【人の願い 人の夢】終わりを待つ者

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:8 G 32 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月08日〜08月18日

リプレイ公開日:2007年08月16日

●オープニング

 憑き物が落ちたようだ。と彼を知る者は語る。
 傍若無人を絵に描いたようだったエイムズベリー領主エネベーザ。
 彼は先日アンデッドの襲撃にあった。
 数日間館に閉じ込められ生死の境を比喩でなく彷徨った彼は、冒険者に救出されて後、本当に人が変わったような変化を見せたのだという。
 穏やかに笑い、館の修理整理をしてくれた村人に感謝の言葉を言い、そして税も切り下げた。
 孫娘と村を一緒に歩く様子は微笑ましい家族の情景に見えた。
「旦那様も変わられたなあ〜」
「ホントに。でも、いい方に変わってくれるなら大歓迎でないかい?」
「そうだな。今年の祭りはパーッと派手にお祝いしようじゃないか?」
 頷き、手を上げる村人達。
 そして祖父と孫の情景を、ある親子は黙って、静かに見つめていた。

 冒険者ギルドにその招待状が来たのは、月も替わったある日のことだった。
「領主の誕生日?」 
 エイムズベリーの祭りへの招待。
 世話になった冒険者への感謝を込めてと書いてある。
 本来なら冒険者達もこのような招待は喜ぶ筈だが、何せ招待主が今回の騒動における諸悪の根源、領主エネベーザ。
 しかもその誕生日祝いと聞かされて、係員の顔は知らず渋いものになっていたらしい。
「お気持ちは解ります」
 招待状を持ってきた青年カルマは苦笑しながら、だけど‥‥と話を続けた。
「村人も最初は領主の誕生日なんて、思っていたらしいですけど、この日ばかりは領主の館でご馳走が並べられて村人が自由に食べられるというので夏の祭りとして今は楽しみにしている人が多いのだそうですよ」
 小さな村の祭り。
 領主の館に集まりご馳走を食べる、旅芸人の芸を見、歌を歌ったり踊ったりするだけのことだが、それでも村人にとっては数少ない、そして大事な楽しみである。
「今年はジュディスがいろいろと指揮をしているみたいなんです。まだ昏睡の醒めない大伯父さん‥‥家令さんに変わって今は、ジュディスが領主の仕事や館の事を仕切っているんです」
「なるほど‥‥そういうことか‥‥」
 今回の招待はそのジュディスからのもの、そう聞いて係員もやっと納得する。
「キャメロットやソールズベリーの祭りに比べれば大したことはないかもしれないけど、良ければぜひ来て下さい。とのことです。お願いします」
 使者を頼まれた青年の言葉に解ったと、係員は頷いて招待状を預かる。
「それから、これは僕からのお願いです。実は僕と母さんは、この祭りが終わったら村を出るつもりなんです。僕達がいることで村にいらぬ騒動を起こしたくないし‥‥恨みも残るかもしれないから‥‥」
 カルマは寂しげに笑って言った。
 村人達は知らない。
 先の通り魔事件の真相、アンデッド襲撃事件の真実もなにも‥‥。
 今も、彼らにとってカルマとエスタは薬師とその従者。
 真実を告白しようとしたエスタを止めたのは誰であろうエネベーザ自身であったという。
『今更、村人に不信を吹きこむ必要は無い。もう、全ては終わったのだ』
 エネベーザのエスタ達を庇う言動。どんな考えがそこにあったかは解らない。
 彼自身の罪や過ちを隠そうという意図がひょっとしたらあるかもしれないと穿ち見ることもできる。
 だが、とにかく通り魔の犯人はデビル。アンデッド襲撃事件の犯人はゴーストで冒険者に倒された。と村人には説明された。
 不安から開放された安堵が祭りをより盛り上げるだろうが‥‥。
「でも、それに甘えてはいられません。デビルの口車に乗り、人々を騙し、利用してきたのは僕達なのですから。だから僕達は父さんを故郷に還して、そして何かの形で罪を償っていこうと決めたんです。ですから‥‥」
 何かを振り切るようにカルマは一度目を閉じ、そして開いて告げた。
「どうか、冒険者の皆さん。ジュディスを支えて励ましてやって下さい。あの子は本当に優しい子だから、僕らみたいな罪人に染まってはいけないから‥‥」
「君は‥‥」
 係員はそれ以上の言葉をかけることができなかった。
 彼の瞳に浮かんだ光の意味を察したが故に。

