【英雄?】少女と犬と白い鈴

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月03日〜09月08日

リプレイ公開日:2007年09月10日

●オープニング

 街道をひた走る少女と犬。
「フロー! 頑張って! キャメロットの街まで後少しだから!」
『ワン!!』
 リンリンと響く涼やかな調べとは正反対に彼女達の息は荒かった。
「こうなったら迎え撃ったほうが‥‥? ううん、ダメ。敵の数が多すぎる!」
 背後に迫ってくる影に怯えながらただ、ただひたすらに走り続ける。
『キャウン!』
 先に縺れたのは犬の足だった。大きな石でも踏んだのか声をあげ、前足を折る。
「あっ! フロー!」
 少女は立ち止まり、犬の足を見る。
 幸い犬は直ぐに立ち上がり、歩き出そうとする。
 だが、その僅かなタイムロスがただでさえギリギリだった彼女と『敵』の距離を狭めてしまう。
『敵』の気配はもう、直ぐそこだ。
 がさっ。草の踏まれる音がする。
「いい加減にしろ! もう逃がさないぞ!」
「持ち物を全てよこすんだ! さもないと命は無いぞ!」
 背後からそんな声がした。
 夏だと言うのに顔を面で隠した男が三人、追っていた少女達をついに射程圏内に収めたのだ。
 太陽を背中にし、近寄ってくる男達。それに向かい
「いやよ! 盗賊なんかに渡さない。このお金も武器も、そしてフローも私にとって大切なものなんだから!」
 少女は剣を抜いた。1対1ならともかく1対3で敵うだろうか。
 それでも、譲れないものがある。見れば、側で犬も威嚇姿勢に入ってくれている。
 微笑んで
「行くよ」
 走り出しかけたその時だった。
「待て!!」
 いきなり森影から飛び出したものが、少女と男達の間に割り込んだのだ。
「誰だ。貴様! 邪魔をする気か?」
 現れたのは貴様、の言葉通り馬に乗った男性だった。
 少女からはその背中は逆光で影にしか見えない。だが
「仕事の息抜きに散歩に来て見れば追剥と出くわすとはな。だが、キャメロット周辺の治安維持も俺の仕事だ。見捨てておくわけにはいかない!」
 声からすると若く感じる。大きく力ある背中だ。
「そこの娘!」
 背中は振り向かず馬上から槍を構えている。
「はい!」
 答えた少女は思わず背筋を正した。人に命令を与える力がそこにある。
「走れ! そしてキャメロットに着いたなら冒険者ギルドに駆け込むんだ。あそこを襲う奴はいないし、力になってくれるものも必ずいる!」
「は・はい! 行くよ。フロー!」
 言葉に従い少女は走る。犬と共に。
 彼女は真っ直ぐ走ったので気がつかなかったし、見れなかった。
 犬の名前に微かに顔を後ろに向けた青年の顔も、青年の背中に一瞬足を止めた犬の姿も。

「助けて! 追剥に追われているの」
 そう叫び声と犬と共に駆け込んできた少女と犬に係員は目を瞬かせた。
 ヘンルーダと名乗った少女と犬は、
「大丈夫。誰もいないよ」
 外を見た係員に言われて大きく息を吐き出して床に座り込んだ。
「大変だったね。君は旅の人? キャメロットには何の用事で来たのかな?」
 差し伸べる係員の手を断って少女は立ち上がり、胸をはった。
「私はこう見えても戦士の端くれなの。本当だったら追剥の一人や二人なんとかなるのよ」
 くすっ。小さく笑って係員は頷いた。
 こう見えてもギルドの係員。歴戦の勇者達を数多く見ているから実力はなんとなく想像がつく。
 彼女の力は低くもないが、自分で言うほど高くも無い。中級クラスというところだろう。
 強がりで意地っ張りの典型的な女の子だ。
「そう言えば冒険者ギルド。依頼人の願いを聞いてくれるところよね?」
 そうだ、という係員に少女は頷いて
「じゃあ、私も依頼を出すわ。手伝って欲しい事があるから」
 カバンから財布を取り出した。
「私はね、人を探しているの。十年以上前、兄を殺した男を」
 正式な依頼、それを確認した係員は依頼書を広げ少女に問うた。
「その人物の名前は?」
「解らないわ。子供の頃の事だから」
「歳は?」
「知らない。でも大人だったのは確かだと思う。背は高かったから‥‥」
「外見は? 何か特長とか?」
「金髪で碧の目をしていたのだけは忘れないわ。あとは‥‥よく解らない」
「ちょっと待て?」
 そこまでの質疑応答の答えに係員が声を荒げた。
「金髪碧眼の男? そんな人間がイギリス‥‥いやキャメロットだけだってどれだけいると思ってるんだい? 他に手がかりは? 本当にないの?」 
「そんなこと言ったって覚えていないものはいないんだもの!」
 係員よりも大きな声で答えて後、少女は手を握り締めた。
「でも、探さず放っておくなんてできない。私にとって兄様は本当に大事な人だったんだから」
 遠い記憶。どんなに薄れてもあの笑顔だけは消えない。突然それが途切れて一人にされた。
「全てはあいつのせいなのよ! あいつは兄様の親友だったのに、裏切って兄様を殺した。だから‥‥絶対にあいつを見つけ出すの。絶対に‥‥」
 涙ぐむ少女。足元に少女の犬が主を気遣うように寄り添う。
 首輪につけられていた鈴がリンと音を立てて鳴った。
 まるで少女を励ますように。
 その様子に依頼を受けてくれる人物がいるかどうか解らないが、という条件付で係員は依頼を受理した。
 キャメロットに不慣れな少女と犬の、手がかりのまったく無い人探し。
「金髪碧眼ね。パーシ様も同じような外見だよな。この国にはほんとに良くある外見だし」
 簡単にはいきそうにないと、思いながら、彼はふと依頼を貼り出す手を止めた。
 少女を追っていたという追剥のことを思い出したのだ。
「彼女がお金を持っていそうだから襲った、というならまあいいけど、何か彼女に襲われるような理由があるのかな?」
 気になって念のため募集者を旅なれた冒険者対象に変更する。
 彼らならきっと彼女をいろいろ助けてくれるだろう。と。なんの気なしに。

