●リプレイ本文
○それぞれの信念
昨夜降ったばかりの雪が街をうっすらと白く染めている。
「この街はいい街だよなあ? そう思わないか? にゃんこ?」
問いかける主の言葉ににゃんこ、と呼ばれた猫は
「ふにゃあ! うにゃああ!」
じたばたと身体を動かしながら返事(?)をした。
「すまないな。キツかったか?」
懐の中に入れるには少しばかり大きい猫を、下に降ろしてリ・ル(ea3888)は苦笑した。
まだ、飼い始めたばかりで慣れてはいないが、ずっと欲しいと念願していただけに愛猫の可愛らしい姿。‥‥例えば雪で足の裏が濡れてビックリする様子や、それでも興味深そうに鼻を近づける姿に知らず目尻が下がる。
「嬉しそうですわね。リルさん」
カノン・レイウイング(ea6284)がイタズラっぽく笑う。
「そりゃあ、もう‥‥って! こ、この猫は依頼の為に飼う事にしたんだからなっ」
「はい」
「だからだな! 妙に目が合ってだな‥‥、懐いてきてだな‥‥」
「はいはい」
顔を紅くしたリルの言葉に説得力は無い。
彼の猫好きは有名である。
そして、その彼がどんな理由であれ、依頼の為という口実で飼う事にした猫とはいえ、終わったから捨てる、人にあげるなどという選択肢をとる筈もない。
「良い、名前を付けて差し上げて下さいな。‥‥それで、やはり彼女に当たってみるのですね」
少し真顔になったカノンにリルも真剣な顔に戻して答える。
「ああ、やはりこの事件の真実を知るのは彼女ガラテアのような気がする。彼女に話を聞いて、できるなら二年前の事件の真相を知りたい。どうも、微妙に依頼人達の話が噛み合っていないから」
「そうですね」
カノンも頷き、同意する。
「いろいろ話が食い違う点も多い。どうもあの依頼人連中は何か、隠し事をしているのかもしれない。でもその中で、彼女だけは唯一猫を、ミカエリスを心配していると感じるんだ」
「確かに、私も彼女がこの三つの依頼の鍵を握っていると言っても過言ではないと思います」
「また依頼失敗とされてしまうかもしれないが‥‥いいのかな?」
仲間達を気遣うリルにカノンは笑いかけた。
「いいも何も、もう係員にも話してきましたし、仲間達もみんなその方向で動いています。迷わず、信じたとおりに動きましょう。私はリルさんのお手伝いに徹します」
「ありがとうな」
小さく言ってリルは前を向く。
「いくぞ。にゃんこ! 胡散臭い依頼人と猫。どっちを優先するかと聞かれれば猫に決まってる。少なくともアイツが何か辛い過去を背負っているなら何とかしてやらなきゃな。それができるのは俺達だけだから‥‥」
強く握り締めた手の中には、猫の瞳の石の指輪が握られていた。
どういう意図があったかは解らないが、彼は再びあの人物の元へと向かった。
「お久しぶりである。まるごと男爵!」
同好の士、葉霧幻蔵(ea5683)の来訪をまるごと男爵と呼ばれる老人は笑顔で出迎えた。
「おお! よく来てくれた。幻蔵殿! うむ、相変わらず見事なコーディネートじゃ」
「イヤ、良ければ、ゲンちゃんと呼んで欲しいのでござる。まるごと男爵こそ、その猫の着ぐるみなかなかお似合いである。新色でござるな!」
彼らがどんな服装をしているかは、今のところの話には関係ない。
「ところでまるごと男爵、今日来たのはお尋ねしたいことがあってござって‥‥ごろごろ」
「ワシに解る事であるのならよいのじゃが‥‥ぐるぐる」
変な音が混ざっているが、これも今のところは関係ない。
「実は、でござるな。猫の‥‥それで‥‥ごろごろ」
「なるほど。ワシも猫は嫌いではない。‥‥そういうことなら、‥‥ぐるぐる」
二人が互いに猫の着ぐるみを着て、暖炉の前でじゃれあっているとかは今のところは本当に関係ない。
だが、これも一つの猫への愛の形(?)なのかもしれない。
