【思いを継ぐもの】水底に沈む過去
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月29日〜09月03日
リプレイ公開日:2006年09月06日
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●オープニング
彼は働き者だった。
上司の言う事を良く聞き、真面目に働く。
その姿は、同じ職場で働くもの全てが感心させられる程であると、報告を受け、久しぶりに家に戻った主人は満足そうに笑う。
「そうか‥‥。思った以上の拾い物だったかもしれないな。うむ、美味い」
運ばれてきたハーブティは香り、温度、入れ具合まで文句の付けようが無いのだ。
はい、と白い髪の老人は答える。
数ヶ月前、まだ寒い冬の最中、川に流されていた青年を見つけたのは彼と、彼の若い主だ。
当時は命も危うかったが、今では体調もすっかり良くなって、自分から家の仕事を手伝っている。
実は、最初家令は青年を家に入れることに反対していた。
何故なら、‥‥青年は記憶を失っていたから。
自分の名前も、過去も曖昧で、ただ
「‥‥自分には戻る場所は無いということだけは解るんです。どうか、ここに置いて下さい」
涙ながらに言った青年の願いを主はあっさりと受け入れた。
主の大らかさに呆れながらも、使用人が多いわけではないこの館。人手は慢性的に不足気味なこともあり、家令もしぶしぶながらそれを認めたのだった。
身元もはっきりしない青年と、心配げだった者達も今はすっかり仲間として受け入れている。
彼はその働きで、仲間達の信用を勝ち得た。
今は、家令自身も我が子か孫のように感じるほど気に入っていた。
「それに彼はおそらく以前、どこかでも従事の職を体験してきたものと思われます。正式な教育を受けているようですし、主人や周囲の者達に対する気配りもなかなかのものです。彼が、しっかりと成長してくれれば私も、安心して故郷に戻れます」
その言葉に、主は苦笑し、頭を掻く。
「お前は優秀な家令だからな。故郷でゆっくりと暮らしたいという願いを直ぐに聞き入れてやれなくて申し訳ないとは思っている」
主の思いやりある言葉にもったいない、と老家令は頭を下げた。
この若い主に仕えるようになって僅か数年。だがそのひととなりに不満を持ったことは無い。
生涯をこの主に捧げてもいいとは思うが、足手まといになりたくないという思いもあった。だから‥‥
「ただ、やはり気がかりはございます。それさえ解決すれば本当に思い残すことなく彼に後を任せられるのですが‥‥」
「一つは、あの傷と濡れていた身体だな‥‥」
思い出すように主人は呟く。彼を助け出したとき、その背中には深くナイフが刺さっていた。
背中に自分でナイフを付きたてるのは簡単な事ではない。
誰かがそれをなしたと考えるのが妥当だろう。まして冬の川に流されていたとすれば‥‥。
「みすぼらしいありふれた服と、首からかけていた宝石付きの金の鍵。手掛かりはそれだけだったな‥‥」
「はい、後は服に縫われていたリフという名前のみ。それも本名かは定かではありません」
立ち上がって残ったお茶を、主が飲み干すのを家令は黙って見つめていた。
何かを待つように‥‥。
「俺はまた、暫く城に詰めることになる。当分、戻れないだろう。冒険者に力を借りてこの件について調べてみてくれ。全てはお前に任せる」
微笑む主の優しい眼差しに、老家令は静かに頭を下げた。
スタインと名乗ったその老人は年を感じさせない伸びた背筋で冒険者ギルドに立った。
「調べて欲しいことがございます。主より預かる我が館にリフという青年がおります。その青年の身元を調べて欲しいのです。本人に知られずに‥‥」
「本人に知られずに‥‥ってか? なんでまた?」
係員の問いに、スタインは答える。
冬のある日、川で傷を負った青年を助けたこと。
命を取り留めた彼が記憶を失っていたこと。
そして、自分には帰る場所が無いと、館で働くようになったことを。
「おそらく、何らかの事情が存在するものと思われます。万が一リフの命が誰かに狙われるような理由があったのだとすれば我々が下手に動くことは、彼の命を危険にさらすことに繋がるかもしれません
