芸術家の苦悩BR?―長い夜の終わり―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:14人

サポート参加人数:7人

冒険期間:08月30日〜09月04日

リプレイ公開日:2005年09月08日

●オープニング

「名も無き君、言いつけ通り冒険者達に屋敷へ来るよう連絡をしてまいりましたでしゅ」
 キャメロット、ラスカリタ伯爵家別宅の書斎では戦後処理に追われていた現在の伯爵ウィタエンジェの姿があった。報告に来た小さな少女の名をポワニカという。報告を聞いたウィタエンジェは「ありがとう」と短く言い放ち、再び手にした書類の方へ目を落とす。
「それは、今までの?」
「うん。後は証言とか、神殿や祭壇の構造・文面を絵に起こしたりした書類。話では、魔力が吸い取られた上、プシュケの血で水が流れていた陣の溝が血に染まり、彼女とハーフエルフの血が宝石を起動させたらしいし。‥‥冒険者達が何を考えてたか聞いて驚いたよ」
 ぎしっと背もたれに体重を預けた。
「正直ゾッとするね。正確な解読は八割しか完成していなかったそうだ。肝心な部分の欠落、残りを古い時代のまま行う必要性、魔力も足りるか分からない不安、封印は出来ても贄姫は死ぬ状態。最悪儀式を放棄して逃げる考えもあったみたいだし。それが変わった。悪魔は別の班が抑え、医術の心得を持った者も、癒しの君も、魔力喪失に備えソルフの実もあった。偶然の賜‥‥無粋だな、奇跡よりも必然。冒険者達の連携あっての今の結果だ。助け合う姿勢が純粋に輝かしいと思ったのは、今回が初めてだね」
 血なまぐさい儀式の末に、生き残った冒険者達は今休息を余儀なくされている。激しく消耗した者も多い。贄姫のしきたりは鉱泉の下に消えた。今は新たな鉱泉の話でバースの方面は持ちきりである。神殿自体は森の中だが、あそこには道がある。道を辿り教会の壁画の向こうから吹き出した温泉は、神の恵みだ、等と噂が絶えない。表向き重罪人のマレア・ラスカが冤罪をこうむった事を知っている者達の口からは「神が嘆かれたのだ、聖母の涙が鉱泉となって現れたのだ」と零れ、しまいには「病の娘が教会から天に祈ると、神は壁を壊しなさいと言われた。娘が従うままに最後の晩餐の絵を壊すと、壁画の向こうから温泉が湧いており、その温泉を飲むように言われて飲み干すと、病は瞬く間に治った」などというありもしない話までもまことしやかに流れた。瞬く間に重罪人の壁画は『聖画』に、温泉は教会の呼び物に変わった。いい加減な世の中である。
「長い間のしきたりが終わりを告げる。影の功労者達に対し、民衆に代わり同胞の貴族達も敬意を示さねばね。ただ幾つか気になる点があるんだ」
「なんでしゅか」
「巣くっていた悪魔共は健在。過去の歴史を見ても、悪魔達は定期的に姿を現すだけで、不在の間は何処へ? 話に依れば、書にもない力を使ったと言うじゃないか。つまり隠された力を持っているか、数百年の間に進化したか、どちらにせよ喜ばしい事じゃない。僕が思うに、彼らの狩り場は此処一つではない気がするんだ」
「何処かに息を潜めていると?」
「悪魔の偽りの姿は万を超える。常人に、高位悪魔の区別はつかないと思うけどね。まあ、調査は続ける予定だし、今は忘れよう。三日後は喜ばしい日だ」
「同胞の貴族達も来るとのこと。マレア様とプシュケも同席させるのでしゅか?」
 宴の席では彼女の侍女として頭もすっぽり覆った格好で同席させるという。マレアもプシュケも同胞にすら会わせられない人間だ。
「本当は二人を世に帰そうと一度思ったけど、実際は容易にできる事じゃない。姉さんは今後、かつて首領だった時と同じく僕の影武者として生きる事になるかな。盗賊に戻るよりマシだろ? 跡継ぎ問題もあるし、僕と姉さんで『領主』をするのさ」
 晴れ晴れとした顔だ。元々ウィタエンジェは女性しか愛せない性癖がある。
「プシュケの場合は、灰の教団の時の事もあるし、サンカッセラ兄さんを手に掛けた事も自白していたし、‥‥何処かで隠遁生活送ってもらった方がいいかも知れないな。ポワニカ、僕と手分けして姉さんとプシュケに話に行こうか。宴の準備だ」

