【英雄2】十三年の時を越えて

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:12人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月07日〜11月17日

リプレイ公開日:2007年11月15日

●オープニング

「まず、最初に謝る必要は無いと言っておく。依頼を出し、作戦の内容を知り、それに許可を出した以上全ての責は俺にある」
 ハロウィンの祭りを終え、冒険者達の前に立ったパーシ・ヴァルはまず最初にそう告げた。
 パーシ・ヴァルが出した依頼はハロウィンの祭りが終わるまで彼に纏わる三人の少女達を護る事。
 だが、今、ここにいる少女は二人。最後の一人であるヘンルーダは敵の手に捕らわれていた。
 その理由が例え
『パーシを悩ませる敵を捕らえるチャンスを作りたい』
 という少女達からの願いからだったとしても、託された少女達を完全に護りきれなかったという結果は冒険者達に心身ともに少なくないダメージを与えていた。
 罵倒され、非難されても仕方ない結果。
 だが、パーシ・ヴァルは冒険者達を一言たりとも責めることなくまた何の罪も責任も問われなかった。
 無論それを喜び、ああ良かったなどと思うものは誰一人いない。
 いっそ怒鳴られ、殴られた方が気が楽だと思いながら。
「ヘンルーダが人質で、彼女を助けたくば一人で‥‥か。まるで十二年前と同じだな。まあ、奴らはそれを狙っているのだろうが‥‥」
 冒険者達は無言、だがそれ以上に蒼白な顔で佇む者達が部屋の隅に立っている。
「おとうさん‥‥」
「伯父様‥‥私‥‥」
 謝罪の言葉さえも発する事ができず涙ぐむ少女達。
 彼女らは誰よりも今回の事についての責任をその身に感じているようだった。
「ヴィアンカ‥‥ベル‥‥」
 パーシは息を吐き出すと、彼女らに近づいていく。
 そしてヴィアンカの小さな頭を腕に抱いた。
「お父さん‥‥ごめん、ごめんな‥‥さい。わたし‥‥あの子に‥‥わたし‥‥」
「お前のせいじゃない。‥‥もう泣くな」
 泣きじゃくる娘を慰めた後、パーシは姪に向かってその新緑の瞳を向けた。
「ベル。鈴を貸してもらえないか?」
「はい‥‥どうぞ」
 依頼期間中冒険者に預けてあったその鈴を、ベルは躊躇いなく外しパーシに渡した。
「ありがとう」
 受け取った鈴を握り締めると彼は自分の聖者の槍を酒場のテーブルに置くと踵を返した。
 パーシは冒険者に背を向け、外に出ようとしている。
「パーシ卿、どうなさるおつもりなのです?」
 背中に向けて呼びかける冒険者に、彼は振り返らず答えた。
「この鈴は借りていく。俺は、指示されたとおりこれからエイムズベリーに向かうつもりだ。あいつらが言った場所はエイムズベリーの北の森の中にある小さな遺跡。指定された日まで後十日足らず。一日たりとも無駄にはできないからな」
 テーブルの上を見て震える声で聞く冒険者もいる。だが彼は
「槍を‥‥置いていかれるつもりですか?」
「武器を持たずということだろう? 旅の間くらい槍無しでも平気だ」
 そう言って振り返りさえしない。
「一人で先に乗り込むおつもりでは無かろうな!」
 敵の居場所が解っているのなら、単独で乗り込んでいきかねない彼に冒険者は問うが、彼は首を横に振る。
「そうしたいのは山々だが、その日の前まで奴らがそこにいるという保障は無い。それに指定された日は十二年前アルバが死んだのと同じ日だ‥‥おそらく奴らはその日に拘って来るだろう」
 下手に動く事は奴らを警戒させる結果になるだろう、だからその日まで待つ。‥‥と。
「なら、一人で行かず俺達にチャンスを!」
 冒険者の一人が食い下がる。真っ直ぐにパーシを見つめている。
 その視線を背中に確かに感じながらも、彼は
「奴は一人で来い、と言った。だから俺は一人で行く」
 覚悟の声で答えた。
「パーシ!」
「だが‥‥その後お前達がどうするかは、お前達の勝手だ。依頼はまだ生きている。娘達を頼むという依頼はまだ終わっていない筈だが‥‥な」
 一瞬振り返ったパーシの表情は微かな笑みを浮かべている。
 歩み去るパーシの足元に羊皮紙が一枚落ちる。拾い上げた冒険者はそれを見て目を瞬かせた。
 遺跡の場所と構造の描かれた地図。
 それ以外は何も書かれてはいなかったけれども
「解りました。では、勝手にさせて頂きましょう」
 冒険者は全員が、彼の『依頼』を受け取っていた。

