【フェアリーキャッツ】月の猫

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜17lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月26日〜07月01日

リプレイ公開日:2006年07月04日

●オープニング

 目の前で‥‥大切なものが奪われた。
 愛する人、幸せだった時間。
 そして、今、自分の命も消えようとしている。
 死にたくない。心からそう思った‥‥。

 目の前で、今、大切なものの命が消えようとしている。
 自分には、助けることもできず、どうすることもできない。
 自らの無力さと、この運命を与えた者の身勝手さを怨まずにはいられない。

 神よ。とは彼らは祈らなかった。
 神など知らない。助けを求めたことも、助けられた事も無い。
 人々の足元でうち捨てられる定めの彼らの思いに‥‥。

『その願い、叶えよう‥‥』
 
 悪魔が囁くまでは‥‥。
 微かに鈴の音が鳴り響くまでは‥‥。


 その二人連れは恋人同士に見えない‥‥事も無かった。
「頼みがある。依頼は俺の護衛だ。腕のいい冒険者を寄越してくれ」
 二人連れの男の方は、恰幅のいい身体を揺すりながらそう言った。
 彼はキャメロットの商人ロス、恋人の名はエリアと名乗って
「ジューンブライドに合わせたわけじゃあないが、近いうちに結婚するんでな。それまで怪我をする訳にゃあいかないんだよ」
 と嬉しそうな顔で言った。
「ほお、そりゃあおめでとうよ」
 明らかに棒読みで係員はそう言った。本当に結婚を望みあう恋人同士ならばこんな口はきかない。
 だが、横に立つ娘の表情は暗い。
 明らかに結婚できて幸せ、などと言う顔はしていないのだ。
 そういえば、と思い出す。
 キャメロットのギルドが再会される少し前、殺人事件があった。
 殺されたのは若い吟遊詩人。彼女はその‥‥恋人ではなかったか。と。
「で、何から守るんだ? 盗賊か? それとも‥‥」
「猫だ」
「はあ?」
「猫だ、と言ってるだろう? 猫が俺を襲ってくるんだ! しかもたくさん、いろんな猫が、だ」
 男は心底怯えきっている。だが、その恐れに嘘は無いように思える。
「外に出ようとすると、路地裏から猫が出てきて手足を引っ掻いたりする。足元をいきなり通り過ぎて転ばされたこともあった。挙句の果てには家の中に忍び込んで部屋中を荒らしていったこともあった」
「それも、猫が?」
 頷き、震える男。確かにこの男にとって猫は怯えるだけの理由を持っているのだろう。
「特に夜がヤバイ。月夜になると猫達が、あっちからもこっちからも集まってきて‥‥」
 だが、それでも半信半疑であるので、もう一度確かめてみる。
「つまり、高額の依頼料を出して、腕利きの冒険者を雇って頼む仕事ってのは‥‥」
「野良猫退治だ。この近辺の野良猫全部退治してくれ。殺してくれれば一番ありがたいが、俺の目の届かないようにしてくれればまあ、構わない。来月の俺の結婚式までにだ」
 横に立つ恋人の肩をいきなり横抱きして、彼はニカッと嫌な笑いをする。
「猫の数はそんなに多くは無いはずだ。数にして20〜30ってところだろう。冒険者にはそう難しいことじゃないはずだ。頼む‥‥。ああ! 一つ言い忘れてた」
 帰りかけた足を止めて、男は振り返った。
「一匹だけは必ず殺してくれ。群れのリーダーだと思うんだがな。銀と黒のサバ虎猫だ。あいつはな。マジで俺の事を殺そうとしてる。そんな殺気を感じるんだ。普通の猫より大きくて、変な首輪みたいなのしてたから解るだろうよ」
 その男の目は、殺気さえ感じるほどに血走っていて不自然さも感じるが、とりあえず依頼は依頼である。
 受理して張り出すことにした。
「‥‥あの‥‥」
 さっきの娘、エリアが話しかけてくる直前までは。
「? なんだ? どうしたんだい?」
 娘は躊躇うように顔を伏せ‥‥そして言った。
「あの人の‥‥依頼なのですが‥‥猫を退治する時、探して欲しい猫がいるんです。そして、その猫は殺さず守って欲しいんです。彼の依頼から‥‥」
「猫を殺さないで欲しい?」
「はい。純白の毛をしたメス猫です。名前はディーナ。黒いリボンに白い鈴をつけていて‥‥、半年前から行方不明になっていて‥‥」
 何か、思い入れと理由があるのだろうか? 
 気になって聞こうとする前に‥‥
「早く行くぞ!」
 男の呼ぶ声がする。
「あ、はい‥‥。今行くわ。‥‥お願いします」

