【フェアリーキャッツ】真実の愛

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月13日〜08月18日

リプレイ公開日:2007年08月20日

●オープニング

 猫を閉じ込めるというのは容易い事ではない。
 しかもそれが子供であればなおの事。
『あ〜、たいくつだよなあ。いつまでここにいればいいんだろ』
『おじちゃんたちがいいって言うまででしょ。おそとはあぶないって言ってたよ』
『そとがあぶないなんていつもの事だろ。トリルはおくびょうなんだから!』
『トリル、おくびょうなんかじゃないもん!』
『じゃあ、いっしょにぼうけんにいこうぜ! おれが案内してやるよ!』
『‥‥でも‥‥‥‥』
『いかないのか? じゃあ、おれひとりで‥‥』
『いく!』
 決して広くは無い家の中で、退屈しきった仔猫たちは大人達の目から抜け出して冒険に出かける。
 それが‥‥どんな結果を生むことになるか‥‥知る由も無く。

 一人の男が冒険者ギルドにやってきたのは、その日の夜のことだった。
「どうしたんです。一体?」
 切羽詰った人物が良くやってくるのが冒険者ギルドだが、その中でも彼の様子は尋常ではなかった。
 手に小さな包みをしっかりと抱えて、目から涙をボロボロと流しているのは異国の風貌をした年配の男。
「えっと‥‥あんたは?」
 名乗るよりも先に、人の目も憚ることなく泣きじゃくる男。
 彼の腕中には
「わしの猫が、猫が‥‥」
 見れば、まだ両手に乗りそうなくらいの小さな猫が包まっていた。
 目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
「ひょっとして‥‥その猫‥‥」
 ニャアー!
 反論するように足元に着いて来ていた仔猫が声を上げる。
 そして、声に反応するように包みの中の、猫が微かに、本当に微かにだが身動きした。
「まだ‥‥死んではおらぬ。けれども、目を開けるかどうかは、解らない‥‥と」
 泣きじゃくりながら彼は言う。
 仕事の為、家を空けた彼は、夕方帰った時初めて家の中に、朝までは一緒にいた二匹の仔猫がいないことに気付いたのだと言う。
 ほんの小さな隙間から出た二匹を必死で探していた彼の背後に唸るような声が聞こえたのはその暫く後。
 振り返った彼はそこでボス猫と、その足元で心配そうに泣く仔猫を見つけた。ボス猫が口で銜えるぐったりとした仔猫も。
「トリル!!」
 胸元を深くナイフで刺されたその子はなんとか息があったもののそれも時間の問題、という様子だった。
 慌ててて教会に持ち込み傷は塞いで貰ったものの、ショックが大きかったのかまだ目を開かない。
 猫と人の回復は同じでは無い事を考えると、後は奇跡を祈るしか無いのだ。
「わしが目を話したのがいけないと解っている。でも、この子に何も罪は無いはず。なのにこんな酷いをことをするとは絶対に許せぬ! しかも、下手をすればこの子だけではなく、他の預かり猫達にまで危害が及ぶ‥‥。お願いじゃ! この子を傷付けた犯人を先捕まえてくれ! そして‥‥もう同じような事が起きない様に‥‥」
 訴える商人の足元で仔猫が声を上げる。
 ニャー、ニャアー!
『起きろよ! 一緒にまた遊ぼうぜ!』
 必死の呼び声は、まだ相手には届いていなかったけれど、商人の思いは伝わった。
 届いたはずだと信じていた。

「ん?」
 依頼を張り出す係員は、ふと窓の外から中を伺い覗いていた女性に気付く。
「彼女は‥‥」
 係員に気付き逃げるように走り去った彼女のいた窓の外。
 そこには金袋と手紙が置いてあった。
『お願いです。あの人を止めてください。あの人の手が血に濡れるのをもう見たくは無いのです。そして猫達を助けて‥‥』 
 差出人は無かったが、それが誰の手によるものかは簡単に解った。
 猫殺しの犯人レーマンの妻。
 彼女の思いが解ったからこそ係員は二つの依頼を一つのものとして出す。
 一つの願いの元に。

