【子供達の領域】すれ違いの思い

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月21日〜01月26日

リプレイ公開日:2007年01月29日

●オープニング

「息子を探してください!」
 必死の顔の依頼人がギルドに駆け込んでくるのは別に珍しい事ではない。 
 だが、その中でも彼らの顔色は常軌を逸していた。
「息子が‥‥いなくなったんです。このままだと‥‥あの子は、あの子は‥‥」
 こういう時ギルドの係員はまず依頼人を落ち着かせることから始める。
「まずは落ち着いて下さい。探すのは息子さんですね。どうして、いなくなったんです?」
 係員に問われ、言葉を捜す婦人‥‥おそらく母親に変わって‥‥まだいくらか落ち着きを見せる紳士‥‥多分子供の父親なのだろう‥‥は謝罪を述べ、自分達は仕事でこの街にやってきたばかりの職人の一家だと名乗ってからこう告げた。
「探して欲しいのは10歳になる私たちの息子でラスと言います。私たちはほんの1週間ほど前、田舎から仕事の関係で引っ越してきたのですが‥‥デューンという猫を連れて家を出てしまったんです。丸一日ですが必死に探したのに、見つかりません。私たちもまだこの街には不慣れで‥‥」
「あの子は、病弱なんです。田舎にいた頃もたまに風邪をひいては熱を出したり、発作のようなものを起こしすことが多かったのですが‥‥キャメロットに着いてからというもののその頻度が増えていて‥‥早く見つけないと大変な事に‥‥」
 母親は青白い顔で語る。その顔は紛れもなく心から我が子を案じていた。だからこそ
「でも、病気と言う事は本人も解っているのでしょう? なのに何故家出なんか? しかも、この冬に‥‥」
 係員は素直に疑問を口にしたし、驚きもした。言いよどむように下を向く夫婦にも
「何か‥‥心当たりでも?」
「‥‥猫なのですわ」
 その答えにも。
「猫?」
 言いよどむ妻に代わり夫は告げる。
「息子は猫を連れて家を出ました。その猫を‥‥捨てようという話をしていた矢先の家出なのでおそらく、猫を手放したくない一心で。田舎で息子と仲の良かった野良猫で息子のたっての頼みで一緒に連れて来たのですが‥‥」
「だって、だってあの子は猫と一緒の部屋で過ごすと決まって具合を悪くするのですよ。だから、猫を他所にやろうと言ったら、こんなことに‥‥きっと、きっとあの猫は疫病神なのですわ!」
 母親の顔は必死の形相になっていた。我が子への心配と不安をその猫に押し付けようとしているのかもしれない。妻の肩にそっと手を回しながら、まだ幾分か冷静な夫は係員と冒険者に頭を下げる。
「あの猫が息子の大事な友達である事は知っています。ですが、親として客観的に見てその猫が息子の病に悪影響を与えるのであれば引き離さざるを得ません。ですが、その話も全ては息子を見つけてから。手遅れにならないうちにどうか‥‥よろしくお願いします」
 
 依頼書を書く係員はふと、顔を上げた。
 窓の外を走っていく子供が見える。
 冒険者の幾人かは首をかしげた。見覚えのある子供。
 あの子は、確か街外れの館に住む孤児の少年達の一人。
「ギルドに入ってこようとしたのでは、なかったのでしょうか?」
 少年は走り去る。
 心配そうな冒険者の思いも、息子を探す少年の思いも‥‥知る由も無く。

