【見つめる瞳】帰らない少年

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月27日〜02月01日

リプレイ公開日:2008年02月04日

●オープニング

「急ぎの仕事だ。フリードを探してくれ!」
 ギルドに急ぎ足でやってきた騎士は、狼狽の顔でカウンターを強く叩いた。
「パーシ様? どうなさったのですか?」
 係員はただならぬ様子の依頼人に問う。
 目の前に立つのは円卓の騎士パーシ・ヴァル。
 銀鎧の姿ということは、円卓の騎士としての仕事ということだろうか?
 思いながら用意をする係員にパーシは‥‥自分自身を落ち着かせようとか‥‥深い深呼吸をしてから答えた。
「公現祭前に、俺はフリード‥‥、家で預かっている冒険者の少年にある仕事を依頼した。遺跡の調査の仕事だ」
 フリード、というのはいくつかの依頼で出会いったある村の少年で、冒険者を目指している。
 まだまだ駆け出し以前ではあるが、いろいろと縁があったことからパーシが家に預かり武術を教えたり小さな仕事をさせたりしていたのだという。
 それは、届け物であったり身の回りの仕事の手伝いであったりもした。
 そして今から三週間前、新年明け、直ぐの事、パーシはある仕事を彼に依頼した。
 調査の仕事だ。
 場所はウィルトシャー地方エイムズベリー。
 古い遺跡で、そこには古代から伝わる『何か』が眠っているという。
「冒険者に本格的な依頼を出す前の事前調査のつもりだった。山歩きは得意だというし、この間大きな事件が終わったばかりだ。近くに村もある。それほど難しい、もしくは危険がある仕事だとは思わなかったのだが‥‥」
 彼はパーシと、彼の姪から故郷への手紙も預かり、公現祭見物もかねて馬で出発した。
 ところが出発から三週間。馬を使えば軽く往復できる筈なのに彼は帰ってこない。
 それどころか、連絡の一つさえ無いのだという。
「調査の結果が出たらシフール便などで知らせろ、と命じてあるのに、だ。連絡を怠ったり、仕事をサボったりするような子ではないし‥‥その上、エイムズベリーからある報告が来た。最近、エイムズベリー近郊が不安定だと‥‥。幾人もの行方不明者も出ている‥‥と」
 届けられた報告書によると、近年エイムズベリーでは領主の代替わりに伴って、以前村を出ていた者達が多く戻ってきているのだという。村が活気を取り戻し始めた反面、住民と元住民のトラブルも多くなってきているとか。
 そこに行方不明の話。
 代替わりしたばかりの領主は若い娘で、事態を把握し切れてはいないようである。
 報告書には援けを求めるような文章さえあった。
「嫌な予感がする。何かがあの村で起きようとしているような」
 今までモンスターや獣の噂はあまりなかった。盗賊団は壊滅させたばかりだというのにエイムズベリーで何か起きているのか‥‥。
「フリードの行方不明は事態を軽く見て、油断した俺の責任でもある。だが、今、俺はキャメロットを離れられない。それに冒険者の方が素早く動けるだろう。頼む。エイムズベリーに急ぎ、村の様子とフリードの行方を調べてくれ」
 頭を下げたパーシの目には、微かな焦りの色が感じられる。
 根拠の無い不安。嫌な予感。
 彼が感じているそれを、冒険者も背筋の振るえと共に感じずにはいられなかった。
 
 時は遡ったある日の事。
「やあ! 君は! そうか、君の故郷はこの村だったんだね?」
 彼に声をかけられて、その人物は驚いたように目を丸くした。
「久しぶり! 元気だった?」
「‥‥フリード?」
 名前を呼ばれ彼は覚えていてくれたんだ? と明るい笑みを浮かべた。 
 彼と最初に出会ったのは、村を離れ親戚を頼りあちらこちらを彷徨っていた時の事だ。
 余所者と虐められていた自分達家族を、彼は庇い、助けてくれたのだ。
 村にいたのはほんの一月足らずのだったのに、彼の方こそ自分を覚えてくれていたのかと少し驚いてしまう。
「僕はね、今、冒険者をしているんだ。と、言ってもまだ見習いみたいなものだけどね」
 屈託無く笑う彼と過ごした時間は、久しぶりに本当に楽しい時間だった。
「そろそろ、僕は行くよ。頼まれてこの近くの遺跡を調べるんだ」
 と、言う言葉を聞くまでは。
「えっ?」
「じゃあね。後で多分村に行くよ!」
 背中を向ける少年に、止めようと手を伸ばす。
 だが‥‥
「忘れたのか? 誓いを。復讐を‥‥」
 肩に触れた手と声がそれを押し留める。
「ごめんなさい‥‥」
 そう呟く声は震え、その瞳には涙の雫が浮かんでいた。

