【子供達の領域】願う瞳

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 27 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月04日〜02月07日

リプレイ公開日:2007年02月09日

●オープニング

 ヒュー、ヒューー。
 胸の奥で風が鳴る。
 苦しい‥‥。息ができない‥‥。
 喉は乾いているのに、水さえも喉を通らない。
「どうして‥‥こんなことに、なったんだろう‥‥」
 両親に、謝りに行くつもりだったのに。騙されて‥‥。
「お父さ‥‥ん、おか‥‥あ‥‥さん、デュー‥‥ン」
 小さな、あまりにも小さな声は‥‥外で騒ぐ男達には聞こえてはいなかった。 

「えっ‥‥、息子が貴方の所に?」
「正確には、私が保護している少年達の館に、ですが。奇遇ですね。冒険者からも報告が行っていると思いますが、無事にしています。ご安心下さい」
 若い商人の言葉に、婦人はへたへたとその場に崩れこむ。
 それを支える夫の表情にも安堵の笑みが浮かんでいた。
「良かった。心配で、夜も眠れなかったのです。これで、やっと仕事の事も考えられます」
「それは良かった。注文主も一刻も早く、貴方の仕立てを、と楽しみにしていますよ。今までの職人以上の仕事をして頂きたいものです」
 彼は目の前の若い夫婦に笑みと元気が戻ったことに喜びを感じていた。
 半分は人として、子を思う親の思いに共感して。
 半分商人として、大抜擢の仕立て職人が自分の出した注文仕事に戻る気になってくれたことに。
(「正直、このまま仕事が遅れるなら注文を取り消すと言ってたもんな。危ない危ない」)
 だが、思い出して商人は言葉を続ける。
「ですが、ご子息が家に帰りたくないと言っているのは事実のようですね。私は詳しい事情は聞いていませんが‥‥子供達からくれぐれも、彼を無理に家に連れ戻す事の無い様言って欲しいと頼まれているのですが‥‥」
「そんな! あの子は病気なのです。一刻も早く連れ戻さないと‥‥」
 心配そう、という言葉を超えた様子の母親は、今にも飛び出していきそうだ。
 それを手で制して、父親は頷く。
「少し、落ち着きなさい。‥‥解ってはいるのです。あの子にとって私たちの言う事が受け入れがたいことなのだと。冒険者にも言われましたし」
 商人は目を瞬かせて、微笑んだ。母親はともかく、どうやら父親は折れる様子を見せているようだ。
「仕立て屋という仕事柄も、猫はあまり歓迎できないのですが‥‥あの子が望むなら‥‥」
 子供の無事を確認して、冷静になったのかもしれない。
 夫の言葉を受け、妻も少しずつ落ち着きを見せ始める。
 彼らの目にあるのは、我が子への愛情。
「解りました。お子さんと話す機会を作りましょう。仲直りができることを願っていますよ」
 彼の言葉に夫婦は、静かに頷き、頭を下げた。

 そういうわけだから‥‥、言って商人は子供達に向けて膝を折った。
 館の子供達に頼まれた事の返事を伝えるためだ。 
「猫を飼う事を許してもらえるかもしれない。だから、ラス君を呼んできなさい」
「解った! 今すぐ呼んでくる!」
 走り出した少年は‥‥やがて、真っ青な顔で戻ってきた。
 ぐったりとした、猫を抱えて。
「大変だ! あいつがいない!」
「なんだって? 本当なのか?」
「本当だよ! しかもほら、デューンが怪我をして‥‥!」
 差し出された猫は頭から血を流している。何かで叩かれたような深い、傷跡‥‥。
「ラス君が消えて‥‥猫が怪我を‥‥。こいつは只事じゃないな。‥‥レン!」
 視線を交わした商人と、子供は頷き会うと駆け出していった。
 それぞれのやるべきことに向かって。

