【フェアリーキャッツ】猫奪還作戦

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月21日〜12月26日

リプレイ公開日:2007年12月29日

●オープニング

 ギャアアアッ!
 鈍く、思い悲鳴が屋敷に響き渡った。
「止めて! コリン、バルドロイ。ミカエルが‥‥死んでしまうわ!」
 だが、男達は必死で止めるガラテアの声など聞きもせず、猫の背中をナイフで探る。
「確かにここに傷があった筈、何かが埋め込まれたような‥‥。なのに何故、無いんだ?」
 苛立ち、声を荒げるバルドロイに対し、コリンは冷静に考えを巡らせる。
「背中の肉が何かでえぐられているぞ。おい、バルドロイ。お前、ひょっとして、酒場で‥‥」
 コリンに言われバルドロイも思い返す。
「そう言えば、こいつの背中に爪を立てていた猫を、ナイフで払ったが‥‥まさかあの時?」
 最悪の可能性に気付いた二人は顔を見合わせ、舌を打つ。
「くそっ!」
 思えば一年前。屋敷を家捜しし、ビンシャーの使っていた机の奥に小さな隠し扉があるのを見つけた。
 特別な細工の扉で鍵が無くては開かない。
 だが、肝心の鍵はどこを探しても見つからなかったのだ。
 バルドロイの話を聞き、鍵のありかを調べて一年。やっと、念願の宝、その鍵が手に入ると想ったのに。
 コリンの顔も不機嫌だ。
「あれだけ大騒ぎして猫を連れてきた以上、下手に冒険者ギルドに戻ったら冒険者どもが煩いだろうな‥‥」
「ありえぬとは思うが指輪に何か隠されている、と言う可能性もあるしな‥‥」
 二人は顔を見合わせ考える。
 どうしたら思いの物が手に入るだろうか? と。
 擦り寄ってきた冒険者もいたが、どうも信用がならないし、鍵をよこせと言って素直に応じはしまい。きっと多額の金を要求される。
「仕方ない‥‥。ガラテア!」
 もう敬語さえ使わず、見下してコリンは元主人だった女を呼ぶ。
「いいか? この猫の命を助けて欲しかったら鍵を探して来るんだ! 多分、冒険者達が持っている筈だし、そうれないとしても、奴らは何かを知っている筈だ」
「‥‥そんな‥‥。もう止めてコリン。あの人は財産なんか残さなかったのよ」
 泣きながらガラテアは訴える。だが男達はもう止まらなかった。
「そうだとしても、俺は最後まで諦めない。ミカエリスのものは全部頂くと決めたんだからな」
「ワシとてそうだ。貴族の家に生まれたワシが何故、ビンシャーに頭を下げねばならぬ。奴は死んだのだ。継ぐもののない残された財産を有効利用させてもらって何が悪い!」
 震えるガラテアは、ゆっくりと歩き猫の側に寄った。
 衰弱した血まみれの猫を抱き寄せ、薬を飲ませる。
「おい! 勝手な真似を‥‥!」
「解っています。貴方達の言うとおりにします。万が一のために私の指輪も渡すし、冒険者から必ず指輪と鍵をを手に入れて見せます。但し、その代わりミカエリスの命を助けて下さい。それが条件です」
 静かに、だが強い眼差しで言ったガラテアに、コリンはバルドロイと顔を見合わせ‥‥頷いた。
「いいだろう。こいつは殺さない。お前が鍵を手に入れ戻るまで、必ず生かしておくと約束しよう」
「もし、私が戻った時、ミカエリスが死んでいたら夫から財産を受け継ぐ正当な後継者として財産を狙うあなた方を告発します。私も罪に問われるでしょうけどその時は家も財産も全て王国に寄進しますから」
 屋敷の女主人の威厳で、ガラテアは告げると猫を自分の上着に包み、ベッドに横たえて外へと出て行く。
 二人の男達はその様子を気圧されるようにただ、無言で見送っていた。

