【フェアリーキャッツ】一人ぼっちの猫

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月11日〜07月16日

リプレイ公開日:2007年07月19日

●オープニング

『彼』は『彼ら』にとっても不可思議な来訪者だったようだ。
 いつまでも唸り、暴れ声を上げるのみ。
 近づこうとする誰も寄せ付けず、攻撃し‥‥その場所から一歩も動こうとせず、そして泣く。
『‥‥おかーさん』
『彼ら』はリーダーを見つめ、そしてリーダーは
『怖いよ‥‥。帰りたい‥‥よ』
 屋根から飛び降り走っていく。
 ‥‥『彼』の為にできる数少ないことを探すために‥‥。

「猫を拾いました」
 そのギルドの係員はそう言って困った顔をした。
「キャメロットの外れの森の木に、皮ひものリードで結ばれていたんです。大きな猫に帽子をとられてそれを追いかけている時に偶然見つけたんですが、そうでもなければ滅多に人のこないようなところでした。そこは」
 追いかけたのは銀と黒の大きなサバトラ猫。
 見つけた猫は外見はサバトラ猫と遜色ないほど大きい。だが、おそらくかなり愛され太っていたであろう体格は見る陰もなくやせ細っていた。
「可哀想に、食べ物もろくにないそこで何日も泣いていたらしく、おそらく捨てられたんだろうと思います」
「捨て猫‥‥か。で、そんなことを言うなんて猫、嫌いなのか?」
 冒険者は問う。彼らの中には猫を飼っている者も、猫好きの者も多い。
「いえ、別に嫌いじゃないです。今まで縁がなくて飼えなかったけど、飼ってもいいな、って思うくらいには好きです」
「なら、どうしてそんな顔をしてるんだ?」
 係員の青年は知恵を貸して欲しいという意図でこの話を持ち出したのだろうと解っているから
「猫の飼い方や付き合い方が解らないのか? それならたぶん教えてやれるけど‥‥」
 真剣に相談にのる。
 青年は礼を言いつつ首を横に振った。
「いえ、そうでは無いのです。‥‥実はその猫、僕が拾ってから、一口も食事をしてくれないんですよ」
 水も飲まず、餌も食べず、手を伸ばした青年の手に、弱りきった身体で精一杯威嚇する猫。
「どうしてなのか、理由が解りません。何か理由があるのか‥‥、それとも僕が嫌いなのか」
 だから、冒険者に頼みたいと、彼は言う。
「この猫が元気になる方法を考えてもらえますか? やり方は皆さんにお任せします。どんな形でもいいです。最悪、僕が飼わなくてもいいですから‥‥」
 彼は、本当に猫が好きなのだと冒険者は思う。
 自分より猫を優先する思いは猫と付き合うのに大事な事だから。

 だが、と猫に詳しい者は思う。
 話を聞く限りその猫は、どこかの家でおそらくまったく外に出されず育った家猫。
 それがしかも、成猫になってから捨てられたとしたなら‥‥果たして新たな環境で生きることができるのだろうか?
 冒険者にできる事は限られている。
 それでも、それをするかしないかであの猫の命運は変わるような気がする。
 だからこそ『彼』はあの猫を冒険者の下へ導いたのかもしれない。