「子供が誘拐されました。救出をお願いできますか?」
 若い商人の依頼にギルドにも緊張が走った。
「誘拐された場所も、犯人も解っています」
「誘拐された場所も、犯人も? どういうことだ?」
「猫が教えてくれました」
 そう答えた商人によれば、町外れの小屋にその子は閉じ込められている。誘拐されたときに一緒にいた猫が傷を追いながらも逃げて教えてくれたのだ、という。
「ラスは両親に謝りに行くつもりだったようです。猫を連れて一度帰ると書き置きがありました。そして‥‥戻ってきたのは猫だけだった」
 只ならぬ様子に商人と子供達が調べた結果、一軒の小屋にたどり着いたのだと言う。
「‥‥血痕が微かに残っていましてね。私の保護している子供達が必死で探して、見つけたんですよ。正直‥‥その場所を見つけた時点で私には、犯人も解ったんです」
 その小屋はある服飾商人の持ち物なのだ。
「はっきりと名前を出す事はできませんが名家のご息女の結婚式があります。彼の父親はその衣装を手がける服飾職人です。今まで田舎で細々と仕事をしていた彼は、この大仕事に大抜擢され家族を連れて、田舎から出てきました。それに伴い衣装を今まで請け負っていた職人は仕事を失いました。職人と彼を抱える商人にはそれはやはり面白くない事でしょうね」
 大仕事を失った腹いせなのか、それとも心配で職人の手を止め仕事を取り戻そうとする策略なのか、それは定かではない。だが
「ですが、確実なのは彼らが少年を誘拐するという卑劣な行動に出たということ。少年は病弱で家族がとても心配している、ということです」
 小屋にいるのはゴロツキ系の見張りが数名。
「子供達は彼を助けに行く、と言っているのですが私が止めました。彼らが危険だし、事が大きくなりすぎます」
 冒険者が的確に対処すれば、そう困る相手ではないだろうが子供にとってはそうではない。
 そして、商人には子供達が危険、以外にもう一つ彼らを止めた理由があった。
「彼らは、所詮目先の事しか見えていない小物です。事が表ざたになって彼らが破滅する分には構わないのですが慶事に関わる事。醜聞を嫌う方々の耳に入れば職人にとってせっかくのチャンスを失う事になるでしょう」
 この事が職人の耳に入ればまた仕事など手に付くまい。
 だから、勝手と言われようと今は、その情報を商人は職人の耳に入れていない。
 可能な限り。速やかに、ただ、できるなら密かに、目立たず、子供を救出して欲しいと商人は告げた。
「誘拐された子は病弱で、発作が起きると命に関わるという話も聞いています。ですから、本当に危険なときは醜聞など気にしないで構いません。よろしくお願いします」
 商人が開けたドアの外には少年達と、そして抱えられた猫が立っていた。

 冒険者達は知る。
 その一人ひとりの真摯な眼差しは、消えた少年ラスを心から心配しているのだ。と。 
 かつて、ここに来て同じ少年の捜索を依頼した親達に決して劣らぬ思いで‥‥。

●今回の参加者

 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

タケシ・ダイワ(eb0607)/ 陰守 清十郎(eb7708)/ ルルル・ルフェ(eb9427

●リプレイ本文

●小さな勇気
『彼』はついてくるつもりだったのかもしれない。
 傷ついた身体をよろめかせ、立ち上がろうとする『彼』に李黎鳳(eb7109)はそっと手を伸ばし、抱き上げた。
「よく頑張ったね。でも、私達を信じて待ってて。ラス君は、絶対に助け出してくるから」
 心配そうに見つめる少年の一人に『彼』を渡して黎鳳はウインクした。
「力の無い人達に代わって理不尽な暴力に立ち向かう、それが冒険者だからね」
 と。