 その判断が、後に大きな意味を持つ事を彼はまだ知らない。


 そして、キャメロットではないある街のある場所で
「あいつを逃がしただと! で、あれは? 取り戻せなかったのか?」
 ある男がそう声を荒げていた。
 戻った部下と戻ることもできなかった部下のふがいなさ。
 男は悔しさにぎりりと歯噛みした。
「私も用が済み次第キャメロットに行く! あいつの事は、放っておいてかまわん。だがあれだけは取り戻しておけ! 必ずだ!」
 キャメロットは騎士団もいるし、冒険者ギルドも充実していると言う。
 大仕事の前に警戒を強めるようなことは、なるべく荒事は避けたい場所だがあれが人目に触れる事態は、それ以上に避けたい。
「まったく、駒の分際で勝手なことをしてくれて‥‥」
 呟く男は、だが悪魔のごとき眼差しと知恵でその先にどう動くかを考えていた。 
 それを見つめる視線を未だ知らず‥‥。

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

サラン・ヘリオドール(eb2357

●リプレイ本文

○手がかり無き捜索
 地図。それも正確な地図というものは後世ならともかく、今の時代簡単に手に入るものではない。
「困ったわね。最初から手詰まり?」
 クァイ・エーフォメンス(eb7692)は握り締めた一本の羊皮紙を指で弾いた。
 依頼を受けた少女ヘンルーダは彼女の兄の敵である男を探していると言う。
 手がかりはたった一つ『金髪碧眼』。
 イギリスにおいて最大多数のような外見だけが頼りでは手がかりは無いに等しい。
 今頃仲間達がヘンルーダから詳しい話を聞いているだろうが少しでも居場所を絞り込めないか、とダウジングを試みようとしたのだ。
 広い範囲を記した地図から順々に絞り込んで‥‥。
 そう思ったのにどこを探しても王都の図書館にまで行ってもイギリス全土の地図はおろか、キャメロット近郊、いやキャメロットの街のものですらまともな地図が無い。
 やっとのことで借りたこの地図も、キャメロットとその周囲しか描かれていない上にかなり大雑把に思えた。
 そして地図の上に垂らしたダウジングペンデュラムもまったく動いてはくれなかった。
「『ヘンルーダの兄を殺した人』じゃだめなのかしら。仕方ないわね」
 ペンデュラムをしまい、地図を片付けクァイは部屋の扉を開けた。
「真実の欠片が‥‥集いつつある? このキャメロットに?」
 サラン・ヘリオドールは言っていたが占いは答えをはっきりとは指し示してくれないものだ。
 もう少し情報がいる。
 見えない未来を現実に変える為には。

