【フェアリーキャッツ】嫌われた男

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月28日〜08月02日

リプレイ公開日:2007年08月05日

●オープニング

 最近、人が変わったようだ。と誰もが彼のことをそう評する。
 元は穏やかで人当たりのいい人物だったのに、結婚を期により幸せに生きるだろうと誰もが思っていた人物は、まるで豹変したかのようにその行動、考え方、風貌まで変えた。
 先日のことだ。
 通りを歩いていた時、野良猫の一匹が彼を見て怯えたように逃げ出した。
 ところが彼はその猫を追いかけ、捕まえ、自らの手で縊り殺したのだ。
 一緒に歩いていた妻も、その光景を見た周囲の人たちも悲鳴と驚きの声を上げた。
 それでも、彼は
「礼儀も知らぬ畜生共には似合いの姿だ」
 そう高笑いして屍骸を放り投げたという。
「‥‥ごめんなさい。許してね‥‥」
 涙を流しながら亡骸を埋めた奥方を、木の上から銀の猫がまっすぐ見つめていた。

 数日後、依頼にやってきたのは奥方のほうだった。
 受付の係員は、彼女の取次ぎに頷くと、奥で働く仲間に声をかけた。
 彼女はアマーリエ。ある富豪の奥方で、少し前まで一匹の猫を飼っていた。
 猫を拾ったと言う友が出した依頼を経て、目の前の女性が捨てた猫は今、その友人の庇護下にあった。
「本来なら顔を出せる立場ではないのですが‥‥ニニを救ってくださってありがとうございます。どうか、あの子を可愛がってやってください」
 そう言って頭を下げた奥方は、係員に猫の好物などの入った籠を渡すと、
「ここは依頼を受けてくれる冒険者ギルドですよね」
 とやってきた本題を述べた。係員も表情を変える。
 彼女が猫を引き取りに来たのか、それとも猫の様子を見に来たのかと思ったがどうやら、そのどちらも違うようだ。
「いえ、それもあるのですが‥‥」
 言葉を選ぶように悩んでいた彼女は、やがて決意に顔を上げる。
「お願いです。夫から動物を守ってはくれませんか?」
「動物? どういう事です?」
 係員の問いに妻は告げる。
 最近、キャメロットで野良猫や、野良犬の死体を良く見かけるが、その殆どは彼女の夫が為したものなのだ。と。
「最初は、夫に吠え掛かった一匹の犬でした。夫はそれに怒ってナイフで犬を殺したのです。そのせいか、以降街の野良犬や、野良猫達は何故か夫に吠え掛かったり、あるいは怯えて逃げるようになり‥‥それを夫はまた殺し‥‥、今では何もしていない犬猫さえも見かければナイフを突きたてる始末。結婚式から後、教会にも行こうとせず仕事も滞りがちだと言うのに犬猫を追うのだけは決して止めようとしないのです‥‥」
 でも。そういう妻の目には涙が溜まっていた。
「でも、夫は本当は優しい人なんです。‥‥今は、何故か動物達に嫌われていますが、昔はそうではなかった。人にも獣にも好かれる優しい人だったんです」
 そう、本質は優しく人当たりのいい人物であるだけに、時折豹変したように変わる性格と奇行に周囲の奇異の目はさらに厳しい。
「私は夫を愛しています。でも‥‥このままでは夫の評判は下がる一方ですし、人に飼われている犬猫に危害を加える可能性もあります。そして‥‥何より被害に合う動物達もかわいそうで」
 だから、動物達を守って欲しいと彼女は言う。
 いわば逆護衛。護衛対象を守るのではなく、対象から周囲を守る。
 だが、もし本人に知れれば気分を害するだろうから、こっそりと。
「動物達から暫く遠ざかれば、彼も落ち着くと思います。動物達の姿さえ見なければ、彼は本当に優しい人なのです。本当に、私を愛してくれるから‥‥」
 夫を心から愛する妻の願い。けれど‥‥
「一つ、伺っていいですか?」
 依頼を出し、帰ろうとする夫人の背中に係員は思っていた言葉を口にした。
「ご主人がおかしいと、何か変だとは‥‥思われないんですか? 優しい人が貴方に家族を捨てさせ、何の罪も無い動物達を殺すのはおかしいと思わないのですか‥‥」
「‥‥時々、思います。この人は、私の愛した人なのだろうか‥‥と。でも、信じたいんです。優しかったあの人を‥‥。あの人を愛しているから‥‥」
 愛猫よりも、愛する男を選んだ女はそう言って去っていった。