「あの裏切り者の男を殺して!」
 甲高い声で詰め寄る女を、係員はなんとかなだめ、止めようとする。
「冒険者ギルドは殺人などの犯罪行為には加担できないんですよ」
「だって、冒険者が言ったわ。恨みに思う人物を始末してやるって! あの人は私を最後の最後で除け者にしたのよ。ずっと、ずっと力になってきたのに‥‥」
 豪商の妻。その仮面をすっかり外してしまったことさえ気付かないほどに、彼女シュザンヌは半狂乱だった。
 コリンの『裏切り』に。
「あの人の為に私は罪を犯してきたのに、あの人は自分だけ目的を果たそうとしている。そんなの許さない。絶対に許しはしない!」
 シュザンヌがコリンの為に犯してきたという『罪』
 それも何れは光に当てねばならないだろうが、今はそれよりも優先すべき事があるのだから。
「猫を助けるために力を貸して下さい」
 依頼人ガラテアはそう言った。
「今、屋敷に連れ戻された猫を取り戻したいのです。その為には彼らが望むものを手に入れなければなりません。鍵と指輪。それを持ってくることが条件なのです。ミカエリス、あの猫が両方持っていた筈なのですが、見つかりません。どうか探して下さい。あの子を助ける為に‥‥どうぞ‥‥お願いします」
 ガラテアは知らない。
 鍵と指輪。二つのアイテムは既に冒険者のところにあることを。
「私からも依頼を出すわ。コリンを殺すのが犯罪だというのなら。それが許されないというのなら、屋敷に篭るあいつらを捕まえて! あいつらは犯罪者。問題はないでしょう!」
 シュザンヌは金貨の袋を差し出す。彼らの罪が暴かれるということは、自分もまた‥‥ということに気付いているのだろうか‥‥。
 
 冒険者は鍵を見つめる。
 これが冒険者の下に落ちたのは偶然だろうか。
 いや、違う。主の思いに答えようとした猫の爪が生んだ奇跡。
 冒険者は指輪を見つめる。
 これが冒険者の下に渡されたのは偶然だろうか。
 いや、違う。
 この指輪が信頼の証なら、冒険者の手に渡されたのもまた必然。
 信頼の証なのだ。

 冒険者達は最後の作戦を開始する。
 犯罪者確保ではなく、猫奪還作戦を。 

 

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb7784 黒宍 蝶鹿(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec3256 エルティア・ファーワールド(23歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3466 ジョン・トールボット(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

大宗院 透(ea0050)/ 大宗院 亞莉子(ea8484)/ リーシャ・フォッケルブルク(eb1227

●リプレイ本文

○誓い
 知らないものが見れば、驚くことだろう。
 彼らが集ったのは一匹の猫を救うためだ。
 もとは、ただの野良猫。
 飢えて、その辺に転がりのたれ死んでも誰も気にも留めない。
 自由の代わりにそんな不自由を背負った一匹の猫に過ぎない。
 なのに何故、これほどまで歴戦の戦士達、勇士達が集い、動くのか。と。
「まあ、俺は姉貴に頼まれたからな」
「いくらでもこき使って下さい。その為に呼んだのですから」
 イギリス最強のレンジャーの名声高きクオン・レイウイング(ea0714)は、そんなことをさらりと言ってのけるカノン・レイウイング(ea6284)に反論もせず、小さく肩を竦めた。
「猫の命が人の命のそれより価値がないと、誰が決めたと言うのでしょうか? お互いの生きる立場の違いから命を奪い合う事があるのは仕方ないとしても生命の尊厳を忘れていいはずが有りません。人と動物が共存する為に私は全力を尽くすつもりです」
 無理にでも連れて来ると言って、実際そうしたこの姉に弟は無論、逆らえないし、逆らわない。
 逆らうつもりも無い。彼もある意味同感であるからだ。
「で、クオン。向こうの様子はどうなのですか?」
「ああ、あの馬鹿な年増女なら俺を信用して話をベラベラ喋ってくれたぜ。二人の裏切りにやっぱり怒り心頭だったようだ。金目当てにやっぱり息子の方を亡き者にしたとさ」
 顔を知られていない事を利用してクオンはシュザンヌから話を聞いていた。
「コリンは、ミカエリスが嫌いだって言ってたわ。だから、最初からいずれは殺して財産を手に入れようって言ってたの。私はそれに乗っただけよ」
 シュザンヌの一番愚かな点は今、ある程度幸せな生活を手にしているのに、さらに前夫の財産にまで手を出そうとした点だ。
 無論、怒りに任せて自分の罪を告白した事も。今は大宗院亞莉子が監視しているが
「ま、事が終わったら牢屋行きだな。それだけのことを奴らはしている」
「全く、酷いもんだね。お金と命を天秤にかけてお金を選ぶなんて信じられないよ!」
「本当にぃ〜、呆れるほど情けない人たちですよねぇ〜。猫にも劣るどころか比べるのが猫にさえ失礼ですぅ〜」
 ティズ・ティン(ea7694)もエリンティア・フューゲル(ea3868)も憤りを隠してはいなかった。
 そう、彼らは怒っていた。私利私欲の為に一つの命を奪おうとしている人間の、その汚さに。
「まあ、あのコリンに限って言えば欲だけが目的ではなかったようだけどな」
「人の理由など関係ない。猫には、ミカエリスには自由が良く似合う。その為にも何としても救い出さねば。そうであろう? リル殿」
 ジョン・トールボット(ec3466)の言葉には、リ・ル(ea3888)は頷かなかった。
 ずっと守っていた沈黙を破り、静かに立ち上がる。
「‥‥言い訳も、御託もしないし必要ない。俺はあいつの力になる。そしてあいつを助ける。これが、信頼の証しだと言うのならそれに必ず答えてみせる!」
 手の中の指輪には力が込められている。
「そうですねもう葉隠様達の方も動き出すはずです。わたくし達も用意を致しましょう。彼を助け出すために」
 静かに告げたセレナ・ザーン(ea9951)の言葉が合図となる。
「解りました」
 冒険者達は頷きあって、動き始める。
「リルさん?」
 動かないリルにエルティア・ファーワールド(ec3256)は呼びかけ、そして聞いた。
「待っていろよ。ミカエリス。必ず助けてやるからな。だから、絶対に生きているんだ!」
 リルは呟く。まるで誓いを立てるように。
 リルは呼びかける。声は遠いあの猫には届かないと解っていても思いは伝わると信じて‥‥。