 窓の外では銀の猫が、まっすぐに冒険者達を見つめていた。 

●今回の参加者

 ea2913 アルディス・エルレイル(29歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

ルーウィン・ルクレール(ea1364)/ 大宗院 亞莉子(ea8484

●リプレイ本文

○一人ぼっちの猫
 猫というのは一般に孤高であり、自由。
 気ままで、孤独を愛し、自立している。
 そんな印象を多くの人は持つという。そしてそれは決して外れていない。
 ‥‥だが、目の前の猫はそうではなかった。
 依頼人の家にやってきた冒険者達は、
「やっぱりぃ、お坊ちゃんだからぁ、一般の物を食べてくれないのかなぁ?」
 部屋の隅の隅。硬い石の床に怯えたように身体を硬くしている『彼』に近づいたティズ・ティン(ea7694)は
「でも、お坊ちゃまの世話ならば、メイドの私に任せて! まずは身体を洗って、それから毛づくろい〜」
 そんな軽い気持ちで手を伸ばした。
「あ! ダメだ。止めろ!」
「えっ?」
 声を上げて止めるリ・ル(ea3888)の言葉は一瞬、間に合わなかった。
「キャアッ!」
 ガリッ。
 音がしそうなほどはっきりとした敵意が爪と一緒にティズの手を掻いていた。
「いきなり手を出しちゃダメだ。頭の上から手を伸ばすのは猫にとって攻撃と同じなんだからな」
 甲に紅い筋が三本。力が無い為かそれほど深くは無いが鋭い傷がティズの手に心の傷と一緒に残った。
「それに、猫にとって身体を洗われるってのは、凄いストレスなんだ。暫くは放って置いたほうが、まだいい」 
 猫に詳しいリルがそう仲間達に説明する。ティズ自身も猫を飼ってはいるがまだそれほど仲が良い訳でもない。
「‥‥うっ。そうか‥‥ごめんね」
 素直に自分の過ちを認め、猫に謝罪をした。
 リルの言うとおり、瞬きをしながら。
 だが、猫の様子は変わらない。
 シャアー!!
 身体を膨らませ、毛を逆立て、ひげを前に向けている。
 耳を伏せ、牙をむけ、口を開けて。
 ビクビクと身体ごと尻尾を震わせている様子は、周囲を信用せず、警戒し続けていることを表す。
「拾われたときからずっとこれじゃあ、身体も心も休まらないだろう?」
 思わずそんな思いが口から零れた。
「もう、かれこれ一週間は殆ど何も口にしていないとの事ですわ」
 心配そうにカノン・レイウイング(ea6284)が見つめる。
 痩せ細った身体。手にも足にも、もう本当なら力など入るまいにそれでも、『彼』は人に心を開こうとはしていない‥‥。
「‥‥必ずこの猫さんを救わなければなりません。このまま他の者を寄せ付けず物も食べずに死んでしまうなんて悲しい事ですから」
 カノンの言葉に異議は無い。そこにいる者達の頭は一つ残らず、前へと動く。
「‥‥でもさ、思うんだ。この子、本当に愛されていたんだよ。さっきから、ずっと、呼んでる‥‥『おかあさん、助けて』って」
 冒険者達の頭が、瞳が上がって李黎鳳(eb7109)を見た。
 いくらテレパシーで呼びかけても、猫からの返事は無い。ただ、ひたすらに帰りたい、還りたいと願う思いが伝わってくるのみだ。
「でも、でも、その飼い主がこの子を捨てたんだよ! こんなに、捨てられたことが悲しくて、物も食べられないくらい傷ついてるのに、迎えにも来ないで! どうにかして餌を食べさせないと、この子死んじゃうよぉ〜」
 涙目で訴えるアルディス・エルレイル(ea2913)も黎鳳も間違ってはいない。
 だから‥‥。
「よし、二手に分かれよう。この猫の様子を見るものと、猫の飼い主を探す方に。桃化ねえさん。絵はできたのか?」
「なんとかできましたよ‥‥はい。人数分用意は用意しておいたのでお持ちになって」
 ペンを止めた九紋竜桃化(ea8553)から差し出された羊皮紙を、よし! っとリルは受け取った。
「帰れるところがあるなら、当然帰してやったほうがいいだろうから。調べて、ひょっとしたら諦めて貰わなきゃならなくなるかもしれんが‥‥、とりあえず手は尽くしてやりたい」
「了解なのである!」
 頷く葉霧幻蔵(ea5683)と仲間達。
「解った。こっちは任せて! ‥‥今度は気をつけるから」
「僕も、頑張ります!」
 ティズとアルディス、そしてカノンに猫を任せ、家を出る。
「あんなに怯えて、可哀想に。きっと助けてあげますわ」
 桃化は微笑みと同じタイミングで、リルは溜息を吐き出す。
「人に絶望したのなら、猫としてプライド高く生きればいいじゃないか。愛玩動物ではなく、一匹の獣として、なぁ?」
 背後の木の上にリルは振り返らず、声と思いと、チキンを投げた。
 キャッチされた気配はあるが、返事は無い。
「まあ、そうは言っても限界はあるか。まして箱入りのお坊ちゃんではな」
 独り言のように呟いて、リルは自分に気合を入れなおす。
「それじゃあ、やるとするか。信頼に答える為にも、な!」
 返事を待たず歩き出す冒険者達を彼は黙って見つめ、見送っていた。