(「どうしてだろう。変な胸騒ぎが消えないのは」)
 マントの端をギュッと握り締めてシルヴィア・クロスロード(eb3671)は心の中で呟いた。
 不安を顔に出すわけにはいかない。依頼人に不安な表情など見せるわけにはいかない。
 ここは冒険者ギルド。もう仕事は始まっているのだから。
「では‥‥お兄さんの名前はアルバさんというのですね?」
「そうよ。とっても優しくて強い人だったの」
「仇の事は詳しく覚えてないって言ってたよな? その兄貴の事は何か覚えてないか? 何処でどんな仕事しててどんな人だったかとかどんな些細な事でも良いから話して欲しい。何が切っ掛けで手がかりが見つかるかわからないしな」
「元はどこかに仕える騎士だったらしいけど、両親を亡くしてからは私を育てる為に地元の街で自警団のようなことをしていたって。詳しい事は解らないけど‥‥」
「地元と言うのはどちらですか?」
「エイムズベリーという小さな村よ。でも、最近はお義父様と一緒にずっと旅をしていたわ」
「お父様? ご両親は亡くなった、とおっしゃっていませんでしたか?」
「養い親なの。旅商人でね、お兄様の知り合いで親友だって。私が叔父さんたちに引き取られたあと、よく会いにきてくれて叔父さん達が死んだ後、私を引き取ってくれたの。キャラバンを率いていてね。今はソールズベリーを拠点にしている筈。優しい人よ」
 無理強いの無い会話から少しでも手がかりを引き出そうとするワケギ・ハルハラ(ea9957)やセレナ・ザーン(ea9951)。閃我絶狼(ea3991)やマックス・アームストロング(ea6970)の話を聞きながら彼女は改めて決意を固めていた。
「お兄様が亡くなられたのは随分、昔の話なのですか? そういえばヘンルーダさんはおいくつ?」
 思い出したというように藤宮深雪(ea2065)は聞いてみる。
 これは重要なことだ。
「兄様が死んだのは私が五歳の時。私は今、十七歳よ」
「と、いうことは十二年前、ということですね」
 十二年。
 十分に一昔前だ。マックスを除いては全員がまだ子供の域を出ない頃。セレナなどは生まれているかどうかさえ怪しい昔のこと。
「そんな幼い頃の事なら、もしかしたら勘違いや誤解があるかもですね」
「ちょっと! どういうことよ!」
 他意も無く呟いた深雪の言葉にヘンルーダは反論する。
「私が間違っているとても言うの? 私はずっとこの思い、この憎しみをずっと持ち続けていたのに、復讐して兄様の墓に報告するのを夢見ていたのに、それが間違っていると?」
「そうじゃありません。ただ‥‥」
 あまりの剣幕に少し後ずさりした深雪の背中を絶狼が止めた。足元には愛狼の絶っ太がヘンルーダの犬フローと一緒に床に寝そべってあくびをしている。
 どうやら気があったようで、というのはさておき
「お前さんの気持ちを否定するつもりもないし、復讐も止めはせん。だがその前に真相を全て解明するべきだな、敵討ちとか考えるのはその後でも良いだろう?」
「真相? だから何か間違っていると!?」
「それを確かめるのがまずは先決、と言っているんだ。異論は無かろう?」
「‥‥まあ‥‥それは」
 口ごもりながらもヘンルーダは頷く。
 よし、絶狼は思った。彼女の心はそれほど曲がって育ってはいない。
 ふと顔を上げる。
 窓辺で警戒するように外を見つめていたクオン・レイウイング(ea0714)が腕組みをしたまま頷く。
 頷き返して絶狼はヘンルーダと仲間を指差した。
「ちょっと、調べものをしてくる。用事があるときには一人で外に出るなよ。できるならある程度方が付くまでここにいろ。絶っ太! フローを苛めるなよ。いいな!」
「解ったわ。その代わり、必ず兄様の仇を見つけて!」
『グル!』
 二つの返事に片手だけで答えて仲間の幾人かと共に絶狼は外に出た。
(「本当に敵かどうかもわからなさそうな感じだしな、なんだか‥‥変な胸騒ぎがする」)
 シルヴィアが感じたそれと同じ思いを胸に抱きながら。 

「さて! 行くとするか!」
 白馬の手綱を握り締めた七神蒼汰(ea7244)に、
「本当に大丈夫ですか?」
 横で同じように馬を立てるリースフィア・エルスリード(eb2745)は心配を頬に浮かべて問うた。
「ソールズベリーは徒歩四日。エイムズベリーも少し近いですが徒歩でだと三日かかります。駿馬とはいえ本気で行くとなればかなりの強行軍かもしれませんよ」
「解ってる」
 その気遣いに蒼汰は小さく笑った。空を飛ぶリースフィアとは違い、馬にも無理を強いる事になるだろう。
「でもできる限りの事はやってみようと思ってな。せっかく得た情報だ。生で確認して少しでも手がかりを得た方がいいだろう」
 微笑と笑顔が同意する。
「解りました。私も確かめたい事があったんです。‥‥そう。いい機会じゃないですか」
「ん?」
「なんでもありません。では行きましょう!」
 小さく呟いてリースフィアは馬の背を蹴った。
「なんだ? まあ、いいか!」
 飛翔する天馬を見送って蒼汰もまた
「行くぞ! 疾風丸!」
 愛馬の背を叩いて駆け出していったのだった。

