葬送の蒼―美しき水深の都よ―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 28 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月18日〜10月03日

リプレイ公開日:2005年09月29日

●オープニング

 質問します。
 例え化け物とののしられても、貴方は永遠に美しくありたいですか?
 千人の苦しみは、一人の苦しみより大きいのでしょうか?
 激流を流された貴方の傍に人がいます。ロープが見えますが、一人しか助かりません。二人掴まれば確実に切れてしまうでしょう。家には家族が待っている。それを踏まえた上で、貴方は自分を助けますか? 相手を助けますか?
 叶わない事に手を伸ばそうと、考えたことがありますか?

「アルディエナ」
「はい。お爺さま。どうしたんですか?」
「見えるかい? また船が沈んどる。胸騒ぎがしてたまらんよ。四十年前の‥‥いや、なんでもない」
 老人は帰ってきた若い娘の前で口を閉ざすと、再びベットに横になる。娘は複雑な顔をして窓の向こうを眺めた。潮の香りが頬を撫でる。深く吸い込むと、涙が落ちた。

 交易に活気づく西の港湾都市、ブリストル。
 鉱泉の町バースに次いで芸術の都市としても知られるブリストルは円卓の騎士に名を連ねるディナダン・ノワールがおさめていた。笑いを愛する宮廷道化は、新しい文化の発展となる港町の主となるには相応しい人物だったといえる。新しい物や物珍しい物に興味を示し、洒落者の名を恣にしていた。彼の意向に添って芸術を頂点に、教育や文明保護が盛んで、現在技術の発展を目指し、技術者や錬金術師達が多く滞在していた。
 街は非常に坂が多い事でも知られる。交易品は主に魚肉・羊毛・錫鉱石。
 そんな街では最近、船が頻繁に沈没する事件が起き、重要な貨物船が原因不明の沈没を遂げてゆくので、困った人々が増えていた。貿易に支障が出るのは街としても宜しくない事態である。妙な噂が立っても厄介だ。
「みろよ、まっぷたつだぜ」
 港には人が集まっている。少し港から離れた場所で、再び船の胴体が折れて沈んでいた。見えるのは船の尻と頭の方で、乗組員は一人残らずおぼれ死んだという話である。それにしても、このままでは怖くて海に出られないと言う者達が続出するだろう。
「なぁおい。あの船、何処の船だ?」
「さあな。予定にもないぞ。薄気味悪いな」
 まるで幽霊船のような船を、気味悪がって誰も様子を見に行こうとしない。人々の間には徐々に波紋が広がっていた。

 所変わってブリストルの港を一望できる侯爵邸の一室には洒落者と名高いディナダンと、黄金色に輝く髪を飾った女性がいた。異国の品で飾り上げた応接室で長い間話し込んでいたようだ。
 この女性、ブリストルの東にあるバースの北を治める歴とした伯爵である。
「それでは今回の取引は以上、ということで宜しいですかノワール様」
「勿論だ。是非にと手紙を送ったのは私だが、この度、わざわざブリストルまでお越し頂き光栄だよ、ラスカリタ伯。以前のオクスフォード候の乱では随分と世話になった」
「いえ、それほどでは」
 アーサー王の臣下として当然のことです、と言葉を綴ろうとしたウィタエンジェの細い手に手を重ねて近づいたディナダンには、紳士の微笑みに混じって黒い笑顔が見え隠れしていた。
 女性はといえば『やっぱりか』と内心思いながらも、顔には出さず「何か?」と声を出す。
「以前も何度かパーティーでお見かけしたが、戯れに男装しておられた貴方が貴婦人として装うのも美しい。戦場も駆けるラスカリタの美姫、旅の楽士の歌を聴いてこうして会うのを心待ちにしておりましたぞ。是非に二人の時はディナダンと呼んでいただきたい」
 冗談ですまないのでやめてほしい、と思うのは彼女である。
 大体男に興味がない。秘密だが。
「お褒めいただき光栄ですが、戯れはほどほどになされませ。戦の後の処理に奔走している時期、円卓の騎士ともあろう方が田舎貴族の娘と噂が立っては部下に示しがつきまんでしょうに‥‥さておき、昨日も船が沈んだそうですが?」
 女癖が悪い‥‥という所までは行かずとも、戯れが過ぎる点では円卓の騎士でも例外はないようだ。伯爵に問われて、火遊びでも、という顔をしていた侯爵も苦い顔をする。
 此処最近のディナダンの悩みの種は、聖人や聖壁問題だけでなく船の沈没も大きかった。
「こうも色々忙しいと息も抜きたくなるのですよ。沈没に関しては噂が立ち始めているので対策をとらねばならんと思っていたところでね。モンスターにしろ、事故にしろ。怖がって誰も調査に出向かん。外からの船は勿論、先日フォルシアの船も、エレネシアの船も沈んだそうだが」
 昨日沈んだ船は、何処の船か特定が出来ないと言う。
「其れでしたらキャメロットのギルドへ向かうと宜しいでしょう。ブリストルにも冒険者達はいますが、王都の冒険者達は信頼に足る者達ばかりですから」
 唸っていたディナダンは、結局ギルドに依頼を出した。
 頻発するブリストルの港での沈没原因を調べるようにと。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6914 カノ・ジヨ(27歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

