葬送の蒼―美しき水深の都よ3―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:7〜11lv
難易度:難しい
成功報酬:8 G 28 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月12日〜11月27日
リプレイ公開日:2005年11月22日
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●オープニング
忘れてしまったんです、とアルディエナが言った。
攫われたアマレットの事と、老人の様子。最初は曖昧な嘘をついていたアルディエナも、悪化した事態にようやく口を開いた。本当の家族ではないことを話し始めてからのこと。
「彼は肝心なことを忘れ去ってしまった。一体いつ頃から、ああなったのか。もう覚えてはいません。彼は私達を川へ逃がした。私達は恩を感じて入れ替わるように彼の傍に居続けた」
やがてロンサード老はアルディエナやアマレットを妻だと思ったり娘だと思ったり孫だと思ったり、そう記憶の混乱の中で過ごし続けていた。周囲が奇妙な目で見ることがないよう、気を使いながら何十年も。老いとともに現れる記憶の問題だろう。
おそらくロンサード老の記憶は今後益々おかしくなっていく。忘れていく。
「彼はもう人魚を害獣だとしか考えていない、アマレットも、姉さんも攫われてしまった。私達はどうすればいいんでしょう」
「新しい曲はできそうかね」
降り注いだ朗々とした声が響く。
其処はキャヴァディッシュ伯の伯父に当たるジェルマンの屋敷の地下だった。伯父に頼んで建造した大きな丸い池のような場所があり、中を人が泳いでいる。いやむしろ、何度もそこから這い上がろうとして、這い上がれずに落ち続けているといえば良いだろうか。水の中を泳ぐ娘の手は爪がはげて赤く腫れていた。
「勿論ですよ、伯爵様。わたくしめの我が儘を聞いてくださるとは、流石は私が見込んだ愛しい方だ」
淫らに黒髪を肩に流した音楽家は、糸のような細い瞳で弧を描く。愛人でもある音楽家に手を伸ばした伯爵は、黒髪を指に絡めて遊びながら、足下の娘を冷徹に見下ろした。
「気に入ってもらえて嬉しいよ。一匹手に入れるだけでも大変でね、頑張ったかいがあった。もう一匹、年若い雌の人魚が捕獲されたそうだが、買い手のフォルシアからグラスト卿が買い戻したらしくてね。どうもギルドが動いているとかで、危険らしい」
「それはそれは、申し訳有りません。すぎた我が儘を」
「いやいや、君の願いを聞くのが我が望みだよ。リミンズよ、まぁ曲の新作のためだし、騒ぎが一段落ついたら、これを調理しようかと思う。きっと美味いだろう」
水を泳ぐ娘が身を守るように体を描き抱いて顔を硬直させた。彼女は人とは見られていなかった。
「それは楽しみです。ねぇ、伯爵。少々知人を訪ねたいので2,3日お暇を下さい。すぐ戻ってきますから」
音楽家は伯爵と話し合った末、別れを告げて再び一人になると控えていた召使いの娘を呼び寄せた。
「アレが負傷したようなので様子を見てくる。入れ替わって戻ってくると思うから、お前はいつもどおりうまく立ち回りなさい。何かあった時は伯爵を守り、政敵のジェルマンを追放に持ち込め。よいね?」
召使いの娘は、音楽家に頭を垂れる。
「はい。リミンズ・ダリル様。お気をつけていってらっしゃいませ」
「お前は、人間なのに賢い子だ。任せたよ」
石造りの美しい屋敷が、海の傍にたっていた。
海の傍にある坂の都は船と芸術で発展を繰り返している。王都の西に広がるこの街は、錬金術師達があつまり様々な分野の成功を収め続けるだけあって、安定した活気の中にあった。けれど大きな発展を遂げた街は、代償となるものも大きい。従って発展が続けば続くほど、闇は目に見えぬ場所へ蓄積し続けていた。
「どぅも、お久しぶりです」
深夜。巨大な美しい屋敷の裏口で、戸を叩く音がする。独特のリズムで叩かれた扉の向こうには、赤毛の男が立っていた。煤汚れた服と、腰に携えた革の鞭。媚びるような笑みを張りつかせて、迎えに出た男にむかって声をかけた。
「何用だね、メイガース・グラスト。一ヶ月分の金は納めたはずだが」
