【幸せの味】おかしな おかしな お菓子?

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月14日〜11月19日

リプレイ公開日:2006年11月22日

●オープニング

 それは、今から少し前。
 ハロウィンの夜。

「上手くいったな」
「見てみて、沢山貰えたよ。ほら、こ〜んなに!」
 布袋の中身を自慢そうに見せ合う。
 中にはハロウィンの甘菓子が入っている。
「いっただきま〜す!」
 嬉しそうに、楽しそうに口に頬張り満面の笑みを浮かべている。
 だが
 ざくっ!
 鈍い音と共に何かが砕ける音がした。
「こんなものの何がいいの?」
 焼き菓子を地面に落とし踵で踏みにじる少女。
「ナナちゃん。食べ物を粗末にしちゃいけないんだよ!」
「そうだ、そうだ。勿体無い!」
 周囲の子供達はにじり寄り、その少女を取り巻く。
 一歩、また一歩後ろに下がりながら、少女は強く唇を噛んで言った。
「お菓子なんて、大嫌い!」


『お菓子コンクール 参加者募集』
 そんな冒険者ギルドには不似合いな張り紙を見つけた冒険者達に、
「ああ、そいつか? そいつはさっき別の依頼の依頼人が貼ってったんだ。今度、自分の店主催でお菓子コンクールをするから良かったらってな」
「お菓子コンクール?」
 さらに冒険者ギルドには不似合いな言葉に、係員は説明する。
「依頼主は元はキャメロットのパン屋だった。果物や木の実を使った焼き菓子とかが評判になって商売を広げて、今は砂糖や香辛料のの輸入とかイベントの焼き菓子の販売とかを手がけるまあ、食品扱いの商人なんだ」
 キャメロットでは砂糖はかなりの貴重品。
 お菓子などもあまり普及はしていないが、それ故にたまの祭りなどで子供も大人も、甘いものを食べるのを楽しみにしている。この間のハロウィンでも子供達は貰った焼き菓子を大事そうに食べていたっけ。
「もうじき聖夜祭だ。その時に合わせて発売する甘菓子のアイデアを求める意味もあってコンクールを開くからぜひ参加して欲しいと言っていたんだ。優勝者にはかなりの賞金が出て、しかもそのお菓子が売りに出されるかもっていうから興味のあるものは出てみるといい」
 けれど、日付を見れば、そのコンクールはまだ少し先の話の様子。
 では、その『依頼人』は一体、何の依頼に来たのだろうか?
「ああ、実は近頃、その商人のやってる直営店にだな、変な嫌がらせが続いているらしいんだ。その犯人を探し出して欲しいという依頼をその商人は持ってきている」
 その依頼書はこっち、指し示された依頼書を冒険者達は確認する。
 嫌がらせそのものは、それほど大きく深刻なものは少ない。
 壁に落書きがしてあったとか、焼き菓子に塩がまぶしてあったとか、店の前に残飯のようなものが捨ててあったとかその程度だ。
 だが、店の従業員たちも怪しい人物などには十分注意していたはずなのに、いつの間にかやられてしまう不可解さは、どんなに隠しても噂の元になる。
『商売が広がるにつれて、恨みに思ったりするものもいるからな。特に砂糖の仕入れに関われるようになってからは、敵も多い。‥‥私は食材の仕入れにいつも駆け回っているし、妻も直営店の管理に忙しいので冒険者に頼む事にした。娘も心配するし、調査といってもあまり派手にやるとお客様のご迷惑にもなるので、なるべく大げさにしないように頼む』
 食べ物の店は信用第一、ちょっとしたことが大きな信用失墜に繋がるので調べて欲しいとその商人カルダスは言っていったという。
「ここで、商人にコネを作っておくと、次のコンクールに参加しやすくなるだろう。旨い物も食えるかもしれないな。そう危険も無さそうだがしっかり頼むぞ」
 係員は資料を差し出しながら、そう言った。
 
 昔、お母さんが言ってた。
 美味しいものは、人を幸せにしてくれるよ。って。
 昔、お父さんは教えてくれた。
 甘いものは、人の心を暖かくしてくれるよ。って。
 みんなで、一緒に収穫した果物。一緒に作ったお菓子。
 楽しかった。本当に‥‥楽しかったのに今はもう、嘘にしか思えない。
 店を見つめる少女の目には微かな雫が光っていた。
 