 硬く内側から閉じられた扉。吐き気がするほど暗い家の中。
「お困りみたいね?」
「誰だ!」
 突然湧いて出た人影と声に、彼コリンは手に持った燭台を向けた。
「お前は‥‥」
 そこには、どこから入って来たのか黒宍蝶鹿(eb7784)が微笑み、ベッドに腰をかけていた。
 そのベッドには手足を縛られ、出血で血の気の抜けた顔をしたあの月の猫。
 ミカエリスが横たえられている。
「まだ、生きてる‥‥。良かったわね。万が一これが死んでたらあの男に殺されていたかもしれないわよ」
 ほんの少し安堵の笑みを浮かべる蝶鹿。
 だが、目の前の男は笑みとは程遠い顔をしていた。
「お前! 何しに来た。もう用事は無い筈だろう」
 怒り、苛立ち、憤りに顔を赤らめるコリンにベッドから慌てて飛び降りた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そっちにはもう無くてもこちらはあるの!」
 言いながらコリンの前に立つ。
「あんた達が予定より早く猫攫ったせいで裏切りがバレかけてるわ。お蔭でもうここでは冒険者続けられそうにない。あんた達のせいよ!」
 指を指し、怒りに顔を上気させて。だが、コリンもそれに表情を変えるほどの小者ではない。
「そりゃあ悪かったな。だが、それはお前が悪いんだ。俺達に関係は無い」
 しれっとした顔で答える。本当に微塵も悪いなどとは感じていまい。
 それならそうと‥‥。
「あら? それなら今回の事全部ぶちまけてやるわ。面白おかしく脚色なんかしちゃってもいいかもしれない。不倫の恋に主殺害。財産横領。知り合いの吟遊詩人ならこれだけで歌を作って広められるかもね」
 蝶鹿は半ば脅迫に近い形でコリンに告げる。
「それがイヤならお金を頂戴。財産を手に入れたんでしょ? とりあえず来月の月道で逃げるからそのお金くらいは欲しいのよ。それくらいなら‥‥ね? いいでしょ?』
 媚を売るように甘えて。
「だが‥‥まだ本当の意味で金を手に入れたわけでもないし‥‥」
 歯切れの悪いコリンに蝶鹿はさらにダメ押す。
「ただ、とは言わないわよ。いい情報教えてあげる。その代金と思えばいいわ。私を信じなさいよ」
「情報? いいだろう。話せ」
 今度は本気の顔で近寄ってくるコリンに蝶鹿は
(「やったわ! あとは、彼が来るのを待つだけ」)
「ええ、‥‥いい?」
 思いを胸に隠して話し始めたのだった。
 