『もう、全ては終わったのだ』
 この言葉を信じていないものが、エイムズベリーの街にはまだ二人いた。
 一人は誰であろう。今もなお、ベッドの上で天井を見つめる男。
 エネベーザ本人。
「そう、焦るな。お前達。心配しなくてももうお前達のところに往く。全ての罪はワシにある。ワシの命で満足しておけ」
 周囲を飛び交う薄い影達にそう、諭すように呟いた。
 トントン。
「おじいさま? 誕生日の件なんだけど、確かめたいことがあって‥‥」
 ノックがしてジュディスが顔を出す。
 元々才能があったのだろう。
 もはやすっかり領地のことも、館のことも覚えたようでエネベーザが指示を出す必要も無いくらい領主補佐の仕事を完璧にこなしている。
「ああ、それでいい。任せる」
「解ったわ。じゃあ、また後で」
 振り向いて去っていくジュディスは知るまい。
 騒動の後、眠りから呼び覚まされたか。死んだ親族達のゴーストが館を彷徨っていることを。
「あの子は強い。お前達が手を出せぬし、出してはならぬよ」
 エネベーザの言葉に従った訳でもないだろうがゴーストたちは彼女を追う事はせずエネベーザの周囲に溜まった。
 エリスほどの力の無い弱いゴースト達だが、彼らはいずれ自分の命を奪うだろうとエネベーザは知っていた。
 だが、それでもいいと、今は思っている。
「終わることで償えるならな‥‥」
 と。
 自分の人生を、悔いながら彼は今、初めて終わる日を待ち望んでいた。

 そして‥‥まだ終わりを信じていないもう一人。
「アリオーシュ様。どこにいるのです‥‥」
 いくら呼んでも返事の無い相手を、エスタは繰り返し、繰り返し呼んでいた。
「伯父様の魂をお返し下さい。代わりに私の命を捧げてもいいですから」
 だが、返事は無い。
 彼女の思いをあざ笑うかのように。彼女の決意など知らないというように‥‥。
「私は‥‥どうやって罪を償えばいいのでしょう。誰か教えて」
 風と森と‥‥黒猫以外、彼女の言葉を聞くものはいなかった。

『終わったな』
『彼』は呟く。『彼』にとってはここでの物語はもう完全に終わっていた。
『まあ、退屈はしのげた』
 祭りに向けにぎやかに楽しげに笑う民達を見ながら
『ここは一つ礼にでも行くとするか。古い劇の終わりと、新しい劇の始まりの為に』
『彼』は楽しそうに呟いていた。

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb1293 山本 修一郎(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

○誕生日の『祝』と『呪』
「ほほう、こいつは凄いな」
 何度目かの来訪、何度目かのエイムズベリーで、冒険者達は初めてあるものを目にした。
 それは、楽しげに笑う村人達の姿。
 最初に来た時は彼らの顔は隠し事で曇っていたし、その後も通り魔事件やアンデッド来襲などで楽しいという状況からは程遠かったこの村の人々が、今、楽しそうに笑っている。
「祭りの準備をしているようだな。ジ様の誕生日っていつだったっけ?」
 閃我絶狼(ea3991)の問いに飾り付けの準備をしていた村人が笑って答える。
「明日だよ。パーティは夕方から。吟遊詩人ももう来ているし、その頃には料理も出来上がるから楽しみにしてておくれよ」
 ありがとう。手を軽く上げて絶狼は仲間達の下へと帰った。
「明日、ですか。楽しいパーティになるといいのですが‥‥」
 どこか歯切れの悪いワケギ・ハルハラ(ea9957)にまあな、と同意するように絶狼は腕を組んだ。
「区切りがついた、と喜んでられる状況じゃまだ無いしな」
 心残りはある。いくつも。だが、それをどこまで解決できるか解らない。
 勿論、できるなら解決したいと願うが、自分のことではない故に‥‥。
「とりあえず、行くとするか‥‥ん? 何してるんだ? マックス?」
 荷物を握りなおした絶狼はマックス・アームストロング(ea6970)にそう、声をかけた。
 何やら膝を折り、顔を下に向けている?
「いや、ちょっと考えていたことがあるのである。提案というべきかもしれないのであるが‥‥」
「提案、ですか?」
 首を傾げるクァイ・エーフォメンス(eb7692)にそう、とマックスは頷いた。
「歩きながら話すのである。皆の協力も必要になりそうであるし‥‥」
 マックスが立ち上がると足元の猫が散っていく。
「猫を使って何をするつもりなんだ?」
 鋭い目で街に森に消えていく猫を見つめながら問うクオン・レイウイング(ea0714)に、仲間達に、マックスは
「実は‥‥」
 一つの提案をしたのであった。
 生まれる結果を知る由もなく‥‥。

