【フェアリーキャッツ】思いと願いの行く先

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月07日〜01月12日

リプレイ公開日:2008年01月16日

●オープニング

 彼女は新年を迎える準備をする。
 部屋を掃除し、窓を開けて‥‥。
 これが、きっと最後の掃除になるだろうと思いながら。
 一人で暮らすには広すぎる家。掃除もなかなか進まないが‥‥。
「逃げてはいけない」
 とある冒険者は言った。
 でも、もう彼女にはこの家にいるのが辛かった。
 良い思い出の殆ど残っていないこの家に。
「猫と同じくらい信頼されていたなんて羨ましいくらいだ」
 とある冒険者は言った。
 でも、彼女は思う。あの人はきっと私を信頼してくれてはいなかった。
 彼はあの指輪以外何も残してくれなかったのだから。
 言葉も、思いも‥‥。
 正直、彼女は財産が欲しかったわけではない。
 ただ誰かの役にたちたかったのだ。誰かに必要とされたかったのだ。
 だから、歳の離れたあの人に乞われた時、迷わず「はい」と答えたのに。
 その心の隙を‥‥寂しさをついて自分を利用したコリンを今はもう恨む気もない。
 ただ、この家に一人いるのは辛かった。
 何も残っていない空っぽの家。
 暖炉に固定された猫の置物達も空虚な眼差しで壁を、自分を見つめていた。
 ミカエリスも戻ってこない。彼も自分の居場所を既に見つけているようだ。
 彼をこの家に縛り付けて置けない以上、この家での自分の役割はもう終わっているとガラテアは思っていた。
「この家を出よう」
 彼女はそう決断する。
 公現祭が終わったら、家を離れ故郷へ帰ろうと。
 故郷にはもう家族はいないが、少なくともこのままキャメロットで暮すよりはいい筈だ。
 ただ、最後にやるべきことはやろう。と彼女は思う。
 それが、彼女の彼への最後の愛だから。

「今まで本当にありがとうございました。お礼と、最後のお願いがあって参りました」
 ガラテアは冒険者達にそう言って頭を下げた。
 猫探しに始まったこの依頼。
 最初の依頼人であった三人は、全員がその過去の罪により牢屋に投獄された。
 結局残ったのはこのガラテア一人である。
「まあ‥‥いろいろ大変だったな」
 係員の言葉に答えずガラテアは静かに笑って依頼書を差し出す。
「家の‥‥大掃除?」
「はい」
 彼女は頷く。
「私、あの家を手放して故郷に帰ろうと思っています。それで、あの家の掃除と家財調度の処分をお手伝い頂きたいんです。調度を処分した金額で今までの報酬をお支払いしますから‥‥。もう大したものは残っていないと思いますが‥‥」
「本当にいいのか? 捕まった奴らはあの家のどこかに隠し財産が埋まってるとか考えてたんだろう?」
 係員が確認するように問うが、ガラテアは静かに首を振る。
「彼らはそう思っていたようですが、きっと何かの勘違いです。あの人が財産を隠したとしても受け取る者は誰もいないのですから。自分の財産を奪われたくなくて隠すような人じゃありませんし。もしそんなものがあって冒険者の皆さんが見つけたとしても私はいりません。差し上げますわ」
 新年早々の仕事が大掃除では面倒ではあるが受けてくれる冒険者もいるかもしれない
「解った。伝えておこう」 
 係員の言葉に頭を下げてガラテアは去っていった。

 ニャアー。
 窓の外で猫の声がする。
 その声に、あることを思い出して係員は箱から小さなものを取り出した。
 それは、冒険者から預かった小さな鍵。
 猫の背中に埋められていたものだという‥‥。
「この鍵は一体何なんだ? 本当にあの家には何も残されていないのか?」
 答えの出ない疑問を浮かべる係員の頭上。
 ギルドの屋根の上から、銀の猫は一人寂しく歩く女の背中を無言で見つめていた。
 

●今回の参加者

 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb7784 黒宍 蝶鹿(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

