ぽかぽか季節の農場記6

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 85 C

参加人数:13人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月09日〜10月15日

リプレイ公開日:2005年10月19日

●オープニング

 広大な牧草の畑と、タマネギやカブの畑。二箇所の牧場、ニワトリ小屋が二つに、もうじき十一歳になるミゼリという少女とアンズという名の真綿のような白い犬。鶏九十羽、驢馬二頭、牛十二頭。
 そこはギール農場と呼ばれていた。

「おじーちゃん、お祭りいきたい」
 ミゼリが配達に向かった家の人から聞いた話だ。ミゼリが牛乳の配達に向かったマーガレットという女性の村では、数日後に結婚式があるのだという。丁度その結婚式の日の前日に、村の祭りがあるらしい。近くの農場から結婚式と祭りの為に、酒や食材、料理等など仕入れたいのだという。
 祭りでは「我こそは!」と進み出た男達が最後の一人になるまで飲み比べ大会をするらしい。愉快な踊りもあり、未婚女性達が目隠しをし、次々に素敵な男性と逢えるよう祈ってぶつかった相手と踊っていくらしい。両者は気に入った相手に銀貨入りのお手製の小袋をダンスのさなかで渡し、後で互いを識別する。また既に相手がいる男女は目隠しはしないで中央で踊るとか。
『でね、花嫁さんの希望でお祭りも結婚式も一緒にしたいという話になったの。確かおじょうちゃんの所、色々売ってたわよね。牛乳もそうなんだけど、大人数に対応できそうな食材とか、料理とかないかしら? 小さな村だけれど、当日はざっと数えて百五十人位はいるはずだから』
 農場主さんに聞いてみて、と言われたらしい。よかったらお家の人とおいで、とも。
 しかし村の祭りの前には市も控えていた。もうじき遠方に散り散りになっている『家族』も農場に来る頃だ。
「うーむ行くなら誰かについていってもらわなければいかんぞ」
「あとね、綺麗な花嫁さんの冠投げるんだって、花嫁さんって綺麗なの?」
 その村では古くから結婚式の終わりに絹の小袋を括りつけた花冠を参加者へ投げる風習がある。「次の幸せは貴方に」という意味だ。未婚女性が群れをなす風習であるが、ミゼリは興味津々のようだ。
「うむ。丸々太った肉もあることはあるな」
 きらん、と爺さんの瞳が光った。どっかの鶏達もピンチである。 

 さて祭りに出る出ないは別にして、今回も市がある。というわけで収穫物のおさらいだ。
 今回市に出す収穫した卵が730個。以前より収穫数が上がっている。安い時は二個2Cで買い取られるが、上手く交渉すれば1個2Cで買い取ってくれる。
 牛乳130リットル中35リットルがバターになった。バターを100g作るには五リットルの牛乳が必要。尚ギールの農場の地域では、牛乳は1リットル最低3C、高くて4C。バターについては100g(五リットル消費)は30Cから40Cで売ることが出来る。
 ギール農場近の森のトレント周辺は野生の薬草畑。一人一日五束しか取れないが、取ってきた場合薬草は一束10C〜30C、最高で50C近くとなる。以前までの110束分の薬草がある。
 回収したカブとタマネギだが、カブが450、タマネギ300。
 ピクルスになったカブは僅か90個分だ。
 カブとタマネギの価格は四個1Cから3C。ピクルスの価格は一個分が2Cである。大麦に関しては売り切った。もし市場で大麦粉を手に入れるならば、同額前後かかると見ていい。
 ちなみに以前採取した蜂蜜が1800g。大体200gが15Cで売られている。

●現在経済状況●
ギール農場元財産:1217G
前回の総出費:0(値引き―)
前回の交渉成績:―
前回の売上金額:―G(四捨五入)
ギール農場現在財産:1217G(四捨五入)

●現在のミゼリの教養
基本回避術 初級 Lv6
精霊魔法[地] 初級 Lv7 :グリーンワード・フォレストラビリンス
応急手当 初級 Lv7
優良視力 初級 Lv7
調理 初級 Lv7
土地感(森林) 初級 Lv7
植物知識 初級 Lv7
言語(イギリス語) 専門 Lv1
言語(ゲルマン語) 初級 Lv6
農業 初級 Lv6
牧畜 初級 Lv6
学問万能 初級 Lv6
●語学力と応急処置、調理など上昇中。植物知識が1ランクUP。新たにゲルマン語追加。
●ミゼリの人見知り度が専門5から専門3に低下。

