祈りに似ている外伝?―長い夜の終わり―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:12人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月30日〜09月04日
リプレイ公開日:2005年09月07日
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●オープニング
「名も無き君、言いつけ通り冒険者達に屋敷へ来るよう連絡をしてまいりましたでしゅ」
キャメロット、ラスカリタ伯爵家別宅の書斎では戦後処理に追われていた現在の伯爵ウィタエンジェの姿があった。報告に来た小さな少女の名をポワニカという。報告を聞いたウィタエンジェは「ありがとう」と短く言い放ち、再び手にした書類の方へ目を落とす。
「それは、今までの?」
「うん。後は証言とか、神殿や祭壇の構造・文面を絵に起こしたりした書類。話では、魔力が吸い取られた上、プシュケの血で水が流れていた陣の溝が血に染まり、彼女とハーフエルフの血が宝石を起動させたらしいし。‥‥冒険者達が何を考えてたか聞いて驚いたよ」
ぎしっと背もたれに体重を預けた。
「正直ゾッとするね。正確な解読は八割しか完成していなかったそうだ。肝心な部分の欠落、残りを古い時代のまま行う必要性、魔力も足りるか分からない不安、封印は出来ても贄姫は死ぬ状態。最悪儀式を放棄して逃げる考えもあったみたいだし。それが変わった。悪魔は別の班が抑え、医術の心得を持った者も、癒しの君も、魔力喪失に備えソルフの実もあった。偶然の賜‥‥無粋だな、奇跡よりも必然。冒険者達の連携あっての今の結果だ。助け合う姿勢が純粋に輝かしいと思ったのは、今回が初めてだね」
血なまぐさい儀式の末に、生き残った冒険者達は今休息を余儀なくされている。激しく消耗した者も多い。贄姫のしきたりは鉱泉の下に消えた。今は新たな鉱泉の話でバースの方面は持ちきりである。神殿自体は森の中だが、あそこには道がある。道を辿り教会の壁画の向こうから吹き出した温泉は、神の恵みだ、等と噂が絶えない。表向き重罪人のマレア・ラスカが冤罪をこうむった事を知っている者達の口からは「神が嘆かれたのだ、聖母の涙が鉱泉となって現れたのだ」と零れ、しまいには「病の娘が教会から天に祈ると、神は壁を壊しなさいと言われた。娘が従うままに最後の晩餐の絵を壊すと、壁画の向こうから温泉が湧いており、その温泉を飲むように言われて飲み干すと、病は瞬く間に治った」などというありもしない話までもまことしやかに流れた。瞬く間に重罪人の壁画は『聖画』に、温泉は教会の呼び物に変わった。いい加減な世の中である。
「長い間のしきたりが終わりを告げる。影の功労者達に対し、民衆に代わり同胞の貴族達も敬意を示さねばね。ただ幾つか気になる点があるんだ」
「なんでしゅか」
「巣くっていた悪魔共は健在。過去の歴史を見ても、悪魔達は定期的に姿を現すだけで、不在の間は何処へ? 話に依れば、書にもない力を使ったと言うじゃないか。つまり隠された力を持っているか、数百年の間に進化したか、どちらにせよ喜ばしい事じゃない。僕が思うに、彼らの狩り場は此処一つではない気がするんだ」
「何処かに息を潜めていると?」
「悪魔の偽りの姿は万を超える。常人に、高位悪魔の区別はつかないと思うけどね。まあ、調査は続ける予定だし、今は忘れよう。三日後は喜ばしい日だ」
「同胞の貴族達も来るとのこと。マレア様とプシュケも同席させるのでしゅか?」
宴の席では彼女の侍女として頭もすっぽり覆った格好で同席させるという。マレアもプシュケも同胞にすら会わせられない人間だ。