○大掃除
「あ〜〜〜っ!」
 突然ティズ・ティン(ea7694)が上げた大声に、
「うわっ! っとお! 一体どうしたって言うんだティズ。ビックリするじゃないか?」
 リ・ル(ea3888)は手に持っていた花瓶を抱えなおして問いかける。
「あ、ゴメン! でも、これ見てよ!」
 花瓶を横に置いてなになに、とリルは差し出された木板に目を走らせる。
「『ちょっとでかけてくるのである。とりあえず掃除はお任せするである。うっふん』? なんじゃこりゃ?」
「ゲンちゃん、掃除から逃げ出したんだよ! まったくもお! しょうがないなあ〜」
 家小人のはたきを持ったまま腕組みをしたティズの頬は膨らんでいる。
 今回の依頼はこの屋敷の大掃除の手伝い。
 その肝心な仕事から逃げ出す不心得者がいようとは。
「‥‥まあ、あいつはあいつなりに考えがあってのことだろうから、そう怒らないでやったらどうだ?」
 苦笑しながら宥めるリルの足元で猫も
 ニャアー。
 と鳴く。まるで同意というような完璧なタイミングにティズもどこか毒気を抜かれたようだ。
「仕方ないか。その代わり、戻ってきたらキッチリ働いてもらお!」
「ティズさ〜ん! この箱はどこに持って行きましょうか?」
 向こうからカノン・レイウイング(ea6284)の呼び声が聞こえる。見れば彼女の細腕には大きな雑器入れの箱が。
「あ〜、待って! 今行くから〜」
 走り出すティズの背中を
「先に逃げられたな」
「ええ、一歩及びませんでした。さすが、というところかもしれません」
 黒宍蝶鹿(eb7784)と微笑んで見つめ、
「戻ってきたら私も少し外出させていただいてもいいでしょうか?」
「いいんじゃないか?あいつに会いに行くんだろう? こら! 荷物を落とすなよ!」
「ええ」
 室内を駆け回る愛猫に声をかけリルは歩き始めた。
 ティズを、大掃除を手伝う為にさっき置いた花瓶を持ち直して、ポケットの中の指輪をそっと手の中で触って‥‥。

 ‥‥人は、自分の命が残り少ないと知ったら一体どうするだろうか?
 自分の命をなんとか延ばそうとするだろうか?
 暗い心の持ち主であるのなら他人を道連れにしようとするかもしれない。
 だが、本当に死が近づいたら人は、きっと遺される人のことを思うのではないだろうか?
 それが、自分にとって大切な人であるのならなおさらの事。
「我ながら穴だらけの推理ではあると思うが、やはりずっと気になっていたであるからな! 確かめてみねば!」
 葉霧幻蔵(ea5683)は窓の外に隠れ息を潜めた。
 中では、冒険者。仲間達が依頼人と屋敷の中で宝探し、基、大掃除をしている。
 彼はその仕事から抜け出して、今、ここに立っている。
 無論、掃除が面倒だったわけでは決して無い。
 この館に一人遺された女主人ガラテア。
 彼女が前に進む為の手助けをしたいと言う気持ちは彼とて仲間達と同じかそれ以上ある。
「だからこそ、調べてみる価値はあると思うのである。いざっ!」
 大地を蹴って彼は走り出した。
 伝わらなかった言葉を見つける為に、心の大掃除の為に。

