●リプレイ本文
○猫目色の石
依頼に集まった冒険者達は一つの石を見つめていた。
その石は本当に不思議な色合いをしていて、正面から見ていると確かに光彩のような白い筋が見える。
なのに筋は傾けるとするりと逃げてしまうのだ。
「こいつは本当に猫の目のようだな‥‥。珍しい石だ」
リ・ル(ea3888)の手のひらの指輪を覗き込んでいたマナウス・ドラッケン(ea0021)は呟いた。
他意の無い、見たままの感想にリルは指輪を抱きしめると無言で指先に摘む。
(「この指輪、猫からの礼かと思ったが‥‥」)
「それが、この間の依頼でリルさんがあのボスさんから頂いた指輪ですね。‥‥本当に彼の瞳を宝石にしたよう」
静かにカノン・レイウイング(ea6284)はリルに笑いかけるが返事は無い。
茶色とオレンジ色と、白が混ざり合ったような不思議なグレーの石が答えるように光るのみ。
「いいな〜、いいなあ〜。お友達のしるしだね♪」
ティズ・ティン(ea7694)は羨ましそうに指輪を見つめる。
「そうだと‥‥いいんだけどな」
「えっ?」
だがリルの言葉は石のような重さで吐き出され沈んでいく。
その意味も解らぬまま瞬きするエルティア・ファーワールド(ec3256)や仲間達にそれ以上の解説はせずリルは指輪を胸ポケットにしまった。
「なるほどぉ〜。こういう指輪を猫さんは首に付けていたのかも知れませんねぇ〜」
感心したようにエリンティア・フューゲル(ea3868)は何度も頷く。リルの複雑な思いを知ってか知らずか‥‥だ。
ここに集まった理由が指輪を付けていた猫探し、であるから仕方ないのだが‥‥。
「まあ、何にせよ捜査の基本は足と相談だ。情報が足りない今はなおさらだ。手分けして調査を開始しよう」
マナウスの声に頷きながら、ティズは伸びをしながら考えるように呟く。
「猫探しかぁ。でも、三人から同じ依頼があるんなんてとっても怪しいよね何か‥‥あるのかな?」
「多分、あるんだろうな。だが‥‥みんな‥‥本当にそれでいいのか?」
リルはもう一度だけ問うた。
集まった冒険者、その全員の首が前へと動く。
相談時に出した彼の提案を冒険者が受け入れるか否かのそれは最後の問いであり、確認だった。
「勿論でござる! 今回の捜索対象があの猫であったとしても、そうでないとしても目的のはっきりとしない依頼人に可愛い猫を渡すわけにはいかぬでござる!」
「なかなかいい事をおっしゃいますね。幻蔵殿。流石は派手でも一流の忍びですね」
くすと笑った黒宍蝶鹿(eb7784)の微妙な褒め言葉に
「蝶鹿殿〜。それは褒めているのでござるか? それとも貶しているのでござるか?」
苦笑を浮かる葉霧幻蔵(ea5683)の横でジョン・トールボット(ec3466)も腕を組み頷く。
「ティズ殿の言うとおり、どうもこの依頼は胡散臭い感じがする。本当に只”ネコ”を探すだけでいいのなら楽なのだが‥‥」
「多分そうはいかないですよねぇ〜」
エリンティアはいつものぼんやりとした仕草で、だがはっきりと言った。
「何やら色々とありそうですぅ〜、だからそれをはっきりとさせる迄は猫を渡すのは止めた方が良いと僕も思うですぅ〜。今回は報酬は諦めるくらいのつもりでぇ〜誰に猫を渡すべきかぁ〜決める為の情報収集に徹したほうがいいですぅ〜」
そうだな。リルは頷き仲間達に真っ直ぐ向き合う。
「該当する猫の捜索に全力を尽くし、可能ならば捕まえて依頼人に見てもらう。但し、誰に渡すかは見つけてから。そして‥‥あるのなら裏の事情を確かめてからだな。対象猫が誰であれできるかぎり無理強いはしたくない‥‥」
全員が納得した共通テーマと思いは決まった。
