●リプレイ本文
ギルドで仕事を受けた者達が集まっていたが、数名の顔色が悪い。
悪いと言うより何か思い詰めている節があった。きちんと皆が揃っているか確認しようとしていたリアナ・レジーネス(eb1421)が、片隅の長椅子に同じ格好で腰掛けて黄昏ているアリシア・シャーウッド(ea2194)とバルタザール・アルビレオ(ea7218)の姿を見つけた。息のあった行動はお馴染みと化している気がする。仲良い事は良きことかな。
「あの、あなた方。何をなさっているんです? もう出発しませんと」
「リアナさん? あ、そっかもう行かなきゃだね、ほら、バルタん、いくよ」
「うぅぅん、いざとなったら休学届けを、これはもうやるしか!」
「ですから何をされるんでしょうか」
二人が何に対して悩んでいるのか見た目はさっぱり分からない。深刻な顔をして首を傾げている二人に問いかけたリアナに、あぁ、という顔をしたアリシアが笑って返した。
「あはは、いやぁミゼリんが良いよって言ってくれたら農場に永久就職しようと思ってて」
「アリシアさんがギルドの冒険者登録抹消しようかって話してたんです。一応今のままだと雇われ冒険者でしかありませんから。私の場合はケンブリッジ魔法学校の生徒でもあるので、休学届け出しにいこうかなぁと」
ギールが死んで早々にミゼリへ押し掛けた人々。どうして傷口に塩をすり込むような真似しかしないのだろうと、怒る者もいた。ミゼリの特殊な境遇上、ただの一般市民として放置されるのは、現状では難しい。こうなったら自分達で農場を切り盛りしていこうかとアリシアとバルタザールは考えていたようだ。ところがその考えは二人だけではなかった。
「なんだ‥‥俺以外にも‥‥考えているやつがいたんだな」
にょっと首を出したのはエイス・カルトヘーゲル(ea1143)だった。エイス君も? と驚いたようにアリシアが問いかけると、こっくり頷きながら「出来れば」と答えた。
「悪者を追い出した後も心配なさそうでござるな。拙者も残ろうと考えていたでござる。元々料理修行の為に冒険者となった故、料理修行は何処でも可能でござるし。ミゼリ殿は農場を離れる事を考えてない。ミゼリ殿一人で農場に置くのは良くない。ならば、と」
沖鷹又三郎(ea5928)もまた微笑んだ。冒険者を辞めて農場で暮らそうと考えている者は少なくなかった。現にエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)も農場残留を考えているようで、見送りに来たソードとイシュカに誤解を招く発言で困惑させていた。「パパとおとうしゃまと一緒に暮らすことも考えましたけど農場に永久就職しますですの」とのたまい「それは永久就職とはいいません」とか「ちょっとまて!」とか賛否両論。
「おーい、そろそろ行くぞ。早く農場についてしまわんと夕飯は寒い野外と同じだ」
五百蔵蛍夜(ea3799)がアリシア達を含め、出発に手間取っている者達に声をかける。
「そうでござる! 拙者の聖地たる台所を救わねばならんでござるよ」
農場の台所は現在大破中のまんまである。怒りを露わにしつつ今日の料理は野外か屋内かと悩む沖鷹に「俺も手伝うよ」とエイスが答えた。
賑やかな顔ぶれを見たリアナは。
「そうでしたか‥‥私は皆さんほどミゼリさんに関わった事がありませんけれど、少なくとも、沢山の幸せな思い出と良い人の繋がり、そして家族を作る手助けができれば、と思います。本当は、亡くなられたお爺様との未来を、差し上げたいのですけれど」
神でもなければ叶えてやれないからと、悲しそうに笑った。