○虚ろな眼差し
 パタパタパタ。トントントン。
 軽快なはたきの音がリズムに乗って部屋の中に響く。
「掃除なら、私に任せて!メイドの実力を発揮しちゃうよ」
 今回、何よりも誰よりも依頼された仕事にやる気を見せていたのはティズである。
 鎧を脱いで明るく笑うと
「戦闘開始!」
 彼女は元気に動き出した。  
 メイドの実力発揮、と言い切ったその言葉通り、腕をまくってダンスでもするかのようにくるくるととてもよく仕事をしている。
 これだけ見事に仕事をされると他の冒険者達もサボる暇は無い。
 ‥‥まあ、それでも抜け出す剛の者はいるわけだが。
「リルさん! 壊れ物は布で優しく包んで。‥‥そう。そして木箱に重ならないように‥‥そっとね」
「ああ、すまん、すまん」
 少し乱雑な音を立てながら暖炉の上の調度品を整理していたリルは、ティズの言葉に少し反省し手つきを変える。
 猫を抱くようにそっと、優しく燭台を布で包んだ。
「ん? ここにもあるんだな。猫の置物。さっき書斎にあった奴と同じ‥‥、いや、ちょっと違うか?」
 う〜ん、と腕を組みながらリルはその置物を見つめた。ちなみに燭台は半端に包まれたままテーブルの上に。
 何が、違うのだろうか。と。
「どうか、したのですか?」
 リルの様子に気がついたのだろう。カノンが声をかけながら近寄ってくる。
 一人で考えても堂々巡りになる。声をかけてくれたことを幸いと、リルはカノンに自分の疑問を問うてみることにした。
「いや、ちょっと気になったんだ。この猫の置物。妙に不自然な感じがしてな。なのにその理由が解らなくて‥‥」
「置物‥‥ですか?」
 指差された置物をカノンもじーっと見つめる。
「確かさっき掃除したビンシャーの書斎、とかいう部屋にも暖炉の上にこんな感じの猫の置物、あったろ?」
「‥‥ええ、そう言われれば確かにありましたわ。作られた時代その他は違うでしょうに暖炉の上にしっかりと固定されていたのが私も少し、気になってはいたものですから‥‥」
 そう。何か仕掛けでもしてあるのか。この置物は暖炉の上に固定されているのだ。
 手で掴んでも、揺らしても動かない。カノンが言ったとおり製作時期や作品の質は違うのは明らかだから、何らかの意図を持ってこれはここに置かれ固定されたのだろう。
「だが、これがいったい‥‥ん?」
 リルは横に立っていたカノンの姿に首を傾げる。
 見れば彼女はああ、という顔でポンと手を叩いていた。
「どうしたんだ? カノン?」
「解ったんですよ。違和感の原因が。見て下さい。この目。猫なのに光彩が無いんです」
「光彩が?」
 言われてみて、ああとリルも納得した。
 今、目の前にある猫の像。その像の瞳には薄茶色の丸い石が嵌められていた。
 ただの丸いだけの石。
「ホントだな。瞳の部分が無いから虚ろに見えるのか‥‥。でも、書斎の猫の像の目には瞳があったような‥‥あ゛」
 ぽろん。
 つんつんと瞳をつついていたリルの手のひらに、小さな音を立てて石が転がり落ちてきたのだ。
 右目が無くなった猫の像。
「しまった! 取れた。壊れたのか? 壊しちまったのか?」
 置物とはいえ、傷をつけてしまったことに少し慌てるリルに
「落ち着いて下さい。ほら、元々これはただ石を入れてあっただけで接着されていないんですよ。こちらも取ろうと思えば取れるみたいです。」  
 カノンは指差しながら言った。
 確かに左目もカノンが軽く押す事によって外れていた。
「ん? こいつは‥‥」
 石の抜けた目。その奥を見てリルは気がつく。眼球石の裏のあれ。
 横に黒い線のように見えるあれは‥‥
 ポケットから『あの』指輪を取り出したリルは
「そうか‥‥そうだったのか?」
「どうか、したんですか?」
 やっと、気がついたという顔でそれを、握り締めたのだった。

「あの‥‥。本当に、何か仕事をさせて頂けないでしょうか?」
 うろうろと所在投げに歩き、申し訳無さそうに言う依頼人に
「だーめ!」
 ティズは腰に手を当ててそう告げた。
「そんな格好じゃ、掃除はできないでしょ? 掃除はメイドの仕事。取っちゃダメ! はい、座って座って」
 無理やり手近な椅子に座らせる。
 冒険者達が来て最初の仕事は、図らずも依頼人ガラテアの
 確かにドレスを着せられ、お化粧までされたこの姿では掃除をするのにはちょっと二の足を踏む。
「私は決して皆さんに仕事を押し付ける為に呼んだわけでは‥‥」
 なんとか反論してみるが、ティズは
「いいんだってば! いろいろ疲れてるんだから休みなよ! ‥‥ね?」
 ウインクして笑うのみ。
 諦めたように深い溜息をついてから、ガラテアは言われるままに椅子に座った。
「あ、どーしても部屋の掃除をしたいっていうんんだったら、その机の中身片付けて。人の机の引き出しを開けるのってちょっと気恥ずかしいからね」
 自分の気持ちに気付いたのだろうか。この子は‥‥
 思いながら目の前のテーブルにガラテアは手を触れた。
 後の世で言うだがような執務机などとは違う、一種の飾り机だが、思い返せば確かに彼はここでよく仕事をしていた。引き出しは書類や会計簿で溢れていたっけ。
(「彼と息子と、猫と過ごした時間‥‥」)
 そんな事を思い出しながら机の中を整理するガラテアに、窓枠の桟の埃を払っていたティズは
「ねえ、ガラテアさん?」
「えっ?」
 静かなトーンで呼びかけた。
「は、はい‥‥なんでしょう?」
「っと‥‥っと人の決定にとにかく言うつもりは無いけどさ‥‥本当に家に帰っちゃうつもり? この家を出て‥‥」
 心配顔のティズは振り向く。
 だがガラテアの答えは頷きだった。
「ええ‥‥。息子もいない以上彼も私に継がれるのは由としないでしょうから」
「う〜ん、でも、故郷に帰っても待ってる人はいないんでしょ?」
「はい。家族は他にもういませんから」
 最初の問い、二番目の問い。どちらにもガラテアは寂しそうな笑顔で答える。
「まだ、キャメロットには家族がいるのに」
「いいえ、あの子はきっと私を家族だ、などとは思っていません」
「でも、一度確かめてみたら? ちゃんとミカエリスと向き合って自分の気持ちを話さないと何処へ行っても引きずっちゃうよ」
「もう‥‥いいんです」
(「いいのかなあ〜」)
 目を伏せるガラテアを見やりながらティズは思っていた。
 このままでは、きっと本当に彼女は今回の件を後悔と共に引きずってしまう。
 それは、決していいことではないと。
(「何か、ないかなあ。財宝なんかでなくていいから、彼女が前を向いて歩ける‥‥何か‥‥あれ?」)
 暖炉の上の猫の像。掃除の為にそれに触れたティズが、何故かそれとにらめっこを始めた時。
「ティズ! ガラテア! ちょっと来てくれ!」
 廊下の向こうからはそんなリルの声と急いだ足音が聞こえてきた。
「なんだろう? 行って見ようか?」
「はい」
 二人は部屋を出て、自分達を呼ぶ方へと歩いて行った。

