●リプレイ本文
○始まりの事実
宿屋の部屋の一室で
「何なのよ。この反応は? もう!!」
クァイ・エーフォメンス(eb7692)は両手を挙げた。
「地図ができたので‥‥ん? どうしたのである?」
幾枚かの羊皮紙を抱えて入ってきたマックス・アームストロング(ea6970)は机に突っ伏しているクァイに駆け寄った。
床の上に落ちた、というより投げ捨てられたペンデュラムを拾い上げてはい、と差し出した。
「今、ダウジングペンデュラムを使って『ヘンルーダの人探しの手がかりとなるもの』の反応を見ようと思ったのだけれど‥‥なんだかふらふらするばかりでまともに動かないのよ。『ある』のは確かみたいなんだけれども絞り込めないの」
「まあ、ペンデュラムは何でも解る万能の解析器具ではなく占いの確立が上がっただけの道具、という説もあるのである。頼りすぎる必要は無いと思うのである!」
はあ、落ち込むクァイの背をマックスは強く叩く。
息が咽るがそれ以上に気持ちは伝わる。表情と気持ちを切り替えて彼女はマックスの方に向き直った。
ペンデュラムを受け取って。
「うん。ところで何の‥‥あ‥‥地図持ってきてくれたのね」
「その通りである。頼まれていた三つの街の地図である。であるのだが‥‥」
今度は羊皮紙を差し出すマックスの歯切れが悪い。
どうしたのだろうと思いながら羊皮紙を広げる。
「なるほど‥‥。マックスさん絵がお上手ね」
その賛辞を素直に受け取れないマックスの顔が今度は曇り溜息を吐き出す。
仲間の為に気合を入れて描いたつもりではあったが描けば描くほど絵と、地図を描く能力は別物であると気付かされる。
ここにあるのは地図というよりも見事な地図風絵画であった。
「お役に立つかどうかは解らないのである。正確性には著しく欠けそうであるから」
はああっ。落ち込むマックスの背を今度はクァイが軽く、優しく叩いた。
「大丈夫。なんとかなるわ。ありがとう。そろそろ追いかけないと先行した人たちに追いつけなくなってしまう!」
地図を受け取り微笑むクァイにそうであるな、とマックスは顔を上げ笑みを返した。
落ち込んでいる暇などどこにもない。メグレズ・ファウンテンの情報も聞きに行かなければならないし、やるべき事は山ほどある。
準備の失敗などやるべき事のほんの一片に過ぎないのだから。
「では、私は行きます。皆さんに伝えて置いて下さい。気をつけて、と」
「解ったのである。紹介状も入れておいたがシャフツベリー近辺はいろいろ物騒のようであると友が言っていたのである。貴殿もどうか‥‥」
頷きあって二人は部屋を出る。
その数刻後一つの思いが空を駆け抜けていった。
先に行った仲間達を追いかけて。
セレナ・ザーン(ea9951) は白い鈴を手のひらに乗せた。
チリン、静かで涼やかな音は何度鳴らしても、聴いても、心地よい。
「すごく綺麗な音がするでしょ?」
まるで自分の事のように誇らしげな顔で言う女の子と
「これは、私が赤ん坊の頃からずっと身に着けていたものです。ブラン製の高価な物で私の実家、シャフツベリーのディナス家に代々伝わる家宝なのだそうですが‥‥」
何か意味があるのかと心配そうに首を傾げる少女に
「ええ。とても素晴らしい品ですね。ヴィアンカ様。マリーベル様」
セレナは頷き答えた。
この色、この音色。間違いは無い。
「マリーベル様。この鈴、家宝とおっしゃいましたが他にも同じものが存在するのでしょうか?」
「ベルと呼んで下さい。様をつけられる程の者ではありませんから」