●今回の参加者

 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

ユーリユーラス・リグリット(ea3071)/ 鳳 令明(eb3759

●リプレイ本文

○不幸な少年
 時間はたったの五日間。
 でも、やらなくてはならないことは山ほどある。
 何よりも大切なのは行方不明になった少年を探す事。
「まったくもう! あの子は何度行方不明になったら気が済むんだ全くっ!!」
 手のひらを握り締めて怒りを顕にするフレイア・ヴォルフ(ea6557)に
「心配しておられるんですね?」
 シルヴィア・クロスロード(eb3671)は微笑んだ。シルヴィア自身は今回捜索する相手、少年へのフリードとの面識は殆どない。
 噂で話をちらりと聞いたくらいのものだ。
 しかし、彼を良く知る人物達誰からも彼を悪く言う言葉は一つも出てこない。それに敬愛するパーシ・ヴァルがあれほど心配し、可愛がっている子だ。悪い子の筈がない。
「まあね‥‥。危なっかしくていつも見てられないよ。お人良し過ぎて前にも事件に巻き込まれてるんだ」
 吐き出された溜息にフレイアの優しさと、フリードへの慈しみが伝わってくる。
「懐かしい名前を聞いたと思ったら行方不明とはな。災難に良く巻き込まれる。あいつもしかして不幸なんじゃあ‥‥」
「ちょっと演技でもない事言わないでおくれよ。絶狼! あの子は不幸なんかじゃないし、不幸になんか絶対させないよ!」
「わわわ! 危ないだろ? フレイア」
 フレイアの剣幕と突進に閃我絶狼(ea3991)は慌ててよろめいたフライングブルームの体勢を立て直す。
 空の上での不穏な会話には危険がいっぱいだ。
「解ってる。これでも心配しているんだ。無事でいて欲しいと俺も思ってる」
 絶狼はこの上なく真剣な顔で告げた。それにフレイアも素直に非を認め謝る。
「ごめん。ちょっと心配でイラついてた」
「とりあえず、急ぎ向かいましょう。寒さも身に染みますし、少しでも早い方が手がかりも多くつかめるでしょうから」
 セレナ・ザーン(ea9951)の言葉にフレイアも絶狼も頷いた。
 先に行ったリースフィア・エルスリード(eb2745)。後から来る仲間達も皆同じ気持ちの筈だ。
「無事でいておくれよ。フリード」
 箒の柄を握り締めた手にも力が入る。彼らの願いは遠い一人の少年とその無事に向かっていた。

 どんなに急いでも地面を歩いていくと空を飛ぶ者達には叶わない。
「ま、それだからこそできる調査ってのもあるからな」
「そうであるな‥‥」
 リ・ル(ea3888)の言葉にマックス・アームストロング(ea6970)は頷くがその表情はどこか上の空のようにも見える。
「どうしたんだ? マックス?」
 マックスの引いていた馬の籠から中に入れて預かっていた仲間の犬や狼を下ろしてリルは問う。
「いや‥‥ちょっと気になる事があるのである‥‥」
 街道沿いを歩いて三つ目の宿屋。
 休憩をかねて立ち寄ったこの宿で冒険者は少年冒険者フリードの消息を確かめる事ができた。
「20日程前、一人でこの宿を通ったとの事だ。泊まった時、シャフツベリーに寄ってからエイムズベリーに行くと言ってたらしいな」
「でも、それ以降この宿には来ていないそうなのだわ。キャメロットに戻るにはここを通らないと遠回りだから、間違いなくウィルトシャーの方で何かあったんだと思うのだわ」
 クロック・ランベリー(eb3776)の肩でヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)告げる。
 動物達を歩き回らせる間の聞き込み。
 それで少なくともフリードがまだウィルトシャー方面から戻っていない事は確認できた。
 何かで遅れていただけ、すれ違いで戻った、というのであれば人騒がせであるが良かったのだがそうもいかないようだ。
「フリード‥‥かあ。ずっと前に会って、浚われて別れたからたままだから、顔を見ても分からないかもね‥‥」
『笑顔が可愛いいい子だったね』
『うちの子もとても可愛がってくれました。仕事が終わったら必ず寄ると約束してくれたんですが‥‥』
 寂しそうにティズ・ティン(ea7694)は微笑む。宿屋の家族達も心配していた。
 フリードを詳しく知るわけではない彼女でさえ解る。約束を破る彼ではない。
 きっと何かがあったのだ。
 彼と何も無いときに再会して無事を喜び会いたかったのに。と‥‥。
「でも、これで捜査範囲ははっきりと絞り込めた。後は皆で手分けして捜すだけだ。とりあえずそれ以外にすることはないだろう? ‥‥マックス。いろいろ考え込むのも今は後だ」
「そうであるな‥‥」
「うん!」
「動物達を回収したら出発するぞ。頑張れば明日の朝には到着できるはずだ」
 頷く冒険者達にリルは出発の準備を仲間達に指示する。
「待ってろよ‥‥」
 その手にはパーシ・ヴァルから預かったフリードの青いスカーフと、決意が握り締められていた。