●今回の参加者

 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1137 麗 蒼月(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

○食料品店に伸びる影
 その店は、食料品店としてはまだまだ新参の部類に入る店である。
 だが、
「‥‥活気がありますね。まだ早い時間なのにこれほど、お客さんがいらっしゃるとは‥‥」
「ホントだね。でも、結構納得かもしれないよ。この店のお菓子やパン。作り方上手だし、美味しいもの」
 売れた商品の確認と整頓に出ていたマイ・グリン(ea5380)は後ろからかけられた声に振り向いた。
 そこにはインデックス・ラディエル(ea4910)パンが山盛りに乗った皿を抱えて立っている。
「はい、これ。厨房から。商品の追加、だって」
「‥‥解りました。でも流石ですね。丁度、パンが無くなりそうなので追加を、と頼みにいくところだったのに」
 品物を受け取り、手早い仕草でマイは商品を補充していく。
「うん。奥様の指示が的確でね〜。ホント凄いと思うよ。でも‥‥さ」
「インデックスさん! 品物を置いたら厨房に戻ってきて下さい。仕事はまだ終わっていませんよ」
「あ! はい。奥様。申し訳ありません! ‥‥じゃ、また後でね」
 小さな、囁くような声で残していった仲間の言葉にマイは表情を変えず、ただ微かに頷いた。
「マイさん。こちらをお願いして良いですか? 少し私には重くて‥‥」
「‥‥今行きます。カヤさん」
 年上の同僚の願いにマイは駆け出し、荷物を持った。
「若い方はいいですね」
 くるくると働くマイやインデックスに年配の従業員達は目を細めた。
 扉が開く音がする。
 お客がまた入ってきたようだ。
「ハァ〜イ☆ いらっしゃいませ〜。新人店員のゲン子ちゃんでぇ〜す♪ どうぞよろしく〜♪」
 どっかの怪しいお店と勘違いしているような派手な仲間の出迎えに目を瞬かせているお客が引いて帰らないうちに。マイは『彼(葉霧幻蔵(ea5683))』を後ろに押しやって入ってきた夫婦のような二人連れに
「‥‥いらっしゃいませ。カルダス食料品店にようこそ。何か、お探しですか?」
 ニッコリと笑みを作り丁寧に頭を下げた。

「では、嫌がらせは主に昼間、行われているのですね」
 ワケギ・ハルハラ(ea9957)の問いに夫妻ははい、と頷いた。
「ええ、主に昼間。朝の開店前や昼過ぎ。人の入りが少なくなった時に行われる事が多いようですわ。後は閉店の後にやっているのかもしれませんが‥‥」
「最近はエスカレートしてきたのか、屋敷の壁に落書きなどが行われる事もあるな。まったく人の迷惑を考えぬ輩だ」
「小麦粉に塩を混ぜられたり、焼き菓子に塩を塗されたこともありますの。勿論品物を納品した相手の調査はしました。誠実で長年取引している方です。ですから塩が混入されたのは店に配達をなされた後、ということになりますわね」
「今のところ、商取引に大きな影響は無いが、このままではいずれ、本当に被害が出て信用問題、ということになりかねんからな。実際変な噂も出始めていて困っている」
「ええ、とても放ってはおけませんわ」
(「やり手の商人と敏腕な商店経営者であるだけありますね。凄いエネルギッシュな方たちです」)
 話を聞きながら彼らのペースに巻き込まれないように、ワケギは腹に力を入れる。
 会見に応じて貰って半刻ほど。
 最初は子供が本当に? と心配そうな顔をしていた夫婦であったが、ワケギのテキパキとした対応に好感をもったようだ。
「解りました。ありがとうございます。仲間にも伝えておきます」
 素直に話に応じてくれたので、必要な情報の収集は思いに他早くすんだ。
 ワケギはペンを置き感謝の言葉を述べる。
「仲間も、すでに許可を頂いたので、何人かお店の方で状況を見ています。皆さんも警戒はされておいでとは思いますが、冒険者の側から見ると何か違うものがあるかもしれませので‥‥」
「解っています。どのお嬢さんもしっかり働いて下さっていますのでこちらとしても助かりますわ。‥‥お話は終わりでしょうか?」
 婦人は椅子から腰を浮かせてそう言った。仕事に戻りたいという意思表示であることはわかっている。
 だが‥‥
「では、最後に一つ。お嬢さんがいらっしゃるのですよね?」
 聞いておきたいことがある、というワケギの質問に続いた言葉にええ、と婦人は頷いた。
「今年12歳になる娘が。ナナと申しますの」
「そのお嬢さんとお話させて頂いてもいいでしょうか?」
 何故、と首を捻りながらもかまいません、と母親の顔で婦人は頷いた。
「ただ、午前中は家庭教師が勉強を見ていますの。話をするなら午後に、お願いできますか?」
「‥‥ナナさんは午後からが、自由時間なのですね?」
「ええ」
 もう一度婦人は頷く。
 午後からは外出する事も多いようだ。
 よく婦人の忘れ物を届けに来たり、店を見にくることもある。と。
「あの子には店の品物は言えば自由に持っていっていい、と言ってありますので友達と遊ぶ時などに菓子を持っていくようですわね。では、私はこの辺で。本当に店に戻らないと」
「失礼。私も取引先との会見があるので失礼する。後のことは頼むよ」
「解りました」
 言ってワケギも立ち上がる。
 実は彼にはもう犯人の確信があった。
 あとは、それを確証にするだけなのだが、また今は、依頼人に知らせる事は出来ない。
「ナナさん。どんな‥‥お嬢さんなのでしょうね?」