○気付けない目的
 地元での現地調査に旅立った冒険者と、ヘンルーダの護衛に残った冒険者。
 それ以外のメンバーは仲間達と交代でキャメロットの街で調査を進めていた。
「護衛に付く筈じゃ無かったんですか? 絶狼さん?」
 シルヴィアに問われ、ああ、と絶狼は頷いた。手の中でマックスがよこした似顔絵がくるくる回っている。
「直ぐ戻る。ちょっと気になることがあってな」
「気になる‥‥こと?」
「なるほど、あの事ですわね。私も先に行くつもりでしたからご一緒しませんか?」
 首を傾げるシルヴィアと反対に深雪は微笑んだ。
「ああ、そうさせてもらおう」
「ヘンルーダさんの為の人探し‥‥ではないんですよね?」
 返事は無かったが、絶狼と深雪が向かった先を追ったシルヴィアはやがて気付いた。
「あ! そういうことですか!」
 彼らが向かった先はキャメロットの牢獄、犯罪者達が収容されている施設である。
「少し聞きたいことがある。つい最近、この近辺で少女を襲った盗賊が捕らえられなかったかい?」
 名声ある冒険者の問いに見張りの兵士は少し考えて答える。
「パーシ様が捕らえられた盗賊であれば二人ほど。尋問はしておりますが何もしゃべらず困っております」
「やはりそうですか‥‥。少し話をさせて頂いてもよろしいですか? 無論扉越しでかまいませんから」
 丁寧な口調で頼む深雪の願いを、衛兵達も断らなかった。
 膠着した取調べを少しでも進めようと言う意図もあったのだろうけれど、冒険者と盗賊の会見が実現する。
「お二方ともヘンルーダさんを助けたのがパーシ様だと気付いていたのですか?」
 少し驚き顔のシルヴィアに
「はっきりと、と言うわけでも無いけどな」
 小さく肩を竦めて絶狼は答える。
「馬に乗ってキャメロット周辺を散歩だと言って出歩く腕利きの槍使いと言ったらまずパーシ卿を思い出すだろう? しかも冒険者ギルドを知っていて頼れというならなおの事だ」
「確かに。でも彼女は盗賊に襲われるような心当たりは無い、とも言っていましたが‥‥」
「彼女には無くても、彼らにはあるのかもしれませんよ」
「?」
 話はそこで止まった。眼前の牢の中には比較的若い男が二人、膝を抱えている。
 おそらく下っ端であろうが解りやすい悪人顔もしてはいない。普通に見ればその辺にいる町人や商人でも通る二人に
「少しお話を聞きたいのですが‥‥」
 ニッコリと柔らかく深雪は話しかけた。返事は当然返らない。そっぽを向かれあららと深雪は苦笑した。
「嫌われてしまっているようですね。では、単刀直入に用事だけ。どうしてヘンルーダさんを狙いましたの? 彼女はあまりお金持ちではないようですわよ」
 やはり、返事は無い。
「やれやれ」
 にべも無い。ここは一つ専門家でも呼んできた方かいいか、と絶狼が思いかけたその時。
「残念ですが、お目当ての物はもう、手には入りませんよ」
 やはり、柔らかく深雪は微笑んで言った。微かに二人の反応が変わる。
「どうしてあんなものを!」
「そうだ! 俺達だって聞くまで解らなかったのに!」
「あら、貴方方を捕らえたのは円卓の騎士ですよ。この国の最高の騎士の一人がそれくらいの目を持っていないとでも思うんですか?」
(「ん?」)(「えっ?」)
 疑問符は浮かぶが、深雪の意図は解るので表情には出さない。
「くそっ! バレないうちに取り戻せと言われてたのに!」
「だからさっさとあの老いぼれ犬だけでもやっちまえば良かったんだ!」
「取り戻せ? 命令する方がいらっしゃるようですね。貴方方には」
 三度のニッコリ。ハッと二人は口元に手を当てた。
 怯えたように肩を竦ませ、それから先はどんな尋問にも引っかからない。
「でも、解った事がありますね。皆さんにお知らせしないと」
「それは戻って俺が伝えとく。気をつけないとな‥‥」
 動き出す仲間達。
 シルヴィアは負けていられない、と手を強く握り締めた。