風月 皇鬼(ea0023)/ ネル・セムン(ea7936

●リプレイ本文

 時は高い出費である。そんな言葉を誰しもが口にする。
 時の経過とともに薄れゆく人々の記憶と奪われているかも知れない物的証拠。それらの喪失を懸念した冒険者達は、急ぎ対策を練った。対策と言うより結論はさっさと行くべし。
「それでは私は先に行く。泳ぎは不得手故、陸地調査になるだろうが。其れでは後日」
 フライングブルームで空高く飛び、あっというまにブリストルへ行ってしまった叶朔夜(ea6769)を筆頭に、戦でも頼れる戦闘馬に跨って地を蹴ったフィラ・ボロゴース(ea9535)とシアン・アズベルト(ea3438)、さらにユラ・ティアナ(ea8769)と彼女の懐に半ば張りつくような形でカノ・ジヨ(ea6914)の姿がある。
「おーぅ、あんたも気をつけてな。あたいらも直ぐに追いつくさ」
 気楽に声を投げるフィラ。その隣を見れば、シアンが「‥‥考えすぎですね」と一人悶々と考えに耽って首を振っていた。心ここにあらず。朔夜の遠ざかる姿に「さーいくよ、ヴィント!」と一吠えして手綱をうっているユラは元気だが、カノは目を回していた。
「‥‥目が、目が回りますぅー、と、飛ばされっ、ひゃぁー‥」
「あはは、大丈夫? 落ちないようにしっかり掴まってて。日差しも風も強いしね」
 その後ろをセブンリーグブーツで走るヒースクリフ・ムーア(ea0286)とゼファー・ハノーヴァー(ea0664)、ユラから靴を借りたルーシェ・アトレリア(ea0749)が続き、同性能の韋駄天の草履でリーベ・フェァリーレン(ea3524)が後を追う。
「麗しいご婦人を労らぬは騎士の恥。さぁルーシェ君、遠慮はいらない、私に手を!」
「え、えぇぇ? い、一応しばらく走っていても大丈夫ですけど」
「走りながらエスコートしてどうするんだ、ヒースクリフ殿」
「何を言う、ゼファー君。どんな事態でも女性を労るのは男の甲斐性! 何なら二人とも」
「遠慮する」
 言い終えるまでもなくスパッと断る淡泊なゼファー。リーベも一人ブツブツと小言を呟いていた。知人の農場の事も気になるらしい。嫌な予感に襲われていたようだが。逆にエルザ・デュリス(ea1514)は無理しない速度でブリストルに向かうことにしたようだ。
「平和ねぇ。ブリストルは港湾都市だったかしら。海は嫌いなのよ、赫痣に沁みるもの」
 思い思いの考えを風に乗せて、彼らはブリストルへと向かった。