 その日の夜遅く、牢屋のバルドロイを訪ねた人物があった。
 面会を求めてきたのは葉霧幻蔵と名乗る男性。
 だが、やってきたのは美しい外見をした女性であることに、看守達は瞬きした。
「あの‥‥貴方は?」
「ああ、そいつは忍者で変身の術が使えるそうだ。間違いなく俺を捕らえた忍者だから気にしないでいい」
 冒険者としての身元も名声も確かであるので、不信感を胸に抱きながらも看守達はバルドロイとの面会を許可した。
「何のようだ? 俺を笑いに来たのか?」
 屋敷での最期の攻防戦。あの時の悪夢を思い出し苦笑するバルドロイに幻蔵は
「モーションをかける気はもう無いのでござる。あれは、作戦の為でござったからして。ただ、おぬしにどうしても聞かなければならぬことがあるので参ってきたのでござる。最期に‥‥答えてはくれないでござろうか?」
 思いもかけず真摯な言葉と態度で頭を下げた。
「知っているのか?」
 頷く幻蔵。さっき看守から、話を聞いたのだ。
 今回の事件についての判決が出てバルドロイと死罪となる事が決まったようだと聞いたのだ。
 勿論、主犯となるコリンも。シュザンヌはいくらか、情状酌量されたようだが。
「ふん! 俺が答えるとでも?」
「答えてくれると信じているのである」
 鼻を鳴らすバルドロイの瞳を真っ直ぐに見つめる。
 その眼差しからバルドロイは逃げはしなかった。
「生前のビンシャーの事を知っている範囲でかまわない。彼から“猫に鍵が隠されていた”と聞いた時の正確な話を聞きたいでござる」
「‥‥いいだろう」
 夜更けまで続いた話。それは思いもかけず彼の息子と友人の話にまでつながり、ビンシャーとその一族の心のありようを教える事となった。

○見つけられた宝
 見つけられたその宝石箱には、いくつもの高価で貴重な宝石がぎっしりと詰められそれは眩しい光を浴びてキラキラと輝いていた。 
 だが、冒険者にとってはどんなに美しい宝石よりも古い紙の束の方が貴重に思え、それを抱きしめる女性とその頬に煌く雫の方が、美しく思えたのだった。

