【英雄2】終わりの続き

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:12人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月25日〜12月07日

リプレイ公開日:2007年12月03日

●オープニング

 冒険者達が依頼を終えて暫くの後。
 冒険者ギルドにやってきた人物がいた。
 鎧姿ではない、貴族の平服を身に纏ったパーシ・ヴァルである。
「冒険者。少し出かけるんだが付き合ってくれないか? 仕事に手が必要なんだ」
 彼はそう言って依頼を出した。
「仕事ですか? どこで何を?」
 円卓の騎士としての仕事では無いのに彼が仕事という。
 珍しいと思いながら係員は問うた。
「まあ、簡単に言えば事後処理と調査だ。今回の事件のな」
「ああ、なるほど」
 今回の事件とはウルグ率いる盗賊団とその関連の一件を意味する。
 ウルグとは個人的因縁も深かったパーシにとって、この仕事は円卓の騎士としての公式な仕事とは違う思いがあるのだろう。
「第一にウィルトシャーに盗賊の残党が残っていないかの調査だ。かつてのように取りこぼしがあるとかつてのデスクロスや、ウルグ達のように残党が新たに組織を組む可能性がある。万が一にも逃さぬように再確認したい」
 これはソールズベリーやエイムズベリー近辺の調査ということになるだろう。今後の為に可能性は低くても一度確認する必要は確かにある。
「第二にシャフツベリーに鈴を届けて欲しい。ついでに今回の事件の報告をな」
 幸いにもシャフツベリーから盗まれたベルのものと対になるブランの鈴は冒険者の手に戻っていた。アリオーシュが化けたウルグが持っていたものがそうだ。
 パーシが預かっていた鈴はなぶり殺してからとでも思っていたのだろうか?
 冒険者突入の時点で彼の手から離れてはいなかった。
 現在パーシの元に二つの鈴が揃っている。
 秋の祭りには間に合わなかったが聖夜祭までにはシャフツベリーに鈴の一つを返したいとパーシは言う。
「第三はエイムズベリーの遺跡の調査だ。あの遺跡にデビルが反応していた。何かが隠されている可能性がある。これも今後の為にもな‥‥」
 エイムズベリーの遺跡。
 今回の事件の始まりの場所であり、終わりの場所。
 デビルアリオーシュが気にする何かが隠されているというのなら勿論放って置く訳には行かないだろう。
 ここまで厳しい円卓の騎士としての眼差しと言葉で話を続けたパーシ・ヴァル。
「そして‥‥」
 だが、最後の願いには彼の言葉のトーンが微かに落ちたのを誰もが感じていた。
「そしてフローの埋葬を兼ねてヘンルーダをエイムズベリーに返そうと思っている。一緒に着いて行ってやってくれないか?」
 理由は言うまでもない。
 今回の事件において一番の被害者とも言えるヘンルーダ。
 兄を失い、生きる目標を無くし、義父と仲間に裏切られ、苦痛を味わい‥‥そしてたった一人の家族をも失った。彼女は今、生きた屍状態で、何も目に入っておらず何も耳にさえ入っていないようだった。
 フローを抱きしめたまま部屋からも出てこない。
 ベルとヴィアンカ。使用人達が世話をしているが何の反応も無い。
「あいつに心を取り戻してやりたい。でも、多分俺ではダメなんだ。だから、力を貸して欲しい‥‥」
 アルバの墓地はエイムズベリーにある。その側にフローを埋葬する手配は済んでいるとパーシは言う。
「ベルは教会の仕事があって同行できないが、ヴィアンカは連れて行こうと思う。旅路で、必要なら十三年前の話も含めて俺のできる限りの事はするし、話す。だから、一緒に来て欲しい」

 報酬は殆ど無い代わりに、旅費は全てパーシが持つという。
 帰っていくパーシの背中を見送りながらなるほど、と係員は思った。
 これは、きっとけじめなのだ。
 いろいろな事がありすぎた今回の事件。
 まだ終わってはいないがいつまでも引きずってもいられない。
 終わらせなければいけないのだ。

 明日に向かうために、続きを紡ぐために‥‥
 

 