とにかく、意味があったのか無かったのか、幻蔵の望むような大した情報は得られなかったが二人の会話は長く楽しく続いたようだった。
○それぞれの裏切り
「おっはよー! さあ、今日も元気にミカエリスを探すよ〜!」
力いっぱい、元気いっぱい。腕を振り上げるティズ・ティン(ea7694)の横で青年が微妙な顔を見せた。
「ん? どうしたの? コリンさん。何か心配事?」
心配そうに顔を覗き込むティズに、コリンは慌てて手と顔を横に振った。
「あ、いえ、別にそう言うわけではありませんよ。ただ、随分元気だなあと思っただけです。手がかりはまだ無いのでしょう? 猫を探せなくて落ち込んだりしないのかな? と思ったのですが‥‥」
「確かに手がかりは少ないですが、だからと言って落ち込んでばかりもいられません。こういう時こそ元気を出さないと?」
そう思いませんか? とエルティア・ファーワールド(ec3256)はコリンに笑いかける。
コリンもそれ以上の事は言わず、頷いて一歩下がった。
まずは目的を果たすのが先と、考えたのだろう。そこから先は反論も無かった。
「ねえ、ねえ、今日は郊外を探してみない? 行ったことない所の方が可能性があると思うんだ」
「それはいいわね。どうかしら? コリンさん?」
二人に問われ、だがコリンは少し渋り顔だ。
「確かに、行った事の無い所を探した方がいい、というのは納得できます。ですが、余り遠くには行きたくないのですよ」
「どうして?」
首を傾げるティズ。理由は勿論解っているのだがそれは顔には出さない。
「奥様が心配なのです。最近ご無理をなさっているようですし、お身体の様子も良くないようです。また、無理をなされては‥‥」
彼の表情は真剣で、本当に主を心配しているように見える。
いや、心配はしているのだろうけれど、彼女を本当に気遣ってのものではないようにティズには思えてならなかった。
彼女、ガラテアから目を離したくない。自分にとって都合の悪い事をさせたくない。それが本心だろう。
だからこそ、今、冒険者はここにいるのだけれども。
「うん、そうだね。でも、猫を良く知っているコリンさんが、やっぱり一緒にいた方が早く見つかると思うんだ。力を貸して貰えないかなあ」
「私からもお願いしますわ。それに僅かながら猫の情報はあったのです。後はやはりミカエリスを知っている方に確かめてもらわないと‥‥」
二人の少女達、彼女らの縋るような目を拒絶できる男は、通常あまりいない。
「解りました。私としても早くミカエリスを見つけたいところです。一緒に行きますので、捜索は真剣にお願いしますよ。遊びではないんです」
息を吐き出しながら告げたコリンの言葉に、ティズはぱあっ、と顔を輝かせた。
「もっちろん! さあ、行こう行こう!」
コリンの手を引っ張りつつ、路地を行くティズはコリンの背後に向けて軽くウインクをした。
会釈してエルティアも後に続く。
二人の合図を受け、黒宍蝶鹿(eb7784)が姿を現す。
路地に隠れて様子を見ていた蝶鹿は、去っていく冒険者とコリンの背中を見送りながら
「嫌な予感がします。今のうちに、手がかりを見つけないと‥‥」
小さく、静かに呟いた。
暖炉に火を入れる。その上にあったものに婦人は目を留めた。
小さな猫の彫像が、あの頃のままそこにある。
『猫の目は真実を見つめるのだ』
よくあの人はそう言っていたっけ。思い出しながら薪の用意をすると小さな音が聞こえてきた。
トントントン。
人は今は彼女以外にいない。扉を叩く音は屋敷の中にいれば聞こえる。
「はい」
薪を置き、彼女は振り返り歩き出した。
そして、扉を開く。
「‥‥どなたですか? ‥‥貴方がたは?」
突然の訪問者に瞬きする婦人。彼女に
「失礼。こちらはビンシャー夫人、ガラテアさんのお宅でしょうか?」
丁寧に礼をとってリルは頭を下げる。後ろにはニッコリと微笑むカノン。
女性がいる事で少しは安心したのだろうか?