 帰り道。月の光が街を照らす。
「ん?」
 係員は顔を上げた。
 チリン。
 微かな音が鳴った気がしたのは気のせいだろうか?
 振り返った月影に猫の影が見えたような気がしたのは夢ではないと思う。
「人を襲う猫‥‥か‥‥」
 猫達も愚かではないはず。人を襲うリスクは知っているだろう。
 なのに何故?

 彼らは何を思って行動しているのだろうか?
 ふと、通り抜けていった猫の影を見送りながら、そんな考えが胸を過ぎった。
 
 

●今回の参加者

 ea0403 風霧 健武(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0424 カシム・ヴォルフィード(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea0448 レイジュ・カザミ(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ライカ・カザミ(ea1168)/ ベルセザリア・シェフィールド(ea1540)/ リデト・ユリースト(ea5913

●リプレイ本文

○どちらの味方?
「お前らは一体どちらの味方なんだ? 猫か? それとも私か?」
 声を荒げた依頼人を前に、冒険者達は口を閉ざす。
(「勿論猫‥‥と言いたい所だけど、これも仕事だからねえ〜」)
 心の中で呟くレイジュ・カザミ(ea0448)の思いは、この依頼に参加した冒険者、全ての思いだった。
 思いの大小、その差はあれど、依頼を受けてみたものの、肝心の依頼人。商人ロスへの好感度は一刻ごとに目減りしていく。
「猫はツーンとした匂いとか、酸っぱい香りとかが嫌いだからそういうのを身につけておくといいと思うぞ。できれば家の中に蒔いたり焚き染めたりするとなおいいと思うが‥‥」
「冗談じゃない。そんなことをしてられるか! 猫を全部退治してしまえばすむことだろう!」
 リ・ル(ea3888)が猫避けのアイデアを提案してみればそんな面倒はごめんだ、と言わんばかりに鼻を鳴らす。
「失礼とは思いますが‥‥、猫に怨まれるような心当たりはお有りですか? もし有るのならお聞かせ頂きたいのですが‥‥」 
 とリースフィア・エルスリード(eb2745)が問うてみれば
「失敬な小娘め! そんなもの有るわけなかろう! 恨みなど‥‥そもそも猫にまともな感情や知性などあってたまるものか! そんな事を考えるよりも先に猫をとっと始末するのだ。高い金を払っておるのだぞ!」
 聞く耳持たず、まともな答えすら返さない。
 正直、この男にはつける薬さえ無い。見かけ以上に小心なロスに向かいやれやれと閃我絶狼(ea3991)はわざと大げさに肩を竦めてみせた。
「あのさ、猫を嫌うのは勝手だけど、そう見下したもんじゃないと思うんだ。猫もさ」
「‥‥ジャパンの物語に主人を殺された猫が、恨みを果たす為に化け猫になり相手の一族七代に亘って祟り殺したと云う話がある。そんな伝説が残るほど、猫というものは優れた生き物なのだということを覚えておいた方がいい」
 今まで沈黙していた風霧健武(ea0403)さえ、そんなことを言う。
 依頼を引き受けたからには自分の部下のような存在なのに!
 言う事を聞かない、思うとおりにならない相手にロスはイライラと足を踏み鳴らす。
 そして、
「じゃあ、白い猫に心当たりは‥‥、ってわあっ!」
「大丈夫ですか? カシム様」
 そこで堪忍袋の緒が切れたらしい。カシム・ヴォルフィード(ea0424)を軽く突き飛ばすと怒鳴った。
 よろめいたカシムをセレナ・ザーン(ea9951)が支える。
「白猫など知るものか! そんなものいるわけが無い!」
 ロスの顔に浮かんだのは明らかに驚愕、そして
「出かける! 何人かはついてこい? 留守は任せるから、猫を一歩たりとも入れるではないぞ!」
 結婚式に向けた特注の洋服や、飾りが置いて有るのだから。肩を怒らせ、ドスドスと‥‥出て行った。
「やれやれ」
 誰が出したか定かではない言葉が冒険者の思いを代弁している。それでも、依頼は依頼。仕事は仕事。
 依頼人を一人にするわけにもいくまい。
 顔を見合わせ役割りを決め、二手に別れて冒険者達は動き出した。