○心の傷
 愛玩動物として獣を飼うというのは自分の衣食住が足りている一種の富裕階級の証拠である。
 無論、家畜としては別であるし、犬を番犬や猟犬、猫を倉庫や船のネズミ捕りにというのはこれまた別。
 今や、動物園と化している冒険者街も例外としておこう。
 しかし毛並みも良く、捨てられるまで食に困っていた様子は無かった、となればかなり上流階級の者に飼われていたのだろう。と冒険者達は推察する。
 冒険者達が最初に調べに来たのは縛られていたという森。
「ふむ、この皮ひも。上物であるな」
 幻蔵はくんくん、と鼻をひくつかせながら呟いた。
 もう数日が経つので手がかりなどは殆ど残ってはいまいが、それでも、調査のスタート地点として発見場所は調べるべきだとやってきた冒険者達はここから手分けして調べることに決めた。
「拙者、ここから匂いを追ってみるでござる。ここに残った匂いと皮ひもで」
 と幻蔵。足元で忍犬が吠えた。
「じゃあ、あたし達は聞き込みしてみるね!」
「子供達とか何か知っているかもしれませんわ」
 絵姿を手にした黎鳳と桃化にリルは頷いた。
「解った。俺もちょっと心当たりがあるから、そっち当たってみるとするよ。じゃあ、後でな」
 そして、冒険者達は動き始める。
 手がかりはまるでなし。
 それでもあの猫の為に『おかあさん』を探して。

「さて、と、あっちはあっちに任せて俺は別のほうを当たってみるとするかな?」
 リルは愛犬を足元に歩き出した。
 ワンコに皮ひもの匂いをかがせて追跡を、と思ったのだがそれは忍者と忍犬が名乗り出てくれたので、任せることにしたのだ。
 彼には仲間に言ったとおり、心当たりがあった。それは‥‥
「ここだったな。おっと、ワンコ。ここで待ってろよ」
 犬を店の前で待たせて一軒の店の暖簾を彼はくぐった。
「いらっしゃい。おや、久しぶりですな!」
 笑顔で出迎えてくれる店主に、よっ! とリルはサインをきる。
「どうだい? 様子は?」
「おかげさまで。あれから、我が家でも猫を迎えたのですよ。知り合いの家で生まれた猫を分けてもらったのですが、これがもう可愛くて可愛くて!」
「そうか。そりゃあ良かったな」
「今、店の奥におります。連れて参りましょう!」
 微苦笑に違い顔で、だったがリルは頷いた。
 様子は、と聞かれて商売の話ではなく猫の話がまず出てくるのはこの男がまぎれも無く猫好きである証拠であるからだ。
「ほらほら、いいこでしゅねえ〜。ご挨拶するんでしゅよ〜」
 蕩けそうな顔つきで猫を抱きしめる店主。
 確かに可愛い。抱きしめたくなるほど、頬ずりしたくなるほど可愛い。 
 仔猫に手を伸ばしたくなるのをじっと我慢してリルは
「そう言えば居間、知り合いの家で仔猫が生まれて、と言っていたな。そういう猫好きのサロンとか集まりとかあるのか? 特に貴族とか上流階級っぽいところに知り合いとかはいないか?」
 やってきた本題を店主に問うた。
「さあて、どうでしょうか? 我々もこの国に来て長い訳ではありませんのでなかなか上流階級の話とかは‥‥」
 猫の喉を撫でながら店主は考えるように言う。猫を譲ってくれたのは知人の船乗りだと言うので
「それもそうだな。いや、すまなかった」
 リルは少し肩を落とす。空振りか、と思った矢先。
「ですが、猫を飼っていらっしゃる方や、そのお使いがこの店にいらっしゃることはありますよ。ジャパンのマタタビなどをそろえておりますので、飼い猫の為に、と求められる事が多くて‥‥」
 そんな返事がリルの肩を持ち上げさせた。
「ホントか! そいつらの家とか名前とかは解るか?」
「解らなくはありませんが‥‥何かあったのです?」
 心配そうに問う店主に、リルは
「あんたになら話せるかな。実は‥‥」
 正直に相談をして協力を仰ぐことにしたのだった。