「いえいえ旦那ぁ。今日はそういった事が目的ではないんですよ。我々も大事な顧客に対しては気を使うもんで。ねぇ、旦那。此処最近、うちのはみ出し者から生き物を買っちゃいませんか?」
ぴくっとその家の主人の眉が動いた。僅かな表情の変化を見逃さなかった赤毛の男は、愛想のいい顔をしながら扉を閉めようとする相手を止めた。腕っ節も確かなのか、隙間に手を差し込みこじ開ける。ひるむ相手にメイガースは剣呑な目で舐めるような言葉を放った。
「いえね、今回のアレに関しては我々の監督がなっていませんでしたから心配しないでください。けどねぇ、この街はでかいでしょう? 闇を見張る目から逃れるのは大変でね。旦那、もう喰っちまいましたか」
「い、いや、まだだ。まだだが、何かあったのか?」
「それは良かった。旦那、しばらくそいつを生かすか、うちに預けてもらえませんか。かのギルドがねぇ嗅ぎつけてきてるんですよ、すぐ其処までね。いくら『暁の星』や『コヴン』の力がこの街で強かろうとも、背徳を愛する闇を守るには、其れ相応の協力と掟が必要だ」
「し、しかし!」
「ん? 別に嫌ならいいんすよぉ? もしも、が起こった時に困るのは旦那だけだ。俺達はお得意さま達しか守らねぇし、もしもが発生すれば旦那は親戚ごと財産も名誉も消えますぜ」
相手は黙った。甘い汁をすするためには、危険がつきもの。それら危険を専門的に引き受けて商う者達の保護がなければ、一寸先は地獄の入り口。男は沈黙の末に「分かった。片づいたら連絡を」と呟いて、二言三言言葉を交わして別れた。
メイガースは屋敷から離れると、脳内に蓄積された膨大な顧客名簿から黒だった者と白だった者を分けてゆく。どこから足がつくか分からない世界だ。紙に残すことは絶対ない。
「これで十か、疲れんなぁ。体が資本だからしゃーねぇか、あとは南地区だけ」
人魚は肉も売れるが、観賞用としても価値が高い。下っ端のおかした闇の世界でも違法な行為の後始末をしなければならず、虱潰しに探していた。それもこれも、組織の未来と取引のために。
円卓の騎士ディナダン・ノワールは悩んでいた。
沈没騒動は何故か止まった。しかし彼の悩みはもう一つあった。それはブリストルの裏に巣くう巨大な闇組織である。ディナダンは駆除したいと考えつつも、その組織の巨大さに舌を巻いていた。光あれば闇も生まれる。押し進めた政策の副産物だったと言ってもいい。下手に手がつけられないのが問題だ。
先日の沈没騒動に紛れていた芸術品が、裏世界で売買された事が判明した。
芸術祭で成功を収めたブリストルだったが、不審な沈没からそのつけが今押し寄せている。芸術祭のために取り寄せたり、貸し出しを頼んだりと奮闘していただけに、賠償責任が重くのしかかっていた。
「なんとか取り戻せたらいいのだが」
やがて君達はギルドで一つの依頼を見る。
ブリストルに巣くう闇組織を討伐するための調査隊をつのると。
●今回の参加者
ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
ea6914 カノ・ジヨ(27歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
●サポート参加者
夜光蝶 黒妖(
ea0163)/
風霧 健武(
ea0403)/
ソムグル・レイツェーン(
eb1035)
●リプレイ本文
取引を要求された冒険者達がとった行動は明確だった。闇取引に応じて得る利益はあまりにも少ないと判断したのである。迅速に動かねば人魚達の身が危ない。
忙しいと言えば忙しい。
「ディナダンさまぁ〜‥お願いです〜‥書状をつくってくださぁい〜‥」
うっうっうっ、と祈るように両手の拳を固く握りしめてカノ・ジヨ(ea6914)が懇願していた。ディナダンの所へ訪れたのはヒースクリフ・ムーア(ea0286)とエルザ・デュリス(ea1514)、そしてカノとゼファー・ハノーヴァー(ea0664)である。カノが事情をいちから説明し、闇商人の捕縛状を作って欲しいと願い出た。ディナダンは一枚の紙を引き出しから持ち出すと、さらさらとあっさり捕縛状をしたためていく。