●今回の参加者

 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

○胸に鳴る風
 ヒュー、ヒュー。
 胸が鳴る。呼吸は聞こえないほど小さいのに、何故こんなに音が響くのだろうか。
「おい! 大丈夫なのか? 本当に」
 膝を抱え蹲る彼に、少年は声をかけた。
「ご‥‥めん、だい‥‥じょうぶ‥‥だ‥‥から」
「そんな青白い顔で大丈夫なんて言われたって説得力ねえよ! 風邪なのか? うつる病気とかじゃねえだろうな? 悪いけどここにはチビどもいるんだ」
「うつる‥‥病気‥‥じゃない、って医者‥‥は言ってた」
「医者あ? お前、元から病気だったのか? なら早く帰れよ!」
 声を上げる少年に彼は首を横に振る。
「家には‥‥帰れない。‥‥ダメだ。家に‥‥帰ったら‥‥」
「ならベッドで寝ろよ。そんなところに座ってたら、治る病気も治らねえだろ!」
 彼を立たせる為に引かれた手。それは、だが、横に振られた首と共に払われた。
「‥‥寝ると‥‥余計辛い‥‥んだ。このまま、ここにいさせて‥‥。多分‥‥明日の朝‥‥には、落ち着く‥‥か、ら‥‥」
「勝手にしろ!」
「レン!」
 頬を膨らませて振り向いた少年は、そのまま歩き去ってしまう。
 後を追う仲間達。
「‥‥はっ。‥‥あ‥‥りがとう‥‥」
 乾いた笑みを見せて、下を向く彼の足元には
「ニャア〜〜」
 足元に擦り寄る猫と、一枚の毛布のぬくもりだけが残されていた。

 大きな籠を抱えた少年は
「レンく〜〜ん!!」
 自分の名を呼ぶ声に、仕事の手を止め顔を上げる。
「いたいた。レン君。見つかって良かった〜。探してたんだよ〜」
「‥‥確か、冒険者の‥‥」 
「李黎鳳(eb7109)だよ。覚えててくれた? ちょっと、君と君の仲間達を見込んで頼みがあるんだけどいいかな?」
「頼み? 何?」
 レンと呼ばれた少年は雇い主に頭を下げ、手招きする冒険者の方へと駆け寄った。
 前置きなしにレンの目を見つめる黎鳳。
「手伝って欲しいんだ。子供と、猫の命がかかってるんだよ!」
 黎鳳には確信があった。子供達はきっと、自分達に手を貸してくれる。と。
「子供と‥‥猫?」
 だから気づかなかった。その単語を聞いた時のレンの顔を。
「そう。行方不明になった男の子と猫を探す依頼を受けたんだ。だから、それを探す為に伝令役をだねぇ〜」
 だから、解らなかった。
「ゴメン。今、仕事中なんだ。話は、後で聞くから‥‥今は‥‥」
「‥‥あ? あ‥‥ゴメン。じゃあ、後でね」   
 少年がその胸に、何を思い、何を秘めたかを‥‥。

「随分な大荷物だな? 重くないか?」
 パンパンに脹れたバックパックを背負ったワケギ・ハルハラ(ea9957)を心配そうにリ・ル(ea3888)は横目で見た。
「はい。まあ‥‥重いと言えば重いですけど‥‥子供さんと猫が‥‥寒空で凍えている可能性を考えると‥‥いろいろ用意しておいたほうがいいかと思いまして‥‥」
「おもいまして〜♪」
 息を切らしかけた主人の背中にぴょん、と飛び乗ってさらに追い討ちをかけるエレメンタラーフェアリー。
 重さなど殆ど無いが、それでも、
「緋炎‥‥」
 肩にクる。
「そう‥‥相手は子供、なんだよね‥‥」
 むう、と考え込むインデックス・ラディエル(ea4910)。話を聞いたときから考えていた。
「子供の気持ちになって、考えてみる‥‥。猫を飼っちゃいけない、と親に言われた。でも、フツーはそうだとしてもいきなり家出、なんかはしない。どこかでこっそりと飼おうとするもの‥‥」
 まあ、あのお母さんの様子からして既に悶着はあったのかもしれないけれど。と思いながら推理する。子供の気持ちと行動パターンを、だ。
「土地勘が無く、病弱でしかも寒空。大事な猫を凍えさせたくは無い。そして、こっそり猫を飼えるところを探す」
「空家や橋の下等、雨雪や寒さを凌げる場所でしょうね。でも、土地勘が無いとそういうところを見つけるのは難しいのでは?」
 おおむねインデックスとワケギの推理で状況は間違いないだろうと、皆は思う。
 そしてワケギの言うとおり土地勘が無いと見つけにくい場所を見つけようとした結果‥‥
「迷子になった、というところかな。まあ、迷子だったらまだいい。親が心配したような発作でも起こしていたとすれば」
「どこかで凍えてるかもしれないよ! 大変だ。早く探さないと! って黎鳳さん? どしたの? 大丈夫?」
 インデックスは黎鳳の顔を除きこむ。ずっと話に混ざらず考え込んでいた彼女は
「あ! うん、ゴメン。大丈夫!」
 悩み顔を吹き飛ばすように無理やり明るく笑った。
 だが、そんな演技に騙されるような冒険者ではない。だから
「ちょっと‥‥人の心ってなかなか伝わらないものなのかなあ? って思ってさ」
 黎鳳は自分の気持ちを吐露したの。身体はともかく心が『大丈夫』でない理由を、だ。
 仲良くなれたと思ったのに、拒否された。
 その心に風が吹く。
「暗くしちゃってゴメン。で、どこを待ち合わせ場所にする? 手分けして探すんでしょ?」
 時間はあまり無い。確かに、そろそろ動かなければならない。
「そうだな。じゃあ、場所は‥‥」
「えっ? でも‥‥」
 リルの告げた場所に冒険者達は驚くが、首を横に振るものはいなかった。