「私も、行きます!」
 そう言ったガラテアにリルは首を横に振った。
「ダメだ。かえって邪魔になる」
 きっぱりと、はっきりと。
「聞けばあの男達。無駄に実力だけはあるようだな。お前さんの裏切りを知られ、万が一にもミカ猫を傷付けられるわけにはいかない。勿論お前さんを捕らわれる訳にも‥‥な。それにある作戦が既に動き出している」
「でも‥‥」
 心底申し訳無さそうな顔を浮かべるガラテアに、
「そこまで言うなら仕事をやるよ。ほら、こいつを預かっててくれ」
 リルは白い布に包まれたものを差し出す。
 大きくて、重くて‥‥暖かい。
 受け取ったガラテアは、即座にそれが何か、気付く。
 慌てて開いた布の下からは大きく、澄んだ瞳が二つ。ガラテアを見つめている。
「これは‥‥?」
「俺の猫だ。ミカ猫を守ろうとして怪我をした。帰ってくるまで見ていてくれ」
 笑うリルの言葉の意味を理解し、ガラテアは、はいと頷いた。
「心配なら俺の知り合いの店を紹介する。そこは信頼できる相手だ」
 サポートの大宗院透がついていてくれるというしリーシャ・フォッケルブルクも手配をしてくれる。
 これでガラテアと猫の心配は無いだろう。
 そして彼らは動き始める。
 後顧の憂いは無い。あとは、ただ、前を見据えて戦うのみ。
 彼女の腕の中の猫と、ガラテアから預かった指輪。
 二つの揃った猫の瞳に真実を見せる為に。

○冒険者の提案
 屋敷の中から外を伺っていたコリンは、
「ん? ガラテア?」
 戻ってきた本来の屋敷の本来の主人にふと、気がついた。
『彼女』は門扉に手を伸ばし、屋敷の庭へ、そして中へと入ってくる。
「お前の言った事が本当かどうか、確かめてやる。待ってろ!」
 蝶鹿と猫。そしてバルドロイを残し部屋の外に出た。
 そして、残された二人は暫くの後。
「連れて来たぞ」
 コリンの後をついて、顔を下に向けて入ってくる『ガラテア』を迎えたのだ。
「鍵は? 鍵はあったのか?」
「は、は‥‥い。持ってきた‥‥ました。冒険者が持っていたので‥‥す」
 上品で静かな声に、ほお、とバルドロイは楽しげな声を上げた。
「知らなければ騙されてしまいそうだ。なるほど、東洋の術とやらはたいしたものだ」
「そうでしょ? 人遁の術っていうのよ」
「えっ?」
 顔を上げた『ガラテア』は
「あっ!」
 声を出してしまい、慌てて口を押えた。それで解ってしまう。
『彼女』が『ガラテア』で無い事が。
 慌てて逃げ出そうとする彼女の後頭部を、バルドロイが剣で強く打ち付ける。
「うきゅうっ〜」
 バッタリと倒れる『彼女』を足で蹴りながらコリンは笑った。
「まあ、仕草とか動きが違うから、言われれば違和感に気付いたかもしれないが、感謝するぞ」
 勝ち誇った顔の男達に蝶鹿に肩を竦める。
「感謝なんて別に要らないわ。約束のお金が貰えればいい。でも、まだ油断はできないわよ。こいつはあくまでここに忍び込んで中からミカエリスを奪い返す役。もう少しすれば彼の合図を待って本隊であるリル達がやってくる。あいつらは、本当の実力者よ」
「解っている。だが、奴らの目的は猫の筈だ。猫がこちらの手の内にいる間は余計な手出しはできない筈だ」
 楽しげに『彼女』を見下ろしコリンは言う。
「悪党ね。あんたも‥‥」
 吐き出すように言う蝶鹿のあてつけをコリンは気にした様子もなく、笑う。
「善人なんてこの世では生き残れないのさ。まあ、世の中の運と金はそういう善人とやらに何故か集まるようだが」
「まったく、馬鹿な話だ。ちゃんと活用できるものが手にするのが筋というものだろうに」
 ガハハと同意するようにバルドロイも笑っていた。
 似たもの同士なのだろう。この男たちも。
「馬鹿な男達‥‥」
「何か言ったか?」
 微かな蝶鹿の本音の吐露に気付きはしなかったようだ。
「別に? で、これはどうするの? 冒険者を始末したらギルドが動くわよ。これ以上大事にしていいの? 私は来月消えるからいいけどね。それより、いい考えがあるんだけど‥‥乗らない?」
 明るく蝶鹿は言って指で男達を呼び寄せる。そして
「実はね、リル達はもう近くに来ているのよ。だから‥‥」
 コンコン。
 足で軽く倒れた『彼女』に合図。『彼女』葉霧幻蔵(ea5683)の頷きを確認してから
「あいつらに屈辱感を味合わせつつ‥‥ってのはどう?」
 作戦を提案したのだった。冒険者の提案を‥‥。