笑顔で言い置いてから伯爵令嬢マリーベル・ディナス。ベルはええ、と答える。
「これは二つ対になるものだそうです。当主夫婦が元は持つもので、子供が生まれると守りとして与えるとか。詳しい事は解りませんがこれと同じものを故郷にいる弟が持っているはずです」
「故郷と言うのはシャフツベリーですわね‥‥。なるほど」
セレナはそこで言葉を閉じる。鈴を見つめる真剣な眼差し。
そこにさっき仲間達と聞いたスイフリィ・ハーミットの言葉が蘇る。
『鈴が‥‥盗まれたのですか?』
『そのような情報を確かに得た。さすがに依頼人の名は伏せさせてもらうがね』
(「それが‥‥何故フロー様の首に‥‥。まさか‥‥」)
「セレナ」
考えに浸っていたセレナはレイ・ファラン(ea5225)に呼びかけられハッと声を上げる。
「どうかしたの?」「何かあったのですか?」
見れば目の前には心配そうな蒼の瞳が四つ。
「あっ! 申し訳ありません」
慌てて手を振り少女達にセレナは笑いかける。
「なんでもない、‥‥訳ではないのですが先ほども申し上げたとおりシャフツベリーに賊が入り、鈴が盗まれたそうです。ある場所で似た鈴を見たものですから‥‥」
事件に巻き込まない程度に真実を伝え、セレナは二人に真剣な眼差しを向けた。
「賊がもし鈴が二つあることを知ればベル様にも危険が及ぶ可能性も考えられますわ。当分の間お気をつけ下さいませ」
真っ直ぐな思いに、少女達は真っ直ぐな瞳と心で答える。
「‥‥解りました」
「うん! でも大丈夫だよ。きっと。キャメロットの街はお父さんが守ってるんだもの!」
そうですね。とセレナが頷きかけた時、ヴィアンカは外に気付き手を振った。
仲間達の待つ教会の外扉の前で
「あ、おとーさんだ!」
と笑顔で。
‥‥だが、彼は娘達の所にやっては来なかった。
「金髪、碧眼、二十代後半、聖者の槍の使い手で、冒険者。ついでにひょっとしたら今は凄腕の槍使いになっているかもか‥‥」
教会の壁に背中を預け独り言のように呟く閃我絶狼(ea3991)。
その横で藤宮深雪(ea2065)は聞こえたはずのその呟きに彼女は軽く目を伏せた。
「そうですね‥‥」
とは言わない。
今は旅の空にある仲間。シルヴィア・クロスロード(eb3671)は今回の依頼を受けた時どこか思いつめた顔で言っていた。
「特徴が似通っていますね‥‥。そして以前聞いた話とも符合する‥‥いいえ! あの人が友を裏切るなどあるわけが無い!」
深雪も同じ印象を受けた。絶狼だけではなく、みんなそうであろう。だから
それ故に言葉にしてしまえば認める事になってしまうようで少し怖かったからだ。
中に入ったセレナ達を待ちつつ暫し。
ほぼ時間通りに『彼』はやってきた。
「ヴァルさん!」
「急に呼び出すから仕事を片付けるの大変だったんだぞ」
苦笑しながら手紙をヒラヒラさせる彼に、こちらから出向いても良かったのですけれどと深雪は笑い頭を下げる
「その手紙であれば娘からの呼び出しやデートで通るであろう? これでも気を使ったのである!」
ニヤニヤ、深雪とは違う笑みを浮かべた後マックスは
「我々の受けている依頼にご協力頂きたいのである」
そう継げた後
「アルバ殿という名を知っておられるか? アルバ殿の相棒の少年の足取りを知りたいであるが、彼についての噂か何か知らぬであろうか?」
単刀直入に切り出した。
「おい! マックス!」
絶狼は慌て顔で手を伸ばす。それはあまりにも直球過ぎる。でも、出してしまった言葉はもう戻らない。
ヴァルの顔色が変わる。