 依頼書を見つめながら、係員は思う。
 この依頼。動物達の護衛だけでは根本的な解決にはなるまいと。
 なればこそ、経験を積んだ冒険者が必要になると。
 
 目を閉じると透き通った瞳が『彼』を見つめる幻を見る。
 彼は手近な調度を、その幻を振り払うように投げつける。
 ガシャン!
「見るな‥‥。俺を、見るな‥‥。俺は‥‥俺は」
 足元に散った陶器のかけらを飛び越えて、銀の猫は街の中へと消えていった。
 ある決意をその瞳に湛えて‥‥。

●今回の参加者

 ea2913 アルディス・エルレイル(29歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

○それぞれの再会
 猫、というのは食に結構こだわりを持つらしい、というのは後世の研究を待つまでもなく、猫好きには結構有名な事実である。
 子供の頃食べたものの味を一番に好み、他のものはあまり積極的に食べようとしないとか。
 まあ、飢えていればそんな事を気にする余裕もないのだが。
 そして、川は流れているとはいえ、イギリス内陸部に位置する王都キャメロット。
「ふ〜ん、ボス猫さんてチキンが好きなんだ? これ、食べないかなあ。近所や故郷の猫には結構ウケがいいんだけど」
 魚の切り身の入った皿を手に心配そうな顔で李黎鳳(eb7109)は呟いた。
「まあ、食べないってことはないだろう。チキンが好きだってだけで他のものが嫌いとは言ってなかったし」
 楽天的に笑いながらリ・ル(ea3888)は答える。彼の手にはもちろんチキンがあった。
「私、手土産を忘れてしまいましたわ。保存食や進化の干し魚とかならあるんですけど、食べていただけるでしょうか?」
 考えるような仕草でカノン・レイウイング(ea6284)は呟く。
 もう一つの手土産はあるのだが、野良猫にはやはり食べ物の方がいいだろうか。と。
 なんといっても今回の依頼で一番肝心なのは野良猫達の協力である。
「大丈夫だろ」
 その為に噂に聞くリーダー猫に会いたいカノン達が話した時、リルは自ら仲介役をかって出ていた。
 実際『彼』のことを一番良く知るのはリルであるから、リルを先頭に冒険者達は街の裏路地を行く。
「手土産なんてあんまり気にしなくても良いさ。あいつは別に賄賂で考えを左右されるような唯の猫じゃない。単に俺達がそうしたいだけだからな」
 大きく伸びをしてリルは笑う。
「そういうものなのですか?」
 カノンが問う。
「そういうもんさ」
 リルは答えた。即答で。
 なんだか、自分のことのように猫の事を自慢するリルに微笑みながらも少し肩を竦めて、黎鳳は
「っと、ところでさ」
 ずっと思っていた疑問を口にする。
「そのボス猫さんはどこにいるの? さっきから随分と似たようなところを歩いている気がするんだけどさ」
 下町の路地を行きつ戻りつぐるぐると。
 ような、ではなく実際に同じところを巡っているのだと気付いてからもリルの返事はあっさりしたものだった。
「さあな?」
 と。
「「えっ?」」
 黎鳳だけではない。カノンもまた目を見開く。てっきり居場所が判っていて案内されているのだと思っていたのに。
「野良猫の居場所なんてそうそう判るものじゃない。探したからって見つかるわけでもない。‥‥でも、言ったろ。あいつは唯の猫じゃないって。俺達があいつに用事があると知ればちゃんと出てくるよ」
 コツン。
 足元に小さな石の欠片が落ちた。
「ほら、な?」
 石が落ちてきた方向を見て、リルは嬉しそうに笑う。
 そこには彼の言うとおり、銀の猫がこちらを見つめて待っていた。