○命の響き
 キン! カン!! カカン!
「!」「タアッ!」「トウッ!」 
 鉄の音に、気合の声がキャメロットの広場に響いていた。
「うわっ!」
 落ちた両手剣が地面に突き刺さった。
 しびれる手を押さえながら悔しげにヘンルーダは地面を蹴った。呼吸もかなり荒れている。
「ああっ! もう! なんで勝てないのよ! 父さんは筋がいいって褒めてくれたのに!」
「確かに筋は悪くないのである。だが、実戦経験が足りない。こればかりは場数を経験しないとわからないことであるからな」
 反面それほど疲れた様子も見せず、マックスは剣を鞘に戻した。
 実力の差というものをはっきりとヘンルーダに見せ付けて、だ。
「そっかあ。実戦かあ。キャラバンの護衛しているくらいじゃたかが。知れてるものね。今時はキャラバンの商人だって護身術を学ぶのが当たり前だし」
「そもそも、そなたに両手剣は向いていないように思うのである。身体が軽くて細身なのであるからもっとスピードを生かした装備と戦い方をであるな、そうそう護身術も‥‥」
『意外と真面目な方なのですわね。貴方のご主人は‥‥』
 広場の片隅、身体を平べったく伸ばして寝そべる犬の横に座りセレナは笑いながら『話し』かけた。
 テレパシーで、だ。
『昔から、ずっとああだからな。子供の頃からずっと‥‥』
 まるで親が子を見守るような優しい瞳でフローはヘンルーダを見つめている。
 くすっ、微笑んでからセレナは真顔で、フローに向かい合った。
『フローさん? いくつか伺ってもいいでしょうか? 知っている範囲の事で構いませんからお答え頂けると幸いですわ。ヘンルーダさんの為に』
 無言の頷きにセレナは問いかける。人間にする時のそれと変わらぬ口調で情報収集をかねて。
『今まで、どちらにいらっしゃいましたの?』
『ヘンルーダと共に旅のキャラバンに。ずっと旅をしてきた』
『ヘンルーダさんのお兄様を覚えていらっしゃいますか? どんな方かも‥‥』
『もう、あまり覚えてはいない。ただ、優れた技と心を持つ高い戦士だった』
『お兄様は殺された、ということですけどその相手の顔を覚えておいでですか‥‥?』
『殺された現場を見たわけではないから、解らないな。ただ‥‥』
『ただ?』
 そこで、フローの『言葉』は止まった。身体を起こし立ち上がる。
 チリン、静かで涼やかな音色が響いた。
 ヘンルーダが気が付けば目の前に立っている。側にはマックス。
 炎天下の訓練はとりあえずひとまず終わりのようだ。
「これから、少し使いやすい武器を買いに行くの。ついでに情報収集もして来ようと思って。行こう! フロー。護衛についてくれるなら、皆も行く?」
「勿論。今、仲間達を呼んできますわ」
 立ち上がりがてらセレナはふと、思い、気付いて気になっていたことを聞いてみた。
「ヘンルーダさん、フローさん。その白い鈴はなんです? 犬の首に鈴と言うのはけっこう珍しい気がするのですが‥‥」
「ああ、これ?」
 ヘンルーダは愛犬の前に膝を折って答える。
「もうフローは歳だからできるだけ目を離したくなくて遠くに離れていても解る目印が欲しかったのよ。これなら動けば鈴の音が鳴るからどこにいるか、直ぐ解るでしょ」
「なるほど。白くて綺麗で、よく似合っていますものね。でも、これはどこから?」
「お父様の売り物の中から借りてきちゃったの。こっそり。勿論お金は置いてきたのよ。だって、丁度いいのがなかなか見つからなくて。急いでいたんですもの」
「なるほど‥‥」
「そろそろ、行くのである。準備はどうであるか!」
 マックスの呼び声にはーい、と明るい返事をしてヘンルーダはフローと共に走っていきその後を絶っ太やクオンの犬シャドウブレードが付いていく。
 セレナは彼らの後について歩きながら、さっきの質問を頭の中で反復していた。