○食べ物商人の責任
 主にイギリスの食事は朝と夜の一日二食である。
 だから、食料品店が忙しいのも主に朝と夜。
 昼の店先は人少なく、結構静かである。
「へえ〜、この店って割と新しいんだ〜。そう言えばそうだよね。お店全体もなんだか綺麗だし」
「つい最近、立て直したのよ。前はね、ホントに小さなお店だったの。パン焼き釜に火を入れると店の中まで暑くなるくらい」
 インデックスとマイは職人自慢の焼き菓子を前にしながらも手を伸ばさず、うんうん、と頷いた。
「始めの頃はね、奥様がナナちゃんを抱っこしたり、背中に背負ったりしながら店番をしたりしていたよ。旦那様も腕のいいパン職人でね。私もいろいろ教わったもんさ」
「腕のいい職人が丁寧に作るから美味しいって評判になって、お客さんの希望もあって大きくしたんだよね」
 休憩時間中、この店が前身であるパン屋だった頃からいたという職人と店員は、新入りの従業員に請われるまま、茶のみ話のような感じで昔の店のことや、店の現状などを話してくれた。
「へえ。でも、それって周辺のお店の人とか困ったりしませんでしたか?」
「困った人も、そりゃあいるかもしれないけど、こればっかりはねえ。お店の人気ってもんは自分じゃどうしようもないものだろう? 決めるのはお客なんだから」
 確かに。二人は職人の言葉に頷いた。
 職人は、思い出したように裏木戸を明け指差す。
「ほら、向こうの筋向いに店が見えるだろ?」
 道の向こうに、確かに小さな店が見える。
「‥‥はい。それが何か?」
 マイの言葉に頷いて職人は、少し声を潜める。
「よその店の悪口は言いたくないが、数年前までこの辺で食料品を売ってるのはあそこだけだったんだよ。だけど、あそこの主人はあんまり腕がいいと言えなくてね。この店ができてからというもの客足はだいぶ落ちているようだよ。奥さんも家を出てしまってかなり大変らしいな」
 二人は同意も、頷きもしなかった。
 顔を見合わせ、視線を交わす。
「きっとさあ。最近の嫌がらせもあの店の人がやってるのよ。この店の評判下げて潰そうって。イヤよね〜」
「こら! 証拠も無いのに変な事を言っちゃいかん! それに、修行に出ていて、最近戻ってきたという跡継ぎの青年はなかなかいい腕だという話もある。私達も努力を怠っちゃいけないんだよ」
 まだ若い店員を諌めるような職人。職人に怒られて脹れながらも素直に従う店員。
 他に女性も何人か働いている。若い人も、やや年配の者も。
 ‥‥アットホームないい店だ。だからこそ、守りたい。
 依頼抜きでインデックスとマイは思い始めていた。
「‥‥嫌がらせ。そう言えばそんな話がこのお店であるそうですね。‥‥何か、ご存知の事ありますか?」
 マイの質問に店員は、うーんと首を横に振る。
「お客さん以外の怪しい人が、食べ物に近づいたことは、無いと思うなあ。私が気付かないうちに、だったら解らないけど」
「さてね。焼き菓子がしょっぱいと苦情が来た件は、私がうっかり間違えたのかもしれないし、落書きとかはもう消しちゃったし、生ゴミも片付けてしまったからね」
「‥‥商売繁盛を妬む同業者や、悪意を持つ第三者、デビル等が犯人なら、普通は風評被害になるかもしれない、ではなく風評被害に直結する嫌がらせを仕掛けてくるでしょうし、単独犯でも十分実行可能な‥‥、強いて言えば子供の悪戯レベルの嫌がらせに終始するのは妙な話ですね」
 真剣な顔のマイに職人はまあまあ、と宥めるように肩を叩く。
 その時、裏の木戸が空いた。
「そろそろ、休憩は終わりして下さいますか? 夕方への仕込みと店の掃除お願いしますよ。あと、怪しい者などが来ない様に警戒も。いいですね?」
「「はい! 奥様」」「「‥‥あ。すみません」」
 外出していた婦人が戻ってくると、店は心地よい緊迫感に包まれる。
 テキパキと仕事をこなす従業員達を指差し確認しながら婦人は確かめ、首を捻った。
「あら? ゲン子さんは?」
「‥‥家族が心配なので、少し戻る、と。ついでに外の見回りもしてくるそうです」
 マイの返事に解りました、と頷く。
「他にも、家の事をしに戻る者もいますから、ちゃんと言っているのならいいでしょう」
「あ! はい。カヤさんもさっき家に戻りましたよ。夕方までには戻ると」
 婦人は忙しそうに仕事に戻る。
「ここは食料品店。自分達の作り関わるものが直接、人の口に入るのだということを、忘れてはいけませんよ。甘いもの。いいえ、食べるものは人を幸せにするのです」
 その言葉を噛み締めながらインデックスは前を見る。
「奥様、お出かけですか?」
「忘れ物を取りに来たのです。私は、ちょっと外出して参りますのであとは、よろしくお願いしますね」
「‥‥解りました。いっていらっしゃいませ」
 通用口から出て行った婦人とほぼすれ違い。
「あっ!」
「‥‥いらっしゃいませ」
 入ってきたお客達を驚きを顔に出さず、マイは丁寧なお辞儀で出迎えた。 
 まだ、年若い少女と、仲の良さそうな夫婦を‥‥。