だから、有る程度の情報が得られるまで彼は自分の主の名も、その屋敷の場所も言わないと言う。
その代わり、と彼が来ていた服と彼の持っていた荷物を全て置いていく。
リフと名前の縫われた上衣とズボン。金具のついたベルト。
そして大きな宝石のついた、衣服にはどう見ても似合わぬ‥‥金の鍵。
「でかい青石だな。それに‥‥小さく紋章みたいなものが刻まれているような‥‥」
「これらは全て皆様にお預け致します。調査にお役立て下さい。私は、毎日夕刻、ギルドに参りますので報告はその時に‥‥。今回は、冒険者の経験を問いませぬ。知識と行動力が有る方なら誰でも構いませんのでよろしくお願いいたします」
お辞儀をしてスタインは立ち去ろうとする。
思い出したように一度だけ立ち止まり、二つの事を言い残して。
一つはリフの外見。茶色い髪に鍵についた石そっくりの青い瞳をした20歳前後の青年だということ。
そして‥‥
「我が主は、冒険者の皆様を心から信頼しておいでの様子。なにとぞよろしくお願いいたします」
スタインは、冒険者の実力をまだ知らない。
だが主の言葉を信じると、頭を下げた。
彼の主が誰かは、解るようで解らない。
だが、その人物が冒険者とギルドを信じるならば、それに応える人物を。
そう願って係員は依頼を貼り出した。
●リプレイ本文
○優しい依頼人
「お初にお目にかかります。私はスタイン。此度は我が主の依頼を受けてくださりありがとうございます」
依頼人の丁寧な礼を受け冒険者達は少し、恐縮の顔で手と首を横に振った。
「いえ、お気になさらず。我々もお役に立てるように全力を尽くしますので」
「スタインさんにも色々と詳しい話をお聞きしたいのですがぁ、正直に答えてくださいねぇ」
夜桜翠漣(ea1749)の言葉を引き継ぐようにエリンティア・フューゲル(ea3868)はニッコリと笑う。
気の抜けそうな笑顔ではあるが、そこは相手も人相手のプロだ。
表情も、態度もまったく変えず、冒険者達の質問などに答えていく。だが
「ふん、やっぱりか‥‥」
その様子を少しはなれたところからキット・ファゼータ(ea2307)は見つめていた。
依頼人の顔に見覚えがある。
あれは今年の初め。公現祭の日‥‥。
(「まあいい。今回は無理に顔を合わせる必要もないだろうしな」)
思いを口には出さず、彼も背中を預けていた壁から外して話の輪の中に入っていく。
調査の仕事には情報が何より大事だ。聞き逃す訳にはいかない。
「へっくしょん!」
あちらでくしゃみをしている忍者のようにならない為にも。
「リフ殿は、川に流されていたとのこと。調査の基本はやはり現場! さっそく川に潜って調査するでござる!」
川に褌一丁で飛び込んだ葉霧幻蔵(ea5683)は
「オシャレに“ひょっとこのお面”は忘れぬでござる! では!」
とドボンと水に身体を沈めて後、気付く。
「果たして数ヶ月前の手掛かりが水底にあるであろうか‥‥」
小さな仔猫を抱きながら一言。
「‥‥やっぱり地道に聞き込みするでござる」
閑話休題。
「隠密的な依頼として、行動するとしましょう‥‥。その方がよろしいのでしょう?」
提案した大宗院透(ea0050)の言葉にお願いします。とスタインは頭を下げた。
この件が最初から危険な匂いを孕んでいる事は『彼ら』にも解っている筈だ。
状況を少なくとも悪化させないように気をつけなければならない。
「それから‥‥一つ。その鍵についてもお調べいただきたい」
細かい状況などの質問を答え終わった後、スタインはシエラ・クライン(ea0071)の握る鍵を見つめ言った。
「無論、そのつもりですが‥‥何か気がかりなことでも?」
シエラの問いかけに、初めて迷いの顔を見せてスタインは答えた。
「リフは背中を刺され、川を流され、記憶を失っていたと申しました。‥‥ですが、その鍵だけは首から紐を下げ、手に握りしめ離さず持っていたのです。屋敷に引き取ってからも肌身離さず」
この依頼の為に借り受けるまでリフは本当に鍵をいつも身につけていた。そして借り受けの時も
『ご主人の命とあれば仕方が有りません。どうか無くさないで下さい。その鍵は大事なもの、命よりも大切なもの、守ると約束したもの‥‥と思うのです』