「りょーかい! じゃあ私達は依頼人の一人と待ち合わせしてるから行って来るね」
「いろいろ聞き出してみます!」
ティズとエルティアがペアを組み
「私とエリンティア様はシュザンヌ様の身辺を調査させて貰います。腕が錆付いていないと良いのですが‥‥」
「大丈夫ですぅ〜。がんばりましょうねぇ〜」
蝶鹿とエリンティアは二人で行動する。
「では、私はバルドロイの身辺調査を行おう。捜索はとりあえず皆にお任せする」
「拙者も一人で動くが、ご心配無くなのである!」
「二年前‥‥ねぇ〜。ま、行くとしますか」
一人、また一人と動き出す仲間達を見つめ、リルもまた‥‥
「逃げてはいられないな。よしっ! やるか!」
頬を強く叩いて気合を入れると
「カノン。よろしく頼むな」
「こちらこそ」
決意を固めて動き出したのだった
○三人の依頼人
キャメロットの比較的街中で彼女の家は見つけることができた。
「お待たせしてごめんなさい。いろいろと忙しくて‥‥」
冒険者達が面会を申し込んでから十数分後。
やってきた一人目の依頼人シュザンヌはそういうと冒険者に椅子を勧め、自らも座った。
イギリスで長く商いをやっている織物商の後添い。
それが彼女である。
夫であるところの商人とは一回り以上歳が離れていて、結婚の際には財産目当てとさんざん言われたと周囲の者達は冒険者に教えてくれた。
そして‥‥見たところ、その影口は的外れというわけではないのだろうと思う。
豪華な衣服、美しい装飾品と化粧品で彼女は魅惑的な身体をさらに美しく飾っていた。
冒険者にはあまり美しいとは思えなかったが‥‥。
「突然お邪魔して、申し訳ないですぅ〜」
「いいのよ。そんな事。それで、ミカエリスは見つかったの?」
身体を乗り出して問うシュザンヌ。だが、シュザンヌの顔が目の前10cmにあったとしてもその豊満な胸が眼前で揺れたとしてもエリンティアの様子は変わらない。
「まだですぅ〜。それで調査をより正確にするためにご質問というかぁ〜、聞き取り調査にご協力頂きたいんですがぁ〜」
横で様子を見ていた蝶鹿は瞬きする。
「解りましたわ。ミカエリスを見つける為ですものね‥‥」
頷いてエリンティアの質問に答えるシュザンヌ。
「ミカエリスは二年前私の父の家から行方不明になりましたの。ミカエリス、というのは元々は私の夫の名前なのですわ。数年前息子を病で亡くしたお父様は生まれたばかりの猫を引き取り、息子と同じ名前を付けて育てたのです。そして‥‥」
調査にも協力的で、嘘をついている様子は見られない。
「最初の主人の死後、私は暫くはお義父様、お義母様と一緒に暮らしておりましたの。その頃、ミカエリスとは良く遊びましたわ。でもお義父様の死と同時にミカエリスは姿を消しました。怪我をしていたらしい、ということだったので私も探したかったのですがそれを期に家を出てしまったので手がかりが無く‥‥」
けれど蝶鹿は気が付いた。さっきシュザンヌの顔にあるものが浮かんだ事を‥‥。
そして笑顔の下にそれを巧みに隠した事を。
それは、怒りを孕んだ苛立ち‥‥。
「私、ミカエリスが本当に心配なのです。生きているのならどうか‥‥一刻も早く見つけて連れてきて下さいな」
シュザンヌはにこやかに冒険者を見送る。
‥‥だが、もう蝶鹿には彼女を信用する事ができなかった。
貴族の館をスムーズに訪れるには依頼を受けた冒険者とはいえ多少の身分が必要である。
それは名声であったり、身分を証明する何かであったり。
幸いジョンにはイギリスの騎士たる身分があった。
だから、彼らは比較的楽に面会が叶ったのである。
「せせらぎの音が聞こえるこの館はワシのお気に入りなんじゃ。無論、我が友もそうであった」
