祈りに似ている外伝?―嘆きの祭壇―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 96 C

参加人数:12人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月09日〜08月24日

リプレイ公開日:2005年08月20日

●オープニング

『君達は将来僕達と同じモノを守る。女が助かる代償に親愛なる方が犠牲となるんだ』
 そしてその逆も然り。
 かつて故人が残した言葉の断片。呪いとなりて脳裏を掠める。
 其れが果たして何処までのことを指していたのか、今となっては知る由もなく。
 そして時に、闇を知る翁は口々に同じ事を若い世代に語り継ぐ。
「‥‥さん最後に言ったんだ。バースの北や東の貴族達はシキタリに縛られとる。いいか坊主、このパーティに出席した連中は罪人に連なる血筋の末だ。今日の集いに参加した貴族に『情を持っちゃなんねぇぞ。つらい思いをするからな』って」
 長く続きし嘆きの円環。やがて時は容赦なく押し寄せる――‥‥

「ですから。偽りの身の真似事はおしまいだと申し上げたのです」
 言い争う声が聞こえる。人前にはハーフエルフの身で現れ、バートリエとトランシバという名で姿を度々現してきた二人の一人、異国の衣装でその身を飾る男の方が坦々と語る。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 此処は数百年もかけて築き上げた魂の畑なのよ。封印されたグラシャラボラスとハーフエルフの悪霊共を解放すればバースはまさに思うがまま。何百、何千を下らぬ命を搾取出来る地を捨てるっていうの!?」
「大声出さないでください‥‥人の生命など瞬きの時間。我々は永久の存在と言う事忘れてませんか。我らの行く手を阻む儚い命が老いて果てるのを待っても遅くはない」
「怒ってるわね、あんた。元を言えばあんたが人前で元に戻るから」
 ぎろっと片目でひと睨みしたトランシバは立ち上がって歩いていく。女のハーフエルフは慌てて仲間を追いかけた。バートリエが口にしたのは『其れまでの呼び名』ではない。
「待って待って! 私が悪かったわアムドゥスキアス。お願いだから怒らないで」
「‥‥腕を放しなさい。キャヴァディッシュの所で食事をしてくるだけです」
「伯爵の所? 最近入り浸ってるけど、何故あの人間がいいわけ」
「地上での地位と権力、音楽の環境。私は文句無しです。賊に襲われたとして人間の調達をね。伯爵は私が泣きつけば何でもしてくれるので。戻ってくるまでは貴方に任せますから‥‥そうそう、先ほど貴方がクレアボアシンスで見つけたネズミ、ご注意あれ」
 剣の腕は私より上でも貴方はかっとなりやすいですからね、と悪魔は言い残し、ふうっと空へ消えた。空へ消えた相棒を見上げ、バートリエは呆れた顔で祭壇へ戻る。
「芸術莫迦。私より人間誘惑してんじゃないの」