 
 それは遠い記憶。
『パーシ。お前、本気か? 俺は一人で行くと言った筈だ。奴らの指示は俺が一人で行くことなんだからな』
『だって、アルバは、お前は勝手にしろって言ったろ? だから、俺は勝手にする。勝手に着いていき、勝手にお前の武器を持っていく。そして勝手にお前とヘンルーダを助けるんだ!』
『‥‥ったく! お前って奴は‥‥』

(「あの時、アルバは笑っていたっけな)」
 苦笑しながら思い出す
 自分が出した、そして行動した十二年前の選択。
 結果はともかく、あの選択だけは今も間違っていたとは思わない。
 足りなかったのは自分の力なのだ。願いを叶えるためには力が要る。
 それをあの時思い知らされた。
 十二年前の再現。奴らはあの時と同じように自分の命を狙っているのだろう。だが‥‥
「‥‥ん?」
 足元にいつの間にか寄っていた犬に気付いたパーシは膝を折り、目を合わせ言い聞かせるように告げる。
「フロー‥‥。あいつらと一緒にいてやってくれ。大丈夫、ヘンルーダは必ず助けるから」
「クウウ〜〜ン」
 老犬を見送り一度だけギルドを振り返ったパーシ・ヴァルは顔を上げ、
「十二年前とは違う。俺も‥‥そして、あいつらも‥‥」
 そう呟くと去っていった。
 一度も振り返ることなく‥‥。


 

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

タケシ・ダイワ(eb0607)/ オウ・ホー(eb2626)/ アネカ・グラムランド(ec3769)/ オグマ・リゴネメティス(ec3793

●リプレイ本文

○待つ者達
 屋敷の窓から少女は外を見つめていた。
「ヴィアンカ様。危ないですわよ」
「セレナお姉ちゃん」
 呼びかけられ少女ヴィアンカは中へ顔を向ける。
 薄暗くなった部屋の中セレナ・ザーン(ea9951)は静かに微笑んでいた。
「何を考えておいででしたの?」
 少女の答えは聞く前から解っているが、少しでも気持ちを変えることができるようにとセレナは問う。
「ん‥‥。お父さんや、お兄ちゃんたちのこと‥‥」
「そうですわね‥‥心配ですわね」
 予想通りの答えにセレナは微笑んだ。
「ううん、心配はあんまりしてない。お父さんもお兄ちゃんも‥‥約束してくれたから‥‥」
 ヴィアンカは小さく首を振った。彼女が言うお兄ちゃんとはキット・ファゼータ(ea2307)の事。
『必ず、無事に戻ってくる。‥‥パーシと、俺達を信じて待ってろ。できるな?』
 頭を優しく撫で約束してくれたキットの言葉にヴィアンカは躊躇う事無く頷いていた。
「私には、ここでやらなければならないことがあるんだよね‥‥」
「ヴィアンカ様‥‥」
 自分に言い聞かせるように言うヴィアンカ。リースフィア・エルスリード(eb2745)はヴィアンカにこう言って行ったのだ。
『ベルさん、ヴィアンカさん。フローさんのことをお願いします。負傷して弱ったフローさんを護ることがヘンルーダさんを、ひいてはパーシ卿達を守ることになるのですから』
 本当だったら追いかけて行きたい。自分のできる限りの事をして皆を助けたい。
 だが、その思いを彼女は封じた。
 セレナが、タケシ・ダイワやオウ・ホーが止めなければどうなっていたかは解らないが、ヴィアンカは待つことに決めたのだ。
 父と、家族とも兄弟とも言える冒険者達を信じて‥‥。
「セレナさん! ヴィアンカさん! 大変です! フローさんが!」
 部屋の奥から声が上がった。
「どうしました? ベルさん!」
「フローちゃんが?」
 木戸は閉められ、中の様子はもう微かに漏れ出でる光しか見えない。
 その光と闇の中を黒く、小さな影が走り消えていった。

 何も出来ず待つしかできない事は辛く、苦しい。
 それに比べれば自分のできる事に全力を尽くせる事は幸せかもしれない。 
 冷たくなった秋風を全身に浴びながらシルヴィア・クロスロード(eb3671)は思った。
 眼下には葉の落ちかけた木々が見えるのみ。
 必死に街道を走っているであろう仲間達も、既に先行してどこかで待つ時間を苦しく過ごしているであろう人も今は見えない。
「シルヴィアさん!」
 横を飛んでいたクァイ・エーフォメンス(eb7692)はシルヴィアに声をかけた。
「はい! 何ですか?」
「少し急ぎませんか? 頑張れば皆が付くまでに少しは情報収集できると思うんです。パーシ卿もきっと近くにいらっしゃると思うし‥‥」
 無論シルヴィアに異議は無い。
「はい、勿論です。急ぎましょう」
 彼女たちは目的地へと急ぎ飛ぶ。
「‥‥もう、誰も傷付けさせません。このクローバーに賭けて誓いましょう。十三年前を終わらせる。未来を歩み出す為に!」
 アネカ・グラムランドから預かった四葉のクローバーをシルヴィアは一度だけ服の上から叩いてからフライングブルームを握る手に力を込めた。  