バルドロイは窓を開け、緑の木々の間から覗くテムズの流れにエールの杯を掲げて告げる。
自慢げに話す彼の話をジョンは、真剣にだが複雑な思いで聞いていた。
彼、バルドロイは男爵位という末端位であるとはいえ貴族の称号を持っている。
だが領地そのものは既に無く、貧乏貴族と言う言葉が相応しい存在だった。
この館も、上質で美しい館であるのにどこか閑散としてあちらこちらに誇りが積もっている。
使用人も殆どいないように見えた。
「ミカエリスという猫の飼い主も、この近辺に住んでおられたのか?」
ジョンの問いにああ、と頷いてバルドロイは顎で窓の外をしゃくる。
川向こうの森の中。白い館が見える。
「あれが、我が友ビンシャーがミカエリスと住んでいた家だ。今は、奥方が使用人と一緒に住んでいる筈だ」
「ミカエリス‥‥と? 奥方とは当時一緒に住んではおられなかったのか?」
「‥‥奥方とは当時別居されていたからな。だから、ビンシャーはミカエリスの死後、奴をワシにと託したのだ。故にワシはなんとしてもミカエリスを探さねばならん!」
とりあえず、何かを隠している様子もみられないのでジョンは他にいくつかの質問をする。
「貴公はミカエリスとは仲が良かったのだろうか?」
「ビンシャーがいる時はいつも膝の上にいたからな。偶に抱かせてもらったりしたわい」
「ミカエリスと最後に出会ったのは?」
「ビンシャーの死んだ夜じゃな‥‥。外を走っていくのを見た」
「背中に傷があるようだ、と言ってきたのは卿だということだが、それは?」
「抱かせてもらった時に、一度‥‥な。なにか深い傷だったようなので心配だったのだが‥‥」
「ビンシャー殿の死は、病死ではないのか?」
「いや? 病死だ。元々胸に病を持っておったのでな。その発作が起きたのだろうと、医者は言っておった」
そろそろいいか、とジョンは仲間と共に礼を言って頭を下げ立ち上がった。
「ああ、一つ伺いたいのだが‥‥」
「なんだ?」
明らかに警戒した顔で問うバルドロイに一度だけ振り返って問う。
「貴殿、ミカエリスを見つけたら本当に飼うおつもりなのか? 見たところ、生活はあまり楽とは言えない様だが‥‥」
たった一言、一瞬でバルドロイの怒りは沸点に達した。
顔を朱に染め彼は声を荒げて言う。
「なにを! それは‥‥ワシが飼うに決まっている! 友からの頼みなんだからな! 当然の権利だ!」
怒らせるのが半ば目的だったジョンは男の様子をよく見てから深く頭を下げた。
「失礼を言ってすまなかった。猫は全力で探すとお約束しよう」
謝罪をし、家から出る。
「‥‥人は怒る時こそ真実を見せる。あの様子‥‥ただ、友人の遺言だからというものではないな‥‥」
振り返り見る家は改めてみると、猫も近寄らない寂れた漂いの様にジョンには感じられてならなかった。
「へ〜、君のご主人様ってミカエリスの本当の飼い主だったんだ〜」
「本当の?」
怪訝そうな表情を浮かべティズを見つめる青年に慌ててティズは口元を押さえて首を横に振った。
「! ううん、何でもない。何でもないよ。で、君が仕えているのっていうのはミカエリスの飼い主さん」
ええ、と青年コリンは頷いて言った。とりあえずツッコミがそこで止まったことでティズはホッと息を吐く。
ティズとエルティアは三人目の依頼人コリンと行動を共にしていた。
猫の捜索に彼自身も加わりたいと言ったからだ。情報収集という思いは気づかれないように三人はコリンからさらに情報を聞き出そうと話を聞く。
「正確にはご主人だった人物の奥様、と言ったほうがいいかもしれません。今はお亡くなりになられているのですが‥‥」
