わりをアリオス・エルスリード(ea0439)がする事になっていた。もし襲撃されても、対処するためである。それから不気味で平穏な日々が続いた。ピリピリとした気配の張り巡らされた中で、ディルスとエルザが同じ時間を過ごす。笑いもしない話もしない、刺し殺すような目を向ける娘に、ディルスはただ一方的に話しかけているだけ。冒険者達は毒のチェックなどをしながらも複雑な気分をもてあましていた。
深夜、レーヴェは夜は礼服の上から黒いマントとエクセレントマスカレードで変装し、ディルスが寝る予定だった部屋の屋根の上で出雲とともに待機していた。
「その面白げな変装はどうしたんだ」
「一瞬でも敵の戦意をそぐためだ。正体がばれるのを防ぐためでもあり‥‥」
冗談なのか本気なのか生真面目なレーヴェが淡々と語る。そこへふと人影が現れた。二人を先に排除するつもりなのか、黒い人影は男女のようで、女の方はひらりと舞い降り寝室を目指し出雲はその後を追う。レーヴェは男に向かって走った。向こうからすればレーヴェは丸腰にしか見えない。だが、間合いを詰めたところでオーラソードを一閃させた。
「油断は大敵とよく言うだろう」
レーヴェが不敵に笑んだ。と、其処にウォーターボムが放たれる。レーヴェの妹が応援に駆けつけたのだが、妹が大事なレーヴェは「来るな」と一喝した。その隙に黒ずくめも剣を抜き放つ、と、切っ先が妖しい仮面をかすめた。紐がきれて仮面が地に落ちると、黒い人影は唐突に動きを止めて声を上げた。
「貴様、レーヴェ・フェァリーレン!? 準リストの人間がいたのか、くそ」
知らない声だ。レーヴェはこの暗殺者と会ったことはない。なのに相手は明らかにレーヴェを知っていた。人影は舌打ちして攻撃をやめ、仲間を追った。引き返すために。
その頃アリオスはディルスの代わりに寝室で眠った振りをしていた。殺気に気づいて飛び起き、隠したダガーに手を伸ばす。と、扉からぬぅっと白い手が映えた。死者の腕だった。レイスのシエラである。暗殺者に続き、出雲もようやく到着した。部屋に踏み込む。
「大丈夫か」
「一度に二人とはやってくれるな」
アリオスの背中に冷たい汗が流れる。部屋の中を逃げ回って広い場所に出た方がいいと判断した。さてどうするかと考えた時に、レイスはアリオスを見るなりくるりと身を翻した。別人と判断したのだろう。ディルスを探すに違いない。暗殺者は気づいていないようだった。だが、窓辺からレーヴェと対峙していたはずの暗殺者が「退け」と叫んだ。
「シャールダニカ。準リストに名前がある奴がいる、他の判別が出来ない、手を出すな!」
「準リスト? お、おぃ待て!」
アリオスの制止も聞かず、シャールダニカと呼ばれた女は男の指示通り、出雲とアリオスの間をすり抜け夜の闇へと姿を消した。
一方その頃、本館を拠点に笛の音が鳴っていた。レイスがディルスを発見したのである。だがしかし、零幻の活躍によりレイスはディルスに手が出せないでいた。レジストデビルによる防御壁の為だ。人を殺める亡霊でしかない相手を眺めた。
「アンデッドであるおぬしがディルスの命を狙うのも道理。だが、残念な事におぬしの存在は誰かを殺めるためにしか存在せぬのだからな。故に弥勒の慈悲と信じて滅せるのみ」
零幻は厳しい口調で言い放ち、コアギュレイトで束縛した。シエラは動くことが出来ない。カレンとオラースが駆けつける。
「全員起こしたぜ。令嬢の所にはナツキと星奈がついてる。悪いが消えてもらうぞ化け物」
「悲しい方‥‥でも、私達は見逃すわけにはゆきません。許してください」
カレンがピュアリファイを唱える間、シルバーアローを構えたオラースが動き出した時を考慮しサポートに回った。コアギュレイトは保って六分。零幻は攻撃とともに束縛を持続させる為に注意を払う。あと数分もすれば、レーヴェとリーベ、出雲とアリオスがたどり着くだろう。少々時間はかかるが、彼らは確実に消滅させる方法を選んだ。
その頃エルザの部屋では。
「いい加減になさいよ」
星奈とナツキの体はひっかき傷だらけになっていた。姉が動いたと知ったエルザが暴れたのである。頬を叩かれたエルザはギッと星奈とナツキの二人を睨視した。
「‥‥貴族令嬢の顔を叩いて悪かったわ。でもね、ディルスも貴方も同じように大切な人の笑顔を失っているのも確かなの。そろそろ前を見たらどう?」
貴方がまだ殺したいのなら止めないわ、と星奈は付け加える。肉親を殺された恨みは消えないだろうが、矛先の向け方が間違っていた。レイス化した姉も似たような事をしようとしているのに、エルザは受け入れようとしなかった。何度も毒を仕込んでも素人ワザなど冒険者達にはお見通しだ。もうじきレイスも消えるだろう。やがてぽつりと言った。
「ここ数日暮らして思い知ったわ。どんなに優しくされても彼を見ると殺したくなる。夢の中で何度も刺した。一緒になんかなれない。私にはお姉様が全てだったもの」
私はどうすればいいの? と星奈とナツキに問いかけた。帰る言葉はなかった。
それから期限が終わり、エルザは帰った。シエラは冒険者達の手により消えた。彼らは去る前に例の瓶の文字を知ることになる。オラースに簡単な読みとりを頼んだ後、零幻の提案によりディルスからギルドを通して文字の解読を頼んでいたのだ。懐が痛まないように配慮したあたり立派だが、文字は次のような文面になった。
――親愛なる方の秘密を暴いた者、知った者、利用せんとする悪しき者。
我らは逃がすまじ、許すまじ。
何処までも追いつめ、汝も西が北方を支える大地の贄となれ。角石となれ。
例え契約が違えども、我ら関を破らんとする汝の首を刈る――
「これからどう転がるんだろうな」
オラースが呟く。
どうやら、ただ貴族の私怨で狙われているというわけではなさそうだ。