「いよいよ‥‥ですね。覚悟を‥‥きめないと‥‥」
 帽子を深くエスナ・ウォルター(eb0752)は被りなおした。手が震えているのは自覚しているが‥‥止める事はできない。
「‥‥だらしないですね。ラル君を助け出す為に、頑張らなきゃ‥‥いけないのに」
 ぎゅっと力を入れなおしたつもりだったが、まだ‥‥力が入らない。いや、入りすぎているのか。
 路地の向こうには目的の小屋がある。
 いくつか並んだ大き目の倉庫小屋と、それを管理するさらに小さな小屋。
「あの倉庫小屋の‥‥真ん中にラス君はいるようです。見張りはあの管理小屋に数名だけのようです。犯罪をしていると言う自覚も、警戒心も無い。小物ですね」
 僅かならない苛立ちを言葉に孕ませながら、言うワケギ・ハルハラ(ea9957)の声も彼女の耳には届いているかどうか‥‥。
「ラス君を助ける為に‥‥みんな、協力してね。お願い‥‥」
 何かに縋り付くように愛犬の首にしがみつくエスナ。伝わってくるのはふんわりとした毛並みとぬくもり。そして‥‥
 ポン!
 後ろから叩かれた肩に振り返るエスナ。そこに包み込むような笑顔があった。
「大丈夫ですよ。一人じゃないですから。僕らがサポートします。だから、ね?」
 同族ということを差し引いてもグラン・ルフェ(eb6596)の言葉と笑顔は不安を溶かしてくれる。
「俺のワンコも頼りになるぜ。無論、俺もだ」
「しっかりエスナさんを守るでござるよ。ブラック」
 主達の声に二匹の犬も元気な泣き声で答えた。
「リ・ル(ea3888)さん‥‥森写歩朗さん‥‥」
 顔を上げたエスナにリルも、陰守森写歩朗(eb7208)も静かに頷く。
「悩むのは後よ。彼の事を考えるとね」 
 カイト・マクミラン(eb7721)の言葉に力いっぱい頷いて
「年端のいかない子供、しかも病気で身体が弱っている子供を、大人の欲得で危険に晒そうなんて許せません! エスナさん、思いっきり可愛い悲鳴お願いしますねっ 」
 微笑んだ。それで、覚悟は決まった。帽子をもう一度目深に被りなおし、エスナは頷いて思いっきり息を深く吸い込む。
 それぞれの持ち場に付く仲間達。もうタケシ・ダイワや陰守清十郎も準備をしているはずだ。
「解りました。行きます!」
 様子を伺っていたインデックス・ラディエル(ea4910)の合図を確認すると
「きゃぁあああああ!!!!」!!」
 エスナは腹式呼吸全開の大きな『悲鳴』を上げた。