宝石の取引で財を成した裕福な商人だったが、病で跡取り息子を亡くしてからは、ぐっと老け込んでしまい猫だけが唯一心を許せる友だったとコリンは話してくれた。
「裕福な商人‥‥だったんだよね。失礼かもしれないけど‥‥聞いていい?」
ティズの問いにコリンが浮かべたのは苦笑に近いものだったろう。
「何か‥‥あったの?」
「言いたいことは解りますよ。あの屋敷の様子‥‥ですね?」
二人は顔を見合わせ頷く。
コリンに会いに行った時見たが、随分酷い様子だった。
あちこちが壊れ、庭も屋敷内もかなり荒れていた。
元が良いものであるのが解るだけに余計に気の毒に感じる。
「旦那様が亡くなってからあちらこちらに借金がおありになったのが解りまして。少なく無かった筈の資産もどこに行って何に使ったのかさっぱり。結局使用人に暇を出し、調度等を売り払ってなんとか家屋敷を残すのが精一杯だったのですよ」
コリン自身も給料は貰っておらず、一人になった婦人を見るに忍びなく仕えているという。
「旦那様が亡くなった直後、ミカエリスが家出したかのように姿を消してしまったんです‥‥。自分を信じてもらえなかったと奥様のお嘆きはそれはもう‥‥。しかも、だから」
なんとしてもミカエリスを探し出したい。とコリンは言う。
エルティアの調査と合わせても食い違いはなく、ある意味一番納得できる理由である。と思えた。‥‥今のところは‥‥だが。
「そういえば、奥様は? ご挨拶したかったんだけど」
ティズの問いにコリンはまた表情を濁す。
「実は、奥様もまたミカエリスを探しておいでなのです。ミカエリスの失踪直後、それらしい猫が背中から血を流して走っていった、とか川に浮かんでいたとかいう噂が聞かれました。そうでなくとも二年です。もう死んでいてもおかしくはないのですが、奥様はミカエリスは生きている。昔から外歩きは大好きだったのだから死んでいる筈は無いとおっしゃって自力で探そうとしているようなのです」
「ここ二年の間、ずっと?」
「はい。下町の人とか、子供たちとかいろいろな方に手を尽くして捜して‥‥。そして最近、それらしい猫が下町のほうにいるらしいという情報が聞けたので本格的に探してみよう。ということに‥‥。どうかしたのですか?」
黙りこくってしまった二人にコリンは顔を覗き込むようにして問う。
「あー、別に気にしないで。ただ、機会があれば奥様にも会いたいなやっぱり、一番よく知っている人に聞くのがいいからね」
「そうね。できればだけど‥‥。お願いできるかしら?」
首を振り、逆に問う二人にできれば、とコリンは頷いた。
今、コリンは屋敷に住み込みで婦人の身の回りのことを一人でしているのだ、と言うが
(「ウソだね‥‥」)
ティズは強いまなざしで彼の背中に視線を送る。
(「彼は使用人とかじゃない。‥‥そりゃあ、少しはしているかもしれないけど、少なくともそれは主人に仕える、とかそういうレベルのものじゃ、ない」)
彼女とて使用人として屋敷に仕えたこともあるし、そういう人物も少なからず見てきた。
その目が言うのだ。目の前の人物、その内に油断できない何かがある。
使用人として、人の役に立つ事を喜ぶ性質の人間では彼は決してない。と。
「じゃあ、探そうか。猫好きの人がいるんで、そういう猫がいなかったか聞こうと思うんだ」
だが思いは胸の内に隠してティズはコリンとエルティアを促す。
話からそっと外れた路地の向こうの仲間に背と手を向けて‥‥。
三人の依頼人の話を聞いてマナウスは唸りながら手を組む。
正直な話、どの人物のどの話も信じられるところと、信じられないところがあるような気がしてならないのだ。
「なんだか、いやな予感もするしな‥‥。とりあえずは探し出してみないと話は進まないんだろうが‥‥」
