葬送の蒼―美しき水深の都よ4―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:11〜17lv

難易度:難しい

成功報酬:12 G 48 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月07日〜12月22日

リプレイ公開日:2005年12月17日

●オープニング

 その男は縁を金で飾った緑色の衣装を着ていた。
 かぶり物の下から覗く、象牙のような白い肌。気質の人間とは思えない鋭い眼光にも関わらず、その身は女性の体格にも錯覚できるような、ひ弱な細さだった。身なりだけを見るならば、良いところのご子息か、あるいは大きな教会のクレリック。
「こんな所に呼び出さないでくれませんか」
 不機嫌だという事は口調からもよく分かる。人気のない店は薄汚れていて、赤毛の男以外は誰もいない。当然だ。其処は赤毛の男が出資して立てた小さな酒場で、店が閉店した後は一人でみっともないほど酔いつぶれている。好き放題だ。
「悪い悪い。生憎と酒場の美人なおねーちゃん達が帰っちまってさぁ」
「女の代わりにしたいなら帰りますよ、メイガース」
「ぎゃー、まってくれ。仕事の話もしますぜ、レ・ヴィ・さ・ま」
 レヴィ、とわざとらしく呼ばれた青年は赤毛の男の向かいに腰を下ろした。ホットミルクを渡される。
 世間話に混じって、少し前までブリストルを騒がせていた沈没の話が囁かれ始めた。今、レヴィの元には回収された芸術品の数々がある。ブリストルにある贋作工房で作業を進めている途中だった。
 人魚騒ぎについて、莫迦な連中の所為で円卓の騎士に雇われた冒険者にかぎつかれちまってさ、とメイガースが愚痴を零した。俺は見逃して貰う代わりに『全ての』持ち主の所へ案内することになっている、と。
 其処まで話し終えてレヴィの手が止まった。メイガースは『笑って』いた。
「‥‥弱体化しているあの方と鉢合わせさせる気ですか。相変わらず悪知恵を」
「ふふん、賭けようぜ」
 メイガースは金貨を取り出した。
「金貨に賭ける‥‥はずがないですね、思惑通りに行くか否かですか」
 指先で弾いて落ちてきた金貨を手中に収める。
「そうだ、忠誠心固きレヴィ様。俺はもう普通の生活なんざ望んじゃいない。ただ自由が欲しかった。教団の犬から組織を手にして、今の生活が手に入った。けれど見て見ろよ、巨大な組織は本当は俺達の物じゃない。俺はまだ、見えない鎖に繋がれてるんだ」
 俺は耳が早いのが自慢だ、とメイガースは歌うように言った。
 彼は知っている。自分達を束ね、また自分達が恐れている存在が、どれほどの力を持ち、またいかほどの犠牲を足蹴にして、無数の憎悪と怨嗟を買いながらも、自らの存在が未来永劫のものであると信じている者達の行ってきた事柄を、全て。
「コヴンも暁の星も大きくなった。円卓の騎士様が舌を巻くほどの密売組織に成り上がった。一年前小さな組織だった俺達は、彼女の手下だからこそ今の安泰した生活を手に入れた‥‥けど、このまま命おっことしておっかねぇ美人の餌になる気はないね」
「メイガース。やめておきなさい。あの方は同種よりも強い。私が崇拝するにたると考えたほど」
「けど、今は弱っている。自由が手に入るのは、今が最初で最後だ。それにほら、キャヴァディッシュ伯爵とサンジェルマン様も仲よさげにみえて腹さぐり合いだ。すきあらば互いを落としたいお二方‥‥坂道の終わりがどうなっているか、たーのしみだなぁ」
 現在、サンジェルマンの屋敷の地下にキャヴァディッシュ伯が飼い殺しにしている人魚がいる。
「後悔しますよ」
「どうかなぁ。此処最近のギルドの活躍はめざましいって聞いてるぜ。聖杯探しの騒ぎもそう。それに‥‥先日、黒の旦那は消滅したらしいしな」
 レヴィのコップが今度こそ手を放れて床に滑り落ちた。
 ごろごろと床を転がってゆく。