「どうして、その名を知っている?」
「えっ?」
マックスは思わず動きを止めた。意識したわけではない。言葉も何も出なくなってしまったのだ。
「何故、お前達がその名を知っていると聞いているのだ」
目の前の戦士が放つ眼光に射抜かれたように。
「あ‥‥。今、受けている依頼で少女が探している人物‥‥仇の手がかりが‥‥兄と‥‥その相棒で‥‥だから‥‥、シャフツベリーに昔いたという貴殿に‥‥」
「マックスさん!」
さっきまで柔らかかった空気が急速に変化したのを冒険者達は感じた。
(「‥‥仕方ない!」)
絶狼は覚悟を決めて前に出る。
「この間、あんたが追剥から助けた娘がいるだろ。本人が礼を言いたがっていた。ヘンルーダって娘が」
「私達は今、彼女の護衛を請け負っています。彼女は人を探す為にここに来たと言っていたのです」
二人の必死の繕いを彼は小さな微苦笑で吹き消した。
「‥‥探し人? 仇と言っていたのだろう?」
マックスを見て‥‥そして腕を組む彼。
その姿はもう軽戦士ヴァルではなくパーシ・ヴァルとなっていた。
彼に嘘偽りは通用しないと解りつつもその言葉には答えず深雪は逆に問うた。
「お兄さんの形見の聖者の槍が手がかりなのだそうです。パーシさんの聖者の槍はどこで手に入れたものですか? 随分使い込まれているようですが‥‥」
「‥‥あれは、アルバの槍だ」
たった一言の返答。それが冒険者にはとてつもなく重かった。
どのくらい時が経たのか。多分一瞬だったはずの氷の時間を先に割ったのはパーシだった。
彼は去っていく。
壁の向こうにいる娘達に振り返る事もせず。
「へ・ヘンルーダ殿の仇の話、養父のウルグ殿に歪められてるフシがあるのである!」
「一人で抱え込まないで下さい。つらい時は周りに目を向けて。貴方を想う人達が力になってくれるでしょう‥‥」
その背に贈った言葉も彼の足を止めることはできなかった。
直ぐ側の娘達の所にも寄らず彼は去っていく。
「まったく先走りすぎだ! だが‥‥やっぱりそうだったのか」
どこか悔しい思いを吐き出しつつ絶狼は呟く。偶然は必然。事実は事実。
図らずも遠い空の仲間よりも先にキャメロットで彼らは探し人を見つけてしまったのだった。
○事実の彼方
キャメロットの状況を知る由も無いエイムズベリーの冒険者。
「そんな、まさか‥‥」
仲間の報告にシルヴィアは声を上げた。
「シルヴィアさん‥‥」
リースフィア・エルスリード(eb2745)もそれ以上声をかけられない。
休み無く空を駆け抜けやってきた冒険者達を待っていたのは想像していた、けれども信じたくは無かった事実だった。
「もう一度確認しますがワケギさん。御領主様は『パーシ・ヴァル』確かにそうおっしゃられたのですね?」
問いかけたリースフィアにワケギ・ハルハラ(ea9957)ははいと答える。
「エネベーザさんはご老人ですが記憶ははっきりしていらっしゃいますし、ジュディスさんはヘンルーダさんを幼馴染とおっしゃっていました。間違いはないでしょう‥‥」
司祭はよく覚えていないと言い、街の中での聞きこみでも『パール』という愛称しか解らなかった英雄の相棒。ヘンルーダが仇と思う相手はやはり冒険者の良く知る円卓の騎士パーシ・ヴァルだったのだ。
「二十代後半で聖者の槍を使う戦士、と聞いた時点でなんとなく思い浮かんでいたのですが‥‥」
「嘘です。あの人が‥‥友を裏切るなんて‥‥」
反論しようとするシルヴィアの声も力無い。