 冒険者がそれに気付いたのは、掃除途中の偶然であった。
 暖炉上の猫の置物。その瞳には何かを入れる細工がしてあったのだ。
「猫の目に空いた空間。ここに何か入るとしたら‥‥」
 これしかないだろうな。思いながらリルはポケットの中から取り出した猫目石の指輪を見つめると、猫の像。
 その瞳に差し込んだ。
 かちり。
 微かな音がしてその指輪はあるべきところへ入ったかのように埋まる。
「やっぱり。か。この指輪だけだと意味が無かったんだ」
「まあ、そうだったんですね」
 カノンがビックリして口元を押えた時、扉のところで音がした。
「どうしたの? 何かあったの?」
「ああ、待っていたんだ。ガラテア。あの指輪を持っているか?」
「指輪‥‥ですか?」
「そうだ。少し貸して欲しい」
「はい」
 リルに問われてガラテアは、首から下げていた指輪を差し出す。
 それは、猫目石の指輪。
 リルの持っているものと同じ、かつての夫ビンシャーから受け取った唯一に近い思い出の品。
「なあ、ガラテア。お前さんの旦那はあんたをちゃんと信頼していたんだ。この仕掛けは二つの指輪と、そしてあんたに残した言葉がないと解らない物だったんだよ」
「えっ?」
「『猫の目は真実を見つめる』‥‥見てろよ 」
 ガラテアから受け取った指輪を手の中で躍らせてから、リルは指輪をそっと猫の目の中へ嵌めた。
 二つの目が揃った『猫』は最初の虚ろな眼差しではなく、確かな一点を見つめている。
「‥‥ここだ!」
 光彩の示す先をリルは指で追うとある一点を指差した。
 そこは壁。古いタピストリーがかけられている。
 タピストリーを捲り、下の石壁を露出させる。ざっと見ただけでは解らないが、そこに何かあると思って見てみると。
「その石、色がなんとなく違う! まさか!」
「ああ、多分、そうだろうさ」
 ティズの言葉に頷きながらリルは、そっとその石を外した。
 見れば中に空洞がありその奥には小さな小箱が‥‥。
「ほら、やっぱりあった。これは、あんたのものだよ。ガラテア」
 穴から取り出した小箱をリルはガラテアの手へと握らせた。
 受け取ったガラテアは、静かに蓋を開ける。と、中には
「うわ〜〜! すご〜い!」
 冒険者も驚く、眩い宝石の光が輝いていたのだ。
「‥‥隠し財産。本当に‥‥あったのですか‥‥?」
 中に入っているのはサファイア、ルビー、エメラルド。
 普通の宝石だけではなく、魔法を帯びた特別な細工の指輪も多く、これを全て売っただけでも一財産に十分なると思えた。
「ビンシャーは、ちゃんとあんたを信頼していた。だから財産をちゃんと残していたんだよ」
 リルは優しく告げるがガラテアの顔はそれでも冴えなかった。
「でも‥‥これは、単に財産を他人に奪われたくなかったからかもしれませんわ。私に残したというわけでも‥‥」
「あーっ! どうしてそんなに自信が無いのかなあ? 自分が信頼され、愛されてたって自覚ないの!」
「もし、本当に愛していたというのなら‥‥それを言葉に出して欲しかった」
 宝石箱を手にしながらも俯くガラテア。その瞳には涙が溢れている。
「でも‥‥これが隠し財産なら、あの鍵は一体どこに?」
 蝶鹿が考えるように言ったその時
「指輪は、信頼の証であると同時にビンシャーが自身に問いかけ己が戒め。彼は、きっとおぬしやミカ猫を財産や家に縛りたくはなかったのでござるよ!」
 背後からの声に全員が振り返った。
「ゲンちゃん?」
 女装ではなく、忍者の姿をした幻蔵はいつになく真剣な顔をしている。
 だから、掃除をサボったツッコミを今は飲み込んで、幻蔵の言葉をティズも今は遮らなかった。
 彼の手に握られているのはあのミカエリス。猫の背に埋められていた小さな鍵。
 それをガラテアの手に幻蔵は黙って握らせた。そして手を引く。廊下へ向けて
「自身の死を意識し、それまでの己の生涯を振り返り己が築いた財産ゆえに自身ばかりか家族にまで不幸になったと考えたとすれば?
 おぬしを家から遠ざけたのも財産争いから守る為と考えられないか?」
「えっ?」
 やや強引な誘導に戸惑いながらもガラテアは幻蔵に引かれるままその後をついていく。
 冒険者もその後ろに。そして幻蔵は歩きながらガラテアと仲間達に語ったのだった。
 バルドロイが語った真実の欠片を