今一気も進まないが。
「しゃーない。これも仕事だ。しっかりやるとしますかね。バルドロイの家が町外れの川の上流。その川を挟んで反対側がミカエリスの飼い主の家‥‥シュザンヌの家はエチゴヤ近辺だからけっこう離れてる」
ふむふむと羊皮紙に書き込んだ簡単な位置関係を頭に入れる。後で仲間にも見せるつもりだ。
「で、例の猫らしい噂が聞かれるのは、冒険者街を中心とした下町一体。と、言っても広いしなあ〜。おい、お前らもお仲間が居るようなら教えてくれよー?」
絡みつく小猫たちに半ば愚痴るような思いで告げるとマナウスは大きく溜息を吐き出す。
ちなみに猫たちは馬耳東風ならぬ猫耳東風。足元で絡み付いて遊んでいた。
「とりあえずは目撃情報のあったところで聞き込み、聞き込み‥‥。向こうの路地にはリルたちが言ってる筈っと、じゃあ俺は向こうに行ってみるか」
歩き出すマナウスの振動を感じたのだろうか。
ぴた、と小猫達の動きが止まった。
おいていかれる!
顔を見合わせるように視線を合わせた小猫たちはコロコロと、まるで転がる毛糸玉のように主の後を追いかけて行ったのだった。
○猫の集会場にて
夜の路地裏。集まった猫達の真ん中で
「なあ、お前、ミカエリス?」
出会った猫にリルは単刀直入に問いかけた。
屋根の上から自分を見つめる猫を真っ直ぐに見つめる。捻りも隠し事も何一つ無く問う。
カノンがテレパシーで通訳をしてくれている筈だが、それが無くてもこの猫は多分解っているだろうという確信がある。
そして‥‥
『‥‥お前もか?』
長い沈黙の末の答え。
リルはそれに『彼』の悲しみを見たような、感じたような気がしてならなかった
今回リルは猫を探す、という行為の難しさを今更ながらに実感していた。
「なんだか、凄くアイツっぽいんだ‥‥だから‥‥」
「解っています。まず彼を探してみましょう。『彼』がそうだとしても、違っていたとしても何か手がかりはある筈ですから」
リルはカノンと一緒に、まず探す猫の対象を一人、基、一匹に絞って探してみることにした。
それはキャメロットの市街地で野良猫を束ねるボス猫の一匹。
二人は何度か猫の関連依頼で出会ったことがある。
『彼』の特徴は今回依頼人達が探す相手ととてもよく似ていたので気になっていたのだ。
しかも指輪を持っている猫。リルは服の隠しに入れておいた冷たい感触を確かめる。
貰った時は嬉しかったが、何故猫がこんなものを持っているか考えると、思考は果てしなく後ろを向く。
でも、いつまでも悩んではいられない。
とにかく一度ちゃんと会って話をしてみたいと思ったのだ。
けれど、今まで『彼』の方から出てきてくれていたので、いざこちらから探そうと思うとどうしたらいいのか解らない。
住処もどのあたりを縄張りにしているかも判らない。
だから、もう、ありとあらゆる手段をとってみる事にした。
第一に人間相手に聞き込みをし、居場所をおおよそ絞り込む。
これは、マナウス達の聞き込みのかいもあり、冒険者ギルドや下町の方面と解った。
その近辺での目撃証言が多く、逆に川向こうでの目撃証言は少ないから間違いはないだろう。
まず『彼』の息子猫がよく遊びに来る家に行ってみた。
その家の少女は息子猫に会いたい、と頼むと
「タビーちゃん? わかった! 来たらおしえてあげる」
と約束してくれた。
娘猫かもしれない子にも会いに行ってみた。
『どうしても、一度お会いしたいのです。猫の集会場でお待ちしています。と伝えて頂けませんか?』
カノンの呼びかけに『彼女』ははっきりと頷いてくれた訳でもないが、少なくともこれで彼に伝言が伝わる可能性はできた。