○十三年目の戦い
 エイムズベリーを拠点とし冒険者達は、到着の即日から調査と下準備にかかっていた。
「無理をしているのではありませんか? 大丈夫ですか?」
 彼は先の依頼で大怪我をしていた筈。気遣うシルヴィアに七神蒼汰(ea7244)は無言で首を振る。
「気にしなくていい。俺は絶対にヘンルーダ殿を助ける。約束したんだ‥‥。フローと‥‥」
「思いつめるのは良くありませんよ。体調を整えるのも大事な仕事です」
 藤宮深雪(ea2065)が言わなければ、徹夜で働いていたかもしれない。
 彼の気持ちは冒険者全員、痛いほど良く解るし同じでもある。
 だからこそ、みんなで手分けして出来る限りの準備と用意を整えたのだ。
 エイムズベリーでの聞き込みによると、目的地の遺跡はここ十年以上、崩れ落ちた石に埋もれていたらしい。
「先の地震で塞いでいた岩が外れたようだな」
「地盤はしっかりしているが、入り口のある岩場は意外に脆い。注意した方がいいじゃろう」
 村の古老達がそんな話を聞かせてくれたとクァイは言う。
「森の奥。街道からかなり外れたところにその洞窟はあった。身の丈二倍以上の岩場に亀裂のような入り口が一つあるだけだ。他に入り口は無い様だな。近くにウルグたちの見張りがあるかもしれないのでそんなには近づけなかったが‥‥」
 調査の結果をレイ・ファラン(ea5225)は仲間達に知らせる。クオン・レイウイング(ea0714)と一緒に事前の調査をしてきた彼ら。できるなら中にも入ってみたかったのだが‥‥。
「長い間閉じられていたようで、あまり詳しい地形を知っている人はいませんでした。おそらくパーシ卿の地図にとそうは変わっていないだろう、とも」
 羊皮紙に描かれた図を指し示す。
 狭い入口、細長い通路。先に広間。
「この洞窟、守り易く攻め辛い場所だな。入口一箇所。そこを確実に奴らは狙ってくるだろう」
「洞窟の中では奴らも弓は使いにくいだろうが、思った以上に入口が狭いのは問題だ。一人ずつしか入れないぞ。広場に向けての入口も一つだし‥‥」
「入り口が無ければ作ればいいのではないでしょうか?」
「パーシ卿も尾行や追跡を危惧してだろう。なかなか出てきてくれないし‥‥ん?」
 肩を竦めかけた閃我絶狼(ea3991)は他の仲間と共に思いも寄らぬ提案に瞬きする。
 見ればワケギ・ハルハラ(ea9957)が示しされた図を見ながら何かを考えているようである。
「作れば‥‥って何かいい案があるのであるか?」
 マックス・アームストロング(ea6970)の問いにワケギは頷く。
「はい。敵も入口、出口が一箇所という事でそこさえ押えればと油断している筈です。ですから‥‥それを逆に取ってですね」
 図を見ながら説明するワケギのさりげない言葉
「入口、出口が一箇所で、そこさえ押えれば‥‥か」
 何を思ったか、噛み締めるようにキット・ファゼータ(ea2307)はそれを繰り返し、繰り返し呟く。
「ここで、僕らはこうして‥‥」
「ヘンルーダ殿はどうする? 人質に取られる可能性は少なくないぞ」
 話し合いは夜遅くまで続く。
 そしてそれぞれが、それぞれの果たすべき役割を互いに、己に再確認したのだった。