「こんにちわ」
「わん!」
 聞き覚えのある声と無い声(?)に青年は立ち上がりドアを開ける。
「貴方は‥‥」
 そこには小さな、でも彼にとって恩ある人物が立っていた。
「お久しぶり、ってほどでもないか。ニニは元気?」
 アルディス・エルレイル(ea2913)の問いにギルドの係員でもある青年ははい、と頷いた。
「まだ、仲良くなったとは言えませんが少しずつ、心を開いてきてくれているのは感じます。僕が出したご飯を食べてくれるようになったのは、やはりうれしいですよ」
「そうか。そりゃあ良かった。実はちょっと受けた依頼があってね。話は聞いてる? ちょっとニニと話がしたいんだけど」
 いいかな? と問うアルディスに勿論、と青年は入室を促す。彼の同行者も一緒に。
 ちなみに同行者というのは犬である。アルディスは彼に話しかけていたからだ。
「君も一緒においで。話を聞いたら幻蔵さんに伝えて欲しいからね」
『ありがとさん。お言葉に甘えて邪魔させていただくでありんす。オヤジとの連絡は、任せてつかぁさい』
 と、聞こえたかどうかは判らないが笑いながら行くアルディスの後を、葉霧幻蔵(ea5683)の忍犬茶助はとことことついて行ったのだった。
 茶助を待たせ入っていった部屋の片隅で身体を伸ばしていた猫に、アルディスは暫くぶりで再会する。
「やあ、ニニ。久しぶり。元気そうだね」
 ニニと呼ばれた猫は顔を少し上げて、声の方に顔を向ける。
 けろども直ぐにまたそっぽを向いた。
 ショールの切れ端に香箱を組みながら、立った尻尾の先が小さくリズムを取るように揺れている。
(「こういうのは猫が、少し興味を持ち始めたということだってリルが言ってたっけ。じゃあ、少しは脈あり。かな?)
 頷いてアルディスはここから会話をテレパシーに変える。
『僕達、キミがアマーリエお母さんのところに戻れる様にしてあげたいんだ。知っている事、思っている事を教えてくれるかな?』
 ピクン! ニニの肩が揺れ、驚くほどの速さでアルディスの方へと向かう。
『お母さんのところに? ホント?』
 押し倒さんばかりの勢いでニニはアルディスに寄ってくる。
 ちなみにニニの方がアルディスより大きい。
『ホントさ。だから、教えてよ。君の知っている事。あの‥‥レーマンの事をさ』 
『レーマンのこと?』
 首を傾げるように倒したニニに、アルディスは、頷いて微笑んだ。

 そして、こちらは茶助の主。
「夏はやはり暑いでござるな。着ぐるみなど着てきた日には煮えていたかもしれぬのである」
 路地の角に身を隠し、家の様子を伺う忍者幻蔵である。
「ふむ、アマーリエ殿の話ではそろそろ外出の刻限である筈であるが‥‥ん!」
 動き出した家の玄関を見てとっさに身体を隠して頭だけで様子を伺う。
 家の主人の外出を妻と使用人が見送っている。
「ふむ、あちらも上手くいったようであるな。なら、こちらもしっかりやるとするでござる」
 腕まくりをし、足音を潜ませ追跡を開始。
 館の前を通り、主人の後を付けて行く派手な鎧の不審人物(?)を夫も使用人であるティズ・ティン(ea7694)も黙って見送っていた。