●今回の参加者

 ea0369 クレアス・ブラフォード(36歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1143 エイス・カルトヘーゲル(29歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea2194 アリシア・シャーウッド(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2698 ラディス・レイオール(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4435 萌月 鈴音(22歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4815 バニス・グレイ(60歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5021 サーシャ・クライン(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5810 アリッサ・クーパー(33歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea5928 沖鷹 又三郎(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7218 バルタザール・アルビレオ(18歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

アッシュ・クライン(ea3102)/ ライント・レオサイド(ea3905)/ ルディ・ヴォーロ(ea4885)/ 明王院 未楡(eb2404

●リプレイ本文

 農場へ来るのは今回が一区切り。
 再び従業員達が農場へ訪れ、愛すべき家族達はやがて散り散りへとなってゆく。職業柄、仕方のない事だとは百も承知だ。町中や仕事先、酒場と言った飲食店で出会うこともあるかも知れない。けれど再会の可能性は低く、皆が集まる可能性は夜空の星の如き。
「実はさー、今年の二月頃だったかなぁ。もうこのまま農場へ永久就職しようかと思った事あったんだよねぇ。酒場で、だったかな。ローストもミゼりんも手放しがたくてさぁ」
 此処の農場は去年の秋から春にかけてと、初夏から秋にかけてとギルドを介して長期間冒険者を雇っていた。元々はギールのぎっくり腰と人手不足から始めた事だったが、今や農場は笑い声がたえない。三日目の朝のこと、アリシア・シャーウッド(ea2194)はそんな事を呟きながら「また当分会えなくなるなぁ」と、朝食にぱくつきながら呟く。
「来て早々何を言っているアリス。これから市に、農場、明日には結婚式用の料理やらと忙しいんだぞ。感傷に浸るのは後で宜しい、市に行く者はさっさと食べた食べた」
 ママの意地悪〜と、アリシアはクレアス・ブラフォード(ea0369)を恨みがましい目で見やる。既に市場へ出張する班が朝食を食べて早速作業に出ており、居残り班がのんびり遅れた朝食をとっていた、はずだった。クレアスの傍にいたミゼリと萌月鈴音(ea4435)がやり取りを眺めて顔を見合わせ、「急がないと、ダメ‥‥みたいです」と鈴音が呟くが。
「あぁ、鈴音やミゼリはゆっくり食べていて良いぞ。消化に悪いしな」
「さ〜べ〜つ〜だ〜」
 実は今はまだ早朝。台所で食器の片づけをしていた沖鷹又三郎(ea5928)が苦笑一つ。まだ朝食中の者の皿を覗き、さっさと片づけを終えると、明日の結婚式とお祭り料理の必要な材料を羊皮紙の切れ端に書き込んでゆく。沖鷹とエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)の二人は、皆の食事を作り、市に向けての加工品を作り、さらには明日に備えてと非常に忙しい日々を送っていた。流石に目の回るような忙しさに、家事の出来るクレアスとアリシアがかり出された。ようやく間に合ったかと思えば忙しい早朝。例えば。
『二人は何処だー!?』