「はい。ですが‥‥どういうご用件で?」
硬く強張った表情を少し溶かして笑顔で彼女は問うてきた。
「こうしてちゃんとお会いするのは始めてでしょうか?‥‥我々は猫のミカエリス捜索のためにコリンさん達から依頼を受けた冒険者です。少しお話を聞かせて頂けないでしょうか?」
リルの一言にまた、その表情を凍らせてしまったけれども。
「貴女もミカエリスを探しているとの事。お手伝い致しますので失踪した時の事をお教え頂けないでしょうか?」
「‥‥失踪した時の様子はコリンが話している筈です。そんなに何度も聞かないと探せないのですか?」
男性よりも女性の方が話しやすいかと思ったカノンの気遣いも彼女の心を溶かすことはできない。
むしろ頑なになったようにさえ、冒険者達は感じていた。
「情報は無いよりあった方がいいんですよ。我々を中に入れたくないなら外で、知っている範囲の話でかまいませんので教えて欲しいのですが‥‥」
それでも、引き下がるわけにはいかない。食い下がるリルにやがてガラテアは
「解りました。用意をしてくるので待っていて下さい」
溜息をついて頷いた。
リルもカノンも、表には出さず胸を撫で下ろす。
なんとかガラテアを家から引き離す事に成功しそうだ。
一度だけ振り向いて頷くリル。その動きにカサカサと草の音が返事をした。
「お待たせ致しました」
「では、酒場ででも話をしましょうか?」
遠ざかる三人を確かめて後
「いくでござるよ。蝶鹿殿」
「解りました。幻蔵殿」
二人の忍者は戸締りの甘い屋敷に、まるで鍵もかけられていないかのように入っていったのだった。
「できれば‥‥正直にお話頂けませんか? ガラテアさん」
「何を、話せというのですか? 猫を探す事情はもうコリンが話した筈ですが‥‥」
小さな酒場。そのテーブルでもう随分と彼らは同じ問いと返事を繰り返していた。
「その猫。ミカエリスを探す本当の理由、です。先だっての捜索の時、貴女とお会いした仲間が言っていました。『あの子は私を許してくれない』と。ミカエリスに‥‥何か許してもらえないような何かをした、というのですか?」
カノンが優しく、でも逃げる隙を見せずに問う。
「ああ、そう言えばミカエリス、というのは息子さんの名前でもあるんでしたよね? いい名前だ」
逆にリルは少し優しめに声をかけてみる。
「私がつけたのではありませんが‥‥。猫ではないミカエリスは主人の亡くなられた最初の奥方の子供なのです。私はその後添いですから」
「ほお」
「まあ、そうでしたの!」
この新情報には冒険者達も心から驚いた表情を浮かべた。
つまりガラテアにとってはミカエリスは義理の息子ということになるのだ。
「ミカエリスは私の事を良くは思ってはいなかったと思います。財産目当てと言われた事もありますから」
だから結婚しても家から出ず、妻を家へと迎え入れた。監視の為に
「ちなみにシュザンヌさんとの馴れ初めは?」
「彼女はこの家に仕える使用人だったのですわ。シュザンヌが彼の世話をしているうちに仲良くなって、ということだった聞いていますが‥‥」
「ほお、と、いうことは使用人同士コリンさんとも仲良かったのかな? 彼も親切な青年ですけど」
「とても良くしてくれました。寂しかった私を懸命に慰めてくれて‥‥。でも‥‥!」
慌てて口を押さえるガラテア。その行為が余計に冒険者にある事を確信させる。
「なるほど‥‥ね。そういうことか」
「だから、ミカエリスに許してもらえないとおっしゃったのですね。ミカエリスもそんな人間同士に嫌気がさしたのかもしれませんね。でも、それだけでは無いような‥‥」
「ミカエリス? それにどうしてシュザンヌの事を? 貴方方は一体?」
目の前の二人の様子にガラテアは瞬きする。そして、問うてきた。
顔を見合わせ、二人は頷きあう。
そして