「今はまだヘンルーダさんの探す相手がパーシ様だと解っただけです。彼が本当にヘンルーダさんの仇かどうかは解りません」
「? どういうことです? リースフィアさん?」
落ち込むシルヴィアを慰めていたワケギは疑問符を浮かべる。
「以前お話しましたよね。話が噛み合っていないのです。少なくともこの村で聞く限りアルバさんを相棒である少年が裏切ったという話は出てきません。皆さんが調べた時もそうだった筈です」
「‥‥ええ。少なくとも彼を悪く言う人物はいませんでした」
「そうね。エネベーザ‥‥領主の話も村を救った英雄の一人、だったわ」
クァイも思い出し頷く。
「ならば、彼がアルバさんの仇というのは一体どこから出てきたのでしょうか?」
キャメロットに残った仲間たちもそれを気にしていた。
「時間がありません。もう一度教会に行って、司祭様にアルバさんとパーシさんの話を聞きましょう。あの方はもっと何か知っているはずです。それからシャフツベリーへ」
「えっ?」
冷静なリースフィアの声にシルヴィアは顔を上げる。
「ご領主様が覚えているなら人の管理を行う司祭が相棒の名前を覚えていない筈はありません。彼は意図的に相棒の名を隠した可能性があります。そしてこの村を離れたであろうパーシさんが次にシャフツベリー行ったのであるのなら、ディナス伯は彼のことを知っている筈。妹婿だったのです。反対していましたが妹と結婚した相手の事は調べているでしょう。きっと」
マントを返しリースフィアは動き出す。ただ、一度立ち止まり振り向いて
「調べる事は沢山ありますよ。どうしますか?」
シルヴィアに目で問うている。それを受け止めて
「ご一緒します」
シルヴィアは真っ直ぐ立ち上がった。
「‥‥そうですね。落ち込んだり打ちひしがれるのは後にします。本当に相棒がアルバ殿を裏切ったのか、誤解はないのか少しでも手がかりを掴める様、今は全力を!」
顔を上げたシルヴィアにリースフィアは手を差し出した。
「今はあの人を信じましょう。彼が私達の信じるとおりの人であることを‥‥」
優しく微笑む彼女の手を取り、シルヴィアも強く頷いたのだった。
○事実の断片
九月とはいえ残暑の続くキャメロット。目深に被ったマントをかき上げて
「あいつは馬鹿だ。絶対っ!」
キット・ファゼータ(ea2307)は怒鳴り声を上げた。
「しっ! 声が大きい! それにもう少し言葉遣いは丁寧にしろ。服装に合わないだろ」
周囲に人がいないか確認し、強い口調で諌めるクオン・レイウイング(ea0714)にそれでもキットはぷい! と顔を背ける。
その頬は恥ずかしさからか赤らんでいる。
調査の為に変装をしろ! と言われたとき解ったと頷いてしまったのが失敗だった。
キットは既に何度も後悔していた。
まさか‥‥女装させられるとは‥‥。
可愛いドレスに化粧までさせられて、どこから見ても可愛い女の子なのだが、本人には恥ずかしさ以外のものは無かったりする。
「あんたは恥ずかしくないのか? そんな格好して!」
ちなみにクオンも同じく女装している。姉のカノン・レイウイングに教えてもらってメイクも完璧だ。
「俺だって気は進まないさ。だが、これからの事を考えると顔を知られるのは拙いし、変装した方がいいんだよ!」
ホントかよ。と言う言葉を飲み込んで、正論だから反論もできず
「だからって‥‥! ああっ! もういい! これというのもみんな、全部あいつのせいだ! あいつが悪い!」
周囲に人がいないのを確かめた上でキットは声を上げた。
「あいつって‥‥お前、仮にも円卓の騎士をあいつ呼ばわりか?」