 ばったーんと開く扉。まずは五百蔵蛍夜(ea3799)の第一声で、エイス・カルトヘーゲル(ea1143)及びラディス・レイオール(ea2698)の二人が、太陽も目覚める前に叩き起こされた。今やエイスとラディスの二人は、生存競争の激しい市場において『なくてはならない保冷庫コンビ』状態。彼らが作り出す倉庫のような氷製保冷庫あってこそ鮮度が売りに出来るというものだが、市場において良い位置に店を構える為にも急ぐ必要があった。
 しかし眠い、眠いものは眠いのだ。
 ラディスとエイスは寝ぼけ眼で作業を始めた。
『‥‥ラディス‥‥がんばれ‥‥今回は薬草ので‥‥行くんだろう?』
『‥‥はい‥‥あなたも頑張ってください‥‥ねむいですけど‥‥私、いくんでしたね』
 目覚めたばかりで会話も怪しいこの二人。以前のように、まず地面に水が漏れないようになっている木箱を並べ、其処へエイスとラディスが次々にクリエイトウォーターで水を出現させていく。その後に、エイスはウォーターコントロールで水の形と複雑に整え、ラディスがクーリングで氷へと変えていく。 氷の柱を次々に並べて運び入れる蛍夜とバニス・グレイ(ea4815)。腐りやすい品物を囲み、外れないよう簡単な楔をあらかじめコントロール時に作られた穴に打ち入れれば、見ての通りだ。
 半分寝ぼけている者達は大抵、朝陽をあびて目を覚ます。
「荷物積み終わりましたですの〜」
 早起きしてハニーエッグミルク二十五人前作ったエヴァーグリーンが走り込んでくる。「むぉ?」とアリシアがエヴァーグリーンを見やると、続いてふらふらしたラディスとエイスが家へと戻ってきた。「‥‥俺の朝食」と手のつけられていない自分の分をみて呟くエイスに対し、「私は朝食抜きですよ」と幻覚の涙が見えそうなラディスがいた。
「おっしゃぁ! 市に行ってきます! ママ、余りのパン二つ頂ぃ!」
「あ、こらアリス」
「ラディス君、口開けて! はい、GO!」
「ぇ、むぐっ」
 クレアスの制止も聞かず、アリシアは手短にお惣菜はさんだパンを二つとると、一つを自分の口に放り込み、もう一つをラディスの口に押し込むと、首根っこ掴んで外へ駆けだしていった。素早い、手早い。唖然と見つめていた一同だが、「あたしもいかなきゃね」とサーシャ・クライン(ea5021)が立ち上がったので皆も我に返った。
「あ、待って下さいですの。お買い物をお願いしますですの、お金は2G渡しておきます」
「サーシャ殿、拙者も買い物を頼むでござる」
 エヴァーグリーンと沖鷹は書き留めていた羊皮紙とお金をサーシャに渡す。明日の為だ。
「ああそれと、こっちはラディス殿用の朝ご飯でござる。渡してやってほしいでござるよ」
 あれではあまりに可哀想だ、というのも当然と言えば当然だ。市に出向く者のうち、朝食を取れずじまいだったのはラディス一人。弁当も渡しながら「おっけーまかせといて」とサーシャは外へ出ていった。アリッサ・クーパー(ea5810)がミゼリ達を呼びに来る。
「蛍夜様方が市場へお出かけになりますが‥‥」
「そうですか。じゃあ、そうだ。いってらっしゃい、しにいきましょう」
 食事を終えたバルタザール・アルビレオ(ea7218)がミゼリ達に向かってそう言った。こくんと頷くミゼリ。「良い案ね〜、何でそんなにニコニコしてるのか分からないけれど」と何やら普通の笑顔とは異なる笑顔のバルタザールを眺めてリーベ・フェァリーレン(ea3524)が感想を述べた。彼女は約半年ぶりに農場へ訪れたことになる。出発ぐらいは全員で見送ろうと、家の中にいた者達が市場へ赴くアリシア、ラディス、蛍夜、サーシャの四人に最終確認と、二言三言言葉を交わした。
 これから目の回るような時間を彼らは過ごしてくるのである。と、荷馬車が進み出した途端に、アリシアがごく自然な流れで蛍夜に質問を行った。
「あ、蛍パパ〜、ミゼりんとクレアスママに『いってきます』のほっぺに『ちゅー』は?」
「アリシアっ!」
 試し切りするぞ! という蛍夜の声に、きゃーこわーい、という楽しそうな声が響く。
「パパは恥ずかしいそうですよ。クレアスさん、ミゼリちゃん、残念ですね」
「バ〜ル〜タザールゥゥ〜〜っ!」
「いやぁ居残りっていいですね。いってらっしゃ〜い、おとうさ〜ん」
 斬られる心配がないバルタザールが白いハンカチをフリフリ、アリシアの言葉の続き(よけいな一言)を言い放ちながら市場班を見送った。帰宅後のことは考えていないのだろうかと思う者はいなかったようだ。荷物をのせた氷の荷馬車は、次第に遠ざかっていった。