○驚きの光景
 その光景は、滅多に見られないものだった。知らない人が見れば驚くだろう。
 ある種の人物は喜び、ある種の人物は驚き、逃げ惑うかもしれない風景。
 猫の、大行進だった。その数十数匹。
 行列を見守っていた黎鳳はふと、最後の最後によたよたと歩く仔猫を見つけた。
 逸れてはいけないと抱き上げ、前で様子を見守るリーダー猫の前に下ろした。
『彼』はその子を受け取ると首元を掴んで仲間の輪の中に入れる。
「よし! っとこれで、この辺の猫達は全部?」
 ひ、ふみ、と数える黎鳳におそらく、とカノンは頷いた。
「リーダー猫さんが連れてきた数とは一致しますから」
 ホッとした顔で、でも念のため、もう一度数を確認する黎鳳とカノンの後ろで。
「お疲れ様です。少し休憩なされては?」
 飲み物を差し出す商人に
「ありがと」
「ありがとうございます。頂きますわ」
 二人は礼を言って、それを受け取った。
 熱い飲み物が喉を通ると身体の熱が抑えられるようで二人は少しホッとして息をついた。
「商人様にはご迷惑をおかけ致しますわ」
 カノンが頭を下げるが、なんのなんのと、彼は笑って返す。
「こちらこそお礼を申し上げねばなりません。我が館に猫がやってくるなど、この京右衛門以上の喜びはありませぬ故。うちのトリルも喜んでおるようですから」
 本当に幸せそうな笑顔で彼は言う。そこに一片の嘘偽りも無いから冒険者達はさっきとは違う意味での安堵の思いを頬に浮かべた。
「教会に猫達の保護を断られた時はどうなるかと思ったけど、商人さんに受け入れてもらえて良かったよ。ここに猫達が集まっていれば、少しは安心して動ける」
「でも‥‥まあ、あくまで一時しのぎなんだよな。猫達もそんなに閉じ込めておけないし、閉じ込められるのも嫌だろうしな」
 後ろからの声に黎鳳は振りかえり、仲間の帰還を出迎える笑顔を向けた。
「あ、リルさんお帰り〜。でもさ、猫達結構楽しそうだよ。餌も喜んで食べてるし」
 冒険者達がボスに提供した餌は猫達の美味しいランチになったようである。
「そうであったとしても、自由な猫達を束縛してはおけないさ。早いところ目処をつけておきたいな」
 一方リルの方から吐き出されるのは心配と溜息。
 だがそこには少しの余裕も感じられていた。
「何か掴めましたか?」
 カノンの問いかけにまあな、と答えながらリルは『彼』に眼差しを向けた。
「手がかりらしきものを掴んだんだ。もう少し調べてはっきりさせる。‥‥だから、なあ。それまでここを頼むよ。ここにはあんたが必要なんだ」
 知らないものが見たら黎鳳に話しかけているかと思うかもしれない。黎鳳やカノンも最初はそう思った。
 けれども彼の言葉を受け取るものはおそらく‥‥頭上の銀の猫。
『彼』は答えない。ただ、まっすぐにリルを見つめている。
「お前は言ったな。諸悪の根源は奴に巣食う黒い影だと」
 冒険者は今回の事件において、誰よりもまず最初に『彼』に情報収集を願ったのだ。
『彼』はきっと、何かに気付いている筈だから。と。
 その想像通り冒険者の問いに『彼』は答えてくれた。
『仲間を殺すあの男。だが、憎むべき諸悪の根源は奴に巣食う黒い影だ』
 と。
「もし奴が悪魔憑きや死霊憑きだった場合、特別な武器や対応じゃないと倒せないんだ。‥‥始末は俺達に任せてくれ。お前が手を汚す必要は無い」
 一片の曇りも偽りも無い言葉と思いであると見ている誰もが解る。
 必要ないかもしれないが、カノンはテレパシーでリルの言葉を通訳して『彼』に伝えた。
「あ! でも、万一の時は隠し玉として助けてもらうかもしれないな。お前がいると頼りにできるし‥‥」
 微笑みかけるリルの言葉を受け止めて、『彼』はひらりと木から飛び降りて行った。
 仲間達の方へ‥‥と。
 竪琴で優しいメロディを奏でながらカノンは微笑みかけた。
「解った、だそうですわ」
「信じてくれて良かったね」
 黎鳳の言葉にリルは頷きながらああ、と答える。
「後は俺達を信じてくれた奴の期待に沿えるように頑張るだけだ。調査にはもう少し人手が必要なんだが手伝ってくれるか?」
 今度の言葉は仲間に向けて。
 勿論と頷いた二人の後ろで野良猫と飼い猫、そして仔猫たちが楽しそうにじゃれあっていた。