肩を竦めるクオン。だがキットは顔を背けたままだ。
「いいんだ。あいつはあいつで!」
(「あいつは‥‥本当に馬鹿なんだから。この件を知ったら絶対に一人で抱え込むんだから‥‥」)
それが彼が変装を大人しく受け入れた理由の一つでもあった。
少女の人探し。ありふれたその仕事に彼が入ってきたのは気になる事があったからだ。
先に依頼を受けた仲間達の話を聞いてそして初日、基本調査をタケシ・ダイワやオウ・ホーに任せある場所に行っていたキットはその予感を確信に変えていた。
彼を良く知る家令の言葉。
『パーシ様は守る為の力を得る事に懸命でおられます。過ちは繰り返さぬ‥‥と』
少女の探し人が『彼』である、と‥‥。
今は、まだ仲間達にも告げてはいない。
だが‥‥。
「おい! 着いたぞ。キットここからは言葉遣いに気をつけるんだ」
「解ってる。お前こそ注意しろよ。人に偉そうに言っておいて心配しておいて自分が失敗してたら世話な‥‥」
「どうしたんだ?」
軽口に軽口で答えていたキットが急に口を閉ざしたので心配してクオンは彼の顔を覗き込んだ。
見れば‥‥
「おい?」
「あ! ああ、なんでもない。行くんだろう? 早く行こうぜ」
キットは先に進む。クオンもそれに続いた。
それぞれの胸に浮かんだものを今は振り置いて。
キャメロットの商人達と旅商人達の関係は、それほど密接という訳ではない。
無関係では勿論無いがそれぞれのギルドもまた違うからだ。それでも
「ウルグ? 旅商人の‥‥ですか?」
問われてキャメロットの商人の幾人かは顔を顰めた。
「何か知っているのですか? ご存知でしたら教えて下さいませ」
「詳しく知っているわけではありません。ただ幾度かは取引をした事があります」
紹介状を持ち礼儀を守って来訪した美しい姉妹。彼女らに商人達は心からの思いを込めて
「もし、彼らとのお取引をお望みならお止めになったほうがいいと思います」
そう忠告したのだ。
「どうしてな‥‥のでしょうか? 何か悪い噂でも‥‥?」
黒髪の妹の円らな瞳が心配そうに潤み問う(ように彼らには見えた)。
「いや、あの‥‥その‥‥」
照れてか口ごもる使用人を手で制して彼らを纏める青年商人は
「表だってあるわけではありません。商取引は誠実な頭の良い方です。信心深くいつも十字架を下げておられますね。商いの腕も確かで、あちらこちらを回るキャラバンとしてはかなり大きな集団を率いていらっしゃいます。彼に頼めば多少の無理は聞いてくれるという話です」
と続ける。
「なら、何故?」
姉の質問に
「無理を聞いてくれる。それはつまり表には出さない顔があるということなんだな」
答えたのは妹だった。
そう、と商人は頷きいくつかの噂を教えてくれた。
ひとつ、彼のキャラバンにはゴロツキ上がりが何人かいる。キャラバンの用心棒という話だが彼らに睨まれて有利な取引をさせられた者達もいる。
ふたつ、彼の商品は主に装飾品や骨董品、布や美術品などが多いがその中に盗品が混じっているらしい。盗賊から品を買い取ったりしているようだ。
みっつ、商人長であるウルグは商売相手には良い顔を見せるが反面で弱みを見せた相手からは徹底的に絞り上げる。子供を連れて歩いているので信用し、最終的に裏切られた相手もかなりいる。
よっつ、各都市の商人たちともあまり深い交流を持とうとしない。その分キャラバンの結束は固く引き抜きなどにも応じようとしない。もっともそれはウルグを恐れてのものらしい。などなど。