 翌日、朝から空は厚い雲に覆われていた。
 約束の時間より遥かに早く冒険者達はやってきて、周囲に注意を払いながら探索を開始する。
「スムーズすぎて気味が悪いですね」
 来た道を振り返りながら深雪が呟く。
「ああ。‥‥ここまでの道のりに何の罠も仕掛けられていなかった。ということは奴らは中で用意万全整えて待っているということか‥‥」
 クオンが洞窟を木々の陰から見つめる。
「そのようであるな」
 マックスは頷いて精神を集中させる。オーラの力で洞窟内の気配を感じているのだ。
「確かに中にヘンルーダ殿はいる。‥‥どうやら、昨晩からであるかな?」
 呪文を閉じてマックスは呟く。洞窟の中にヘンルーダの気配は確かにあると言う。
「弱っているとか、怪我をしている可能性はあるか?」
 蒼汰の問いにそこまでは、とマックスは首を振る。
「そうか‥‥でも、生きてるんだ‥‥」
 吐き出すように言う蒼汰。
 良かった、とはまだ言えない。
 盗賊団に年頃の少女が捕らえられていた場合、酷い目にあっている可能性も大きいからだ。
 身体と心、その両方に大きな傷を負っているだろう。けれど‥‥
「それでも‥‥生きているなら必ず立ち直れるわ。きっと」
「私達には責任があります。パーシ卿に依頼された事を成し遂げる責任が‥‥」
 クァイとリースフィアの言葉は今、心配する事はそれではないと告げる。
「そうだな。悩むのはまずは彼女を助けてからにする。今は、俺ができる全力で彼女を助け出す!」
 少女達に励まされ蒼汰も拳を強く握り締めて誓った。
「そう‥‥中の呼吸音は四つなのですね。一つはヘンルーダさんとして、どこかに伏兵の可能性があるということですか。指輪も今は反応が無いし‥‥あ!」
 風妖精の子の言葉に考えこんでいたシルヴィアの声が微かに上がる。
「パーシ様!」
 彼女の視線の先にどこから現れたのか。
 あれほど探し待っていたのに見つからなかったパーシ・ヴァルが歩いているのだ。
 彼は周囲の様子や、足跡の様子。それらを注意深く調べると中へと入っていく。
「のんびりしている時間はないようだな」
 彼の行動を確認しレイは振り返る。それ以上の言葉はいらない。冒険者達はもう準備ができている。
「これ以上あいつらの好き勝手にさせていられるか! この先にはあの野郎がいる。こんな所で立ち止まっていられるか! 突入の準備だ。皆!」
 クオンの合図に冒険者達は立ち上がって動き出す。
「キットさん」
「なんだ?」
 考え事を続けるキットをリースフィアが呼びかける。
「この槍を持って行ってパーシ卿に渡して頂けませんか? 貴方が一番相応しいように思いますから」
 馬に積んでいた聖者の槍をリースフィアが渡そうと差し出す。だがその手を払うと
「悪い。俺は中に入らない」
 キットは仲間達にきっぱりとした声でそう告げたのだ。
「キットさん?」「一体何を?」
 突入作戦開始間近、急な発言に冒険者達は驚きを通り越した顔でキットを見つめる。
 だが、彼はずっと考えていた、と仲間達を真っ直ぐ見つめ返した。
「十三年前と同じというのなら、確かに奴は中で待ち受けているかもしれない。でも、気になるんだ。マックス。中にウルグの気配はあったか?」
 問われマックスは首を横に振る。解らない。と。
「外にも、中にも気配はないである。ただヘンルーダ殿の居場所さえここからでは効果範囲ぎりぎりである故、洞窟の奥や周囲にいる可能性は‥‥」
「なら、俺は外を警戒する。さっき、シルヴィアも中の敵の数は少なそうだと言った。この洞窟は入口も出口も一箇所。万が一外から塞がれたり、火をかけられたりしたら大変な事になる」
「なるほど‥‥な。なら俺も残ろう。動物達はどちらにしても中に入れられない。一緒にこの近辺を確保しておくさ」
「でも‥‥、それでは‥‥いいえ。解りました」
 キットの決意の眼差しと助け舟を出した絶狼の言葉にリースフィアは差し出しかけた槍を自分の手元に引き戻す。
「私達の背後をお任せします。私達はただ前に向かっていきましょう」
「決まったのなら行くぞ。パーシ卿が乗り込んで随分経つ。急がないとヤバイことになってるかもしれん!」
「はい!」
 突入する冒険者達。見送る冒険者達。彼らはお互いを信頼しあうように頷きあうと、その背中を合わせたのだった。