 そして、集う猫達の前。
 一匹の猫が立ちはだかるように立つ。
 約束を守るために。

●今回の参加者

 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

アルディス・エルレイル(ea2913

●リプレイ本文

○届け、願いの調べ
「すまない! 俺の責任だ!」
 冒険者を出迎えに出た商人は突然頭を下げられて目を瞬かせていた。
「どうしたと‥‥いうのです? いきなり‥‥」
 顔を上げて下さい、と商人は促すがリ・ル(ea3888)の頭はまだ上げられていない。
「いや。京右衛門の旦那。今回の件、あんたの仔猫が怪我をした件は、事件を甘く見て後手にまわり、あげく猫の、特に仔猫の性格を読みきれなかった俺の失態だ。本当に済まない」
 商人は微笑を浮かべ首を左右に振った。
「いいえ。猫から目を離したワシの責任の方が大きいし、何よりも犯人が一番悪いのです。済まないと思って頂けるのなら同じ事が二度と起きないように今度の件、よろしくお願いします」
 勿論、とリルは顔を上げる。
「同じようなことは絶対に繰り返させたりしない。今回でちゃんとケリをつけるさ。でもな、聞いて欲しいことはある」
 実は‥‥。
 真剣な顔で話し合う二人の横をすり抜け、そっと李黎鳳(eb7109)とカノン・レイウイング(ea6284)は家の中に入った。室内では猫たちが突然やってきた侵入者に反応し不審な顔を向ける。
 尻尾を小さく振る者。うなり声で威嚇する者。様々だが好意的な視線は一つとしてない。
「人間不信か〜。まあ、仕方ないんだけどね。苛めたりしないからちょっとだけ通らせて」
「私達も気持ちは皆さんと同じです。トリルさんを心配する皆さんと‥‥どうかお願いしますわ」
 二人の真摯な思いを理解したのだろうか。
 猫達も冒険者達を表向きは静かに、中に通してくれた。
「ありがと‥‥あっ!」
 屋敷の奥の奥を黎鳳は指差す。
 柔らかい毛布が何枚も敷かれ、幾重にも重ねられた布の上。そこに仔猫が眠っていた。
 側には心配するように寄りそうグレーの縞トラ仔猫。
 布の上の猫よりは少し、年上、お兄さんに見える。
 冒険者を見てうなり声を上げ、一端立てた毛並みや肩を戻したのは彼女達が敵ではないと感じたからか、それとも窓から様子を見つめる父親猫の視線に気付いたからか‥‥。
 とにかく二人は眠り続ける仔猫の側に近づき、触れることができた。
 見れば傷は塞がっている。毛並みも綺麗で大切にされているのが良くわかった。
 それ故に、動かず意識も無いのが痛々しい。
「かわいそうに‥‥」
 呟きながら黎鳳は片手にすっぽりと納まる小さな頭をそっと撫でた。
 微かな体温と本当に小さな呼吸音が伝わってくる。
「もうすぐ危ない事は無くなるから大丈夫。だから、目を覚ましてもいいんだよ」
 そうオーラの力を借りて声をかけたその時。
 〜♪ 
 柔らかい音が、静かな部屋に響いた。
 見ればカノンが竪琴を持ち出し、音を合わせている。
「カノンさん?」
「私もお手伝いを、と思いまして。私にできることは、やはり歌ですしね」
 静かに数音を奏でて後、カノンは深く吸い込んだ息をメロディーに変えて歌いだした。
 思ったよりも明るく、元気なメロディーは、眠る仔猫への目ざまし。
 そして応援歌であるようだ。
「さあ目を開けて、あなたの家族と友達が待っています〜♪
 あなたの元気な声、あなたの元気な姿を待っています〜♪」
 周囲で眠るフリをしていた猫達も目を開け、身体を起こし集まってくる。
「心が元気になれば体も元気になれる筈〜♪
 さあ頑張って!」
「フミャアー!」
 側にいた銀色仔猫がまるで歌に乗るように声を上げる。
 そして他の猫達もそれぞれに声を上げたのだ。
「ニュアー」「ミャアー」「フミャア」
 偶然か、まるで
『頑張れよ』『起きろ』『目を覚ませ』
 と言っているかのように。
 猫と、冒険者が見つめ、応援する中。
「! 大変! リルさん! 京右衛門さん! 来て! 早く!」
 いち早く、何かに気付いた黎鳳が声を上げた。
 何事かと必死の形相で駆け寄る二人、音楽を止めたカノン。そして猫達の前で‥‥。
「ふ‥‥みゅ‥‥」
「トリル!!」
 仔猫はその目蓋をゆっくりと開いた。キトンブルーの澄み切った目がトロンとし、やがてキョトンと丸く開いた。
「ミャア!」
 飛びこんだ仔猫がごろごろと喉を鳴らしている。何があったのか解っていないような様子で身体を起こした大事な友達に顔を摺り寄せて。
「気がついたのか!」
 リルはよしっと拳を握り締め、飼い主は
「ありがとうございます。貴方のおかげです!」
 とがっしり、カノンの手を取った。
「私は何もしていませんわ。この子が頑張ったのです。こんな奇跡を見せて頂いて私のほうこそ感謝したいぐらいですわ」
 カノンはニッコリと嬉しげに、そして誇らしげに笑う。
「良かったね。本当に良かった!」
「ああ。これで、もう怖いものはない!」
 眩しいほどに輝く幸せの光景を冒険者達は黙って、静かに見つめていた。
 胸に勇気と決意を蓄えて。