 本日晴天、雲一つない農場が始まった。しかしながら作業を終えた者達には実はやることがなかった。勿論生き物を相手にしているエイスとリーベ及びバニスの三人は別であるが、台所班の沖鷹やエヴァーグリーンについては市場の材料がなくては始まらない。鬼のように忙しくなるのは彼らが帰ってきてからだったのだ。
「随分幸せそうでござるな。良いことでもあったでござるか?」
「あぁー、この静かな一瞬が嘘みたいに平和ですねぇ。このままゴロゴロしたい」
「くっくっく、市場の連中が聞いたらうらやましがるぞ」
「いいわねぇ。でも畑なおしたり、次に備えなきゃね。もっとも後日でも大丈夫そうではあるけれど。さーて、バニスさん、ヒルデ達が待ってるから行きましょう」
 とびっきりの笑顔で牛小屋へ行こうというリーベ。バニスは噂は聞いていたのか「お手柔らかにな」と苦笑を零す。これから牛達には思いも寄らぬ運命が待っていることだろう。
「‥‥はぁー‥満腹、‥‥俺もロースト達の世話をしにいくかな‥‥」
 生き返ったような顔をしているエイスが、はたっと我に返り正面のミゼリを見つめて「ローストが‥‥威張り散らしてたんだっけ‥‥」と確認をとると、ミゼリはこくんと首を縦に振る。「ローストはねー、いつも威張るのぉー」という声に「そうか」と相づちを打つ。
「ひとつ‥‥虐めてみるか‥‥軽く、な‥‥」
 エイスの双眸が小屋の方向を向いているが、きらっと光ったのは幻覚ではあるまい。リーベとバニス、エイスの三人は席を立って支度をし、牛小屋と鶏小屋へと歩き出した。
「私も畑の方が終わりましたし、今日一日休んでも平気でしょうか」
 アリッサがミルクを片手に問いかけると、あぁという言葉に続いて「行くのか?」という問いがあった。「えぇ」と短く返したアリッサに「気をつけてな」とクレアス達は言う。
「‥‥ミゼリちゃん、どう‥‥するんですか?」
 鈴音が聞いた。やることはあまりない。明日のことがあるので、無駄に料理もするわけにいかない。結局の所、片づけをして、クレアス、沖鷹、エヴァーグリーン、鈴音、バルタザール、ミゼリの六人は昼食までの時間を楽しそうに遊んでいたようである。

 一方その頃、こちらは牧場。気性の荒い雌牛達が、親分を出迎えに並びます。
 まさしくそんな言葉が合うような不思議な光景。不敵に微笑むリーベを前に、闘争心溢れる戦乙女と名付けられた牛達は『ぶもー、ぶもー』と何かに期待する眼差しをむけていた。それまで『石一発でぃすとろーい』なる行動で雌牛達を配下においたバニスでさえ、この異様な牛達の熱気に、頭から流れる脂汗が光る。バニスが大人しい牛達を小屋から順調に出して区画に放している間、リーベはそれこそ『独特の訓練』を行っていた。
「ブリュン‥‥蜂から沖鷹さんを救った話は聞いたわ、偉いわよあなた。それでこそ私が名付けたワルキューレッ! さぁ久々の猛特訓よ、私についてらっしゃい乙女達!」
 家×婦はみた、ではなくバニスはみた。
 闘牛でもない牛達がありえない調教にしたがってゆく。何故魔法の攻撃につっこんでいけるのだろう。流石に手加減はしているようではあるが、魔法は魔法、攻撃魔法だ。大自然の摂理から考えて、世の獣達は第六感なるものが鍛えられてでもいるのか、強気者に従い、弱気者を制す暗黙の掟がある。しかし、これはなかろう。常人なら無いと思いたい。
「うぅむ、若い者には負けるな」
 気性の大人しい牛の方の面倒をみつつ、アイスブリザードやアイスコフィンを繰り出して『雌牛の特訓』を行うリーベ達を「若い者には負けるな」の一言で済ませちゃうバニスもまた、かなりの慣れと座った肝の加減が伺い知れた。大自然の神秘を前に、人の常識とは些細な事である‥‥とは何処かの偉い方の言葉であるが、こんな光景と重ねて良いのか。
「お前さん達の中で、あそこに混ざる気合いのある者はおるか?」
 言葉なんて通じるとは思わない、思わないけれど。ぶるるん、と一斉に首を横に振ったように見える。気性の大人しい牛達に呟いたバニスの言葉に応えたとしか思えなかった。

