ぽかぽか季節の農場記5
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:5〜9lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 12 C
参加人数:13人
サポート参加人数:5人
冒険期間:09月18日〜09月28日
リプレイ公開日:2005年09月25日
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●オープニング
もうずっと昔の話になる。
『確かに話を伺ってきてくれないかと君たちを派遣した。やり方も任せた。だが誘拐してこいだなんて一言も頼んでない!』
ギール農場の養女であるミゼリは、以前ギールの孫に攫われた。
孫の名前をライズといった。けれどその青年は今やこの世にいない。ミゼリが攫われたその夜、青年は殺された。青年は体を貫かれ、近くには三人のごろつきの遺体があった。首を刎ねられ、頭を割られ。それは無惨な有様であったと報告がある。
一度ライズに誘拐されたミゼリは、その後奇妙な男に連れ去られ二重の誘拐に遭っていた。ライズやごろつきを殺したのもその男であるらしい。殺害現場には『罪びとの末に裁きあれ』という血文字と羊皮紙が貼り付けられていた。羊皮紙には家宝を持って下記の城に引き渡しにこられたし、さすれば娘は無傷で帰そうという短い文字だけ。手紙の主は名前も何も書いていなかった。ミゼリは後日、衰弱して宝石と引き替えに帰された。
『そこの幼子に一方的な愛情を示し、攫いたがっている人間がいますよ。注意する事です』
ギール農場に近づく列がある。四頭立ての黒塗りの馬車だ。
馬車と馬車に彫られた紋章からして高い身分の者の来訪であることを表していた。馬車が農場を突き進む。煙突からもくもくと煙の上がる農場の家の前に止まると、馬車の扉が開いて一人の少年と赤毛の男が降り立った。
「あぁ、私の愛しい君。この日をどれほど待ったことか。メイガース、早くしろ」
「へーいへい、全く人使いのお荒い。俺は別にあんたの部下じゃないんですがねぇ」
「契約金に100G支払っただろう。金の分の働きをしろ」
かわいくねぇなぁ、などと愚痴を零しながら赤毛の男は扉を叩く。しばらくして扉はひらいた。木扉の向こうから、ひょこっと顔を出したのはミゼリである。その二人に、ミゼリは見覚えがあった。自分に魔法を教えた赤毛の男と、歌を教えた少年である。しかしミゼリは戸惑った。口を酸っぱくするほど、冒険者達から注意されていたからだ。
慌てて扉を閉めようとしたが、大人の力にはかなわない。
「あり? なーんだよ。久々なのに。お嬢ちゃん、爺さんに会いに来たんだ。爺さんはいるかい? っていっても歓迎されてねえナァ。勝手にはいるぜ?」
ミゼリを押しのけ、彼らは進む。やがてギールの寝室に押し入った彼らは、よう爺さんはじめましてだな、などと言って図々しく座り込んだ。
「ごほ、ごほ、お前達は何者だ」
「俺は付き添いだよ。本命はこちらの御方だ。あんたのお嬢ちゃんの婚約者様だぜ」
「ギール・ダニエル伯爵。ごきげんよう。私は、いずれ現キャヴァディッシュ伯の跡を継ぐ者だ。ジェルマンというが親しい者達は私の容姿を褒め称えて聖ジェルマン(サンジェルマン)と呼ぶので貴方も呼んでくださって構わない。貴方は私の義理の祖父になる方」
突然意味の分からない話をし始めた少年に目を白黒させるギール。後ろで見ていたミゼリも扉の影から様子を眺めていた。
「婚約者だと。何を莫迦な! ご、ごほごほ」
「大声はお体に触ります。これをご覧ください」
とジェルマンが見せたのはギールの孫、ライズ・ダニエルがトローブリッジを再建した時の契約書だった。ギールは数ヶ月前、そこに記したようにキャヴァディッシュ伯から多額の金を借りていた孫の借金を返したはずだった。
「返済した‥‥と思われていたようですが、残念。契約はもう一つありましてね」
少年は、少年らしからぬ口調でもう一つの羊皮紙を見せた。其処にはライズと同じ筆跡のサインがあった。契約書の内容は交易に活気づく西の港湾都市ブリストルへ事業進出における借用証書。借りた金額は1150Gという大金。
「これでも随分待ったのですが、そろそろ待てないと現キャヴァディッシュ伯は話しております。存在を知らなかったようですが、契約は契約、返済期間はとうに過ぎていますので‥‥滞納分含めて大体1200Gくらいになりますか」
「そんな」