「まあ綺麗な事だけで大きく儲けようと思うのは大変だ、ということです。やっかみが噂の半分だったとしても、皆さんのように他の選択肢がある場合には他の商人を選んだ方が無難かもしれませんよ。彼らの拠点はソールズベリーですがキャメロットにも商人は沢山いますし我々も何か入手したいのであればできるだけお力になりますから」
話を聞き終わり姉妹から元の冒険者に戻って
「商人ってのは怖いな‥‥」
路地の裏でクオンはそう言いながら息を吐き出した。
「だがまあ、いくつか聞けた。必要な事もけっこう混じってたしな」
付け毛を外しキットも頷く。最終的に自分達の宣伝に持っていったあたり、あの商人も只者ではないが、とにかくウルグという男はやはり普通の商人では無さそうだ。
「一番重要っぽいのはあれか? 彼の扱う品物の中には盗品が混ざっているっていう噂があるって」
ヘンルーダが持ち出した白い鈴。あれがウルグの扱う商品であり、シャフツベリー伯爵家からの盗品だったとしたら、噂は真実だった、ということになる。ならばそれをウルグが手にした出所はどこだろう。
「ああ、盗賊とかから裏で買っている、というのであるのなら‥‥まあ問題はあっても、この際いいんだが彼らが自分達で『商品』を調達してるってことも在り得るんだよな」
だが、勿論ウルグ本人に聞いても自分達が盗みました。などと言う筈も無い。
セレナや仲間達の調べが終わればシャフツベリーから白い鈴が盗まれた事。それがフローのつけているものだということは証明できるかもしれない。
だが、そこから先を認めさせるのは難しい。盗品だと知らずに買った。と言われればそれでおしまいなのだ。今はこちらが拍子抜けするほど鈴の事を何も言わない彼だが、それが帰って不気味である。
「これは‥‥思ったよりも手こずりそうだな。皆と相談した方がいいかもな」
「そうだな‥‥。まったくこれで、やっとこんな格好から開放される」
頷きあった二人は帰路
「なんだか‥‥騒がしいな」
「何かあったのか?」
ある場所で足を止めた。取り巻くように騎士や人が集まっている。
そこは普通の者が中に入る事のできない場所。
変装してた彼らがそこで何があったかを知るのはその日の夜の事だった。
「死んだ? 捕らえられていた者達がか?」
クオンの問いかけにレイは頷いた。
「ああ、俺は今日の昼、牢屋に行った。昼間は人目もあるしヘンルーダとフローの護衛はワケギも戻って人手が足りてると思ったんでな。そしたら‥‥」
騒ぎの原因はそれだったのかと、クオンとキットは思う。
ダーツが身体に刺さっていたと言う。毒が塗られていた事もあり即死に近いものだったらしい。
「彼らを消しに来るものがいるかもしれない、とは思っていたんだがな。一手遅れてしまった」
無力感にレイは唇を噛む。大事な事実の欠片が消えてしまったことになる。
「だが、一つ聞けたことがある。奴らが死ぬ直前ウルグが牢屋に来たらしいんだ。娘を襲った相手の顔を見たいと言って‥‥」
「ウルグが?」
看守は後でそうレイに教えてくれた。
彼は本当に顔を見るだけで去っていき、一言も話さなかったらしいのだが。
「奴らを殺す下調べだったのかもしれない。勿論証拠は何もないが‥‥」
「口封じか‥‥冷酷にも程があるな。くそっ、ウルグにも見張りを立てておくべきだったか‥‥」
だが‥‥消えた命は簡単には蘇らないし、時は巻き戻らない。
「今は、できることをするしかないな‥‥」
溜息にも似た呟きに今は答えられるものはその場にはいなかった。
○現れた事実と見えない真実
キキン! カン!! カチン!