○心の灯火
 広い部屋を箒を持って掃除する。高価な調度も多いので、丁寧にそっと‥‥。
「わっ! いけない!」
 箒の柄が暖炉の上の置物にぶつかった。
 ガシャン! 音を立てて揺れたそれが床に落下しようとしたのを‥‥
「危ない!」
 絶妙の反射神経で止めてくれた者がいた。
「大丈夫? シルヴィアさん。怪我はしなかった?」
 小さな見かけによらずなかなかの力持ちであるティズ・ティン(ea7694)は驚きに固まっているシルヴィア・クロスロード(eb3671)に微笑んだ。
「あ‥‥私は大丈夫ですが、その置物は大丈夫だったでしょうか。なんだか‥‥高そうですけど」
「あ、平気平気。どこも壊れてないみたいだから。よいしょっと」
 そうして片手でひょいと置物を背伸びして棚の上へと戻す。
「ふう、やはり家事は苦手です。力仕事を回して頂ければ良かったんですけど‥‥」
「そうも言ってられないでしょ。使用人殆ど夏休みにしてもらったんだから。この家広いし、皆で仕事、手分けしないとね!」
 明るく笑うティズに大きな溜息と苦笑を浮かべつつ、シルヴィアもはい、と頷いた。
「向こうの方も終わりましたわ。後、どこが残って‥‥あら? 奥様」
 反対側の掃除を終えたクリステル・シャルダン(eb3862)はふと、軽い、小さなノックの音に気が付いて顔を上げた。
 シルヴィアとティズも同じ方向を向く。そこには迷い顔で佇むこの館の女主人アマーリエがいた。
「どうかなさいましたか?」
 柔らかく微笑むクリステルの問いにアマーリエはまだ口ごもるように俯く。
 その様子にティズは彼女が何をいいたいのか。なんとなく察することができた。だから
「大丈夫! 心配しないで。絶対に私達がレーマンさんを助けるから!」
 ワザと元気な声で明るい顔で答える。
「皆さんを、信じていない訳ではありません。‥‥ですが、私の愛した人がゴーストに取り憑かれていたなんて‥‥私はそれに気付かなかったなんて‥‥」
『絶対に何か取り憑いているよ! あの寒気、尋常じゃなかったもん!』
 先の依頼の直後、仲間の下に館での体験を話したティズは仲間からその影の正体についての情報を受け取った。
 また仲間達も目撃者の裏づけを得て一つの確証に至る。
 すなわち、今回の事件。野良動物殺害事件の真の犯人はアマーリエの夫レーマンに取り憑くゴーストであった、と。
 ゴーストを退治する為に冒険者達は幾つかのチームに別れ、準備を整えた。
 屋敷にメイドとして潜入しているのもその一環だ。
 万が一ゴーストが暴れても被害を最小限にする為に使用人を夏休みと言う形で避難させる。
 そして、その代わりに冒険者が使用人として入って仲間達が動きやすいように用意を整えたのだ。
 ほぼ事は予定通りに進んでいる。レーマンも、彼に取り憑くゴーストもまだ冒険者に気付いてはいまい。
 だが、その過程上どうしても避けて通れないことがあった。
 アマーリエに全てを話して協力を願うことだ。
 彼女は事情を知り、当然のように消沈した。
 気遣い言葉を選んだクリステルの話を聞いても夫の変異に気付けなかったこと、それを止められなかった事、そして全ての元凶が自分を愛した男の亡霊だった事に気落ちしたのだ。
 自分を責め今も沈む彼女に‥‥
「アマーリエさん」
 シルヴィアは優しく笑いかけた。
「結婚の誓いを覚えていますか?」
「結婚の誓い?」
 首を傾げるようにアマーリエは問う。
「『病める時も、健やかなる時も共に』今こそその誓いを果たす時ですよ。レーマンさんは貴方の助けを必要としています。それは彼を愛する貴方にしか出来ないことです」
「私が‥‥ですか?」
「そうです。レーマンさんには霊が取り憑いています。霊を追い出すのは私達冒険者の役目。でも、その後傷ついたレーマンさんを支えられるのは貴方だけなのです」
「レーマンさんて優しい人、だったんだよね。もし、全てが終わって本当の事を知ったら、きっと傷つく。その時、支えてあげて欲しいんだ」
 クリステルの言葉をティズが受け継いだ。レーマンの昔を語ったアマーリエの顔は輝いていた。
 それだけの輝きを持つにふさわしい人物なのだ。レーマンは。
「彼らを助ける事ができるのは貴方が勇気を出してくれたおかげです。ありがとうございます」
 そっとアマーリエの肩に手を回し、クリステルは抱きしめる。肩が熱く濡れた。
「なにも出来ないと嘆かないで、貴方はとても勇敢ですよ。こうして私達を呼んで下さったでしょう? ご夫婦が笑顔を取り戻し、またニニさんと暮らせるよう全力を尽くします。だから一緒に頑張りましょう」
 冒険者達の思いやりにアマーリエは、強く頷いた。
「はい」
 と。 