 やられたな、と言ったのは城から帰ってきた冒険者達の内『マレアの存在を知る者』を伯爵家の使用人を装って呼びだした多数派参謀だった。場所はキャメロットのラスカリタ伯爵家別宅。少数派の参謀ポワニカは贄姫を守るとして先日の戦乱の後始末に走り回るウィタエンジェ行動を共にしており、家には軟禁中のマレア以外、事情を知る者は他いない。
「それがどうしたと」
「分からないか。親愛なる方から話を聞いたが、最悪の場合に贄姫となる契約を交わしていたそうじゃないか。しかし彼女はいない。完全封印の為の犠牲者は、親愛なる方と敵の手にあるブランシュだけだ。前に文献を話しただろう‥‥最悪『贄姫は死ぬ』事になる」
 ――我が封印石と咎姫をもって――‥‥
 長年捧げられてきた贄姫の存在。彼女達の首を捧げた仮封印の記録。
 予想外の出来事の末元凶となる敵をうち倒すに至らず、結局、封印石と贄姫をもって封印を行う他に道は無い。重要の贄姫はと言えば、ウィタエンジェは既に戦争においてアーサー王等に謁見し、助力した伯爵の一人として名を連ねている。容易には殺せない立場の人間となった事を覚えて置かねばならない。
 彼女は意図せず贄姫より生きる道を選んだと言う事だ。
 実際、仮封印には封印石が用いられていなかった。過去の封印は、身全てを封印に用いた可能性はある。負担を考えれば封印石がある今、命までは投じる必要はないのかも知れない。だが封印方法は神殿に、そして古代魔法語を専門的に扱える者は限られている。
 場合によっては、彼らが守り続けた贄姫が封印の為に命を落とす。
「一を犠牲に百を助けるか、百を犠牲に一を助けるか。世の中ってのは上手くいかないことだらけでな。‥‥封印は絶対事項だ。仮封印の状態では近い未来に、自然であれ故意であれ破られる。その前に完全に封じてしまう必要があるのは理解できているな」
 多数派の協力条件はマレアの生存と無事。ウィタエンジェがいない今、封印の犠牲になるのは一人だ。何人かが取り返そうと願った存在を、最悪、彼らの手で殺さねばならない時が訪れるかもしれない。贄姫は他にいるが、存在を知っている者は口を閉ざすのか。
 重い話を参謀は切り替えた。
「盤に石を填めるのは、大した問題ではないと思う。降参する風に見せて明け渡すこともできるだろうし、封印方法を知らぬふりで自力で石を填める事も、考えつく事は多いだろう。レモンドの話に寄れば、親愛なる方の生存は漏れていないと聞いた。宝石が破壊されている事実も漏れなかった以上、残りの一つを求める可能性の方が強い」
 古代魔法語を専門的に扱い確実に封印を行う者、贄姫、騒ぎ立てるであろう封印の下から解放を求める真の契約の一族達と言葉を交わせる鍵のハーフエルフ、そして彼らが封印を行う間、バートリエ達を引き離し、彼らを確実に守れる存在が必要不可欠。此処にある宝石は合わせて五つ。
「言うまでもないが鍵の存在に一族への同情があってはならない。封印が緩んでいるなら、気を抜くとのっとられるからな。解放されても同じ事だが」
 発見された広い祭壇でネイが様子を見ているそうだが、バートリエは常に神殿にいて、プシュケの姿も時折見かけるという。操られているように見えたと報告を受けた。操られているなら洗脳を解く必要もある。
 対策をこれから練らなければならない。祭壇の上の扉にある盤までは入り口からおよそ二十五メートル先である。
「君達の信頼できる仲間を集めればいい‥‥対策を練る傍ら冷静になってくれ。万が一の場合に、気持ちの整理をつけてくれと言うのかな。争うのはやめてくれ。それは無益な事しか生まないからな」
 悲しい、諦めの声とともに。

 そうして冒険者達はキャメロットのラスカリタ伯爵家の別宅に集う事になる。
 闇を知る者、仲間から打ち明けられた者、彼らの行動で未来が決まる時が訪れようとしていた。

●今回の参加者

 ea0110 フローラ・エリクセン(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2856 ジョーイ・ジョルディーノ(34歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea3449 風歌 星奈(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3777 シーン・オーサカ(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5430 ヒックス・シアラー(31歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea6914 カノ・ジヨ(27歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

夜桜 翠漣(ea1749)/ ミリコット・クリス(ea3302)/ ミィナ・コヅツミ(ea9128

●リプレイ本文

『後世に祭壇へ立ち入る者に伝える』
 不可解な書き出しは『シルベリアスの手記』の片鱗である。手記は遺書にも近い。封印を記した手記の断片、末文に次の言葉が記されている。すなわち『黄金の蛇は番人であり、番人なくば水は開かぬ。もし神の子がいたならば祭壇は再び大地に閉ざされる』 と。