○それぞれの立場
「そうか‥‥。あの爺様亡くなったのか‥‥」
 領主館にやってきた絶狼は出迎えた領主夫妻に結婚のお祝いと同時に悔やみの言葉を告げることになってしまった事に、少し唇を噛んだ。
 フライングブルームとペガサスを駆使し文字通り飛んできた冒険者達はまず、領主の館に挨拶に向かった。
「お久しぶりです。できれば、もっと平穏な折にご婚約と領地継承を祝福してさしあげたかったのですけれど、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ。前領主様はお元気ですか?」
 そこで彼らは初めてその訃報を知ったのだ。
 聞けば昨年の祭りで領主の地位を孫娘であるジュディスに譲って後、先代領主サー・キャスニングは体調を崩して伏せるようになったらしい。寝たり起きたりを繰り返し‥‥そして今年の公現祭明けのある日。
 新しい領主の元での新しい年と、孫娘の結婚を見届けて満足し彼は静かに眠りについたのだそうだ。
「結婚式を急いだのは、おじい様に花嫁衣裳を見せる為でもあったんです。急ぎだったので冒険者の皆さんにお知らせもしないで申し訳ありませんでした」
「いいえ、こちらこそ‥‥」
 頭を下げながら口に出さずセレナは思った。だからか‥‥。と。
 だから、新領主ジュディスはここまで憔悴しているのかと。
 冒険者達は館にやってきてジュディスとその夫となったカルマと再会した時、正直とても驚いていた。
「大丈夫‥‥なのですか?」
 リースフィアが心配そうに問う。
「大丈夫です」 
 答えた笑顔は以前どおりではあったけれども二人はその表情に驚くほどの疲労を見せていたのだ。
 いかに賢く真面目な性格の持ち主であろうとも、まだ年若い少女と呼べる年頃の娘が領主の激務をこなすのは容易い事ではないのだろう。いかにソールズベリーの領主が後見人についているとしても夫や姑が手伝ってくれているとしてもだ。
 まして、長年の労苦から開放された喜びの時期を過ぎ、民達は新しい楽な生活に慣れつつある。
 にらみを利かす祖父が亡くなり、サポートできる知識を持った村を良く知る大人もいない。
 夫となったカルマ、二人を守るエスタもまだこの村にとっては新入りだ。
「これは‥‥思った以上に根の深いやっかいごとになりそうだな」
 後に話を聞いたリルは呟いたものだ。
「それで、どうしたのですか? 今回は。お祝いや遊びに来たという訳ではないのですよね?」
 ジュディスの問いに冒険者達は顔を見合わせる。
 彼女にこれ以上の心配をかけていいのか気にした顔だ。言いよどむ彼らに気付いたのだろう。ジュディスは
「何か必要な事があれば協力致します。皆さんにはこの村を救って頂いた恩もありますから」
 笑顔を作って言ってくれた。
 彼女の方から言ってくれた事だ。これ以上悩んでいても話は進まない。
 それに事は一刻を争うかもしれないのだ。
「解った。あんた達には正直に言うから、協力してくれ。それに‥‥多分これは村の為にもなる」
 決意したように絶狼が口火を切った。
「村の‥‥為ですか?」
「はい。この村の近辺では現在行方不明者が出ているようですね。その事件に私達の友人が巻き込まれているようなのです」
 セレナが続け、冒険者と領主の真剣な話はその日の遅くまで続いた。