「!」「この!」「まだまだ!」
響き渡る鉄の音。その響きは連日続き、次第に長く続くようになっている。
ヘンルーダとその相手をする冒険者の剣戟の音だ。
「あっ!」
縺れた足が石に引っかかり、身体はバランスを崩し揺れた。
「キャッ!」
悲鳴を上げるヘンルーダ。それを支えたのは
「大丈夫か?」
一番近くにいたその戦い相手七神蒼汰(ea7244)だった。
「今日はここまでか。少し休もう」
そう言って蒼汰は思ったよりも軽い少女の身体から手を離す。
「そうね‥‥ありがとう」
素直に礼を言うヘンルーダ。転ぶところを助けられた礼かそれとも手合わせへの感謝か、どちらかは定かではないが、素直な礼に蒼汰も素直に答える。
「こちらこそ良い稽古になった、ありがとう」
ここ数日蒼汰はセレナや仲間達、犬達と共にヘンルーダの護衛として張り付いていた。
その間、折を見てこうして手合わせをしている。目的は互いの武器技術の向上と
「このナイフ、使いやすいわ‥‥本当に貰ってもいいの?」
「ああ、どうせ使っていないものだ。ヘンルーダ殿が使うと言うならナイフも喜ぶだろう」
親密度UP。
笑いかける蒼汰に微かに紅く染まった頬が答えるようになって、少しは心を開いてくれるようになったかな、と蒼汰は嬉しく思っていた。
時々世間話のように聞く彼女の生い立ちは、勿論あまり楽しく幸せなものではない。
兄を失い、養い親を亡くし、義父やキャラバンの男達との旅の日々。
年頃の友達と遊ぶ事も殆ど無く、寂しい日々を過ごしたと言う。
「でも、フローとお義父様がいたから! 二人がいたから私は頑張って来れたのよ」
彼女は明るく、精一杯明るく語る。その笑顔が何故か蒼汰には眩しく思えた。
依頼を抜きにしても彼女の力になってやりたいと心から思う。だから‥‥
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
「なあに?」
手合わせの疲れからか近くの石に腰掛けるヘンルーダの横に蒼汰は座って問いかけた。
「兄上殿の事だけど、別に目の前で殺されたのを見た訳じゃないんだよな? なら、誰に教えて貰ったんだ?『兄は親友に殺された』なんて言う重要な話」
そう、それこそが前回エイムズベリーで聞いてから気になっていた事。彼女の言葉とエイムズベリーで知った事実の何より噛みあわない点、なのだ。
「誰に、教えられた訳でもないわ。自分で気付いたの」
言ってヘンルーダは目を閉じる。遠い記憶を思い返すように‥‥。
「‥‥私の最後の兄様の記憶は泣いている私を、助けに来てくれた兄様の顔。でも私は兄様に近づきたいのに兄様は遠ざかって見えなくなってしまった。そして‥‥私は置いていかれ、やがて何も言わなくなった兄様が帰ってきた。兄様を連れてきた男に私は聞いたわ。『貴方が兄様を殺したのって』そうしたら‥‥彼は『そうだ。俺が‥‥』って答え、あいつは逃げるように去っていった。そして二度と村には戻らず私は一人ぼっちになった‥‥」
ヘンルーダの瞳に涙の雫が浮かぶ。慌てかけた蒼汰であったがそれを彼女は自分で拭って立ち上がる。
「それをお義父様に話したの。お義父様は兄様は強い人だったって、正面から戦って簡単に勝てる相手では無かったから、きっとだまし討ちにあったんだろうって。そして相棒だったあいつは消えた。だったら犯人はもうあいつしかいないでしょう!」
「ふむ、そうか。成る程ね‥‥」
今の会話はセレナやレイ、ワケギ達も聞いているはずだ。
そして感じているはず。自分と同じ思いを‥‥。
「私はあいつに会って真実を確かめる。そして兄様の仇を討つの。そうしないと私はずっと前に進めないから‥‥」
彼女は眩しいまで強い心を持っている。暗い人生の中でも歪められなかったこの輝きは生来のものからのはずだ。
この輝きを守りたいと、彼は心からそう願っていた。
そんな二人の様子を見つめていたセレナは
「青春ですわね」
微笑しながら足元で横たわる犬の背中を撫でていた。
『ヘンルーダ様はひょっとしたらその相棒さんの事がお好きだったのでは無いでしょうか? だから置いていかれて寂しかったのでは?』
『そうかも‥‥しれないな。あの子は素直では無いから‥‥』
テレパシーは嘘をつかない。
だからこそセレナは感じていた。彼女を見守るフローの思いの暖かさ、そして‥‥。
『フロー様? もしや貴方にはもう‥‥』
問いかけてセレナは顔を上げる。向こうが何やら騒がしい。どうやら来客のようだが何故あんなに?