 ――――。 

 ブリストルの界隈では人魚の話は、今だ消えずに残っていた。
 俗物の人間達の多くは、信じたいことしか信じない。
 人魚を食っても不老不死にはならなかったと、昔の人間達は知っている。当時から今を生きている人間というのはロンサードだけではない。広い都市なのだから生き証人は多くいる。けれど不老不死ではないと立証し、住民達に知らしめることは出来ても、狩りは無くならないだろう。人魚の価値は、不老不死だけにはとどまらない。
 その存在こそが稀なる類。
 需要を立たねば、供給は無くならないからだ。
 その需要側が悪徳組織だけならばまだ良いにしろ、社会の一端を握る、或いは重要な位置を牛耳っている者達となると、話は容易には進まない。
 出来ることならば力添えをしたいと老人も、アルディエナ達も話している。けれどどうして良いのかが分からない。本音を言えば、海で暮らしたいという。突然帰れなくなった海底の其処の故郷。帰りたいと誰もが思う。最低限でも今までのように、隠れたままでもいい、平穏に暮らせるなら川でも人混みでも構わない。
 欲するのは、安全。
「ねえさんもアマレットも無事でいて欲しいわ。どうか、仲間達が無事でいますように」
 人魚は全員助け出せなければ、アルディエナ達は悲嘆にくれるだろう。


 案内人のメイガースは酒場を今日も彷徨いている。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6914 カノ・ジヨ(27歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ディジェ・ヤーヤ(eb0518)/ ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)/ ユーフェミア・レヴァイン(eb3863