 翌日冒険者達は合流した仲間達と一緒に、早速村と近辺の調査に動き始めた。
「私達は、この村の安全の為にギルドから派遣された冒険者です。行方不明事件の解決の為にご協力頂けますか?」
 ニッコリ笑ったリースフィアの名声と笑顔に積極的な拒否を口にするものは無く、情報収集そのものは比較的スムーズに行うことができた。
 その結果、一つの結論が冒険者の前に提示される。
「皆さんは誘拐事件‥‥もとい誘拐事件の犯人を新しく来た村人だと、思っておられるのですね」
「そうとしか考えられないだろう! だって行方不明になってるのはみんな古くからこの村にいる住人ばっかりなんだからな!」
「そうとも! 新しく来た奴らからはまだ一人も行方不明は出てないはずだ。もう五人だぜ。あいつらは俺達を殺して村を乗っ取るつもりなんだ!」
 まあまあ、とマックスが宥めても村人達の怒りは収まる様子は無い。
 聞けば行方不明になっているのは20歳から50歳くらいまでの男女五名。
 村に長く住み、長年の重税に苦労してきた中では比較的裕福な方であるという以外にはあまり共通点は見当たりそうに無かった。
「まあ、ちょっと気が強い連中だったけどな。村を出た連中の土地とか置いてった家財を頂いちまったりとか‥‥」
「でも、それくらいなら誰だってやってるよ。あの頃はまともに生きようと思ったら村を出なきゃやっていけないくらい大変だったんだからな」
 自己弁護をするように村人達は言う。
 早い話が村を出た人々の土地や家、持ち物を残った村人達は奪い取って生きてきたということのようだ。
「なるほど、それゆえ戻ってきた人々との折り合いが悪くなっているのであるな。‥‥他にトラブルとは無かったであるか? 旅の商人や他の人物などと‥‥」
「‥‥さあ‥‥。俺達はなんとも‥‥」
 マックスの問いにはどちらも明確な返事は返らない。
 彼らも続けてきた一種の横領行為に胸は張れないのだろう。だが、戻ってきた人物達にそれを返すこともできず、結果トラブルは続いているのだ。
 明らかになった結果は、村人と戻ってきた村人のトラブルの根が思ったより深いことと解決が困難で有りそうな事だけ。
 マックスの気にする『旅の商人』とのトラブルは良く解らない。本人達しか知りようが無いが深刻なものは無かったように思う、というあいまいな情報を得るに留まった。
 ただ
「私の息子を返して! あの子は働き者だったのよ!」
「おっかさん! どこに行ったんだよ! ちょっと出てくるって言っただけだったのに!」
 家族を失って狂乱する残された者達の思い、そして次は自分ではないかという村人達の怯えと心配は本物であったので
「領主一家からも正式な調査依頼を受けました。今はまだ事前調査の段階ですが、全力は尽くします」
 リースフィアも真剣な顔でそう答えた。

 こじれた人間関係について情報を集めるなら一方からだけでは偏りが出る。
 リースフィアとマックスが住民の方の聞き込みに回った為、セレナとヴァンアーブルは元村人。
 新しく戻ってきた住人達に話を聞く事にした。
 彼らの多くは村の中に居住を許されず、この冬の寒空の中だと言うのに村はずれの広場にテントを張って暮らしている。
 数軒壊れかけた屋根のある家を使っている家族もいるが、どの家族にも共通している事があった。
 彼らの誰もがその表情に疲労と憎しみを湛えている、と言う事。
「我々は故郷に戻ってきた。住み慣れた家に戻りたい。願いはただそれだけです」
 オルウェンと名乗る青年がセレナとヴァンアーブルに強い眼差しでそう告げた。
 彼は魔法を修めた秀才で、村を追い出された人達を庇護しているうちに自然、リーダーのような存在になったのだとヴァンアーブルは聞いていた。
 オルウェン自身は村に住まう事を許されていたのにあえて、彼らを守る為に村外れでテント暮らしをしているのだと。
「確かに我々や、我々の両親は村での苦しい生活を捨て、逃げてしまいました。その点について反論はできませんし、村での生活が楽になりそうだからと戻ってくるのも虫が良すぎるという意見も否定する事はできません」
(「彼は‥‥油断できませんね」)
 オルウェンの話しぶりを聞きながらセレナは直感でそう感じていた。
 魔法使いとしてかなりの実力は持っていそうだし、外見も力強く人を惹きつける魅力を持っている。
 だがそれ以上に彼には人心を掴む力がありそうだった。
「けれども! ここは我々の故郷なのです。古くから住み、ここに生まれここで生きてきた。どんな仕打ちをされようとも故郷への愛を消し去る事はできません」
 説得力のある言葉。胸を揺り動かされる。
「それに我々とて外で楽をしてきた訳ではありません。むしろ、苦しい生活をしてきた者も多い。私も妹と母を喪いました。彼らを故郷に戻してやりたい‥‥」
 微かに俯いたオルウェンはだが再び顔を上げると、強く宣言する。
「我々の望みは唯一つ。土地と家を返し我々をもう一度この村に住まわせて欲しい。そうすれば我々は命を懸けてこの村に尽くしましょう!」
「そうだ、そうだ!」「我々のものだった土地を、家を返せ!」
 人々は彼の背後で心を束ねている。あくまで彼の背後で、であるが。
「その件については私達は明確な返答ができる立場ではありません。でもお気持ちは解りましたからお伝えはしておきますわ」
「頼みます。これから寒さはいっそう厳しくなるでしょう。何人かいる子供達の為にも一刻も早い解決を望んでいます」
 セレナの言葉にオルウェンは完璧な礼で頭を下げた。
 彼の後ろ、人々の願いの篭った眼差しを受けながら
「?」
 セレナはふと瞬きした。
「どうか、したのですか?」
「いえ‥‥なんでもありませんわ」
 気のせいだったかもしれないと思いながらセレナは走り去る子供の姿を目で追う。
 薄汚れた外見は他の子供達とどこも変わりは無い。
 ただ、眼差しだけが何かあの子は違っていた気がしたのだ。
 本当に気のせいかもしれないけれど‥‥。