「馬車で何処かへお出かけになるのですか、キャヴァディッシュ伯爵」
「おぉリミンズ。怪我はいいのか? いや、実はな‥‥前に教えたことがあったろう。同胞の集い、というやつだ。数代前から続くバース地方の貴族達の会合だよ。何故か知らんが重大な話があるので出席しろと言うのだ。キャメロットまで行くなど前代未聞なんだが」
 旅支度をする伯爵の所へ現れたのは、音楽家だった。その天賦の才と呼ばれる音楽の才能と美貌を買われ、彼、リミンズ・ダリルが伯爵の所で暮らし始めてはや数年。愛人としての役割も果たしていると言う。リミンズは一瞬思案すると、伯爵に微笑みかけた。
「でしたら私もお連れ下さい」
「ならん。いくらお前といえど」
「宜しいではありませんか。お言いつけならばずっと部屋におります。最近、ブリストルのお仕事でお疲れのご様子、旅路の間、お泊まりになる先でお疲れを癒すべくご奉仕いたしましょう、音色で心穏やかになされませ。ね?」
「分かった。どうしてこう可愛いかな、お前は。時折心を覗いてみたくなるぞ」
 愛人と噂される凄腕の音楽家は、キャヴァディッシュ伯爵の腕の中でどん欲に笑った。

 マレアは静かに室内で話を聞いていた。冒険者達が無事で戻った事に喜びを表す。
「親愛なる君!」
 ウィタエンジェがプシュケの所に。ポワニカがマレアの部屋に来た時、窓から声がした。フライングブルームに跨った、元BRのアリアドネ達である。窓から侵入したアリアドネを、参謀達とネイ、マレア、ミッチェル、ワトソンが迎えた。お別れとお祝いを言いに来たという。BR達は騎士団をとりまとめる役目に就いたり、ネイの様に今まで通りの気楽な暮らしに戻るなど様々。ポワニカはウィタエンジェの補佐に。ワトソンやミッチェルはマレアとともに暮らす。話を聞いていたマレアは空を見つめ今後の事について少しずつ語り出す。
「友達に救って貰った命だもの。混乱を招くより、大事にして、役に立ちたい。絵は私の名前でなくとも描いていけるし、生活が困ることもない。お抱えの盗賊だった時、ウィタエンジェの身代わりはよく務めた。好条件で昔に戻ったようなものよ。家族で暮らせるのだもの、姉として助け合って生きていかないとね」
「ミスマレア、宴の席では隣室にワタシ達下々用のテーブルを用意してくださるそうです。ブラックローゼン達は基本的に好ましくないですから」
「食事は別なの?」
「当然デス。ミスマレアは、よく食べ、よく飲み、時には椅子が飛‥‥」
「どうして一言多いのよアンタはー! 折角の騒ぎの席なのに暴れられないなんてあんまりよう。ふわふわのぷりぷりの肌した女の子とか捕まえて観察したり、がっちりしたつやつや肌の男の子捕まえて視覚と触覚で観察したかったのに」
 マレアの嘆く様は変質者じみていた。なんとなくマレアの許容範囲が広いだけで、ウィタエンジェと双子姉妹というのを痛感せざるを得ない。自分は違うよな、と一人心配そうに呟くミッチェル。ポワニカが慰める係にあたる。
「そうそう、同胞の中に交易都市ブリストルで名をあげた優秀な音楽家を抱える者がいるそうでしゅ。宴に来る伯爵につきそって訪れるそうなのでしゅが、もしかしたら宴の席で呼ばれるかもでしゅね」
「あら、ほんと? 楽しみね」

