【思いを継ぐもの】記憶の彼方の真実
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月14日〜09月19日
リプレイ公開日:2006年09月19日
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●オープニング
応接室に飾られていた古い木箱。
「なんだ? こんなもの。邪魔くさい!」
男は蹴り飛ばす。
「こんなに捜しても見つからないなんて、本当にあるのか? 伯爵家の家宝なんてよ。兄貴!」
イライラと肩を怒らせる末弟を、長兄は宥めて頷く。
「ああ、確かにあるはずだ。お前らはあの鍵を見ていないだろう? 鍵にあれだけの宝石と飾りをつけてるんだぜ。それはとんでもないお宝に違いない!」
「きっと、伯爵の部屋にあった、あの見事な細工箱の中にその家宝が入っているのでしょう。‥‥伯爵家の家名なんてものに興味はありませんからね。周囲にも不信がられているようですし、早くそれを見つけて退散しましょう。この家にも、あの女にも飽きてきました」
冷酷に笑う次男にそうだな、と長兄は頷いて外を見る。
「せっかく、水底に沈んだと諦めかけていたものが、手に入るかもしれないんだ。多少手荒な事をしてもなんとかしないと‥‥な」
笑い合う男達。
扉の外でただ一人、少女は震えながら十字架を握っていた。
祈るように‥‥。
嫌な視線を感じるようになった。と彼らは語った。
「最近さ、ここに来ようとすると変な男とすれ違うことが多いぜ。なんだかギルドを見ているような、それでいて中に入ってくる様子は無い。依頼人でも冒険者でもない。あいつらは一体何なんだ?」
「嫌な目をしてるし、どうも真っ当な人間って感じしないんだけど‥‥」
「とりあえず声をかけたら、逃げていきましたよ。どうやら疚しい所があるようですね‥‥」
冒険者は多くの場合『人』を見る目は普通の人よりも優れている。
その彼らが言うのだ。このまま放置しておくことは問題があるかもしれない。
「けど、ただ見ているだけとか‥‥だからなあ。どうしたもんか‥‥? おや?」
開いた扉とやってきた二人連れに、係員は瞬きした。
「あんたはスタイン‥‥、だったよな。横にいるのは‥‥もしかして?」
お辞儀をした初老の男性を庇うように、背の高い青年が寄り添っている。
栗色の髪に、青い瞳。
「これが、リフです。‥‥冒険者の方々に、本日はお願いがあって参りました。‥‥リフ」
老人に促され青年が頭を下げた。
不安げな顔をした若者、だがその目には何か、決意が秘められているように思えた。
「私は、今、命の恩人である方の元にお仕えしております。皆さんはご存知とスタイン様がおっしゃいますので話しますが、河に流され死にかけていたのだそうです。そのせいか、自分の過去がはっきりしません。過去の記憶が曖昧で、自分自身が誰であるか今も思い出せないのです‥‥」
話し言葉は丁寧で、訛りのないしっかりとしたイギリス語。ちゃんとした教育を受けてきたものであるのではないかと先に言ったスタインの言葉が思い出される。
「私の中に残っていたのは自分には戻るべき所は無い。との言葉だけ。それが頭の中に繰り返され、私は過去を追うよりも、今を。と思い恩人である御方にお仕えさせて頂いたのですが‥‥最近日々夢に見るのです。私にやるべき事を成せと告げる方の姿。その方は手にこの鍵を持って‥‥」
シャラリ、微かな音が鳴り、テーブルの上に鍵が置かれた。
見事な細工で作られた鍵。それだけでも一財産ができるかも、とある人物は言っていた。
「先日、私は主とスタイン様に呼ばれました。そして、冒険者の皆さんが調べてくださった事を知ったのです。あの夢の意味がそうだとすれば‥‥、私には帰る場所は無くてもやるべきことがまだ残されているのかもしれません。それに‥‥スタイン様が‥‥」
気遣うようにリフは後ろを向く。
そこに真っ直ぐ立つ老人の以前とは違う僅かな違和感に冒険者達はやっと気が付いた。