それに加えて、以前『彼』に助けてもらった飼い猫のところにも頼みに行った。
『ボス〜? いつもあっちこっち行ってるから会えるかどうかわかんないよ〜』
最近は散歩にも出かけるようになったという元箱入り猫は、それでも良ければと約束してくれた。
冒険者への恩を忘れてはいなかったようだ。
「う〜ん、野良猫のボスですか? 偶に見かけることもあるのですが、いざ探すとなると‥‥。難しいですなあ〜。無理におびき寄せて嫌われては意味も無いですしのお〜」
ジャパンから品を輸入している猫好き商人はマタタビを包みながら、それでも見かけたら連絡すると行ってくれる。
「ああ、無理強いはしたくないんだ。探す相手があいつであったとしても、そうでは無かったとしても事情を聞かずに人間の都合を押し付ける事はしたくないんだ」
「耳が痛いですなあ。でも、その通りだと思いますじゃ」
かつて、猫を大量に無理やり集めて猫ハーレムを作ろうとしていた男は後悔をしているからこそ頷くことができる。
愛らしい猫。できるならこの自由な魂を無理な束縛で傷付けたりしたくはないのだ。
「おじちゃ〜ん!」
店先で話す二人の側に少女が手を振りながら走ってきた。
「タビーつれてきた〜〜!」
胸にはしっかりと冒険者が探す猫を抱きしめて。
ちょっと強引に抱き止められて困った顔の猫を、少女に感謝を言って地面に下ろすとリルは告げた。
「カノン。頼む」
念のためカノンに通訳を頼んでリルは猫に話す。いや、お願いをする。
この子はボス猫の子供、彼の側に確実に繋がっているのだ。だから直球で頼む。
ある猫を探しているのだと。依頼の中身を隠す事無く。
「依頼猫がボスかもしれないし、そうでなくとも依頼猫をアイツなら知っていると思う。会ってほしいと伝えてくれないか?」
『む〜、来るかどうか、わかんないぜ?』
「それでもいい。夜に以前お前さん達が集まっていた猫の集会場で待ってるから」
『集会場所もひとつじゃないからな。あそこじゃないところに行く事もある』
「解ってる。来ないってことは拒絶と思う。でも、アイツはきっと来てくれると信じてるよ」
絶対の信頼を笑みとして浮かべるリルに、猫は
『わかった。一応言っといてやるぜ』
人だったら頷きの仕草をして去っていく。
「もし、来なかったらどうするつもりです?」
帰り道、確認するように問うカノンにリルは
「来るまで待つさ。当たり前だろ?」
本当に当たり前のように笑う。
通りすがり、見かけた猫全てに声をかけていくリルを見つめながら後を追いながら、カノンは全力の手伝いを心に決めていた。
そして夜。冒険者達の前に『彼』は現れた。
仲間の冒険者達の猫探しやおびき出しの結果もあるのだろうが、『彼』を案じるように周囲には子供達だけではなく他の猫達の気配も感じられる。
その中で聞こえてきた猫の鳴き声に
「違う!」
通訳の答えを待たずリルははっきりとそう答えた。
そして依頼の話をする。冒険者がここにやってきた事情の全てを語ることにしたのだ。
「正直、お前が人間にいい感情を持ってないのは知ってる。でも俺は無理強いするつもりは一切無い。できればギルドに来て欲しいと思ってるけど、それも強制はしない。お前自身に決めて欲しいんだ」
彼の一言で、リルにはなんとなく察しが付いた。
目の前の猫が求める猫であると。
『彼』はかつて、あの人間たちとの間で何かを経験し、その過程で人間に不信感を抱いたのでは無いかと。
『お前もか?』
あの思いの意味はすなわち、お前も自分の勝手で動く人間なのか。ということ。
だから彼は否定した。絶対にそんなことはしない。と。
信じてくれただろうか? そんな沈黙の時間がかなり過ぎてから思い始めたリルの前に
スタッ!