●リプレイ本文

 浅黒く汚れた手の上に置かれる小さな包み。
 きつい眼差しをしたフィラ・ボロゴース(ea9535)が赤毛の闇商人に手渡したのは、道案内を約束する金である。袋の中身は二百きっかり。ユラ・ティアナ(ea8769)と相談を持ちかけた金だが、私も出すわとエルザ・デュリス(ea1514)が渡した金も含まれる。
「約束だ、案内して貰うぜ。いっとくが妙な真似したら、あたいはただじゃおかねぇ」
「確かに二百、戴きましたぜ。これで取引は成立だ、いやぁ心強いお仲間ができやした」
「勘違いして貰っては困る。私達は君のような下衆を仲間だと思った覚えはないね」
 この男は私達を焚き付けている、そう睨んだヒースクリフ・ムーア(ea0286)は凍てついた眼差しで媚びる相手に釘を差した。おぉ怖い、いやですねぇ旦那、と相手は笑う。
 底冷えのする寒い夜だった。
 ひたひたと足音を忍ばせて人気のない町中へ消えてゆく叶朔夜(ea6769)達。夜になる前に数名がディナダンの所へ赴いていた。人魚と盗品関係の相談で、返された返事は色よい返事とは言い難い。証拠が無くば動けないからだ。
 最初ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)達の求めた『人としての権利』は既に存在している。マーメイド達はデミヒューマン、彼らの多くが人間の生活圏にとけ込んでいる今。問題は、同等に扱っている死角での密漁が阻みきれない事にある。警告は出来る、現場さえ押さえれば罰せられる、出来ないのは人の飽くなき欲望の歯止め。
『お願いしますぅ〜‥人魚さん達の生活の全面的支援をしていただけないでしょうかぁ〜‥そのかわりに、付近の海上交通の安全確保を、人魚に要請してはと考えてみたんです』
 カノ・ジヨ(ea6914)が代表して提案。単に人としての権利を得に来たのではなかった。
『これだけ不老不死の噂とかが浸透していると、一挙に問題解決とはいかないでしょうし』
 難しい問題ですよねぇ、と困ったように微笑んだルーシェ・アトレリア(ea0749)の言うように、現状の問題解決は一掃と言えるほど生やさしい問題ではない。完全に根付いて取り払うことの出来ない価値観を改革していく時間がいる。容易に進める為の方法も。
『即、関係回復が不可能なのは自明の理だわ。私達なりに考えてはみたけれど、愚かな事をしている相手に、正義の圧制は少なからず反発を生む。それなら時間は掛かるけれど、保護下で迷信と無実を訴えながら地道に人の意識を変えた方が確実でないかと思ったわ』
 熱弁を振るうカノとエルザにディナダンが笑みを浮かべた。奥深い闇に光が見える。
 そうして長い時間を対策と手順に費やし、倉庫調査などを行いながら、ディナダンに『目立たないかね?』と危惧されつつも馬車を借りた。深夜に酒場をふらついているメイガースを見つけ、金を渡して案内をさせた。
 ゼファーに石の中の蝶を渡すフィラ。皆の面もちも硬い。「旦那ぁ」と一声闇商人が声をかけると、行き着いた貴族の屋敷からメイドや当人などが顔を出す。こっそり盗み出す所も有れば、何やらひそひそと言葉を交わして持っていくのを承諾する者もあった。
「何を考えて人魚を購入したやら、理解できないな。下衆どもめ」
 レインフォルス・フォルナード(ea7641)が吐き捨てるように呟いた。まぁそんなもんですよ、とメイガースが声を返す。中には人魚が勝手に逃げ出したのだと言って、隠し場所を変え、所持を今更隠そうとする者もいた。朔夜が戸を開けてゆくと鎖に繋がれたアマレットが顔を上げる。フィラが駆け寄ると、縋るように泣き出した。朔夜が錠前を外す。
「うあぁぁん、変な人に体舐められたのぉ、食べるって、言ってたの」
「もう大丈夫だ。約束、守ったろ、また助けが要る時はあたいを呼べ。絶対に守ってやる」
「じきに夜が明けます。メイガース、あと何件有るんですか」
 シアン・アズベルト(ea3438)が飄々としている闇商人に声をかけると、今日は後一軒ですかねぇと声が返る。日が昇れば人目に付く。残りの人魚は明日になりますね、と。
 にたにたと機嫌良さそうに語るメイガース。最後の屋敷はある少年の住む屋敷であるという。出入り口にヒースクリフを残し、メイガースと朔夜の先導で奥へと進む。
 地下の空間。底深い池の周りには、机や椅子などが置かれていた。そこに一人の男の姿がある。人の足音にのっそり身を起こし、メイガースの姿を一瞥すると顔色を変えた。
「すいませぇん、足がついてしまいました。姉御」
 使えぬ莫迦めが、と罵ると姿を変じた。赤い髪の美貌の女、そして一部の者には見覚えがあった。急いでヒースクリフさんを呼んでくださいとシアンに言われ、ルーシェがテレパシーで外の者達を呼び寄せる。にらみ合いだけで重苦しい沈黙がおちた。
「ここで出会うとは『奇遇』ね、傷でも治していたのかしら。その顔を見ると腹が立つわ」
「一人この様な所で傷を癒すか。憐れなものだな」
「口数の減らないハーフエルフの小娘だね。そこの大男も! 熱湯に巻き込まれて溺れ死ねば幸せだったろうに。全員まとめて屍にしてくれるわ」
 漆黒の炎を燃え上がらせて、結界が現れた。
「悪いが、そんな趣味は私達にはない」
 シルバーダガーを手にした朔夜が吐き捨てた。ルーシェやユラ達が人魚の救出に専念する。
 敵の動きが鈍い。
 変身させる隙を与えず、切り込んでいく。
 達人並の回避力を誇ろうとも、囮の影から全力で切り込んできた攻撃を、完全に防げようはずもない。
「あたいは、前のままなんかじゃねぇぞ!」
「よそ見をするとは失礼だね! 私の相手を忘れないでくれ!」
「ぐっ、人の子の進歩とやらには頭が痛いわ」
 ――轟。
 攻防が続く。
 バートリエは押されていた。
 攻撃された直後、バートリエは姿を消した。そのまま引き上げられた人魚に憑依した。
『ふん、手も足も出まい』
 なんとシアンが心臓に短刀を宛てている人魚の腕をそのまま押し込んだ。
 短刀が胴を貫く
『莫迦な、貴様、この娘を助けに来たのではないの!?』
「‥‥貴女が築いた魂の狩場は今日を以て潰える。人間を侮った報いです。仲間の心臓も貫いた私に、かような手段は通じませんよ。憑依が解けぬなら肉体を破壊するまで!」
『ちぃ! 人間の癖に気でも狂ったか』
 人魚のみを離れ、宙に舞い上がった影を、ルーシェのシャドウバインディングが捉えた。
「ゼファーさん! ユラさん! 今です!」
「わかった! 宙に飛んだのが仇になったな!」
「これ以上腐れ縁が続くのは御免だからね!」
 降り注ぐ魔力を帯びた剣と矢に貫かれたゴモリーは、ドロドロと解けだす。レインフォルスが首を傾げて「死んだのか?」と訊いたが、エルザが叫んだ。
「駄目よ! 悪魔の消滅はそんなものじゃないわ、ジェルモンスターに化けて逃げる気よ」
 目の色を変えた仲間達は、池に向かって流れ出す変身したゴモリーを攻撃し続けた。