 調べだして早々、黎鳳は一つ、認識違いに気が付く事になる。
「あ〜、お坊ちゃまな猫ってあんまり散歩に出たりしないんだ〜」
 広場の石に腰をかけて溜息をつく。
 先にも言ったが後の世はともかく、今はまだ愛玩動物として動物を飼うことはあまり多くない。
 まして、犬と違い猫は飼い主に連れられて散歩、と言うことはあまり無いだろう。
 と、言うわけで酒場やギルドなど人間達への聞き込みは殆どが空振りに終わった。
「まあ、仕方ありません。諦めず繰り返し探して、当たってみましょう」
「そだね。頑張ろうか!」
 桃化の励ましに立ち上がった黎鳳は、
「‥‥ん?」
 ふと視線の先にふわふわとした毛玉を見つけた。いや、毛玉ではなくそれは猫。
「あ‥‥『ちょっと待って!』」
 後半部を耳に入れてくれたのだろう。その猫は黎鳳のオーラテレパスの呼び声に答えて振り向いてくれた。
『怪しいものじゃないよ。捨てられて困っている猫の飼い主を探しているの。ねえ、こんな猫見かけたことないかな? あ、外見はね‥‥』
 猫に絵が解るかどうか疑問であるので、解説もつける。
 懸命な黎鳳の思いが伝わったのだろうか。その猫はやがて
 にゃう!
 一声無くと歩き出した。尻尾を立てつつ、上の部分だけ左右に振って。
「解った! ありがとう!」
「どうしたんです? あらあら?」
 突然駆け出した黎鳳に桃化は問うが、逆に手を掴まれてしまった。
「少し前、見たことがあるって。教えてやるから来いって言ってる。桃化さん、行こう!」
 はいと返事をする前にずるずると引きづられているが、桃化はそれに抗わず頷いて、後へと付いていった。
 猫と黎鳳のその後を。

「ここで‥‥ござるか」
 犬と同時に立ち止まって幻蔵は、その家を見つめた。
 頑丈な石造りの館だが、どうも静かだ。
 家の中を覗いてみるが、猫どころか人影も無い。
「まさか、間違えたのでござろうか? のお、茶助?」
 匂いを追うには確かに時間が経ちすぎていたのは事実だ。
 だが、自分と茶助のカンと能力が両方で指し示したのはここ。完全な間違いだとは思えなかった。
 腕を組む幻蔵に
「あ! 幻蔵さんじゃない!」
 呼びかける明るい声がした。嫌な気配ではないが。幻蔵は慌てて振り向き、声を上げる。
「‥‥黎鳳殿。桃化殿。どうしてここに?」
「あたし達はね、あの猫の案内で‥‥、あ、ありがとね〜」
 ふわり、路地の向こうに消えた猫に手を振りながら黎鳳は手短に事情を説明する。
 幻蔵も同じように捜査の結果を話すと、今度はう〜んと唸りながら黎鳳が腕を組んだ。
「三人が同じ場所にたどり着いたってことは、間違いではないと思う。でも、どう見てもこの家は無人だよね」
「そのようです。元はかなりの上流家庭が住んでいたようですけど」
「引っ越した、ということでござろうか?」
 唸り声が三つ重なる。
「悩んでても始まらないよ。もうじき夜だし、とにかく一度戻って、皆と話してみよう!」
 黎鳳の提案に頷いて冒険者達はその場を離れる。
 その背後に小さく、でも、長い黒い影が伸びていた。