屋根から体重も無く静かに猫が舞い降りた。
リルの眼前約1m。
「信じてくれたの‥‥あり?」
喜びに伸ばしかけた手が空を切る。
『俺は、行かないし、戻らない。あんなところはもうイヤだ』
ボスはそう言葉を残して去っていく。
「追いかけなくていいのかしら。事情も聞けなかったし。歌を歌っている暇も無かったわ‥‥」
「今日のところは仕方ないだろ」
やれやれ、とリルは肩を竦めた。追うつもりはハナから無い。
「それに収穫はちゃんとあった。いろいろ皆と調べなおしだ。話を聞くのはそれからで多分いい」
遠ざかっていく猫の背中を見つめながら、リルは小さく苦笑した。
今回は依頼を叶えられないかもしれないが、少なくとも本当の失敗では無いと思いながら。
○指輪をした未亡人
トン。
「あら!」
近くの婦人達と話をしていた女性の一人が、背中にぶつかった衝撃に振り返った。
衝撃と言っても軽く背中と肩がぶつかる程度。振り返った先に女性がいるから、おそらく彼女にぶつかったのだろう。
「あ・申し訳ありません‥‥。大丈夫ですか?」
だが、相手の方は随分と恐縮してぶつかった相手に何度も何度も謝っている。
「あら、いいんですのよ。お気になさらないで下さいでござ‥‥じゃなくて下さいな」
ホホホ。笑う婦人にもう一度謝罪するように頭を下げて、彼女は去っていった。
「真面目な方ですのね。あの方はどなたでしょうか? 私、この街に来たばかりでどうも不慣れで‥‥」
ぶつかられた方の女性が、周囲の婦人達にそう聞いた。
「彼女は、ビンシャー様の未亡人ですわね」
「ええ、そう。ビンシャー様が生きておられた頃、よくお店でお顔を拝見しましたわ」
「ビンシャー?」
女性に人気だった装飾品を扱う店の主人だった、と婦人達は教えてくれた。
「最近、あんなセンスのあるお店は少なくなって残念よね。私達にも頑張れば買える位の値段だったのに」
「あの方、お店も継がないで猫探しに夢中になっているって噂は本当だったのね?」
「あら? 私は若い男に入れをあげて、ご主人に愛想を付かされたって聞いたわよ」
「どちらにしても、お子さんもいらっしゃらなかったし旦那様の残した財産で今頃悠々自適でしょうね?」
「でも、それにしてはあの外見は‥‥」
女性達の噂話は尽きず、容赦ない。それをにこやかに頷きながら聞いていた女性は表面で相槌を打ちながら
「これは‥‥調べてみる価値があるかもしれないでござるな‥‥」
「あら? 何か?」
「い! いいえ、何でもありませんわ。ホホホ‥‥」
小さく、小さく呟いた。
見れば、女性は確かに下町を巡り、何かを探している。
路地やあちらこちらに
「ミカエル‥‥ミカエル! お願いだから出てきて‥‥」
声をかけながらチキンなどを撒いている。
「おねーちゃん。お歌弾いてよ!」
「ああ、すまな‥‥じゃなくてごめんなさい。また後でね」
辻演奏家に化けて彼女を追いかけていた幻蔵は、そんな子供たちの誘いを振り切って女性の後を追いかけていた。
「ミカエル? ミカエル‥‥ミカエリス‥‥まさか‥‥? 彼女も‥‥?」
そっと、こっそりの尾行を続ける中。
「あっ!」
幻蔵はとっさに身を隠した。
尾行していた女性が、誰かと出会った様だ。
驚いた顔で立ち尽くしている。
この外見である以上、簡単にばれる事は無いと思うが、向こうにいるのは知り合いどころではない相手だ。
こっそり道の角で顔だけ出して向こうの様子を伺う。
「‥‥おくさま‥‥どうして‥‥?」