「ひょっとして、あんた怪我を?」
「何を、どこまで知っているのかは解りませんが、どうやら探りを入れたかったようですな。なんとか追い払ったものの、やれやれ、年は取りたくないものです」
微かに笑みを浮かべる老人。先だって依頼を受けた冒険者の一人は言葉にはしなかったが彼に、微かに自分達と同じ匂いを感じたと言う‥‥。
「私も、伊達に身分ある方に長年お仕えしておりません。私の事はお気になさらずとも結構。主は今もお戻りにはなっておられませんが、館の使用人の長として彼らを守るのは主より預かった私の役目であり、権利でごさいます」
だから、と言って最後の決断をスタインはリフに渡す。
リフは彼の言葉と自分自身の決意を握りしめ、冒険者を見つめた。
「どうか、僕を皆さんが調べたお屋敷に連れて行ってください。そして、僕にやるべき事をさせて下さい。お願いします」
下げられた誠実な頭を、冒険者も係員も黙って見つめていた。
テーブルの上にはあの鍵が置かれている。
彼の過去を知る手掛かり。いや、その記憶さえもこじ開けるであろう運命を開く鍵。
リフは、自分の全てを預けるとこれを置いていった。
「売り払えば相当なものだろうが、まあそんなことをする奴はいないだろうな」
貼り出された依頼。
水底に沈んだ記憶が蘇った時、どんな真実が見えてくるのかは、まだ誰も知らない。
●リプレイ本文
○優しい雇い主
「俺達の落ち度だ。すまない! スタイン」
突然頭を下げたキット・ファゼータ(ea2307)に来客を出迎えた家令は表情を変えずその顔を見つめた。
そして手を軽く横に振る。
「何を、おっしゃるやら。謝られる理由が私には思いつきませぬが‥‥」
「俺達がちゃんと奴らの正体を突き止め、情報漏れに注意していれば、あんたに怪我を負わせるようなことは無かったはずだから‥‥」
侘びか、見舞いのつもりか差し出されたポーションをきっぱりとスタインは手で押し返した。
「それも皆様のせいではございません。むしろあの時捕らえておれば、手掛かりがつかめたものを申し訳ありませんでした」
逆に謝られて、キットは少し、戸惑うような表情を見せる。
「でも‥‥」
「それでは気が済まぬ、というのであれば、リフをよろしくお願いいたします。依頼どおり彼を守ってやって下さいませ」
穏やかだが、きっぱりとした態度。
相手は人と対することにかけては専門家である。
夜桜翠漣(ea1749)は解りました、と頭を下げた。
「‥‥ですが、本当に大丈夫ですか? 貴方に役目があると同じように、わたし達にもリフさんの思いを成すという役目があります。口には出さずとも貴方や勤め先のことは心配してると思いますが?」
侘びに関しては甘えるとしても、もう一つの事については確かめておかねばならない。
何せ、今のところ、確実な被害に遭っているのは彼だけなのだから。
「ふむ、ではお願いを致しましょう。今度、メイドを一人新しく雇い入れたいと思っているのです。彼女を迎えに行く際にぜひ護衛を」
「「えっ?」」
二人の目が少し大きくなる。その目に映るのはニッコリと穏やかに、でも深く何かを考えている笑みを浮かべるスタインの姿。
「! ‥‥ちっ。やっぱりあいつの家令だな!」
「流石、お見通し、というところでしょうか?」
屋敷を出てから二人はそんな愚痴を口にする。楽しげに笑いながら。
○握りしめた思い
庭の世話をしながら、少女は思う。
かつての主は美しい庭がお好きだった。
侍従と自分と主で共に過ごした至福の時が思い出される。
今はもう自分しかいないこの庭で‥‥
(「もう少し我慢してて 必ず助けます‥‥その後が辛いかもしれないですけど‥‥希望は、ありますから」)
少し前、そんな事を言ってきた女性がいた。リト・フェリーユ(ea3441)と名乗る彼女は先に来たエリンティア・フューゲル(ea3868)らの仲間だと名乗り鍵のことや、今の主たちの事を聞いて行った。