 明るい季節が、すぐそこまで来ていた。
 ただし、トランシバと全く同じ存在が野望を胸に近づいているとは知らず。

●今回の参加者

 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0836 キラ・ヴァルキュリア(23歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1519 キリク・アキリ(24歳・♂・神聖騎士・パラ・ロシア王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6089 ミルフィー・アクエリ(28歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

夜光蝶 黒妖(ea0163)/ ライラ・メイト(ea6072)/ 山内 なつ(ea6080)/ モニカ・ベイリー(ea6917)/ アンチ・ノートン(ea7519)/ ネル・セムン(ea7936)/ ライル・フォレスト(ea9027

●リプレイ本文

 キャメロットのラスカリタ伯爵家に招待を受け、身を飾っている冒険者達。当然だ。彼らは身を危険に曝して今の功績と平穏を勝ち得た。今日ばかりは、彼らが爵位を持つ貴族達に持てなされる日だ。部屋の中では重い空気と軽い空気が二分していた。
「全く飾り気のない。滅多にない席だってのに。ほら、こっちに顔向けて」
 化粧や着付け担当のクレア・クリストファ(ea0941)は暴れる双海涼(ea0850)の顎をぐいっとひっぱり、傍のキラ・ヴァルキュリア(ea0836)に涼を押さえつけるように言う。
「確かに紅小鉢は持ちこんでますが。だからあの、クレアさん、お化粧はいいですって、弄るのは好きですが弄られても似合いません、賑やかな場所は、生まれが生まれ故苦手で」
「だまらっしゃい。髪飾りに礼服着て、素のままはもったいないわ」
「あはは。観念した方がいいぞ、クレアには勝てないからな。主人も着飾った方がいいにきまってるよなシマキちゃん〜〜もふもふ、庭では良い子にな。案外似合うじゃないか」
「‥‥そうでしょうか」
 男装に帯刀とというフィラ・ボロゴース(ea9535)が涼の愛犬で遊びながら気楽に笑った。唇に紅を引いた涼も何処へ出ても恥ずかしくない華やかな少女に変わる。フィラは最初鎧を着ていたがウィタエンジェに却下された。フィラの男装やキラの女装も、本来渋っていたが仕方がないと了承した口だった。
「お、馬子にも衣装。やはり雰囲気ががらりと変わるものでござるな」
 赤と白の巫女装束を纏った天城月夜(ea0321)と九門冬華(ea0254)が皆の控え室へとやってきた異国の正装は一風変わって見えるものだが、洗練された立ち振る舞いにぴゅぅ、とルクス・ウィンディード(ea0393)が口笛を吹く。彼女たち二人は宴の席で舞うという。
「ねえねえ。もしかして舞うのって、前の別れの宴の時の?」
 ボソボソと話しかけるキリク・アキリ(ea1519)に「ええそのつもりです」と冬華が答えた。多数派と少数派に別れた時の選択は決別であり、戦争の中で互いの命の取り合いまでしたが、今は全てのおわりに、かつての時の舞を皆の前で披露する。
「私も歌うですよ。そのために来たのです。ちょっと様子見てきますです」
 歌い手として参加したミルフィー・アクエリ(ea6089)が軽い足取りで控え室から玄関口を見に行った。微笑ましそうな顔で姿を見送るセレス・ブリッジ(ea4471)達であったが、先日大やけどした黒畑緑朗(ea6426)が愛刀の手入れを続けながら誇らしげに言った。
「封印が成功し、死者が無くて良かったでござるな。一安心でござる」
 どうだろう、とヒースクリフ・ムーア(ea0286)少々気になることを口にした。
「同胞の貴族達だったかな? 私としては非常にこの後の事が気になるね。話を聞いた限りでは、同胞の貴族達を今まで結びつけていたのは、忌わしいしきたりと言う秘密を共有すると言う一種の共犯者的な仲間意識、罪悪感的な物が強いように思える。それが無くなった時、各家同士の力学関係がどう変化するか‥‥愉快など何かが見える気がするよ」
 ヒースクリフの物言いは的を射ていた。今の同胞達は災厄が我が身に降りかからないようにする為に、口をつぐみ腫れ物に触らず、共犯意識だけという危うい均衡の中に成り立っている。過去を封印するという事は勿論だが、鎖無き今、何をしでかすか分からない。
「まぁそうですね。とりあえず、ただ見ていると言う事が出来るほど全てが片付いているわけでも無いですし。警戒の為に武器は携行。今できるのはそんなところですか」
「冷静だね冬華君」
「剣は折れてもナイフは残る‥‥か。どうもしっくりと来ないな」
「そう案じても仕方あるまい。警戒だけ怠らぬようにしておこうではないか。幸い、隣の部屋にも頼れる腕利きの冒険者がいる。いざというときに対応すればよかろう」
 椅子の上であぐらを組み、唸る希龍出雲(ea3109)をジーン・グレイ(ea4844)が軽く肩を叩いてやった。あまり考え込んでも答えのでない話ではある。
 やがて彼らは会場へと呼ばれる。