「清々しさを覚えるほど大穴だったんですね」
レジエル・グラープソン(ea2731)がぼんやりと気にかけていた壁を見やる。
先日の悪魔来訪で完璧にぶち破られた台所の壁は、これからの皆の苦労をあざ笑うかの如き大穴であった。最後にでも、と考えていたレジエルだが、この寒い部屋の中で毎日食事というのはかなりつらい。従って到着早々に修理を手伝える者は手伝うことになった。
「現実逃避をしたい気持ちでいっぱいだが、まずはやらねばならんな」
レジエルの肩を叩いたクレアス・ブラフォード(ea0369)が彼を現実に引き戻す。かといって夕飯の支度や農場の面倒も平行して行わなければならない。
まず戦乙女の名を冠する牛達の面倒を見るためリーベ・フェァリーレン(ea3524)とユーディス・レクベル(ea0425)が出かけ、バニス・グレイ(ea4815)は今回の求婚者騒ぎを抑えられそうな人物に会いに行くと出かけ、アリシアが鶏達の世話を見に出かけ、畑と薬草と畑、来る聖夜祭にむけての準備にラディス・レイオール(ea2698)とアリッサ・クーパー(ea5810)とバルタザールが出かけ。
家に残ったのは台所で夕飯の準備をするエヴァーグリーンと沖鷹、そしてミゼリの面倒を見ているクレアスと、壁の修理に専念せざるを得ないエイス、レジエル、蛍夜、ジーン・グレイ(ea4844)、リアナの八名。クレアスは怪我をしているアンズの手当もしていた。
「それにしてもアクテ君のおかげで修理費が安く済んでよかったなぁ沖鷹君」
「早く修繕が終わってくれれば、労いの料理でも出すでござるよ蛍夜殿」
「まぁ、どんな料理が出るのか楽しみですね。これは急いで壁を修繕してしまわないと」
屋根の上の修理も色々と考えていたリアナが話をききつけ、がんばりましょうと声をかけた。黙々と作業を続けていたエイスがこっくり首を動かす。
「そう‥‥だな、沖鷹の料理は‥‥美味いから」
「それは楽しみです。それと壁の修理が終わりましたら、私は調査の方に向かいたいと思います」
「おおそうか。手間をかけさせてすまんな。よろしくたのむぞ」
ジーンの言葉に、はいというレジエルの返事が返る。あきもせずに通ってくる求婚者達を蹴散らすには、それなりの準備というものが必要だ。部屋の修理はちゃくちゃくと進んでゆく。
パキパキと枝を折る音が森の中から響いてくる。
冬場は殆ど畑や道具の点検や柵を直したりした後はやることが限られている。
「こんなに沢山の枝をどうされるのですか?」
フレイムエリベイションで努力と根性をあげたバルタザールがふぅふぅ息を吐きながら森の中を歩いていた。彼の引きずる荷台には、青々とした木々の枝枝を刈り取った物が積まれている。アリッサとラディスが荷台を後ろから押していた。枝を集めて向かう先は。
「聖夜祭が近いでしょう。だからグローリーハンドにあるような飾りを作ろうと思ったんです。一本まるごと倒してしまえば早いですが、それはあまりにも可哀想です」
年にたった一度のパーティの為に木を殺すのは可哀想だと話すと、ラディスはじっと枝の山を見つめる。この枝を果たしてどうするのだろう。
「枝を部屋中に飾るんですか?」
「いいえ、枝を枯れ木にでも差し込んで疑似の木をつくるんです」
「なるほど。それで枝を切り取った木々に謝り倒しながら肥料を置いてきたわけですね」
「う、でも残りはトレントの分ですよ。これからまた薬草もらいにいきますしね」
冬の間は作物を得るのが難しい。そうなれば収入源は牛達と鶏にくわえて、トレントの周辺にある良質の薬草だけになる。感心するアリッサと、雑談をかわすラディスとバルタザール。何か予感めいたものを感じながら、二度目の冬に備えた準備を始めていた。