○望み無き結婚
 そもそも、この結婚自体望み望まれた幸せなものでは無いような気がする。
 あの暗い顔の女性を見たときからそんな予感がしていたが
「まさか、そんなことが‥‥な」
 小さく舌打ちしながら真幌葉京士郎(ea3190)は呟いた。
 リデト・ユリーストと一緒に依頼人の周辺について調べてみたのだ。
「依頼人を疑いたくはないが、念の為だ」
 ‥‥商人と聞いていたが元々評判が良くないであろうことはなんとなく解っていた。
 だが、ここまで評判が悪いとは思わなかった。
 脅し、恐喝まがいのことを繰り返し商売を大きくしていった。
 目的の為には手段を選ばない恐ろしい男だと、誰もが口にする。
「エリアはこの近くで小さな酒場をやっていた一家の娘でな、看板娘だった。明るくていい子だぜ〜」
 優しく気立てがよく、明るい彼女は周囲のアイドルで、彼女目当ての客も、彼女狙いの客も多かったという。
 その中で、彼女が選んだのは旅の吟遊詩人レイ。酒場に彼が来たのをきっかけに恋仲になったという。
 彼も旅を止め、酒場に落ち着いて見事な歌を彼女の為に披露するようになった。
 それに涙する男も多かったが、彼のパートナーであるという白猫を抱き、彼を見つめるエリアはとても幸せそうだった。
 二人はとてもお似合いで、間に入る隙は無いと誰もが納得さえをしていたという。
「両親も認めて、近いうちに結婚するだろうって話も出てたらしいんだがな」
 幸せ一杯の家族。それは、半年前突然崩壊した。
 吟遊詩人レイが殺されたのだ。胸を刃物で刺された挙句、杖のような棒で幾度と無く殴られた形跡があった。
 誰かの恨みをかってのかと思われるほど死体の状況は酷かったと言う。
「落ち込んだエリアちゃんに追い討ちをかけるように両親が事故にあった。怪我をして働けなくなり、エリアが看病をしなければならなくなって‥‥」
 困り果てた所に助けの手を伸ばしたのがロスだという。彼は酒場を改装し、人を雇い、店を賑やかにした。
 かつて求婚者の一人だったロスにエリアはとても感謝をしたという。
 看病に専念し両親がなんとか回復した頃に、店を乗っ取られるなど思いもせずに。
「いつの間にか借りていたことになっていた治療費や、店の改装代、人件費などは膨大で、それを盾に結婚を迫ったロスを、彼女も断れなかったんだろうよ」
 それが、あの花嫁の暗い表情の原因だったのだ‥‥。
「その吟遊詩人の飼っていた猫は、白猫、と言ったか?」
 京士郎の問いに話に答えてくれた近所の店の店主は頷いた。
「純白の猫で黒リボンに白い鈴つけてたっけ。美人な猫だったよ。飼い猫だけど、この辺の野良猫とも上手くやってたみたいで時々路地にいるのを見かけたぜ」
 ならば、それがディーナだろう。だが、事件後姿を見ないと聞いて京士郎は腕を組む。
「なんだか、嫌な予感がするな。この事件‥‥!」
 背後に気配を感じ振り返る。そこには漆黒の黒猫が金の瞳を光らせていた。
 追おうと足を踏み出した瞬間、猫は地面を蹴り走り去る。
 生まれた嫌な予感を連れ去ることなく。