と言っていた。泣き出さんばかりに。
「彼との約束でもあります。その鍵は紛失にご注意を、そして‥‥」
改めて幾度めかの最敬礼を、スタインは冒険者に向ける。
「主とリフに成り代わり‥‥どうぞよろしくお願いします」
「任せて下さい」
下げられた誠実な頭に冒険者達は心からの返事で答えたのだった。
○愛を忘れた青年
緻密に意匠を込めた黄金細工。透き通った青石。
目を閉じると光が瞼の裏に思い浮かぶ。確かに美しかった。
「かなり古いようでもありましたし、あれだけの細工‥‥。その辺に簡単にあるような品では無い筈ですが‥‥」
王宮図書館の薄暗闇の中でシエラは言いながらため息を付いた。手元には羊皮紙に写し取った紋章の絵がある。紋章学の心得もあるし、ここから何か情報を得られないかと思ったのだ。
今ごとあの鍵そのものは透達が持って宝石商や宝石細工師を調べているだろう。
(「あの鍵自体が持つ金銭的価値、もしくは文字通りこれが何か大切な何かの鍵である場合、それが原因で彼が狙われているなら話の辻褄は合う気がしますけど‥‥」)
「これでもなくて‥‥あっ!」
何か記録が残っていないか、幾つもの書物を紐解いた何冊目かで、彼女はそれに辿り着いた。
「これ、ですね。え〜っとハリス伯爵家?」
古く続いた由緒正しいイギリス貴族の一つのようだ。領地はキャメロット近郊。だが既に手放されている。没落した貴族の一つらしいと言うことしかここでは解らなかった。
「あれは、貴族の宝、ですか‥‥」
シエラは静かに、だが急いで立ち上がる。嫌な予感がしていた。
(「貴族の宝であるのなら、鍵を求める人もいるでしょう。そして、彼が川に流されていた状況から鑑みるに‥‥」)
強く手を握り締め、小さく呟いた。
「その場合、鍵を求める側は殺人も厭わず、事を表立たせるつもりも無いということなのですね‥‥」
仲間との合流の為に動き出した足はいつの間にか駆け出すと言うほどに早く動いていた。
リフ。
丁寧に縫いこまれた名前を指で翠漣は指でそっと擦った。
預かった服は背中に刺さったナイフと一緒にほぼ、彼が発見された時のまま冒険者に渡された。
水に濡れた服からは血痕も殆ど洗い流され、直接何かに結びつくような手掛かりは残念ながら服には残されていなかった。
だが‥‥
「彼は愛されているのですね」
女性だからこそ解る繊細さで、彼女は服に残されていた一番大事な手掛かりを見つけ出す。
上衣はキャメロットでは良く見かけるありふれたもの形だが布は上質な織りだ。水に濡れた筈なのに色落ちが少ないと言うこと、金具のついた上等のベルトもこの服が決して低い階級の世界で作られたもので無い事を意味している。
なおかつ、
「とても丁寧に一針、一針縫われています。この細かい針目は心を込めた証。親か、恋人か‥‥どちらにしてもリフさんを大切に思う女性しか縫えないもの」
リフと言う名は偽名ではない。この名の縫い目に込められた思いにかけて‥‥。
そして‥‥顔を上げる。
「翠漣さん‥‥」
呼びかける透に頷いて、前を向く。
目の前にある古い屋敷。その庭先で働く悲しそうな瞳の少女。
彼女こそがこの服の縫い子なのかもしれないと思いながら‥‥。
冒険者達は数日をかけて様々な方向から調査をかけた。
シエラは紋章から、透は鍵から、翠漣は服から。
そして残った男衆は変装までをしながら、川の上流を足で聞き込んで回ったのだ。
手掛かりは僅かだがあった。
「この鍵は扉を開けるものでは無いだろうと、細工師は言っていました。おそらく箱を開ける為のもの‥‥」
しかも、この鍵の細工に見合う丁寧な細工箱、しかもかなり古いものであろうと細工師は言っていたと透は仲間達に伝える。
つまりそれだけの細工物を所有する者、使用人に上質の服を着せるものはやはり金持ちの家であろうということ。
冬の川を流されてきたとはいえ、背中にナイフを刺され彼は生きていた。ということはそう遠くない所の可能性がある。
そして、もう一つ。
「川を流れてきた、ということは上流から下流に向けて落とされたってことだろ?」
「うむ、そしておそらくは玄人の仕業ではない。欲に駆られた者の仕業であろうというなら‥‥」