調べに出たバニスとレジエルはその日帰ってこなかった。
帰ってくるのは早くとも数日後となるのだろう。何とかふさがった台所の壁。へとへとに疲れ果てた修理係達は夕食が終わってもテーブルにつっぷしたまま身動き一つしない。
「レジエル君、よくあのまま出かけたなぁ。生き倒れて無いといいんだが」
疲れ果てたまま暖炉の前で腰を落ち着け、エヴァーグリンの持ってきた飲み物とつまみを手に呟く蛍夜。テーブルの方で同じモノを出されながらもエイスとジーン、リアナの三人が死人のような顔つきのまま呟きに「うん」とか「そうですわね」等と声を返す。
「明日から増築作業か。それはそうと他にも何人かいないようだが」
ジーンが周囲を見渡す。一人、二人、三人‥‥牛舎と鶏小屋にいったリーベとユーディス、そしてアリシアの三人がいない。やがてきぃっと扉が開いた。
「ただいま〜、疲れたぁ。エヴァーグリーンさん、なにか飲み物と食べ物もらえるかな」
「ど、どうしましたですの?」
駆け寄ったエヴァーグリーンに疲労の色が濃いユーディス。後ろにしかめっ面をしたリーベと、白い包みを手にべそをかいているアリシアが現れた。アリシアの足下からデブィ鶏のローストが顔を出す。「なんでローストつれてきたんだ」と呆れ顔のエイスに対して。
「柵が部分的に壊れていたじゃない? そのせいで野犬か何かが出たらしいのよ」
むっつり顔のリーベが答える。雨が降ったり雪が降ったり故意に破壊されたりと、案外破損が激しい農場。リーベの話した所によると、おそらくは破損個所から侵入したであろう獣が、牛舎と鶏小屋を荒らしたらしい。牛達は足を食われるなどの大けが。鶏小屋は三羽ほどやられたらしい。アリシアは鶏の亡骸を手に戻ってきた。ローストは心配で連れてきたらしい。小屋や柵の修理は終えたようだが、三人の機嫌はすこぶる悪かった。
「アリシアさん、ほら、貴方が体を壊したら死んじゃった鶏も悲しむわ」
とりあえず泣きっぱなしのアリシアを席につかせるリーベ達。
「キチンパイ、チキンフリッタ、チキンマリネ‥‥あなた達の死は無駄にはしない!」
独特の名前はともかく、ぎゅっと白い包みを抱きしめる。
「アリシアさん」
涙を滲ませるアリシアを気遣って手を伸ばすユーディス。ローストが気遣わしげに鳴く。
しかしアリシアはそこまでヤワではなかった。
「肉は煮込みにして骨はスープのダシに使って、きちんと残さず美味しく食べるからね!」
その身、血となり肉となり。
なんとなくいわんとしていた事が分かっていたメンツは「ああやっぱり」という顔でアリシアを眺め、そうでない顔ぶれは何と返答して良いのか、返事に窮して眺めていた。
しばらくして、アンズが足に怪我をしていたのも野犬に襲われたらしいと言う事が分かった。外で作業する者達は、害獣対策に気を引き締めるつもりであるらしい。びっこを引いた真綿のような白い犬――アンズが、ミゼリとともに現れた。ミゼリは暖炉の傍にかけより、ぽふっと当たり前のように蛍夜の膝に収まってしまう。勉強するかと声をかけると、こっくりと小さな頭が動く。わらわらと暖炉に集まる人の影。賑やかな中で蛍夜は言う。
「ミゼリ、お前はどうしたい? 領地や財産もそうだ。最後に決めるのはお前だぞ」
「‥‥‥‥ミゼリ、わかんない。パパやママやお姉ちゃんやお兄ちゃんが詳しいでしょう」
「そりゃあそうだが」
小さいからまだ難しいんじゃないかな、と言うユーディス。暖炉前の様子を沖鷹が冷めた目でみつめていた。明日はクレアスと蛍夜がアリッサと出かける為、エヴァーグリーンとリアナの二人が、昼間は退屈そうにしているミゼリの様子を見ていることになった。