○無言の眼差し
 静かに、手を差し伸べてみる。
 路地裏にいた小柄な猫を、脅かさないように、警戒させないように‥‥
「あっ!」
 気がつけば瞬きの間に、その虎猫は走り去って行ってしまった。
「オーラテレパスを使ってみたのですけど、逃げられてしまいましたわ」
 残念、という面持ちのセレナに仕方ないだろう。リルの声が笑う。
「あいつは尻尾を全体に左右に動かしていただろう。あれはこっちを警戒している、イライラした様子なんだ。そもそも野良猫は人間を簡単に触らせてなんかくれないもんだぜ」
「そうなんですか」
 セレナは顔を上げる。眼差しは去っていった猫をまだ見つめている。
「私、まだ猫に触ったことがありませんの。だから、憧れのようなものがありますわ。甘いと‥‥思われるかもしれませんが」
 周辺に猫避けや、猫捕獲の為の仕掛けを作っていたリルは首を振る。
「いや、いいと思うぜ」
 猫を傷つけないようにそう意図された仕掛けと行動には、愛と呼べるに近い思いがあった。
「俺だって同感だ。本来なら猫退治なんて依頼、絶対に受けないんだが‥‥」
「この家の周辺には、どうやら他の場所よりも猫が集まっているだね。無論、気を許している、という感じではないけど」
 むしろ真逆。こちらに感じるのは敵意と、警戒だ。とカシムは思う
「そもそも猫は団体行動を好まない。群れで人を襲うなんておかしな話だ」
「そんなことは普通ありえない。あるということは、理由が有るってことだよね」
「‥‥可愛いにゃ〜!?」
「「「は?」」」
 聞きなれない台詞に背後を振り返ると、そこには目じりを下げ微笑む健武の姿‥‥
「ハッ!? 俺は今、何を?! いや、今、そこにしなやかな身体の雌猫がいて‥‥あ、ああ、そんなことはどうでもいい」
 慌てて我に返った健武はコホンと咳払い真面目な顔を作る。彼を見つめる三人の眼差しが妙に生暖かいのもとりあえずは気にしないことにして彼は仲間に目線を向ける。
「話が有る。レイジュや京士郎も戻ってきているし、来てはくれまいか」
 自分達を呼びに来た健武の目が、光を帯びている。彼は確か今日ベルセザリア・シェフィールドと聞き込みに回っていた筈だ。
 冒険者達は頷き、家に向かう。
 一度だけ、振り返ったリルの視線の後方。暮れかけた日の生み出す影の中に、猫達の視線を彼は感じた。
 普通ありえない。ならば普通ではない何かがあるに違いない。
 それを、知りたかった。

○猫達の思い
 空の色が漆黒の漆黒から濃紺へと変わっていく、明け方。
 周囲の空気が一変したのを感じリースフィアは手を握り締めた。
「‥‥本当に結構な数だな」
 絶狼が思わず口にしたとおり二桁を完全に超える猫が屋敷の周辺を取り巻いている。
 大小、色も外見も様々だが全員に紛れも無い敵意があった。
「でも、僕らに‥‥じゃない?」
 尻尾を激しく横に振る猫達。
 レイジュにはこの動作に覚えがあった。猫の嫌悪と苛立ちの仕草。それは全て屋敷の中の誰かに向けられている。
 自分達が叶わぬ人間に、それでも束を為して向かわなくてはならないほどの猫達の思いが見えるようだ。
「噂のリーダーはいないね? ひょっとしたらキミ達は囮かい?」
 カシムの問いかけに、猫達は答えない。
『キシャアー!!』
 館の中から闇を裂く様な一際大きな唸り声が聞こえる。外を取り巻いていた猫達もそれに反応し動き出す。
 決意を示すように背中を弓なりにし、攻撃体勢!
「皆さん‥‥」
 リースフィアの言葉は一言。だが、全員に思いは伝わった。
「解っている!」
 手に持ったハリセンをわざと大ぶりに京士郎は振る。身をひらりと返した猫達は
「!」
 声にならない声を上げて、地面に転がった。
「なるべくは殺したくない。解ってくれよ‥‥」
 目の前の猫と、屋敷の中、通じる筈は無いと思うがそれでも、レイジュは剣を振るいながら思わず呟いていた。