 〜♪〜〜♪〜♪〜〜
 流れるのは優しい竪琴の調べ。それに和すように想いの篭った歌声が鳴る。
「美味しそう、食べたいな、体はそれを欲しています〜♪ 食べ物もあなたに食べて欲しがっています〜♪ さあ食べましょう〜♪ それがあなたの願いを叶える第一歩〜」
「聞いてるこっちが腹が減ってくるな」
 リルは小さく呟いた。軽口のようで、だが目は笑っていない。
 人間でさえ抗うのに意思の力を要するメロディーにそれでも、猫はまったく反応を示さないのだ。
「身体の傷、なんかよりも心の傷の方が、ずっと苦しくて、痛いんだよね‥‥」
 竪琴の音を止めてアルディスは寂しそうに呟いた。
 今日一日。ずっと彼らはあの猫に呼びかけていた。
『ボクたちは敵じゃないよ。君の名前は? とにかく何か食べないと死んじゃうよ? 死んじゃったら、君が会いたいと思っているヒトにあえなくなっちゃうよ、帰りたいと思っている場所に帰れなくなっちゃうよ‥‥それは嫌でしょう? だからお願い、とにかく何か食べようよ』
『わたくしはあなたを救いたいのです。優しき曲に身を委ね心を開き、わたくし達にお話を聞かせて下さい』
 テレパシーで何度も、何度も。
 だが『彼』は答えようとはしなかったのだ。
「もう! 何度無理に食べさせようかと思っちゃったよ!」
 ティズは悔しげに言うが、それは、止めておけとリルは指を立てた。
 食べたがらない、食べようとしない猫に無理に食べさせても、吐いて戻して終わりだ。
 そう、これは心の傷。何よりも本人の心を変えねば意味が無い。
「ただ、いくらかはマシになったよな‥‥」
「そうであるな」
 部屋の隅に、冒険者はそっと目をやる。
 香箱を組み、尻尾を時折ピクピクと動かしている。
 その横には、身体を伸ばし爆睡している仔猫がいる。
「ポッポったら、まったく言うこと聞いてくれないんだから!」
 猫の仕草や行動を覚えさせようと言う意図で、ティズは仔猫を『彼』の側に放した。
 最初は唸り声を上げていた『彼』だったが、他者のことなど気にもせず、少しもじっとすることなく走り回る仔猫に、あからさまな敵意をぶつけたりはしなかった。
 側に誰かがいることを許容し始めている。
 それは、確かにいい傾向であると言えた。
 今は、ここまででもいい。
 急いても還って事を仕損じる。だから、リルはもう一つ、できることにその目を向けた。
「で、その家に住んでいたのはな、没落貴族の親子でな、父と娘二人暮らしだったそうだ」
 飼い主探しと言う冒険者の本分にだ。
 猫好きの商人から聞いた情報を仲間達に説明するリル。
「どっちも結構な猫好きで知れてたらしいが、最近娘が富豪の嫁に入って家を引き払ったって聞いた。お前さんたちがたどり着いたのは多分そこだろう?」
 その問いに幻蔵達は頷いた。
 情報収集の手伝いをしてくれた大宗院亞莉子の話やその周辺での聞き込みと情報が一致する。
「結婚式の前日、その娘さんが、猫を抱いて家を出るのを見た、と言う人がいたようです。近所の子供が言っていました。行きは猫を抱いていたのに帰りは連れていなかった、と」
 結婚式の日付と、猫の外見。それらも一致した以上、導き出される結論はもう一つに思えた。
「‥‥娘が結婚し、父親も一緒に家に入ることになった。持参金の為に家を手放したから猫を飼えなくなったって話は、まあありえないことじゃない。結婚相手が反対したから、猫を捨てなきゃならなくなったって話もな」
「ただ、それが本当なら‥‥悲しすぎるよ。自分の幸せの為に、猫を、家族を切り捨てたなんて‥‥」
 黎鳳は手を強く握り締める。信じていたかった。
 何か、やむを得ない事情があったのだと。ひょっとしたら、自分で捨てたのでは無かったのでは、とさえ思ったのに。
「確かめに行くか?」
 知らず俯いていた黎鳳は顔を上げた。そこには悪戯っぽく笑う、リルの顔がある。
「とりあえず、そんなヤバそうな事件でも無さそうだし、それに俺も確かめてみたいんだ。猫が捨てられたその理由って奴をな」
「うん!」
 黎鳳は笑顔で立ち上がった。仲間達と共に。