 冒険者達がまず訪れたのは領主の館であった。
「いらっしゃい。ようこそおいで下さいました。お待ちしていました!」
 招き入れられた執務室で明るい笑顔のジュディスが出迎えてくれる。
「お邪魔でしたでしょうか?」
 何人かの村人がお辞儀をして去っていくのを見て気遣うようにセレナ・ザーン(ea9951)は言うがいいえとジュディスは首を振った。
「今、明日のお祭りの準備中なんです。その準備の為の打ち合わせをしていました」
 そう言って笑うと案内してきた召使に冒険者の泊まる部屋ともてなしの指示をする。
 ヒュウ。思わず口笛を鳴らし絶狼は手を叩いた。
「一皮向けたようだな。ジュディス。立派な村の女主人だ」
「そんなこと無いですよ。ただ、村の為に私に何かできるならそうしたいって思うだけで‥‥まだまだやるべきことをやるので精一杯です」
 照れくさそうに微笑むジュディス。その瞳には最初に会ったときから変わらぬ強い意志が湛えられていた。
「でも、来て頂けて嬉しいです。今、おじい様のところにご案内しますね」
 先に立ってジュディスは歩いていく。
「本当にご立派になられましたね。最初にお会いした頃とは別人のようですわ。エネベーザ様もさぞお喜びでしょう?」
 横を歩きながらセレナはジュディスに問うが、ジュディスの顔色は微妙に冴えなかった。
「お喜び、というか、おじい様、最近はなんだか弱気でいらっしゃるんです。最近は村のことは全て任せっきりで床に伏せたまま‥‥。昔の方が良かった、とは言いませんけどなんだか心配です」
 祖父を心から心配する孫娘。冒険者達の頬に笑みが浮かんだ。
「だから、皆さんがおいでになってお話して下さればきっと元気になります。おじい様はやっぱり元気でいてくれないと! 話し相手になって励ましてあげて下さいね」
 明るく告げるジュディスに勿論と冒険者は頷く。頷くが‥‥ 
「‥‥なんでしょう。これは‥‥」
 部屋の扉を開けた途端、その表情は一変した。
 呟いた藤宮深雪(ea2065)は小さく呪文を唱え、さらに顔を顰める。
 彼女ほどはっきりとではないが他の冒険者達でさえ、感じていた。
 この部屋の異常さ、部屋に溢れる黒い影の群れを‥‥。
「どうしたんです? 皆さん? おじい様。冒険者の皆さんがおいでになりましたよ」
 冒険者の様子にも、部屋の様子にも一人、まったく気付いていない様子のジュディスは何の躊躇いも無く部屋に入り、躊躇無くその中心人物であろう老人に声をかける。
「おや、ようこそいらっしゃった」
 身体を持ち上げ冒険者を迎える老人。ジュディスとは違う意味で冒険者達は彼もまた別人のようだ、と思った。
 最初の頃の傍若無人さは完全になりを潜めている。
 目の前にいるのはどこか弱気ささえ漂わせる一人の老人。
(「その理由の一端はこれ、ですわね」)
 小さく視線を部屋の中に回し、深雪はセレナに目配せする。
(「! 解りましたわ」)
「ジュディス様、お仕事はお忙しいですか? もし宜しければ村祭りの準備を拝見させて頂きたいのですけれど‥‥」
 今後の参考にと頼むセレナをジュディスは勿論断らない。
「いいですよ。一緒に行きましょう。皆さんもいかがです?」
「では、私も」「私はエスタさん達にちょっとご挨拶がしたいのだわ」
 山本修一郎(eb1293)とヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)がさりげなく後に続く。さりげなく部屋とジュディスの間に壁を作って。
「解りました。では、おじい様。後でまた来ますね」
「僕達も後から行きますから」
 ワケギの言葉に笑顔で手を振り去っていくジュディス。彼女の足音が遠ざかっていくのを確認して
「すまぬな。気を使わせて」
 ベッドの上のエネベーザは苦笑の笑みを浮かべた。
「解っておいでのようですね。事情をお聞かせいただけますか?」
 深雪の問いにエネベーザは、ああ、と頷いた。
 ベッドにその身を倒しながら。
 彼の周りには吐き気がしそうな程の瘴気が渦を巻いている。
 苦しそうに胸を押さえる老人。ここにいるだけで、命が削り落とされそうだ。
 だが、エネベーザの顔を見ながらふと冒険者達は思ってしまった。
 何故彼は微笑んでいるのだろう、と‥‥。
 
 祭りの前夜、それぞれの思いを持ってそれぞれが、準備と行動をする。
 カルマとエスタの前に立つもの。
 老人の側に付いて微笑むもの。
「貴方達も祭りに参加しない?」
 と手を差し伸べる者。
「‥‥と、言うわけである。頼むのである」
 猫達に囁き、告げるもの。
 それぞれの夜が過ぎ、そして夜が明けた。
 