 空を純白の鳥が羽ばたく。
 いやそれは人ではなく、白い天馬とそれに跨る清き乙女。
「人としての命を捨て、悪霊となって恋敵に取り憑いて、その人生に影を落とす‥‥ですか」
 リースフィア・エルスリード(eb2745)は空の高みから悪霊の住処を見下ろして呟いた。
 元人間だった男が何を思いそんな行為に至ったのか彼女には知る由も無い。
 ただ、こうして地上を見つめながら、彼女は一つ決意することが、したことがあった。
「? おや? アイオーン。降りて下さい」
 彼女は天馬の手綱を引いて地上へ着地する。
 そこには笑顔で手招きする九紋竜桃化(ea8553)の姿があった。
「どうしたんです? 桃化さん? 何か問題でも?」
「いいえ。さっきリルさんが来て例の仔猫さん、意識が戻ったって伝えてくれたんです」
「わあっ! 本当ですか? それは良かったですね!」
 リースフィアも吉報を心から喜ぶ。
「ええ、本当に。私もここに来る前見てきましたが、まだ、本当に小さいんです。それでも懸命に生きている命に何と言う事を‥‥」
 喜びとそれ以上の怒りに肩を震わせる桃化をリースフィアは無言で見つめていた。
「犯人は、嫉妬に狂った亡霊なのですね、死して後も身勝手な行いで、小さな命を奪う等、許せない‥‥」
「だが、彼を本当に愚かと言えるのであろうか‥‥」
 ふと、背後からの声に二人は振り向いた。いつの間にやら佇む葉霧幻蔵(ea5683)。
 いつものお茶らけた様子は欠片も無く、その眼差しは真剣そのものだ。
「あら? 亡霊を弁護するおつもり?」
 少し怒りを孕んだ声で問う桃化に幻蔵は一瞬の躊躇いも無く否と答える。
「そんなつもりは欠片も無いでござる。ただ‥‥」
「ただ?」
「ただあの男ガルナ。彼がレーマンに抱いたドス黒い嫉妬は彼への憧れの裏返しだったやもしれないとおもったのでござる」
 言って幻蔵は目を伏せた。
 自分には無いものを全て持つ他者、そして野良動物を忌み嫌っていた男は、惨めな自身を嫌っていたのか。それとも恋慕していたのか‥‥。
「大抵の者が他者に抱く憧れ、それは尊く、美しいものである。だが、何処かで道を踏み外せば誰とて彼になりうる。人と暮らすなら何より必要な相手を思いやる気持ちを忘れてしまえば‥‥」
「幻蔵さん‥‥」
「奴はただ、あるがままに活きる野良に嫉妬していたやもしれぬな。野良の世界とてけっして自由だけではなかろうが‥‥」
 強い束縛を持つ忍び
 自由奔放に見える幻蔵にも彼の苦悩や考えがあるように、あの男にも他者には解らぬ何かがあったのかもしれない。
「とはいえ、奴を放ってはおけぬのは事実。どうやら、今日は出歩かぬらしい上、アマーリエ殿と中に侵入した皆がうまくやったようでござる。決行は今夜とのことなので一度、戻るでござるよ」
「ええ」「解りました」
 表情をいつものものに戻した幻蔵に二人は頷いて、共に歩いていく。
「例え、どんなに尊い思いを抱いていたとしてもアンデッドとなってしまった以上歪んでいくしかないのでしょう。なれば、私はその歪みを正します。生きている者の為に全力を尽くして‥‥」
 振り返り自らに誓うように告げたリースフィアの言葉が誰かに届いたかどうかは解らない。
 ただ共に歩く冒険者達は皆同じ決意の輝きを瞳に宿らせていた。