○選択の涙
 突然の来訪者に驚きながらも彼女は、とりあえず面会に応じてくれた。
「若奥様、お飲み物を持ってまいりました」
「ありがとう。そこに置いて頂戴、そして下がっていいわ」
 やってきたメイドは言葉に従って、テーブルの上にそれを置くと静かに頭を下げて退出した。
「それで、冒険者の皆さんが、どんなご用件でしょうか?」
 優雅で優しい笑みを浮かべる夫人を暫く見ていたリルは
「あんたには、同じ匂いを感じるな」
「えっ?」
 そう小さな声で呟くと
「ご夫人。あんたは結婚前に猫を飼っていなかったかい?」
 前置きなし、単刀直入に質問を繰り出した。
「猫、ですか?」
 微かな声の揺れ、心境の動きを冒険者達は察知した。
 だが、それをまだ表には出さず、話を続ける。
「ああ、数日前、キャメロットの外れで猫が見つかった。食べ物も探しにいけず弱り果てていたのを知り合いが見つけたんだが、いい所の飼い猫だったみたいなんで調べて欲しいって話でな」
「よ‥‥良いのでは無いですか? 猫を手放すと言うことは飼うことができなくなったと、言う事。‥‥新しい飼い主が見つかったと言うのならきっと、‥‥前の飼い主も猫も、喜ぶことでしょう」
 人を鑑定する、対人鑑定の力があっても、無くても解る。
 彼女は声だけでなく、手も震えている。微かに、だが、確かに。
「まあな、確かに飼い主はそれでいいかもしれない。‥‥どうも、猫の方は喜んでいないようなんだ。何せ、見つかってから、いや捨てられてから何も口にしていない。このままじゃ、死ぬのも時間の問題かもしれないな」
「死!」
 ガシャン! 
 テーブルが音を立てて揺れた。
 震えたのは手だけもない。身体も、心も揺れている。
「猫さんは、おかあさん、おかあさん、と呼びながら泣いているそうです。そして、その猫の『おかあさん』はあなたですね」
 確信を持って問うた桃化に彼女は、首を横に振りはしなかった。
「そうです。私があの子を、ニニを森に置き去りにしました。‥‥捨てたんです。自分自身の幸せの為に‥‥。でも、仕方なかったんです」
 若夫人としてこの家にやってきたばかりという彼女は、涙ながらに告げたのだった。
 猫を捨てたその理由を‥‥。

 彼女アマーリエと恋人レーマンは互いを生涯の伴侶として共に生きると誓っていた。
 家同士が決めた結婚であっても、二人は互いを愛しあっていたのだ。
「君の家族は僕の家族だ。一生、一緒にいよう」
 そう言ってくれた彼は、彼女の病を抱えた父親も、そして彼女の母親が死ぬ前に与えてくれた数年来の家族でもあった猫も、一緒に家に迎えると言ってくれたのだ。
 貴族とは言え没落した名ばかりの一族にはこれ以上望めないほどの良縁。
 彼女は幸せになれると信じていた。
 だが、結婚式も目前に迫ったある日。突然、彼が豹変したのだ。
「結婚はする。だが、猫を家に連れてくるのは許さない! 絶対に私の側に猫を近づけるな!」
 そう彼は言った。
 原因は解らない。
 今まで彼にも懐いていた猫が急に吼えるようになったことが唯一思い当たる理由だったが何故、そうなったのかいくら問うても猫は答えず、答えたとしてもアマーリエには解らず、また想像もつかなかった。
 日に日に、レーマンの猫嫌いはエスカレートしていく。
 最初は友達や、知り合いに預けることで納得していたのに次第にそれにさえ反対するようになったのだ。
 そして、いよいよ結婚式の前日と言う日。
「俺は、猫を決して見たくない! 二度と猫に近づかないと誓え! そしてその猫をお前自身の手で捨ててくるんだ。さもなければ俺が殺してやる!」
 未来の夫にそう迫られ、アマーリエは泣く泣く猫を抱いて森に繋いだのだ。
「許して。ニニ。ごめんなさい!!」
 ミニュウ〜、ミニュ〜。
 状況も、意味も解らず、初めての外に置き去りにされた猫がどうなるか、しかも皮ひもで繋いだままだとどうなるか。
 箱入り娘であった彼女には想像もできなかった。
 ただ、自分を呼ぶように泣き続ける泣き声だけは彼女の耳から、決して離れることは無かったという。