○聖なる祈り
 翌朝、やってきた人物にジュディスは喜び、歓迎の声を上げた。
 それは仲間と別行動を取っていたエリンティア・フューゲル(ea3868)に向けてではない。
 彼が連れてきたお客人に向けて、だ。
「ライル様!」
 パーティ開始数刻前、美しく装ったジュディスに最高の来賓が笑いかけた。
 ソールズベリー領主、ライル・クレイド。
「ほんの少し見ない間に随分と大人びたものだ。もう、立派なエイムズベリーの跡継ぎだな」
 彼はそう言って、でも子供のように頭を撫でる。
「そんなことないですよ。褒めすぎですって!」
 冒険者とは違う親しい、大好きな存在に褒められてジュディスは少女らしい笑顔を浮かべていた。
「でも、どうしてエイムズベリーに。お仕事忙しいでしょうに」
 気遣うジュディスにいやいや、と笑ってライルは手を振った。
「冒険者に誘われたし、エネベーザ老からも頼まれごとがあったのでな?」
「! おじい様の頼まれごと?まさか、また縁談じゃ‥‥」
 心配そうに瞬きしたジュディス。だが
「ジュディス様! ちょっといいですか?」
 準備の最終確認か呼び出された彼女の背を、ライルはにっこりと笑顔で押した。
「大丈夫、心配することは何も無い。頑張っておいで」
「‥‥はい!」
 スカートのすそを掴み走り出していく少女を、優しげな父親の眼差しでライルは見つめ見送る。
「ライルさま〜。おじいさんからの頼まれごとって、なんですかぁ?」
 不審げなエリンティアにライルは小さく、耳打ちした。
 そして、顔を見合わせ、笑い合ったのだった。

 そして、夕方、広がる夕日が村全体を赤く染める頃。開放された屋敷の中庭に村人達が続々集まってきた。
 中央には冒険者に支えられて部屋から降りてきたエネベーザ。
 横には彼を支えるように立つジュディス。
 来賓席にはライルが座っていて、開会を待ちわびる人々の目視を集めている。
 一般客と来賓、その間に場所を貰い両方を見ていた冒険者達は冷えたエールを呑みながら
「なかなか、楽しそうだ」
 そんな事を思っていた。
 最初に来た頃から考えると想像もできないほどいい顔を、皆がしている。
 村人達が心を一つにしだしたからだろう。
 唯一、いや、唯ニ、悩んだ顔を続けているのはパーティ会場の外れに佇むエスタとカルマのみ。
 昨晩冒険者達はそれぞれに、それぞれの思いを持って彼らに声をかけた。
 ‥‥この村から去ろうという意思を固めていた彼らが、冒険者の言葉を聞いてどのような結果を出すかは解らない。
「結局のところぉ〜、冒険者にできるのって言うのは手助けまでなんですよねぇ〜」
 エリンティアの呟きにライルは苦笑しながら答えたものだ。
「誰も、自分の運命を肩代わりしてもらうことはできない。自分の重荷は自分以外に背負うことはできないからな。でも‥‥」
 ふと、ライルは口を閉ざし前を指差した。
 太陽が沈み行くオレンジ色の光の中、祭りの開始を宣言したジュディスの後から、エネベーザが前へと進み出たのだ。
「皆、今日はワシの誕生日を祝ってくれて感謝する。今日は、存分に楽しんでくれ」
 わあ! 上がる歓声。喜びの声。
 だが、それ以上の声が続くエネベーザの声に唱和する。
「今、この時よりワシは領主を退き、孫娘ジュディスにその地位を譲る。後見はソールズベリーのライル卿が勤めて下さる。皆、ジュディスを支えてやってくれ!」
「おじい様!」
 まったく初耳だったと言う顔でジュディスは祖父を見るが、エネベーザは笑ってその手をとりジュディスを前へと進みださせた。
「ワシは今まで、多くの過ちを犯してきた。自分の事ばかり考えて生きてきた結果、人々を苦しめてしまった。だが、ジュディスはきっと同じ過ちを繰り返すことなく、皆を導いてくれるだろう。皆も、ジュディスを支えてやって欲しい。そして皆でこの村、エイムズベリーを良い村にしていって欲しいのだ!」
 満場の拍手が会場に鳴り響いた。
 エネベーザの話を聞いていたジュディス自身も、一度何かを決意するように目を閉じるが、その後はもう若き村の女主人として、まっすぐに村人達を見据えている。
「‥‥聞いておられますか? 皆さん?」
 深雪は静かな声で呟いた。周囲を彷徨う薄い影達が自分達を呼んでいるのだと気がついて集まってくる。
 彼らにニッコリと微笑んで深雪は
「ご覧になりましたか?」
 告げた。
「おじいさんは今までの罪を悔いて、償う道を選びました。貴方達も復讐に囚われる必要はありません。終わりを望む彼の命を奪っても、復讐にはならないでしょう?」
「自分の罪を自覚して生きて行く事は辛く苦しい事。彼は、今その人生を償っていこうとしているのです。罪の無いジュディスさんの為に、どうか‥‥お願いします」
「もう少し待ってやらないか? 何、もうあの年だ。そう待つのも長いことじゃない‥‥なあ?」
 深雪と違ってクオンやワケギは彼らがはっきりとは見えない。
 けれどもなんとなく、感じることはできた気がするのだ。
 最初に出会った時と比べると瘴気、恨みの思いが確かに薄くなっているのを。
 気が付くと開幕のセレモニーは終わり、人々はあちらこちらで祭りを楽しみ始めている。
 会場のあちこちでは、竪琴の調べも聞こえてきている。