 決行は今夜。
 冒険者達は既に、密かに館の庭に入り込む事に成功していた。
 中に入ったメイド達の手引きも完璧で、ここまで誰にも気付かれていない筈だ。
「ま、レーマンにさえ気付かれなきゃいいんだけどな。最終的には気付かれてなんぼだし」
 苦笑しながらリルはタイミングを見計らう。
 この依頼の為にわざわざ来てくれたクレリックが用事で間に合わなかったのだけは残念だが、聖水も聖なる武器もあるし、なんとかなるだろう。
「と、いうより何とかするんだよね」
 黎鳳の明るい声に仲間達は頷く。心なしか、協力してくれるペット達まで頷いているようだ。
「今日で事件を終わらせましょう。動物達に安らかな日常を」
 もう一度頷きあって冒険者達は持ち場に着く。
 そして館の明かりが、合図の灯火が揺れた時、
「いくぞ!」
 冒険者達の作戦も動き出した。

○本当の願い
「なんだか、庭が騒がしいな」
 夕食を終え、くつろぎのひと時、館の主レーマンはそう呟く。
 ワインを傾けながらのひと時。穏やかな筈の時間が不穏なものへと変わっていった。
「き、気のせいじゃありませんか? 戸締りはちゃんとしてある筈ですから。ねえ?」
 夫人に問われ、臨時雇いの冒険者メイド達は揃ってはい、と頷く。
「先ほど、戸締りはしてまいりましたわ」
「念のため、もう一度確認してまいります」
 仲間達に目配せをしてシルヴィアが外に出て行く。
 だが、これで安心、とは勿論レーマンにはいかなかったようだ。
「また動物が入ってきているのでは無かろうな?」
 カップを横に置き、乱暴に立ち上がる。
「そんな事は無い筈だよ。それにもしいたとしても私がちゃんと退治するから!」
 止める様にティズがレーマンの前に立ちはだかるが‥‥窓の外から聞こえてくる犬の声。
「ワワ〜〜〜ン」
「ワオ〜〜ン!」
「やっぱり、屋敷の中に犬が入り込んでいるのだ! 我が家に穢れた獣など入れてたまるものか!」
「あっ!」
 ティズを思い切り押しのけるようにしてレーマンは外へと飛び出して行った。
「あなた! 止めて下さい!」
 アマーリエの言葉も聞かずに出て行くレーマンを
「大丈夫ですか? ティズさん」
「うん、大丈夫。予定通りだね」
 頷きあって二人のメイドは見送った。
「さて、私達も行こう!」
 お尻の埃を叩いて立ち上がったティズは
「‥‥アマーリエさん」
 深刻な顔で後ろを振り返った。そこには心配そうに佇むアマーリエがいる。
「本当は、ゴーストにしろデビルにしろ取り憑いている奴の目的はアマーリエさんだからできれば安全な場所に避難して欲しいんだけど‥‥」
 けれども、彼女にはもう返事は実は解っていた。
「いいえ、どうかご一緒させて下さい。私も少しでもあの人の側にいて、援けになりたいのです」
「ティズさん。私がアマーリエさんをお守りします。その現場は無理でもせめて玄関まで‥‥」
 クリステルがそう援け舟を出す。
「解った。一緒に行こう。私も、アマーリエさんを守るから!」
「これを、首にかけておいて下さい」
 十字架のネックレスをクリステルの言うとおりに首からかけ、差し出されたティズの手をアマーリエはしっかりと掴む。小さいけど力強い手だ。
「じゃあ、改めて行くよ。きっともう始まってるから」
「「はい!」」
 そう言って彼女達は走り出した。