「あの子の晴れの姿を見る前に、逝くなよな爺さん」
冷たい風に曝された墓石をクレアスが洗っていた。
二つ並んでしまった物言わぬ墓石。墓石への此処最近の報告を、アリッサは農場へ来ると欠かさず行っている。生者の務めとして、そして神に仕える者として、血が繋がらぬとも家族として過ごした者を忘れぬかのように。
「ライズ様は、そちらでギール様に叱られてくださいね。そしてお二人とも見守ってくださいませ。ミゼリ様と私達の事を」
他の荒れ果てた墓に比べて、二つの墓だけ真新しいほど綺麗だった。参る者がいなくなった墓というのは虚しい。家族だから、と言葉を交わすうちに、穏やかな雰囲気が墓前に広がる。「ミゼリ様と家族ということはライズ様とも家族になるのでしょうか」と表情が滅多に変わらぬ顔に笑みが浮かんだ。「嬉しそうだな」とクレアスが問いかけると「いいえその」と口ごもる。帰ろうかとクレアスが言うと、其れまで黙っていた蛍夜が言った。
「‥‥二人揃って、約束守らず勝手に逝くなよな」
「蛍夜様?」
顔を覗き込むアリッサ。いいや、なんでもないよ、と蛍夜が笑ってかえした。
「ミゼリ殿、こっちでござるよ」
冬ともなると雑魚寝は寒い。流石に個室と化している各客間で眠ろうという事にはなったが、ミゼリが寂しがったり、羨ましく思う者ありと様々。一緒に眠るのが構わない者だけ、順番にミゼリが部屋へ御邪魔して眠る事になった。沖鷹の手招きに、枕を抱きしめたミゼリがぽてぽてと歩み寄って蒲団に潜り込む。一緒に来たアンズもシロと身を寄せ合って目をつぶる。ミゼリが「おやすみなさい」のキスをしたが、暫くして沖鷹が訊ねた。
「ミゼリ殿‥‥拙者は此処に残ろうと思っているでござるが。皆がそう考えてはいないようでござる。例えば蛍夜パパ殿とか。ミゼリ殿はどう、考えているでござるか?」
もぞもぞと白い蒲団が動いた。思い詰めた顔で雨音のように呟く。
「‥‥蛍夜パパもクレアスママも、本当のパパとママじゃないのは分かるの。ミゼリが我が儘をしてるのは分かるの。お金も爵位もいらないから傍にいて、ってミゼリが皆にお願いした時に蛍夜パパ達が困るのも全部わかってるの。何か言っちゃったら『さよなら』するかもしれない、だから知らない顔をするの。‥‥沖鷹お兄ちゃん、ミゼリは悪い子?」
ミゼリの実の親は既に死んでいる。そしてその亡骸を引っ張ってきて、死を認めたくなくて屋敷にあった開かずの間に放り込んで土に埋めたのもミゼリだった。
別れが怖いから何も言わない。知らない振りをして傍にいるのだと言ったミゼリに、沖鷹は複雑な表情で笑った。殻に閉じこもりたい気持ちはわからなくはない。‥‥けれど。
「家族の形には色々あるでござるよ、ミゼリ殿。明日も早い故、もう眠るでござる」
うん、という声が聞こえた。蝋燭の炎が吹き消された。夜は今日も‥‥寒い。
バニスは遠い西の土地へ赴いていた。しかしそのまま捕らえられていた。話を! と牢の中から叫ぶバニス。彼の前に現れたのは金髪碧眼のジャイアントだ。ワトソン君という渾名で親しまれているが、彼はこのラスカリタ伯爵城で執事を務めている。
「大声を出されるので、焦りマシタ。異国でお会いしましたネ。無礼をお許し下さい」
「見返りがあるわけでなし、今更こんな事を頼めるわけでもないのは承知しておりますが、生前のギール老伯の魂を安らかにすると思い手助けいただけんか?」