「夕日が落ちたら 外に出ておいで
 夜の帳が村を守り迎える〜♪」

 聞こえてくる歌声、あれはクァイの歌声だ。

「まだ知らぬ人と 笑いを交えて
 分け合おう 料理と恵みの杯

 想いの数だけ 人は灯を灯す
 ささやかな幸せを暖めるため
 
 出会いの数だけ 人は輪を作る
 満たされぬ命を足し続けるため〜♪」

「祭りを楽しみませんか? 一緒に。そして私達を信じてもらえるなら、どうか安らかな眠りについて‥‥」
 差し伸べられた深雪の手を幽霊達は‥‥取らなかった。そして
「えっ? ‥‥あっ?」
 驚くほど潔く、彼らは消えていく。
 元々、呼び覚まされてしまっただけの存在。
 冒険者の言葉と思いに納得してくれたのであろう。
「ワシを‥‥連れて行ってはくれなかったのか?」
 寂しげに告げるエネベーザに深雪は小さく頷いて手を取る。
「幽霊達は、きっと苦しみから解放されたかったんです。死んだ後も憎しみに囚われ続ける事がどれだけ悲しいか。覚えていますか? エリスさんの事。肉体を失った魂たちには嘘も、飾る言葉もいらない‥‥ただ、真実の思いだけがあればいい」
 澄んだ真心の歌が響いていく。

「喜びの数だけ 両の手を叩こう
 生きているこの時間を確かめるため

 この祭を 称え合いながら
 賑やかに騒ぎに乗って踊ろう〜♪」

「生きている間は、頑張りましょう。一緒に、ね?」
 会場ではワケギの若い明日を呼ぶ歌も聞こえてくる。
 その歌声に涙しながら、老人は小さく、静かに噛み締めるように頷いたのだった。

 祭りは続き、人々の笑顔が弾ける。
 諍いやトラブルはいくつかあったものの、ジュディスや冒険者が止めに入れば終わる小さなもので、祭りはそろそろ佳境のダンスパーティが始まろうとしていた。
 笑い声から離れ様子を見つめる親子に
「よう!」
 絶狼は手持ちのエールを掲げて声をかけた。返事は無い。だが気にもせず笑いかけ、言葉をかける。
「村、出てくんだってな。ジ様やジュディスはその事知ってるのか?」
 無言の肯定。そうか、と呟いて
「あんた達の思いは止められない。だが個人的として聞いて欲しい。俺は、あんた達に残って欲しい」
 絶狼は本気の思いを言葉に出した。
「村人は真実を知らない。そんな中、ジュディスと何時ぽっくり逝くかわからねえジジイだけで秘密を抱えて生きて行くのは辛く、傍で支え続けられる者が必要だと思うんだ」
「でも、僕らにそんな資格はありません。彼女を利用してこの村を破滅させようとした僕らに‥‥」
「資格のあるなしを決めるのは俺達じゃない。お前さんたちでも実は無い」
「ああ、おっしゃっていますけど、ジュディス様はどうお思いですか?」
「私は、一緒にいて欲しいです。エスタさんにも、ヴァンフリート、いえ、カルマにも」
「ジュディス!」
 カルマは手持ちのエールのジョッキを落とし呆然とする。その前にジュディスは丁寧に膝を折って手を取った。
「セレナさんが教えてくれました。今回のこと、事情も貴方の思いも全て。きっかけは騙そうとしたことかもしれない。でも、私は知っているから。貴方の優しさも思いも‥‥」
「ジュディス‥‥」
「もし、償おうと思うなら、私を守ってくれますか? できればずっと‥‥」
 迷うようにカルマの手が揺れる。
 そんな迷いの泉からぽん、押し出すように冒険者達はその背を押した。
「俺達冒険者は一所に留まれねえ、一時的に励ます事は出来ても支え続ける事は出来ねえんだ」
「罪を償いたいと望むなら、自らの心に正直になることも必要ですよ」
 優しい言葉と共に。
 冒険者の言葉を強く握り締めた手でカルマは、ジュディスの手を取った。
「約束、します。償いではなく僕が心から大切に思う、君の為に君を守ると‥‥」
「ありがとう」
 手を取り合い、二人は祭りの表舞台へと上がっていく。
 冒険者もその後に続く。
 そして、一人残されたエスタは‥‥冒険者達が残していった言葉を噛み締めていた。

 祭りはこうして終わった。
 満足のいくハッピーエンドへと向けて。
 だが、夜はまだ終わってはいない。
「さて、次は茶会であるな。奴から何を聞きだせるか‥‥」
「お久しぶりですね」
 楽しげに用意をする彼らに近づく影が、終わりの始まりを告げようとしていた。