 皿を洗って、食器を磨く、室内外の掃除に庭の手入れ。
 主に仕える召使には休む暇など滅多にない。
 それでも
「ご苦労様? 少し休憩したらいかが?」
 同じ召使同士で話をする機会も偶にではあるがあった。
「あ! ありがとう。丁度暑くて疲れていたんです」
 声をかけてくれたメイド頭にニッコリと外掃除をしていたティズは頷いた。
 業務用の丁寧な口調で。
「どう? 仕事には慣れた? ご主人様も奥様も良い方だけど仕事は結構忙しいのよ。だから貴女が来てくれて助かったわ」
「あは。そう言ってもらえると嬉しいです。少しはお役に立っているでしょうか?」
「ええ、とても助かっているわ。どうせなら短期のお手伝いじゃなくて正式に働きに来て欲しいくらいよ。奥様に頼もうかってみんな言ってたわ」
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないって‥‥あら!?」
 楽しげな少女同士の会話中。ふと、足元から小さな猫が飛び出し駆けて行く。
「あ! もう走れるなら大丈夫かな。あ、すみません。さっき‥‥犬に追いかけられて迷い込んで来たらしくて〜」 
 説明しかけたティズを、急に表情を変えたメイド頭は
「ダメよ! ダメダメ!! 早く外に出して!!」
 こちらが驚くような声を上げる。その声に従ってティズは仔猫を入ってきたであろう壁の穴から外に出した。
「この屋敷に動物を入れちゃダメなのよ。もう‥‥行ったわよね」
 慌て顔で確認すると溜息をついてティズに向かい合う。
「奥様、言っておられなかったの? この家のご主人レーマン様は動物が大のお嫌いなのよ。小鳥とかならともかく犬や猫などなどレーマン様の御前に出したりしたら殺されてしまうわ!」
「殺すって穏やかじゃないね? どうして? 子供の頃から動物嫌いだとか?」
 仔猫が入ってきた入り口を木板で閉じながら好奇心で目を丸くした少女の演技でティズは、メイド頭の方を見る。
「あら‥‥」
 口を滑らせた。どうしよう。という表情を彼女はしていた。
「子供の頃からでは無いのですけれども‥‥‥‥‥」
 主家の恥になる事を言っていいものか。
 そんな顔をして考えていたメイド頭は
「あんまり、人に言いふらしてはダメよ。これから貴女も長くこの家に仕えるなら知っておくべき事だしね」
 そう前置いて話してくれた。
 結婚式の直前から人が変わったようになった主人の話を。

「ハクション!」
 暗くなりかけた路地で、青年は口元を押さえた。
 彼は一見、真面目で穏やかに見える。
「この暑いのに風邪ではないだろうな? ‥‥ん!」
 何かを感じるような顔で前を見る。
 薄暗がりの中、闇の中。キラリと光る何かを見つけたようで
「あれは、目か! まだこの辺にいたのか!」
 さっきまでの穏やかな様子とは一変。
 目元を吊り上げ、手にはどこから出したのかナイフを握り締めてその瞳を追おうとした。
 だが、その次の瞬間
「すみませんが‥‥道をお尋ねしたいんじゃがのお〜」
「はい?」
 毒気を抜かれたように彼はその手と足と行動を止めて振り返った。
 そこには老婆がなにやら小さな羊皮紙を手にうろうろキョロキョロ。
「どうしたんです? おばあさん?」
 彼はナイフをしまい視線を合わせる。
「‥‥はぁ何ですかの? よぉ聞こえんのじゃよぉ」
「俺の名前は〜レーマンといいます〜! 何かお困りごとがおありですか?」
 耳がよく聞こえないような老婆に、大きな声で一生懸命説明する青年レーマン。
(「よし、行ったでござるな」)
「? どうかしたんですか?」
 声になったか解らないほどの小さな呟きを聞き取ったのか、それとも純粋に老婆を心配しているのか。
 それからレーマンは老婆の為に目的地を探し出し、案内をしてあげたと言う。
「ありがとさんでしたなあ〜。おかげで助かりましたわ」
「それは、良かった。では」
(「しかし、驚いたでござるな。本当に好青年である。あれが何故‥‥」)
 まっすぐ家に戻って行ったレーマンがもし振り返っていたとしたら彼は見ただろう。
 老婆のいた場所に立っていた忍者の姿を。彼の驚きと疑問の表情を。