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

エリオス・ラインフィルド(eb2439)/ オウ・ホー(eb2626

●リプレイ本文

○終わりへの思い
 この依頼を最初に受けた時にはまだ、空気はまだ夏の気配を漂わせていたのに、もう秋も終わり冬が近づいている。
 キャメロットの門でキット・ファゼータ(ea2307)は呟いた。
「随分と寒くなってきたな。もうじき雪も降りそうだ」
 彼は仲間達を待っている。
 横で旅の準備をするパーシ・ヴァルに背を向けて。
 馬車の手配はできなかったが、その分パーシは馬やその他の手配を全てしてくれた。
 冒険者の手を借り、休みを取り、無理をして、それでも彼は『彼女』を今の状態にしておきたくは無かったのだろう。
「あいつの方はどうなってるかな?」
 呟く言葉に返事は無い。
 約束の時間はかなり過ぎている。でも仲間達が来る様子はまだ無かった。
 それは彼らがこの依頼の要となる人物をなかなか連れ出せないでいる、ということだ。
 先に行った者、迎えに行った者、そして待つ者。誰の表情も旅に向けた明るさ、楽しさは微塵も見られなかった。
 この三ヶ月あまり。いろいろな事がありすぎたのだ。良い事よりも悪い事の方が大きかったが‥‥
「これは終わりじゃない。いや、終わりだけど始まりなんだ。なあ? 絶っ太。カムシン」
 キットは呟いた。
 閃我絶狼(ea3991)から預かった狼犬と、相棒の鷹にひとりごちるように、自分自身に言い聞かせるように。
 そして寒空の中、真っ直ぐ立つ『彼』と、遠くの『彼女』に呼びかけるように‥‥。

(「パーシ卿が「俺じゃダメ」って‥‥どうすりゃ良いんだよ‥‥」)
 七神蒼汰(ea7244)は薄暗闇の中に広がる光景に、文字通り目を覆い手を握り締めた。
「ヘンルーダ‥‥」
 もたれるように壁に背をつけていた少女が、名前を呼ばれピクッと身体を動かす。
 だが、それは一瞬の事。また、焦点が合わない眼差しを手の中へと戻す。腕の中の犬へと‥‥。
 ヘンルーダは蒼汰の方を見てはくれない。
 腕の中の犬しか彼女は見ていないのだ。もはや、命は身体から離れてしまってここに残るのは体だけだというのに。
「‥‥ヘンルーダ?」
 膝を折り顔を覗き込む。軽く頬を叩いて、呼びかけて。
 でも反応はやはり無い。
「しかしパーシ様や他の方が来た時には驚くような奇声を上げて怯えておられたのです。それと比較すればこれは落ち着いている方かと‥‥」
 後ろに付き添う家令の言葉は聞こえたのか、聞こえていないのか。
 蒼汰は無言で頷くと
「悪いな‥‥ヘンルーダ。フローも行くぞ!」
 腕に力を入れて蒼汰は少女を腕の中の犬ごと抱き上げた。
「ひいっ!」
 身を硬くするヘンルーダ。何かに怯えるように身体を震わせる彼女を
「大丈夫だ。心配しなくていい。大丈夫だ‥‥」
 強く抱きしめ、何度も声をかけながら蒼汰は階段を下りて行った。
 そのおかげだろうか? 一歩ごとヘンルーダの身体の震えは消えていくようだ。
 外への扉の前に立つ頃には彼女はその頭を蒼汰の胸に寄せている。
「いってらっしゃいませ」
 見送る家令の言葉と思いを受けて、蒼汰は出迎えに来たクァイ・エーフォメンス(eb7692)とヘンルーダを数日ぶりに連れだしたのだった。
 静かな秋の太陽の下へと‥‥。

「私は負け続きなんですよ」
 教会で旅の支度をする女の子とそれを手伝う少女にリースフィア・エルスリード(eb2745)は告白するように告げた。
「そうは思いませんが。伯父様に話を聞いた時も、私達を助けて下さった時も、貴女がいなかったらどうなっていたことか‥‥」
「私もベルの言うとおりだと思う。何度も助けてもらったよ」
「ヴィアンカ様‥‥」
 リースフィアが落ち込んでいると思ってか、懸命に慰めようとする円卓の騎士の娘にセレナ・ザーン(ea9951)はなんと言ったらいいものか、と思いをなかなか口に出せずにいた。
 多分、リースフィアは落ち込んで愚痴を言っているわけではないのだ。
「いいえ、周りからどう見えているかは解りませんが、失敗なのは事実です。特にこの間などは仲間同士それぞれの主張を譲らなかった結果、それぞれの意見で懸念されていた事態が全て起こってとんでもないことになったんです。あれは、間違いなく失敗でした」
 そう言って彼女らの知らない事件をリースフィアは語る。
「でも、落ち込んでいるわけではないのですよ。私が言いたいのはむしろ逆。反省するのも後悔することも必要ですが、徒に自分を責めても何にもならないということです」
 優しく微笑むリースフィアに少女達二人、いや三人はそれぞれに口を押える。
「「「あっ‥‥」」」
「これから、できることをしていきましょう。一緒に仲間として‥‥」
「うん!」「はい」「ええ」
 差し出された手を少女達は微笑み合いながら重ねあう。その様子を藤宮深雪(ea2065)は同じ笑顔で見つめていた。