「どういう‥‥意味でしょう。希望など、もうどこにも無いと言うのに‥‥」
『リフさんはお亡くなりになっているんですぅ〜』
冒険者の言葉を聞いて以来、彼女には庭の花の色を感じることはできなかった。
幾度自ら命を絶とうと思ったか。だが、主の愛した館を見捨てていくことなどできない。
彼女は十字架を握りしめる。主にかつて貰った変わった形の十字架。十字架の下部の突起が手に触れる時主の言葉を思い出す。
『お前達には幸せになって欲しいものだ。いつかこの家を出て自由におなり』
「ご主人様‥‥」
「ルシール!」
背後から声が聞こえる。涙を拭き、メイドの顔に戻って振り向いた。
「なんでございましょうか? ロド様」
「屋敷へ戻れ! おかしな客が来るらしい。迎える準備をするんだ!」
いつもの乱暴を覚悟していたメイドは顔を微かに上げた。男の顔は明らかに苛立っている。
「お客様、でございますか? 解りました」
「ああ‥‥、待てルシール。あのジジイに愛人なんていたのか?」
用意に辞そうとするルシールの細い腕をロドは枝を折るように握りしめた。
「お止め下さい。私は‥‥存じません」
「ふん!」
突き飛ばすように男は少女を離すとふん、と首を回した。
「まあいい。兄貴達がなんとかするだろう。それにいざとなれば、奴らを‥‥」
下卑た笑いを浮かべる男。この男の怖さは身に染みている。
少女は黙って頭を垂れて屋敷へと戻っていった。
客は美しい女性だった。
「私は大宗院透(ea0050)と申します。この度はありがとうございます」
丁寧な口調で頭を下げる彼女にダグラスとロブと名乗る男は表向き表情を変えはしなかった。
「で、貴女があのジ‥‥いや、ご隠居の孫だと?」
はいと、透は頭を下げる。
「透お嬢様のおばあ様は〜、東洋の血を引いているから正式にご結婚できなかったんです。でも、ずっと愛しておられたんですよ」
「パラーリア」
側に仕えている使用人の少女は二人。その一人パラーリア・ゲラー(eb2257)を透は優しく窘めて話を続ける。
「お爺様は優しいお方でした。そして、亡くなる前に‥‥これを、私に預けてくださったんです」
「それは‥‥!」
透の胸元で金の鍵が揺れる。男達の顔色は明らかに変わった。
「それはおかしい。その鍵は、使用人のリフが預かっていた筈です」
動揺する兄の代りに次男という細身の青年は糾弾する。
「それはぁ〜」
横に座っていた護衛役が答える。思い出してみればこの男は先だってリフの事を伝えに来た冒険者だ。とダグラスは気づく。
さらに背後に立つ女も見覚えがある。
「リフさんの遺言が〜、彼女へこの鍵を届けて欲しいということでしたからぁ〜。僕たちは透さんのご依頼もあってリフさんの身元を調べていたんですぅ〜」
とりあえず辻褄は合わせた。だが、納得はしていないようだった。
そういえば‥‥と翠漣は思い出すように言った。
「不明瞭で文ではなくいくつかの単語しか聞けなかったらしいのですが、リフさんが死に際に『偽者』『家宝』『3人の』などといっていたのですが何か分かりますか?」
「‥‥で、ご希望はなんですか? ご伯爵は既にお亡くなりになっておられる。まさか遺産を寄越せと?」
話題を無理矢理変える次男。
怪しい者を見る目の兄弟に、儚げな少女を演じる透は目線を上げた。
「いいえ。財産など。ただ、両親も頼る者も亡くせめて肉親たる方にお会いできたら、そして共に過ごせたらと‥‥」
暫く沈黙する二人。考え込む様子を見せた後
「では、透さん? 貴方の滞在は許可しましょう。但し、条件として、鍵は渡して頂く。そしてお付きの方や冒険者の方はお帰りいただく。それでよろしいですね?」
有無を言わせぬ口調でロブは告げた。
「えっ、そんな?」
「当然です。どこの誰とも知れない得体の知れない者を、大事な館に入れるわけにはいきません。この館が汚れます」
「彼女を守るのがぁ、私達の役目ですぅ〜。一緒に滞在できないというのであれば、今日は失礼しませんかぁ〜」