○開かれた扉
 考え事をしながら歩く騎士を優美な女性が手招きする。
「早く‥‥、いきましょう。‥‥お菓子コンクール‥‥素敵よね」
「コンクールなど、まだまだ先の話だろう。麗殿。それに、だ。あまり大っぴらに動いてはだな‥‥店の営業妨害に‥‥」
「審査員、させて‥‥貰えるかしら。審査員に、なれたら‥‥甘いお菓子‥‥食べ放題‥‥」
「だから。先ほど聞き込みしてきた時も、変な噂になりかけていたろう? あの店が誰かの恨みをかっているとか、腐っているものを平気で売っているとか。我々も動き方に気をつけないとだな」
「‥‥コンクールの為にも、‥‥早く犯人を捕まえて‥‥お仕置き‥‥ふふっ」
 ルシフェル・クライム(ea0673)は思わず、背筋に走った冷たいものを振り払うように背筋を伸ばした。
 この食料品店から依頼を受けたときからもう彼女、麗蒼月(ea1137)の頭の中は食べ物のことでいっぱいのようだ。
 特にお菓子コンクールと聞いてからは目の色が変わった。
「うふふ‥‥お菓子、コンクール‥‥審査員でも、いいのかしら‥‥」
 人の話など耳に入ってはいないだろうと、ありあり解るのでため息も出てしまうのだ。
 ‥‥さらに問題なのは、自分が彼女に惚れてしまっているという事。
 そんなとんでもない所も含めて、自分は彼女に惹かれているのだから。
「店に行くのは構わんが、聞き込みには気をつけてくれよ。店で騒動を起こすとだな‥‥」
「元はパン屋の‥‥食料品店。‥‥確か焼き菓子が、有名だったわよね。‥‥うふふっ」
 さっぱり聞いていない。いざとなったら商品のつまみ食いだけは阻止しようと拳を握り締めるが彼女に勝てる自信はない。
「‥‥まったく。解りやすいデビルとかアンデッド相手の方がよっぽど楽だ‥‥ん?」
 ふと、気がついてルシフェルは足を止めた。
 前で蒼月が何かを見つめている。角を曲がった向こうは例の食料品店の筈だが、どうしたのだろうか?
「どうしたんだ? 麗殿? 店の監視ならもう少し近づいて‥‥」
「シッ‥‥、ルシフ‥‥」
 唇を人差し指で閉じて蒼月はルシフェルの言葉と動きを封じる。
 そして、自分は身体を壁際に隠してその向こうを伺っていた。
 ルシフェルもその動きから彼女が何か、誰かの様子を伺っているのに気がついた。
 だから、声を上げず自分も壁際から、そっと向こうを覗き見る。
 微かに身体が触れ重なった。
 細身だが柔らかい感触を気にせず、気にして同じ方向を見たルシフェルは、何を見て彼女が歩を止めたかを理解した。
 視線の先にいるのは、少女。少女が店を見つめ、佇んでいるのだ。
 店から誰かが出て行っても、気にする様子も無く。
 年の頃10〜12くらい。女の子の範疇に入れられるだろう。
 その相貌はさっき子供達が話してくれた娘と酷似している。
「ナナさん。待って下さい!」
 後ろから息を切らせてついていくのがワケギであることを見ても、彼女が依頼主である食料品店の娘。ナナであることに間違いは無いだろう。
「あの店の娘だな。店にいて不思議も無い筈だが、何を睨んでいるのだ? 麗殿?」
「‥‥気が付かないの‥‥ルシフ。あの子の目に‥‥」
「目?」
 視線を崩さず、ずらさず蒼月は少女を見つめている。
 この位置からでは彼女の顔さえも遠くてよく見えない。
 なのに何故か嫌なものが、胸の中を通り過ぎていくように思えるのは何故だろうか?
「麗殿? まさか。あれは?」
「‥‥行きましょう。ルシフ‥‥」
 少女とワケギが店の中に入っていくのを確認して、二人も壁から身体を離し角を曲がる。
 店は静かだ。
 お客も殆どいないように見える。
 扉の前に立った麗は軽く頭上に指した影を一瞥だけして引き手に手をかける。
 ルシフェルも一度空を仰ぐと、小さく笑って顔を下げた。
 屋根の上にいるのは、あれは鳥。
 この店を見守っていてくれているのだろう。
 ならば、万が一何かあったとしても大丈夫の筈だ。
 扉の引き手に彼も手をかけた。二つの手が重なる。そして扉は開かれたのだった。  
  