 先に飛び立った仲間達。 エリオス・ラインフィルドと共に彼らが消えた空を見つめながら。
「‥‥まだ、遺跡があったであるか? それも、アリオーシュの興味を引く物」
 複雑な気持ちと思いをマックス・アームストロング(ea6970)は噛み締めた。
 彼はソールズベリー関連の依頼に関わった事があった。
 元々ウィルトシャーは遺跡の多い地域。いくつも遺跡があちらこちらに点在している。
「ソールズベリーの遺跡には古代の魔法王が封印されていた。エーヴベリーにはその従者が、そしてシャフツベリーにはあのデビルが‥‥」
 パーシはそこまで気にしてはいないようだが、エイムズベリーの遺跡には一体何があるのだろうか?
 仲間達の多くはフローの埋葬やヘンルーダのケア、そして周辺調査に入ると言う。
 ならば、自分は仲間の帰還を待ち遺跡の調査を行おうとマックスは思っていた。
「そろそろ、集合時刻であるかな?」
 一度だけ瞬きしたマックスは仲間の下へと向かっていった。
「‥‥殿‥‥」
 振り返り呟く名は風に消える。届かない思いと共に。 

○思い出が残すもの
 ここはシャフツベリーの領主ディナス伯爵邸。
 現れた館と街の主に冒険者達は立ち上がり、礼を取った。
「お久しぶりですディナス伯、今日はお届け物と報告する事がいくつかあって参りました」
 代表と決めたわけではないが一歩前に出た絶狼が挨拶をしその後ろでワケギ・ハルハラ(ea9957)とシルヴィア・クロスロード(eb3671)が会釈をした。
「ご苦労だった。話は聞いている。鈴を取り返してくれたのだな?」
「はい。どうぞ。お返しいたします」
 シルヴィアがパーシから預かったそのまま、小さな木箱を差し出す。
 箱を開き中を確認した伯爵は目を伏せると
「ありがとう。心から感謝する」
 冒険者に真摯な感謝を告げる。誰かの役に立てた。
 胸に広がる喜びに、だが今は酔っていられない。
「お役に立てて幸いです。ですが、まだ事件そのものは終わっていないのです。話を聞いて頂けますか?」
 絶狼は微かに頭を振ると今回の事件についての全てを伯爵に話して聞かせた。
 足りない点はオウ・ホーからの情報を受けたワケギとシルヴィアが補足する。
 かなり長い話になったがそれを伯爵は一言も余分な言葉を挟まず、静かに聞いていた。
「そのエイムズベリーの北の森の遺跡にアリ公の奴が妙に興味を持ってるんですよ、もしかしたらこの鈴にも何か関係があるのではと‥‥ええ、出来るならアゼラさんにもお話を伺いたいんですが」
 そう締めくくって返答を求められた時、初めて彼は言葉を口にした。
「地下の遺跡‥‥か。『天に絶望を、地に希望を』」
 呪文のような言葉。
「? なんですか? どういう意味なのでしょうか?」
 言葉に首を捻って問うワケギに、伯爵はああ、と腰に手を当て答えた。
「あれから私もこの地方についていくつか文献を調べてみたのだ。アゼラの知識と合わせて調べていくうち、ウィルトシャーには多くの『封印の遺跡』があり、それを守る族が残されていたということが解った」
 彼はそう言って調べた事を話してくれた。
 その多くはソールズベリーの封印の一族の事や、エイムズベリーの領主家の事。
 彼らの血が扉を開封する鍵であるという事程度で、冒険者にとっては解りきった、もしくはもう終わってしまった事実以上の事ではない情報ばかりだった。
 だが
「それで絶望と、希望と言うのは‥‥?」
 あの言葉だけは違う。真剣な顔で問うシルヴィアに伯爵は頷き告げた。
「文献の中に古い書物があった。その一説にあったのだ。『封印する。天に絶望を、地に希望を。遠き未来の我が子らの為に』という言葉がな。シャフツベリーの遺跡は町の高台にありデビルが封じられていた。これが絶望なら、地には希望があるのか‥‥とな」
「希望‥‥か」
 冒険者達は興味深そうにその話を聞く。あのデビルが正しく人に絶望を与えるものなら、それに抵抗しうる何かが、希望となる何かがあそこにはあるのだろうか? と。
「調べてみる価値はありそうですね」
 冒険者は顔を見合わせあい、頷いた。仲間に伝える価値のある情報だ。
「感謝します。あ、ディナス伯。ベル、ヴィアンカへの土産や、パーシ卿への伝言とかあったらお届けしますよ」
 退去の礼を取り、帰ろうとした絶狼はふと、振り返り伯爵に笑いかけた。伯は少し悩んで首を振り‥‥
「息災で。聖夜祭にでも時間があれば戻れ、と三人に伝えてくれればそれでいい」
 そう告げた。
「解りました」
 帰りかけた冒険者達を
「まて、そこの娘」
「は? 私、ですか?」
 今度は伯爵が呼び止めた。立ち止まったシルヴィアに伯爵は真剣な眼差しを向ける。
「あいつを解放するつもりなら、あいつの思いなど考えない事だ。問答無用の光であいつを引っ張りあげてやるがいい。キャロルはそうしていた‥‥」
「‥‥伯爵? それは‥‥」
 シルヴィアの顔が微かに赤らんだ。  
「いい加減、アイツと縁を切りたいのでな。お前の外見はまるで似てはいないのに妹を思い出す」
 恋する乙女。
 シルヴィアに兄のような優しい笑みを見せてディナス伯は今度こそ退室を促し彼自身も退室する。
 情報を得る為の便宜の手続きを全てとってくれたのは流石というところであろうか。
「おい、シルヴィア?」
「そうですね」
 顔を覗き込んだ絶狼は少し、驚いた顔で口笛を吹く。
 彼女が浮かべた表情は、彼が想像していたものとまったく違う決意を浮かべていたからである。