「申し上げにくいのデスガ、『我が主君』は亡くなられておりマス。彼女はここでは存在も名も暴動を起こす存在なのデス。火種は消さねばならぬが我ら影の僕の使命。ウィタエンジェ様に縁あって訊ねられたならばまだしも、かの方を頼られるならば、我らは貴方を排除せねばなりませ‥‥」
「煩いわね、何の騒ぎなのワトソン君! こちとらあの子達がいなくて忙しいってのに!」
亡き芸術家と瓜二つの、いいやそもそも同じ顔の女性が現れた。
それから数日後、最初に現れたのはキャヴァディッシュ伯爵だった。
農場にご用でしょうかぁ、とにんまり笑って対応するユーディス達。キャヴァディッシュ伯爵をパパママ以上に迎え撃つのはレジエル、リーベ、アリシアの三名。
「なにやらご親戚によからぬ噂が流れておりますが、その辺の身の潔白は証明できますか」
「申し訳有りませんが、ダニエル伯の爵位と領地は国に返却する方針ですし、ブリストルでは沈没騒ぎが発生していたはず。ブリストルにお住まいの伯爵様は物騒ですよねぇ」
「色々とお忙しい身では? 幼子を愛人に迎えては世間体もありましょう。今はご自身の身辺を検める時期かと存じますが。うちのミゼリは既に身の振り方を決めております故」
コォオォォォ、と冷気が立ちのぼっていた。キャヴァディッシュ伯、有無言わさず退場。
二人目はセンブルグ男爵家だった。男爵と弟のレモンドも一緒である。これを迎え撃つのはレジエルとクレアス、リーベだった。センブルグ男爵家とエレネシア子爵家の騒動は随分昔の話とはいえ、汚名は殺ぎきれていないので調べはついた。
「以前カルト教団に所属しておられたとか。危ない経歴の持ち主をミゼリの傍には‥‥」
と攻撃しまくりのレジエルとルーガンの口論に対して隣のリーベ達は平和だった。
「あの根性無しは元気か? そうかそうか、進歩がなければ教育した意味がないしな」
「レモンドさんとの婚約は、ミゼリちゃんが大きくなって、当人達が望めばという事で」
「それがいい。それにしても不思議だ‥‥あの人の小さい頃の『あの人』にそっくりだよ」
扉の隙間から様子を眺めているミゼリに向かって、懐かしそうな顔で手を振っていた。
三人目はプリスタン子爵家のディルスである。エヴァーグリーンとアリシア、ジーンの三人が対応に出た。エヴァーグリーンとジーンに至ってはディルスとその妻エルザの結婚式を見たばかりであった。末永く幸せにと祝った若夫婦に子供が出来ないという話は。
「卿の思いも判るのだが、ミゼリ嬢はギール老伯との思い出もあるこの農場を離れがたく思っておるし、ギール卿も生前ミゼリ嬢が農場を継ぐことを望んでおった」
「ミゼリちゃんを農場から引き離さないで欲しいですの。それにエルザさんを大事に欲しいですの。折角幸せになったですのに‥‥悲しすぎますの」
後見人とまではいかないが気遣ってやってくれないかというジーンに、溜息を吐く。
「医者に言われたんだ。子供は産めないでしょうと。産む子が悪魔憑きであってもエルザの子なら構わないと思ったんだが、産めないと言われてエルザは親父と向こうの親父さんから板挟みになってるんだ。が、嫌がる子を養子に迎えても荒れるだけかな、出直すよ」
「ねぇディルスさん、本当にエルザさんって人と話し合った? 気持ち考えてあげた?」
アリシアに問いかけられたディルスは複雑な顔をして首を振った。そのまま帰った。
四人目は言わずもがな、ジェルマンである。性懲りもなく現れた生意気坊主に対して皆の顔は険悪であった。頭にきていたらしいエイスは問答無用でウォーターボムをかましはじめ、アリシアはローストを小脇に抱えて嫌みを言い放ち、レジエルはジェルマンの悪行を羊皮紙にしたためた物を提示し、ミゼリが大人になるまで待てという意見がバルタザールをはじめとして複数からあがった。皆の目は一言。