「パーシ様!」
 突入した瞬間、シルヴィアが最初に見たのは広間の中央。
 手に、足に幾本もの矢が刺さりながらも部屋の中央で揺らぐ事無く立ち続けているパーシ・ヴァルの姿だった。
「止めて! もう止めて! お義父様!」
 泣き叫ぶヘンルーダ。だが非情な一矢がまた飛ぶ。
 洞窟の奥、一段高い場所から二人の盗賊は勝ち誇った顔でその光景を見つめていた。
「ん?」
 広間の入口の変化、そして見張りが崩れ落ちた音に気がついてウルグは持っていた弓を構えたまま、入口の方を見る。
「これは、お仲間のご登場か。あの時は一人だったのに今度は複数とは、あの時とは違うという事かな?」
 だが、まだ勝ち誇った顔は消えていない。
 マックスが唇を噛み締める。
 ウルグの横に立っている戦士。彼はその太い手でしっかりとヘンルーダを抱えているのだ。
 その喉元には付き立てられた刃。不審な動きの一瞬で彼女の命は消えるだろう。
「ヘンルーダさんを放して下さい!」
 シルヴィアは強い口調で声を放った。勿論、受け入れられるなどとは思っていない。
「そんな事を言って放す者がいると思うのか? 恨み重なるパーシ・ヴァル。奴を倒すこの絶好の機会を逃すと思っているのか?」
 これは時間稼ぎだ。室内をざっと見回す。中にいる敵の数は一人を既に倒したから残り二人。
 人質さえ確保できれば、相手が多少の腕利きだろうとこの人数なら圧倒できる。
「それよりも、お前達の方こそ武器を捨てろ。さもないとこいつの命は無いぞ!」
 パーシに向けられていた弓と言葉が冒険者の方を向く。
「あっ‥‥!」
 ヘンルーダの首筋に紅い筋が走る。
「仕方がありませんね」
 後方にいたリースフィアが手に持っていた槍を高く掲げる。
 そして投げ捨てると思わせた瞬間。
「今です!」
 彼女の高い声が響く。と場は冒険者と共に一気に動いた。
 まず、リースフィアとシルヴィアが同時にウルグ達に向かって突進する。
「何!」
 慌てるウルグ達。
 同時にその真横に近いところにぽっかりと魔法の穴が開き、中から冒険者達が飛び出してくる。
「許さん! ウルグ!!」
「蒼汰!」
「なんだと!」
 レイと蒼汰。二人の奇襲は間一髪でかわされる。
「ヘンルーダ! 必ず助けるっ! 信じろ!」
「くそっ! 人質がどうなってもいいというのか!」
 だが、その一瞬の隙を突いてマックスとクオンの背後に隠れてタイミングを計っていたクァイがフライングブルームで一気にヘンルーダ、正確にはヘンルーダを羽交い絞めにしている男に向かって突進したのだ。
「この!!」
 がむしゃらに刃を振り上げる男。だがその剣は
「うわあっ!」
 悲鳴と共に地面に落ちる。クオンのダーツの一刀が彼の手を射抜いたのだ。
 ほぼ体当たりに近い状況でクァイはヘンルーダと、男の間を取る事に成功する。
「今です! 早く」 
 洞窟から最後に現れたワケギは息を切らせながらも最後の魔力を振り絞って呪文を完成させる。
「少しだけ待っていて下さい! アイスコフィン!」
「あっ‥‥」
 伸ばした手もそのままに微かな音を立ててヘンルーダは凍結する。男が必死で拾い上げ突き立てた刃ももう刺さらなかった。
「させるか!!」
 レイが男の腹部を打って気絶させる。
「形勢逆転だな」
 言葉通り、形勢は完全に逆転していた。
 意識のある敵はもはやウルグ一人。
 持っていたであろうポーションを煽り、リースフィアの差し出した槍を握り締めたパーシは弓を取り落とし震えるウルグにその穂先を向ける。
「アルバの‥‥仇!」
 冒険者は思っていた。アイスコフィンでヘンルーダを凍らせておいて良かったと。
 パーシはこのままウルグを殺すだろう。もう既に解っていたとしても目の前で父親が殺される姿は見たくない筈だ。と。
 構えられた槍が唸りを上げ‥‥突き立てられた。
「うわああっ!」
 ざくっ!
 悲鳴と声が上がる。
 だが、その声は想像された断末魔ではなかった。
「パーシ様‥‥」
 シルヴィアは信じられないという表情で瞬きをする。
 槍はウルグの肩を突き刺したのみ。
 引き抜かれた聖者の槍はくるりと回転し穂先は上に上がった。
 トンという槍が地面を打つ。そして彼は親友の敵に背を向けた。
「冒険者。こいつを盗賊共と共に縛って連れてきてくれ。王都に連行し裁きを受けさせる。正式にな‥‥」
「それでいいのか? パーシ?」
 問い詰めるようなクオンの言葉にパーシは振り返らず、ただ
「いい‥‥。俺はこいつを自力で捕らえたわけではないし‥‥それに私怨でこいつを殺してもアルバは戻って来ない」
「了解したのである。おっと、鈴は返して貰うのである」
 マックスは冒険者達の手持ちのロープを借りて盗賊達を縛り上げる。
 もし、彼らが死にもの狂いで何かをしてきたら盾になるつもりだったがもう抵抗する気力さえ残ってはいないようだった。
「思ったよりもあっけないでござるな‥‥」
 ウルグから鈴を取り上げ、そんな事を微かに思いながら盗賊たちを立たせ引っ張っていく。
「とりあえず、怪我の治療をしてもらいましょう」
「それにヘンルーダさんの魔法を解除して貰わないといけませんね」
 冒険者達は通路の中頃で待機している筈の深雪の所に戻った。
 だが‥‥
「あれっ?」
「いない?」
「まさか!」
 逃げられないように盗賊たちを気絶させ、冒険者達は走り出す。
 そして、出た外で彼らは信じられない光景を目にするのであった。