●奪還作戦
 後ろから、遠く声が聞こえる。
「た・たすけて、ください! 犬、犬が追いかけてきて‥‥おねがい‥‥お願いします!」
「いいだろう。ほら、あっちいけ!」
 弱い女性の悲鳴に誘われて何人かが向こうに行っている。
 ワケギ達の事前調査によれば誘拐と言う大それた事をしでかした割に見張りとして配置されている人間は少ない。
 ゴロツキがせいぜい数名というところだろう。二桁まで届かない。
「どうだ? 開けられるか?」
「はい! でも‥‥少しだけ時間を稼いで下さい」
 扉の前に膝を折ったグランの返答にならば、十分対処できるとリルは十手を握り締めた。
「なんだ? 貴様ら!」
「お前達が連れ去った子供を返して貰いに来たんだよ!」
「何ぃ?」
「そいつらを捕まえろ。下手に騒がれるとやっかいだ!」
 鋭い目をした男の指示で4〜5人の男達がリルに向かって駆け寄ってきた。
 手に手に剣を振りかざして。
「ちっ!」
 小さく舌打ちしてリルは最初に飛び掛ってきた男を十手で横薙ぎにした。次ぐ男は頭上に向けて。
 刃の無い十手であるから命に関わる事は無いだろうが、しばらくは痛みが消えないはずだ。
 その場から動く事も無く、あっさりと仲間を倒した戦士に男達の足がしり込みするように止まる。
「何をしてるんだ! とっとと倒すんだ! ‥‥って! なんだ!!」
 強い命令に男達の足が再び前に向き始めた時、彼らは背後に響く、仲間達の悲鳴と爆発音に足を止められた。
 一瞬の躊躇。それを見逃すような冒険者は無論いない。
「ぐわっ!」「あっ!」「うぎゃっ!!」
 彼らが後ろを振り向くより早く、彼らは地面に突っ伏した。
「子供達に近づかせたりしないよ!」
「グランさん、大丈夫ですか?」
 ピンと微かな音が鳴った。返事の代わりに扉が開く。
「扉、開きましたよ」
「ラス君!」
 踏み込んでいく冒険者達を止めようと今まで渋い顔をしていた男が、走り出す、いや走り出そうとした。
「はあ?」
 身構えたリルは、目を瞬かせる。無理も無い。一番厳しい戦闘を覚悟していた相手が勝手に倒れてしまったのだから。
「どうしたんだ?」
 近づいて注意深く十手でつついてみる。
 グーと返事代わりにいびきが答えた。
「寝てる?」
「無事効いたみたいで、良かったわね」
 物陰から出てきた笑顔に、
「カイト‥‥ああ、そういうことか」
 リルは納得した、と言う顔で肩を上げた。
「ありがとな」
「どういたしまして」
 笑いあう。だが、直ぐに思い出す。
「いけね! エスナの方はどうなったかな?」
「ラスさんはどうなったでしょうか?」
 交差して走り出した彼ら。
 数刻後匿名の通報でやってきた騎士団が見たものは縛られ、凍らされあるいは簀巻きにされて転がる男達だけだった。

●愛されし子
 彼が目を覚ました時、胸の音はまだ、完全に解けてはいなかった。
 深く息を吸い込むと、まだ音がする。
 でも、今までに比べるとずっとマシだ。風が運ぶ冷えた、だが清浄な空気の匂いがする。
「あれ? 僕は‥‥あっ!」
「心配しなくてもいいわよ。ラス君。ここは、貴方が最初にいた子供達の家だから」
 目の前に立つ人はカイトと自分の名を名乗って静かに笑った。
「よかった。少しは落ち着いてきたのかしら。さっきまでインデックスさん達がずっと、付きっ切りで看病してたんだから後でお礼を言わなきゃダメよ」
「インデックス‥‥、あ! 冒険者!! そうか‥‥僕は‥‥」
 微かに下を向く少年。思ったより聡い子だとカイトは少し感心した。
 おそらく自分がどういう状況にあったかも、どうしてそうなったのかも今は解っているはずだ。
「今、皆を呼んでくるわ。でも‥‥その前に一つ。あんまり御両親に心配かけちゃ駄目よ。ラス君がデューン君を思うのと同じように、あなたのことを想ってるんだからね」
 さらに頭が下に向く。頭で例え解っていても自分の思いというものは簡単に割り切れるものでは無いから無理もあるまい。
「とりあえず病気が一段落するまではお医者さんの言うことを良く聞いて大人しくしててね。いい子にしてたらきっといい事があるから。あ、でも家出した事は別ね。心配かけたぶんキツーイ一発ぐらいは覚悟しとくのよ」
「はい‥‥」
 一度だけ、小さな返事が返った。それが、どの言葉に対する「はい」かは解らない。
 だが、ここから先の説得は彼らに任せよう。そっとカイトは立ち上がって扉を開けた。
「あ! ラス君。気がついたんだ。よかった〜〜」
「本当に、一時はどうなるかと思いましたよ」
「‥‥良かった。無事で‥‥本当に、良かった‥‥」
「ったく、心配かけやがって」
 部屋に駆け込んできた、心から安堵の表情を浮かべる仲間達へ‥‥。