○事の真相
 夜、冒険者達の集う酒場の片隅。
「どうやら、一つに繋がりそうだな」
 リルの言葉に一つのテーブルに集った冒険者達は頷いた。
「もう一度集めてきた情報を纏めてみましょうか。まずは、ボス猫さんのおっしゃっていた『諸悪の根源の黒い影』それがレーマンさんに憑いていることは間違いないようですわね」
「ニニも言ってたんだ。『レーマンの背中に変な奴が来た』って」
『俺、あいつも嫌い! でもあいつを嫌うとお母さんが困るから、懐いたフリをしてやったんだ。お母さんは俺が守ってやるからって』
 実際のところニニは、レーマンの事も『お母さん』を盗ると嫌っていたらしい。散々アルディスにその事も愚痴っていたのだが、今、それは割愛。黒い影の話に戻す。
『でも、変な奴を背中に付けてくるまでは、まだマシだった! あいつの背中の奴はお母さんを狙ってるんだ!』
『キミが初めて会った頃の彼はとっても優しい人だったんだよね? だからキミも懐いてた。その頃の彼とキミが吼える様になった彼はホントに同じ人なのかな? キミは何かに気付いて吼える様になった、そうなんじゃないの?』
 アルディスの問いに対するニニの答えはそれだった。
「つまり、入れ替わったとかじゃない。背中に何かが『憑いて』いるんだよ」
 その存在に気付きニニは『お母さんが困る』と解っていても彼女を守る為にレーマンに、正確には彼の背中の黒い影に吠えるようになり、結果捨てられる羽目になったのだ。
 黒い影がレーマンの背中に取り憑いたのはニニの証言からすれば結婚式の少し前。
「そこから先の話は俺達の調べと一致するな」
 リルと黎鳳は頷いて覚書の羊皮紙を広げた。
「アマーリエは言っちゃ悪いが貧乏貴族の一人娘。旦那のレーマンは裕福な商人の息子でアマーリエとは子供の頃からの知り合いで婚約者同士であり、恋人同士だった。二人の結婚は親同士が決め、二人も納得した誰一人反対するものの無い幸せなものになるはず‥‥だった」
「ところが結婚式の数日前、死体が見つかったんだよね。自分から命を絶った男。それが、実はアマーリエさんに恋慕する近くの家の男だった」
 黎鳳は話しながら聞き込みの時の事を思い出す。
 路地裏でその日暮しの生活をしていた男が首をつって死んだ。
 その男の部屋の中はアマーリエの絵や、彼女に当てたメモなどでいっぱいだったという。いくつか処分されずに残っていたメモを見たが
【今日、彼女は猫を抱いて庭に出てきた。そして、私に気がつくと微笑んでくれたのだ。彼女はきっと私の事を待っていたに違いない!】
【もう直ぐ結婚式だという。アマーリエは家からまったく出てこない。きっと、部屋の中で泣いているに違いない。あの男が金にあかせて結婚を迫らなければ彼女の笑顔をもっと見れたのに!】
【数日振りに彼女が庭に出てきたと思ったらあの男と口付けを! 許せない。あの男、嫌がるアマーリエに無理やり! 許せない!!】
 そんなものばかりだった。
 聞けばその男も彼女と同じように没落し地位を失った貴族の末らしい。貴族と言うプライドだけは高くろくな仕事もできず、せず、僅かに残った財産を食いつぶして生きていた。
「多分ね、アマーリエさんはそいつの事知らないと思うんだ。名前どころか存在すらね。道ですれ違って落ちていたものを拾ってもらった、そんな出会いとも言えない出会いをその男、ガルナっていうらしいけど後生大事に抱きしめていた‥‥」
 切ない恋心。三角関係にもなれない、叶うことの無い思いの切なさは解らないでもない。
 だが、その恋心が妄執と変わり、婚約者への殺意へと変わったとしたら、それはもう罪である。
 リルは続ける。
「結婚式の数日前、アマーリエとレーマンが外出しているところを、ガルナは襲いレーマンに傷をつけたらしい」
 と。
 アマーリエを欲してのことか、それともレーマンを狙ってのことかは解らない。
 ただ、幸いにもレーマンによってガルナは捕らえられ、レーマンに僅かな傷がついたのみの被害で済んだのだという。 
『結婚式を前にアマーリエに心労を与えたくはありません』
 そう言ってレーマンはガルナを訴える事もせず、逆に金を与えて許した。
 だが、翌日レーマンが知ったのはガルナが首をつり、自ら命を絶ったという事である。
 レーマンの豹変はその日以来の事であるというから、ある一つの過程を当てはめれば全てが一つに繋がる。
「レーマンの背中には今、アマーリエに恋慕するゴーストが憑依している可能性がある、ということでござるな。そのガルナとかいう‥‥」
「ああ。おそらく」
 リルは頷いた。
 その男は裏町に住んでいた時も、野良の生き物達を蔑み嫌っていたらしいから動物嫌いの素養はあり、さらに自分の正体を知られると言う恐れもあって動物達を殺すようになった。と言うことは十分有り得る話だ。
「つーか、話自体はありがちだ。女に横恋慕する男が恋人の評判を落とすとか、殺すとかは」
 自らの命を絶ってゴーストになって憑依するとか、それを察知しそうな犬猫を殺すとかはあまり無い話だが。
「あとは、確証ですわね。今の話はあくまで状況証拠からの推察にすぎませんもの」
「そうであるな。しかも、普段はおそらくその男は表に出ていないのでござる。アマーリエ殿に不審を持たれぬようにかと思われるでござるが‥‥」
「何か、証拠が欲しいな。せめて、確証が‥‥」
 冒険者達は五者五様に唸り声を上げる。
 レーマンにゴーストが憑依している。
 それこそが諸悪の根源であるとの確証が持てればいろいろ手の打ち様はあるのだが‥‥。
「今回はクレリックも神聖騎士もいないしなあ〜」
 何かいい手立てはないものか。
 ここにいる冒険者達には、今、それを形にできるものはいなかった。
 ここにいる冒険者には‥‥。