「おい! 絶っ太。子供達に噛み付くなよ。大人しくしてるんだ。皆、ヴィアンカだと思え!」
 主の命令にふわふわ毛並みの狼は人で言うなら不承不承という表情で、
「うわー! でっけー犬」「違うよ。狼だよ」「ふわふわだぜ。あったけー」
 じゃれ付く子供達の思うままに遊ばれていた。孤高の狼も子供と主の前では形無しである。
「で、聞きたいんだが、今から三週間くらい前になるかな。この村に見たことの無い兄さんは来なかったか?」 子供達の機嫌がよくなった事を確かめてリルは膝を折り、目線を合わせて問いかけた。
 今回の最大の目的は行方不明になっているフリードの消息を掴む事。
 彼が調べていた遺跡の方には既に仲間が捜索に向かっているが、調査の拠点に一番相応しいここにもきっと何か手がかりを残している筈だ。と彼らは思ったのだ。
 商店や宿屋でも聞き込みをしたが、子供の証言は当てにならないようで実は一番頼りになる。
 経験的にそれを知っている冒険者達はだから、真剣に子供達に問いかけた。
「見たことの無い兄さん? 兄ちゃん達じゃなくて?」
「知らない人はいっぱい来てるけど‥‥兄さん‥‥! あ、あれかな? 弓矢持ってやってきた黒い髪の!」
 子供達の言葉に絶狼とリルは顔を合わせた。
「ああ、多分それだ。目の色は青かったかい?」
「んにゃ? 黒かったよ。羽帽子飛ばしておっかけてたけど、拾ったらありがとうってお菓子くれた」
 間違いない。二人は頷きあった。
 間違いなくフリードはこの村に来ていたのだ。これで、商店で買い物をしていたという証言と合わせて確実に裏が取れた。
「遊んでって頼んだけど、仕事があるからって言って森の方へ行ったよ。馬連れて‥‥」
「その後、彼は戻ってきたかい?」
「ううん? 見てないよ」「弓教えてくれるって約束したのにな」
 リルの問いに不満そうに子供達は頬を膨らませていた。
 子供達の証言を合わせればそれが三週間前の事。最後の目撃証言になる。
「それから三週間、か。一体どこにいったのやら‥‥」
「村人同士の不和に行方不明事件、これもやっぱアリ公が絡んでるのかね? 生贄とか集めてなきゃ良いんだが‥‥」
「おいおい。あんまり不吉な事を‥‥ん? なんだ?」
 立ち上がって腕を組んでいたリルは、慌てて膝をもう一度落とした。
 足元でズボンの裾を引っ張る子供がいたのだ。
「おうまさん、いたよ」
 目線を合わせたリルにその子供は森を指差して告げる。あっち、あっちと。
「お馬‥‥さん? そうか!」
 絶狼も気付いたように手を叩く。
 フリードは馬に乗ってこの村にやってきた。そしてその馬は宿屋にも村のどこにも預けられていなかった。
 フリードが行方不明になったのならその馬はどこに行ったのか。
 それが重要な手がかりになる。
「あっちか! ありがとう!」
「行くぞ。絶っ太!」
 走り出す冒険者達は気付かなかった。それを見つめる瞳があった事を。
 暗くて深い、紅い瞳が‥‥。