「さて。ラス」  
 腕組みをしてリルがベッドの上の少年を見つめた。
 厳しい眼差しに周囲の空気も少し張り詰める。
「お前が誘拐されたとき、デューンが怪我をした。頭から血を流しかなりの深手だったがそれでも、お前の事を知らせようと必死で戻ってきたんだ。覚えているか?」
 小さく、首が縦に動く。
「覚えて‥‥る。攫われようとした僕を必死で追いかけてきてくれたんだ‥‥」
「今回デューンが怪我を負ったのはお前の短慮のせいだ。もう少し慎重に動くか、もう少し回りを信用すればこんなことにはならなかったんだ」
「‥‥はい。僕が‥‥悪かった‥‥んです」
 蚊のなくよりも小さな声で、だがはっきりと彼は頷き答える。
 呼吸が少し荒くなるが、それでも逃げないと言うように手のひらを強く握り締めて
「リルさん。もうそのくらいで。‥‥元々そんなに怒るつもりなんてなかったのでしょう?」
「まあな。これ以上は苛めすぎか?」
 見かねたワケギの助け舟に、あっさりとリルは手を上げた。
「えっ?」
 意味の解らないという顔のラスにエスナはそっと扉を開けた。
 そこに立っているのはデューンを抱いたグランと‥‥冒険者が呼び寄せた二人。
「お父さん‥‥お母さん‥‥」
「ラス‥‥」
 涙目の母親は我が子に駆け寄り強く抱きしめた。その唯一無二の感覚に今までどこかで無理を続けていた少年の心の糸も切れる。
「お母さん。お母さん、お母さん。ごめんなさい! ごめんなさい‥‥」
 泣きじゃくる少年の肩をリルはポン、と叩いて笑う。
「健康とデューンと両親、どれかを諦める必要はない。簡単だ、養生しながら健康を取り戻せばいいだけなんだ。デューンの事もお前の事も助けてくれようとしている奴はたくさんいる。それを忘れるな」
 言ってリルは先に部屋を出た。告いで黎鳳たちも。最後に猫を下ろしたグランが静かにドアを閉める。
「よーく洗って手入れもしたのですが‥‥それでもまだ猫の毛は悪いでしょうか?」
 ルルル・ルフェがしてくれた猫の傷を濡らさないようにといろいろ気を使い、暴れる猫を半日かけて手入れしたグランの手には細かい擦り傷がたくさんできていた。
 全力を出し合った戦友同士にはある種の友情が芽生えると言うが‥‥。
「さてな。正直なところここから先は家族の問題なんだ。猫を飼うか、飼わないか。苦しくても一緒にいるか。仕事の邪魔でも一緒に暮らすか。リスクを追うのも決めるのも俺達が変わってやれる事じゃない」
「そうですね‥‥。でも、少しでもいい方向にいってほしいですね」
 リルの言葉にグランは寂しそうに頷く。
 冒険者ができることは問題解決ではなく、問題解決の手伝いのみ。
 最終的に問題を解決するのは、できるのはその人物のみなのだ。
 親に少しキツイことを言ったが、それでも彼らはここにやってきた。解決の糸口はもう彼らの手の中にある。
「そだね。でも、おせっかいついでにもう少し手伝っていこうよ」
 静かになってしまった仲間達を励ますように、インデックスが声をかける。
 そして‥‥冒険者達は動き出した。依頼三日目。最終日を彼と『彼』の為に。