 エチゴヤの中から聞こえてくる楽しげな会話。
「この鎧がいいかなあ?」
「さっきも言ったであろう? スピードを邪魔しないものが良い、と」
「じゃあこっち? 皆が着ているような綺麗でいい服は無いの?」
「あれは簡単には‥‥」
 それとは反対に空に金貨をかざしていたワケギの顔は共に沈んでいた。
「やれやれ、ダメもとではありましたけどこっちもダメ、あっちもダメというのはなかなか凹みますね」
 はあ、と再び溜息。
 店の外。手近な石に腰を下ろしてしまった。
 足元で犬達が心配そうな顔で見上げている。
「どうしましたの? ワケギ様。浮かない顔をなさっておいでですけど」
 セレナの質問にはあ、ともう一度息を吐き出しながらワケギは答えた。
「少しでも人探しのお手伝いを、と思ってサンワードを使ってみたんですけどね。ヘンルーダさんのお兄さんを殺した人物はいるか、って」
 しかし、太陽の答えは
『解らない』
「やれやれ、ですよ」
 肩を竦めるワケギにセレナはもう一度問う。
「あっちもダメ、というのは?」
「ダウジングペンデュラムです。クァイさんがあれを使って調べてみるとおっしゃっていたので、地図を探したのですが‥‥」
 はあ、ともう一度溜息が吐き出される。
 誤解されがちだが元々ダウジングペンデュラムは探し物が大まかにこの辺にある、ということを知る為のもの。探し人や細かい位置の特定には向いていないのだ。
「しかもキャメロット近郊のものしか地図は手に入らず、何度やっても芳しい成果がでていないそうなのです」
 キャメロットの地図ですら距離や方角に目見当のところが多い。
「それに質問条件を『ヘンルーダを襲った者達』にすると振り子は牢屋を指してしまうんでな。ダウジングも思ったほど万能ではない、ということだ」
 クオンも肩を上げてみせる。
「だから結局、こうして見張りをしているしかない、というのが凹むところ、なわけです」
「なるほど。でも、こうして冒険者複数で見張っているのならそう簡単には襲って来ないのでは?」
 こうして護衛に集中しすぎていると、今度は人探しという依頼の方が疎かになる。
 現実問題としてヘンルーダの言う人物を、今、探しているのは深雪とシルヴィアだけだ。
「けれど、絶狼さんが言ったとおり、追剥が彼女を狙っているのなら目を離すわけにも行きませんしね」
「ああ、とっとと片付けて、調査に入ってしまおう」
「「えっ?」」
 できるなら街中での荒事は避けたかったが仕方ない。
 クオンはそんな表情で立ち上がると横においておいたウィリアムの弓をいつの間にか掴んでいる。
 まだヘンルーダ達は店の中。
 なのに、それは突然やってきた。
「危ない!」
 セレナは慌てて反応し、飛び込んだ。
 一本の矢。それが向かう犬の眼前へと。
 リーン!
 バチン!
 二つの音が鳴ったのはほぼ同時だった。
 間一髪、飛んできた矢はほんの少し前までフローが寝そべっていたところに突き刺さっている。
 セレナの足の裏とはほんの数センチさえ離れてはいまい。
 それとほぼ同じ時
 シュン! 
 微かな音と同時に
「うぐっ!!」
 唸り声が響いた。クオンが放った矢が賊の身体へと着弾したのだろう。
「おい! くそっ! 気付かれていたか!」
 その頃にはクオン以外の冒険者にもはっきりと、解る。
 物陰に隠れる人影は二つ。そして一つは今走り去っていく‥‥。
「追え! シャドウブレード! 逃がすな!」
 走り去っていく足音が一つ。忍犬は主の命令に従いそれに向かっていく。
「ワケギ!」
「はい!」
 残された者に向かって走り寄るワケギとクオン。
 騒動に気付いたのか、周囲の人物達のざわめきも大きくなっていた。
「大丈夫ですか? フローさん?」
 とっさに抱きしめる形になったフローにセレナは声をかけた。
 テレパシーではない。人間の言葉でだ。
「あ、解りませんよね。今、テレパシーを‥‥!」
 言いかけてセレナはとっさに頬を押さえた。
 今、頬に触れたのは何だろう。
「えっ? あの‥‥これは‥‥」
「フロー! どうしたの! 大丈夫?」
 店の中からヘンルーダが走ってくるのが見えた。
「あっ!」
「ウワワン!」
 ひらり。セレナの手から身体を抜くと、フローは走っていく。
 そして主の胸へと‥‥。
「怪我はない? 良かった‥‥」
 抱きあう犬と飼い主。後ろから仲間達は息を切らせ駆けて来る。
「何があったのであるか?」
「矢? 追剥連中が来たのか? おい、セレナ!」
 暫く。ほんの僅かな時間だった。セレナがそれを見つめていたのは。
「おい! セレナ! 大丈夫か? 怪我でもしたんじゃないだろうな?」
 もう一度肩を叩かれ、セレナはハッと我に返った顔をした。そして、
「ええ、大丈夫です。‥‥でも、彼らは追剥ではありませんわ」
「追剥ではない? どういうことだ?」
 絶狼の問いにセレナは強い眼差しで路地の向こうを見た。
 そこにはワケギとクオンが一人の男を、縛り上げているところ。
「彼らは真っ直ぐに、フローさんを狙って矢を射ってきたのです。追剥とはお金を狙って人を襲うもの。彼らは追剥ではありません。何か明白な目的を持った者達の筈です。しかも‥‥」
 矢を拾い上げ、その先を確かめるとセレナは自分の手を強く握りしめた。
 音がしそうなほど、強く。
「フローさんはヘンルーダ様の家族です。その家族を殺そうとするなんて‥‥」
 頬に手を当てる。
 まだ残っているフローの感謝の気持ち、暖かいぬくもり、命の温度。
「それを奪おうとする者は、許せません」
 ポキリ、矢が折れる音がリンリン、楽しげに歌う鈴の音と冒険者の決意と共に広場に広がっていった。