 トン!
「来たか!」
 屋敷窓から放たれた矢をリルは引き抜いた。
「作戦はうまく行っているようだな」
 彼の背後からクオンが文を覗き込む。
 これは、コリンからの呼び出しの文。
『お前達の仲間は預かった。返して欲しければ本物の鍵と指輪を一人でビンシャーの部屋まで来い。持って来い。明日まで来ない場合には猫とこいつの命は無い』
 典型的な悪者誘拐犯の常套口調だ。
「これによると蝶鹿さんも成功してうまく誘導しておいでのようですね。ガラテアさんに持って来いとは書いてありませんわ」
 セレナの言葉にリルも頷く。一番心配だった点はガラテア以外は入るな、と言われる事だった。
 唯一変装手段を持つ幻蔵が中にいる以上、そう言われたらガラテアを連れて来ない訳にはいかない。
 でも、幸いその心配は要らないようだ。
 唯一の誤算は屋敷の中に入れ、と言っている事だがこれも、逆の意味で考えれば冒険者達に有利であると言えた。
 エリンティアが念のためブレスセンサーで状況を確認する。倒すべき人数の把握の為。
「えっとぉ〜。館の中に今いる人間は四人ですねぇ〜。幸い雇われゴロツキとかはいないみたいですぅ〜。みんな一つの部屋に集まってますぅ〜。食事とか夜を待てば隙も見えそうですがぁ〜」
「早く彼を助けねばなりません。彼の命の灯火は刻一刻と小さくなっていますから。先日の彼の安全を忘れてしまったミスはここで取り返さなくてはなりません」
「明日まで待っている余裕は無い。今から行くから、皆、頼むな」
 指輪と鍵を握り締めたリルの言葉に仲間達は一人残らず頷いた。
「屋敷の見取り図、解る? 覚えている限りだけど教えるから」
 ティズの周りに冒険者達は顔を寄せる・
 作戦のいよいよ最終段階が動こうとしていた。

○作戦開始。そして‥‥
「なんだ? これは‥‥」
 手を縛り、足をロープで結わえ、捕らえた『女』の武装解除をしていたバルドロイはあるものを見つけ首を捻った。
 ドレス姿とはいえ手ぶらなスカート姿のどこに隠していたのか。それは決して小さくはない肖像画だった。
「これは、まさかラーンス卿?」
「ご存知ですか? それは噂に名高いラーンス卿の肖像画。美しき殿方に憧れる乙女の必須アイテムですわ♪」
「ブッ!」
 思わず「乙女」の下りで息を噴き出した蝶鹿。
 でも、それを気に留める以上にコリンもバルドロイも背中に感じた「モノ」にその顔面を白くしていた。
 いつの間にやら解けつつある変身。
 作っていた声もやがて野太い男の声へと‥‥。
 だが視線は変わらず甘く、熱い。だから余計に気色が悪い。
「こいつ‥‥まさか‥‥?」
「そう、そいつ男よ」
 ケラケラ。楽しげに笑う蝶鹿。
 足を、手を縛られ転がされた、さっきまでの色っぽい姿で『彼女』ではなく『彼』となった元ガラテアは
「あ〜ら。よく見れば二人ともいい男♪ 恋しちゃいそ☆ 任務に失敗した私を、慰めて‥‥く・れ・る?」
 ゾゾゾゾゾ!
 首筋の毛さえ逆立つ恐怖に二人は肩を竦める。そこに丁度窓から入ってくる人の影。
「! 来た。冒険者がやってきたぞ。俺はあいつと交渉してくる」
「ま、待て。俺も行く。お前! 金はちゃんと払うからミカエリスを預かっていろ! 絶対に目を離さず、逃がすな。いいな!」
 逃げるように部屋を出て行くコリンとバルドロイ。それを見送って
「ご苦労様。思った以上に上手くいきましたね。流石! 名演技♪」
 パチパチパチ。蝶鹿は拍手を寝そべる迷(?)役者に贈った。
「所詮は小者と、いうことでござろう。ところで、拍手の前にこれを外して頂けぬか?」
 ひょい、と身体を起こした仲間幻蔵に笑いながら謝り、蝶鹿は手と足の縄を外した。
 肩を動かし、手を回し身体の動きを確認する。
 とりあえず、問題はない。
「では、蝶鹿殿、ミカエリスの方はよろしく頼むのである」
「任せて下さい。多分エリンティア様も近くに来てる筈ですね」
 ベッドの毛布に猫を包み、そっと抱き上げた蝶鹿はお腹と腹、両方に手を当ててみた。
 呼吸は‥‥思ったよりもしっかりしている。
 今なら、まだ間に合うだろう。
「すぐに渡して戻ってきます。リル様達をよろしくお願いします」
 互いに頷きあいそれぞれは走り出す。一人は窓へ。もう一人は扉に向かって。