 それは古いというには少し早い昔話。
 一人の少年が、一人の青年に出会いました。
 目指す目的の為に冒険者を続けていた少年は、自分の理想に近い姿の青年に時に反発し、時に師事し、時に背中を合わせあって戦ってやがて信頼と言う絆を結んでいきました。
「俺には夢があったんだ」
 ふと、二人きりの時彼は言いました。
「夢? なんだよ?」
 少年は問いかえします。
「自分の手で大切なもの、大切な人全てを守れる騎士になることさ」
「なんでそれが夢なんだよ? 今からだって叶うだろ、って叶ってなかったのか?」
 真っ直ぐな瞳と問いに青年は苦笑しながら答えます。
「俺は妹を守ることを選んでしまったからな。凡人の力じゃ一つの大切なものを守ろうと決めたら、全てを守る騎士にはなれないものなのさ」
「ふーん、そういうものなのか? だったら、俺がなってやるよ。全てを守れる騎士にさ!」
「そうだな。お前ならなれるかもな。大切なものを守りながら、全てを守れる本当の騎士に‥‥」
 輝く心の少年に、青年は自分の夢を託すように微笑んだのでした。

「アルバは本当に強くて、高い心を持った騎士だった。俺は、円卓の騎士であれアイツ以上の騎士はいないと今も思っている」
 エイムズベリーの夜。
 明日はフローの葬儀と言う日の事。冒険者一行にほぼ貸切の酒場でパーシ・ヴァルはそんな昔話をしていた。
 聞くのはキットにレイ・ファラン(ea5225)。少し離れた所ではクオン・レイウイング(ea0714)が指輪を弄びながらカップを干し、ヴィアンカを寝かしつけてきたセレナやリースフィア、ヘンルーダを休ませて戻ったばかりの蒼汰も耳を澄ませている。
「パーシ。お前も気持ちの整理を付けろ。聞いてやるから話せ。お前の昔話。もし聞かせたくないなら独りごちでもしろ」
 そう言ったキットの言葉に答える形になったのだろうか。
 パーシはアルバとの思い出話を語って聞かせていたのだ。
 旅の途中、盗賊に襲われていた護衛を助けに入ったつもりが、その護衛に逆に助けられたという出会いから始まり幾度も戦いを挑み負けた事。我流の技を正しい訓練で矯正してくれた事。
『お前には槍の方が向いてる。扱いづらい大剣を使うより、そのスピードを生かして戦った方がいい』
「どうしても届かないアルバと同じ武器というのは照れくさくて、アドバイスにはアイツが死ぬまで従えなかったけどな」
 苦笑しながら彼が語る一言一言は、本当に慈しみに溢れ光り輝いているようだった。
「本当に凄い方だったんだな。アルバ殿という方は」
 蒼汰の言葉に冒険者は完全に同意する。パーシと言う円卓の騎士が尊敬する人物だったのだ。いつしか冒険者達も彼に親しみと敬意を持ち、だからこそアルバがウルグのだまし討ちにあい死ぬ下りには‥‥クオンでさえ、顔を下に向け俯いていた。
「俺が戻った時には、もうアルバはムシの息だった。教会まで必死に運ぶ途中‥‥アイツは言ったんだ」