「危険な目に遭わせてすまないな。これでよければ持って行きたまえ」
「ありがとうございますぅ。ディナダンさまは人魚についてどうお考えでしょぉかー‥?」
「私も救出した後の人魚達について当面の安全の保障を得られればと考えているのだが」
カノとゼファーが訊ねるとううむと唸るディナダン。
「人魚か。そういえば先ほど捕らえられていると言っていたな。こちらの屋敷に軟禁するのは簡単だが‥‥私が保護を提唱し場所を提供しても、民はともかく闇組織の密猟者を減らすのは難しいかもしれんな。影に生きる者どもは実にしぶとい」
「なるほど。そういえば事件の生き証人達は無事でしょうか」
「君は、ムーア殿だったかな。心配するな、彼らは無事だ。後で話を聞きに行くといい」
私が行ってくるわ、とエルザが住所が書かれた名簿を受け取った。大事な生き証人の証言があれば、人魚達の仕業ではないと証言することも出来るかも知れない。
「あのぉ‥‥闇組織に関わりがある人物、おそらく大きな商人や貴族かと思うんですが‥‥証拠はなくともそういった疑いのある人たちの情報‥お持ち、ですよねー‥?」
「それはこちらも悩んでいる問題なんだが‥‥確証がない以上取り調べを行うのが難しい。数百数千の平民を預かる貴族も多い。例え発覚しても、その後の問題がある。民が飢えたり、人里を人質に取られたり、あるいはブリストルを支えている大商人が突如消えては元も子もない。ここ一年で闇組織が大きくなりすぎたのは頭が痛いが、今以上の損害を与える事だけは避けねばならん」
闇組織を早くに潰したいが、そう易々出来るものではなかった。ただ一刻も早く規模を縮小させるために、冒険者達には力を尽くして欲しいらしい。
ゼファーとルーシェ・アトレリア(ea0749)がアルディエナとロンサード老の所へ走った。失われた記憶をメロディーで取り戻すことが出来ないだろうかと考えたからだ。後ろにユラ・ティアナ(ea8769)が続く。
「猛特訓だったな。メロディーでロンサード老の記憶が戻れば良いんだが」
「ふっふっふー、やっぱり魔法で心に響かせるとは言っても歌がうまいなら、それに越した事はありません。これも問題解決のためと思ってくださいますよねゼファーさん」
「ルーシェ殿‥‥流石、イギリス一の歌姫目指すだけあって手は抜かないんだな。上手くなってると願ってくれ。上手く記憶が戻ったら、今後の対処をせねばならないだろう。ロンサード老、失礼する」
二人がメロディーを披露しているあいだ、ユラはアルディエナを外へと連れ出した。家の裏手には川があった。淀んでいない海の水入り交じった小川。深さもかなりあるだろう。アルディエナ達は此処から入れ替わりで来ていたという。
「ねぇ、どうして最近になって危険を冒してまで船を助けようとしているの」
かつて多くの仲間を狩り、虐殺したブリストルの人間達。人魚と沈没事件の関係を問いただすと、アルディエナは川べりにしゃがんで「海は魔物」と呟いた。
「人の船乗りは皆、海が魔物に見えるのだそうです。若い頃のロンサードは海で肉親を亡くしました。だから私達を助けた時に『頼み事』を。人を嫌わないでくれ、俺が君達を助けるように、いつか人を信じても良いと再び思えるようになったら、助けてやって欲しい。‥‥私達は彼の願いを聞いているに過ぎません。なのに再び狩りが起こるなんて」
不老不死になんかなるわけないのに、絶望した顔ですすり泣くアルディエナを見下ろしていたユラは、人に忌み嫌われ、人の自分勝手な善悪の裁量に振り回される人魚を眺めながら沈黙の中にいた。現在、調査に出ているエルザはユラを初めとした者達に零していた。
『そういえば老は何故、沈没事故は人魚のせいだと、害獣だと思うようになったのかしら。記憶障害とは言え、川へ避難させたり親しかった事も覚えているのに。聞いてみて』
老は人魚を助けたときに願ったのだ。いつか再び昔のように海の仲間として過ごせる時を。海に出られなくなり、記憶がおかしくなっても尚。そして今、裏切られたと思い、人魚が復讐に船を襲っているのだと考えた。害獣としか、みなくなった。
やがてユラは迎えに来たフィラ・ボロゴース(ea9535)とともにギルドの方へと足を向けた。