 こちら市場はいい場所をとって売ることに精を出していた。売り上げは上々、作った加工品もアリシアやラディス達が次々に売り切ってゆく。蛍夜とサーシャは昼食後に分担した分の品物を売り終わると、沖鷹とエヴァーグリーンから受け取ったメモを元に買い出しへ行くことにした。エヴァーグリーンはリンゴ二十個と小麦粉なのだが、実は二人とも林檎と小麦粉の購入が記されていた。沖鷹の方は、大量の鶏も含めて。
「おー、サーシャ君。買い物は済んだか」
「そっちもお疲れさま。出費がかさんじゃってやーね」
「いや、随分値切った。‥‥最近、武士より商人の方が向いてる気がしてきたよ」
 苦笑が零れる。こう何度も市場でやり取りをしていると自然と磨かれる感性というものがある。苦笑と呆れに混ざって、一際大きい声が聞こえた。販売に精を出していたアリシアだ。道行く奥様のハンティング、其れは獣よりも難しい市場の狩り! 黄金の卵!
「毎度お世話になってま〜す。ニワトリ印のギール農場です〜、お・ね・え・さーん」
 ふとサーシャが蛍夜の袖を引いた。薬草の達人ご本人登場でざわめいていた場所が、何故か奥様方の熱気で溢れたままだ。何が起こったのだろう。
「いや、あの、薬草を売っているだけであって、わ、私は接待に来たのでは」
 見事、奥様達の餌食になっていた。商売上手とは別の意味で、若い売り子というのは市場で目を引く。遠くから困惑顔のラディスを眺めた蛍夜達は『あぁ頑張れラディス、慣れれば奥様が財布に見えるぞ』と声援にならない声援を心の奥底から送った。
「人気とられちゃって悔しいとか?」
「そんなわけあるか、いくぞサーシャ君」

 エイスは鶏小屋に顔を出す前に隠れて、小屋の外からウォーターコントロールを使って追い回していた。勝手に開いた扉、目の前は自由の草原、我先にと勇み足の鶏達を迎え撃つのは本日、こらしめの刑を決定したエイスである。自由自在に姿を変える水の塊は、鶏達の根性と気合いを奪い取っていく。
 こんなもんかな、と飛び降りると、墓参りから戻ってきたアリッサがいた。
「‥‥あぁ、おかえり‥‥」
「水浸しですね」
「まぁ‥‥掃除、洗濯ついでに‥‥遊んでやってるだけだから。いつも‥‥見られてるかもしれないと思うようになれば、いくらかは大人しくなるだろ。‥‥鶏なんだし」
 初日に、涎じゅるじゅるさせて『ロースト料理計画』をギールに猛抗議したアリシアのことを思い浮かべながら『‥‥なんだかんだ言って、よく生きてるよな‥‥ロースト』と感心するエイス。ふとアリッサを見て「よく墓参りに行ってるけど」と言いかけて言葉を濁した。アリッサは「ああっ」と来た道を振り返る。やがてぽつんと呟いた。
「墓前にお約束‥‥したので。死者の安息を祈るのが、私の仕事でもありますから」
 やけに満ち足りた顔で、話していた。