 庭で遠吠えを続けていたのは二匹の犬達。
「リルさん! 来たよ!」
 黎鳳の声に頷いてリルは彼らの背中をポン、と叩いた。
「よしっ、ワンコ、茶助。よくやった。シルヴィアの所に下がってるんだ。そろそろお出ましだぞ!」
 後方に下がった動物達と入れ違うように屋敷から凄い勢いと形相で走り出るものがいる。
 冒険者達は身を木や建物の陰に隠した。
「どこだ? 獣どもはどこに行った!」
 闇の中、異様なまでに目を輝かせているレーマン。
「ティズの言うとおりだな‥‥」
 ただならぬ気配を全身に漂わせる男に、リルは一つの確信を持った。
「間違いない」
 呟き、空を見る。
 暗闇で自分達の様子は解らないだろうが、彼女ならきっと、そう思った瞬間だった。
 ビイーーン!
 天上から何かが震えるような、そんな音がしたのは。
「ウワアーーー!! な、なんだ!?」
 頭を抱えレーマンは地面に倒れ付す。足元には狙って投げられた石。
 二つの結界が見えない力を発揮したその瞬間を狙って
「今だ!」
「おう!!」
 右と左両方からタイミングを合わせてリルと幻蔵はレーマンに飛び掛った。
 金鞭で利き腕を取ったリル。幻蔵は飛びつくようにして胴を押さえた。
「黎鳳殿! ナイフを!」
「解った。‥‥貴方の事は判ってるよ、ガルナ。もう止めるんだ!」
 ビクン。微かに身体が揺れ、微かにできた隙を見逃さず黎鳳はナイフを振り上げる右手を強く手刀で打った。
 草の上にナイフが落ちる。
「聖なる水よ! 黒き影の正体を示せ!」
 呆然と立ち尽くすレーマンにカノンは小瓶の蓋を開け、中身全てをぶちまけた。
「グワアアアア!!」
 再び響いた悲鳴はさっきの非ではなかった。
 そして、次の瞬間、膝を付き、頭を押さえていたレーマンの身体から、黒い靄のようなものが抜き出て行く。
「危ない!」
 桃化は地面に崩れ倒れたレーマンを両手で支え、横たえる。
 脈を取り、意識を確かめて。
「良かった。‥‥呼吸はしっかりしているし、手も反応します。これなら、大丈夫ですね。‥‥彼の、後をお願いします」
 前半は独り言、後半はやってきた仲間に向けて桃化は告げた。
 駆けつけたカノンとティズが力強く頷いた。
「解りました」「まーかせて!」
 そしてその後ろから
「あなた!」
 アマーリエは倒れた男に駆け寄り手を取った。まだ意識は戻らないが優しい表情のままの夫に妻は安堵の息を漏らす。
「良かったね。アマーリエさん」
「はい‥‥」
 ティズはアマーリエの肩をぽんと叩く。喜びに彼女の身体は震えていた。
 ‥‥だがその一方、身体から追い出されその正体を現した黒い影は、怨霊、悪霊そのものの姿で今冒険者達の前に浮かんでいた。
「あんたが‥‥ガルナか」
 呟くリルに返事は無い。他者の声に聞く耳など元より持ってはいないのだろう。
 ゴーストとなったはただ、繰り返す。
『アマーリエ、私の‥‥アマーリエ』
 彼女を探すように彷徨う。冒険者さえも目に入らないかのように。
『アマーリエ!』
 彼女を見つけたゴーストは、ただ、彼女の元に突進する。
 また、レーマンに憑依しようとしたのか、それとも、彼女自身に取り憑こうとしたのかは解らないが。
「キャアア!」
 悲鳴を上げるアマーリエはそれでもレーマンを守り覆いかぶさる。
「ダメだよ!」
「させません!」
 レーマンを庇うアマーリエを庇ってティズとクリステルが二人の間に立ちふさがる。
 再びかけられる聖水、実体の無いゴーストの身体を切り裂くスマッシュ。
 既に与えられていた冒険者からの攻撃のダメージもありもはや、ゴーストガルナの存在そのものはかき消されようとしていた。
 それでも、残る恩讐はただただ、一人の女性、アマーリエを見つめる。
『アマーリエ。私の愛する‥‥アマーリエ。君は‥‥私の‥‥も‥‥の』
「知らない! 私は貴方なんか知らないわ!」