『さっさと帰れ』
であった。やけにしつこいジェルマンを対処していた最中、見慣れぬ馬車が現れた。今度は誰かきたのかと殺気立つ面々であったが、馬車の中から現れたのは初日から出かけたままさっぱり帰ってこなかったバニスだった。バニスさん、とユーディス達が駆け寄る。
続いて馬車の中から現れたのは金髪に蒼い瞳の男装の女性。それまで言い争っていたジェルマンの顔色が変わり、身を翻して足早に立ち去っていく。其れを見ていた女性が背後に控えていたメイドの一人を呼んで一瞥すると、ネイと呼ばれた女性は空飛ぶ箒に跨って馬車の後を追いかけた。殆どの者が「何者だ」と顔をしかめる中、一部の者だけ呆然と。
「ラスカリタ伯。どうして‥‥貴女は」
「やぁリーベ。ジーンも。久しいね、少女に領地付きって訊いて僕も混ぜてもらおうかと」
「なんて事してるんだぁぁぁ」
ユーディスが帰ってきたバニスの胸ぐらを掴んで揺さぶっている。厄介ごとを増やすなという気持ちはわからんでもない。落ち着いてくれと懇願するバニス。
「あの、貴女はウィタエンジェ様ですか。私はリアナと申しまして、以前城の奪還を」
「悪魔から城を奪還してくれた者の一人だね。ありがとう。別にお嬢さんを攫いにきたわけではないから、御邪魔しても構わないかな? 扉の前の『真夏の世の夢』のお嬢さんも」
リアナは何か妙な感覚を覚えたが、気のせいだとした。エヴァーグリンはエヴァーグリーンで『自分の絵の名』を呼ばれた事に首を傾げたが、一部で名が通っているのだと訊かされて目を丸くする。リーベがじっとラスカリタ伯を見ていた。
「いいんですか? こんな所へでてきてお忙しい『ウィタエンジェ』さん?」
「勿論。もう『伯爵様』には慣れたよ、とはいえ今日は厄介ごとを話に来たわけじゃない」
訪れた女伯爵『ウィタエンジェ・ラスカリタ』によると、爵位や領地に冠しては興味が無いという。また立場上、慈善作業で領地を管理する気もない。尋ねた理由は一つ。
「ビジネスだ。爵位は君達の好きにすると良い。地方貴族やサンジェルマンという少年が度々此処へ強引な手口できているそうだけど、彼らの排除を引き受けよう。報酬は一千G」
「そちらの方法とメリットは?」
「交流のある貴族達の牽制を行う位は可能だ。方法を問わなければ『消してしまう』ことも出来る‥‥なんてね。こちらもサンジェルマンに対して恨みがあるので、情報を買うという所かな。此処へ頻繁にきているなら部下に張らせる。一千Gと引き替えの安全保証さ」
悪くないんじゃないかな、と伯爵は笑った。心配しなくてもいい暮らしが出来るときいたところで、ミゼリが「おねーさんありがとう」とほっぺにキス。リーベがぼそりと。
「クレアスさーん。『ウィタさん』は大の女の人好きなんだけど」
「ミゼリ! 離れてもどってきなさい」
「酷いな‥‥『僕は』そんなつもりは欠片もないのに。可愛い子は抱きしめたくなるけど」
「さて前々から思っていたがママに一つ教えてくれ、キスを教えた不届き者はどいつだ」
此処最近、ミゼリは事ある事に『ほっぺにちゅう』をするようになっていた。おはようのキス、おやすみなさいのキス、ありがとうのキス。男女例外なくしている。
けれど誰かが教えた覚えはない。
「んーとねー、さんじぇるまん」
部屋が殺気立った。
「ねぇ、クレアスママ、今から馬で走ったらジェルマンの馬車に追いつくと思う?」
「殺りたい気持ちは分かるが、家族に殺人者が出ると困るから抑えろアリス」
賑やかな時間の果てに伯爵の馬車は帰っていく。