「こんな貧しい生活はさぞ大変でしょう。領地も大変であるのに、農場、貴方のご病気もある。かといって返済しなければ降り積もるだけ。そこで私が伯爵に口を利き、生存していた頃のライズ殿の了承も得て契約当時にもう一つ、足した項目があります」
ギールは目を見張る。其処には返済できない時にはミゼリを婚約者として差し出す趣旨が書かれていた。ライズ殿は相当悩んでいたようですが‥‥などと芝居がかった言葉を綴る。必ず返せる、口約だけのつもりだったんでしょうねと語る。
「まあそういう事です。数日後、再びお伺いしますから良いお返事を期待してますよ」
ギールは呆然とその借用証書を握り、ミゼリはギールに駆け寄って縋りついた。冒険者達と話し合うから、心配するな、そう言い聞かせるのがギールには精一杯だった。
揺れる馬車の中でメイガースという赤毛の男は溜息を吐いていた。
「悪い人ですねぇ、サンジェルマン様」
「欲しい物は力づくで手に入れる。それが私の信条だ」
「そんなこと言ってんじゃないっすよ。そもそも楽士のリミンズ・ダリルが強力な悪魔と見破っておきながら利害一致見いだして放置なんて、普通の大人でもしませんよ」
「名案と言いたまえ。世は強者と弱者しかいないんだ。彼は宝石が欲しかった、私は愛しい君を手に入れるのにライズ・ダニエルが邪魔だった‥‥計画通りに事が運ぶ、喜べ」
このサンジェルマンがライズの殺害を命じたことを知っているメイガースは、俺は雇われてるだけなんですけどねぇ、などと言い無関係そうな顔をしつつ仕事柄秘密は守る人間だった。それでもサンジェルマンを横目に思う。騙されるのはいつの時代も人間なんじゃないだろうかと、以前森で見たユニコーンを思い出して。
●現在経済状況●
ギール農場元財産: 1150G
前回の総出費:0(値引き―)
前回の交渉成績:B
前回の売上金額:67G(四捨五入)
ギール農場現在財産:1217G(四捨五入)
●現在のミゼリの教養
基本回避術 初級 Lv6
精霊魔法[地] 初級 Lv7 :グリーンワード・フォレストラビリンス
応急手当 初級 Lv6
優良視力 初級 Lv7
調理 初級 Lv6
土地感(森林) 初級 Lv7
植物知識 初級 Lv6
言語(イギリス語) 専門 Lv1
農業 初級 Lv6
牧畜 初級 Lv6
学問万能 初級 Lv6
●語学力が飛躍的に上昇中。魔法能力が1ランクUP。新たに植物知識を追加。
学問関係、調理と応急処置が初期のまま伸び悩んでいます。
●ミゼリの人見知り度が専門6から専門5に低下。
●リプレイ本文
闇の帳が降りた後も、農場に着いた者達の空気はピリピリと張りつめていた。
ギルドを出発し、夕方に農場へたどり着いた者達は、早々と手慣れた動きで自分の担当する所へいく者もあり、明日の朝から忙しいと呟く者ありで一見すると普段と変わらないようにも見えるのだが、クレアス・ブラフォード(ea0369)とアリシア・シャーウッド(ea2194)、五百蔵蛍夜(ea3799)は到着早々ギールの寝ている個室に行ってしまって出てこない。
緊張を漂わせる家族の様子に、一人ぽつんと残されたミゼリは不安そうな顔をしている。それまで箒を振り回していたエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)が声をかけた。
「ミゼリちゃんどうしたんですか。心配しなくてもだいじょーぶ! クレアスさん達は相談の最中ですから、今日はエリが付き添ってあげますの。早く寝ないと体に悪いですの」
「あ‥‥わ、私も。ミゼリちゃんが寝付くまで‥‥一緒にいます‥‥」
手を挙げた萌月鈴音(ea4435)とエヴァーグリーンに付き添われ、ミゼリは寝室に向かった。やがてエヴァーグリーンのオカリナの音色が子守歌のように響いてくる。
広間で作業をしていた者達がふと手を止めて耳を澄ました。不安や恐怖を洗う音色に、張りつめた空気も和らいでゆく。アリッサ・クーパー(ea5810)が部屋の方に顔を向けた。
「――優しい音色ですね‥‥ミゼリ様が心地よい眠りについて下さればよいのですが」
「ほんとですよ。でも絶対に、付け入られたらいけませんね。ここが大勝負」
テーブルに置かれたハニーエッグミルクのカップを握りしめてバルタザール・アルビレオ(ea7218)は呟いた。ギルドを出発直前、バニス・グレイ(ea4815)の知人であるジーンにより、ジェルマンに付き添っていた男は偽造行為に長けたメイガースという闇商人ではないかという話がもたらされている。借金の真偽を確かめる為、数名が明日の朝にブリストルへ向かう事になっていた。危険の芽は早々に摘み取るべし。
「そういえば、バニス様達がいませんが」