『私は、君を愛している。君も、私を愛してくれた‥‥じゃないか‥‥』
 決して思いも心も届かない相手に、無い手を差し伸べる。
 悲しいまでの妄執。
「止めなよ! ガルナ! こんな事をしたって誰も幸せにはならないんだから!」
 止めを躊躇い立ち尽くす冒険者達の中で黎鳳はやりきれない思いで声を上げた。
「ガルナ」
 そう呼び止められたせいだろうか。ゴーストは人であったら微かに肩を揺らしたような動きでアマーリエから視線をずらした。
 冒険者へと。
『ガルナ、と私を呼んだか‥‥』
「そうだよ。君はガルナ。他の誰でもない。ガルナなんだから」
 レーマンの身体を守る。だが、それ以上に黎鳳はガルナを放っておけなくなってしまったのだ。
 まっすぐにガルナを見つめ、告げる。
「現実を見なよ。彼女を苦しめてるのはガルナさんだよ。これ以上やったら彼女に愛してもらえないどころじゃない。彼女に嫌われてしまうよ!」
「アマーリエさんが愛したのは貴方ではない。レーマンさん。貴方が本当に彼女の愛を求めるなら、死に逃げずに彼女に向かい合うべきだったのです」
 白い天馬と共にリースフィアは舞い降りて告げる。手には槍を持ちゴーストを逃がさない鋭い眼差しのまま、心も逃がさないと言うように。
『違う! アマーリエは、私を! 私を愛してくれて!』
 ゴーストガルナはアマーリエに近づいていく。
 だが、白い結界と何より
「貴方なんか知らない。私が愛しているのはレーマンだけ。貴方なんか、存在も知らないわ。そんな貴方が何故、私達の幸せを奪うの!」
 アマーリエ自身の言葉と涙がガルナの存在そのものを弾き飛ばした。
『そんな、そんな‥‥』
 呆然と浮かぶガルナは自分自身に返らない答えを続ける。
『どうして、誰も私を見てくれない。私を受け入れてくれないんだ!』
「それは、お主が誰も見なかったからなのでござる!」
『!』
 今まで沈黙を続けていた幻蔵が静かに告げる。変身も解き彼自身の姿となって。
「動物達はお前自身を見ていた。お前は自由に生きる彼らを嫌っていたかもしれぬが、少なくともお前の事を見ていた。殺すでなく、拒絶するでもなくお前は本当は彼らを愛するべきだった。そうすれば、違った何かを得ていたかも知れぬ」
「そして何より自ら死を選ぶべきではなかったと、言っておきます。どんな思いもアンデッドと鳴ってしまえば歪み行くだけ。私達にできるのは、貴方を消滅と言う形で救ってあげることだけですから」
 今まで、誰の言葉も耳に入らなかったガルナは、今、初めて彼自身に向けられる言葉を受け止め、心に刻んでいた。
「拙者たちはお主を消し去る。だがお前の名は、拙者が覚えておく‥‥だからもう止せ、ガルナ」
「‥‥いいか? 行くぜ」
 幻蔵の言葉を聞いて以降、ガルナの亡霊は動くのを止めた。
 リルの合図で冒険者達のそれぞれが、剣を武器を、聖なる呪文を握り締める。
「死して後に、命殺める、愚か者よ。消えなさい。‥‥『昇竜』」
「動物達を傷つけたあなたの存在をわたくしは否定します。滅びなさい!」
 抵抗は感じられない。このまま武器を振り下ろせば彼は消える。
 死、いや消失を覚悟した最期にガルナは小さく呟いた。
『‥‥アマーリエ』
「アマーリエさん!」
 黎鳳は振り返ってアマーリエを見つめる。
 そしてアマーリエは‥‥
「ガルナ‥‥さん」
 静かに亡霊の名を呼んだ。
 次の瞬間、冒険者達の手によって影は跡形も無くこの世から消えた。
 ただ、それが恨みの言葉残す暗いものではなく、まるで花が散るような静かなものだったことに冒険者は少し安堵する。
 冒険者とそして何よりアマーリエに認められた事で、彼は望みのものを最後に一つだけ手に入れたのかもしれないから。
『すまなかった‥‥。許してくれ』
 リルの、黎鳳の、幻蔵の、そして全員の胸に彼の本当に最期の言葉は確かに届いていたから‥‥。