○子供達の領域
 待ち合わせの場所に、冒険者達は集まっていた。
 約束の刻限にはまだ早い。
 だが、それぞれの方法で調査をしていた筈の彼らは、皆、引き寄せられるようにこの場所にやってきたのだ。
「あたしはね、猫を匿えそうな場所をあちらこちら探してみたの。で、子供の足でなんとかたどり着けそうな場所で、一番遠くてというのがここだったのよ」
 空き家情報担当のインデックスが仲間に告げる。
「俺は町の子供達だな。最近、この辺近辺を縄張りにしてる子達のチームは家を構えたので人数が増えてきているらしい。最近も家出した子供を拾ったらしいって聞いたぜ」
 少し、やっかみも混じった声だったが、彼らの言葉に嘘は無いとリルは感じていた。
 子供達の目を見たこれは直感だ。
「太陽も‥‥この辺にいる、と言っていました。この辺で、一番可能性があるのは‥‥やはり。あの子達を疑いたくは無いんですけどね」
「きっとあの子達にはあの子達なりの理由があるんだよ。きっと‥‥」
 同じ家を見つめるワケギと黎鳳。
 彼らの視線の先には、古い館。クリスマスに尋ね友達になった子供達の『家』がある。
 あそこは子供達の国。
「‥‥でもな。時間はあんまり無いんだ」
「うん、一刻を争うかもしれないんだよね」
 見つめ合う冒険者達。もうじき日暮れ。また寒い夜が来る。
 夜に発作が起きる事が多いようだ、と母親は心配していたっけ。
「解ってる。早く見つけてあげないと‥‥来た!」
 黎鳳は微かに瞬きする。彼女の視線の先、館への道に待っていた彼がいる。
「! 帰ってきたようですね。行きましょう!」
 促すワケギの声に反応するように冒険者達は飛び出していった。