「二人なら外の警備と、罠の設置に行ったようでござるよ」
沖鷹又三郎(ea5928)の言うようにバニスとミュール・マードリック(ea9285)の二人は外の警備へ出ていた。招かれざる客がいたらお帰り願うと言い放って出ていったようだ。
この日の仕込みを終えた沖鷹は、ブツブツ呟きながら大量の塩を持ち出した。塩を台所に運んでくると、小さな小皿を持ち出して戸口の所へ置き、小さな塩の山を築く。剣指を右手で作り、その塩へ向かって、上、下、左、右の順で宙に十字を描きはじめた。
ぽかん、と様子を眺める者達。
丁度、ミゼリの部屋から鈴音達とギールの部屋からアリシア達が戻ってきたのだが沖鷹の不可解な行動を眺めて大半が首を傾げる。ただし蛍夜と鈴音は「‥‥あ」と声を上げた。
「先ほどからあの調子なんですが、沖鷹様は何をなされてるんですか?」
「あれか。なんというか‥‥ジャパンの『魔よけ』かな」
です、と鈴音頷く。くるーり、と沖鷹が振り返る。いつもとかわらぬ笑顔が其処にあったが、黒い微笑というのか、見た者の心に冷気を呼び込む静寂が漂っていた。素で怖い。
「どうしたでござるか。先日の悪魔といい、ミゼリ殿の将来を託すに疑問な相手には充分でござろう。さ、今日の分の作業を終えたら明日に備えて眠るでござるよ」
早朝になってサーシャ・クライン(ea5021)と蛍夜は戸口に立っていた。家の中から仲間達が見送る。農作業のために早起きしたのではない。彼ら二人はこれから事実関係確認の為に、ブリストルのキャヴァディッシュ伯爵の館へ向かう。
「可能な限り早く帰ってくるよ。しばらく不在になっちゃうけど、頼んだからね」
「これは見せ金だ。クレアス君に預けて置くぞ。躾のなってない彼氏候補に、きっちり暖かい家族の洗礼を浴びせてやれ」
「ああ、分かった。サーシャ、蛍夜。二人とも道中気をつけてくれ」
まっかせといて、ああ、と明るい声一つ残し、二人は身を翻す。手を振る家族達を後ろに走りだした。通常、農場から西の果てのブリストルまでは徒歩で六日間かかる。だがセブンリーグブーツと韋駄天の草履を履いている彼らならその半分近くで到着できるはず。
「全く次々と問題を、うちの娘を貰い受けようなどとはいい度胸をしてるじゃないか」
遠い場所の得体の知れぬ者達を思い浮かべ、クレアスは低く呟いた。クレアスに続き。
「忙しいし後にしてくれーって感じだなー、大体行動とか仕草とか言葉とかが胡散臭いし」
ふぁぁ‥‥と欠伸一つしながらエイス・カルトヘーゲル(ea1143)は珍客達に対する発言を述べた。昨日道中散々歩いた後で、彼に限らず皆も少々疲れが残っているようだ。全くだよ〜、とアリシアも背伸びをしながら呼応する。農場運営だけでも大変だというのに。
「ま、おジィちゃんと相談もすんだし。昨日も話したけど要はこっちのペースに巻き込んじゃえばいい訳よ。真面目な話が出来ないくらい和気藹々とした、ね。さーお仕事お仕事」
ぴょんっ、と戸口から飛び出したアリシアに続き、エイスも寝ぼけ眼でついてゆく。ラディス・レイオール(ea2698)もまた「薬草の採取に行ってきますね」と籠を持って出てゆく。沖鷹は家事と加工品の作業に赴き、バルタザールがタマネギに、アリッサが午前中は墓参りに行くというので、午後までの間はエヴァーグリーンがカブ担当。バニスとミュールも牛の世話に赴き、クレアスと鈴音はボディーガードかねてミゼリといる事になった。
死者の寝床に秋風は吹き荒ぶ。
忘れられゆく死者の墓石は、雨風に曝されて寂しく立っていた。誰も参る者がいないという現実を姿形で見せつける石の前に立つアリッサの姿がある。すっと墓に視線を落とし、水を汲み上げてきて泥や雨痕を洗い流す。神に仕える清い身で祈りを捧げるアリッサは「今頃、神の御許で慌ててらっしゃる姿が目に浮かぶのは何故でしょうね」と囁きかけた。
「ライズ様と初めてお会いしてもう1年。またギール様やミゼリ様に御迷惑をおかけして‥‥外に出たばかりで頑張られていたのでしょうけど、きっと張り切りすぎだったのだと思いますよ。空回りして悩まれて。でも‥‥何とかしますから、心配せず安らかにあれ」
ざぁっと風が吹いた。周囲の朽ち葉を巻き上げてゆく。立ち上がって薄暗い天を見上げ、雲の切れ間から差し込む陽の光に心の中で祈りをのせた。
アリッサが墓参りをしている頃。ギール農場は普段と同じ活気を取り戻していた。
畑では残るタマネギやカブを今回の内に抜き取らんとしてバルタザールとエヴァーグリーンが作業に勤しんでいる。黒茶色の土を踏みしめ、汗を流した。陽が燦々と輝き始める頃、何故か沖鷹が皆のお弁当を持って二人の所へ現れた。バルタザールが駆け寄る。