「私達の事はコリンさんには内緒にして下さいね」
そう悪戯っぽく前置いてカノンが告げたのだ。
「わたくし達は実は貴方方が探しているであろうミカエリスを知っているのです。彼は『家には帰りたくない。あんなところはもう嫌だ』とおっしゃっていました」
「奴は明らかに人間に不信感を持っている。本人‥‥というか、本猫が嫌がっている以上、無理強いはしたくないんだ」
「ミカエリスが‥‥嫌がって‥‥?」
表情を曇らせるガラテアにさらにリルは告げる。
「それにな。正直に言ってしまうと、今回猫を‥‥ミカエリスを探してほしいって依頼を出してきたのはあんたとコリンだけじゃないんだよ。シュザンヌと、ついでに言えばビンシャーの友人っていう貧乏貴族と三組いるんだ」
「ミカエリスを捕らえたとしても、それを誰に渡すか決めるためにも調査は絶対に必要なのですわ」
「それなら! それならお金はいくらでも出します。私のところにミカエリスを連れてきて下さい。私はミカエリスに謝らなくてはならないんです!」
必死に近い形相でガラテアは言った。まるで縋り付くように冒険者の服を掴んで。
その手をそっと離させると、カノンは静かに首を振った。
「わたくしは金銭には興味がありませんし、その気になれば本業で幾らでも稼げますから。わたくしが願うのはこの街にいる人と動物が共存し幸せに暮らす事だけです」
「あっ‥‥」
カノンの言葉にガラテアは恥ずかしそうに顔を逸らす。
俯いた彼女にさらにカノンは続けた。
「それにリルさんがおっしゃったとおり、彼は人間に強い不信感を持っていますの。だから、無理につれてきたとしても賢い彼のこと、すぐに逃げ出してしまいますわ。彼が逃げ出した理由。それを知らないままでは永遠に先に進むことなどできません」
そして、カノンはガラテアに一歩近づいた。逸らされた顔の前に立ち微笑む。
「だから、その為にも真実を聞かせて下さい。貴方はミカエリスに謝りたいと言った。それが真実ならお力になりますわ」
ガラテアの下がった肩に手を当て笑みを向けるカノン。思ったよりも細く弱弱しい感触に少し驚いたカノンだったがやがてその肩に力が込められたのを感じ手を放した。
「本当に力になって下さいますか?」
唇を固く結び手を握り締めたガラテアは、意を決したように顔を上へと上げる。
彼女の言葉に二つの頭が前に動き答えた。
「では、お話します。私の罪を、そして裏切りを‥‥」
彼女の話は長く日が落ちるまで続いたという。
一日の終わり。オレンジ色になりかけた空気の中で
「貴方方はやる気があるんですか!」
コリンは声を上げた。イライラとした声、歯をかみ締めるような表情。
浮かべられた怒りを表すその様子にティズもエルティアも目を丸くする。
「あるに決まってるでしょ? どうしたの? そんな急に」
ティズが気遣うように差し出した手もパン! 強く払われた。
「まる一日探したのに、今日も手がかりなしじゃないですか? なんでもっといろんな事をしないんですか? 同じ猫探しをするにしても魔法を使うとか、周囲の人たちに協力を頼むとかいろいろやりようはあるでしょう?」
「詳しいね。ひょっとして冒険者とかやってたことある?」
何気ないティズの呟きに、コリンはハッとしたような顔を見せるが、それもすぐに消えた。消したというのが正しいが。
「そんなことはどうでもいいでしょう? なんだか引き伸ばしてませんか? 調査を?」
「それこそそんなことありませんわ。調査は地味に、慎重に。相手に気づかれるような尾行は下作。ご存知と思いますが?」
エルティアも言うが、それでもコリンの怒りは収まらない。
「そもそも、貴方方のようなお嬢さんたち、というのが最初から不安だったんです。俺にとって遊びじゃないんだ! この調査は?!」
ますます荒くなる口調。それを冷静にティズは見極め、