○友達への思い
「レンくん? 仕事終わった? もしよければさっきの頼み、聞いて欲しいんだけど」
 突然現れた冒険者達に少し目を見張った少年は、だが、一瞬でその表情を真顔に戻した。
 彼は、レンはストリートの子供達の信頼を集めるリーダー。大人に簡単に気圧されていては子供だけでなど生きていられない。
「誰かと思えば‥‥冒険者さん達じゃないですか。なにか‥‥ご用ですか? 仕事も終わったし、俺達が手伝える事なら‥‥」
 腹に力を入れての隠し事。その気合を
「前置きは無しにする。俺達は病気の少年と猫を探してるんだ。知らないか?」
 リルは言葉で崩した。正直な、何一つ隠し事の無い心配の顔で意気込む彼の心に足払いをして。
「病気の少年と‥‥猫?」
「そうです。猫と一緒にいると病気が悪化するかもしれない。けれども、それでも大事な友達を手放せ無いと家を出た男の子を僕らは探しています。知りませんか?」
「猫と一緒にいると? ‥‥だからか!」
 少年の顔に浮かんだ微かな表情の変化を冒険者は見逃さない。それを彼が即座に隠そうとしたのも。
「知っているんだね。だったら教えてくれないかなあ? その子の命に関わるかもしれないんだ」
 手を差し伸べる黎鳳。その優しい笑みから逃げるようにレンは顔を背ける
「! ‥‥多分、知ってる。そいつの事。でも、あいつは自分の意思で家を出てきたんだ。‥‥俺達には無い幸運を、家族を自分で捨てても、どんなに苦しくても戻れないと言う以上‥‥俺はそれを壊したくない」
「‥‥いい子だね。キミたちは」
 ふわり、黎鳳は少年を抱きしめた。膝を付いて目線を合わせて。
「友達の事を思いやれる、本当にいい子だね。でも‥‥、今は、私たちを信じて欲しい。決して、彼の決心を踏みにじったりはしないから」
「言ったろう? 命に関わるって。その子を見ていたのなら、俺達の言葉が嘘でない事を知っている筈だ。無理やり連れて帰ったりはしないと誓う。この竜の指輪と‥‥何より俺自信の名にかけて」
 リルが、ワケギが、インデックスが‥‥そして黎鳳が頷く。
 穏やかな眼差しを受けて、レンが顔を上げた。その時!
「レン! 大変だ! またあの子が!」
 屋敷の中から子供が転がるように駆けて来た。必死の顔に只ならぬ事情を‥‥冒険者達も感じる。
「解った! 今行く」
 走り出しかけた足を止めて、レンは冒険者達の方を振り向いた。
「‥‥ラスだよね。皆が探しているの。だったら中にいる。でも、俺達じゃ手当てできないんだ。お願いだよ。助けて!」
 瞳に写る真剣な願いに、
「オッケー! 案内して!」
 冒険者達の答えは即答だった。
「任せておけ!」
「うん! こっち!」
 
 微かな、朝の光の中
「う‥‥ん、ここ‥‥は」
 驚くほど晴れやかな感覚の中彼は目を覚ました。
 まるで生き返ったような、爽やかな胸。
 おそるおそる息を吸い込んでみる。何にも邪魔されず、呼吸は身体に吸い込まれていった。
「‥‥ん、あ! 気が付いたね。ラス君」
「貴方は‥‥だれ?」
 枕元で顔を伏せていた女性が笑いかける。彼女は胸の上にそっと手を乗せた。
「うん、良かった、発作は治まったみたいだね。昨日はこのまま息が止まっちゃうんじゃないか? って思ったけど、これならもう大丈夫だ! あ、私のことはインデックスって呼んで。今、皆を呼んでくるから!」
 立ち上がって部屋を出る彼女。その胸に触れた感覚を確かめるように、ラスはもう一度胸に手を当てた。
 やがて‥‥
「よう! 目が覚めたか?」
 入ってきた人物達にラスは目をパチクリとさせた。ここでは今まで見たこと無かった大人達。
 そして‥‥
「デューン!」
 彼らの肩からぴょん、と飛び降りて走ってくる猫。大事な‥‥友達。
 そのぬくもりを抱きしめながら、目の前の大人達を彼はしっかりと、見つめた。
「どうやら、解ってる様だな。俺達は、お前の両親からお前さんを探してくれ、と頼まれた冒険者だ」
 リルの言葉に少年は、背筋を伸ばして身を硬くする。大事な『友達』をしっかりと抱きしめて。
「僕は帰らないよ! デューンを絶対に捨てさせたり、殺させたりするもんか!」
「勿論だ。猫を苛めるような真似を、この俺がすると思うか? なあ? デューン!」
「ニャアー!」
「えっ?」
 腕の中で、答えるように猫が鳴いた。一番厳つく、怖いと思っていた人物とに答える様子にラスはまた目を瞬かせる。
「猫さんと引き離して永久に会えない様にする事は絶対にしません。ですが、昨夜のような苦しい思いはもうしたくは無いでしょう?」
 問いかけるようなワケギにラスは顔を、下に向けた。
 昨夜の大発作は、ラスにしても滅多にないほど、苦しく重いものだった。