○最悪の予感 
 今は冬である。
 山奥に位置するこの村。新年になってから既に数度目の雪が一昨日も降ったところだと村人達は言っていた。
「みんな! 周囲に気をつけておくれよ。何か痕跡が残っているかもしれない」
 自分で言いながらもフレイアは足元のぬかるんだ土を踏み、小さく舌打ちした。
 溶けかけの雪に濡れた地面。白い帽子を被った木々と凍りついた幹。
 ユーリユーラス・リグリットが届けてくれた雪山用装備を使うまででもないが、歩きづらく動きづらい山道。
 そしてそれ以上の問題がこの地面にはあった。
「これじゃあ、地面から痕跡を読み取る事ができないじゃないか!」
 ただでさえ行方不明になったのは三週間近く前。時間という敵が手がかり、痕跡の多くを洗い流してしまっている。
 現にフリードのスカーフで犬に匂いを追わせようとしたのに、犬は戸惑うように動き回るばかりだ。
 有力な手がかりは未だ見つけられていない。
 やっとたどり着いた遺跡の入り口でフレイアはキッと唇を硬く結んだ。
「でも、何かはある筈だ! きっと、あの子は何かを残してる!」
「! フレイアさん。これを!」
 遺跡の周囲を注意深く調べていたシルヴィアは、足元を指差してフレイアを呼んだ。
 崖と土の丁度境目。枯れた草の中に小さな木彫りの小鳥が立っている。
「こいつは‥‥」
 小鳥を避け、その足元を注意深く掘ったフレイアはそこに小さな木彫りの箱を見つけた。
 湿気で少し汚れているが中身は布でくるまれているので、まだそれほど水の害は受けていないようだ。
「この遺跡の地図‥‥かな?」
 後ろから覗き込むように見ていたティズが呟く。それは彼女が言うとおり羊皮紙に描かれた遺跡の地図だった。
 丁寧に遺跡の周辺。そして入口からの遺跡の内部の様子がいくつかの書き込みと共に描かれている。
「フリードさんの、手でしょうか? ざっと見る限り遺跡の内部の様子に間違いはないようですね」
「万が一の事を考えて、遺跡調査が終わるまで持ち歩く事はせず、ここに隠していたという事か。聡い子だな」
 シルヴィアとクロックの言葉に
「まったく‥‥あの子は‥‥」
 フレイアは羊皮紙を見つめ微笑むとピン、と弾いた。ここに少年がいたらそのおでこを弾いてやるのにと思いながら。
「でも、これではっきりした! フリードはここに調査に来ていた。そして、その調査が終わらないうちに何か事件に巻き込まれたんだ」
「そうですね。もし、調査が終わっていたのなら地図を持ってキャメロットに戻っている筈ですから」
「遺跡の中か、外。そこで何かあったんだね。きっと」
 冒険者達は頷き合い、
「絶対に見つけ出して見せる。必ず!」
 そして手を握り締めた。少年の思いの篭った羊皮紙の地図と共に。 

「遺跡の内部は前と変わりは無いようですね‥‥」
「だが、トラップなどがあるかもしれない。慎重にな」
「にな! にな!」
 小さな妖精が肩の上で笑う。シルヴィアはその頭を撫でながら頷き、慎重に歩いた。
 やがて、奥の広間に着く。
 ここはかつて戦場となった場所。微かな血の匂いがまだ洗い流されずに残っている。
「でも‥‥特に変化はありませんか‥‥ん?」
 あの時は夢中で気付かなかった遺跡の奥をシルヴィアは見つめる。
 希望が眠ると言われるこの遺跡。
 だがここから先は行き止まりだ。
 道はおそらくあるのだろう。祭壇のようなものの奥にある岩の扉のその奥に。
「でも、押しても‥‥引いても動かない。何か‥‥しかけがあるのですね。きっと」
 いつかその先に進む事ができるだろうか。思いながらシルヴィアは祭壇に背を向けた。
 けれども今は先にやるべきことがある。
「ランベリー殿。もう少し周囲を調べてみましょう。人の痕跡や何か手がかりが残っているかもしれません。リッリさんもお願いししますね」
「了解した」
「したした!」
 三人がもう一度灯そうとした調査の為の明かりは‥‥その後点く事は無かった。
「皆! 敵だよ!! 出てきて!」
 彼らが駆け出してしまったからだ。明かりの必要の無い、外へ‥‥と。