 キャメロットのラスカリタ伯爵家別宅で作戦を練る間、彼らの中でマレアの生存を知る者達は軟禁されている部屋へ訪れた。静寂に満ちた部屋の中に立つマレアとミッチェル。しばらく雑談を交えた説得が続いた。贄姫を連れて行こうとする者、反対する者。
「四の五の言わない。芸術家が悩んでいたら、いい絵は描けないでしょ。気分も筆も、何より、‥‥女なら準備よろしく。もう後がないのよ」
「僕は救いたいんです。彼女を待つ人のために、そして彼女自身のために! どうか僕らと一緒に来てもらえませんか? 失敗は許されないんです」
 風歌星奈(ea3449)やヒックス・シアラー(ea5430)。血の呪いに気づいたシアン・アズベルト(ea3438)もまた事ある事に、マレアに助力を請うてきた。生まれながらに背負った責任を果たせと。けれど言われるたび、問われるたび。マレアは過去一度として頷いた事がない。協力をせがむ声の多い中、他の者から本心と覚悟を問われて動きが止まった。
 フローラ・エリクセン(ea0110)が「お詫びならしますから」と口を開こうとした刹那。
「考えなければ楽なのに。私に決めろとは酷ね、冬華ちゃん。私は‥‥共に行けない」
「何故です」
 シアン達の怒りに似た激昂。相手は穏やかな顔をあげ、静寂の眼差しを彼らに向けた。
「長く黙っていた。其処へ行けば、きっと貴方達を裏切るから」
 ――静寂。冒険者達を裏切る、マレアはきっぱりとそう答えた。物憂げに俯く。ウィタ達が私を遠ざけたのも部屋へ軟禁したのも、スクロールで幼少時代の記憶を引き出されて以来だとマレアが答える。シーン・オーサカ(ea3777)のスクロールを持つ手が震えた。
「貴女達が大事よ。大切な家族と同じ。でも私が其処へ行けば、私は二度と帰ってこない」
 相手の記憶を探るスクロールに念じる。本当は別の道を知るだけの用途だった。けれど。
『一族ヲ愛シ人ヲ憎メ‥‥』
「――なんで? なんでや! どうしてマレアはんが契約の一族が好きなん!? 封印が憎い?! わからん! そんなん信じられへん、そもそも今の」
「昔、実父に刷込を受けた。好きでも愛してもいないけど、記憶に呪いの焼印が残った」
 人を裏切る為の贄姫。彼女の実父が何を考えていたかは不明だが、理性と無意識に嘖まれて、何も言わずに協力だけを要請されていたら、自分は『今』を裏切っていただろうと。
「私を慕ってくれる子がいたから帰りを待つわ。守ってくれる仲間の前で、仲間を裏切りたくないから一緒に行けない。‥‥行けば贄姫のユダになる。光の申し子に、幸運を」


 祭司の道。古くはそう呼ばれた道は、もう片方のグループが見つけた道と異なり、ラスカリタ伯爵家の何者も通さぬ地下に隠蔽されていた。マレアとミッチェルの記憶を探ったシーンが見つけ出した迷宮の道である。ユラ・ティアナ(ea8769)が深い溜息を落とす。
「闇より深い闇の底に続く道。我、もはや陽の下に戻るすべ無し。何人たりとも通さぬと願った道は、すなわち我をも通さず――だっけ。人知れず儀式を行うには丁度いい道ね」
 吐き気すら覚えるような先人達が積み重ね築き上げて来た闇のしきたり。暗い道を進みながら洞窟の中を歩きながら、カノ・ジヨ(ea6914)とリーベ・フェァリーレン(ea3524)はもう一度悪魔について調べた事を繰り返しながら、不在の間の話を聞いていた。
「赫痣が痛むわ。厄介な相手に遭遇したものよね」
「愚痴言わない。ともかく私の予想ではゴモリーよ。デビル魔法に加えて変身能力や言語能力は勿論、空も飛ぶし見えなくもなる。言霊や魅了もそう。効果は月魔法より強力よ」
 リーベの話を聞いていたエルザ・デュリス(ea1514)が息をのむ。再び扉の所へ出ていた。今までと同じように破壊しようとしたが、エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)が「何か聞こえるよ」と声をかけた。扉の向こうから響く声は、間違いなく仲間と敵の声。
「言い争ってる。取り引きしてるみたいだけど、でも」
「せや、クレアボアシンスで見てた、なーんて。どーやらウチらの事もわかっとるみたいやな。向こうの班にうちらの姿は見えてへん。壁、向こういくで。準備ええ?」
 エルシュナーヴの心配そうな声に答えたシーンは仲間を見回す。必要な道具を手渡し、薬を飲み、魔法をかけ、準備は整った。此処から先は死闘。皆の視線が前を向く。