「本当は二人を世に帰そうと一度思ったけど、実際は容易にできる事じゃない。姉さんは今後、かつて首領だった時と同じく僕の影武者として生きる事になるかな。盗賊に戻るよりマシだろ? 跡継ぎ問題もあるし、僕と姉さんで『領主』をするのさ」
晴れ晴れとした顔だ。元々ウィタエンジェは女性しか愛せない性癖がある。
「プシュケの場合は、灰の教団の時の事もあるし、サンカッセラ兄さんを手に掛けた事も自白していたし、‥‥何処かで隠遁生活送ってもらった方がいいかも知れないな。ポワニカ、僕と手分けして姉さんとプシュケに話に行こうか。宴の準備だ」
「蜂も群がれば象を倒す。長い時間の間に高位悪魔と同等の能力を手に入れた貴女が此処までダメージを受けたのは想定外でしたが。貴女の事です、初め遊んでいたのでは? 己の過信と人の軽視は問題。しばらくはサンジェルマンの所で力を養ってはいかがです」
「休んでなんか」
「休みも必要ですよ。そして物事は賢く行わねば。演劇は美しく残酷に飾るものです。狩り場が減ったと悲観するより、利用法を考えた方が有益です。ふふふ。なあに、同行の件、荒事は起こしませんよ」
エレネシア家を牛耳る凄腕爺は現在、孫娘と扉越しに睨み合っていた。孫娘はダメな男に引っかかっては騙され、時には悲惨な目に会い、自ら盗賊の仲間になったり、操られていたとはいえ領主代行を殺したり。波瀾万丈と言うには重く、酷い人生を暗く過ごした。
「全く。そのコックローチ並の生命力より、儂やおばあさまの教養を身につけて欲しかったものだ。聞いているのか」
プシュケの生存という連絡を受けて、飛び出してきたヴァルナルドと孫息子。そしてレモンド。現当主ヴァルナルドは家族よりも世間体や政治、我が守らずして誰が決まりを重んじるか、という類の私情を殺す人間だ。
「何度も呼ばないで。私とは縁を切られたのでしょう、お爺さま」
きつい口調で現れた気丈な女性。ヴァルナルド達はその変わり果てた格好と姿に度肝を抜かれた。顔に斜めに走った真新しい大きな切り傷、長い髪を乱暴なまでに刃物で切った髪は驚くほど短くなっていた。別人である。弟のデルタが慌てたが。
「けじめよ、けじめ! 傷もこのまま痕を残すの! 私は貴族の娘としての人生も捨てた、人殺しだし、娼婦同然の生活も送ったわ、どの面下げて世間に出てけっていうの。別人にでもならなきゃ、普通に世間で暮らせやしないわ」
「お前はどうしてそうなんだ全く。‥‥儂の悪い癖も受け継いでおるし」
はぁ、とヴァルナルドの深い溜息が落ちた。とそこへ現れたウィタエンジェが一家を眺めて「君達面白いよね」と声をかける。同胞の解散と、しきたりを消した冒険者達をもてなす宴の計画。それらの相談が待っている。人生を悲観する姉にデルタは。
「良い事思いついたぞ! ジーザス教でも未亡人は再婚可! 一人目は不倫の上自殺したし、二人目は悪魔の仕業。結局の所、再婚可能! いっそレモンドと結婚した方が」
「婚約者がいるお前はいいが、デルタ。貴様は俺の傷口に二重に塩を塗るつもりかぁぁ」
ぎりぎりぎり。レモンドがデルタの頭を締め上げる。教育時代にみた光景だ。
「昔のような自信は何処へ消えた‥‥お前は誰かといた方がいい。デルタの話も一理ある、近縁に嫁いで静かに暮らすのも選択肢。それとも誰ぞ思うてくれる者でもいるか」
沈黙。
「腐っても肉親だ。其れぐらいは理解しなさい。プシュケ。余所へ旅立つなら旅の資金を取りに来なさい。残る気があるなら‥‥用心棒兼使用人として家に置く。応接室にいくぞ」
沈黙。
「今後どうしたらいいのかしら。宴の後に冒険者達にも相談してみましょう」
明るい季節が、すぐそこまで来ていた。