○小さな犯人
 丁度、時間的にお客が少ない時間帯なのだろう。
 店の中にいるのは従業員が数人と、少女が一人。そして冒険者達だけだった。
「ナナさん。お母さんはお仕事中のようですよ」
 優しくワケギは話しかけるが、彼女はそれを無視してスタスタと歩く。
 一緒に遊ぼうと誘ったのに、彼女はまるでワケギなどいないかのように無視して一人で街まで、店までやってきたのだ。
 店の中を見て歩き、店の奥に入り込み、厨房までひょいと顔を覗かせる。
「ナナちゃん。奥様なら、さっき外出されたよ。なんだか用事があるってさ」
 厨房の職人が目線を合わせるように少女に笑いかける。
「そう。ありがとう。‥‥ねえ。この焼き菓子貰ってもいい?」
 厨房に背を向け、棚に、棚の上の焼き菓子の皿に手を伸ばす。
「いいとも。マイ。ナナちゃんにお菓子包んでやってくれないか?」
「‥‥かしこまりました。少しお待ちくださいませ‥‥」
 小さく頭を下げ、マイは焼き菓子を取り分け、布で包む。
 ‥‥人が、冒険者が側にいるのに。とワケギは思った。
 それでも止まらないのだろうか。と。
 彼女の手元から白い、小さな袋が取り出され、マイが焼き菓子を包む間の隙を見て残った菓子に降りかけられるのが本人は隠しているつもりだろうがはっきりと見える。
 それは、ワケギが数日前、ここで魔法を使って見たのと同じ光景‥‥。
「はい。お嬢様。お菓子の用意ができました」
 マイの差し出したお菓子の袋に手を伸ばした時。
「ねえ‥‥お嬢さん‥‥」
 ビクン! 
 少女の髪が跳ねた。
 おそるおそる振り返ったそこには全てを見通し、吸い込むような黒い瞳の女性が、彼女を見つめている。
「私達、ね。この店に、嫌がらせをする人を‥‥探しに来たの。ねえ、怪しい、人‥‥見て、いない、かしら‥‥? 隠し立てすると‥‥ために、ならないわよ‥‥」
「知らない! 私、知らない!!」
「ナナさん!」
 差し伸ばされたワケギの手を払いのけ、少女は、ナナは店を駆け出して行く。  
「待って!」「待って下さい!」「お待ちを!」
 インデックスとマイ、ワケギが彼女を追って外へと。
「蒼月! あれは脅かしすぎではないのか?」
 表情も変えず、店の菓子に手を伸ばす蒼月にルシフェルは声を高くした。
 ふん、と首を横にする蒼月は指に摘んだ菓子をそのまま口に入れてしまう。
「‥‥子供、甘やかすのは、良くないわ。癖に、なるのよ‥‥。それに‥‥」
「キャアアアア!!」
 店の外から悲鳴。ハッとルシフェルは顔を外に向けた。
「私、なんかより‥‥もっと、脅かす人。いるもの‥‥」
 蒼月が二つ目の焼き菓子を摘む。
 店の外でざわめく仲間達の声が聞こえる。
 誰が、何をし、どうなったか。蒼月が言う「もっと、脅かす人」が誰なのか。
 簡単に想像できて、ルシフェルは小さく、頭を抱え振ったのだった。

