【見つめる瞳】語らない眼差し

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:16 G 29 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:02月12日〜02月22日

リプレイ公開日:2008年02月20日

●オープニング

「そんな‥‥」
 倒れ、地面に伏し動かなくなったそれを‥‥その子は愕然としたような表情で見つめ膝を付いた。
 傍らにはそれのパートナーであったものが、まだ動きを止めた意味を理解できず寄り添っている。
「もう後戻りはできないぞ」
 背後から声がかかる。
「でも‥‥大事な友達だったのに」
 涙で瞳が潤むその子を叱咤するように強い声がまた飛んだ。
「この道を選ぶと決めた時から覚悟はしていた筈だ。父母の苦労を、恨みをお前は忘れたのか!」
「解ってる。忘れてなんかいないけど‥‥でも‥‥」
「だったら覚悟を決めるんだ。これ以上お前の大事な『友達』を失いたくないなら、ちゃんと言う事を聞け」
「うん‥‥」
 いくぞ、と先を歩く男の後を未だ寄り添う獣を連れ追う。
 ただ、一度だけ足を止め、一度だけ振り返って大事な『友達』だったもの、を見つめ呟いた。
「ごめんね‥‥」
 と。

 エイムズベリー教会の司祭ははっきりと言った。
「コカトリスの石化は教会では解除できません。質が違うのです」
 冒険者達は歯噛みした。解っていた事ではあるが、今時点では石化したフリードを元に戻す手段が無いのだ。
 コカトリスの石化を解除するにはコカトリスの血が必要だ。
 それは解っている。
 けれども最初、冒険者が倒したコカトリスの血をかけることはできなかった。
 倒した時点ではコカトリスに石化されたものがいたなど考えも及ばなかったし、フリードを探索するのに時間がかかって、気が付いたときにはもう血は殆どが地面に流れ、あるいは固まり、もうかけることができるほどの血を回収することができなかったのだ。
 この状態から解除するには石化解除アイテムを使うか、もう一体別のコカトリスを倒す必要がある。
 コカトリスがは果たして一匹だけだったのだろうか‥‥。
 フリードを領主館に預け、キャメロットに戻ってきた冒険者達は考える。
 どうしらた‥‥と。
 フリードを発見した事でパーシ・ヴァルからの依頼は一応終結した。
 ただ、パーシは今回の件に責任を感じてフリードの石化解除と事件の解決までの支援は続けると言っていたしエイムズベリー領主家からの正式な依頼も受けたので、人々の誘拐事件、いや石化殺人事件の解決まで冒険者は関わる事ができる。
 前回の調査結果で、石化した人物達は皆、仕事や用事などで森へ踏み込んだ為コカトリスにやられたようだということが解った。ただ、野良のコカトリスにやられただけではない事は、村人達は気付かなくても冒険者は知っている。
 あの石材廃棄場。たとえコカトリスと出会ったのが偶然であったとしてもそれを砕き集め捨てた人間がいる筈なのだ。
「石化されて壊されたらもう蘇生はできません。完全な死です」
 冒険者によって運び出された行方不明者達。
 それを見た時の家族の嘆きは、今思い出しても胸に詰まる。
 その点で言えばまだフリードは幸運だったのかもしれない。
「それにな‥‥、連絡が来たんだがお前さん達が戻ってきてから二人、また行方不明者が出ている。村人には森や遺跡に近寄らないように警告が出ている筈だが村に入れない連中とかもいるから仕方ないのかもしれんが‥‥」
 報告書を読む係員に、ちょっと待った、と冒険者が問う。
「今度の行方不明者は村人じゃなく、元村人の方なのか?」
 係員は頷きで答えた。
「そうらしいな。一人は食べ物や薪を探しに出た移住者の方だとある。移住者からも行方不明者が出たことで、彼らの村に入れろという抗議行動もさらに激しくなっているらしい。そしてもう一人は領主家の女後見人だとか‥‥」
「エスタさんが?」
 冒険者の目がさらに開く。そう言えば、冒険者がフリードを領主家に預けに行った時、領主の娘婿カルマが青白い顔をしていた。あれは‥‥まさか‥‥。
「とにかく、今回の依頼は村を襲う異変の調査と解決だ。フリードの石化解除は特別なアイテムでもあればできるだろうが被害者がさらに増える可能性もあることを考えると、根本的な解決も必要だろう。コカトリスもどうやら一匹ではないようだし、ある意味チャンスかもな」
 依頼人はパーシ・ヴァルとエイムズベリー領主家。
 依頼内容はエイムズベリーで起きている事件の解決。
 差し出された依頼を前に冒険者達は、事件の奥にどこか底知れぬ悪意を感じずにはいられなかった。