 リルはその猫に向かって話しかけた。
「お前さんは、ただの猫じゃないのかな?」
 鈴のかすかな音色だけが答える。
 猫に通りにくいように、窓や入り口は塞いでおいたのにそれをすり抜けて『彼』はやってきた。
 しかも屋敷の最奥。依頼人の寝室にだ。
 猫達は周辺に多くいた。依頼人が護衛に冒険者を雇った、までは知れずとも『何か』が違うということを感じ取っていた筈である。
 だが、それでも『彼』はここにやってきた。
 窓際に佇む月光と夜を纏う大柄な猫。首には似つかわしくない黒いリボン、白い鈴。
「何故、この方を襲うのですか?」
 思いを抱いて立つ『彼』に向かってセレナはどうしても聞きたかった事を全身全霊で問いかけた。
 一瞬『彼』の身体が震えるように揺れる。そして‥‥
「えっ?」
「何?」
 セレナの問いに答えるように『彼』の背の気が逆立った。同時に彼から何かが抜け出し、セレナに移っていくように見える。
「キャアア!」
「セレナ!」
 リルは慌ててセレナに駆け寄った。彼女の目線が空を彷徨い、足元が崩れるのをなんとか支える。
「そんな‥‥」
 呟くセレナ。まるで自分のことのように悲しみと恨みが胸を支配する。‥‥涙が止まらない。
「ーー!」
 猫が鳴く。
 名前を呼ばれたような思いに身体を起こしたセレナは、今、自分の中にいたものが離れたのを感じた。
「待て!」
『彼』は冒険者に背中を向ける。まるで、あの男がいないならここに用は無いと言うように。
 健武は手を伸ばし捕らえようとする。彼の手が、猫の首元にかかるが
「!」
 驚く敏捷で猫はその身を返した。残ったのは銀の毛と鈴のついた黒いリボンのみ。
 白い鈴には赤黒い染みが‥‥ついていた。
 猫に、人間の感情を重ねていいものだとはリルは思わない。
 だが振り返った『彼』の眼差しは、人が愛する者を失った時の切ないまでの思いに酷似してるように思えたのだ。

 暗闇が開けた時、そこに残っている猫の数はごく僅かだった。
「なんだったんだ? 今の?」
 息を切らせるレイジュの疑問に答えられる者はいない。
 マタタビを使い、鼠で気を逸らす。魔法と威嚇攻撃を駆使して冒険者達は猫の群れに挑んだ。
「できるなら、一匹たりとも殺したくない」
 思いは皆同じで、足元に転がる猫達は殆どが明確な傷を負ってはいなかった。
 叶わないと解っても彼らは逃げようとはしない。
「どうして?」
 思った矢先、一際高い猫の鳴き声がした。と同時。冒険者達の前に一匹の黒猫が飛び込んでくる。
 今までいた猫とは違う。まさか?
 驚くより早く猫は何事かを呟いたのだ。
 それが呪文だと気がついた時、冒険者の周辺は漆黒の闇に覆われる。
 そして、今、数匹を除いた猫全てが場から消えていた。
「呪文を使う‥‥。あれは、猫型の妖魔でしょうか?」
「かもね。姉さんが言ってたあれかな? ‥‥グリマルキン?」
「この事件も裏で悪魔が暗躍しているか?」
「で、どうする? この猫達。エリアさんが言ってた猫はいないみたいだけど‥‥」
 足元に転がる猫達を指差しながら絶狼は仲間に聞く。依頼人の願いに添うなら殺しておいた方がいいだろう。
 だがレイジュは首を振る。
「ごめん、ここまでで精一杯。こんな可愛い生き物を殺すなんて‥‥」
「僕も同感。それは、譲れない」
 守るように立ちふさがる仲間を除去しても猫達を駆除しようとする者は誰もいなかった。

○一つの答え
(「目の前で、あの人が‥‥。どうして? どうして?」)
 悲しい思いが、今も胸から離れない。
「リーダー猫を逃がしただと? この役立たずが!」
 叱責する依頼人。だがこの男の顔を今、セレナはまともに見ることが出来なかった。
 あの不思議な感覚が彼女に宿り、残していったのは悲しみ、恨み、そして敵意。
 彼を、自分を踏みつけ、命を潰していった憎い男。
 証拠は無い。
 だが、集めた情報から、簡単に想像がつく一つの結論があった。
 そして、この思いがそれを裏付ける。
「あの方は、彼を殺したのですね。そして、貴女も‥‥」

 目の前で、一人だけ幸せになろうとする男がいる。
 多くの思いと命を踏みにじって。
「いいか? 今度は皆殺しにするんだ! 解ったか!」

 冒険者は答えない。ただ、それぞれの思いで彼とその横に立つ者を見つめていた。