 ‥‥冒険者に囲まれて目覚めた少女ナナは、ずっと俯いたままなかなか、しゃべろうとはしなかった。
「‥‥ひょっとしたら、お気付きだったのですか‥‥」
 店の隅に椅子を持ってきてくれた職人にマイは静かに問うた。
「知っていた、訳ではないよ。ただひょっとしたら、と思ってね。本当に深刻なことになるなら止めようと思っていたが、彼女の気持ちも‥‥解るものでね」
 そうですか。マイだけではなく、冒険者たちも頷く。
 あの時、外に逃げ出したナナは包まれていた焼き菓子を、店の壁に投げつけようとした。
 手を後ろに伸ばし振りかぶる。その肩にポンと触れる感触がある一瞬前まで彼女はその食べ物を投げつけようとしていただろう。
「肩車いるでござるか?」
 と声をかけられるまで。
 振り返った少女は悲鳴を上げる。
 そこにいたのは恐ろしいまでにシュールな妖怪鳥人間。キャメロットならハーピィか?
 怪物の出現に膝が折れて、意識が遠ざかる。
 地面に崩れ落ちる寸前、追ってきた冒険者達の手が彼女を支えた。
「脅かすつもりは、なかったのでござるがなあ」
「嘘だ」
 と誰もツッコミはせず。ナナを店の中に連れてきてその目覚めを待つことにした。
 そして数刻。
 目覚め、冒険者に囲まれたナナは無言のまま、ずっと下を向いていた。
「ねえ。どうしてこんなことしたのか。聞いても‥‥いい?」
 インデックスには彼女を攻め立てはしない。優しく、静かに問いかける。
 だが、返事は無い。もう一度同じ口調で問いかけるインデックス。
「何か、困ってる事があるなら助けてあげられるかもしれないよ」
「無理だもん! 私が何に困ってるかなんて誰にも解らないし、助けられないもん。絶対!」
 彼女の言葉にイライラとする思いをぶつけるように、ナナは叫んだ。
 突き放す言葉。それにインデックスの表情が曇る。
 カタン。
 何かを蹴る音がした。
 今まで、少し離れた所で焼き菓子を摘んでいた蒼月が椅子を蹴った音だと気付いたその時。
 ナナとの距離0まで歩いて彼女はそのあごを、くいと持ち上げ自分の方に向けさせていた。
「‥‥甘ったれて、いるのは‥‥誰? その根性、叩き直してあ・げ・る♪」
「イヤッ!」
 渾身の力で手を払いのけ、後ろに下がるナナ。
 なおも近づこうとする蒼月をワケギは手で、ルシフェルは瞳で制して止めさせる。
 そして、一歩、また一歩と静かにワケギはナナに近づいて‥‥手を取り膝を折った。
「僕の父さんは魔法使いでしたが、母さんは料理人でした。彼女はよく言っていましたよ。『料理は人を幸せにする』って」
「嘘! そんなのうそよ! 料理は人を幸せになんてしてくれない。だって、私は‥‥」
「料理のせいで、寂しくなった。だから‥‥だから悪戯するのですか?」
「!」
「幸せというものは無条件に生まれるものではない。誰かが誰かに幸せであって欲しいと願い行動するからこそ、その思いが伝わった時、誰かを幸せにするんだ」
 自分の罪を突きつけられて無言になった少女にルシフェルは静かに語る。
「じゃあ‥‥今、お父さんも、お母さんも。私を、幸せにしようって、思ってないんだ。思って‥‥貰えないんだ。私‥‥私‥‥」
 少女の目から涙が溢れ出している。その小さくて細い背中を
「そっか。寂しかったんだね」
 ぎゅうと、インデックスは強くナナを抱きしめた。服が涙や鼻水でぐしゃくしゃになるのも厭うことなく。
「でもね。人の心って表に出さなきゃ、なかなか伝わらないんだ。だから、ナナちゃんの気持ち、お父さんやお母さんは解らないんだよ」
「‥‥直接、お話してみるのをお勧めします。ご両親も‥‥きっと解って下さいますから」
 震える手、震える肩。震える思いが伝わってくる。
 は怒られる恐怖か、それとも‥‥
「ならば! 言葉に出来ぬのであれば、その思いのたけを、形にするのである」
 冒険者達は振り向いた。そこには仁王立つ鳩、ではなく人間が強い眼差しをナナに向けていた。
「‥‥形?」
「そう! コンクールにてお菓子を自ら作り、ナナ殿の思いを伝えるでござる!」
「お菓子‥‥を?」
「言葉よりも、きっと雄弁にナナ殿の思いを語ってくれるでござるよ。きっと‥‥」
 最後の台詞は柔らかく、暖かい口調で発せられた。
 まるで、羽に包まれたような優しい思いが伝わってくる。
 ナナは顔を上げた。