『あいつの最初の夫人は強盗に殺されたんだ』
 なんとなく、寂しそうな顔でバルドロイは幻蔵にそう言った。
 あの頃はバルドロイもまだ財産を残していて妻もいて、家族ぐるみで仲良くしていたものだった。
 元を正せばビンシャーが宝石商を始めたのは愛していた奥方に似合う宝石を贈りたかったからだ、という。
『奥方はちょっと浮世離れした人でな、お金や宝石とか商売とかそんなものにまったく興味を示さなかった。ただ本当に笑顔の美しい人だった』
 ブルジョアの道楽とも思われがちだったがそれ故に利益を求めない方針とセンスの良さに商売は成功したのだろう。
 けれども、それは突然起きた。
 ビンシャーと息子の留守中。家を守っていた夫人を強盗の刃が襲ったのだ。
『家に残っていたのは夫人と、何人かの使用人だけで金を要求した強盗に、金のありかを知らず出す事ができなかったのだとか‥‥。結局強盗は目ぼしいものを何も取れず腹いせに奥方を刺して逃亡。コリンはそれを見ていたんだとさ』
 外出から帰り、全てを知ったビンシャーは嘆き悲しんだ。と同時にまだ幼い息子を思い妻を病死とし、その事実を封じた。
『あいつはよく言っていた。本当に大事なものは金でなど買えないのに人は何故、それが解らないのだろう。とな』
 その後、息子をなくしたビンシャー、自分自身も妻子をなくしたバルドロイ。疎遠になってしまった二人が再会したのは皮肉にもビンシャーの死。その当日の事だったという。
 金の無心に行ったバルドロイにビンシャーは抱いていたミカエリスを渡すと微笑んで言った。
『まだ、金にこだわっているのかね? 本当に大事なものは金でなど買えないのに』
『うるさい! そんなものは金を持っている奴の言い草だ!』
 猫を下ろし、思わずビンシャーを強く押す。
 彼がしたことは本当にそれだけだったが、何のきっかけか、神のイタズラか。
『うっ‥‥』
 ビンシャーはそのまま息絶えてしまったのだという。
 後の世で言うなら病で弱っていた心臓が、急激なショックにより麻痺を起こしたというところなのかもしれない。
 呆然としたバルドロイだったが、我に返ると猫を渡す前のビンシャーの言葉が頭を過ぎる。
『金などもうワシの手元には無いよ。大切なものは全てこいつと妻に託した』
 見るとミカエリスの背にはできたばかりのまだ血のついた傷があり、その下が盛り上がっていて何かがあるような気配でもある。そして首には金目に見える指輪が。
『待て!』
 一度手放した猫は、再び掴もうとするバルドロイから身軽に逃げ飛ぶ。その手を引っかき血さえ出させた。
 そして逆上したバルドロイは
『このくそ猫がアア!!』
 ざくっ。
 剣で猫に切りつけたのだ。物音を聞きつけやってきたコリンとシュザンヌ。開いた扉から逃げた猫はそのまま闇に消えてしまった。
『川の側で血が途切れていたので川にでも落ちたかと思った。その後、隠し扉を見つけたが鍵が無くて開かず、わしはコリンと手を組みビンシャーの死に口を噤んだ。そして財産を手に入れようとしたのだ‥‥』

 幻蔵の話を聞きながらリルはなるほどと、頷いていた。
 その後きっと、紆余曲折の後下町に流れ着いたあの猫は人嫌いになって家に戻らず、猫達を束ねるようになったのだろう。
 それだけの事があれば、人間不信になるのも理解ができる。
「では、その鍵の使い場所は‥‥」
 蝶鹿が口に出した疑問を、カノンは優しくサポートする。
「もう、ここまで来れば解りますわ。猫の像は二つ。一つには財宝が隠されていた。『猫の目は真実を見つめる』‥‥。それが本当なら‥‥」
 その言葉の答えが言われるより先にある部屋にたどり着いていた幻蔵は、扉を開ける。
 かつてコリンとバルドロイと戦った戦場。ビンシャーの書斎。
「この部屋の猫には目が入ってるな。で、その目の見つめる先は‥‥」
 一つの机。
 冒険者達はその引き出しを開くと、奥に小さな隠し扉があるのを見つけた。
 きっとここまでは、バルドロイやコリンも見つけていたに違いない。
「だから、ここを戦場に選んだんだろうな。ほら」
「うむ」
 幻蔵が差し出した鍵をリルはガラテアに握らせた。
「ミカ猫の指輪とこの鍵は本来ミカ猫が逝った後に、弔った者の手に入るもの。
 ミカ猫の指輪と対をなす指輪を贈られたのも貴女だ。
 これは順当なら先に逝くだろうミカ猫の面倒を貴女に見て欲しいという遺言じゃないかな」
「あの人の‥‥?」
「一匹で指輪と鍵を守り通したミカ猫の存在を受け入れてくれ。奴と貴女は同士、仲間なんだ。
 そうすれば奴も貴女を認めるよ。鍵を開けるかどうかは貴女に任せる。できれば彼の心を過去から解放してやって欲しいけどね」
「はい」
 震える手で、だがガラテアは強く頷くとその扉を開く。開いたその扉から乾いた音と共に落ちたもののは
「‥‥手紙?」
 幾枚かの羊皮紙だった。
「やはり‥‥。読んでみてはいかがですか?」
 カノンは落ちた手紙を拾い上げ、ガラテアに渡す。頷いて広げたその手紙には‥‥ビンシャーの最期の、そして真実の言葉が綴られていた。
『ガラテア。
 不器用な私を許してくれ。
 私は妻に先立たれてから人を愛する事が怖かった。財産を持っていることが怖かったのだ。
 それでもミカエリスが生きている間はあいつに財産を残してやろうと思っていたが、あいつも財産があったが為に死んでしまった。
 財産が私の大事なものを全て奪ってしまったのだ。
 もう、財産にこれ以上大切な者達を奪われたくない。だから、手を尽くし財産を隠した。そして財産がなくなってもなお。お前が私を愛してくれるなら、心を伝え改めて愛を伝えるつもりだった。
 けれども、その前に私には病が見つかった。不治のもの。残された命はもう、あまり無いのだそうだ。
 だから、私は何も告げずに逝くことにした。愛するお前達を縛りたくはないからだ』
「あなた‥‥」
 そして手紙はこう結ばれていた。
『もし、ミカエリスとお前が共にあれば、私が隠したものに気付く事があるかもしれない。もし、気がつかなくてもきっとお前達なら財産など無くても幸せに暮らせるだろう。
 私が願うのはただ一つだ。どうか‥‥幸せに‥‥。
 愛する我が妻よ‥‥』
 手紙を抱き、ガラテアは膝を付いた。
 ずっと欲しくてたまらなかった物。愛する夫からの真実の言葉。
 彼女は膝を付き、涙する。喜びと感謝の篭ったその輝き。
 蝶鹿は思った。この輝きの前では宝石の光など、何の意味も持たないと‥‥。