 冒険者が待つように指示された場所は応接間ではなく、ビンシャーの書斎であった。
 部屋の窓を開けながら待たされていたリルは、待たせた相手に
「遅かったな。人を待たせるもんじゃないと親に教わらなかったのか?」
 そんな憎まれ口を叩いた。
「ふん! そのようなことを言える立場か?」
 先に入ってきたのはバルドロイ。そして後から注意深く様子を伺いながらコリンが入ってくる。
「人の気配は無い‥‥、なら約束のものを頂こうか?」
 挨拶より早く伸ばされたコリンの手を無視して、リルは一歩後退した。
「猫と交換の約束だろう? ミカエリス。あの猫を何故連れてこない!」
 武装していればこちらに切りかかってきかねないリルにコリンは、小さく嘲笑の笑みを浮かべる。
「何故、お前たちはあんな猫に拘るのか、気が知れないな。安心しろ。あんな猫にもう用は無い。鍵が本物だと確かめ財宝が手に入ったら直ぐに返してやるよ。お前らにもその鍵は用は無いだろう?」
「だが、お前らが不審な行動を取るなら、あいつの命は無くなる。そういうことだ」
 下卑た笑いを浮かべる二人に『今は』逆らうことができない。
 悔しさに唇をかみ締めながらリルはそっと、右手の平を差し出した。
 そこには二つの猫目石の指輪と小さな、小さな鍵が‥‥。
「よし! それだな。やっと見つけた!」
「ワシが先に手に入れる。ワシのものだ!」
 コリンとバルドロイ。二人の男たちは醜い程に我先にとリルに突進してくる。
 その瞬間。
「リル!」「リルさん!!」
 姉妹の呼び声がリルに届いた。とっさに鍵だけを投げ上げ、指輪を握り締めるとリルは身を沈めた。
 その頭上を光と魔の力を帯びた矢が二陣奔り過ぎていく。
「うあわっ!」「うぎゃああ!」
 響く悲鳴。床に落ちた鍵の音。それが合図となった。
 開いた窓から、そして内側の戸から、様子とタイミングを見計らっていた冒険者たちが、部屋になだれ込んで来たのだ。その数リルを入れて六人。
「な、なんだ? お前ら? 何故‥‥こんなに」
「ミカエリスを返してもらうために、みんな集まってきたのさ。さあ、これで終わりだ。生まれてきたことを後悔させてやるぜ」 
「な、なんだとお?」
 左手に刺さった矢を抜き押さえながら剣を抜こうとする。バルドロイ。
 剣を抜けば彼もそこそこの実力を持っていたのかもしれない。だが、その機会すらも彼には無かった。
 シュン! 
 かすかな音と共に再びあがる悲鳴。
「ぐああっ! な、なんだと!!」
 外の木の上からクオンは室内のバルドロイの右手を正確に射抜いた。
 両の手を矢で打ち抜かれた剣士にもう立ち向かう術などない。 
 それでもまだ握られていた剣は
「もうお止めください。あなた方に勝ち目が無い事はおわかりでしょう」
 セレナによって砕かれて落ちる。
「貴族の名誉とは金で回復するものなのか? 呆れたものだ‥‥」
 背後に回ったジョンが剣の柄で彼の意識を落とした時に呟いたが彼の返事は聞こえなかった。
 冒険者達の連係プレーによってバルドロイはあっけないほど簡単に、落ちて沈んだ。
 だが、それに比べるとコリンを担当したティズ達の方は、少しだけ苦労していた。
「待てええ!」
 コリンとティズ達の室内追いかけっこである。
 床に落ちた鍵を拾ったコリンは、それだけを握り締めると冒険者に囲まれたバルドロイを無視して扉に向かってダッシュした。
「期待通りに裏切ってあげるよ。これ以上はミカエリスには近づかせないからね」
 ティズとエルティア。阻む二人の隙を見事に潜り抜けてコリンは廊下へと脱出したのだ。