 冒険者の問いに返事は無い。
 だが、その表情には少なくとも涙は感じられなくなっていた。
 
○小さな犯人、見えない犯人
「なんですと! ナナが?」
 依頼人は驚いたように大きな声を上げた。
 声が大きい、とワケギは顔を顰めるが依頼人の驚きは止まない。
「少なくとも、商品に塩などを混ぜていたのは彼女のようですね。彼女は彼女なりに、店になるべく迷惑はかけないようにしていたようですが‥‥」
「何をのんきなことを! 迷惑をかけないようにどころではありません。食べ物を扱う店の娘が商品に異物をなど!」
 怒りに悶絶し、今にも娘を問い詰めに行きかねないカルダスを、
「止めて下さい。約束した筈です。今回は絶対に犯人を責め立てたりはしないと、最初に! 約束した筈です」
 ワケギは彼にしては珍しい厳しい口調で制止した。
「うっ!」
 唸るように下を向くと、浮かしかけた腰を下ろすカルダス。
「こんなこと。とても妻には言えない。まさか、娘が‥‥」
「逆。言って貰った方がいいと思うな。あたし」
 地の底まで落ち込んでいきかねない彼を、呼び止めたのはインデックスの言葉だった。
「どういうことです? 娘が自分の大事な店で悪事を働いたのですよ。信用し、自由に出入りを許していたのに、その信用を裏切って!」
「怒る前に、どうしてそんなことをナナちゃんがしたのか、考えてみて?」
「どうして、そんなことを‥‥ですか?」
 そう。頷くインデックスの顔を見ながらカルダスは真剣に考える。
 何故、あの子が‥‥。
「彼女の事、もう少し考えてあげて欲しいな」
「‥‥きっと、寂しかったからだけではありませんよ。もっと深い意味と思いがある筈です。それを解っては頂けませんか?」
 考え込むカルダスに、自分達の言葉が届いているかいないのか。
 彼女の思いが伝わるかどうかも解らない。
 解らないがそれでも、伝えなくてはならない言葉がある。
 意を決してワケギは一歩、前に出た。
「お二方とも商売を広げる事に熱心になるあまり、忘れておいでなのでは無いでしょうか? 一番、大切な事を‥‥」
 返事は無い。
 インデックスに促され、退室する直前、ワケギはもう一度振り返り部屋を見た。
 悩み考えるカルダス。その机の上には家族の肖像画がある。
「‥‥彼女は覚えていますよ」
 小さな囁きは聞こうと思わなければ聞こえなかっただろう。
 扉が微かな音を立てて閉まる。
 だが、できるなら聞こえていて欲しいと彼は、願っていた。
 