 中の様子を心配しながらもフレイアはその注意を外に向けていた。
 だから、気づいた。木々の間に揺れる微かな動きを。
「なんだい? あれは!」
 獣ではない。鳥でもない。それだったら自分には解る筈だ。
「どうしたの? フレイアさん?」
 首を傾げるティズに矢を弓に番えながらフレイアは真剣な顔で告げた。
「中の子達を呼んでおくれ。あれは、何かモンスターの類だ。バラバラでいるのは危険だ」
「えっ? 解った。‥‥皆! 敵だよ!! 出てきて!」
 前半の言葉は小さく、後半の言葉は渾身の力を込めて大きくティズは声を上げた。
 と同じ瞬間、フレイアは引き絞った弓を放つ。
 気配を感じた草むらに向けて、鋭い一射を。
「クケーッ!」
 正確にその姿を補足していたわけではないから、矢は目標には当たらなかった。
 けれどもその目的は達する。
 矢に驚いて跳ねた『モンスター』は姿を現す。
「コカトリス‥‥?」
 それは、見た事があるものも、無いものも一目で解る異形の姿だった。鳥と蛇の合いの子のような胴体。
 コウモリのような羽。異様に伸びた尻尾。
「拙い! 気をつけて。あの嘴にやられたら石化するよ!」
「解った! 二人とも! コカトリスがいるの! 気をつけて! リッリはこっち!」
「なに?」
「コカトリスですか?」
 遺跡から飛び出してきたシルヴィアとクロックも慌てて剣を抜き構えた。
 見れば確かにコカトリスが、周囲を威嚇するようにその翼を広げている。
「嘴に気をつけて! あたしが翼を止めるから、皆は足を止めて!」
 フレイアはそう宣言すると、素早く二射コカトリスの翼にめがけて矢を射った。
 そのうちの一本は、鋭く深く翼の根元を射抜く事に成功する。
「やった!」
「今です!」
「よし!」
『ぐぎゃああ!!』
 痛みにのたうちまわるコカトリスには隙がある。
 タイミングを見計らって、三人の戦士達は一気にその間合いに踏み込み、剣を振るった。
 上段から下段、下段から上段。そして首元を狙う剣。
 三本の攻撃にコカトリスはなすすべなく絶命する。
 刎ねられた首は空に飛び、血は地面に流れていく。
「びっくり‥‥したね」
「なんだって‥‥こんなところにコカトリスが‥‥いるんだ?」
「前に来た時にはこんなものはいませんでした。噂も‥‥まったく聞かなかったのに、どうして?」
 冒険者達は三者三様の思いで地面に転がるコカトリスの身体を見つめている。
「フリードを探索に来て、まさかこんなモンスターと出くわすな‥‥!」
 弓を肩に数歩遅れて来たフレイアの表情が、瞬間で蒼白に変わった。
 血の気を失った鳥の身体のように。青白く‥‥。
「あっ!」
「まさか?」
「ひょっとして?」
 冒険者達も彼女が想像した事に気付いて口元を押える。
「森の中を捜すよ! もしかしたらフリードは!」
「解りました!」
「私、村に行ってみんなを呼んでくる! 大勢で捜した方がいいから!」
「頼んだ!」
「間違いであっておくれよ‥‥フリード!」
 走りながら、木々の間、草の間を掻き分けながらフレイアは祈るように呼びかけた。
 返事の返らない呼びかけは森の中を風のように通り過ぎていった。