「それでは私が一番手で失礼します! 頭上の果物を貫いて見せますのでよくみていてくださいね! そこで万が一が起こっても逃げられそうなユーディスさん、お相手願います」
「なんだその、万が一って。大丈夫だよね? 当たらないよね?」
聖夜祭の前日、一日早いパーティが行われていた。それまで不在だった賑やかさを取り戻すように部屋の中は騒々しい。レジエルが射撃の腕を披露するというが、その果物を乗せる標的が不穏な表情を見せている。
「大丈夫ですよ。そこに薬草を知り尽くした方がいますから、万が一かすり傷をおっても助けてくださいます。私もリカバーが使えますし、沖鷹様もいらっしゃいますから」
アリッサが淡々と語るが「頭を串刺しにされたら死ぬはずだよね」と後込みしているユーディス。危険な芸は盛り上がっていた。見ている分には楽しい。
「言っておきますが、魔法薬ほど即効性の薬草はありませんからね」
「ほら! ラディスさんだって、ああいってるじゃないか」
ぎゃんぎゃん口論している間にも、バルタザールとアリッサとラディスの三人で作られた木が家の中に組み立てられた。気を抜くと抜けてしまう枝だが、その枝に少しずつ飾りをつけてゆく。お手製のツリーにくわえてユーディスの積んでもってきた若木のツリーも置かれて部屋の中は賑やかになった。
「そうだ、プレゼントを忘れてました。はい、ミゼリちゃん」
バルタザールは水妖の指輪をミゼリに渡す。エヴァーグリーンはアンクレット・ベル、リーベはふさふさ襟飾り、沖鷹は魔法少女ローブ+枝をというように。豪華な食事に賑やかな部屋の中で、沖鷹特製メダル入りのクリスマスプティングを全員に切り分けたりと賑やかに過ごしていた。部屋を眺めた蛍夜が呟く。
「一応、これで俺の仕事は終わり、かね。爺さん」
帰る日、エイス、アリシア、エヴァーグリーン、沖鷹、バルタザール達数名が農場に残留する意志を継げた。ミゼリはお兄ちゃんやお姉ちゃんがいてくれるれるなら嬉しいと素直に言った。家族の形は色々ある。遠く離れてしまっても家族であると思いたい。
「‥‥離れ離れはヤなの。我が儘言って、みんなを困らせたくない‥‥けど」
「ミゼリ」
「私は此処しか知らない。沢山の国は分からない。二度と会えなくなって、嬉しいも、悲しいも伝えられなくなって、生きてるのか死んでるのか分からなくなっても‥‥家族なんだと思いたい。‥‥忘れたく、ないもん。傍にいて欲しいもん」
行かなければならない時は仕方がない、けれど時々でいい、会いに来て欲しいと答える。
皆が同じ言葉を解したわけではないだろうが、少なくとも何人かは残る気でいる事にかわりはないようだ。
「それにしても一旦は、ギルドに戻らないといかんぞ」
「僕も休学届けの問題が」
「ミゼリも一緒に行く。そうすれば一緒にかえれるよ」
目を丸くした者達の手を握る。
「それに今日は聖夜祭だもん。聖夜祭のグローリーハンドに行ってみたかったの。夜はすごい楽しいってきいたもん。だから酒場見て王都で一泊してから帰るの」
農場には定期的に近くの人たちが手が足りない分の面倒を見に来てくれている。
その人達に一日だけ、農場をまかせっきりにして、一緒に出かけて王都の賑わいを眺めてきたいといった。手続きを済ませ、置き手紙を残し、荷物を持ったミゼリが大人達の顔を見上げる。
「深夜のグローリーハンドは賑わっていそうですね」
「夜更かしは‥‥体に悪いから‥‥ほどほどにな」
はぁい、と声が返る。
「これから一緒なら、ずーっと、ずーっと『おはよう』と『おやすみなさい』が言えるね」
少女の笑顔が華やいだ。
傍にいて、笑って。
確かな温もりを‥‥大切なあなたに。