○待ち伏せ、そして‥‥
 そこにあったのは激しい戦闘の跡だった。
 黒く焼け焦げた草や、木の跡。潰された落ち葉、あちこちに散った血が戦いの様子を物語っている。
 正確に言うならまだ戦闘は終わっていない。
 目の前には入口と深雪を守るようにして立つキットと絶狼の姿。
 周囲には傷つきながらも敵を睨みつける動物達。
 そして彼らが見つめる先にいるのは、地面に倒れ付す男と‥‥。
「‥‥ウルグ?」
 そう。
 さっきまで戦っていた筈の男、ウルグだったのだ。
「何故、お前がここにいる!」
「パーシ!」
 背後からの声にキットが一瞬、意識を敵から離す。
 その隙を狙ってウルグがダーツを投擲した。
「危ない!」
 深雪の言葉にキット、絶狼、パーシは即座に飛びのく。
 ダーツは力なく地面に刺さり、主を傷付けようとした者に空からの刃が頬に布を付きぬけ刺さる。
「無茶をするな! カムシン!」
 反撃が返る前に前に鷹は空へと逃げ去って、布が奪われ反面を赤黒い痣で焼かれた男の恨みがましい顔が顕になり残された。
「どういうことです?」
「さっきまで中でアイツと戦って来た所なのに‥‥」
 洞窟から次々と戻ってくる冒険者達も一様に信じられないという顔を見せる。
 今は説明している場合ではない。思いながらもキットは、彼らの突入後の事を思い出していた。

 冒険者達が中に入ってから暫くは、外は静寂そのものだった。
「さて‥‥外れなら外れで良いんだがねえ。でもいいのか。キット? 本当に?」
 問う絶狼にキットはああ、といつもと変わらない様子で頷く。
「いいんだ。別に俺はあいつと同じ事をしたいわけじゃないからな。お前こそいいのか? 随分と頭に来てた様だったのに」
 逆に問われて絶狼も苦笑の入り混じった顔で笑みという返事を浮かべる。
「ああ、確かにこのままじゃ済ませられないとは思った。俺達が間抜けだったわけだしな。ヘンルーダとベルとヴィアンカの心を踏みにじった奴には絶対に借りを返してやると思ってるよ」
「だったら中に行けばよかったのに。ここじゃ借りを返せるかどうか解らないぜ。まあ俺達が退屈をもて余して解決するならそれで結構だけどな?」
「本当にそう思っているか?」
 足元に駆け寄ってきた狼の頭を撫でながら絶狼は、仲間に問う。
「ああ、思ってた。でも、そうはいかないようだな‥‥」
 キットも空を見上げながら答える。二人は微かに笑みを浮かべ‥‥、そして‥‥
「いいか? 絶っ太。中に行って深雪を呼んでくるんだ。万が一何かあったら危ないからな」
「クゥ〜〜ン」
「行け!」
 走り出す狼と身構える冒険者達の前に、突然大きな火球が弾けた。
 とっさに左右にかわしてキットと絶狼は剣を構えた。
「やっぱり来たな! ウルグ!」
 視線の先には二人の男がいる。杖を構えた魔法使いと、そして‥‥もう一人。
「ほう‥‥。餌に誘われなかった鼠がいたか」
 顔を半面隠したまま、半面で笑う男。
「な〜に。同じ結末、同じ結果ってのも飽きるだろ?」
 キットは二カッと笑い、絶狼は
「ここから先への通行料は高えぞ、手前ら全員の命でも足りねえなあ!」
 雄たけびを上げる。
「通る必要はない。ただ、そこを閉じさせて貰えればいいだけの事だ。お前達を倒してな」
「「させるかあああ!」」 
 そして二対二の戦いが始まったのだ。
 二人の戦いは死闘に近いものだった。
 ウルグの戦闘レベルは冒険者を上回るものがあったし、彼を援護する炎魔法使いもまた高い能力を持っていた。足元から巻き上がる炎に、身体を焼く炎の弾に幾度苦しい思いをしたか解らない。
 二本のナイフをウルグは巧みに操って冒険者を翻弄させる。
 毒が塗られていれば一筋の傷でさえ死に直結するので、なかなかこちらからの攻勢に出られなかったのだ。
 それを助けてくれたのは、仲間達が残していったペット達だった。
 彼らが撹乱を手伝ってくれなければ、魔法使いを倒す事も難しかったろう。
 炎が再びキットの手を焼く。
「くそっ‥‥だけど、今だ!」
「解った! 逃がすんじゃないぞ!」
 呪文を詠唱する絶狼。その隙を勿論ウルグが狙ってくるが
「危ない!」
 絶狼を包み込んだ白い光が刃を弾いた。
 守られた詠唱は重力反転の魔法となって二人を空中へと舞い上げる。
 そして落下。苦痛に唸りを上げる魔法使いの腕を
「逃がさん!」
「ぐあああっ!」
 キットはその剣で打ち砕いた。意識も共に砕かれて魔法使いは地面に倒れる。
 よろめきながらウルグは立ち上がり膝を付く。
 キット、絶狼、深雪がウルグの必死の攻撃を避けて対峙しなおしたのが仲間達が戻る直前の事だったのだ。