○招待された者と招かれざる客
 屋敷の一室、家令マキスの部屋。
 まだ目を覚まさない彼の部屋には、今、柔らかく静かな空気が広がっていた。
 流れるのは優しい子守唄。かつて祖母が母を知らせる唯一のものとして教えてくれた歌をヴァンアーブルが奏でているのだ。
 目を閉じて聞き入るカルマとジュディス、セレナも無言で音楽に寄り添っていた。
 だが、一人エスタだけはその優しさに身を任せることができなかったのだ。
 ヴァンアーブルは言う。
「憎しみで人生を狂わせてしまったというならば、これから先も人として生きて人として幸せになることが貴女にできるただ一つの償いだと思うのだわ」
 クオンは言った。
「あんたの魂は殺めた人々の家族や自分の家族であるカルマやジュディスの嬢ちゃんの未来を守る事や罪を償う事の為にある訳だ。神聖騎士ならば己のプライドに掛けて自分の罪を償い、逃げずに立ち向かうものだろうさ」
 絶狼は告げた。
「くれぐれも早まった真似はしてくれるな、家令の魂を取り戻してもあんたに何かあっちゃ意味がない‥‥クラウスはあんた達の幸せを望んでいた、それだけは忘れないでくれ」
 そして、マックスの言葉。
「‥‥でも、私にそんなことが許されるのだろうか。復讐以外の何も持って来なかった私に‥‥」
『そうだ。復讐を捨てたらお前には何も残らない。お前に幸せになる権利があると思うのか?』
「誰!」
 静かな空間が瞬時に張り詰める。そして
 バリン!
 窓と共にそれが打ち砕かれた時、もう一つの祭りが始まったのだ。

「お久しぶりです。皆さん」
 暗闇の中『茶会』の会場に現れた人物は、冒険者達の待っていた存在ではなかった。
「どうして、こんな所に貴公がおるのだ。フレドリック!」
 いや、逆にその人物にマックスは掴みかからんばかりの勢いで飛びかっていく。
「何をするんですか? マックスさん! そんな子供に!」
 ワケギは止めようとするがマックスの怒りは留まる事を知らない。
「ええい! 止めるな。こやつは子供であってもアリオーシュに仕え、幾人もの人を殺したのである。そして逃亡した。我らの願いを踏みにじって‥‥」
 飛びかかられた方は背中を後ろの壁に叩きつけられても、首元を強く引かれても無抵抗にされるがままだった。
「ご主人様に招待をかけたのは貴方方でしょう? ずいぶん不確実な方法でしたけど」
「ご主人様!? まだそのような事を抜かすのであるか! お主のせいでエミリ殿我がどれほど苦しんだかを!」
「待って下さいぃ〜。マックスさん〜。フレドリックさんはぁ〜何か重要な事を伝えに来てくれたのかも知れませんよぉ〜」
 細手のエリンティアが弾き飛ばされそうになりながらも、マックスの腕を必死に掴んで止める。
 その言葉にマックスも、仲間達もハッとした顔でフレドリックを見つめた。
 どんな罵倒も覚悟していたのだろう。寂しげに笑うとフレドリックは迷いの無い目を冒険者に向けた。
「ご主人様の言葉です。『こんな粗末で戯けた人の子の戯れ事に何故我が従う必要がある。我を招きたいと言うのであればもっと手を尽くすべきであろう』と」
「なん‥‥と‥‥?」
 この『茶会』はアリオーシュを招き会話する為に用意した。
 だが、彼は来ないというのだ。
「つまりは、お前らなんぞに付き合ってられるほど俺は暇じゃないってか? いい根性してやがるぜ」
 冒険者は完全に見下され、馬鹿にされたということになる。
 悔しさに唸る冒険者にさらにフレドリックは言葉を続けた。
「『それに手に入れたいものができた。思いもよらぬ掘り出し物を見つける事ができたから』と」
「えっ?」
 深雪は声を上げる。クァイは慌ててバックパックから地図とダウジングペンジュラムを取り出す。
「手に入れたい‥‥もの? まさか!!」
 その時響く窓の割れる音。
「! 屋敷にアリオーシュが!」
 気付いた瞬間、クァイの言葉より早く深雪は走り出していた。
 考えてみれば『お茶会』に参加する為殆どの冒険者がここにいる。
 もし『彼』に欲しいものがあるのなら、それを手に入れようとするなら、今こそが絶好の好機なのだ。
「くそっ!」
 言葉の意味を理解した冒険者も次々走り出す。
 最後まで残っていたマックスも
「いいんですか? 行かなくて?」
 そう静かに告げたフレドリックの言葉に悔しげに唇を噛んで走り出した。
「一つ忠告しておきます」
 走り出しかけた足を止めて、マックスは立つ。後ろは振り返らずに。
「あの方はデビルです。人と同じように見えて根本的な所は決して同じじゃない。思考も思いも‥‥それを忘れない事です」
 おせっかいかもしれなけれど。そう言葉を残して少年が立ち去っていく音がする。
 マックスは再び走り出した。
 仲間と同じ方向へと。