 扉が破られた先に見えた広い空間。彼らの扉のすぐ脇が祭壇になっていた。高さ十メートルほどもあろう祭壇の登り段は、もう一班の正面にある。全速力で走り出した。片方の班が持っていた宝石を、ジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)に素早く投げて渡した。
「おーし、操作抜群! そっちは任せたぞ! みんな、早く祭壇にあがるんだ!」
「フローラさん、カノさん、ユラさん急いでくださ」
 ミラ・ダイモス(eb2064)の声が半ばで止まった視線の先に『正気の目』を宿したプシュケが、突然現れたカノ達に目を白黒させている。既に空を飛んで祭壇の上に上がったカノが皆を呼んでいた。言葉を交わし用心深く本人か確かめて、冒険者達が駆け上がる。
 衝動的に抱きしめたヒックスから、肉を裂く鈍い音が聞こえた。驚愕に染まる顔と顔。
「どう、して」
 腹部から血が溢れる。ぼたぼたと落ちて石段が赤く濡れた。
「‥‥こない、で」
 言葉に反してプシュケはヒックスを突き落とした。それだけでなく傍にいたジョーイやミラを始め、素早い動きで均衡を崩す。仲間が後を追い、半ばのぼりかけていたユラが急ぎ矢をかつがえ、彼らが落ちゆく下の石板が剥がれて土がむき出しの部分を刺し貫く。深く刺さった矢にヒックスの体が当たり勢いが止まった。数本の骨が折れていた。
 大けがをさせた相手は恐怖と絶望に引きつった顔をしている。
 ジョーイやシアンが叫び、エルシュナーヴがメロディーで呼びかける。しかし変化がない。交戦中のバートリエが攻撃を受けながら、プシュケを取り巻く者達をみて大笑いした。
「ははは、莫迦め。呪いで音を奪った娘相手に、呼び声など通じるものか」
「何ですって! リーベさん! これはどういうことなの!?」
「エルザさ‥‥言霊かフォースコマンドだわ。全員祭壇に上がって、私達の声は届かないわ。彼女は正気のまま攻撃命令を実行している。力づくで押さえ込んで!」
 意志と反して冒険者達を攻撃し、五感の聴覚をデビルカースで奪われた贄姫は、正しく糸に垂れる操り人形の如し。いつまでも仲間達がバートリエを抑えてくれるわけではない。
「ぎりぎりまで足掻く。ハッピーエンドなんてのは、力ずくでねじ伏せてでも自分の手で掴み取るもの‥‥ってな! あんた、これもってけ。全員急げ、早く行くんだ!」
 カノに宝石を渡してジョーイが叫んだ。そのまま祭壇の上に飛んだカノに続きユラとフローラ、エルザ、エルシュナーヴ、シーン、リーベが駆け上がり、残る五人が贄姫を抑えにかかる。祭壇の上には盤があり、周囲には古代魔法語が彫り込まれていた。左右に腰ほどの四角台があり、中央に、おそらくは先代贄姫と思われる骨が散乱した台があった。
 ごめんなさい、と一言断ってエルザは屍を全て床の上に払い落とした。
「は、始めます。集中するので、みなさん後をお願いします」
 フローラが壁に向かう。エルザが松明に火をつけ、ユラがシーンから受け取った五行星符呪を燃やした。正面で行われる激戦の隙を見ては此方に目を向け操ろうとするバートリエの魔の手から逃れる為に、エルシュナーヴがメロディーで歌い続けた。
『闇より手招く魔性の手、引かれれば待つは只滅びのみ
 我らの滅びは数多の亡び、我らが命は我らのみに非ず
 戦場覆いし闇深くとも、向かう先の光を信じ
 只、前を真を見つめよ‥‥想いし数多の明日の為に!』
 カノが結界を張る準備を整えて五人と贄姫を待つ。ミラと星奈が叫びを上げた。
「くっ、言霊だか魔法だか知りませんが、五人で押さえ込んでいるのに!」
「細い腕の何処にこんな力があるのよ!」
「ひるむな。人間制限が外れると巨石も持ち上げられるって言うだろう」
「ジョーイさんの言う通り、これは彼女の本心じゃありません。文句は悪魔にどうぞ」
「このまま祭壇に連れて行きます。星奈さん、プシュケさんの口を押さえてください」
 再び呪文を唱えられたのでは困る。フローラ達が解読に専念している間、ミラ、星奈、ジョーイ、ヒックス、シアンの五人はプシュケの確保に延々と手こずっていた。冒険者達を手当たり次第に攻撃しろとでも命じられたのか、素早い動きで懐に入り込んで打撃を加える上、殆どの火の魔法に長けていたプシュケ。
 シーンのプットアウトやレジストファイヤー、エルザのファイヤーコントロールのおかげで最初は魔法攻撃を回避したが長くは保たないし、クイックラストで剣が使い物にならなくなる。下手に攻撃できない上に、限界を超えて魔法や体術を繰り出す難敵。
 皆が傷を負った末、ようやくジョーイが羽交い締めに成功した所だった。
 強制的に祭壇へ運び四肢を押さえて自由を奪う。宝石は解読した通りに収まっていた。
「‥‥血の儀式を、します。危惧した通りで‥‥祭壇の上にいる者は魔力が吸い取られますから、エルザさんやリーベさん、カノさん、シーンは階段へ‥‥カノさんは回復も」
「シーンさんがソルフの実をくださるので、私の魔力も注ぎますぅ」
 封印を施してすぐ回復しないと贄姫の命が危ない。正気の相手の首を刎ねてきた過去は狂気の沙汰と言うほか無いが、盤に繋がる水の流れに血を流せばよい事をフローラが見つけだす。暴れる贄を押さえつけ、流した血を所定の位置に置き、シアンが魔剣の切っ先を心臓の所へ向ける。断末魔が聞こえるという魔剣で断末魔を導く羽目になるとは皮肉か。
 意を決して心臓部を貫くが、肝心のユラが動かない。闇の果てに息づく亡者達の気配。