「あれー、珍しいですね。沖鷹さんが昼食もってきてくれるなんて。いつもはサーシャさんでしたけど、てっきり今日はクレアスさん達が持ってくるかと思いました」
「今日は牛小屋に用事がある故、拙者が持って参ったでござるよ。この後ラディス殿の所へ届けて、エイス殿達の所へいって、最後にミュール殿達の所でござるな」
「沖鷹さん、ありがとうですの。もう少ししたらアリッサさんが帰ってきますから、エリもお家の方に戻りますの。加工品の方をやっておきますね」
「そうしていただけると助かるでござるよ、エヴァーグリーン殿。家の方ではクレアス殿と鈴音殿の二人が、拙者に代わって家事とミゼリ殿の様子を見てくれているでござる」
ずるいですの〜、というエヴァーグリーンの声に続いて笑い声が零れた。
トレントの所ではラディスが自然と戯れながら薬草採取に励んでいる。皆が短期間で順々にミゼリの教育を施している為、実地で教えるという作業は時折にしかできない。彼の傍らには大きな籠と小さな籠の二つがあり、ラディスは薬草採取の傍ら、珍しい種類のものを見つけだしては小さい籠の方へ入れていた。夕方家に帰ってから教えるためだ。
「昼食を持って参ったでござるよ。野生の薬草はタマネギ等より採集しやすいでござるか」
「ありがとうございます。丁度空腹でしたので一休みさせてもらいます。薬草は野生とはいえ、簡単じゃないですね。毒草に似たものも混じっている事がありますから」
世間話をしていた二人は傍らを見上げた。森を見守る大樹トレントに手を当てて耳を澄ますラディスの頬を、急に吹いた突風が鞭を打つ。葉を巻き上げた風は森の中の通り道を過ぎていった。虫の声もしない静寂の森の果てに見える白い獣。愛馬でもなく牛でもない。
容姿そのままの名を口にはしなかった。光の姿で人を惑わす存在と理解していた。
白く輝かしい姿をした悪魔は、彼らの様子を観察するように目を細めてやがて消えた。
一方、鶏小屋では白い羽根がふわふわと宙を漂う。毎回初日が大変な鶏小屋。
「なぁ‥‥前々から疑問なんだが‥‥ローストって虐められて喜ぶくせ‥‥あるのか?」
奇妙な興味を抱いてしまったエイスが、駆け回る鶏達を眺めながら隣に問う。
「どうだろ。つーかローストよぅ、農場の危機なんだから何か役に立ちなさいヨ?」
アリシアの言葉に『コケッ』と短く鳴いた鶏が、「はい」と答えたか「いいえ」と答えたのかは知らない。耳に煩い鶏の声も今は慣れた。エイスはぼんやりと道の向こうを見る。
牛小屋では今日も元気に世話をするバニスとミュールの姿があった。ミュールは大変な時間だけ牛の世話をし、後は罠を見回ったり、家の警備に勤しんだりと忙しいようだ。
「おお貴殿が食事を持って来られるとは珍しい」
「確かに蛍夜もサーシャも不在だしな。俺は食べたら家の方の警備に‥‥おい?」
バニス達に食事を渡した沖鷹は、牛小屋に入って区画に収められている雌牛達の名前を見て回った。沖鷹は人捜しならぬ牛探しをしていたのだ。探した相手は『ブリュンヒルデ』。
「ブリュンヒルデ。先日は‥‥ありがとう、助かったでござる」
見つめ合うつぶらな瞳、ポッっと桜色に染めた沖鷹の両頬。
バニスは奇妙な光景を前に固まってしまい『がしょっ』と昼食の籠を地に落とした。
ある日突然、花開くこともある‥‥なんていうのは勿論、冗談ながら、先日蜂から守ってくれたブリュンヒルデに愛を込めてブラッシングをした沖鷹だった。ミュールは無反応。
農場の日々は一見穏やかに過ぎ行く。ギールの体調も安定したままだったが、家族達が農場に到着した初日から数えて五日目、家に向かって来る馬車の姿があった。
漆黒の馬車から降り立つ大人びた顔の少年と、小汚い赤毛の男。
「ギール・ダニエル伯爵に先日の話を聞きに来た者だが、お前達は何者だ?」
聖ジェルマンと名乗る少年が農場に押し掛けていたこの日。
急ぎ足で農場を旅立った蛍夜とサーシャはブリストルに出向いていた。交易に活気づく西の港湾都市。その一角に、キャヴァディッシュ伯爵の別宅であり実質上の屋敷はあった。
港湾都市ブリストルを治めているのは円卓の騎士の末席に名を連ね、また侯爵でもあるディナダン・ノワールであるが、都市と言うだけあってブリストルは大きく此処に半分骨を埋める貴族や商人達も多い。
実際の所、キャヴァディッシュ家は無領地貴族に類する家で、爵位は有れども領地はなかった。家の財産は伯爵の爵位。かつては貧乏伯爵と指をさされ、今の財産も数十年前は無かったと聞く。通常の無領地貴族は王都や大都市に居を構えて拠点を築き、官職を勤めたりという生活を送る。何をしでかしたのかは知らないが、貴族の中には爵位に合う生活を保てない者もいた。この家もその例に漏れなかっただけの事。