●リプレイ本文
キャメロットのラスカリタ伯爵家に招待を受け、身を飾っている冒険者達。当然だ。彼らは身を危険に曝して今の功績と平穏を勝ち得た。今日ばかりは、彼らが爵位を持つ貴族達に持てなされる日だ。
入り口の様子を見に来ていたミラ・ダイモス(eb2064)が、ユラ・ティアナ(ea8769)を見つけた。結い上げた髪を浅黄色の幅広いリボンで飾り、同じ浅黄色の首飾りとドレス。
「ミラさん。私おかしくないかな」
「手の白い花とよく似合ってます。私も礼服に化粧と似合うか心配で」
苦笑しつつ「皆さんお揃いです」と控え室に向かう。扉の向こうには長い間戦いと旅路の時間を過ごしてきた仲間達がいた。
新緑の髪飾りと薄絹のドレスを着たフローラ・エリクセン(ea0110)が、礼服を纏った恋仲のシーン・オーサカ(ea3777)と楽しそうにお喋りをしていた。シーンの胸にはユラと同じフランケン勲章が誇らしげに輝く。
「お久しぶりです、お先にゆっくりさせていただいて‥‥ました」
「ユラりんや! 久しぶりや、それご先祖様のなん?」
「そうよ。こういう機会でもないとひっぱりだせないもの」
「ウチもや。せやけど、もっと凄い人がそこにおんねん」
シーンにつられてユラ達が横を向くと、豪奢な椅子に腰掛けた礼服姿のシアン・アズベルト(ea3438)が優雅に紅茶を飲んでおり、礼服姿のヒックス・シアラー(ea5430)は部屋の中を落ちつきなく歩き回っている。
シアンの胸には散々と輝くベルフェン黄金勲章とキャメロット双竜勲章の二つが、ヒックスの胸にはフランケン勲章とホーヘン十字勲章に腰には勇士の短剣まで。
「‥‥お二人とも。久々の再会早々に、人を見て爆笑しないでもらえませんか」
「あは、ごめんシアン君。いつもの格好じゃないから驚いちゃって。前も礼服の機会があったけど、警護でのんびりする暇なかったものね。見違えちゃった」
「こうして見ると意外な一面が見えるものですね。ヒックスさんは何をされて?」
ミラが訝しげに心ここにあらずのヒックスを指さすと、竪琴で音を確認していたエルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)が企むような笑みを浮かべて走り寄る。
「ぷろぽぉず、するんだって。さっきからあんな調子だよ〜」
視線がヒックスの方に向かう。当人は全く気づかない。
「春やろ〜? ウチもさっきからかったんやけど、何言わせるーゆうて面白かったで。せやけど、ウチらも考えてるもんな〜、フローラ、エル?」
シーンとフローラ、エルシュナーヴの三人がにんまり笑う。
部屋の中には他に礼服で身を飾ったジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)が何処か満足そうな顔で窓の外を眺めており、エルザ・デュリス(ea1514)と風歌星奈(ea3449)の二人はアリエスト家のエルザの話をしていた。リーベ・フェァリーレン(ea3524)は部屋にはいない。ドレスを身に纏い一度控え室に現れたが誰かを捜して部屋を出ていったという。
ふと白ドレスのカノ・ジヨ(ea6914)が「あの!」と意を決したように声を出す。
「悪魔を逃がしてしまったのは気がかりですが、大切な人や守りたいモノは失われずに済みました‥‥私達が積み重ねてきた行いを、神様はちゃんと御覧になってらしたんです」
「終わったワケじゃないけど、これでやっと‥‥パーティは楽しくやれそうだね」
「エルシュナーヴさんに同意します。バースの裏側での厳しい戦いを生き残れたのは皆のおかげです。信頼できる仲間達に心からの感謝を述べたい」