●今回の参加者

 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

大宗院 透(ea0050)/ 大宗院 亞莉子(ea8484)/ レイル・セレイン(ea9938)/ 鳳 令明(eb3759)/ マロース・フィリオネル(ec3138

●リプレイ本文

○石の村
 今回は、前回と違って特に急ぐ必要があるわけではない。
 けれども一人残らず急ぎ足。
 彼らの心も身体も急いでいた。
「でも、本当に気味の悪い鳥だったよね〜」
 その中での突然呟き。ティズ・ティン(ea7694)の言葉に何の事かと冒険者達は一瞬、疑問を浮かべて顔をティズに向けた。
 足は止めないままで、だが。
 彼らの疑問が解ったのだろう。ティズは、ああ、と声をあげ
「コカトリスの事だよ。うぅん、あんな怖いモンスターだったなんて、今思うとぞっとするね〜」
 身体を振るえさせて見せた。
 コカトリス。
 鶏と蛇の合いの子のような姿。
 牡鶏の頭と足、胴体は鱗で被われそのまま蛇のような長い尾につながってる。翼はコウモリのよう。耳障りな泣き声は一度聞いたら耳からなかなか離れてはくれないだろう。
 大宗院透らが集めてくれた情報でも、現れるといつも惨事を招く不幸を呼ぶ鳥だ。
「まあ、確かに可愛くはないな‥‥」
 リ・ル(ea3888)は苦笑しながらぽん、ぽん、とティズの頭を叩く。
 彼自身コカトリスに石化をされた経験がある。
 あの時は直ぐに解除されたから良かったがもしそうでなければ、自分もあの廃石材と同じ運命を辿っていたかもしれないと思うと気分は複雑だ。
「コカトリスか‥‥確か、コカトリスの石化を解除するには、コカトリスの血をかければいいんだよな」
 前回の事情を知らないギリアム・バルセイド(ea3245)は確認するようにリルに問うた。
 リルは勿論頷く。
「フリードは俺の弟分みたいなものだ。何としてでも助けてやりたいんだ」
『おい! この依頼、まだ空きはあるのか?あるなら俺が入る!』
 ギルドに駆け込んできたときのギリアムの様子を思い出しながら、なんとなく微笑ましい気分になる。
 あの少年はそれだけ好かれているのだろう。だが‥‥
「でも、フリードを助けるだけじゃ多分事態は変わらない。それは解っておいてくれよ」
 少し厳しい顔を作りギリアムに告げた。
 正直な話、今回の依頼の中心であるフリードの救出だけであるなら、直ぐに解決すると空を見上げながらリルは考えていた。
 空から先行した仲間達、リースフィア・エルスリード(eb2745)やシルヴィア・クロスロード(eb3671)。
 閃我絶狼(ea3991)もあるアイテムを持っている。
 コカトリスの瞳と呼ばれるそのアイテムはある錬金術師が苦労の末生み出したとあらゆる石化を解くという究極の石化解除薬なのだ。
 コカトリスで石化されたのなら、そのアイテムを使えば簡単に石化されたフリードを元に戻す事ができる。
 だが、ギリアムに語ったとおり、それだけでは問題は解決しないのだ。
 まず、第一にフリードを石化した相手を探さなければいけない。
 前回倒したコカトリスがやったというのなら、事態はまあ解決と言えるが、行方不明者が引き続いて出ている以上、それはないだろう。
 もう一匹コカトリスがいる。最悪の場合には他の石化の技を持つモンスターもいるかもしれない。
 それを確かめなければまたフリードや村人が、ひいては仲間さえも石化させられる可能性がある。
 第二に石化されたフリードは領主館に預けてある。
 解除には慎重になるべきだった。
「確か、新旧の住人の間で諍いがおきているんだったよな?」
 リルはまた頷く。
「そうだ。前領主の圧制時代村を出た村人が、戻ってきて財産の取り合いを始めとするトラブルを起こしているんだ」
「現時点ではやはり今も村にいる人々の立場が強いようですわ。でも、戻ってきた人々には指揮するものがあって、意思の統一が為されている。そしてそれを仲裁すべき領主ジュディスさんは‥‥まだ年若い女性ですの」
 言いながらセレナ・ザーン(ea9951)は目を伏せた。
 懸命に人々の為に働くジュディス。
 補佐としての経験もそこそこに領主の地位を継ぎ、先代の死によって責任の全てを彼女が背負う事になってしまった。
 もう少し時間が有れば、彼女は確実に良い領主になれたのに‥‥。
「皆、心も石のように頑なになってしまっているように思います」
 寂しそうにセレナは呟く。
 だから、容易に想像がついてしまうのだ。
 もし、フリードだけが石化を解かれ助かった場合、彼ら、特に親兄弟を亡くした者達はその怒りを、領主や村人あるいはフリードに向けてしまうだろう。と‥‥。
「今は、人同士が争っている場合ではありませんのに」
「村を守り、彼女を支えると約束してくれたエスタさんも行方不明なのだわ! あ、エスタさんというのは領主さんのお姑さんなのだわ。彼女がいれば、きっと少しは事態が良い方向に動くのだわ」
 肩の周りを飛び回るヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)の言葉にギリアムは腕を組んだ。
「なるほど‥‥。確かに全ては行方不明事件が解決しないと先に進まないな」
 そう、全ての結論はそこに集まる。
 フリードを助け、村を襲う石化殺人事件と、行方不明事件を解決する。
 遺跡を調査し、叶うなら頑なな村人達の心を解きほぐして仲直りの糸口を‥‥。
 レイル・セレインや大宗院亞莉子もいろいろと調査を手伝ってくれているが、それでもやらなければならないことは山積みだ。
「ああ、だから人手はいくらあっても足りない。頼りにしてるぜ」
「任せておけ!」
 頷きあい冒険者はまた走る。
 目的地、エイムズベリーへと。