 深い洞窟の奥。苦しげに息を吐く青年は彼を必死で運ぼうとする少年を
「待ってろよ! 今、教会に連れて行くから‥‥」
「止めろ‥‥パー‥‥シ」
 押し留めて、身体を起こし言いました。
「喋るな! 馬鹿! 大人しくしてろ!!」
「いいから‥‥聞け。お前は‥‥村から出るんだ‥‥」
 思いかけない言葉に少年は声を荒げます。
「どうして! 俺が村を出たらヘンルーダ達は!」
「お前がいれば‥‥かえって村は‥‥狙われる。だから、離れるんだ‥‥。そして‥‥この槍を届けてくれ。この聖者の槍。持つに相応しい真実の騎士に‥‥。そいつと出会うまでお前に預けるから‥‥」
 震える手が槍を少年の手に握らせます。
「ダメだ‥‥」
 そう言いかけた言葉を少年は飲み込んで頷いたのです。
「解った。必ず、俺がこの槍を真実の騎士の手に届けてみせるから。必ず!」
「頼んだぞ。‥‥パーシ‥‥」
 その言葉を最後に青年は二度と目を開ける事はありませんでした。
 けれどもその顔は不思議に、微笑んでいるようでさえあったのです。

 長い話の終わりを
(「そんな事が‥‥」)
 夜遅く街について、真剣な話に中に入りそびれたシルヴィアと絶狼、ワケギの三人は酒場の外で立ちながら聞いていた。
「冒険者として旅を続けたが、俺はまだアルバの思いと槍に相応しい騎士と出会ってはいない。『ならばお前がそうなればいい』そう言った王に仕え今に至るがまだ道はあまりにも遠い」
 立ち上がり彼は微笑する。
 話し、語った事で自らの思いに区切りをつけられたと言うように。
「俺は円卓の騎士として生涯を捧げると誓った。だから、こんな弱さを見せるのは今回限りだ」
「それは‥‥間違っています!」
 バン!
 いきなり音を立てて開いた扉に一人を除いた人物達は驚きに目を見張る。
「シルヴィアさん」
 ツカツカ、近寄ったシルヴィアはパーシの前に立つと、躊躇わず告げた。
「貴方に決闘を申し込みます!」
「理由は?」
 ただ一人驚かなかったパーシは、その眼差しを逃げる事無く見つめ返す。新緑の瞳との視線の交差に先に目線を逸らしたのはシルヴィア。けれどももう一度顔を上げ、指を真っ直ぐに指したのだった。パーシの眼前に向けて。
「貴方が間違っているということを証明する為です。受けて頂けますね?」
「‥‥いいだろう。全てが終わった後にな」
 それだけ言うとパーシは立ち上がると部屋へと戻っていった。その背中を見送って
「本気か?」
 問うたキットの言葉にシルヴィアは頷く。
「一度ちゃんと告げないと、あの方はいつまでも解ってくれませんから‥‥」
 決意の眼差しの乙女と、去っていく円卓の騎士の背中。
 長い事、その両方から冒険者達は目を離すことができなかった。
  
「おねえちゃん、おねえちゃん?」
 小さく繰り返される呼び名と、毛布を引っ張る感覚にセレナは目を開く。
「あ‥‥? どうしましたの? ヴィアンカ様」
「あのね、手伝って欲しい事があるの」
 眠い目を擦りながら小さな来訪者の話を聞いたセレナは
「解りましたわ。ご協力いたします」
 優しく微笑んだのだった。
 