余談を話すとキャヴァディッシュ家は、バースの北のラスカリタ伯爵家の同胞因縁と対立関係にある家だ。サーシャが約一年ほど前に仕事で調査した高い塔の建築主、数代前の女領主シルベリアス・ラスカリタが罪の意識で塔に隠し殺した恋人が、キャヴァディッシュ伯爵家の行方不明になった先祖にあたる‥‥が、そんな事は此処ではどうでもよろしい。
蛍夜は何故か首筋にピリピリした違和感を感じながら屋敷を訪ねた。
「キャヴァディッシュ伯爵との面会を願う。俺達は病床にあるダニエル伯爵の代理できた者だ。紹介状は此処に」
紹介状は農場に着いた夜、ギールにしたためて貰った品だ。キャヴァディッシュ伯爵家の内部に入り、紋章を見つめてサーシャが難しい顔をしていたが、さほど時間を置くこともなく待合室には迎えがきた。通された応接間では、聴く者を引き込む蠱惑的な音色が聞こえた。緩やかで心地よいかと思えば、音の遙か底に眠る暗い氷の幻覚を思いおこさせる。
「ダニエルからの使者‥‥というのは君達かな」
そうですと言って話を切り出す。暫く話し合いが続いた。蛍夜とサーシャが確かめる内容は三点。ジェルマンの身分、借金の事実確認、そして追加事項は伯爵の承認があったか。
「そのジェルマンは、私の叔父の事かな。父の弟、祖父の末子はジェルマンと言うが」
蛍夜とサーシャは耳を疑った。聖ジェルマンと呼ばれる借金を取り立てに来た少年は、子供にしか見えなかったという。にも関わらず、この伯爵の叔父。またライズは確かにブリストルで事業を興すために多額の金を借りていた。伯爵が貸していた金は700G。ジェルマンから200G。返却して貰おうとは思っていたが、と話す。ミゼリを嫁によこせという項目については覚えは無いという。蛍夜は「ほぅ奇妙な話ですね」と経緯を話した。
「借金の代に、家族と引き裂かれる薄幸の少女。演劇や詩歌の題材として『後世まで』語り継がれるには、平凡過ぎますか。そこの楽師殿、貴方ならこの脚本、どう修正します」
楽師は手を止めた。明らかに脅迫入り交じった蛍夜の発言に、伯爵は眉をしかめる。
「――言葉が過ぎるのではないかね?」
「失礼。ですが心ない貴族によって、ささやか且つ平和な日常を引き裂かれる祖父と義理の娘。これがもし、彼らが考えた演劇の題材だとしたら、‥‥面白いとは思いませんか」
サーシャの瞳に唸る伯爵。金を返すのは当然。されど非常識な約300Gの増額と改竄による人身売買のような行いは見逃すわけには行かない。片方の単独犯とはいえ、今は好機。
「何が望みかな」
「まずは書にしたためていただきたく。後は、この度の事を他言無用とする代わりに、言ってしまえば負債の減免を、ね。心付けと同じ事ですよ。‥‥支払いは300でどうです」
と話を切りだした蛍夜に「安すぎる。680だ」と伯爵が返し「‥‥330」、「650!」、「‥‥350」、「600!」、「‥‥380」、「550!」というように、半ば市場の様子を表したような空気が漂っていた。
固唾を飲んで見守るサーシャ。市場での体験がこんな所で役立とう等とは当人も思っていなかっただろうが、伯爵を唸らせるだけ唸らせ『450G』を伯爵に、『200G』をサンジェルマンに返金。増額の『300G』を白紙にし、蛍夜が減らした『250G』は口封じの金となった。
「よろしいではありませんか。たかが250。それで薄幸の少女の救済なら美談の一つかと」
横から楽師のリミンズ・ダリルが微笑む。特徴的な糸が如き淀んだ眼差しを向けて。
サーシャと蛍夜の二人がブリストルを出発した夕方頃、農場の方では小さな『パーティ』が催されていた。聖ジェルマン(サンジェルマン)を歓迎する宴だという皆だったが、勿論の事『心からの歓迎』なわけがなかった。塩が隅々に盛られた家からわざわざ持ち出された机や椅子。家になど入れてやるものか、という心と何かあった時に動きにくいからだ。同席したい人が多いから、等と理由をつけた沖鷹達。
「ほう。歓迎パーティーか、殊勝な心がけだな」と頭に来るような発言をするジェルマン。
「うめぇもん、沢山っすねぇ。でも賑やかなのはダメなんで馬車の傍にいまさぁ」とさっさと逃げていった赤毛の男、闇商人のメイガース。
傍若無人とも言える態度のサンジェルマンに対して、皆は家族や親として接した。接したと言うより半ば質問責めではあるのだが。
『静かに流れる優しい時間と緑の大地が彼女の居場所。
家族と穏やかに暮らす彼女に引かれたのは何時ですか?