 緋色の絨毯で埋め尽くされた豪華な会場。
 同胞の貴族達が並ぶ。彼らの目には、何故冒険者が、という意味合いの色が現れていた。別の立場で戦った他の冒険者達と共に前を進む。冒険者達が並び、壇上のウィタエンジェが事の詳細を語った。契約の一族の事、裏に潜んでいた悪魔達の存在、古より続く忌まわしきしきたりである贄姫制度の完全封印という終演。
「私の目の前にいる者達こそが我らにかわり、制度を終わりに導いた者達だ。冒険者という身に我々は辛い戦いを強いてきた。先祖の過ちは泉の下に沈んだ今、同胞の絆は今宵を持って失せる事を伝える」
 事を知らなかった貴族達がざわめいた。知る者達もついにやり遂げたのかと感嘆する。
「新たなる門出を祝う前に、我々は敬意を示さねばならない。そして功労者達よ、私は功績を残す汝等の中からさらに一人を選び讃えようと思う」
 そうして一人が前へ出る。仲間達を纏めた功績を代表に、今まで様子を見ていた貴族達やBR達の話を踏まえてそれに相応しい代表者を選んだらしい。魔力の篭もる特殊な武器が与えられた。さらに何故か魔力付きのショートソードと長弓が持ち出された。
「――これは亡き姉からと思って欲しい。姉は確かに反旗を翻した重罪人だが、肉親だった。いまや聖画の芸術家として知られる姉は温厚な人だったと聞く。最後まで亡き姉の命を慕い救おうとした者の中から代表を二人選びたい――九門冬華、双海涼、前へ」
 其れは暗に、戦乱の末のマレア救出作戦当時の事を話していた。
 冤罪のマレア・ラスカ本人が社会的に抹殺されただけで生存している事を知る者は少ない。火あぶりからの救出劇で奇策を編み出し穴を詰めた。九人による絶妙なチームワークあって初めて成功した当時の事を暗に物語る。冬華にショートソード、涼に長弓。
「忌血の宿命を変えた英雄にこれを与える。‥‥表だって賞賛してやれない愚かな私達同胞の貴族を許して欲しい。‥‥君達は我らの誇りでもあり、この後も人を救うだろう。我が同胞達よ。幾百幾千の民に代わり、彼らに敬意をしめそうではないか」

 パーティーの中で冒険者達は忙しかった。如何様にして戦ったのか、其れまでの経緯に興味津々の貴族達。けれど暗黙の了解がある。同胞にも話してはならないこと、そして長年の共犯意識による鎖から解き放たれた貴族達の力関係は不安定だった。思惑を胸に秘め、望みの者と話し合う。
「それではミルフィー・アクエリ。うたいますです〜」
 冒険者達の中で歌や踊りが得意な者達はここぞとばかりに腕前を披露し、喝采を浴びていたミルフィーの歌声が会場に響く中、緑朗はあまりパーティーを楽しむ気がないのか、まるで警備員のように殺気立ち、あるいは料理をつついてぼうっとしていた。馴染めない人もいるみたいだなと思いつつもヒースクリフは愛想を振りまきながらエルザ・アリエストの所へ向かう出雲を発見した。顔なじみが来ているというのは嬉しいもの。
「ふふふ。役得かな。壁の花の貴婦人達と言葉を交えながら注目を一心に浴びるというのも‥‥ま、そんな事はさておき、宴にはアリエスト家の姫君達も来てるようだね。なら、挨拶でも。エルザ嬢とはケンブリッジでの一件以来だし、セレス君も一緒にどうかな」
 急に名前を呼ばれたセレスが飛び上がった。消極的に目立たぬように宴を楽しんでいたセレスであるが、彼女もまたケンブリッジの事件に関与したエルザの恩人の一人だ。
「わ、私ですか? 確かに覚えていますけれど」
「じゃ、きまりだね。丁度こっちに向かって姫君が笑いかけてくれてるし。お手をどうぞ」