 港湾都市ブリストルは迫る芸術祭に向けて普段より活気は倍といったところだろうか。
 しばらくすれば益々活気づいた都市は美しく飾られ、あちら此方に観光客の姿が見えることだろう。そんな芸術祭まであと間近という港で起こった珍騒動。尋常ならざる事態に地元住民達も不安な顔は隠せない。妙な噂が立っては芸術祭もダメになってしまう。
 その日、エルザの到着にあわせブリストルの一角にある酒場『セイレーン』で一度集まろうという事になった地上班。都市の入り口に出向いてエルザを迎えに行ったリーベが酒場に訪れると、昔馴染みのシアンを含め、一番先に到着したことで都市ブリストルの把握に奔走した朔夜の二人がテーブルについていた。何故かルーシェの姿がないと思いきや。
『海辺で歌う女が一人、歌声に聞き惚れる男が一人、二人が集った酒場がここに』
「あら、彼女は生業? 他の人は? 出遅れた分の話を聞こうと思っていたのだど」
「心配せずともおぃおぃ話す。まずは席についてくれ。あれは地元住民との交流の一環なんだろう。何しろ都市上げての祭が近いから、あれよあれよと舞台上に担ぎ上げられた」
 ルーシェの傍には多くの人々が群をなしていた。静かな酒場で彼女の歌声はよく通る。
『過ぎ行く日々、平穏の時、魔性の歌声と名高き魔物に心を抜かれた男がむせぶ、もしも願いが叶うのならば、ボクは楽しかった日々を願うだろう、幸せだった、あの頃の記憶、願うは永遠、永久の歌声、愛しき思いは海の向こうの水面の底へ』
 暫くしてわぁわぁと歓喜が上がっていた。ルーシェがエルザ達の席へと戻ってくる。
「今後の展開の為、街の人と親しくなれればいいなってことで歌を提供したんです。私の夢はイギリス1の歌姫になる事ですから、顔と知名度もあげようかなんて」
「本音か建て前かどっちかになさい」
「そこ、万歳してないで。つっこむのはさておいてよ、何処まで進んでるかっていうと難航してねー。私とシアンさんとルーシェさんと朔夜さんの四人で調べて回ったんだけど、沈んだ船の積み荷は大抵芸術品とかだったらしいのよ。あと飲食物とか材料とか」
「芸術祭が近いと言うことで、そちらの積み荷の船が圧倒的多数でした。沈んでいるのはいずれも大きな船ばかり。港に出入りする船の所有者はブリストルで名の通った商家を始め、貴族も多数いましたが‥‥沈んだの何隻でしたか、朔夜さん」
「今回の不明船含めて合計七隻だ。沈み始めたのが半月ほど前らしい。最初は事故と思われていたが、此処最近沈み方が異常と言う事と今回の不信船で事件性が表に出た、というところだろう。沈没が多発すれば船乗りの方も注意をするだろうに、それでも沈むというのは不自然すぎるな。モンスターの仕業か人為的な物かと考えるのが妥当だろうが」
「ええっと今の所、沈んだ船で詳細判明してるのが『霧の姫』、『丘の僕』、『茨の冠』二号、『夜の露』の四隻ですね。残りの二隻は調査中で、もう一隻の不信船は現在ヒースクリフさん達が潜って調査中でしたよね、リーベさん」
「ルーシェさんの言うとおりフィラさん達は海に行って不在なのよ」
「‥‥そう、面倒なことになりそうね」