「そっちは終わったのか‥‥。だが、何をそんなに驚いていやがる?」
 肩で息をしながら絶狼は仲間達に問う。疲労は前面に出ているが少し余裕が出た。
 仲間達が一人残らず戻ってきたという事は冒険者達の勝利であると同時に、彼らの勝利でもある。
 もう敵は目の前のウルグ一人。
 例え逃亡しようとしても、攻撃をして来ようとしてもと逃がす事はない。
「‥‥何をって、中で我輩たちはウルグと戦っていたのある。ホンの今まで」
「あそこにいるのが、本当のウルグであるとしたらあれは‥‥」
 その時
「そんな!」「まさか!」「しまった!」
 三つの声が同時に悲鳴にも似た声を上げた。
 一つ目はシルヴィアの声。戦いの最中は見る余裕も無かった石の中の蝶。その羽が今、これ以上無いというほどに激しく揺れている。
 二つ目の声はリースフィア。背筋に感じる寒気と気配。忘れられる筈がない。
 そして三つ目。パーシが見上げた空の上。
 そこには木々の上、高みの空の上から冒険者を見下ろす金の悪魔の姿があった。
「アリオーシュ‥‥」
『久しいな。冒険者達よ。今回もよい座興を見せて貰った』
「座興‥‥だと?」
 手を握り締めるパーシ。気付けばウルグさえも驚きの表情を浮かべている。
「お前は‥‥。ルッチじゃ無かったのか? ミミクリーを覚えたから‥‥俺に化けて中で囮をする。挟み撃ちにして冒険者を倒してやろうと言ったのは‥‥」
『嘘ではない。円卓の騎士が無抵抗で血を流す姿はなかなかに面白かった。必死になって向かってくる冒険者の顔もな‥‥。あれを見る為なら人間に化けて潜入するくらいそう大した手間でもないわ』
 冒険者は言葉も無い。
『それに興味もあった。この遺跡にも。まさか‥‥このようなものがここに残っているとは思わなかったが、人の執着というものもなかなかに面白いな』
 デビル・アリオーシュ。
 時折、脳裏を過ぎる事があった。出現の予感も感じていたウィルトシャー最大の悪魔。だがまさか、こいつがこんな最悪の形でここに現れようとは‥‥ヘンルーダの救出に頭がいっぱいだった冒険者は実に誰も予想だにしなかった。
『だが、一番面白かったのは最後の最後で非情になれず、仇に止めを刺すことができなかった愚かな騎士だ。まあ、あの時もし本気で殺しに来ていたら唯で済ますつもりはなかったがな‥‥』
「くそっ‥‥」
 悠々とアリオーシュはウルグの前に舞い降りると膝を付く、彼の前に立った。
『座興の礼にお前にチャンスをやろう。お前が我に魂を売り部下になると言うのならこの場から助けてやる』
「ふざけるな!!」
 クオンの矢が引き絞られ、放たれた。だがその矢は
 パチン。弾かれた指と一瞬の詠唱で生まれた黒い炎に阻まれる。
『どうする? 返事を待つのは一度きりだ』
 悪魔の誘いに
「待つ必要は無い。乗る! 魂でも何でもやろう! アイツへの恨みを晴らす為になら」
 言葉通り、なんの躊躇いも無くウルグは答えた。
 満足そうにアリオーシュは笑い口笛を吹く。
 そこに木々の間からコウモリの翼を持つ黒豹が舞い降りた。
 状況が解らず目を丸くするウルグにアリオーシュは最初の命令をする。
『ここは引け。機会はまたいくらでも作ってやる』
「解った。だが‥‥見ていろ。パーシ。冒険者。次に会う時にはこの傷の借り、恨み、必ず果たしてやる!」
「逃げるか!」
 突然の事態に冒険者が固まったのはホンの僅かの間であって、ウルグの逃亡の頃には彼らの多くが自分を取り戻していた。ある者は魔法を放とうとし、ある者は剣で槍でアリオーシュに肉薄しようとする。
 このまま逃がしはしない。全員の思いはだが、
『動くな』
 一言の言霊に阻まれた。
 この場にいたのは全員が歴戦の冒険者。勿論、その命令に長く縛られる者などいない。
 それぞれが、それぞれの意思で呪縛を打ち砕く。
 だか、その刹那にも近い間にグリマルキンはウルグを乗せて空に飛び去り、悪魔は姿を虚空に消した。
『白い魂は諦めるが、黒い魂は手に入れた。またいずれ会うとしよう。冒険者。そして愚かな騎士よ』
 残された高笑いは残響か、それとも幻聴か。
「くそっ!! 俺はまた‥‥」
 地面を悔しげに叩くパーシ・ヴァル。
 思いは冒険者とて同じではあったが、彼の悔しさに、思いに、後悔に言葉をかけられるものは誰もいなかった。