あからさまに見下すロブ。怯えた表情の透を守るようにエリンティアと翠漣が動いたその時、いきなり応接間のドアが開いた。
駆け込んでくるのは大柄な男。
「ロド!」
「兄貴! 外にリフの野朗がいる!」
「なんだって!」
男達の表情が殺気を帯びたものに変わる。冒険者の眼差しも変わる。
取り囲まれた三人は肩を寄せ、自分達を睨みつける三人を強い、意志を湛えた眼差しで睨み返していた。
○取り戻した記憶
最初から、それは解っていた。
「あの三人は裏の筋では有名な詐欺師のようですね。詐欺師とは言っても金になることなら何でもやるというタイプの犯罪者。小者です」
シエラ・クライン(ea0071)はパラーリアの友人達アンリ・フィルスやヴェニー・ブリッドから得た情報と自らが見つけ出した情報を纏めてそう断じた。
「スタインさんを襲い、ギルドの様子を伺っていた者達も、裏路地に住むゴロツキたちのようです」
「‥‥ゴロツキ達に直接指示を出していたのはあの兄弟の末弟のようでござる! ゴロツキ達に接触した後、館に戻るのをこの目で確かめたゆえ、間違いはござらぬ!」
「ということはだ、伯爵家の遠縁ってのは嘘なのかな?」
腕を組んでキットは葉霧幻蔵(ea5683)の言を思い出す。
「家紋入りの剣を持っていたらしいですが、それも‥‥。ですから嘘と見て間違いないと思います」
言いながらシエラは横に立つ青年の顔を見た。
「あの家‥‥」
館の側で、家を庭を形容しがたい顔で見つめる彼。その眼差しは‥‥何かを胸に抱いているようにも見える。
彼が握りしめているのは翠漣から受取ったハンカチーフ。
「えっ?」
その中に銀の光を見た気がした時
「シエラ! なんだか囲まれてる!」
キットが剣を抜きながらそう言った。確認すると確かに周囲にはどう見ても悪人顔の男が睨みを利かせている。
「悪いな、あの家を嗅ぎまわったり、近寄ったりする奴らがいたら潰せといわれているもんでな」
「女子供相手とは手ごたえの無い仕事だが、きっちりやらせてもらう!」
「逃げないのか? 逃げられたら見逃してやってもいいんだぜ!」
威圧的な態度。だが、それはその場にいた三人の誰にも感銘を与えなかった。
リフはただ、真っ直ぐに家を見つめている。
そして彼を背中に庇うように動いたキットとシエラは敵を恐れてはいなかった。
「一応、生け捕れるように頑張るけど、無理なようならぶっ飛ばしていいよな?」
「仕方ありませんね。これだけ人数差があると手加減もできませんからね!」
「何を!」
怯えた様子の無い女子供に思い知らせ一ひねりにする予定で、男は飛び出していく。
だが、逆に捻られたのは男の方だった。
「カムシン!」
空から降りてきた鷹に足を止められそこを木刀の鋭い一閃で打ち据えられる。
「こいつ!」
激昂した男達が今度は一斉に襲い掛かってくる。
リフに向かって振り上げられる刃。
「!」
「危ない! ボーっとしているな! 下がってろ!」
それをキットが弾き押し戻したのを確認しシエラは男達に
「紅の魔女の名にかけて。立て火柱!」
地面から燃え上がった火柱で容赦ない罰を与える。
戦闘は数刻とかからず終る。
歴戦の魔法使いと剣士の連係。ゴロツキ達の多くはあっさりと地面に倒れ、残りはあっさりと逃げていった。
「口ほどにも無い奴」
呟きながらキットは剣を治める。
「さて‥‥尋問をって、リフ!」
「そうだ。‥‥私は‥‥私は、私がやらなくてはならないことは!!」
突然、館に向かって走り出していくリフ。それをわけもわからず見送る冒険者に
「追いかけて! 彼を止めて下さい!」
息を切らした男が必死の声で告げた。
「スタインさん! どうしたんです!」
「銀のナイフが無くなっていた事に気付いて‥‥。彼は、おそらく!」
言葉の続きを察した二人は慌てて後を追った。
もう遠い、彼の姿を。
○断罪の時
「窓の外にリフが見えた。それを見覚えのあるガキが守ってる。リフは死んだんじゃなかったのか?」
冒険者は答えない。ただ無言で佇む。