 市から帰ってきてからが大忙しだった。殆ど寝ずの作業に近かったと言ってもいい。
 エヴァーグリーンと沖鷹は玉葱と蕪入りスープの下拵えと、未楡に教えてもらった東洋風プディングをだしの代わりに牛乳と蜂蜜で作ったプティングを試行錯誤していた。仮眠のみで早くから沖鷹の作る鶏の腹に臓物から香草とゆで卵の詰物に入れ替え、バノックを手伝い、リンゴジャムを作り、ハニーエッグミルク五十人前に自前のシェリーキャンリーゼ使用し、スープの仕上げ、プティングを焼き、パンを作った。
「どいてどいてどいて〜」
 サーシャがばたばた走り抜けていく。再び夜明けが近くなるとエイスとラディスが叩き起こされた。「‥‥またか」とか「‥‥またですか」とかいった小言が寝ぼけ眼のまま二人の口から零れていた。氷の荷馬車、再びである。役に立つのは良いが日々がハードだ。
「眠れているだけいいのですの〜〜〜!」
 目の下にうっすらクマの滲んだエヴァーグリーンが怒る。ミゼリも起こされていた。台所班がある程度の支度や積み込みを終えた頃、今度は着替えが待っている。
「ミゼリちゃん‥‥動かないで‥‥下さいね?」
 鈴音の言葉にこっくり頷く。ジャパンの土産という事で、蛍夜は家族に様々な物を配っていた。ミゼリには色々用意していたようだが、巫女装束に非常に興味を示したので、それを着ていくことになった。さらに「ママと一緒がいい」というので、簪もつけるという。
「ミゼリ〜、着替えたか?」
 ぬっとクレアスが顔を出した。黒いドレスを着ている。鈴音が装束を着せ、簪で飾って見せた。流石に着物などを日々着ているだけあって、着付けは上手い。見慣れぬ衣装にはしゃぐミゼリは、鈴音にありがとうと言っていた。鈴音は鈴音で、自分を見て悩んでいる。
「‥‥ミゼリちゃん、お洋服‥‥貸してくれませんか? アリッサさんに‥‥言われたけれど、私‥‥白しか‥‥なかったので」
 鈴音は本来人混みを嫌う。けれど今回、人混みに行く気になったのは相当の葛藤の上である。人混みは嫌い、だけど、そう自問自答を繰り返して決めたことだった。ミゼリと鈴音は年格好が似通っていた。丁度良いかも知れないな、とクレアスが呟く。
 ミゼリがクローゼットの中から、これ可愛いと思う、と取り出したのは花柄のドレスだった。着替え終えた二人を連れて、クレアスが荷馬車の方へ向かうと、室内に寝ていたギールも皆の苦労の末、安定した荷台に既に乗っており、皆も待っていた。
「わぁ、なんだかいつもと違って新鮮ですね」
 バルタザールが手を差し出しながら、感想を口にした。着飾る者有り、私服のまま雰囲気を楽しもうと思う物有り、どれだけ売れるかと商売魂を燃やす者あり。なかなか楽しい時間になりそうだと誰かが零しながら、馬車は走り出した。