○領主館でのできごと
 目の前に立つ少年は白い石。
 見開いた瞳も、何も写さない。
「‥‥いつも心配をかけて」
 冷たい頬にフレイア・ヴォルフ(ea6557)はそっと手を当てた。
 少し、心配になる。この頬にちゃんと体温は戻るのだろうか、と。
「じゃあ‥‥絶狼頼むよ」
「ああ」
 フレイアに促され、絶狼は小瓶の蓋を開けた。
 冒険者達も、立ち会う領主夫妻も思わず息を飲み込む。
 石像の頭上に液体が流し落とされ、その雫が地面に落ちようとしたその時。
「あっ!」
 誰が上げたか解らない声が響いた。
 石像が瞬間、色がついたかのように命を帯びる。
 聞こえる呼吸音と‥‥
「わっ!」
 崩れ落ちる膝。
「「危ない!!」」
 とっさにスタートをきったのはギリアムと、フレイアだった。
 今にも転びそうな少年を、ギリアムが後ろから抱きかかえるように支えた。
「大丈夫か? フリード、俺が解るか?」
「? ギリアム‥‥さん? どうして‥‥ここに?」
 瞬きした少年は、当たり前のように答える。どうやら、本物のフリードのようだ。
 冒険者達が胸を撫で下ろした瞬間
「どうして? それは、こっちのセリフだよ!」
 高い、声が上がった。
「あ‥‥フレイアさん」
 顔を後ろから前へ、動かしたフリードは見ることになる。
 肩を怒らせながら、
「フレイアさん、じゃないよ。全く! 何度‥‥」
 その瞳に涙をいっぱいに浮かべ、貯めたフレイアの姿を。
「いや‥‥無事で戻ってきてくれただけで、それだけでいいよ。もう‥‥」
 一歩、二歩と歩き、フレイアはそっと、フリードの頬に触れる。
「えっ?」
 朱に染まる頬、手には確かに、さっきまで感じられなかったぬくもりを、体温を感じる。
「心配‥‥したんだよ。フリード‥‥」
 そのままフレイアは手をゆっくりとフリードの首に、背に肩に回した。
 愛する者をそっと抱きしめるように。
「無事で‥‥本当に、良かった」
 そのぬくもりを感じた少年は、一度だけ瞬きすると黒い瞳を真っ直ぐに向けて、
「フレイアさん‥‥、ごめんなさい。ありがとう」
 そう、答えたのだった。