「‥‥お前らもこの家の財産目当てでやってきたんだな! その鍵はリフから取り上げたのか?」
「語るに落ちましたね。『お前らも』貴方方は財産目当てだと、自分から告げたのですわ」
翠漣の言葉をエリンティアが引き継ぐ。
「リフさんを殺そうとしたのもですよね〜。誰も言ってないのにどうしてリフさんが『命を凍えた川に消した』ことを知っているんですかぁ〜」
周囲を囲まれ追い詰められたように見える三人の客。
だが、真に追い詰められているのは三人の兄弟。
追求に一言も返す言葉が無い。
「お前らは一体?」
「ただの冒険者ですけど、依頼を受けてこの館の真実を確かめに来たんです。貴方方がリフさんを殺そうとし、故伯爵の財産を狙っているという真実を」
「くそっ! リフの野朗が生きて? それともルシールの奴が。あっ! ルシール!」
思い出したかのように三男が扉の方を向く。外に行き、ルシールを人質にしようとしただろう男を迎えたのは
「うわあっ!」
反転した重力、そして地面とのキスだった。
「女の子の純情を誑かす悪党は許さないよぉ!」
手を伸ばしたパラーリアがニッコリと笑う。その背後にはリトに守られるように立つ少女ルシールの姿があった。
「ルシール! 裏切りやがったか!」
「裏切りではござらぬ! 真の主に仕えたまで! ちなみにお主らの遠縁であるという根拠。家紋入りの剣はかつてこの家の子息が金に困った時に売った物だともう調べ済みでござる!」
シュタッ!
今回は真面目な忍者の素早さで幻蔵もまた男達の罪を断じる。
万が一戦闘になったときに供えて隠れていたが、今は一気に追い詰める時だ。
「リフさんを殺めようとし、ルシールさんを辛い目に合わせた。貴方方こそこの館を汚す者です!」
リトの言葉に男達は逆上の色を見せ始める。だが、動けない。
頼りの腕を持っていたであろう三男は、今、床に倒れ伏している。
次男は後ずさり、長男も唇を噛んでいる。冒険者が動けば彼らを捕らえられる。
その際どいバランスの中。
扉の開く音と廊下を走る音が時を動かす。そして
「ダグラス!」
「何!」「えっ!」「嘘!」
誰も止める間もないほどに現れ、走り抜ける青年が一人の人物に直進していくのが見えた。
「リフ!」
声にリフは一瞬振り返る。見つけた少女に足と眼差しを止める。
「ルシール!」
微かな躊躇い。
その刹那、隙を伺っていたダグラスはリフに飛びかかり、捕らえ首元に隠していたナイフを突きつけた。
「こいつを殺されたくなかったら‥‥! ぐふっ!」
「許さない。ご主人様の‥‥仇。私から、全てを奪った‥‥仇」
「リフさん!」
冒険者が駆け寄る。それはほんの一瞬の出来事。
リフはダグラスの胸に、持っていたナイフを刺し、ダグラスは倒れざまリフの首筋をナイフで裂いて行く。
「しっかりして下さい!」
「薬を! 早く!」
「リフ! リフ! しっかりして!」
リフに駆け寄るルシールのエプロンも、床に落ちたハンカチーフも全ては赤く、紅い血の色に染まっていた。
○果たされた目的
二人は即座に傷の手当てを受け、教会に運び込まれた。
どちらもなんとか命は繋ぎとめたものの、意識はまだ戻らない。
「あいつが何をしようとしていたのか‥‥それを見落としていたか」
キットは悔しそうに唇を噛んだ。ルシールが早まらないかと考えていた者はいても、リフが言った「するべき事をさせて欲しい」。
その意味を考え側に付く者がいなかった事が悔やまれる。
捕らえられた次男と三男の証言は冒険者の追及に、老伯爵を騙して家に入ったこと。事故に見せかけ彼を殺したこと、それを見られたリフを殺そうとした事を認めた。
長男ダグラスはその主犯であり、意識が戻り次第捕らえられるだろう。
リフの身元も判明し、彼の記憶も戻った。彼は自分の成すべき事を為した。
依頼の目的そのものは果たしている。
だが‥‥涙ながらにリフに寄り添うルシール。心配そうに彼らを見つめるスタイン。
そして、未だ目を開けないリフ。
冒険者達の心のどこからも、達成感と呼ばれるものは出ては来なかった。