○そして、猫の集う家
 牢屋に二度目の来訪者が現れたのは最初の来訪者が来てより二日の後だった。
「久しぶり。元気だった? っていうのもおかしいかしら?」
 ワザと明るく告げた蝶鹿の言葉を、告げられた方のコリンは無言でスルーする。
「もう、ご挨拶ね‥‥。でもいいです。
 私は貴方に賛同も協力もしません。
 ですが同情はします。
 むしろ貴方にとっては最も屈辱かもしれませんが」
 一緒にいた時とは違う、本来の姿と言葉で彼女は真実の思いをコリンに話した。
 隠し財産の真実と共に‥‥
「信じられるのはお金だけ‥‥。
 否定しません。人の信念はそれぞれです。
 そう思う人も実際にいますから。
 ‥‥ですが、本当にお金だけを信じている人はそこまでムキにはなりませんよ」
 ふと、蝶鹿は思う。コリンはビンシャーの前妻に思いを寄せていたのでは無いだろうか。
 使用人の子。そうだとしてもしかも本当にまだ幼い時だったろうから、恋心とは違う思いだったろうけれど。
 お金があれば、彼女は死ななかった。
 そんな思いが金への執着を呼び、真実を知らないまま恵まれた笑顔のミカエリスに苛立ちを呼びやがて‥‥。
 これは、あくまで掃除の合間に調べたことからの推察に過ぎない。 
 だが、金にこだわる反面、シュザンヌと違いコリンが自らの金や財産で豪遊していたという話は聞かない。
 だとしたら彼も本当は知っていたのかもしれない。
「『本当に大切なものはお金では買えないんだよ』‥‥か」
 親友と、恋人、生きる目的と財産の全て。そしてやがては命も。
 それを全て失ったこの男に、これ以上かける言葉はもう無いと解っている。
 だが
「‥‥貴方の腕なら脱獄くらい出来ますか?
 ですがこの国ではもう生きていけないでしょう。
 月道の費用くらいなら出しましょうか」
 それでもあえて、蝶鹿は笑いかけた。もう取引の必要も無い。
 ただ、純粋な思いがあっただけだ。
「逃げろとでもいうのか?」
「いえ、ただ、ちょっと語らってみたかっただけですよ。どん底に落ち込んだ今の貴方なら、きっと金目当てとは違う生き方ができるんではないかな、と思ったので」
 少し上げられた顔と声に蝶鹿は笑顔を向ける。
 コリンは、フッと笑ってだが顔を背けた。
「もう、先の無い俺になど構うな。見つけたとしても今更やり直せはしない」
「そうですね。余計な事をしました」
 ぺこり、頭を下げて返ろうとする背中に
「待て!」
 声がかかった。振り向き蝶鹿は瞬きする。
 そこにはすっくと立ち上がった今まで見たことの無い強い眼差しの戦士の姿があった。
「俺は、あいつに引け目を持っていた。何においても俺より劣っているに、恵まれた幸せな男を。取り除けば、貶めれば楽になれるかと思っていたができなかった。あいつは‥‥本当は俺にとって大切な奴だったんだろうさ‥‥」
「コリンさん」
 もし、ほんの少し何かが違えばあったかもしれない。
 コリンがミカエリスを補佐し、皆が幸せに暮らす未来が。
「本当に大切なものは失ってから気付く事が多い。そうならないように気をつけるがいいさ」
 返ってきた言葉。紛れもない彼の真実の思い。
「はい。ありがとうございました」
 それを確かに受け取って蝶鹿は心からの思いで頭を下げたのだった。