○過去の埋葬
 カーン、カーン。
 まるで、人のそれのように教会の鐘が静かに鳴り響いた。
 幾人もの冒険者が参列する葬儀。教会が取り仕切る西洋式の埋葬場所の前で深雪が和式の手順で祈りを捧げる。
 墓地の手前の教会の中。
 葬儀を行うべき棺はまだ空。その中に入るべきフローの身体はヘンルーダが抱きしめたままである。
「さあ‥‥ヘンルーダフローを埋葬するぞ。彼を放すんだ」
 埋葬が始まる時刻。まだ呆然としたままのヘンルーダから、恨まれる事を覚悟の上で蒼汰は
「クァイ! 頼む」
 クァイにヘンルーダを羽交い絞めにして貰ってフローを力づくで奪い取った。
「イヤーーー! 止めて! フローを離して!!」
 甲高い悲鳴が石造りの建物の中に響く。フローを取り返そうとヘンルーダは蒼汰の身体に掴みかかる。
「ワケギ、ちょっと頼む!」
「えっ?」
 側で心配そうにおろおろしていたワケギにフローの身体を渡した蒼汰は暴れるヘンルーダの手を掴むと
「いい加減にしろっ!」
 バチン! 強い音と共にヘンルーダの頬に平手を入れた。
「えっ? あ‥‥」
 頬に広がる熱と痛みにヘンルーダの動きが止まる。そこを両手を掴んで蒼汰は彼女の顔を覗き込んで告げた。
「フローは今まで必死に頑張ってきたんだ。もう、ゆっくり眠らせてあげよう? 兄上殿と一緒に」 
 優しく、静かにさっき、平手をみまった時とは正反対の顔で蒼汰は囁きかける。
「今のお前さんを見たら、フローも兄上殿も悲しむぞ‥‥2人共、お前さんの幸せを何時でも願っているはずだ」
 蒼汰の横にフローを抱いたままのワケギがそっと近寄ると膝を付いた。
「貴女は決して一人ではないです‥‥。それに貴女がここで止まってしまったら、フローさん達貴女を大切に想っている方々の想いが、無駄になってしまいます‥‥立ち上がって頂けませんか?」
「‥‥パーシ卿が居る、今回の事で知り合った仲間達が居る。俺も‥‥居るだろ。さあ、行こう。みんな、君を待っているんだ」
 差し伸べられた蒼汰の手。それを見つめていた瞳が少しずつ光を取り戻していった。
「本当に‥‥一緒にいてくれる?」
「ああ、勿論だ。離れていても必ず助けに行く。約束‥‥するよ」
 ヘンルーダは一度、瞬きした。そして
「ありが‥‥とう‥‥」
 蒼汰の手を掴むと立ち上がる。自分の足と、意思で。
「ヘンルーダ‥‥」
「ごめんなさい。もう‥‥大丈夫。ちゃんと、私‥‥フローを見送るわ」
 向けられた瞳は、もうさっきまでの濁ったものとは違う。蒼汰は嬉しそうに笑みを浮かべると
「行こう!」
 少女の手を引いたのだった。

 花と、祈りに包まれて葬儀は静かに行われた。
「ヘンルーダ!」
 ヘンルーダを呼ぶ強い声が響くまで。
「! ‥‥なあに?」
 呼び声に振り向いたヘンルーダはそこにセレナに背中を守られるように立つヴィアンカの姿があるのを見て一言だけそう言った。
 恨み言か、それとも‥‥覚悟をしていた彼女の前に
「はい!」
 そっと布袋が差し出された。甘い匂いが袋の横から漏れ出る。それは、クッキーだった。
「フローとあなたにあげる。そして、ゆるしてあげる‥‥」
 ヴィアンカは精一杯の思いをクッキーに託し伝えたのだ。
 ヴィアンカとヘンルーダ。二人の間を取り持ちたいと願っていたセレナは行きの旅路の中ヴィアンカにこう告げていた。
「まだ、彼女の事がお嫌いですか? 許してあげることはできませんか? 別れる前に、そのお気持ちを伝えてあげて下さいませ」
 そして、これがヴィアンカの答えであった。
『みんなに、お礼をあげたいの。勿論、フローとヘンルーダにも。手伝ってくれる?』
 セレナに断る理由は何一つ無かった。そして領主館の調理室を借りてほぼ徹夜で作ったのがこれである。
「ありがとう‥‥」
 ヘンルーダはクッキーを受け取り棺へと入れた。くしゃくしゃと、無言の手がヴィアンカの髪をかき乱す。
「フローさんのヘンルーダ様への暖かい思いやりが好きでしたわ。これからもヘンルーダ様の事を見守って下さいませ」
 鐘と、花と、祈り。そして優しい思い達に見送られ、フローは本当の意味で安らかな眠りについたのだった。 
○始まりの終わり 終わりの続き
「よく解らない文字ばかりであるな。精霊碑文や魔法語をとっておくべきだったであろうか?」
「とっていても、よく解りませんよ。古い時代のものですね‥‥これは‥‥」
 葬儀の後、冒険者達はエイムズベリーの遺跡。その本格的な調査を開始していた。
 地下に繋がる通路は長く、かつて戦場になった広場は、冷静に考えるとかなり深い位置にあるように思える。
「悪魔などの出てくる気配は‥‥今のところ無いな。‥‥だが奴が警戒している所だ。何かがあるに違いない」
 石の中の蝶と周囲に警戒の糸を張り巡らせてクオンは調査を続ける仲間達に告げた。
 希望的観測が入るにしても、何かがあって欲しい。
「役に立つアイテムが隠されている可能性も少なからずあるかもしれないしな。できるなら、奴の弱点をつけるなにかでもあるといんだが‥‥」
「『封印する。天に絶望を、地に希望を。遠き未来の我が子らの為に』‥‥その言葉に何か意味があるのなら、ここには希望が封印されていると思いたいのですが‥‥ん?」
「どうしたんです? ワケギさん?」
 扉に近いところで、模様などを書き写していたリースフィアがワケギの様子に気付いて駆け寄ってくる。
「これ、見て頂けますか?」
 言いながらワケギは古い石の祭壇を指差した。そこに不思議な文様が刻まれていたことに気付いたのだ。
「紋章‥‥に近いようですけど‥‥少なくとも近年のものではありませんね。貴族や騎士のものとは違いすぎます。ただ、ジーザス教の十字のモチーフに似ているような‥‥」
 リースフィアの知識や、ワケギの語学力を持ってしてもそれ以上の事は解らない。
「とりあえず、ここの文様や文字をできるだけ正確に写して、専門家に見てもらいましょう。マックスさん、向こうの方、お願いできますか?」
「了解したのである!」
 完全解明を諦めた冒険者達は、調査目的を事前調査に切り替えて扉と祭壇の文字を羊皮紙に写し取り始めた。
 二枚の石の板が合わさった扉。鍵穴の無いこの先には何があるのか‥‥。
「き‥‥ぼう?」
 シャフツベリーで見せてもらった古文書の文字とよく似た字を見つけたワケギは指で言葉を追う。
「本当に、ここが僕らの希望になればいいのですが‥‥」
 いつかこの扉が開いたらそこに何が待っているのだろうか。どんな秘密が待っているのか。
 不謹慎とは思いつつそれを考えると、少し、ほんの少しだが心が浮き立つのを彼も冒険者。
 押える事はできなかった。