 石化が解かれたばかりのフリードは、大丈夫だと言い張っていたが直前に負ったであろう怪我もあったので、暫く領主館の一室を借りて休ませる事にした。
 フリードと、付き添うフレイア達が部屋を出て、室内は領主ジュディスとその夫カルマ、そして冒険者だけとなった。
「いろいろ大変のようですね」
 心から心配そうに問うセレナにジュディスは、項垂れながら
「はい‥‥」
 唇を噛み締めながらそう答えた。
「私の力が‥‥足りないから‥‥エスタさんまで‥‥。本当なら、私は領主の血など‥‥」
「ジュディスのせいじゃない。村の争いはともかく、母さんは‥‥多分、あの方が‥‥」
「あの方、などと敬語を使う必要はありませんよ。気持ちを強く持って下さい。気持ちで負けてしまったら相手の思うツボです」
 母親の失踪に困惑気味のカルマに、リースフィアはピシリ、強い口調でそう告げた。
 責めているわけではない。妻を支えようという気持ちは彼もしっかり持っているのだから。だから
「デビルは人の心の不和を狙います。まずは、人の心を纏めるのが大事だと私は考えるのですが‥‥ジュディスさん、お手伝いさせて頂けますか?」
 自分達は手伝いをしたいと思っていた。悪魔に負けない、いや勝つ為に。
「本当ですか?」
 フリードの救出が終われば帰ってしまうと冒険者は思っていただけに、リースフィアからの申し出にジュディスの顔は輝いた。
「私もね! この村でちょっと働きたいと思ってたんだ、なんていいうか‥‥この状況ってメイドとして世話したい気分なんだよね〜」
「ぜひ、お願いします。私一人の力では、もう村人達を纏める事はできなくて‥‥」
 自信無げなジュディスの肩を、ポン、とマックス・アームストロング(ea6970)が叩く。
「何か、村人が一つになるようなきっかけがあるとよいであるな。我輩が、この村の問題解決の方法を考えるとするなら、現村人の土地を領主殿が買い取って、旧村人に譲り代金は分割で返してもらうとか、新しい事業を起こしてみるとか‥‥。どちらも予算がやはりネックなのであるが」
 励ますように。
「できる限りのお手伝いはします。勿論、石化殺人事件や行方不明事件も必ず解決します。だから、ジュディスさんはしっかりと立っていて下さい。領主として。それが今、一番必要な事だと思います」
「人は『自分だけ損をする』事にはなかなか耐えられませんわ。村人も元村人も、そして領主自身も損をするけれど、結果として村の為になる、そんな判断なら、時間はかかっても皆様を納得させる事ができると思います」
 リースフィアの思いと心を継ぐように、セレナはジュディスの手に自分の手を重ね、しっかりと繋ぐ。握り締める。
「わたくしもよく失敗するのですが、背伸びはしないことですわ。できない事をできると言っても、信用を失うだけです。正直に自分だけではできないと告白して、多くの方に相談する方がきっと良い結果を生みますわ」
 そのままで、いいんだよ‥‥。
 誰もが、夫ですら良い領主たれとジュディスを見る中、そう言ってくれたのはセレナが初めてだった。
 ジュディスの目元から涙の雫が落ちる。それは言葉にならない感謝の思いと共に長く、止まる事はなかった。

「あの日遺跡の調査を終えて、僕は地図を隠してから、村に戻ろうとしました。その時‥‥」
 横になり、身体を休めながらフリードは思い出そうとする。
 遺跡の探索に出て石化の魔法を受けた日の事を。
「遺跡の近くで、誰かが言い争うような声を聞いたんです。多分、男性と女性。なんで、こんな所で、と思って悪いと思いながら近寄りました。そしたら‥‥」
「いきなりコカトリスが表れて、追いかけられたって訳か」
「はい。その後悲鳴みたいなのが聞こえました。で、一瞬足を止めて‥‥でも、助けに行きたくても自分も後ろにコカトリスが来ていて、どうしようと思っていたら微かな衝撃と共に足元が固まって‥‥」
 ギリアムは頷くが、フレイアは微かに怪訝そうな表情を浮かべた。
「どうしたんですか? フレイアさん?」
「ちょっと待っておくれよ。フリード。悲鳴とコカトリスに追いかけられたのは同時か後、なんだね?」
 問われフリードは少し考える‥‥と、はい、とはっきり答えた。
「悲鳴で振り返ったとき、僕の後ろにコカトリスいましたから」
 つまり悲鳴を上げさせる何かと、コカトリスの一羽目は別の存在だということになる。
 そして、もう一つ気になる事が‥‥
「軽い衝撃‥‥って、コカトリスに突かれたのかい?」
「えっ? えーっと‥‥」
 これに関してはフリードの反応は鈍い。後方から何かを受けたのを感じ、気がついたら足から石化していた、というのだ。
「そうか‥‥」
 フレイアは考え込む。
(「やっぱりコカトリス以外にも?」)
「とにかくフリード、俺達はまだ仕事がある。お前‥‥身体は動くか?」
 話を聞き終わり、フリードの無事も確認した。ならのんびりとはあまりしていられない。
 立ち上がったギリアムの問いに
「大丈夫です! 動きます。僕もご一緒させて下さい!」
 勢いよく身体を起こしたフリード。微かにめまいを感じたように身体を震わせるが、それを振り切って立ち上がる。
「遺跡の調査は元々、僕が受けた依頼です。責任を持って果たしたいんです!」
 フリードという少年の性格を熟知している二人には、少年がこういう反応をすることは最初から解っていた。
 だから‥‥
「ダメ! 少なくとも今はまだ身体が鈍ってるだろう? ここで、身体を休める事を優先しておくれ」
 それは止める。最初からの決め事だった。
「遺跡の近くにはコカトリスがまだいるかもしれない。他の敵の可能性もあるからね、今日のところは待っていて欲しいな。大丈夫。あんたが書いてくれたこの地図があるから」
「それは‥‥!」
 フリードは驚いたように目を瞬かせる。万が一の時の為に隠しておいた地図。それを見つけてくれたのか、と。
「暫く調べて安全と解ったら一緒に来てもらうよ。それに、今日のところは領主夫妻の護衛の方に手が足りないんだ。入ってもらえると嬉しいな。勿論、無理にならない範囲で」
 優しく、言い聞かせるように告げるフレイアに、フリードは顔を下に向けた。
 聡い子だ、とギリアムは思う。自分を気遣う冒険者達の気持ち、自分の力不足、それが解れば彼は、きっと付いて来るとは言わないだろう。
 皆に迷惑をかけたこと、仕事が完了していない事、コカトリスにやられた事。それらがどんなに悔しくても我儘を言わない。それがフリードだ。
「俺は、先の探索には入っていなくてな。この村の事とか良く解らないんだ。出発までいろいろと教えてくれないか?」
 ぽん、とギリアムはフリードの肩を叩く。これも慰められているのだと、解る。
 だから、フリードは迷いを振り切るように伏せた目を上げると
「解りました。どうか、お気をつけて‥‥」
 気遣うようにそう答えたのだった。