 ――仲間よ、邪魔をせんでくれ、我が同胞よ、我らに哀れみをたれてくれ――

「ユラさん、早く話した通りに! でないと」
「貴方達の無念は分かる。悲劇だったと思う。だけど過ちは繰り返してはいけない。私は、そんな風にはならない。私の信念にかけて。だから同情は出来ない。これが、最後よ!」
 最後にユラが矢の切っ先で手を傷つけ、該当する宝石の上へと塗った。鈍い光が灯る。
「きゃぁぁ!」
 鈍い光に続き、駆け抜ける閃光。祭壇に上がった者の魔力を吸い尽くした祭壇は輝きを静めてゆく。静寂が降りた。石盤の宝石はびくともしない。バートリエが異変を察した刹那、ふとエルシュナーヴ、シーンを始め、聴覚に優れた者が異変に気づいた。「音が‥‥」と壁の一点を見つめる。壁の亀裂が動いたような気配がした。

 ――ベギッ。ピキピキペキ‥‥

「壁の亀裂‥‥『番人なくば水は開かぬ』‥‥水だ。フローラお姉ちゃん逃げよう!」
「ぜ、全員逃げてください! 封印の完成で、ここは水没します! 急いで」

 ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!

 エルシュナーヴとフローラの声を遮り、亀裂の走った壁が崩れて膨大な水が滝のように流れ込む。一カ所だけではない。向かいの壁、床もまた音を立てて亀裂が走る。底が抜けるような嫌な音を立てていた。このままではものの十分もせぬ内に水は神殿を埋め尽くす。
「熱っ! 鉱泉? 此処はバースの‥‥不味い、これでは熱湯と同じです。早く逃げ」
「あかん! プッチーの傷が治ってない。このまま動かしたらほんまに死んでしまう!」
 ミラが鉱泉に気づいたが、シーンから制止が入る。儀式のために心臓を貫かれたプシュケの傷を接合し、魔法をかけ、回復薬を流し込む、エルザとカノ達。致命傷を治すのは容易ではない。もう一つの班は、儀式の成功を確認して既に脱出の為に行動していた。
 バートリエは儀式の間に傷を負っていた。「そのまま溺死してしまえ!」と呪いの言葉を吐いて虚空へ消える。一見してもかなりの深手を負っていた為、そのまま力つきて死ぬか、当分現れる事はないだろう。何より、この完成した封印を破る術は悪魔には無いのだ。
「たく、このまま煮えた鉱泉の中で溺死してたまるもんですか」
「どうしますリーベさん。もう来た道は戻れませんよ」
「そうね。フローラさんも魔力が底をついてるし。プシュケさんが助かり次第、カノさんは飛んで貰って、シーンさんとエルザさん含める三人を地上へ運びましょう。壁を上れるのは私とジョーイさんだけ? じゃエルザさんは応急処置で手が離せないから、シーンさん、残りの皆を順にフライングブルームで地上へ。ぎりぎりなんとかなるはずよ」
 生きて帰る。それだけが支えだ。

 諦めなかった成果といえよう。
 プシュケは一命を取り留め、彼ら冒険者達十二名も生還するに至った。ただし別班はバートリエとの激しい交戦の末であった事もあり、逃げる際に押し寄せた鉱泉に足を取られて流され、溺死寸前で酷い怪我や火傷を負った者もいたようだ。
 忌むべきしきたりは湧き出た鉱泉に沈み、水の底に消えた。鉱泉は発見されていた通路を流れに流れ、幾重にも噂や話題を呼ぶ。
 冒険者達は後日、ラスカリタ伯爵のウィタエンジェに呼び出されることになる。