「あれ? コリンさん。奥様の為に猫を探してたんじゃなかったの? その口調だとまるでコリンさんが猫を見つけないと困るみたい」
冷静に水をかけた。瞬間、しまったという表情をコリンは浮かべる。そして‥‥
「そ、そうですよ。ミカエリスがこのまま見つからなければ、奥様は悲しまれて病気になってしまうかもしれない。そうなったら、大変なことになる。だから、一刻も早くミカエリスを見つけないといけないんです!」
一応筋の通った言い訳。だが、冒険者には通用しない。
(「通用したようには見せるけどね‥‥」)
「解った。じゃあ、もう少し方法を考えてみるよ。今日はもう遅くなりそうだからまた明日にするけどね」
ごめんなさい。
頭を下げたティズに少女を苛めた気分になったのだろうか。
「解ってもらえたらいいんですよ。では、また明日‥‥」
屋敷の前まで戻り、コリンはまだ灯りの灯っていない屋敷へと戻っていった。
「うまく、情報収集できたかな?」
「大丈夫だと思いますが‥‥、集合してみますか?」
「そうだね‥‥まって!」
歩き去りかけたエルティアをティズは止めて、物陰に隠れる。
「何を‥‥?」
「しっ! 黙って!」
エルティアも状況を察したのだろう。ティズの後ろに下がって息を潜める。
見れば彼女の視線の先、屋敷の入り口から誰かが出てくるのだ。
「コリンさん‥‥一体何を? どうして?」
周囲の様子を伺い、誰もいないのを確認してコリンは扉を閉め、歩き始める。
「後を着けてみよう。静かにね‥‥」
「はい」
二人はそっと静かに、気配を殺し、でも、見つからないように注意しながら後についていった。
コリンはキャメロットの街中へと戻っていく。
そして‥‥
「暗くて見失いそうだよ‥‥」
路地裏で彼女達は見る事になる。
「あれは?」
「誰かと話をしているのかな‥‥って! えっ!」
抱き合い口付けを交し合う男女を。男性はコリン。そして女性の方は‥‥
「あれって‥‥」
「シュザンヌ‥‥さん?」
三人の依頼人の一人、シュザンヌだった。
○それぞれの理由
「もう、驚いちゃったよ! 二人はね、路地裏で抱き合って、キスしあって、それから何か話してたの。話の内容までは遠くからは聞こえなかったけど」
「あれは、ただの知り合いというのを超えています。下世話な言葉で言ってしまえば、男女の関係にあると見ていいでしょう」
夜の冒険者酒場、集まった仲間達にティズとエルティアは互いがさっきまで見てきたものを報告していた。
「でも、さ‥‥。シュザンヌって、確か結婚してたよね。それってまさか‥‥」
「いわゆる不倫って奴だろうさ。別に珍しいことじゃないだろ」
リルの言葉にティズは、声を上げ顔を顰めた。
「じゃあなに? シュザンヌとコリンは恋人同士だったってこと? ってことは、まさか‥‥」
「その可能性は高いと思います。元々シュザンヌさんがビンシャーさんの屋敷に勤めるようになったのも先に勤めていたコリンさんの紹介だったということ、ですからね」
腕を組みながら蝶鹿は呟く。その口調には嫌悪感が隠し切れない。
今日、幻蔵との屋敷の調査が終了した後、蝶鹿はコリンの素性調査をしていた。
ビンシャーの家について以前いた使用人などに話を聞いたのだ。
「コリンは、ビンシャー家に仕える使用人でミカエリス、ああ、人間の方です。彼と幼馴染だったそうです。冒険者を名乗って、しばらくふらついた後、家に戻ったとか。その頃父の手伝いをしていたミカエリスが母親を亡くし後添いが入ってきたと不機嫌になった時、いい人がいるとコリンがシュザンヌを紹介したそうです」
ここまでは事実。
「シュザンヌがミカエリスを誘惑し、コリン自身はガラテアを誘惑した。‥‥なんとなく様子が見えてきたな」
リルはガラテアの話を思い出す。
「私は‥‥寂しかったのです」