 少女は神妙な顔をして頭を下げていた。
「ゴメンなさい。ご迷惑をかけて‥‥」
「‥‥私達は、謝って欲しくて、したことではないわ」
「本当にそう思うなら、もうやっちゃダメだよ」
 諌めるように、でも優しくインデックスは語り掛ける。
 ナナは
「はい」
 と、さっきまでとはまるで違う態度を見せていた。
 驚くほどに素直。
「どうしたんです? 何があったんですか?」
「いや、何もないでござるよ!」
「私は‥‥知らないわ。ただ、普通のことをしただけ」
 そう幻蔵と蒼月は顔を背けるが、少女の瞳はそうは言っていない。
「普通のこと?」
「ナナが塩を塗した焼き菓子を、二人が食べたのだ。平気な顔でな」
「‥‥だって、勿体無い、でしょう? 木の皮、泥、妹の‥‥食べ物があれば、食べなかった‥‥。死ななかった」
「いやはや。この煎餅‥‥砂糖を使いすぎでござるな!! 甘さと塩気のバランスはなかなかに重要でござるよ」
 彼女の行動を責めずに、無言で後始末をする。
 下手に怒鳴りつけるよりも、ある種の子供にはこういう言葉かけの方が効果を発揮する事があるのかもしれない。と思わず感心し腕組みをするワケギに、とととん。
 マイは背中を叩いた。
「‥‥あと、忘れるところでした。大事な事が‥‥あったんです」
 そっと、なるべく声を潜めて仲間達を手で招く。
「大事な‥‥こと?」
「嫌がらせのうち、生ゴミはナナさんでは無いようですわ。彼女が嘘を言っていなければ‥‥ですが」
「えっっ?」
「うん。私がやったのは、お菓子にお塩かけたのと‥‥落書きだけよ」
「じゃあ‥‥?」
 しかも、冒険者は十分に気をつけて聞き込みをした筈なのに、嫌がらせの噂は何故か広まっているようだとマイは言うのだ。
 客足も、微妙にだが落ちている。
「‥‥噂を広めている者がいるようですね。明らかな悪意を持って」
「そういえば、屋根の上で潜んでいた時、怪しい人物を見かけたである! 拙者に気付いて逃げていったのであるが‥‥あれがまさか‥‥」
「‥‥ありえます。ね。たまたま同時期に嫌がらせを初めてしまったのか。それとも、片方が便乗したか解りませんが」
 一つの事件に犯人が二人。もしくはそれ以上。
 それは最初からありえると考えられていたことだ。
 便乗犯であれば、表向きの犯人が消えたことでもう犯行は行わなくなる可能性がある。
 だが、逆に、より凶悪に動き出す可能性もあるのだ。
「今の所、コンクールを中止する、という意思はないようですが‥‥さて。おや? ナナさん。何を作っているのですか?」
 厨房から皿を運んでくる少女に、ワケギは笑いかけた。
「おわび。私の一番大好きなお菓子。昔、お母さんが作ってくれたリンゴジャムのパンケーキなの」
 焼きたてのパンケーキに、出来立てのジャム。
「‥‥あら、美味しそう」「麗殿、食べすぎは禁物だぞ」「わー。綺麗で美味しそう!」「‥‥頂きます」「ふむ、拙者も頂くである」
 ジャムをパンケーキに乗せ、口にいれる。
 冒険者達は目を見開いて微笑んだ。
「‥‥美味しいわ「ふむ、確かに」「おいしいよ。ホントに」「‥‥爽やかな、甘さがよいですね」「美味でござるよ。真心が篭っているでござる」
「本当に?」
 ナナは花が咲くように微笑んだ。そして、少し寂しげに言う。
「昔は、よく一緒に作って食べたのに‥‥。すごく‥‥楽しかったのに」
 彼女の微笑を取り戻せただけでも、今回は成功だったと思う。
 そして、もし‥‥次があるのなら、この笑顔を守りたい。
「ねえ? 美味しい?」
 甘い、ケーキを口に運び
「ええ」
 頷きながら、ワケギは、冒険者達は‥‥思っていた。