「大変! 熱スゴイよ! それに唇真っ青だ!」
「ワケギ! 医者を頼めるか? あと、インデックス。湯を沸かすんだ。空気を入れ替えて!」
「解りました。今すぐ!」
「しっかりしろよ。ラス! ねえ、兄ちゃん達。こいつ座ってるほうが楽だって言ってた事があるんだ」
「よし、お前達はこいつを支えてるんだ! ‥‥唇が乾いてるな。無理にでも水を飲ませないと」
「大丈夫、大丈夫だからしっかりしてね。 ‥‥君は、ちょっとこっちに来ていて‥‥、彼の為かもしてないから」

 おぼろげな記憶の中、そんな声が聞こえた気がした。
 自分を心配してくれた‥‥声。思い。
「お前が猫と別れるのが悲しいように、お前がいなくなって両親はとても悲しんでいる。人を悲しませるのはいい事だと思うか? もし、あのまま死んでいたらもう、二度と親には会えないんだぞ」
 いいのか? 無言の問いに、無言が答える。
「猫の事は俺達も考えるから、お前も逃げずに方法を考えるんだ。一緒に解決しようぜ」
「まずは、病気を治しましょう。全てはそれからですよ」
「君の事を心配している友達の為にも‥‥ね?」
「友達?」
 猫のことを言っているのだろうか? とラスは腕の中を見た。だが黎鳳の視線は猫と、その背後、ベッドの向こうの窓の外を見つめている。
 ラスはそっと窓を開けた。
「うわあっう!!」
 突然開いた木の扉に鈴なりになっていた子供達が慌てて後退する。
「君たちは‥‥」
「っ! いいか! ここは俺達の家なんだ。ここに入れてやったんだからお前はもう、俺達の仲間なんだ。仲間は‥‥助け合うものなんだからな!」
 照れくさそうに顔を背けるラス。ニコニコと笑う子供達。
 そして冒険者と、腕の中の猫。
 発作の時はいつも思う。
 いっそ、このまま息が止まれば楽になる、と。
 だからデューンと引き離される時、こっそり飼う為の場所を探しに出た矢先、突然の発作で動けなくなったあの時、一緒に死ねるならいいや、と思った。
 でも‥‥。
「うん‥‥。ありがとう」
 今、彼は思う。
 生きたい。と。
 自分を心配してくれる人の為に、生きたい‥‥と。

○瞳に写る約束
「ラス君に付いていてくれてありがとう。でも、これからが‥‥大変だよね」
「まあな」
 抱き上げた猫に囁きかけた黎鳳。頷きリルも猫に手を伸ばすが、彼はひらりと床に降りてしまう。
 軽く舌打ちしたが、リルの目からは真剣さが消えてはいない。
「病気の原因が猫‥‥ぅ〜ん一概に否定できないよね〜。医者もよく解らないって言ってたし」
「猫等動物が傍にいたら喘息が酷くなる、と言う症状が本当に間違いの無いものなら、猫をどこかに預けてたまに会いにくるとか、考えた方がいいかもしれませんが」
 そう。まだ問題は解決していない。
 とりあえず、この館にいれば生命の危険は少なそうだが、いつ発作がまた起きるとも知れない以上、早く家に戻した方がいいのは間違いない。
 だが、彼とした約束を守れないうちに家に帰すことを無理強いはできない。
 冒険者が預かると言う選択肢もあるが、このままでは一時しのぎだろう。

「ニャアー」
 足元で自分達を見つめる黒い瞳。
 その目には冒険者達の姿が、真っ直ぐに映し出されていた。