夜が来た。書状をもった冒険者達が大きな酒場の前に来ていた。レインフォルス・フォルナード(ea7641)と叶朔夜(ea6769)が手招きしており、指をさす方向には、あの赤毛の闇商人メイガースの姿がある。堂々としている様を見ると驚きもあるのだが。
「あのメイガースとやらが、よく赤毛のジプシーに会っているという話もきいた」
「それに此処最近で姿の消えた連中もやはりいるらしい。大抵が金に困っていた奴で、影から高額の仕事を斡旋してくれる場所があったようで、消えた八割がそこから仕事を貰った連中だったらしい」
「ただ、その仕事を斡旋していた奴も先日焼死したみたいだ。今じゃあ斡旋する連中の姿すらないらしい」
「消された‥‥という事ですね。ありがとうございます朔夜さん、レインフォルスさん。出入り口をお願いします。いきましょう」
シアン・アズベルト(ea3438)、達が揃って闇商人の所へ近づいていく。メイガースは酒場の女性にからんでけたけたと笑っていた。シアン達の姿を見ると「おいでなすったぁ」とにたりと笑った。
「外にでもいきやすかい?」
「うんにゃ。中央のテーブルに行こうぜ。人の声が煩いところの方がいい」
フィラがメイガースを引きずって行く。壁を壊して逃亡される事もないし魔法を使われてもすぐ腕等を掴めるし周りのテーブルに仲間が座って包囲も出来るし、と考えたらしい。なかなか賢い。やがてヒースクリフが酒でも奢ろうかと、気前よく注文した。
「所で、レヴィは元気かい? 聞こえない? ミュエラ君の兄君アルフォンヌの事だよ」
メイガースの顔から笑顔が消えた。「へぇ、旦那がそっちに詳しいとは驚きだ」と呟く。
「ま、私もそれなりに顔が広いんで。莫迦なことは考えない方がいいよ」
空気から陽気さが消えていた。ちびりちびりと酒を呷りながら、騒ぎのなかでシアンが低い声を放った。迂闊なことをしましたね、とカノがとってきた書状を見せる。
「ディナダン卿には全て報告済みです。ここで捕らえても良いんですよ」
ぴっと書状を奪って見ていたメイガースが「確かにディナダン様の筆跡だ」と本物であることを確認した。ユラとフィラが静かに話しながら書状を奪い返す。
「持ってる貴族の事を教えてくれるなら、見逃しても良いわ。捕まらなかった、ってね。そうね、これだけじゃあ不本意かも知れないし、百、でどうかしら。悪くないでしょう?」
「いや二百だしてもいいぜ。何、この交渉が決裂すれば、その時点であたい達に捕まるだけだ。ただ情報を提供するだけで、報酬つきで自分の安全を買えるなんて美味しいと思わないか?」
「そういうことです。沈没事件の真相を公にしディナンダン卿による闇組織討伐が行われ‥‥」
シアンの言葉にメイガースが笑った。「討伐? 誰がどうやって」と莫迦にしている。
「俺を捕まえたところで、組織は潰せませんぜぇ。俺は口が堅いんで。根比べしたっていいですけどねぇ。死んだら美人の子分になるだけですから、ね」
「美人の子分?」
「その通り。コヴンと人魚はこっちの管轄ですが、コヴンで裏を全てを統括しているわけじゃない。討伐できるとは思えねぇ。レヴィ様も怖い人だが、たった一年で『コヴン』と『暁の星』を巨大にした御方はもっと怖い。駱駝に跨り、金銀の財宝で身を固め、数々の宝の所在や金鉱を探り当てる魔性の御方。強さも半端じゃねぇです‥‥覚えねぇですかい? 今は度重なる戦いで消耗が激しいそうですが」
ガッ、とメイガースの襟首を掴んだ者は何人いたか。
「んふっふ、目つきが変わりましたねぇ。死ぬことのない王を持つ組織を本当に消せるか見物だと、ディナダン様にもそう言ってさしあげるといい。とはいえ俺も教団から離れて手にした自由は失いたくはないので、お嬢さんの言う二百で人魚は手を打ちましょう。ただし、人魚はこっそり盗み出すのがお互いベストです。持ち主の皆様が、ただ屋敷に持っていると思わない方がいい」
後日ご連絡しますから、案内する時に頂きますよ、とメイガースは消えた。
この同時刻、ゼファーとルーシェの長時間にわたる尽力により、ロンサード老の記憶障害が一時的に回復の兆しを見せた。二人は人魚達の対策を話しており、帰ってきた冒険者達と対策を練っていくことになる。