●違う世界と同じ時
「ほらほら、みんなお掃除お掃除。そっちの下、良く拭いてね〜」
 明るいインデックスの掛け声に
「は〜〜い」
 思ったよりは元気で素直な子供達の返事が返る。
「お掃除なんて、って文句言ってた割に皆頑張るね。いい子いい子」
 黎鳳は思わず手近にいたレンの頭をなでくりする。
「子供扱いすんなってば。‥‥仕方ないだろ。ラスとデューンの為なんだからさ」
 顔を赤くするレンをさらに後ろから抱きしめる。きっともっと赤面しているだろうが気にしない。
 ラスが家に帰るにあたり、自宅の大掃除をしてきたインデックスはついでにと子供達を誘っての館の大掃除を始めたのだ。
「その煙草入れの蓋は閉めないで下さいね。はい。グランさん。これで高いところの埃、掃って下さいね」
「いいですよ。ここかな?」
 森写歩朗に差し出されたハタキを握ってグランは背伸びする。
「‥‥猫さんそのものが、悪いわけではないと‥‥思います。部屋を掃除して、手を洗ったりすれば悪いものが、猫から移ったとしても症状は抑えられるのでは無いでしょうか‥‥」
「暫くあの猫、ここで預かる約束なのでしょう? 彼がもう少し成長し、家にも受け入れる体制が整うまで」
 カイトが布巾をちらつかせながら笑った。
 誘拐の問題はほぼ解決。商人が細かい事後処理はしてくれたようだ。
 もう一つの最重要課題。猫のことは親とのラス、そして子供達と冒険者を交えた相談の結果、暫くの間猫を子供達の館に預かる。いずれ、ラスの体調が回復してきたら家に受け入れることも視野に入れてということにに落ち着いた。
 親とラス。それぞれが少しずつ我慢と譲歩をしたということになる。
 新しい仲間の、友達の願いを子供達は受けれいた。
 だがラスは知るまい。
 ‥‥実は何より我慢をしたのは彼でも親達でもなかったことを。
「‥‥いいよなあ。ラス」
 本当につい出てしまった、という感じの言葉。
 インデックスはそれを口にした男の子を抱きしめた。
「心配しなくて大丈夫だよ。俺達、ラスとデューンの友達だから、さ」
 同じように後ろから抱きしめたレンに逆に気遣われた黎鳳も、他の冒険者達も思う。
 その心が愛しい。願う瞳が何より美しい、と。
「あの子は気付くでしょうか?」
 台所から重箱を持ってきた森写歩朗は子供達に弁当を振舞いながら、囁いた。
 それを聞いた者がいたか、いなかったかは解らない。
 誰も答えなかったからだ。
 だが、きっと冒険者なら気付いただろう。そして、同じ思いを持ったはずだ。

 街角の木の前で、リルは言った。
「あいつのこと‥‥頼むな?」
 自分が置いたチキンがなくなっていることを確認して、振り返らずに。
「ニャアー」
 一度だけ声が聞こえた。
「うわあっ! あの子が噂のボス? こんにちわ」
 振り返り駆け寄る黎鳳より早く猫の姿は物陰に消えた。
「あれ?」
「こら! 猫に声をかけるときはいきなりなんてダメだぞ」
「だって、任せとけっていったんだもん。遊んでくれると思ったのに。猫くんってけっこうシャイなんだね」
 そんな会話を横に聞きながら、ボスの後を追うデューンの後姿をワケギは見送る。
 街を自由に歩く猫。生き生きしている。
 それが正しい姿だと思うと同時に少し寂しさもある。
 ラスにとってはデューンはかけがえない友であろう。
 だがやはり住む世界が違う生き物。いつか、きっと別の道を歩く日が来るのだ。
「でもさ、あの子は自分の意思で選んだんだよ。ラスといる日々をさ。ラスが選んだように‥‥」
 黎鳳に告げられたデューンの『言葉』は小さいが確かなものだった。
 ラスがいつか彼の手を必要としなくなるまでデューンは側にいてくれるだろう。
 きっと。
「あの子は、恵まれていますね‥‥」
 いつか気付いて欲しい。自分がどれほど愛に包まれているかを。
 そんな思いをワケギは静かに胸の中にしまった。

 時はもう直ぐ春。
 温かい風が子供と、猫と、冒険者の間をすり抜けて行った。