 無言で自分を見つめる冒険者達に、アマーリエは頭を下げて、言った。
「悪いのは私だと解っています。ですが、私はこの結婚を取りやめるわけにも、家を出るわけにもいかないのです。病弱な父を置いていくわけにはいかないし、何よりあの人を愛しているから‥‥。だから、ニニはどうか‥‥」
「アマーリエ! アマーリエ!! 何をしている! アマーリエ!!」
 冒険者との会話を遮るように、屋敷の扉が開いて一人の男性が部屋に入ってきた。
「レーマン。お仕事はどうなさったの?」
「そんな事はどうでもいい。外に猫がだな‥‥? なんだ、こいつらは」
 一直線に夫人に近づいた男は、ふと気がついたように冒険者達を見る。
 男一人だったら、絶対誤解しかねない疑いが孕んだ眼差しであったが、半分が女性である事を確認して、小さく力を抜く。
「ギルドの、冒険者の皆さんよ。私の‥‥落し物を届けに来て下さったの」
 妻の言葉に頷いて男は、紳士の顔を取り繕う。
「そうか。なら、用が済んだら早く帰れ‥‥。いや」
「なにか?」
 考え込むような男にリルは問う。
「お前達が冒険者に頼みたい仕事があるのだが‥‥引き受けてくれるのか?」
「内容によりますが」
「ならば‥‥」
「えっ!!?」
「今、なんと‥‥」
 男が出した言葉は余りにも冒険者の想像を超えていた。
「この街の野良犬、野良猫を全て退治できまいか、と言った。私は知性の無い獣どもが大嫌いなのだ。奴らは礼儀を知らず人を傷付ける。つい今さっきも野良猫が私に吠え掛かり、傷をつけたのだ。いずれ何とかせねばと思っていたのだが‥‥」
「そんな! 勝手すぎるよ。第一‥‥」
 飛び掛らんばかりの黎鳳をリルは手で押さえた。そして、一歩前に桃化が出て頭を下げる。
「それは、どうか冒険者ギルドに正式に依頼して下さい。私達の独断で受けるには規模が大きすぎますから」
 ふん! 鼻を鳴らした男はだったら帰れというように顎をしゃくる。
 冒険者達は今度はそれに従うことにした。
「私、お見送りをして参りますわ」
 夫人はそっと後を追い、夫が付いてこないのを確かめた上で‥‥囁いた。
「昔は、あんな人では無かったのです。動物が好きな、本当に優しい人だったのに‥‥」
 俯いた夫人の瞳には涙が浮かんでいる。
 それでも、この場に留まることを決意した彼女に、もう冒険者がかける言葉は見つからなかった。
「帰ろう。皆」
 リルの促しに冒険者達が頷きかけた時。
「待って下さい!」
 夫人は自分がかけていたショールを外し、黎鳳へと差し出した。
「これは?」
「ニニに渡して頂けますか? そして、私はあなたが大好きだと。今も大好きだから、いつかまた会える時まで新しい家族の下で元気でいて、と伝えて欲しいのです」
 両手でショールを握り締め黎鳳は頷いた。
「うん! 必ず!!」
「アマーリエ! 何をしている! 早く傷の手当をするんだ!」
 夫の呼び声に、夫人は慌て戻っていく。
 冒険者にショールと、ある思いを残して。