「シアンはん改まって‥‥いやー、色々しんどかったけどナンとかなってホンマ良かったで。のんびりできる機会がもてた事はホンマ嬉しゅう思う」
「思えば長い付き合いですが、少し寂しさも感じるな」
「あ、ヒックスおにーちゃんが正気に戻った。つまんなぁい」
「一体どういう意味ですかエルさん」
「皆さん本当にお疲れ様。また何処かで御会いしましょう、と言うには少し早いかしら?」
漫才を眺めながらエルザがそう話した。人によっては約一年ほど同じ時を過ごしてきた仲間だ。もうこんな機会はそう無いだろう。不安要素を残しつつもついに終わったという充実感があったに違いない。やがて彼らは会場へと呼び出された。
緋色の絨毯で埋め尽くされた豪華な会場。
同胞の貴族達が並ぶ。彼らの目には、何故冒険者が、という意味合いの色が現れていた。別の立場で戦った他の冒険者達と共に前を進む。冒険者達が並び、壇上のウィタエンジェが事の詳細を語った。契約の一族の事、裏に潜んでいた悪魔達の存在、古より続く忌まわしきしきたりである贄姫制度の完全封印という終演。
「私の目の前にいる者達こそが我らにかわり、制度を終わりに導いた者達だ。冒険者という身に我々は辛い戦いを強いてきた。先祖の過ちは泉の下に沈んだ今、同胞の絆は今宵を持って失せる事を伝える」
事を知らなかった貴族達がざわめいた。知る者達もついにやり遂げたのかと感嘆する。
「新たなる門出を祝う前に、我々は敬意を示さねばならない。そして功労者達よ、私は功績を残す汝等の中からさらに一人を選び讃えようと思う――シアン・アズベルト、前へ」
名を呼ばれたのはシアンだった。仲間達を纏めた功績を代表に、今まで様子を見ていた貴族達やBR達の話を踏まえてそれに相応しい代表者を選んだらしい。シアンの前にクレイモアが運ばれた。それは通常の品と異なり、魔力のこもる品だ。
「忌血の宿命を変えた英雄にこれを与える。‥‥表だって賞賛してやれない愚かな私達同胞の貴族を許して欲しい。‥‥君達は我らの誇りでもあり、この後も人を救うだろう」
シアンに続き。別のグループで動いていた者二人にも、特殊な武器が与えられた。
「我が同胞達よ。幾百幾千の民に代わり、彼らに敬意をしめそうではないか」
パーティーの中で冒険者達は忙しかった。如何様にして戦ったのか、其れまでの経緯に興味津々の貴族達。けれど暗黙の了解がある。同胞にも話してはならないこと、そして長年の共犯意識による鎖から解き放たれた貴族達の力関係は不安定だった。思惑を胸に秘め、望みの者と話し合う。
「十年も可愛い妹をほったらかした兄貴が、何かあれば駆けつけるから〜なんて言うんですが、あんまし本気にしないでやってくださいな」
「あの方らしいですね」
リーベは顔見知りに挨拶して回り、最後にエルザ・アリエストに話しかけた。その後「用事もあるし失礼」と去ってゆく。風のような娘だが、エルザの所へは次々に来訪者が現れた。
「やっほーお久しぶり。どう? 一応、オメカシはしたんだけど、どうも私には」
気楽にエルザ・アリエストに声をかけてきたのは、星奈だ。婚約者が嫌いで憎くて仕方なかった頃に世話を焼いた者の一人。気位が高く悪魔に魅入られる事が多い厄介な娘だが星奈の「友達から」と言う言葉は彼女を変えた。場の空気になれないからか場所は隅。そこへきたのが妹のユエナと、もう一人のエルザ。
「隅の方にいるから探すのに苦労したわよ。前のパーティで探したけど見つからないから、嫌われたのかと思ったわ」
「そんなことは」
「嘘よ嘘。冗談。元気そうで安心したわ。ケンブリッジ以来ね」
「名前が同じだとややこしいわね。関係どうだったっけ?」
「助けて頂いた恩人です。もう一人いらっしゃってますね」