 冒険者が目的の場所。
 屋敷に辿り着いた時
「キャアア!」
「セレナさん! 止めて! 離して!」
「劇の御代をおよこしなさいなのだわ!」
 そんな悲鳴にも似た声が屋敷中に響き渡っていた。
「マキスさんの部屋!?」
 駆け込んだ冒険者達がそこで見たものは破れた窓に、壊れた調度、息も絶え絶えに倒れ付すヴァンアーブルやセレナ。
 そして
「止めろ。ジュディスを‥‥離せ!」
 自らも傷だらけになりながらもジュディスに手を伸ばすカルマ。
「伯父様の‥‥魂を返して」
 踏みつけられ意識を失いかけたエスタ。
 そして気を失った少女を片腕に笑う悪魔の姿だった。
「アリオーシュ‥‥」
『ほお、存外早かったな。来るかも解らぬ我らを待って茶会をやっているかと思っていたのに‥‥』
 蔑んだ眼差しにギリリ、絶狼は唇を血が出るほど噛み締めた。
 右手には白い不思議な球。あれが人の魂であることは解っている。
 左手にはジュディス。だが、幸いにもあれはジュディスの魂では無さそうだ。
 倒れている仲間や冒険者達のものでもあるまい。ならばあれは‥‥
「くそっ。卑怯な奴だ。願いも叶えられなかったのに魂だけはもっていくつもりかよ!」
『これは、エスタの望みだ。自らの命を差し出すからマキスの魂を戻せと』
 だが、後手に回った冒険者は動けない。少しでも動けばアリオーシュは間違いなく、今度はジュディスの魂を刈るだろうから、だ。
『どうする? エスタよ。自らの命を差し出しこの魂を取り戻すか』
 足元の女にアリオーシュは楽しげに問う。
「いいえ」
 エスタは少しの逡巡の後そうはっきりと答えた。
「私は、私自身の命を使ってやらなくてはならないことがある。だから‥‥渡せません」
「自らが一番大事か。良い返事だ」
「キャア!」
 蹴り飛ばされたエスタをエリンティアが支える。
 その隙に小さく唱えられた呪文が黒い靄となりマキスの身体からアリオーシュの手へと。
「止めろ! その魂を返せ!」
「ジュディス殿を離すのである! お主には愛を知る者の筈だ‥‥、何かに“裏切られた”が故に裏切りの悪魔となった? 違うのか。なら!」
 マックスは必死の思いで声を張り上げた。彼がもし自分の思うとおりの存在なら、きっと言葉は通じると信じて。
 だが、そんな願いを
『何を勘違いしている』
 アリオーシュは鼻で笑って踏み潰した。
『我は裏切りと復讐の悪魔。それ以外であったことなど一度も無い』
 と。
『我が興味を持つのはただ一つ。人間達が憎しみあい、もがき苦しみ、あげく同族同士で殺しあう様を見ることだ。特に愛の名の下に美しい魂が憎しみ、穢れ闇に染まっていくのを見る事ほど楽しいことは無い。自らの心に悪魔を持つ人間達は、ほんの少し背を押せば我の指揮で繰られ堕ちて行く。最高の暇つぶしで、最高の喜劇だ』
「黙れ! 人間は誰もがお前の思い通りになるわけではない!」
 本気の怒りを叩きつけ絶狼は剣を抜く。だが、アリオーシュの顔に動揺は欠片も見られなかった。
『確かに、その点で言えばこの舞台は今ひとつ、クライマックスの盛り上がりに欠けたな。だが、報酬の残りは回収したし、良い魂も見つけた。これで手打ちとしてやろう』
 手の中でジュディスが微かに呻き声を上げる。
「止めろ!!」
 その瞬間、一筋の矢が閃光のように走った。
 万全のアリオーシュだったら避けられたかもしれない。
 だが、足元にカルマがしがみ付き、エスタが止めた。
「約束したんだ。ジュディスを守ると‥‥」
「私は、償わなければいけません! 子供達を守るんです。母として‥‥」
 足が動かない中、身体は僅かに矢を避け切れず、ジュディスを抱えた肩にそれは深く深く突き刺さる。
「くっ!」
「ジュディス様!」
 膝から崩れ落ちたジュディスを苦痛を堪えてセレナは抱きとめ、アリオーシュから離れた。
 球はまだアリオーシュの手にあるが、一番大切なものは取り返した。
 アリオーシュを睨む冒険者達に、肩から抜いた矢を投げ捨てアリオーシュはまだ余裕の笑みで
『まあいい。その魂も何れ黒く染まる。それを楽しみにするのもまた一興だ』
 そう言ってのける。
「ジュディスは染まらない。僕達が守る!」
『さて、それができるかどうか、楽しみに見させてもらおう』
 目の前で薄れ消えていく影に絶狼と修一郎は追い縋る。
「待て!」
 だが、その手は空を切り、敵はいずこかへ消えた。
「伯父様! しっかりして伯父様!!」
 部屋に、屋敷に、その夜にエスタの悲鳴とやるせない悔いを冒険者に残して。