相手の想いを踏みにじるなら彼女を愛する家族は貴方の敵に 想いを尊ぶなら彼女の家族は貴方の味方。
力だけでは手に入るのは器だけ 心を手にするには熱意と真心』
エヴァーグリーンが歌声に時折メロディーを使用する中、パーティは進む。
ミゼリの傍らに座ろうとしたサンジェルマンを鈴音がはねのけ、「ミゼリちゃんの傍は‥‥私です。婚約は‥‥一方的に押し付けるものじゃないと思います」と我が儘っ子を演じ「子供の言うことだから」とバニスやラディスがフォローしながら極力さりげなーく遠ざける。さらに「聞きたい事がございまして」と営業スマイルのアリッサが右に着席し、左には「私は母親代わりをしている」とクレアスが両脇を固める。
友好的に見えて腹の内は険悪。
しかも全員意地でも『聖』とは呼んでない。
「なんで現キャヴァディッシュ伯はここに来てないのですか? こう言うお金関連の契約の場合は、本人の前で支払い返済完了の手続きをするのが筋ではないのですか?」
「伯爵は多忙だ。私は彼と親戚関係にある。代理としてわざわざ足を運んだだけのこと」
料理を口にしながらラディスにキッパリと答えるサンジェルマン。続いてアリッサが怪しい歌について訪ねたが、サンジェルマンは「我妻となる者には必ず覚えて貰わなければならない歌だ。凡人には関係のない事だ」と言い放つ。アリッサは硬い表情で続けた。
「ライズ様は、どんな方でしたか? 私、以前ライズ様とお会いしたことがあって」
「駆け出しの主人という感じかな。世間知らずのおぼっちゃまという印象だった」
‥‥本当にこの少年、少年なのか。という感覚を感じずにはいられない。嫌みと判断するには言葉遣いが大人びており、外見に見合わぬ老獪な言葉遣いだ。
「何故ミゼリを婚約者としたいのかお聞かせ願えないか。私は母として聞いておきたくてな。それと、ミゼリが欲しいのなら農業のことなどを学んだらどうだろう」
「愛情だよ、これは運命だ。神が私達を導いた。それ以上に何故もあろうはずがない。貴方は神聖騎士とお見受けするが? 大体農業なぞ何故に学ぶ必要がある。私はいずれ人の上に立つ者だ。泥にまみれるは領民で充分。愛しき君も妻ともなれば贅沢ができる。伯爵の娘ともあろう人が、こんな所で土を耕すこと自体が不似合いだ」
クレアスの口元が引きつる。皆の目も「なんだこいつは」という視線に変わる。
「ミゼリちゃんの彼氏志望? まずお友達ですの、お料理作ってあげたらきっと喜ぶよ?」
言い方は滅茶苦茶。要は気を引こうとしているのではないかと考えたのか、エヴァーグリーンがそう言うと「料理など一流の料理人を雇えば良かろう」等というので、これぞ正しく笑顔で舌打ち、こめかみに血管が浮き上がろうものだったが、沖鷹が「ミゼリ殿は料理も好きで、其れなど手伝ってくれたでござるよ。此処はミゼリ殿の故郷。母の味故、その舌でじっっくり味わって作り方など覚えていっては? さぁ」などと闇の微笑で専用に作った激マズ料理を持ち出した。
勿論、ミゼリは手伝った‥‥材料の皮むきだけだが。嫌がらせと報復炸裂。
「ねえねえ。私、政治の事とか知らないんだけどぉ、形式上でも実態でもミゼリはギールさんの孫だし、ダニエル家の爵位もまだギールさんにある。養子であるミゼリとライズさんでは血縁でもない。そんな他人同然の関係で一個人を担保にしていいもんなの?」
きゃっ! と「私は何も知りませぇん」的な無学を盾にしたアリシアがズバッと訪ねてきたが、ジェルマンは「はっこれだから凡人は」などと嘲笑した上で。
「ギール殿は世捨て人として隠居同然だったと聞く。そもそも領民は領主の財産。貴族の娘というのは義理でも親の所有物。親の為、政治に身を捧げるのが当然」などと発言。
アリシアの中で何かの糸が切れそうだったようだが、「あっそうだー、メイガースさんに料理もってくねー」と無邪気に馬車に向かって歩き出した。料理を手にステップ踏んでる彼女がどんな顔していたかは、おして知るべし。
