下弦遊戯BR 03―セカンドラストワルツ―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月18日〜01月23日
リプレイ公開日:2005年01月28日
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●オープニング
私はただ、幸せな家庭を望んだ。
王子様なんて大層なものは期待していなかった。
ただ手をとって微笑んで、話をしながら笑って踊る。素敵な人が現れると信じていた。
どうして、人殺しの兄なんかに嫁がなければいけなかったの?
† † †
エルザがディルスの別宅に宿泊した日々から大分時間が過ぎた。エルザについていたシエラは消えたものの、ディルスとエルザの中は一向によくならず、結果、エルザは精神的支障をきたすまで追い詰められただけだった。そしてエルザは追い詰められるたび、魔性に魅入られるという厄介な体質も持っていた。今度はデビルに憑かれ気が触れているという。
プリスタン家もアリエスト家も、これには困り果てたといっていいだろう。婚約は解消できない、したくはない。だがエルザがああでは後継ぎの事も含めて色々支障もきたすだろう。そこで婚約を解消せず結婚式を先延ばしにして、しばらくエルザの様子を見ようと言う話になった。
「エルザとやらも厄介だな。ここまでとは」
「敵と政略結婚だ、嬉しいとは思わないさ。親父と養子を考え始めているくらいだ」
「それで私たちにどうしろと?」
「彼女はそっとしてやりたいと思う。けど、今の荒んだ状態じゃどうにもならない。何かに憑かれているのは確実だ。そいつの退治は勿論なんだが、彼女の心のケアをしてやってくれないか? 気晴らしといえばいいのかな。立ち直らせてやってほしいんだ。憎しみでいっぱいの状態じゃ、魔物に見入られ続けるだけだろう? 俺には、できないから」
魔物退治と悲しみで頑なになったエルザを癒してほしいとディルスは冒険者たちに依頼してきた。エルザは今、アリエスト家の一室に閉じ込められているらしい。奇怪な行動を繰り返したため、幽閉されているようだ。
「暗殺者の件はどうした?」
「多分平気だと思う」
「なぜ?」
「政治力を駆使して、と前に言ってただろう? 少し考え直してみたんだ。それで一つ遠回りにだが阻む方法を見つけた。今、プリスタン家は例の家に協力している状態だ。むこうも私怨を優先して協力者を殺すほど馬鹿じゃないだろう」
さて、とディルスは立ち上がった。これから墓参りに行くという。知り合いを酒場に呼び出しているから、少し話をしにいくのだと答えた。冒険者たちが屋敷を出た後、ディルスも家を後にした。
その夜の話になる。
「懐かしいな。ごろつき時代はよく賭博をやって女と遊んだ」
「ディルス。こんな所に呼び出して一体何のつもり?」
「状況が変わってな。マレア。絵師をやめようとは思わないのか」
「私は絵を描きながら静かに暮らしたいの。今、大きな話が来てるのよ」
「そうか‥‥一つ、断言しておく。俺個人は友のお前を助けたかった」
一度口をつぐんだ。やがて意を決したように相手を眺めた。
「いいか、逃げられるのは、今のうちしかないんだぞ。いずれ時が来たら、もしそれが過ぎても、裏を知った当主の私は一介の領主の責務を果たす為にお前を殺しにいくと思う、私が死なない限り。‥‥どうして、こんな事になったんだろうな」
「はぁ? 一体何言って‥‥ディー?」
ディルスは呼び出した絵師を振り向いて「さようなら」と言葉を投げた。
二度と会わない。二度と昔のように笑い会う時はないのだろうと。
万感の別れを込めて。
●リプレイ本文
分からぬものほど、恐ろしいものはない。
「このままではエルザは遠からず発狂し死霊になろうぞ。そうはさせぬ」
娘が監禁された部屋にたどり着いた冒険者達。王零幻(ea6154)はディテクトアンデットで対象を感知する。確実に部屋の中に一体、デビルがいる。開け放った扉の先。窓から差し込む月光に照らされた娘が居た。ふくよかだった体は痩せこけて見る影もない。瞳は何処か虚ろだが‥‥微笑んでいた。シルバーアローを構えたアリオス・エルスリード(ea0439)が娘の奇妙なさまに戸惑いを見せる。