「私の目の前で、人を死なせたりなんてしませんから〜〜!っ」
 カノが傷を癒す最中、本気で殺す気だったのかとシアンに問いただす者がいた。
「まさか。憑依の価値がないと思わせなければ、憑依を解く手段がない以上、次々味方を盾に取られていたかもしれません。ある程度の傷なら、カノさんが治してくれると思ったんです。そうですね‥‥『なら斬ってみろ』と言われたら、私の負けだったと思います」

「これで俺も自由! 清々しい朝陽だなぁ。礼がわりにゴモリーキラーって噂を広めて」
『面白い事を‥‥お前の体をもらうわ、裏切り者め。悪魔を騙そうなどと千年早い。褒美をくれてやろう。もはや自由に身を動かすこともままならぬ。我が身を癒す数百年の器となれ』
 悲鳴が聞こえた。
 その日から、闇商人の言動は何処か変わったと仲間達に囁かれる。

「現品そのものを売ってしまうよりは贋作を幾つも作った方が利益が上がると思ってな」
 盗品物は意外なところから出てきていた。
 強制調査を実施するわけにも行かずに散々倉庫でしらを切られたのだが、最近変に羽振りの良くなった芸術家や姿を見せずに仕事に打ち込んでいる芸術家を朔夜が探したところ、盗まれた芸術品が続々と見つかった。
 怪しい一団に金で買われ、複製を作れと言われ渡された品々が盗品だった。
 地道に探して集まった品々と目星のついた品々が合わせて被害全体の三分の一。これにヒースクリフが進言した『悪魔を匿っていた貴族は断罪と共に財産没収し、これを事件による負債返済へ』となった為、ブリストルの財政難が大幅軽減された。
 しかし一つだけ不思議な事がおこった。
「財産を回収してあてたのはいいんだが、おかしいな。調査では、あの屋敷、持ち主はいなかった。もうずっと昔から空き家になっているはずらしいと部下が言っていた」
 ジェルマンという人物の屋敷は、数年前から親子共々一家が蒸発して空き家になっていたが其れを知る者は誰もいなかったらしい。
 親族すらも蒸発を知らずにいた。
 屋敷は誰もいないはずなのに塵一つないという不気味な姿を残していたが、事件に伴い解体される。人魚達に関しても事件の裏で悪魔の関与が指摘され、食った者は邪教の教えにそうとして裁くとする布告が出た。別れの日、人魚達は冒険者達に感謝の念を込めて手を振っていた。
 生きる希望は生まれた。
 しかし深き水の底の都は、今も遠い。