見た目の朗らかさと正反対の凶悪な空気を孕んだパーティが続く中、アリシアは料理を片手にメイガースの姿を探した。馬車の影にぼんやり立っており、差し出された料理に「え? 俺に?」と意外な顔しつつ「腹すいてたんっすよ」と嬉しそうな顔を見せた。
「ねぇ、なーんでミゼりんに魔法教えたの?」
「魔法つかえりゃ便利ってもんでしょう。誰かに攫われるかも知れないし、親切心にならった護身術ってやつでさぁ」
「ふーん‥‥そうそう。実はねー、私達さぁ君達の事は前から知ってたんだ。ユニコーンの皮被ったトランシバっていう悪魔に、ジェルマンに気をつけるように言われてさぁ」
アリシアの言葉にメイガースが固まった。かかった、と素早く手を伸ばすアリシアは男の襟首を掴んで、ぐんっと顔を引き寄せた。吐息の分かる距離で、アリシアは睨視する。
「今、止まったよね。利用しあってると思ったら大間違いだよ、悪魔と行動を共にしたとき最後に割を食うのは人間の方、危険なのはあんただぞ? こっちはもう手を打ったの」
ぱっ、と手を放した。メイガースはよろめいて馬車に背を預けた。
「大体あんな生意気坊主と行動したら、とばっちりを食いかねないよ。私はあんた達みたいな悪党じゃないから教えてあげる。あのジェルマンなら、十中八九あんたをトカゲの尻尾にするよ、手を切った方が身の為だと思うケド?」
暫くして赤毛の闇商人は「俺は、あんた達みたいな昼間の世界の人間じゃない」と発言。「金が全て左右世界にいるんだ」と話し始めたところで、会場からざわめきが響いた。
時はしばし舞い戻る。
パーティー席でミュールが「お前は夜空の星を掴もうと手を伸ばしたことがあるか?」と問いかけた時、其れまでのほほんとしていたエイスが席を離れ、闇の中に姿を消し、戻ってきたかと思えば、その手は丸々太った白い巨体を抱えていた。
「遅れてごめん、メインディッシュ‥‥到着」
と鶏のローストを差し出した。確かに宴の席に丁度良い、ではなくて先ほどまでミゼリは農場が好きで、農作業ぐらいは云々と話した後だったので見栄を張ったジェルマンがローストに手を伸ばしたが、当然の事ながら初対面の相手には遠慮のないギール農場産の家畜。
エイスの「やめたほうが」という言葉虚しく『がりんっ』と爪で顔をひっかいた。痛いと叫んだところ、足下にまとわりついた犬を踏みつけて二匹に噛みつかれた。
喚きだしたサンジェルマンだったが、どうみても自業自得だったので冷ややかな視線を浴びた。その結果。
「メイガース! 帰るぞ! 医者だ! 王都の医者にいく!」
がらがらと遠ざかっていく黒塗りの馬車。しばらくしてローストが『コケッ?』と『俺なんかした?』と恐る恐る静かな家族達を見上げたが、アリシアがむんずっと掴んだ。
「ローストぉ! あんた偉ぁい〜〜っ! エイス君ありがとー、アンズ、シロえらい!」
「ははは、さっきの顔みたでござるか!? さーて塩撒きするでござるよ!」
心にたまった鬱憤をはらすように、地面が白くなる勢いで塩撒きが行われたとか。
それからさらに四日目。明日は農場から去るという前日。
蛍夜とサーシャが帰ってきたその日の昼に、再び借金を取り立てに来たが、サーシャと蛍夜は満面の笑みを浮かべて持ち帰った書類を見せた。二つの書類を改竄、行ってしまえば偽造を行った事実が明らかになった。
食い下がろうとするサンジェルマン達に2000G以上の大金を見せつけ「残念だが、うちは金に不自由してないんでなぁ」と冷たく言い放つ。それぞれの借金を投げ渡し「受け取りのサイン忘れてもらっちゃこまるんだよね〜」と迫るサーシャ。
二度と同じ真似が出来ないようにした彼らが戸を閉めると、この侮辱高くつくぞ! と負け犬の遠吠えが聞こえた。やがて招かれざる訪問者が帰ると、皆は歓喜を上げた。
「バニスさん。ミュールさん。おかえりなさいですの〜畑は収穫も終わったですし、みんなで加工品つくるだけだから、今日はみんなでゆっくりしてますですの」
エヴァーグリーンが今飲み物を持ってきます、と言う。
「うーんとノドぉ?」