 地面の上に腰を落とし膝を抱えるシルヴィアに
「玉砕おめでとう!」
 イタズラっぽい顔でキットは声をかけた。
「止めて下さい。どうか、放っておいて‥‥」 
 勿論冗談だとは解っているが、今はそれに反論する余裕が彼女には無かったのだ。
「どうしても‥‥負けたくなかったのに‥‥」
 事は1分とかからず終わった。
 パーシに向かってかけたフェイントはフェイントとして起動せずにスルー去れ、逆に彼に懐に入り込まれて一閃。悔しいまでの完敗だった。
「まあ、気持ちは解るけどな。悔しいのも」
 実感の篭った言葉でキットは慰める。
「あいつを倒そうと思ったら生半可な事じゃ勝てないしな」
「人は一人じゃないと、一人で戦っている貴方は弱い、もっと私達を頼りにして欲しいと‥‥伝えたかったのに‥‥」
「だったら、何故、一人で挑んできた? 仲間と一緒に俺を倒せる作戦を立てない?」
「えっ‥‥って、えええっ?」
 いつの間に後ろに回られたのか、やってきたパーシにシルヴィアは慌てて立ち上がる。
 キットは横でくつろいだまま。どうやら、パーシが来るのを知っていた節がある。
「大切なものを守りたい。その目標を叶える為には俺はまだまだ未熟だ‥‥悔しいまでにな。だから俺は振り返らず進む。強くなる為に」
 手を握り締めるパーシ。これほどまでに強くてもまだ彼は先を目指すのか。どこまで彼は進んでいこうとするのだろうか?
「パーシ様!」
 シルヴィアはパーシを引き止めるように呼びかけた。そして意を決して告げる。
「私は貴方が好きです。この想いは貴方にだって譲れません。どんな答えでも私はずっと貴方が好きです。そして変わらず傍にあって貴方の力になりましょう。どうかパーシ・ヴァルの答えを聞かせて下さい」
 一世一代の告白を。それをパーシは
「今のお前には返事はできない。俺の目指す場所への道をまだお前は共に歩けない。側にいられても足手纏いだ」
 あっさりとクリティカルヒットで叩き潰した。
「そんな‥‥」
 失意と、絶望のどん底まで落ち込み泣き出しそうな顔のシルヴィアに、背を向けながら。だが、パーシは
「だから返事はお前が俺に勝る強さで俺に『勝った』時にしよう」
 一つだけ希望を残していく。
「貴方に勝ったら返事を頂けるのですね!」
「パーシ! 仕事もいいがヴィアンカに親子らしい事してやれよ!」
 二つの呼び声への返事は肩越しの右手一本。
「まったく、困った奴だ」「本当に‥‥」
 二人の異口同音の言葉には声とは裏腹に心からの親愛の思いが込められていた。