○残された者達の後悔
 冒険者達は勝利した。
 盗賊達は完全に壊滅し、ヘンルーダも無事に救い出した。
 キャメロットに残されていた少女達にも傷一つつける事無く、守りきることができた。
 どうやらアリオーシュは『白い魂』も狙っていたようだったので予想外の相手であったとしてもセレナや護衛の冒険者達が残ったのは間違いなく有効だったと今は思える。
 だがそれでも残された者達は、パーシの館のそれぞれの場所でいくつもの後悔を抱えていた。
「礼を言う。冒険者」
 キャメロットに戻ったパーシは、冒険者達に今回の依頼で使用、消費したポーションや道具を補償し、報酬を渡してそう言った。
「ですが、ウルグを逃がしてしまいました‥‥」
 俯き項垂れるシルヴィアにパーシは首を横に振った。
 勝手な行動を怒られるかと覚悟していたワケギにもパーシは優しく笑いかける。
「判断は何も間違ってはいない。お前達のおかげで今、俺はここにいる。こうして生きている。あの時と違い、誰も何も喪われてはいないのだからな‥‥」
「でも‥‥」
(「貴方の心は傷ついている」)
 シルヴィアはそう思った言葉を口に出す事はできなかった。
 パーシだけではない。みんな傷だらけだ。心も身体も‥‥。
 そして誰よりも傷ついている者が、今、隣の部屋にいる。
 様子と結果を知るまで冒険者達もまだその場を離れられなかったのだ。
 カチャ‥‥。
 小さな音がして扉が開いた。
 入ってくる深雪に
「どうだった!」
 誰より早く蒼汰が駆け寄った。期待の篭った眼差しに首はただ横に振られる。
「回復の力がうまく働きません。身体が弱っているし‥‥それに生き物の寿命だけは聖なる母にもどうしようもできない領域です」
「そうか‥‥」
 がっくりと落とす蒼汰の肩を深雪はそっと叩いた。
 思えば遺跡で正気を取り戻したヘンルーダ。彼女の心は崩壊寸前だった。
「全て、私のせいなの? 私のせいで兄様が‥‥。お義父様も‥‥あんな‥‥私は‥‥私のせいで!!」
 服の腰にナイフを探す手を
「ダメです!」
 クァイは止めた。だがそれでも彼女の心の暴走は止まる事を知らず、振られた首。そして口が声を伴わぬまま開けられて‥‥
「止めて下さい!」
 閉じられた。リースフィアの手が紫に染まる。その感覚にやっとヘンルーダは心を目覚めさせたのだ。
「あっ、私‥‥」
「憎んでも良いですよ。貴女を危険に晒す判断をしたのは私ですから。でも死なせません。死んだら全て終わりになってしまいます」
「救うべき、護るべきと判断したから全てを賭けて皆行動したのよ。それを全部無駄にする気? 辛い思いをさせてしまった貴方への謝罪の機会を奪う気? 貴方の生きる価値なんて貴方が決めるんじゃない!私達が決めるのよ!」
 少女達の励ましは、だが打ちひしがれる彼女にはあまりにも重くて、ヘンルーダの顔はまだ上がらない。
 それを上げさせたのは蒼汰の包み込むような優しさだった。
「俺じゃダメか? 俺ではお前の心の支えになれないのか? ‥‥ほら、帰ろう? フローが、待ってるから‥‥」
「‥‥うん‥‥」
 少し顔を上げたヘンルーダは、頷いて歩き出しなんとか昨日、キャメロットに戻ってくることができたのだ。
 だが、戻ってきた冒険者達を待っていたのは出発後、急に様子が急変し弱りきったフローの姿。
 後ろ足は立たず、ここ数日は動く事さえできないという。セレナや少女達が懸命に看病しなんとか命を繋いでいたが、誰の目にもフローの命が尽きかけているのは明らかだった。
「アイツを‥‥頼む」
 フローを抱きしめ冒険者に告げると、呼び出しを受けパーシは城へ戻っていった。
 彼の思いは解る。
 だが蒼汰は解っていた。ボロボロのヘンルーダを真に立ち上がらせたのは自分ではなくフローなのだと。
 彼女にとって唯一残された大切な存在。
 それを喪ってしまったら彼女はどうなってしまうのだろう、と。
「みんな! 早く来て!」
 ヴィアンカが部屋に駆け込んでくる。
 全員が部屋を飛び出し目的地へと向かって走る。
 暖められた部屋の中央で、フローは全身の力を振り絞って頭をもたげていた。
「フロー! やだ‥‥死なないで! 私を一人にしないで。お願い!」
 必死で呼ぶヘンルーダにフローは、微笑むようにそっと鼻を彼女の頬に寄せた。
 そして‥‥
 ペロン。
 頬を舐める。それがフローが最後の力だと見ている誰もが解った。
 微かな音と共に落ちる頭。
 深雪が首を横に振る。
「フロー! フロー!」
 泣き叫ぶヘンルーダの声。

 悲しい呼び声は冒険者の心からもいつまでも消える事は無かった。