立ち上がり、外を見て彼女は口を押さえた。
そこには信じられない人物が立っていた‥‥。
「あっ! 戻ってきましたよ!」
城から出てきたリースフィアにシルヴィアやクァイ。冒険者達は駆け寄った。
「どうでしたか? パーシ様は?」
黙ってリースフィアは首を横に振る。彼は数日前から城に戻っていない、と。
「どうして先走ったんですか? せめて私達が戻るまでは待って欲しかった‥‥」
蒼白な顔で言うリースフィアにマックスは言葉も無く頭を下げるばかりだ。
ウィルトシャーでの調査を終えて戻ってきた彼女達は、既にキャメロットで冒険者達がパーシに事実を告げてしまったと知り愕然とした。
彼女達が更なる調査で確かめた事は三つあった。
一つは英雄アルバの相棒がパーシ・ヴァルであった事とアルバの死因が毒によるものであった事。
『詳しい事情をあの子は語りませんでした。でも私はあの子がアルバを殺めたなどとは思えないのです』
だから意図して前回その名を蒼汰に語らなかった、と言う司祭はさらにパーシが毎年必ずヘンルーダにと金を届けている事を冒険者に告げた。十二年でその額は百Gを軽く超えるとか。
「ヘンルーダさんに遺されたというアルバさんの遺産の多くはパーシ様のお金なのでしょうか?」
その金でヘンルーダはパーシを仇と探す。皮肉な話だとリースフィアは思った。
彼女の中には見えてきた『真実』がある。
根拠は‥‥シャフツベリーのディナス伯が、告げた言葉。
『あいつは妻と娘を喪った時、言っていた。また‥‥守りきれなかった‥‥と』
『また』‥‥その言葉の意味はつまり‥‥。
「皆さん! 大変です!」
フライングブルームが人ごみをかきわけ一直線にやってくる。
「ワケギさん!」
「どうしたんだ! 一体!」
暴走一歩手前でやってきたワケギは必死の顔で仲間達に告げた。
「パーシさんが‥‥ヘンルーダさんのところに‥‥今」
「! 最悪です」
彼の性格からすれば、そんな事は簡単に想像ができた。
シャフツベリーにたどり着いた時は生ける屍のごとく落ち込んでいたと言う程の心の傷であったとしても、それから逃げる彼では少なくとも今は無い。
だから、彼に情報を伝えるには慎重を期したかったのに。
「とにかく、急ぎましょう!」
駆け出す冒険者達。もう間に合わないと解っていてもその足は止まることをしなかった。
彼らの前に一人の戦士が立っている。
金髪碧眼、長身で聖者の槍を持った銀鎧の騎士が。
「貴方‥‥まさか‥‥」
その新緑の瞳がヘンルーダの心を射抜いた時、彼女の遠い記憶が蘇る。
「パー‥‥ル?」
「久しぶりだな。ヘンルーダ。元気そうで何よりだ」
柔らかい笑み。
「ああ、俺を探していたらしいな。何のようだ?」
平然と変わらぬ態度。
だが‥‥それが彼女の心に火をつけた。
「元気‥‥って何よ! 私の前によく顔を出せたわね。兄様を殺した裏切り者が!」
「だから俺を探していたのか? 敵として?」
怒りの火は炎となり、爆発する。冒険者が止める間もない。
「そうよ! 戦いなさい! 私と! 決闘を申し込むわ!」
叩きつけられた怒り。それをパーシは静かな眼差しで受け止めた。
「了解した。だが一体一では差がありすぎる。冒険者に助力を頼むといい。そちらは何人で来ても構わない。日時も任せよう。逃げ隠れはしない。必ず応じる。円卓の騎士の名にかけて」
くるり背を向けて去っていくパーシ・ヴァル。
「何が円卓の騎士よ。嘘やふざけにも程があるわ。絶対に‥‥許さないんだから!」
両手に力を入れて怒り顔で見送るヘンルーダ。
図らずも決闘の見届け人となってしまった冒険者達はその光景を、ただ無言で見つめていた。