 何か事が起きるとその影にあのデビルの存在を感じる事が多い。
「それにしても鼻が利くというか、奴基準で面白い物に出会う努力は惜しまないと言うか‥‥暇すぎだ。あのデビル」
 軽く毒づきながらもレイは人気のないオールドセイラムを歩く。調査の手を緩めはしなかった。
 ウルグはデビルと共に消えたが、万が一にも残党達がいるなら取りこぼすわけにはいかない。
 第二、第三のフローとヘンルーダを出さないためにも必ずここで一網打尽にする。
 その為にレイは深雪やパーシと協力して周辺調査と裏ルートの確保に全力をあげていた。
 彼らの努力のかいあって完全、とまではいかないものの僅かな取りこぼしと思われた連中の捕縛に今日もレイは成功していた。
「これで、少なくとも奴の手駒はかなり潰せただろうな‥‥」
「ああ、まったく余計な事を!」
「何!」
 遠くからの小さな声と同時に聞こえた風の音。レイはとっさに横に飛んだ。
 さっきまで彼が建っていた場所にナイフが突き刺さっている。
「誰だ!」
 言ってみるが、返事が返らないのは解っている。もう、気配はどこにも感じられないから。
「あいつらとは‥‥また見える事になりそうだな‥‥」
 地面に刺さったナイフを投げ捨て、レイは夕日とその影に消えた黄金の悪魔とその従者の事を思い出し、手を握り締めたのだった。

「これ! あげるわ!」
 差し出された小さな指輪に、蒼汰は目を瞬かせた。
「俺に‥‥か?」
「他に誰がいるって言うのよ。ペンダントのお礼。早く引っ込めて! 恥ずかしいじゃないの!」
 顔を紅くしたヘンルーダに言われるまま、蒼汰は指輪を嵌める。
 不思議な感覚が身体に溢れる。騎士の力を高めるこれは指輪だ。裏に不思議な紋章のようなものが刻まれている。
「兄さんの形見よ。無くしたら祟るからね!」
「いいのか? そんな大事なものを?」
「いいって言ってるの! 早く持って行きなさいよ!」
「‥‥ああ、ありがとう」
 笑みを浮かべる蒼汰に顔を赤らめるヘンルーダ。
「青春であるなあ〜」
 マックスが少し寂しげに笑う。仲間達もそれにつられるように笑い出した。
 立ち直ったヘンルーダは、冒険者達の勧めでしばらく、キャメロットに住む事になった。
 ここは、まだ彼女には思い出が多すぎるだろうから、と。
「今は、まだ顔に無理を隠していますね。いつか本当に笑える日が来るといいのですが」
「蒼汰さんがついていますから、大丈夫ですよ。きっと。今はまだ恋人未満ってところでしょうけど」
「ええ」
 クァイは自分の決意が無駄になって良かったと、心から思っていた。
 ヘンルーダがこれ以上傷つかずにすんで、良かった。と。

 蒼汰とヘンルーダが小さな思いを交換し合う頃
「お兄ちゃん、これあげる」
 こちらの小さなカップルもまた思いを交換し合っていた。
 冬葉のクローバーを小さな指輪の形にして。
「いいのか? これ?」
「うん! だってお兄ちゃんに幸せになってほしいもん!」
「おませなことを、言ってるんじゃない!」
「きゃああー♪」
 髪の毛をかき乱すように撫でるキットと懐くヴィアンカ。
 二人を見つめ
「青春であるなあ〜」
「将来は婿養子でしょうか?」
 呟いたのはおせっかいな誰かであろうか?

 長い依頼の終わり。
 手に残ったものは少女の笑顔と、ヴィアンカの手作りクッキー。
 けれどもそれがどれほどまでに尊いものか冒険者は知っている。
 晩秋の空が、青く、高く高く広がっていく。
 その空を見上げながら
「なあ、絶っ太? お前も寂しいか? 友達が死んでさ」
 絶狼は愛するペットに呼びかけていた。 
 きゅう〜ん。
 可愛らしい声で、まるで同意のように頷く狼犬。
「フローは天寿を全うしたんだ、悲しいけど嘆くべき事じゃない‥‥そう、だよな?絶っ太」
「うん」
 という返事は戻らない。
 けれども絶狼は彼の気持ちがきっと同じであろうと感じていた。
 人と動物に限らず別れは何にせよ、いつか必ず来る。
 その時に後悔しないように、今を精一杯生きなくてはと。

 これは、始まりの終わり。
「次は必ず‥‥」
 そう願う冒険者達の心に答えるように、空は不思議なまでにどこまでも青かった。