「これは憑かれているのか? 敵はいったいどんな」
「デビルめ‥‥はじき出してくれるわ」
憎憎しげに言い放った零幻がコアギュレイトの次にレジストデビルを放った刹那、エルザから這い出た霧のようなものが集束していく。姿形は亡き姉シエラに似ていた、だが礼服を纏った男に見える。インキュバスだった。淫魔の呼称でも知られる男の夢魔であるが、魅了するだけが能力ではない。さして広くもない部屋で、冒険者達は一気に気を引き締めた。アリオスのシルバーアローが放たれる。何故か、デビルは慌てることもなく逃げなかった。不敵に笑みを浮かべていたのを見て、アリオスの背に冷たいものが走る。矢はデビルをかすめた。
「退治はそっちに任せたぜ。おい!」
「大声で呼ばなくても分かってるわよ!」
「さっさと捕獲にいくわよ」
「僕がいきます! 魔性の者、覚悟しなさい!」
希龍出雲(ea3109)と風歌星奈(ea3449)、ナツキ・グリーヴァ(ea6368)がエルザの確保に走る。月光がさす窓辺で佇むインキュバスに向かって、御蔵忠司(ea0904)がシルバーダガーによる渾身の一撃を繰り出そうとした。だが、後少しと言うところで『影が爆発』した。室内は暗闇である。デビルは窓際に佇んでいた。窓辺から差し込む月光で、仄かに照らし出された室内。くっきりと闇と切り離され、影を作るデビルの周囲。デビルは其れを狙っていた。確実に誘い込み影に踏み込んで爆発させた。
足下の影が『月光のさす範囲に踏み込んできた全員』を巻き込んで。
「なっ」「ぐっ」「きゃあ」「エルザ!」
それぞれの悲鳴や驚愕が一度に聞こえた。
「ナツキ、忠司、星奈、出雲!」
レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)が叫ぶ。冒険者達にとって今の攻撃はかすり傷程度だったが、気を失ったエルザはタダの人間で衰弱していた。中傷、下手すれば重傷かもしれない。戦慄が走った。デビルが、インキュバスが『餌』ごと無差別に攻撃するなど誰が考えるだろう。一瞬注意を逸らされた忠司にデビルが迫る。長い爪が彼の胸に伸びた。服を切り裂き鮮血が宙を舞う。傷を押さえてよろめく忠司。
「仲間から離れろ化け物め!」
アリオスの銀の矢がインキュバスと忠司を引きはがす。今度は出入り口に立つ者達に向かってきた。危険を察知し、カレン・ロスト(ea4358)や零幻、アルマの前にレーヴェが立ちはだかる。
「許しません!」
「おのれ、消滅こそ弥勒の慈悲と知れ!」
「忠司達への礼はわしらがさせてもらうぞ!」
レーヴェの背後からカレンがグットラックを唱え、零幻とアルマがホーリーを解き放つ。インキュバスの悲鳴が響いた。背中の殺気に気をとられて直撃したのだ。そう。
「背中が留守ですよ」
胸の爪痕から血を滴らせた忠司の不敵な笑み。シルバーダガーが深々とデビルの胴を抉る。軽い傷を負った出雲と星奈、ナツキはすでにエルザを確保している。デビルは一度大きく間合いをとった。
『何故邪魔をする。幸福な夢を見たまま死なせてやった方が幸せだというのに』
エルザの過去を覗いたデビルは、さも哀れむような視線をエルザに向けた。そんなデビルに向かって杖を構えたナツキが噛みつくように声を上げる。
「そんなもの幸せなんて言わないわ。彼女は一度、見ている者をゼロに戻すべきなのよ」
「エルザには時間がある。死んだら時間は無くなるんだ。クレアの時みたいにはさせねぇ」
ナツキに続いて出雲も言い放つ。冒険者達が牙をむける。実力上、冒険者達に軍配は上がっていた。デビルは、インキュバスは笑った。声を上げて。
『守ろうというのか。魔を寄せつける娘を』
「家の者に聞いた。その娘には妹が居る。俺にも妹が居てな。肉親を失う重みがいかほどか、モンスターの貴様に分かるまい。向かい来るなら倒すまで」
刺し殺すようなレーヴェの視線。デビルは表情から笑みを消し、のどの奥で小さく笑う。
『‥‥罪深き血筋の哀れな事よ。ならば何処まで守れるか、私は高見見物といこう』
墓場は何時も静かである。
ディルスの背に立っていたのはカレンとショウゴだった。