○交差する過去と未来
 ソールズベリーに向かう街道には一軒の宿屋があって、リースフィアと蒼汰はそこで落ち合っていた。
「大丈夫ですか? 蒼汰さん」
 疲れきった様子の蒼汰にリースフィアは声をかける。
「俺よりもあいつの方が疲れたろうさ。くそっ、もう少し時間が欲しかったぜ」
「そうですね。日程と人手が限られている。情報を集めるにはどちらも、今回はとても足りませんでした」
「そうだよな‥‥。でも、やっぱり来ないと解らない事もある」
 宿屋の壁に身体を預けながら、蒼汰は思い返していた。
 エイムズベリーの町で聞いたあの話を。
「今から十二年前? アルバとヘンルーダ? ああ、覚えていますよ。あの兄妹のことでしたらね」
 ヘンルーダの名を聞いて教会の司祭はそう冒険者に語ってくれた。
 生まれたばかりのヘンルーダを連れて親戚を頼りアルバがこの村にやってきたのは今から十数年前のことだという。
 あまり良いとはいえない領主に支配され、高い税に当時エイムズベリーの人は苦しめられていた。
 モンスターが襲ってきても、盗賊がやってきても領主が固めるのは自らの家の守りだけ。
 実りは多くて村自体は裕福だったが、それを狙うものも多く人々は困っていた。
 そんな村にアルバはやってきて村を守ってくれるようになったのだ。
 ヘンルーダを育てる為という理由はあったとしても彼は頼りになる存在だった。
 元騎士だったという彼の槍捌きの前には、盗賊もモンスターも近づく事さえできなかった。
「騎士時代に主から賜ったという聖者の槍を握って戦う彼はある意味、村の英雄でしたね。年長者の中には今も覚えている者もいるかと思います」
「英雄、ね。‥‥彼には親友がいた、と聞いているけど?」
 蒼汰の問いに司祭は笑顔で頷いた。
「親友、というか相棒、ですね。彼を手助けする少年が」
「少年?」
「ええ。まだ十代だったのではないでしょうか。アルバは彼を弟のように可愛がり、技を教え、冒険者の心を教えていました。そしてやがて相棒と呼ぶように。ヘンルーダもけっこう懐いていたようですよ。お兄ちゃんを盗る、と羨んでいたところもありましたが」
『あいつは俺なんかよりもずっと才能がある。いずれ追い抜かれるかもな』
『おにいちゃん、ヘンルーダよりもあいつすきなの?』
『そうじゃない。ただ、あいつは相棒なんだよ。信頼できるたった一人の親友だ』
『ヘンルーダ、つよくなっておにいちゃんのあいぼうになるんだから!』
 ‥‥司祭は昔を懐かしむように思い出して語ってくれた。
「彼が死んだのはいつ?」
「今から十二年前。ヘンルーダが五歳くらいの時です。大きな盗賊団がこの近辺で暴れた時があり‥‥」
 人数の差は圧倒的だったが少年とアルバはたった二人で盗賊団をほぼ壊滅させたのだという。
「けれどその時アルバは帰らぬ人となりました。少年はアルバの遺体を村に運んだ直後から行方不明‥‥。ヘンルーダは一人親戚の家に引き取られました」
 村の守り手を二人、一気に失ってエイムズベリーの村は暗黒時代に突入する。
 他者を省みる余裕も無くなり多くの人々がエイムズベリーを離れた。
 ヘンルーダの養い親は村に残っていたが、盗賊に襲われて家を焼かれ死亡。
「身寄りの無くなった遠縁と名乗る方が引き取っていかれました。アルバの事を良く知っていた方です」
 蒼汰は思う。ここまでの話はヘンルーダから聞いた話と一致した。だが‥‥
「噛み合いませんね。話が‥‥」
 リースフィアが言うとおり話はここから微妙に噛み合わなくなる。
「その話が真実だということはソールズベリーでも確認しました。向こうは大きな街でしたので盗賊団の犯行とその壊滅を為した騎士アルバの記録は残されていましたから」
 事前にエイムズベリーで下調べをし、ソールズベリーで犯罪記録をさらに調べるという実は蒼汰以上の強行軍をこなしたリースフィアだったが、彼女はその調査に納得をしてはいなかった。
 ヘンルーダの話とエイムズベリーでの調査は繋がる。だが噛み合わない。
「この話が事実であるのならアルバさんを殺したのは盗賊団である筈。なのにヘンルーダさんはお兄さんを殺したのは親友であった、と言う‥‥何故でしょう」
 アルバの名前は盗賊団壊滅の勇士として記録に残されている。けれどその相棒と呼ばれた者の名はざっと調べた中には記録されていなかった。
 もっと詳しく調べればどこかに残されているかもしれないが‥‥。
「さあな。ヘンルーダの誤解か、それとも‥‥くそっ!」
 悔しげに蒼汰は地面を蹴る。とにかく時間が足りない。
 もう戻らなくては。
「戻りましょう。この地には最近また盗賊団の噂があるそうです。人手か、時間どちらかがもう少し必要です」
「ああ」
 休憩もそこそこに冒険者達は再び馬に跨る。
「‥‥もし、そうであった場合、彼女はどうするつもりなのでしょうか‥‥」
「ん? どうかしたのか?」
 小さなリースフィアの呟きに蒼汰は振り向く。
「いえ、なんでもありません」
 リースフィアは旅立つ前のように答える。
 胸の中に返事が返らなかったヘンルーダの顔が浮かぶ。
 そしてもう一つの顔も。
「! 最悪を考えるのは最悪になってからで十分。行きましょう! アイオーン」
 飛び立って行ったリースフィア。
 その白い翼を追って蒼汰もまた馬に手綱を入れたのだった。