そんな驚いた声が聞こえてきた。
「奥様、どうしてこのような所に。少しはお休み下さい。冒険者に依頼しましたとお話したのに‥‥」
「コリン‥‥。でも‥‥どうしてもじっとはしていられなかったのよ」
「ねえ、その人はもしかして?」
知己の再会かと思って黙っていたティズは、どうやら違うようだと感じ問いかける。
ああ、と頷いてコリンは彼女を冒険者に指して紹介した。
「彼女は、僕の雇い主ガラテア様です。ガラテア様、ミカエリス探しを依頼した冒険者達です」
「‥‥そう、ですか。申し訳ございません。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします‥‥」
四人目の依頼人が現れた事になる。
冒険者達は頭を下げながら彼女の様子を観察した。
年のころは40代前半、というところだろうか。
まだ油の乗った熟女で通用する美しい外見を持っているのに、髪はボサボサで、服も乱れていて一見して彼女に良い印象を持つものは少なくないように感じた。
「あら? それは、指輪? 変わった石ですね」
エルティアが覗き込んだ指元を、ガラテアは慌てて後ろ手に隠した。
「猫が指輪を首に下げていたらしい、って話を聞いたけどそんな石なのかしら。できれば手がかりは少しでも欲しいのだけど‥‥」
「確か、猫とお揃いで旦那様から貰った、とおっしゃっていましたよね。奥様。お見せしたらどうですか?」
冒険者の問いかけにコリンはガラテアを促す。
「これは‥‥でも‥‥」
「奥様。冒険者が言ったとおり手がかりは多い方がいいと思いますが?」
「解りました。どうぞ‥‥」
指から抜いて彼女は指輪を差し出す。
茶色とオレンジ色と、白が混ざり合ったような不思議なグレーの石。
どこかで見たことがあると思った事を、ティズもエルティアも口には出さなかった。
「猫と‥‥お揃い?」
「主人はとてもあの子を可愛がっていましたから。‥‥我が子のように」
どこか寂しげな様子で俯くガラテアの後ろで、声がした。
正確には声ではなく、鳴き声。
ニャアア!
「ミカエル!」
振り返った先にいたのは、探している猫とは違う色合いの猫。
がっくりと彼女は肩を落として俯いていた。
「やはり‥‥あの子は私達を許してはくれないのだわ‥‥」
「奥様!」
「許すって何かあったの?」
ティズは首を傾げる。だが、返事は返らない。
「お疲れなのですよ。奥様。少し休みましょう。すみません。今日は僕も帰ります。後はよろしくお願いします」
慌てた様子でコリンが、ガラテアを連れて去っていったからだ。
「何か‥‥あるみたいだね」
「ええ」
ティズと、エルティア。そして遠くから様子を見る幻蔵。
彼らは同じ思いで去っていく二人を見つめていた。
屋根の上のもう一つの視線に、気付いていたかは解らなかったけれど‥‥。
結局猫探しと確保自体は失敗に終わる。
『彼』が自分から出てきた夜以外に『彼』を見つけることは冒険者にはできなかったのだ。
ただ、一つ確実に得たものはある。
『彼』の名前。
人がつけた呼び名ではあるが天使を表すその名は彼に相応しいようにも思えた。
そして、もう一つ。
『彼』の持つ人間不信の理由はやはり人にあるのだと言う事。
どうやらこの猫探しの依頼は発見し、確保するまで継続されそうである。
「‥‥できるなら、奴の納得行く形で還してやりたいんだが‥‥」
そう呟くリルの手の平では彼の瞳と同じ色の石が、静かに光っていた。