遠巻きにエルザを見ていたジャイアントに対しても、にこりと微笑む。彼らは片隅で賑やかな話をしていた。エルザもまた、稀に見える晴れやかな笑顔をしていたのだった。
「さて、サンジェルマンとやらの事が怪しい組織の影をふらふらしてるって事以外つかめなかった所で、隻眼の音楽家に挨拶するかしないか。相談してきますか」
リーベはブツブツと小声を話しながら会場から消えていた。
「この日を迎えられたのは、幸いとは言えませんが、まだ出来る事が有るのだと思います」
「強いのね。私はそんな風に強くは」
「いいえ! その‥‥私、故郷で腕を自負していたのですが、今回の事で自身の慢心を打ち砕かれました。が、自らを磨きたいとも願った。貴方の可能性も、私は信じたい」
長く関わった者達ほどの縁はなくとも、皆を支えるべく努力したミラもまた宴に相応しい一員だ。侍女をプシュケと見破った彼女は、目立たぬようにプシュケに会いに来た。
「ありがとう。貴女にも世話になったわ。宴、楽しんで」
はい。という短い言葉と共にミラは踊りの輪の中へ走ってゆく。入れ替わりにジョーイが、プシュケに話しかけてきた。心持ち言葉に困るような顔。先ほどデルタ以上にレモンドに手を焼いたとヴァルナルドに愚痴を零していたのだが。
「恋人も友人も裏切る気は無いんだが、気持ちの整理かな。あんたを盗むのも、これで最後にする‥‥だから、この一時だけ‥‥俺にくれないか」
庭に出る。手を繋いだまま、額をごつんとぶつける。
「何やってんだろうな俺。あんたの家に何か起きた時、必ずと言っていいほど様子を見に行ったし助力も厭わず、柄にもなく熱くなっちまったりな。あんたには他に思ってくれる奴がいる、後はそいつに任せる」
横目で会場を見ればヒックスが来るのが見える。
「今の彼女がいなかったら、哀れな未亡人を盗みに来たかしら」
「さーてな。今の俺には、掛け替えのない幸運の女神がいるんで、比べるのは難しいな」
「ふふ意地悪は謝らないわ、泥棒さん。そんな貴方も好きだったから」
「それじゃまたな。今度会う時は、友達‥‥かな」
「いいえ――親友よ」
額と手が放れた。これぐらいの意地悪は許せよ、とジョーイは笑み一つ残してその場を立ち去る。何があったのか分からないヒックスはと言えば。
「今、どんな話を?」
「泥棒さんが遠い昔に盗み損なった女性の話よ。気になる?」
「気になりますね。其れより気になるのは、貴方が今後どうするか、ですが」
プシュケは皆からアドバイスを貰っていた。その事を語りつつ、決めかねていると話す。ヒックスは意を決したように小さな箱を見せた。
「過去も苦労も、理解の上で一緒になって欲しいと言ったら‥‥どうしますか?」
「貰う資格が」
「貴方の資格を問うものではなく、僕の気持ちです」
沈黙が降りた。言うべき事は言ったのだ。
手が重なった。箱を開けると月光を浴びて銀に輝く誓いの指輪があった。意味するところは、永遠の愛である。箱は相手の手に。
「立ち直る時間を頂戴」
「はい?」
「自分が許せないから受け止められない。貴方に愛する人が出来たらコレは返すわ。でも今の気持ちが続いていたら、私を教会へ連れて行って‥‥指輪をはめて神の前で誓わせて」
ゆるゆると柔らかな月光の下で薫風が流れてゆく。
「正直、此処へ来るとは思わなかったでしゅ」
「貴女と話したい事があったから」
なんとユラは一人、別室のポワニカの所へ来ていた。
「仲間内で両派に別れる時、これから自分が何処に行くのか見えなくて。貴女達の言葉にも踊らされて。あっという間に時が過ぎた」
「我々も破壊か身代わりかしか考えていなかったでしゅ」
「そうだね。強くおなり人の子よ、それが頭から離れなかった」