攻防を繰り広げた夜が過ぎ、デビルから冒険者達はエルザを守れた。今他の冒険者達は気づいたエルザを元気づけていることだろう。二人はディルスの方が心配でついてきてしまったと妹の墓前から動かぬ彼に言う。カレンの表情は暗く二言三言話しかける。
彼女は先日の酒場も後を追ったことを告げる。さらに傍らのショウゴが例の瓶がラスカ村と言う所でも使われていた事を伝えると、ディルスは明らかに顔色を変えた。そうかと短く答えて悲しげに俯く。カレンが歩み寄った。
「私は懺悔を聞く者。誰にでも優しく温かさを分け与えて、本当の自分は寒さに凍えているディルス様。ほんの少しの間かもしれませんが、温めて差し上げます」
魔法で相手を癒すカレンの片手を掴んだ相手は、そのまま手を自分の頬へ持ってゆく。
手にした花束に隠れて顔を寄せ、耳元に囁いた。
「‥‥話を聞いてくれ。もうじきバースの北で争いが始まる。自堕落や失態を棚に上げて都合の良いときに助けを求める虐げられた民衆と、物事に厳正過ぎるあまり人として慈悲に欠けた誠実な領主の間で。どちらも責めるに値しない。私は一介の貴族でやがて当主の座について領地を守る。今は沈黙を守るが時が来れば責務を果たさなければならない」
「‥‥ディルス、様?」
何を言い出したのかとカレンは顔を上げた。何かに警戒しているようなディルスは「しっ」と口元に人差し指をあてた。奴らは始終見張っている。此を話したら俺は連中に殺されるかもしれない、でも、他に信頼できる者が居ないんだ、そう囁いた。
「カレン。『アレ』は同胞の贄姫だ。今の同胞の貴族達はこぞって民衆に手を貸すはず。少しでも長引かせるには敵になるしかないんだ。力になってやってくれ、俺の代わりに」
一方、傷を治した他の冒険者達は、体調が回復に向かいつつある娘を連れて外に出かけた。
寒い季節でも街中は時に賑わっている。お忍びに近い格好をさせて外へ連れ出して何をしているかと思えば散歩や買い物、ようは気分転換だった。護衛をかねたアフターケアと言ったところだろう。忠司はエルザが令嬢らしからぬ悪口雑言をぶちまけた後に「婚約を解消せず結婚式を先延ばしにして、暫くエルザさんの様子を見よう」と言う話になった事を伝えた。アリオスが悶々と一人で考えている娘の顔を覗き込む。
「悪いな。俺は、その、医者じゃないからどう接して良いのかわからなくて‥‥あんた、いや貴方に言うべきじゃないのかもしれないけど。多くは言わないが、少しは自分をいたわったほうがいい」
「‥‥面白い方」
アリオスのつたない言葉に微笑んでみせた。以前、冒険者達を無礼者扱いして野犬か何かのような目で見ていた娘は其処にいなかった。屋敷を出る前、エルザはレーヴェにこっぴどく叱られた。お前はケンブリッジにいる妹に同じ思いをさせたいのか、姉の為に仇を討とうとしたようだが、それは本当に姉の為か、姉の為と偽って、姉の所為にして自分の辛さを紛らわしていたのではないかと滅多に動かぬ鉄面で怒った。自分に妹がいるからか、彼なりに親身になって言った言葉がこたえたのだろう。エルザはあれから静かだった。
「憎しみという名の見えない紐で己の首を絞めているのを咎めようとは思わぬよ」
同情や慰めだけが優しさではない。
だからこそ。
「姉のことを想うのならば、姉の想い人を生かし守るのもまた、おぬしの生きる糧にはならぬだろうか?」
零幻の言葉にエルザは沈黙した。きっと今の彼女には過酷なことかもしれない。下手な慰めが出来ない性分なのだなと自嘲した零幻の前を出雲が横切る。
「悪いな。俺も答えなんざ持ってねーんだ。憎んで恨んで、でもどうする事も出来なくてさ。‥‥分かってやれるかどうか分からないが、何時でも話し相手にはなるぜ」
「お前自身が、真に望む幸せを見つけるのが、誰にとっても一番いい事だと俺は思う」
「先ず、友達から始めないかしら? 話さなかった事もきっと話せるわよ」
出雲とレーヴェ、星奈の言葉に「ええ」と答えを返した。
時間は十分にある。許せなくても、憎んだままでも。地中の種はやがて芽吹いて花をつける。それを期待しても構わないだろう。今はまだ手を取って踊ることが出来なくても、いずれ踊れる時がくるのを待つのも悪くはない。
「さて。買い物に行こうか。世間知らずのお嬢様。値切りの方法、伝授してやるぜ」
遙か遠い空から。
小さな笑い声が、聞こえた気がした。