場数を踏んだ冒険者達はこうして調査をはじめ、最終的にキャメロット郊外の一軒の家へと辿り着いた。
シエラが見つけた紋章の主ハリス伯爵家の最後の一人が、住んでいた家にだ。
「そこにはさ、今、ある商人の兄弟が住んでるんだよ。そいつらが、どうも嫌な感じの男達でさあ」
キットは不満そうな思いを隠そうともせず呟く。さもあろう、と頷いたのは幻蔵だ。
「可愛い小物売りの幻子ちゃんの聞いた話では、没落した伯爵家の最後の一人は、ご老人であったという。家族に先立たれて後、家は没落に任せ余生を最後までついてきた若い従僕とメイドと小さな家で静かに暮らしていたという」
若い従僕。その言葉に冒険者達は頷き合う。意味は、勿論解っている。
「だが、いつからか遠縁と名乗る男達が住み着き、あの屋敷に住み着いた」
「そして‥‥老伯爵は今年の冬、息を引き取られた。その直後若い従僕は行方不明になったそうである。主人を殺して逃げたなんて噂もあったらしいのであるが従僕の行方は知れず、伯爵は葬られ今もあの館にはメイドとその男達が住んでいるのである」
家の中に入らず、リフの名を出さずに集められる情報はこの辺が限界だとキットはため息をつく。
本当は忍び込みさえ考えたのだが、男達に止められたのだ。
『えへっ、ごめんよ。僕、中に入っちゃった玩具をとりたかったんだ』
子供の顔つきに隠した観察眼で見た男達は屈強な戦士崩れ。下卑な顔つきもどう見てもごろつきに近いように見えた。
「これを報告すれば、依頼は終わりかもしれない。けど‥‥さ」
キットは唇を噛み締めた。あの男達の住まう館で一人働く少女‥‥。
「もう少し〜、情報をあつめてみましょうかぁ〜。リフさんの為にもぉ〜」
今まで黙っていたエリンティアが腰と顔を上げる。一緒に仲間達頷いて前に進む。
「そうだな。この程度の情報くらいで戻ってたら、あいつになんて笑われるか!」
小さく笑って、キットも後を追いかけた。
○館の主
「えっ! それは‥‥? はい、解りました」
取次ぎを頼んだ少女はエリンティアの言葉に頷くと屋敷の中に戻り主人への取次ぎをしてくれた。
おそらく応接室だった場所で彼らを向かえたのは現れたのはダニエルと名乗る男。キット達の情報に寄れば三人兄弟の長男の筈だ。
「何の御用かな? 今、申し訳ないが取り込んでいるのです」
男は明らかに胡散臭いものを見る目で、冒険者を見ていた。
元は良い調度が並んでいたであろう館は、今は最低限の家具さえも見当たらない殺風景な部屋になっていた。
「ええ、取り込んでいるのはわかりますぅ〜。お引越しの用意でもなさっているのですかぁ〜」
帰れとあからさまに言っている視線をさらりと受け流してエリンティアは微笑む。
エリンティアの後ろには彼を守るように隙の感じられない眼差しでダニエルを見つめる女性達。
それを、彼も感じたのだろう。無理に追い出そうとはせずに客に話を促す。それを受けて、エリンティアはニッコリと笑った。
「僕たちは〜、冒険者でぇ〜、ある行方不明者の捜索を依頼されてきましたぁ〜。こちらにリフさんという方がお勤めでは無かったですかあ?」
「リフ?」
その名を聞くと同時、ダニエルは椅子を蹴り倒すように立ち上がってエリンティアの胸倉を強く掴んで引き上げた。
「そいつは、泥棒で俺達の叔父貴の仇かもしれない男だ。どこだ! どこにいる!!」
「泥棒だの、仇だの穏やかではないですねぇ〜。何か事情がおありならお聞かせ頂けませんかぁ〜?」
「お前達に関係は無い! さあ早く言え、さもないと‥‥!」
凍りついたようにダニエルは言葉を止めた。
「さもないと、なんでしょう?」
翠漣が冷静に静かに告げる。‥‥エリンティアの背後、そこには素早く臨戦態勢についた女冒険者達がいた。
いずれも隙がなく、強い眼差しをしている。僅かながらでも心得があるのだろう。
ダニエルは小さく舌を打つと、押し出すようにエリンティアを離した。
不利を察したのであろう男にまったく変わらない笑顔でエリンティアは言う。
「リフさんはお亡くなりになっているんですぅ〜。埋葬もすませましたぁ。身元がはっきりとしなかったのでぇ〜、下流からあたってきたのでここまで辿り着くのに時間がかかってしまったのすぅ〜」
ガシャン!