○物言わぬ目撃者
「君は? 何をしてるんだい?」
 やってきた子供にリルは問いかけた。

 リルと絶狼は、子供達が指し示した場所。村から程近い森の中で木に繋がれた馬を発見した。
 鞍に付けられたバックパックには冒険者が持ち歩く野営道具やナイフなどが入っている。
 保存食も。
 名前が書いてあった訳ではないがこれがフリードのものであることはほぼ間違いないだろう。
 だがフリードの姿は無い。
「けど、三週間も放置されていたわりには元気だな」
 絶狼は馬の背中を叩きながら思いを正直に言葉にした。
 それにはリルも同感だった。少し痩せてはいるもののやつれている感じはない。飢えた様子も無い。
 つまり‥‥誰かが面倒を見ているという事だろう。
 他の手がかりは無い。
 二人は気配を隠してその『誰か』を待つことにしたのだ。
 待つ事暫し、枯れ草を抱えた子供が周囲の様子を窺いながらこちらにやってくるのが見えた。
「おなかすいた? 今、お水も持ってくるから待ってて」
 餌を鼻先に置き、水の入った桶を持ってくる。年のころは12〜3歳? 小柄な子供だ。
 子供が水を運んでくるタイミングに合わせ冒険者達は前に進み出ることにした。
「君は? 何をしてるんだい?」
 突然現れた背の高い男性二人。子供はビクリと肩を震わせると慌てて踵を返そうとする。
「ちょっと待ってくれ! 俺達はフリード、この馬の持ち主を捜しているんだ!」
 逃げようとする子供にリルは声をかける。ぴたり子供の足が止まった。
「フリード‥‥兄ちゃん‥‥の?」
「ああ、友達だ」
 リルは膝を折り子供の目を覗き込むようにして笑った。
 汚れた顔、服も綺麗とは言えないし痩せてもいる。そして、さっき村での聞き込みでは見なかったこの子はおそらく新しくやってきたという村の元住民の子供なのだろう。
「君はフリードを知ってるのか? なら教えて欲しい。フリードが行方不明になってみんな、心配してるんだ‥‥」
「わ‥‥、俺はフリード兄ちゃんが森の、遺跡に行ったことしか知らない。ただ‥‥森の中で、この馬が、迷ってたから連れてきたんだ。兄ちゃん、優しくしてくれたから馬が狼とかに食われたら困るだろうなって‥‥思って‥‥」
「そうか‥‥ありがとうな。偉いな」
 手を伸ばし頭を撫でようとするリルから、その子供はビクッ! 身体を硬くして後ずさった。まるで逃げるかのように。
 思いがけない様子に瞬きするリルの横で絶狼もリルを真似て、膝を折って視線を合わせる。
「じゃあ、フリードの馬がいた場所を教えてくれないか。何か、手がかりがあるかもしれない‥‥えーっと?」
「エリュ。それくらいならいいよ。‥‥こっち」
 エリュと名乗った子供は、水桶を馬の前に置くと走り出しこっち、と手招きする。
「怯えた‥‥訳じゃないみたい‥‥だよな」
「どうしたんだ? リル。行くぞ」
 頭に触れ損ねた手を見つめながら呟くリルに絶狼は声をかける。
「ああ、今行く‥‥」
 リルは後を追いながらもあの時の子供の様子を、幾度も胸の中で反芻していた。

 子供の案内で森の中を進んだリルと絶狼は、その案内よりも先に仲間達の姿を見つけ
「どうしたんだ?」
 と駆け寄った。 
「あ‥‥リルさん。絶狼さん‥‥」
 二人に気付いたリースフィアが、白い顔であれを、と指差す。
「こいつは!」
 冒険者達は愕然とした。言葉も失っていた。
 その一角にはいくつもの石片が無造作に散らばっている。
 砕けた破片の一部に指の爪が見て取れる。
 向こうは半分に割れた顔の破片。
 できの悪い作品を砕いた彫刻家のギャラリーのような光景。
 けれどその場にいた者の全て理解していた。
 これは地獄だと。
 ただ‥‥救いはあった。
 石材の廃棄所の中に唯一つ、損なわれていない彫像があったのだ。
 髪の一筋さえも失われていない完璧な石像。
 何かに驚いたように立ち尽くすその石像をフレイアは涙を流しながら抱きしめた。
「フリード‥‥」
『フレイアさん!』
 明るい返事は返らず、石像はただ冷たく沈黙していた。

 彼女、元女騎士エスタは森の中に立っていた。
 武装はしていない。ただ、冒険者から託されたロザリオは胸からかけている。
「こうして再会できたのは何かの運命だわ」
 ロザリオをくれた冒険者はそう言っていた。多くの罪を犯した自分が許されていいとは今も思えないが
「これから起こる何かからジュディスちゃんとカルマくんを護って欲しいのだわ」
 冒険者のあの言葉はエスタ自身の誓いとなっている。
「あの子達を私が守らなくては‥‥あの方を倒してでも‥‥」
 呟いた彼女の耳に枯れ草を踏む音がする。
 現れた人物。その意外さに彼女は目を見開いていた。あの文面で自分を呼び出した人物がまさか‥‥。
「私は貴方自身に恨みは無いのですが‥‥裏切り者に罰をとあの方がおっしゃいますし、何よりあの家に生まれた事が貴方の罪ですから」
「それは! 止めて! あの家には私以外にも‥‥」
「ええ、ですから何れ頂きます。あの家も、この村の全てを‥‥」
「させない!!」
 冷たい笑みを浮かべたその人物にエスタは飛びかかろうとする。だが、剣よりもそれは早かった。
「な、何? ‥‥まさか?」
 白く硬くなっていく自分の手を、足を見つめながら彼女はその人物の顔を‥‥見つめていた。
 その心臓が鼓動を止め、その瞳が何も写さなくなるまで。

 冒険者が、フリードの石像と行方不明者達の石片を発見した頃、カルマは母の置手紙を見つけ震えていた。
『裏切りの女よ。戻り来たれ。村と子らの平穏を望むなら‥‥』