「ちっ! 強情な奴らだ!」
 クオンは力任せに扉のドアを叩き付けるように閉めた。
「どう? クオン?」
 問いかけるクァイにクオンは首を横に振った。
「そう。でもあなたの尋問にも耐えて何も言わないなんて、本当に何も知らないのかしら?」
「それとも、よっぽど言えない理由があるか‥‥だな」
「言えない‥‥理由?」
「よほど、怖い報復があるか。だ。まあ、自害なんてさせないから気長にいくさ。根気よく、繰り返し、だがしっかりと‥‥な」
「そう‥‥ね」
 ヘンルーダを、正確にはその犬のフローを狙った盗賊の尋問はまだ成功は見ていない。
 失敗続きのダウジング捜査と共に冒険者を凹ませる要因の一つになってくれているが、諦めるわけにはいかないのだ。
「まあ、一つ解った事はあったがな」
「何?」
 クァイの問いにクオンは指を立てる。
「奴らがヘンルーダを襲った目的があの犬の鈴だって、ことだ。あの鈴はブランでできた最高級品だそうだ。売れば金貨数百枚という値が付く」
「ブラン!? 本当に? 後で見せてもらおうかしら」
 それが本当なら追剥も狙ってくるだろうとクァイは思う。鍛冶屋として貴重な金属は見逃せない。
「でも、彼女はそれを知らなかったのよね。お父さんの部屋から持ち出したってことは?」
「ああ」
 頷きクオンは腕を組む。
「商人という父親の取引の品だというのなら、まあ問題は無い。だが、事はそう簡単にはいきそうにないな」
 あの鈴をじっくり見直した時の何人かの仲間の顔を思い出しながら、彼もまた仲間の幾人かが感じる嫌な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。

 膝を付きセレナは白い鈴を手のひらに乗せた。
 チリン、静かで涼やかな音は何度鳴らしても、聴いても心地よい。
「どうしたの?」
 食事もそっちのけで鈴を見つめるセレナにヘンルーダは問うた。
「なんでもありませんわ」
 そう答えた。今はまだ確証は無い。この鈴とよく似た鈴を知っているというだけの話。
(「後で確認してみないと。まさか、とは思うのですが‥‥」)
 ふと思い出し、立ち上がりセレナはヘンルーダの前に立った。
「ヘンルーダ様、よろしいですか?」
「何?」
「仇が見つかったらどうなさるおつもりですか? 復讐をなさるおつもりですか?」
「そ、そうよ! 何か悪い?」
「はい。‥‥いいえ。そうはっきりとおっしゃるのであれば私は今は、まだ何も申しません。ただ今まで、幾人も復讐に身を焦がし悪魔に魂を売った方を知っておりますので」
 できるならこの健やかな少女にそんな思いをさせたくないと思ったのだ。
 彼女を心配する犬の為にも。
(「親友と呼ばれた人を裏切る。何故そのようなことが」)
「そう言えばヘンルーダさん、どこに泊まるおつもりですか?」
 目を伏せて考えていたシルヴィアが顔をあげ問う。襲撃に助けになれなかったことと、探し人を見つけられなかった事が負い目なのか表情は冴えないが、問いには思いやり以外の意図は無い。
「良ければ私の家にいらっしゃいませんか? 捜索長くかかりそうですし、依頼料高いでしょう?」
 この宿屋に彼女は泊まっているが、毎日では金が持つまいと言うシルヴィアにカバンを叩きヘンルーダは笑って首を振る。大丈夫。まだ余裕はある、と。
「これは私のお金。兄様が残したものだから兄様の為に使うの。それに‥‥」
「ヘンルーダ!」
 宿屋の入り口が開き、そこに立った男性が声を上げた。
「あ! お義父様!」
 見つかっちゃった、という表情とそれを隠しても嬉しい笑みがヘンルーダの頬に浮かんでいる。
「まったく! 黙って出て行くなど心配したぞ!」
「ごめんなさい。でも‥‥」
「今度からちゃんと言っていくんだ。お前今ここで何を?」
「あのね。冒険者が‥‥」
「冒険者?」
 親子同士の楽しげな会話に見えたし、聞こえる。
 でも、何故だろう。冒険者達は全員が背筋に冷たい氷の感覚を走らせていた。
 顔の半面を布で隠した男性、蒼い眼光が冒険者達の胸に突き刺さったからだろうか。
 それとも何か予感が彼らに告げたのだろうか。

 もし、今ダウジングペンデュラムを垂らし「人探しの手がかりとなるもの」と問うたらどう揺れるだろうか。
 酒場の親子か、戻りつつある仲間か、それとも門をくぐった一人の騎士か。
『集まりつつある』真実の欠片はまだその姿を冒険者の前に現してはいなかった。