 キリクは一人、会場を抜け出し外へ出ていた。仕事で出会ったリリア家の老兵ガルドに挨拶を済ませ、探し人の姿を見つけるために忙しい。「主様?」とか細い少女の声に振り返るとキリクの当初監視役として傍にあり、やがて手足として動いたアリアドネがいた。
「どうなされたんです。パーティーは今始まったばかりですのに」
「ガルドさんに心配してくれてありがとう、っていうのとマレアさん達にも挨拶に。あとアリアドネを捜してたんだ。個人的な事を話す機会が少なかったからアリアドネの事いっぱい知りたいんだ。もう会えなくなっちゃうかも知れないし‥‥寂しいけど」
「‥‥お望みならばお側におりますよ。今の私の主はキュラス様でなくあなた様」
 きょと、としたキリクの前で給仕姿のアリアドネは笑って返した。
「お呼びとあればいつでもお側に仕えます。御用向きの際は二丁目に来てください。お供いたしますから。ムーン達は今宵を気にバースで静かに暮らすそうですが、私は暫くネイ様とともに表の世界のお勉強だそうです主様」
「あ、主様はちょっと恥かしいよ。そんな柄じゃないし、第一、友達なのに変だもん」
 お互い照れくさそうな顔で話し込んでいたらしい。

 ディルスの所へはジーンや出雲が顔を出しに来ていた。出雲は偶に現れては女性のナンパに行っているようだが。最近抜け出してないだろうなと釘を差すと吹き出す本人。
「心配なぁ‥‥ジーンは千里眼でも会得してるのか?」
「図星かね? 困った若子爵だ。戯れも程々にせよ、立場ある身だ。それに政略結婚とはいえ、相手との関係を良くする努力も怠ってはならんと思うがな」
「所詮俺は下町育ちだよ。エルザに対して努力はしているぞ、花や贈り物を欠かさず無理強いしない程度に毎週面会を求めたり‥‥まっったく進展ないけどな。肩身が狭い」
 会場では冬華と月夜の舞が披露されていた。

 と広い会場とはやや離れた場所。調理場を挟んだ隣の席に、マレアやワトソン達がいた。BR達もいるが、参謀は一人ハーフエルフの少女に呼び出されて庭に。プシュケは此処で宴を楽しむかと思いきや、人に掴まって不在。マレアはといえば、自分を案じて傍に来てくれた者達と楽しくやっていた。
「涼ちゃん可〜愛〜い〜! こうしてみると色々化粧で変化つけてみたくなるわね」
「お、お姉さま、苦しいです。いえ、これ以上化粧しても」
「あらいいじゃなーい。ぴちぴちの若い肌〜化粧のノリもいいに決まってるわぁ」
 抱きつき癖健在である。いつ誰に部屋が来るか分からないのでフードもはずせないし大声も上げられない。いざという時はウィタエンジェの振りをする為同じ格好ではある。壁に立てかけた長弓を見つめ、腕の中で物言いたげな顔に、あぁと視線を向けた。
「ホントはね、みんなに配ってあげたかったんだけど。ウィタに怒られて。絞る事にしたの。セレスク達の話を聞いて涼ちゃん発案者だって。‥‥手を汚させて、ごめんなさいね」
「また暗い顔をしておるでござるか」
 舞を終えた月夜と冬華達が戻ってきた。キラが回りに注意しながら扉を閉める。お先に頂いてますよ、とテーブルの上の料理をつつきながら涼が答えた。キラがワトソンの異常に気づく。涼曰く、出雲にからかわれて落ち込んでいるらしい。実らぬ小さな恋の傷口だ。
「ワトソンでも恋する時なんてあったのね、意外」
「キラさんそれ酷いです。まあ相手がシフールでしたから何言われても仕方ないですが」
「廊下でウィタ殿と話して来たでござるが、これからはからか‥‥否、愛でられると思うと遊び心も浮かぶ故楽しみでござるよ。ふっふっふ、ミッチェル殿、盗賊時代ポワニカ殿に頭が上がらなかったと聞き申したがまことか」
 なんでそれを、とたじろぐミッチェルで遊ぶ月夜。何やら様々な事を聞いてきたらしい。冬華は冬華で落ち着き払った風な様子だ。涼で遊び月夜達を眺めているマレアに近づく。
「一段落ですかね、また何か困れば呼んで下さい。この国のどこかに居ると思いますから‥‥何処からでも駆けつけますので。フライングブルームという便利な道具もありますし」
「不思議なほど親身になってくれるのね」
「まぁ――長いつきあいですから。ジャパンの舞なぞいかがです?」