○願いに包まれて
「‥‥よし! できた!! あ! ポッポ。お前は入っちゃダメ。お前のじゃないんだから」
 ティズが自慢げに手に持った箱を、冒険者達と、そして猫の前に差し出した。
 ピクン。
 今まで、何を差し出されても無反応だった猫が初めて、自分からの反応を返した。
 顔を上げ、懐かしい何かを見るように「それ」に視線を向ける。
 その瞬間を、狙ってアルディスは呪文を唱えた。
 今頃『彼』はアルディスのイリュージョンの魔法の中にいる筈だ。
『彼』にしか見えない幻影。何を見ているのかは冒険者にとってはアルディスが語った知識でしかない。
 だが、箱の前に立ち『彼』を見つめる黎鳳は膝を折り、目線を合わせそっと手を伸ばした。
『ニニ‥‥』
「!」
『彼』は抗わずその腕に抱かれ喉を鳴らす。
 甘えるようにゆっくりと瞬きしながら、その胸に身体を預けていた。
 柔らかい調べが『彼』の緊張を解きほぐす。
『ニニ‥‥、聞いて‥‥、‥‥』
 そして‥‥
「眠って、くれたよ」
 黎鳳は抱きしめた『彼』をそっとティズの用意した箱の中に下ろした。
 静かな、寝息が聞こえるその身体に、半分に切って身に着けていたショールをそっと被せた。
 残り半分は、箱の中に入れてある。
 大切な「おかあさん」の匂いに包まれて『彼』は捨てられて以来、初めて安らぎの中、身体を休めることができたのだ。
「目が覚めたら、少し気分が変わってるかもしれないな。食べ物、食べてくれるといいんだが‥‥」
「きっと食べてくれるよ。あの人の言葉と想い、ちゃんと‥‥聞いてくれたもの」
 黎鳳の真剣な眼差しに、リルはそうだな。と頷く。
 捨てられた猫にとって、特に人の手を覚えたものにとって、その心の傷は深く重い。
 時に命そのものを蝕むほどに、他の、自分が愛し、愛してくれた以外の手を拒むほどに。
 でも『彼』には伝わった。
 ちゃんと愛してくれた人の思いが。
 たった一つの支えがあれば、生きていける。きっと。
 地上に生きる生き物は、そんなに弱くない。
「でもな、なんか、ひっかかるんだよな‥‥」
「そうでござるな」
「そうですね」
「うん‥‥」
 実際に会ったもの。そして話を聞いた者達も同じ、思いを胸に抱いていた。
「あの男‥‥。どうして‥‥」
 最初は単なる捨て猫の身元調査だけのつもりだった。
 だが‥‥
 ニャアアー!
 窓の外で、泣き声がする。
 リルは木戸を開いた。
 そこには一匹の猫が立っていた。
「うわっ! あれがリーダー猫さん? でっかいなあ〜」
 楽しげなアルディスとは反対にリルは
「やっぱりお前さんか」
 彼には珍しく、真面目な目をしている。
 想い猫を目前にしてだ。
「なんで、お前、あの男に傷を付けた?」
 返事をしてくれる筈が無いと解っていても、彼は問う。
 そして、やはり彼は返事を残さず草陰に、消えていった。
「あの猫の為の仕返し、ではないのでござるか?」
 幻蔵は問うが、きっと違う。確信を持ってリルは首を横に振った。
「いや、あいつはそんな小さい猫じゃない。何か、理由があるんだ‥‥」
 その理由が何なのか今は解らないけれど、このままでは終わらない。終わりそうに無い。
 何かが起きる予感が、冒険者の胸を騒がせていた。
 
 翌朝。
 心配して部屋で夜明かしした冒険者達が目が覚めて最初に見たものは、
「良かった‥‥」
 仔猫と一緒に一つの皿のミルクをなめる『彼』の姿だった。