何かが落ちる音。冒険者達はとっさに振り向いた。
「‥‥貴女は?」
シエラが心配顔で近寄ろうとする。調度を崩して震える少女がそこにいた。狼狽の表情。青を通り越した白の顔。
「ルシール! 下がっていろ」
主の声に、狩人から逃げ出す兎のように少女は部屋から去っていった。
「そうですか‥‥。それは失礼をしました。あいつは罪を犯してそれを悔いて逃げ去った男です。その罪は重い。誰にも見取られず、命を凍えた川に消したのは似つかわしい末路でしょう」
少女を見送りダニエルは先ほどまでとはうって変わった紳士的な顔を見せた。
穏やかで、静かな口調。だが、射るような眼差しはさっきと変わらず、いや今まで以上にギラギラと輝いていた。
「それで、彼の遺品はどこでしょうか? 家族に渡してやりたいのですが‥‥」
「ああ、お構いなくぅ〜。彼のご家族に直接お渡ししますからぁ〜。今日のところは失礼しますぅ〜。主に報告しなくてはいけないのでぇ〜」
「待て! リフは我が家の宝を持ち出していた筈だ。それは我が家に返すのが筋と言うものだろう!」
「それも主の指示を聞いてからにしますねぇ〜。では〜」
「ま・待‥‥っ!」
再び、冒険者達がエリンティアを守るようにダニエルとの間を遮る。
その迫力に押されて動けぬダニエル。丁寧な礼を残し帰る冒険者の中、最後に部屋を出た透は
「くそっ! あの鍵が人の手に!」
そんな歯軋りを込めた男の呟きを聞いたような気がした。
○涙の少女
一度顔を見られているから。
外で仲間達の帰りを待っていたキットは退屈そうに、庭を見つめていた。
花々の色も落ちかけてきた初秋の庭に
「?」
飛び出してきた少女がいた。
「あの子は‥‥?」
少女は、キットたちの前を駆け抜け、裏の方へと消えていく。目元に涙を浮かべて。
「おい!」
「キット殿。あれを!」
幻蔵が指差した先を見てキットは頷くと空を舞う友を呼び、それを指差した。
鷹は素早い動きで獲物を取る様に白いそれを掴むと主の下へ持ち帰った。
「こいつは‥‥」
「お帰りでござる。いかがでござったか? 中の様子は?」
「リフさんは仇で泥棒だそうで‥‥! キットさん、それは?」
ため息交じりで肩をすくめた翠漣は、キットの手の中の白い布を見つけて声を上げた。
貸して欲しいという思いを察して差し出したのは白い、刺繍入りハンカチーフ。
ハンカチを広げ、その隅に描いてある文字を翠漣はそっと手でなぞった。
『リフ&ルシール』
あの服の縫い取りと同じ優しい手に、翠漣は今、出てきたばかりの館の庭を見る。
‥‥彼女の姿は、どこにも見えなかった。
その後、冒険者達は手にした情報の全てをスタインに手渡し、預かった品物も返却した。
だが、冒険者達に残ったものがある。
それは、名前の縫いとりの入った刺繍のハンカチーフと‥‥彼らを見つめる眼差し。
事件はまだ終ってはいないようだった。