「クレア! あの食べ物美味しそう。何ていうんだ?」
 通常の会場では今だ騒ぎ回っている者達がいた。
「もーべたべたして。料理は逃げないわよフィー。でも、あっはっは、やっぱり良いわね〜こんな雰囲気。永遠に続くと商売あがったりだけど」
「あーもっともっと酒がのみてぇ、待ちに待った酒が目の前にある。あとオンナってことで其処のお嬢っさーん」
 酒で出来上がった風のルクスがクレアとフィラにちょっかいを出しに行くが、ギラッと目の色を変えたフィラに「あたいのクレアに無断でさわんなぁ!」と問答無用で吹っ飛ばす。とはいえルクスは別に本気で酒を飲んで酔っぱらったわけではなく、道化さながら遊んでいたようだが相手がクレアとフィラだったので地に沈む。合掌。
「あっはっは。何をやっているのかしらこの子達は〜〜」
「あででで、‥‥あれ?」
 フィラの石の中の蝶が、ゆっくりと羽ばたいた事に凍りつく。見直すと蝶が動かない。目の錯覚かと難しい顔で凝視していると、時折羽ばたく。笑いでその場を治めながら、目はもう笑っていなかった。聞き取れないほどの掠れ声で耳打ち一つ。
「指輪が反応してるぞ。探すか? アレはもう此処じゃないけど」
「招かれざる客人に心当たりがあるのが嫌ね」
 アレ、とはマレアのことだ。黒ドレスのクレアは移動してデティクトライフフォースを試みるが人、人、人。怪しい者は見つからない。当然だ。
 予測通りの相手なら、一体何をしにきたのか。
 まずはウィタエンジェに連絡を、と出向こうとしたが。彼女と話していたキャヴァディッシュ伯達とすれ違いざまに、激しく蝶が反応した。心臓が早鐘のように脈打つ。蝶の反応からして伯爵か、その脇の人間か――右目を包帯で覆った隻眼の音楽家が辺りを見回し微笑みかける。どこか見覚えのある影の微笑み。
 ウィタエンジェは仲間達と話しており、何事かが決まったのか、会場から姿を消した。慌てて見回すと音楽家もまた控え室に戻っていった。それから奇妙な事に、数時間後に現れた音楽家に接触したフィラ達だったが、何故か蝶は欠片も反応せず。何事もおこらず宴は終わる。錯覚だったのか、事実だったのか、後者だとして何をしていたのかは分からない。


 この世に才を歌われ華々しく飾りながらも、生まれと過去と冤罪から表社会より存在を消され、そして今や聖画としての評価を受ける盗賊だった芸術家。
 亡き芸術家は、現在僅かな友達にその存在を残すだけで孤独な道を歩く。
 影のラスカリタ伯爵として妹と友に領土を治め、いずれは妹の跡継ぎとなる子を産み、人知れず寂しい墓地に葬られることになるのだろう。それでも彼女は明るい顔をしている。さながら太陽に向かう向日葵の如く、自分と家族と領地を守ってくれた友人達に感謝して。

 芸術家の苦悩の日々は、青空の向こうへと消えたものと願うばかりだ。