 一方、沈没した不信船の調査に赴いたのはヒースクリフとゼファー、フィラの三人で、連日海へ潜り続け、上空からユラが監視を行い、傍らではカノが鎮魂の祈りを捧げていた。
 人が誰一人助かることなく沈み溺れ死んだという乗組員達を思ってカノは祈る。心でむせび泣く。海の藻屑と消えた迷い子の魂達よ。せめて神の身元へたどり着ければよいものを。
 祈るカノの傍で「壮観ね」と言葉短く口にする。船は真っ二つだった。尻の部分と頭の部分しか見えない。マストは水を吸って色を変え、見張る瞳に潮風が痛かった。
「どーんって大きな音がしたらしい、って聞き込みしたゼファーさん達が言ってたね」
「そうですぅー聞いていてもー、どうしても嫌な予感ばかりします〜」
 二人はまだ地上に顔を出す部分に飛び降りた。現在船の沈んだ部分を三人が潜っては調査している。しかしウォーターダイブで六分間魚のように呼吸して自由に潜ることが出来るゼファーは時間との戦いで、泳ぎに長けたヒースクリフとフィラでも長時間の素潜りはきつい。ある程度専門の人間でも無呼吸で25mは息苦しい方と知る者は多いだろうか。
 三人は手分けして作業を進めていた。
 まずは潜って外観を調べた。大きな穴があった。
『他の船の生き残った者の話に寄れば、どーんという音がしてすぐ沈んだそうだ』
『ふむ。船体に穴でもあいたのかな? 私は盗賊いや海賊なんかがでたんじゃないかと思って調べてみたけれど巷に溢れているのは民間人の盗み程度だと言うし』
『海の中に何かすんでんのかなぁ。あたいがブリストルの噂話や過去の出来事とかしらべたら、昔は人魚が住んでて大規模な狩りつーか虐殺なんかもあったらしいし‥‥ここ』
 昨夜は様々な憶測が飛び交った。そんなことを思い出しながら彼らは進む。
 何かに体当たりでもされたのか、船のあちら此方に亀裂が走っていた。船乗りでもない彼らには詳しい判断が付かなかったが、フィラには大きな穴が自然にあいたものではないと感じた。
 ゼファーが船長室へ向かった。床に打ち付けられた机の引き出しを開けてみたが、何故か引き出しの鍵は破壊され、置かれてあったであろう航海日誌や書類が『何一つ』無くなっていた。船のことを示す品が、ごっそり無くなっているのである。
 誰かが持ち出したのか? そんな憶測も走ったが、水中で堅固な鍵を壊すのは容易ではない。
 ゼファーが部屋を出た。この時彼女は上を見なくて良かったのだろう。
 同じモノをヒースクリフは発見した。
 高い天井の隅に白い物体が浮いている。言うまでもなく、着ている服からして其れは乗組員だったと思われる肉塊だった。
 死後十日以上も経ったと思われる遺体の膨張した顔は原形をとどめず、手足の表皮は脱落し、頭髪も殆ど自然脱落を始めていた。あちこちに苔が付着し、べろりと皮膚の剥けた前頭骨が見え隠れする。小魚の餌になったおぞましい肉のオブジェ。
 きっと医術に長けた者がその場にいたら、ここで人の形を失った彼らがかろうじてどのように死に絶えたか判明したことだろう。溺死したのか殺害されたのか。一体、何があったのか。
 死者に口なしとはよく言うが、実際死者は口ほどに物をいう。
 結局の所、人為的な事であると言うこと以外は判明しなかった。張り込んでみたものの、冒険者達が大っぴらに訪ねて歩いたりしたせいか、めっきり沈没船は見なかった。怪しい人影も現れなかった。しかし彼らが去った後に再び沈没が起ころうなどとは思っていまい。
 引き続き調査は行うとディナダンは話していたようだが。

 結局、彼らは具体的な影は掴むことはなかった。しかし。
「やーれやれ。さーてどっから手をつけるかねぇ、面倒だなぁ仕事したくねぇなぁ」
 赤毛の男が、港で何もせず船を見てはぶらぶらしているという話が浮かんでは消えた。

●ピンナップ

ユラ・ティアナ(ea8769


PCツインピンナップ
Illusted by 深遊