 冬の庭。
 微かに雪さえも積もったその庭を、何匹もの猫達が元気に、楽しそうに駆け回っている。
「いや、いい光景だ」
 それを嬉しそうに、楽しそうにリルは見つめていた。
「なあ、そう思わないか?」
 横の木の上に立つ銀の猫はそれに答えず、ただ、仲間や子供達が駆け回るのを見守っていた。

「結局、この家には一緒に住まないんだよね」
 ティズの問いにそのようですね。とカノンは答えた。
「でも、この家に残り家を守るガラテアさんを気にしてはいるようですし、仲間達をあれだけ連れてきたのですからいずれ和解するつもりはあるのではないでしょうか?」
「う〜ん。やっぱり、私の勝手な想いとしてはガラテアと一緒に暮らしてほしんだよね。でも、それは急ぎすぎかな」
 小さく舌を出すとティズは微笑んだ。手の中には報酬としてもらった指輪がある。
 一人一つずつ。あの宝石箱の中から貰った指輪だ。
 冒険者に全て渡すとガラテアは言ったが、これは彼女の今後の為にと残されたもの。後は彼女が受け取るべきものと冒険者は断ったのだ。
「ええ、きっといつかこの家は猫と人が仲良く過ごすステキな家になりますわ。それを私は歌いましょう」
「そうだね。今日は新しい旅立ちの日になるよ。きっと!」
「ティズ殿〜。これはどこに運べばいいのでござるかあ〜」
 山のような食材を抱えよろめく幻蔵にティズは
「ちょっと待って! それはキッチン。あとは向こうの片付けもあるんだから、今度は逃げちゃダメだよ」
「逃げないでごさるよ。まったく人使いの荒い‥‥」
「なんか言った? これからガラテアと猫達の為のご馳走作るんだから」
 言うと明るく笑って走っていく。
 最初に来た時にはまるで廃墟のようだった家は、今、光と笑顔を取り戻していた。
「ミカエルってのは天使の名前だっけ? お前はその名前、気に入ってるの?」
 呟いたリルに銀の猫は小さく首を向ける。足元にはリルの猫が主を心配するように見つめている。
「なあ、こいつの名前、ガブリエラってのはどうかな? 綺麗な名前だろ? よく噛み付くからってのもあるんだけどさ」
 こいつと呼ばれた猫は小さく首を傾げている。
 それと目を合わせ、トン、と下に降りると
 ニャアーと、鳴いた。
 呼ばれたように動き出すリルの猫。
「あ、おい! 待てよ!」
「単に遊ぶだけのようですわよ。心配無用ですわ」
 まるで娘に置いていかれたような顔のリルにカノンは微笑んで言う。
「けっこう気に入っているようですわね。ガブリエラという名前」
『行くぞ、ガブリエラ』
 そう呼んでミカエリスとガブリエラ。天使の名を持つ猫達は共に仲間の輪へと入って行ったのだ。
「猫に名前をつけるのは難しいっていうらしいですけど、良い名前をつけたのではありませんか?」
「それなら良かったけど〜。う〜ん、なんか複雑。ガブリエラがミカ猫と仲良くなるのは嬉しいけど、置いていかれるのはなんとなく寂しいジレンマ?」
「それは、もう親の心境ですわね。リルお父さん」
「俺はおじさんでもなければ、お父さんでもない!」
 反論し、笑いあうリルの手の中には返ってきたあの猫目石の指輪が報酬の指輪と一緒に強く、大事に握られていた。
 
 その後、このビンシャーの家は長く、猫達の集う家と呼ばれた。
 ガラテアは、長くこの家に住み、猫おばさんと呼ばれ猫と、子供達に好かれるようになったのは後の話。
 カノンの歌う歌が、キャメロットで長く伝えられるようになった後の話である。