彼女はそう言っていた。二年前、彼女は夫を裏切りコリンと愛人関係にあった。
後添いとして入ったが夫は老人、しかも仕事が忙しい。義理の息子には冷たくされ子供もなく、家に居場所がなかった彼女にコリンが甘く囁いたのだという。
『貴女は魅力的な女性だ。ご主人様から奪っていきたい!』
そう言われつい誘いにのってしまったのだと。
「やがて、彼は私に言うようになりました。主人さえいなければ私達は結婚できる。幸せになれると。でも、そう言われて私は逆に目が覚めたのです。丁度その頃、ミカエリス。息子が亡くなった事もあって、やりなおそうとしたのです!」
ですが、それをコリンは許さなかった。自分とガラテアの関係をビンシャーにバラすと脅迫までしてきたのだという。
「その頃には、ビンシャーも私やシュザンヌの事に気づいたように思います。自分の財産の多くをどこかに隠してしまいました。特にシュザンヌは結婚後、ミカエリスが死んでからも自分の為に贅沢を続け、ビンシャーに呆れられていましたから、家を出される寸前だったのです。私も自由になる財産は殆ど無く自分の物といえるのは夫がくれたこの指輪だけでした」
『この指輪は信頼の証だ。お前を信じて大事なものを託す。その証なのだ』
「彼はそう言っていましたが、後で飼うようになった猫にも同じ指輪を、しかも同じ事を言って渡していたのです。私は結局猫と同じ程度にしか思われていなかったのですわ」
そう告げる彼女の表情は、寂しさと一言では言えぬものを湛えていた様にリルには感じられた。
「それでも、私はあの人に仕えるつもりだったのです。ですが‥‥その矢先にあの人は死んでしまった。もう謝る事さえもできない‥‥。だから、私はあの家に残り家を守ろうと思っています。そしてあの人の代わりにせめてミカエリスに謝りたいのです」
彼女の『告白』はそこで終わった。
その告白は確かにこの事件の真実の欠片を冒険者に与えてくれたのだ。
「彼女の言うことを信じるなら、ミカエリスの死にはコリンとシュザンヌ、二人の介入があった可能性がある。ガラテアはコリンとできるなら手を切りたいと願っている。けれどコリンはそれを許さない。それを踏まえると最悪のパターンの場合、ビンシャーの死にも‥‥」
「目的はおそらく、ビンシャー家の財産でしょうね。宝石商をしていた程ならばかなりの財産があった筈ですから」
冒険者達は頷きあう。それで、おそらく間違いはあるまい。
でも‥‥
「でもそれではまだ噛み合わないのでござる。極端な話、ドロドロの泥沼話であるが、所詮は人間のことでござる。猫にはそんな事解らず、関係なかろうと思うのに何故、ミカエリスは屋敷を逃げ出したのか?」
「傷の件もですね。猫のミカエリスに傷ができたのはいつの事なのか。古傷なのか、それとも‥‥」
「血で背を塗らしていた、というのはどういうことなのか。ミカエリスとビンシャーに何があったのか」
「借金の行方も、でござるな。半分以上はシュザンヌのぜいたく品が原因であったようであるが宝石を大量に購入したようではあるがそれが売られた記録が無かったでござる。コリンの言うとおりあの屋敷の目立つところには財産らしいものは殆ど無かったし一体‥‥」
まだ、真実は欠片でしかない。
その欠片に目を取られていては大きな真実が見えてこない可能性もある。
「とにかく、もう少し情報収集が必要だな。俺は、あいつにもう一度聞いてみる」
「私も、やってみたいと思っていることがありますので」
「そういえばバルドロイの事を忘れていたでござるな。彼も何か関係あるのであろうか?」
「それも、明日確かめてみるよ。猫連れて‥‥」
冒険者達の相談は夜遅くまで続いた。
真実の姿。それを見つけ出す為に。
○隠された秘密
深夜。
今日は他に猫の気配を感じない夜。
「なあ?」
夜の闇の中感じる視線に背を向けたまま、リルは呟いた。