「‥‥おそらく契約の一族より悪魔達に意味ある言葉と」
「うん。正直、自分が強くなれたのか分からない。本当に今までが正しかったのかも分からない。答えはこれからも見つかるかどうか。だから、その言葉を忘れないようにするよ。これからもバースに行くつもり。同族の事とかもあるしね」
胸の内を語る。
ハーフエルフの事も、狂化で殺した人々の事もユラは引きずっているように見えた。
「‥‥そなたを辛い道へ引きずり込んだかもでしゅ」
「‥‥またお話する機会があったら、お茶でも飲みながらゆっくり話したいわ」
俺は彼女がいるのに、微妙に敗北した気分はなんでだろうとジョーイが向かったのはシアンの所だった。酔っ払いじみている。
「祝いの席で管まかないで下さいジョーイさん。幸い彼女を大切に思っている方もいるようですし、願うは平穏でしょう」
「クールだな。控え室で話していた顔繋ぎは済んだのか?」
「当主方に顔は覚えて頂いたつもりですよ。事は終わりではありません。髪飾りの件も理解を得られたので良しとします。同胞の結束は思わしくなさそうですが‥‥」
生真面目に知略を巡らせるシアンの肩で深い溜息をついたジョーイは、何を思い立ったか、離れた場所のヴァルナルドを連れてくると予想外の行動に出た。
「爺さん、前みたいに明るく行こうぜ‥‥ほら、あそこに手ごろなターゲットも」
とジョーイが指さしたのは、なんとシアン。「いっ」と小動物が踏み潰されたような声が聞こえた。厳格なヴァルナルドも通称『ヴァーナさん』なる男色爺の顔を覗かせる!
かと思いきや流石にこんな場所ではやらんよ、とジョーイに言った。ちっ、というジョーイの舌打ちと、貞操危うし危機一髪を味わったシアンの恨みがましい視線が交錯する。
宴も終わりに近づいた頃、カノがラスカリタ伯爵に近づいた。
「あのぉ、ウィタさんは伯爵さま、領主さまになられたんですよね?」
「そうだけど。どうかしたのかな、可愛い人」
演説の口調と異なる普段のウィタエンジェにおずおずと申し出たのはカノだった。領民達は疲れ果てている、領民も財産と思い、どうか手を差し伸べてやって欲しいと。ウィタは正式に領主になったからには聞き届けると答えた。
「それはそうと、君が地元でなんと呼ばれているか知ってるかい?」
ぷるぷると顔を横に振る。空を漂うカノに囁いた。
「ラスカ村の事もあってか『ラスカの聖女』と噂になっているよ。あ」
二人の前に現れたのはシーンとフローラ、エルシュナーヴの三人だ。
「物は相談なんやけど。宴の後について提案があんねん」
顔を真っ赤にしたフローラが人目を気にしながら耳元で囁く。
「依然仰ってた言葉の意味がやっと、理解出来た気がします。だから、せめて一晩だけでも‥‥ささやかな夢を与えさせて、頂けませんか?」
「今後ずっと一人身? 折角の人生、愛し合わなきゃ損だもんね。で、ウィタおねーちゃんさえ良ければ」
人目を気にしながらの相談が続く。カノは顔を真っ赤にして逃走。話の末。
「‥‥いいの?」
話が決まるや否や、ウィタエンジェは隣の部屋においで、と会場を出ていくと、隣ではマレア達がいた。「姉さん、同じ格好してたよね? 僕は可愛い人たちと楽しむから後宜しく」と言い放ちエルシュナーヴを抱き上げ、シーンとフローラの手を引いて去っていき「はぁ?! 待ちなさいよ!」とマレアの叫び声がフードの下から聞こえた。
後は、豪奢な部屋でジーザス教に言えない事が繰り広げられた事を記しておく。
祈りにも似た僅かな救いの灯火が、炎となって闇夜を照らす。
病める時、苦しい時も助け合った仲間達よ。
今再び会う時も、願わくば固い絆のままたるように。
長い物語の夜が終わりになる時、新しい物語の陽が燦々と輝いてゆく。