 午前中の結婚式は呼ばれたクレリックとアリッサで執り行われた。
 アリッサが是非にお手伝いを、と申し出たようだ。村の人々に祝われて、神の御前において一つの生涯を共にする夫婦が生まれた。祭で芸を披露する予定だったエイスとリーベが「これは私達から」と魔法でお祝いを披露。やがて式会場から外へ出て未婚の女性達が集り始めた。これはアレか! とばかりにこっそりフレイムエリベイションの魔法で闘志を燃やしたバルタザールと、絶対とらなきゃと意気込むアリシア、ミゼリを肩車した蛍夜が「取りに行くか?」と聞いたが、「怖いから見てる」と声が返った。蛍夜の隣にはクレアスが、蛍夜の足下には鈴音がいた。「人が沢山‥‥怖いです」と言葉を零す。
「‥‥とりにいくのか?」
「エイス君、当然じゃーん、ミゼりんが欲しがってるしぃ」
「なんだ。初日に『マントofナイトレッド』を羽織らせてたから‥‥今度は花冠かと」
「なんでローストにかぶせるのよーぅ! 私は今は別に彼氏はいいもーん」
 サーシャの「始まるわよ、いいの」という言葉に「いってきまーす」と二人が走ってゆく。沖鷹とエヴァーグリーンは既に出張販売準備に取りかかっていた。二人の準備を祭でのんびりするつもりでいるラディスとアリッサ、力仕事担当のバニスが手伝う。
 猛烈な花冠投げは、バルタザールが獲得した。魔法は反則と言う無かれ。獲得して尚、むしり取ろうとする未婚女性軍団により、花冠の原型が微妙に分からなくなっていたが、ミゼリは物珍しそうにしつつ喜んでいたようだ。
「さぁみなさん、水と炎の奇跡をごらんあれ!」
 声高く魔法を披露するリーベとエイス達。踊りは宴たけなわで、アリッサとラディスの二人は気ままに食べ物をつまみ、飲み物を口にして静かに楽しんでいたようだった。
「鈴音お姉ちゃん、大丈夫?」
「‥‥人ごみは怖いけど‥‥皆と一緒なら、少し‥‥平気かも‥‥大丈夫、ですよ?」
 ミゼリを撫で撫でする鈴音。傍らのクレアスは祭の最中で皆に記念に何か買おうかとか、日頃世話になっているからと、まず蛍夜に「なぁ、蛍夜、何か欲しいものはないか?」と生真面目な顔で唐突に訪ねた為、ちょっかい好きのメンツが及び傍にいた村人達が冷やかしに行った。片や既婚者、そしてミゼリにとってのパパとママ‥‥難儀な二人である。
 店の売り上げもなかなか良いようだったが、問題は体力共々ふらふら状態だったことだろうか。途中、酒の飲み比べが有るというので、蛍夜が出向いた。が、蛍夜は自前の法被四着を取り出し、バニス・バルタザール・エイス・沖鷹の四人を捕獲!
「さぁジャパンから、四色の法被を揃えて来たので、男四人で羽織って、派手に行こうか」
「うぅむ、まぁ飲めん事はないが」
「絶対、絶対負けますって! 無理ですよ! あぁぁぁぁ!」
「‥‥飲む‥‥のか‥‥」
「拙者は‥‥早めに潰れそうでござるな。店は頼んだでござるよ〜」
 エヴァーグリーンとサーシャ、アリシアに向かって叫ぶ沖鷹。この後、誰が残って誰がさっさと潰れたかはすでに言うまでもない。

「もう、だめですのぉぉ」
 祭から帰ってくると、ギールを部屋へ運び、糸が切れたように広場で突っ伏した者達がいた。料理で寝ずの作業を強いられたエヴァーグリーン、沖鷹、クレアス、アリシアの四人だ。沖鷹に至っては酒もあるので相当まいってしまったようで、そのままダウン。いやはや蒲団を強いた状態で祭に行ったのは正解だったかも知れない。酒の入ったエイスとバルタザールも呻いており同様。蛍夜はふらふら状態だった。いつ潰れるか分からない。
「いやぁあっはっは、楽しかったなぁ、なぁ」
「ちと飲み過ぎたかもしれん」
「‥‥う、ぅ‥‥」
「もうだめでござる〜〜〜目が〜〜〜〜目が〜〜〜〜〜」
「ぎ、ぎもちわるいです」
「まったく、あんなに飲むからですよ。はい、これ飲んでください。楽になります」
 蛍夜は後々の事を考えていたようで、ラディスを残したのは正解だった。過労に酔っ払い「全く、ほどほどにしてください」とぶちぶち呟きながら介抱する様は、まさしく一家のお母さんである。ラディスの修羅場は祭りの後に待ち受けていた。
「全くしっかりしなさいよ、サーシャさん手伝って」
 次々倒れ込んでゆく。ミゼリもはしゃぎ回って疲れ切ったようで、リーベとサーシャがダウンした者達を転がしていき、ミゼリの面倒は鈴音とアリッサの二人が行った。
 ものの数分経たぬうちに、農場には静かな時間が降りた。


 翌日、全員昼まで眠りこけ、牛や鶏がすねたり、最終日の作業が夜まで続いたりと忙しかったらしい。
 珍しいジャパン料理が並んだ深夜の別れの祝杯を経て、家族は再び散り散りになっていった。これから当分『家族』の顔を揃って見る機会は無くなる。泣いて喚いていたミゼリも、少しは成長があったのか寂しそうな顔で家族を見送ったようだ。甘えたい言葉も、困らせるだけと分かるようになっていたのかどうかは知らない。皆、農家を振り返る。
 また会おう、再び此処で愛おしい安らぎの時間を過ごそう。
 心の底から願いながら。