 二人も、リル達も懸命に追う。
 だが彼の足が想像以上に速く追いつけないのだ。武装をしている分とほとんど武器を身につけていない分の差である。
「くそっ! なんで、冒険者がここまでするんだ! たかが一匹の猫の為に!」
 コリンはそう毒づきながら走る。さっき魔法の矢に打ち抜かれた傷が痛むし、もう一度打たれたら確実に足が止まる。それでも、彼は最後のチャンスに向けて走っていた。
「あいつ‥‥、あの猫さえ使えば、人質にとれば‥‥きっとやつらを‥‥止められる。そうしたら‥‥」
 敵をまく為に階段を上ったり、降りたり。
 無駄なコースも走ったが、コリンはなんとかぎりぎり部屋へとたどり着いた。
 この中には蝶鹿がいて、ミカエリスを見張っている筈。二人で当たれば冒険者達もなんとか‥‥。
 そんな思考を巡らせながらコリンは扉を開けた。
 だが、そこにあったのは、開いた窓と無人のベッド。そして‥‥
「あら? 戻ってきてくれたのかしら。ゲンちゃん、か・ん・げ・き♪」
 男の姿でウインクをかます幻蔵だった。
「な、なんでお前が? あいつは‥‥どこにいったんだ? 猫は、ミカエリスは!!」
「ミカエリスなら〜、もう保護してガラテアさんのところで治療中ですぅ〜」
「なに?」
 振り返るコリン。目の前には妖しい忍者幻蔵。後ろには息を切らせたティズ達と、のんびりとした顔で笑うエリンティア。そして‥‥。
「お疲れ様です。ミカエリスは確かにお預かりしました。そしてちゃんと目を離さず、逃がさず、帰るべきところにお連れしました」
 頭を下げる蝶鹿の姿があった。口調も表情も違うが間違いなく、さっきまで彼に擦り寄ってきた冒険者の女だ。
「裏切ったのか! 貴様!」
 コリンは声を荒げた。だが
「ばっかじゃないの!」
 呼吸を整えてティズは言った。まっすぐにコリンを見つめて。
「裏切ったなんて、元々あなたは何にも、誰も信じていなかったじゃない。誰も信じない人が誰かに信じてもらえる筈なんてないし、裏切ったなんていうのはおかしいよ!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! この世で信じられるのは金だけだ。金は絶対誰も裏切らない。金さえあれば、誰も裏切りはしないんだ!」
 幼い少女。子供と言える年の女の子に諭されてもコリンは自分の非を認めようとはしない。
 最初に出会ったときには端整と見えた外見も汗と、涙でもはや見る影も無かった。
「ガラテアさんも趣味が悪いですぅ、こんな醜悪な顔をしている人に引っ掛かるんですからねぇ。その上バカで救いようが無いですぅ〜」
「お前ら! 冒険者は金で雇われて仕事をしてるんだろう! 猫は返す! 金もやる! だから俺の味方になれ。いや、放っておいてくれるだけでいい。頼む!」
 呆れ顔のエリンティアの嫌味も耳に入らないようにコリンは冒険者の足元にすがりついた。
 それをリルは、心からの哀れみの様子で見下げ、言った。
「お前みたいなのには一生わからないんだろうけどな。世の中には金で解決できないことがたくさんあるんだよ。そして、金では買えない尊いものも‥‥な」
 手に持っていた剣はもう鞘に収められている。生まれてきたことを後悔させるとまで言い放った怒りはもう見えない。
「たった一匹の猫の為にこれだけの冒険者が集まった。報酬など無くても冒険者は動くし、どんなに報酬を積まれても引き受けない仕事もある。お前の依頼をまともな冒険者が受けることは無いだろうよ!」