○終わりの後
 冒険者達はキャメロットへの帰路を歩いていた。
 その表情に笑顔は無い。
「なんだか、今回は全てあの野郎の思い通りに進んだような気がするぜ」
 呟く絶狼に
「すまないのである。この失敗は我輩の責任なのである」
 マックスは項垂れ頭を下げた。
 そういう意味ではない、と絶狼は慌て手を振ろうとするが、エリンティアに止められ、下を向く。
 下手な慰めは逆効果だ。
 あの戦いとその後発見されたいくつもの猫の死骸。
 何よりも誰よりも本人が解っているのだから。
 自らの思い込みが生んだ事態の結果の重さを。
「ジュディスさんの魂が狙われているとは、誰も思いませんでしたからねぇ〜」
 正確にはパーティでジュディスのカリスマ性を、気に入って魂を取ろうとしたのかもしれないのだが。
 もし、万が一フレドリックがそれを知らせにきてくれなかったら、ヴァンアーブルやセレナが側にいなかったら、全員が『茶会』に集まって対応が遅れていたらどうなっていたか、正直考えたくもない。
「でも、それほどの失敗ではありませんわ」
 セレナは自分自身に言い聞かせるように告げる。
「彼が一番求めていたジュディスさんの魂は奪われなかったし、皆殆ど無事で怪我もしていない」
「怪我は深雪さんが治してくれましたしね」
「殆ど‥‥だな。全てではない」
 修一郎のフォローをクオンは冷たく払いのける。事実から逃げてはいけないというように。
 そう。その殆どの中に入らないものが一人いた。
 家令マキス。
 魂の殆ど全てを奪い取られた彼は、それからまもなく命の鼓動を停止させた。
『もう後戻りなどできない!』
 そう叫んだ時のまま目を一度も開けることなく。
 彼が目覚めたとしても妹と両親の復讐という望みは叶わなかったろうから、ある意味幸せだったのかもしれないが、口の中に苦いものが残る。
 アリオーシュ。
 あの人の外見をした災厄はそんな冒険者の思いさえも肴に今頃、笑い楽しんでいるのだろうか。
「デビル、という存在は一体なんなのでしょうね‥‥」
 ポツリ、深雪は呟いた。
 彼らは何の為にこの世に生まれ、何の為に生きるのか。
 命あるものは全て聖なる母の子供と思いたいが、そうでは決して無いのだと言う事を彼らは出会う度冒険者に容赦なく知らしめる。
 あざ笑うかのように。
「デビルに人の心は、思いは通じないのであろうか?」
 それは無理だという事が今回の件で身に染みているにも関らず、それでもマックスは思ってしまう。
 人とデビルは同じ感情を共有することはできないのだろうかと。
「通じない、というのは簡単ですが結論を出してしまうのは早いかもしれませんね。私も道を探してみたいものです。そして、いつか今回聞きそびれた事を聞いてみたい。いつか、でかまいませんから‥‥」
 ワケギはそう呟くと、足を止め振り返った。
 何度も歩いたこの道。ここが、エイムズベリーが見える最後のポイントなのだと思い出したからだ。
 夏の日差しを受けた村は蜂蜜色の壁を黄金に輝かせている。
 そして、冒険者を未だ見送り手を振る四人。
 ジュディス、エネベーザ。カルマ‥‥エスタ。
 共に力を合わせ、ジュディスやこの村を守っていくと彼らは冒険者に誓い、約束した。
 エスタから受け取ったその証の十字架をヴァンアーブルは撫でながら
「どうしたんだわ?」
 と立ち尽くすワケギに問うた。
「なんでもありません。ただ‥‥」
 ‥‥ワケギは涙が止まらなかった。
 この冒険は失敗ではない。
 冒険者はこの輝きと、その下で生きる人々を守ったのだ。
「クラウスの旦那。あんたの墓前にちゃんと報告できなくてすまない。それに今は‥‥まだ顔を上げて行けそうに無い。けど‥‥」
「けど、次があればその時は容赦しない。絶対に!」
 再開を暗示して去って行ったアリオーシュ達。
 冒険者は幾度目かの思いを、強く、強く手の中に握り締めていた。
 消えた命に立てた誓いと共に‥‥。

 かくてエイムズベリーを舞台にした悲喜劇は終わりを告げた。
 けれども終わった後にも人の営みは続く。
 思いも繋がり、物語も続いていく。

 冒険者に、ソールズベリー領主立会いの下、ジュディスとカルマが婚約したという知らせが届くのは、もう少し先の話。
 それは、新しい舞台へのプロローグである。