○月夜の宴会
「彼の弁護をするつもりは一切、これっぽっちも、まったく無いのである。ただ‥‥」
「ああ、解ってる」
 大きな荷物を持ってリルは幻蔵の後をついて歩く。
 行き先は町外れの墓地の、隅の隅。
「おや?」
 そこに意外な先客が立っていた。
「レーマン。アマーリエ」
 彼らも冒険者に気付いたのだろう。顔を見合わせ頭を下げる。
 見れば手には花。
 彼らも同じ目的でここに来たのだと直ぐに解った。
「この度は、私のせいで、皆様にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 心から悔いの表情で頭を下げるレーマン。
 それでも、最初の時よりはずっと表情が良くなったな。とリルは言葉に出さず思った。
 全て解決の直後、目を覚ましたレーマンが事情を知った時の表情は本当に見ていられなかった。

「私が? 私が動物達を殺めたのか?」
 ゴーストに憑依されたものというのは、殆どの場合、完全に意識を乗っ取られる事は少ない。
 ただ、頭の中で誰かに囁かれるように告げられた、憑依されたゴーストの意思を自分のものと思ってしまうのだという。
 聞けばレーマンも、妙にイライラして動物を見ると憎い気持ちが溢れてきて止められなくなったのだという。
 記憶を失っているわけでもないので
「貴方が悪いわけではありません。ゴーストのせいなのですから」
 シルヴィアが励ましても
「しかし‥‥私が確かにこの手で‥‥」
 思い出される記憶に、その時は欠片も意識しなかった罪悪感にレーマンは責め立てられることとなった。
 自分自身を責め続け、落ち込むレーマンを見ていたリルは
「そうだな。確かにお前さんのせいではないが、多くの犬猫が犠牲になった。これは事実だ」
「リルさん!」
 慰めるのではなく、突き放すようにそう言った。
 レーマンの顔がさらに曇る。下手をすればそのまま死を選びかねないほどの様子に
「ダメだよ! デビルって人の心の隙間を狙ってくるんだよ。だから自分を責めちゃダメ!」 
 ティズは強く、強くレーマンの肩を振った。瞬きするレーマンに
「共に謝りに行きましょう。そして、死んだ魂たちが安らげるように祈って下さい」
 桃化が
「過去を悔やむより、償う事を考えましょう。残された動物達に出来る事は沢山あるとおもいませんか?」
 クリステルが笑いかける。そして冷酷に見えた
「できるならこれからは彼等を保護するように働いてくれ。後悔するならそれを償う道を行くんだ」
 リルが告げた言葉と、寄り添い握る妻の手ぬくもりにレーマンは顔と身体、そして心を前へ向けた。
「解りました。誓います。これからの人生を私は、動物達への償いに使う、と」
 強い意思で告げられた誓いを冒険者達は見届け人となって受け止めた。

 その後、レーマンは言葉通り精力的に動物達の為に活動するようになった。
 ここもその一つ、レーマンが殺したものだけではない、死んだ生き物達の為の墓地だ。教会の片隅に作ってもらった。そして横にはガルナの墓地も作られていた。
「彼も、同じようにアマーリエを愛していた。だから、約束しました。必ず彼女を幸せにする、と」
「そうでござるか‥‥」
 微笑んで幻蔵はガルナの墓に手を合わせた。彼が捧げた思いは幻蔵とガルナの秘密であろう。
「と、丁度いいところで会った。これから付き合わないか?」
 墓参りを終えた二人をそう言ってリルはナンパする。
「どこへ?」
 という質問にはニッコリと笑顔だけで答えて。

 そして宴会が始まった。
 と、言っても会場は町外れの猫達の広場。主役は久々の自由を満喫する猫達。
 思い思いの場所でチキンや、魚を頬張り、マタタビに酔う猫達。
 冒険者は、それを肴に広場を少し離れたところから見ていた。
「楽しそうだね」
「ええ、何よりです。怪しい黒猫もいませんし」
「動物達が笑顔で暮らせる日々が戻ってきて良かったです」
 レーマンが提供したワイン、右京衛門が用意した食べ物や飲み物で、人も動物も幸せな気分で空に上った美しい月を見つめていた。
 今日は満月。眩しい夜空が猫達を照らす。
「ほら! お母さんだよ」
 黎鳳は抱いていた猫を地面に降ろす。
「ニャアアー!」
「ニニ!」
 嬉しげにアマーリエに飛びつくニニ。ニニを嬉しそうに抱きしめるアマーリエ。
 ふと
「色々辛い事もあったけど三人でなら、これから何があっても乗り越えられるよ。レーマンさんもニニの『お父さん』なんだから、家族で力を合わせて頑張って!」
「はい。でも、あの子は私を嫌ってますからね〜」
「えっ? どうして?」
 そんな会話の後ろで
 トントン。
 リルはニニを抱くアマーリエの肩を叩くとそっと、耳打ちした。
「レーマンは間違いなく善人だ。猫好きの俺が事件について許すくらいにな。あんたの美徳が今回は仇になってしまったが、めげずにレーマンを支えてくれ」
「‥‥はい。本当にありがとうございました」
 アマーリエは頷くと深く、冒険者に頭を下げたのだった。
 カノンが奏でるハッピーエンドで終わった猫達の歌。
 それを聞きながらリルは
「なあ?」
 振り返らずに木の下で呟いた。
「今回は大失態だったが、できるなら今後ともお見捨て無きよう頼むよ」
 返事は無い。肩を竦めたリルの頭上に
「いてっ?」
 小さな何かが落ちてきた。
「指輪? おい!」
 返事は無い。
 『彼』の瞳の色と同じ石が嵌められたそれは、不思議な輝きを放ち、リルの手のひらで笑っていた。

 幸い、その後レーマンの風評は思ったより下がる事は無かった。
 冒険者の尽力とそれ以上に本人の努力が、悪い噂を打ち消したのだ。
 起きた出来事は決して消える事は無い。
 だがそれを償い前に進む事はできるのだと、冒険者と彼は証明したのだ。

 ニニはあれ以降街にたまに出るようになった。
 庭に餌を出しておくと時々食べに来る。と元飼い主だった係員は笑っている。

 人と猫が笑い合う街が返ってきた。