『世の中には金では解決できないことがたくさんあるんだよ。コリン‥‥』

「待て! 待てよ。ミカエリス! 俺に情けをかけたつもりなのかよ! そんな、そんな事をするな! そんな目で見るなあ!!」
「えっ?」
 突然狂乱の表情を浮かべてコリンは叫ぶ。
 頭を抑え、見えない何かに怯えるように頭を前後に振って。
「おい! どうしたんだ!」
 壁に頭を打ちつけ暴れるコリン。もう彼の目は冒険者を見てはいなかった。
 遠い、何かだけを‥‥。
「姉貴」
「ええ‥‥」
 カノンが紡いだスリープの呪文がコリンの意識を静かにかき消した。
「コリンにも何か、あったのかなあ?」
「そうなのかも、しれませんね」
 ティズとエルティアの疑問は、冒険者の疑問でもある。
 その答えを冒険者が知るのは、まだ、もう少し先の話であった。

○戻ってきた月の猫
 聖誕祭の夜。
 賑やかで華やかなパーティがあちらこちらで行われている中、一風変わったパーティが街の路地裏で開かれていた。
「へえ、これが噂に聞く猫の集会ってやつか」
 少し童心に返ったような笑顔を見せる弟に姉は優しく微笑んだ。
 そう、これは猫の集会。少し雪の積もった路地裏の広場には寒さに負けない純毛の猫達が集まっていた。
 その中心にはあの月の猫。ミカエリスがいる。
「元気になってよかったですわね」
 カノンも嬉しそうであるが、それ以上に嬉しそうなのはやはりリルだろう。
 手土産にと撒いたマタタビとご馳走のおかげで猫まみれだ。
「少し寒いけど、こんなパーティも悪くないよね」
 ティズとエルティアは温かい飲み物を酌み交わし、エリンティアも自分の愛猫と一緒に楽しそうにチキンを食べている。
 あの日、冒険者によって保護され治療を受けた猫のミカエリスは、その驚異的な体力と回復力で次の日にはもう立ち上がり餌を食べていた。
 さらに翌日にはもう外へと。
「大丈夫なのか? もっと寝てなくていいのか?」
 オロオロ、右往左往としているリルにミカエリスはピンと尻尾を立てて振って見せた。
『もう大丈夫。気にするな』
 と、言うように。
 すっかり元気になったミカエリスの回復祝いと、聖夜祭のお祝いにパーティをしようと提案したのはジョンだった。そして、今日のパーティとあいなる。
「お疲れ様」
「無事成功なによりでござる。そして、美しい雪を肴に飲む酒は格別であるな」
 蝶鹿と幻蔵も飲み物のカップを合わせる。
 静かでだが楽しげな人と、猫の集会が続いていた。

 事件そのものはほぼ解決をみたと言えるだろう。
 バルドロイ、コリン、シュザンヌの三人はこの聖夜祭の夜を冷たい牢の中で過ごしている。
 罪状は財産の横領。殺人の容疑も加わりそうだ。
 バルドロイは罪を認めず、牢から出せと訴え続け、逆にコリンは人の話は何も耳に入らぬと言う様に牢の中で膝を抱えるばかりだ。
 シュザンヌは牢屋に入れられて、初めて自分が怒りに任せ口にしてしまった事を後悔したようだがもう後の祭り、クオンから伝えられたシュザンヌの証言は間違いなく彼らを有罪へと導くだろう。
 財産に目が眩んだ愚かな者達にふさわしき末路である。
 ただ‥‥
「楽しんでいるか? ガラテア?」
 猫達から少し離れてリルは、集会の端の端、一人佇む女性に声をかけた。
「はい‥‥いいえ」
 首を横に振るガラテア。彼女の視線はご馳走でも、他の猫でもなく一匹の猫を見つめている。
「ミカエリス‥‥あの子は、やっぱり私を許してはくれないのですね」
 俯きながら彼女は静かに呟く。その瞳には大粒の涙が。
 ミカエリスが帰り、意識を取り戻してからも『彼』は彼女のことをまるでいない者のように扱っていた。
 一切無視されて当然『家』にも戻ろうとしない。
「あの子の居場所はもうこの裏町なのですね。解っていても少し寂しいですわ」
「それは、違うだろ?」
 リルの言葉にガラテアは顔を上げる。
「あんたは、あの猫を失った旦那や息子の代わりに見てるんだ。だから、あいつもあんたを見ようとしてない。それだけの話さ‥‥」
 あまりにも鋭い、鋭すぎる言葉にガラテアは頭を下げたまま何も言わず、逃げるように走り去っていった。
 リルは頭を掻く。
 正直な話、ガラテアとミカエリス。彼らの和解に見込みが無いわけではないと彼は思っていた。
 ティズが毛並みを整えてやった時、カノンがミカエリスに問うた時、そしてリルが話しかけた時。
 いずれも拒絶の返事は返らなかったのだから。
「背中に鍵を埋められても側にいたこいつと同じくらい信用されているって凄い事だと思うんだけどな」
 あと、彼らに必要なのはきっかけだとリルは思う。
 何かひとつきっかけがあれば、彼らはきっと過去を抱きしめた上で未来に向かって歩いていける。
 そのきっかけがあれば‥‥。
「そういや、あの鍵はまだ開けてなかったな。それから迷い込んだ時にも見た書斎にあった暖炉の猫の像もちょっと‥‥なにか‥‥ん?」
 ふと、巡らせた思考を止めてリルも、冒険者もある方向を見る。
 そこにはカノンが竪琴を抱き、静かに微笑んでいた。
「では、歌を一曲。聖なる夜と猫達に捧げます」

 竪琴の音色は優しく美しく聖なる夜に相応しく、空に溶けていった。
 やがて調べが雪となって空から落ちるまで、人も猫もその音楽に聞き入っていたという。

 冒険者の下にガラテアから一通の手紙が依頼書として届いたのはそれから暫くの後の事であった。