「ちーがいますよ。この前の薬草と似てますが、これも毒草なんですよ?」
「ダメだなぁ。これで二度目の失敗だぞ。次の時はがんばってラディス君見返してやれ」
「はぁーい」
「大きく出ましたね。でも、私は薬草に関しては専門家ですから難しいですよ」
「時間掛かりそうですね〜それじゃ魔法します? アリッサさんの神学もよさそうですけど、バニスさん来たからゲルマン語の続きなんてのも。‥‥今ふっと思いついたんですけど、鈴音さんやミゼリちゃんにフレイムエリベイションかけたらどうなるのかな‥‥」
「こらこらこら! バルタザール!」
二人が椅子に腰掛けて横の絨毯を見やれば、奔走してようやく帰ってきた蛍夜が胡座をかいて座り、膝の上にはぺったりとミゼリが座っていた。明日には帰るからだろう。長い時間傍にいたいという様子だが、ミゼリの前には薬草の説明をするラディスや神学の話をするアリッサがいたし、魔法の事について解説するバルタザールや、微笑んでいる鈴音もいた。合同授業のような様子を見せている。台所には夕飯の準備をする沖鷹とクレアス、サーシャがいた。エヴァーグリーンも含め、四人で忙しそうだ。サーシャが二人に気づく。
「二人ともおっかえりぃ、今日は豪華だってさー、題して『悪者おっぱらい記念』!」
「ははは、なるほど。大事にならずよかったよ。こちらも済んだしな」
「先ほど罠も外してきた。招かれざる獣は、二度と来る気にならないようにしてきたし」
エヴァーグリーンに差し出されたホットミルクをぐーっと飲みながらミュールが言うので台所が大笑いしていた。こてんぱんに『躾』されたのだろう。
ミュール達を見て、ぱっと片手をあげるミゼリにエヴァーグリーンが苦笑した。紙に文字も書けるようになった。難しい言葉も多少理解できるが、どうしても言葉を省略しがちになるミゼリに「ちゃんと言わなきゃダメですよ?」というので「うんと、ミゼリもミルク欲しいです」と答えた。台所から振り返ったクレアスが「何か言うの忘れてるぞ〜」と言う。
「‥‥忘れてること‥‥? んーと、あ、おねーちゃん、お願いします‥‥だ!」
「よくできましたですの。エイスさーん、その棚のカップくださいですの〜」
「ん‥‥分かった。無事に終わって、よかったなぁ‥‥」
ギールの部屋の方から「ねぇねぇみんなぁ〜」と弾んだ声のアリシアがやってくる。ギールの体調が良くなり、今さっき上半身をおこしてみせたと興奮気味に話していた。
農場の最後の夜は、本当の意味で幸せな空気とともに過ぎていった。
寝静まった夜のこと、何を思ったかアリッサが玄関に出て辺りを見回した。
アリッサだけではない、沖鷹とラディスも戸口へ出た。すると聞き慣れた声が振ってくる。
『ね、本当だったでしょう』
「やはりきましたか。なんとなく、また接触してくるんじゃないかと思ったんです」
「薬草の所で、見かけましたしね」
「今度は何用でござるか」
屋根の上のトランシバは何度も見かけた時と同じ格好をしていた。細い双眸が弧を描く。
『相思相愛みたいで気恥ずかしいですねぇ。いやだな睨まないでくださいよ、今日は呼ばれたような気がして様子を見に来ただけです。言ったでしょう、私はあなた方を好いている、香しく実るまでは見守る身。まぁもっとも姿を見せる時は相手を選んでますが』
野蛮で騒々しいのは嫌いなんです、とぬけぬけと言い放つ。
「あまり嬉しくありませんね」
「生きた心地がしないでござるよ」
口々に言葉を返す。静かな夜の空間でひそひそとかわされる言葉。相手をじっと見つめたアリッサは取り乱すことなく、きつい眼差しで相手を睨んだ。
「この際ですから五百蔵様ではございませんが‥‥私もお約束をいたしましょう」
『ほう、どんな?』
「あなた様の邪魔をすると」
絶対に、許さない。
『それはとても、楽しみです』
悪魔はフッと消えた。風に溶けるように。
ざぁっと夜風が農場の草木を啼かせる。
やがて三人は家に入り、再び雑魚寝状態の広間の蒲団に潜り込む。瞼をおろして眠りについた。