「お帰りなさいませ。ご主人様」
 出迎えたメイドに荷物を渡し、レーマンは深く息を吐き出した。
「どうなさいましたの? あなた。お疲れの様子ですけれど‥‥」
 出迎えた妻アマーリエが飲み物を持ってきて、問う。
「ん? ああ、今日はなんだか疲れたよ。仕事もだけど、他にもいろいろあって‥‥」
「まあ、どうなさったんですの?」
 穏やかで静かな夫婦の会話。
 だが、それは
「! あの音は何だ?」
 突然立ち上がり、声を荒げたレーマン本人によって遮られる。
「何をおっしゃっているのです? 何も聞こえませんわ」
「いや、聞こえる! 犬の声だ。我が館に犬など!!」
 呼び止め手を掴む妻を振り切ってレーマンは外へと駆け出していく。

 外に出た庭の片隅で
「ありがとう。ご苦労様」
 そんな囁きが聞こえた。
「何だ! 何をしているお前!」
 影はビクンと肩を震わせると、前に出てくる。
 館の明かりが照らし出す影の正体は‥‥ティズである。
「な、なんでもないよ! 今、犬が来たから追い出してたところ! あ、これ、犬が落として行ったんだ」
 ちゃんと仕事していたよ、と表すように彼女はレーマンの手の上にそのナイフを差し出し、落とした。
 差し出された銀の儀礼用短剣。
 ふん、と鼻を鳴らして受け取ったレーマンだったが、暗かったせいだろうか、偶然か、それとも
 ニャアアアン!
 ワウウーーン!
 突然響いた猫と、犬の泣き声のせいか。
「わっ!」
 銀のナイフがほんの僅か彼の指を掻いた。浮かび上がる紅い筋。
「大丈夫? ‥‥‥‥!」
 主人に駆け寄り、手をとったティズはその時、微かに見たような気がしたのだ。
 レーマンの背後に、夜の闇よりも暗い、暗い影の存在を。
 ほんの一瞬の事であったのだけれども‥‥。

○嫌われた男
 楽しげなメロディがキャメロットの街のあちらこちらで聞こえる。
 明るい曲に似合わぬその歌詞は
「この街に住む犬さん、猫さん、鼠さん、貴方達に危険が迫っています〜♪ 危険が無くなるまで暫く、ここから離れて生活しましょう〜♪ 家族は忘れずに〜♪」
 そんな歌が動物達に届いたのか、届かなかったのかそれは正直なところ解ってはいない。
 だが、街を歩くもの達は感じることになる。
「最近、街で動物を見かけなくなったなあ〜」
 と。

「いってらっしゃいませ」
 いつものとおり夫を送り出す夫人は今日は一人。
 館の扉の向こうでは
「ティズさん、やっぱり辞めてしまったのですね」
「力持ちで働き者だったから、とても助かったのに残念ですわ」
「ご主人様も最近おかしいし、私達もそろそろ辞め時かなあ」
 そんな声が聞こえている。
 夫人も、彼女に辞めて欲しくないと願っていた。いや、いて欲しいと節に願っていた。
 ティズが辞める間際にそっと、彼女の耳に囁いて行った言葉を聞いてからずっと。
『安心して。多分、豹変は彼のせいじゃない。彼を変えているものの正体を私達、絶対に見つけてみせるから‥‥ね?』
 ティズは自分を安心させる為に言葉を残していったのかもしれない。
 だが、
(「私は今まで、彼を信じてきた。でも、それは間違いだったの? 彼は、彼ではないの?」)
 アマーリエの胸に不安は広がる一方だった。

 彼は今日も悠然と街を行く。
「最近、なんだか街を歩きやすくなったなあ」
 と嬉しそうに。
 彼は知らない。
 どうして『歩きやすく』なったかを。

 街中の動物達に嫌われる男はその理由を、意味をまだ知らない。