「教えてくれないか? 二年前何があったのか?」
返事は無い。だが、気配は動いていない。カノンも中継してくれているし『彼』は聞いていると判断しリルは話を続けた。
「事件なら、それは人の手で裁かなくてはいけない。亡くなったご主人やお前と同じ名前の息子の為にもな。それに、関わりたくない筈のお前が何故人を見張っているんだ? それは、ひょっとして‥‥」
「あっ!」
カノンがあげた小さな声にリルは振り返る。気がつけばもうそこに『彼』の姿は無い。
にゃあー。
心配そうに足元に近寄る猫を抱き上げてリルは彼の消えた先の屋根と月を見つめた。
手の中の指輪と交互に。
宝石としての財産価値はそれほどではないものの、この石はイギリスにはあまりない珍しい石だとこの指輪を鑑定してくれた商人は言っていた。
本当に美しく加工されている。
それに‥‥
『この指輪は信頼の証だ。お前を信じて大事なものを託す。その証なのだ』
ガラテアが言っていたというビンシャーの言葉。
「あいつは、本当はまだ人間を信じたいんじゃないのかな?」
ニャー。
手の中の猫がした返事は意味が無いものだと解っていても、リルは微笑んで愛猫の頭を撫でたのだった。
蝶鹿は懸命に走っていた。
「早く、皆に伝えないと‥‥」
さっきまで蝶鹿はコリンと取引をしていたのだ。
(「あの人が、裏の世界の人間なら、同じ穴のムジナと思わせた方が話を聞き出せるかも」)
そう思ったのが正解だった。
彼は、今まで冒険者と接していた好青年の顔とは正反対の笑みで蝶鹿にこう持ちかけたのだ。
「上手くいったら報酬は山分けしてやる。猫を誰かが捕まえたらすぐに連れてきてくれ」
と、だ。
「報酬ってなによ? 少しばっかりの金だったらいらないわよ!」
強気に出た蝶鹿にコリンは不敵な笑みを浮かべウインクする。
「いいや、上手くいけば大金が手に入る。なんてったってあの猫には莫大な財宝の鍵が隠されているんだからな!」
「早く、早く‥‥」
急ぎ走る蝶鹿の視線の先に冒険者ギルドの扉が見えてきた。
「あっ!」
ステン!
「いたたたっ〜」
慌てていたせいで足元を見ていなかったこと、そして自分が何かやわらかものにぶつかった事に気づいて蝶鹿は顔を上げた。
「あ、貴方は‥‥」
そこに見たものに、いたものに瞬きをしながら。
冒険者ギルドでは冒険者達が頭を合わせていた。
意外なことが解ったのだ。
「バルドロイが猫が苦手だとは‥‥」
リルが挨拶に行った日。
「な、なんじゃ? その猫はミカエリスではないではないか!」
彼は頓狂な声を上げて後ずさりした。
「その猫を外へ連れ出せ! 早く、早く!」
懐に入れていた猫に、まるで怯えるように反応したのだ。
「いいか? ミカエリス以外の猫は連れてくるではない! 解ったか!」
そう言って話をする間もなくリルは追い出されてしまった。
「あの調子じゃ、猫を託されたってのも嘘っぽいな。ミカエリスだけは大丈夫だとしても、いや、そんなことはありえない。ってことは奴も‥‥ん?」
言葉を止め顔を上げる。扉が開いた気配に冒険者達は気づいたのだ。
「お帰りなさい。コリンさんの方はどうでした‥‥えっ?」
コリンに別接触をかけると別行動をとった蝶鹿を出迎えたエルティアは、彼女の背後の存在に気づき瞬きする。
「どうしたの? えっ?」
「何かあったのでござるか‥‥あっ?」
「だから、一体‥‥ええっ?」
近づいては固まる仲間達に、リルも首をひねって近づく。
「何が一体、どうしたって‥‥! お前」
そこで、見た。
困り顔の蝶鹿の足元で、悠々と身づくろいする猫の姿を。
銀と黒のサバトラ猫。月色の瞳の
「ミカエリス‥‥?」
「どうして、こんなところに‥‥」
名前を呼ばれた猫はあげ、小さく笑った。
笑ったように見えただけかもしれないけれど‥‥。