○心の炎
 村境の小さな広場。暖かい湯気と香りはそこから漂っていた。
「はい、あったかいシチューだよ。魚と牛乳はよくあうよね〜」
「姉ちゃん、僕にもちょーだい」「私にも!」
「はいはい、順番、順番、沢山作ってあるから心配しないでゆっくり食べるんだよ〜」
 一人ひとりの入れ物にシチューを注ぎ、ティズは微笑んだ。
 新しくやってきた村人達の集落にティズが加わって数日。
 子供なのに冒険者、そして料理も名手とあって、既にティズは子供達だけでなく、村人達にとって新たなカリスマとなっていた。
 今日も彼女の料理に人々の輪ができる。
「おい、ティズ。こっちにもそのシチュー、分けてくれないか?」
 ふと、声に顔を上げると仲間であるリルが立っていた。そしてその背中に隠れるように、こちらを見ている子供達がいる。
 現村人の子供達だと、気付いて
「いいよ〜。こっちにおいでよ。一緒に食べよう」
 にこやかにティズ手招きした。だが反対に、皿を抱えていた子供達の顔には明らかな不満が浮かぶ。
 それを見守る大人達も、だ。
「え〜っ?」
「なんで、あいつらにもやらなきゃいけないんだよ」
「そうだよ。あいつらはいつも暖かい家で、旨いもの食ってるんだからさ〜」
 日ごろの思いに愚痴も加わってそうだ、そうだという思いと言葉が波のように広がって行く。
 それを
「ストップ!」
 静かに、だが、きっぱりとティズは静止させた。
「どうして、一緒に遊ばないの? どうして一緒に暮らせないの? ケンカばかりしておかしいよ?」
「だって、先に俺達を入れないって言ったのはあいつらだろ?」
「そう言ったのは親。君達に関係ないんじゃないかな?」
「‥‥だって‥‥、元は俺達のものだったのに、家や‥‥土地だって‥‥」
「でも、それは捨てたものだったんでしょう? ゴミに捨てたものを拾って使われて文句を言うのはおかしいと思わない?」
 子供達の答えは淀み、大人達もばつの悪そうな表情を浮かべる
「でも、俺達だって暖かい家に入りたいんだよ。もうこんな寒くて冷たい森で暮らすのはイヤなんだ!」
「それに、人を石に変える怪物もいるんでしょう? 怖いもの‥‥」
「なのに、俺達を村に入れてくれないんだ。やっぱり酷いよ!」
 吐き出される思い。それに
「それは、冬だからです。村は雪に包まれ新しい家を建てることもできない。もう少しだけ、待つことはできませんか?」
 静かに告げられた声に村人達は振り向いた。そこに立つのはシルヴィアとリースフィア。そして
「ジュディスちゃん‥‥」「領主様?」
 冒険者に付き添われ立つ領主ジュディスは、彼らの前に膝を折り、頭を下げて言った。
「皆さんの気持ちは解ります。けれども、今すぐに村に皆さんを受け入れることはできないのです。土地の多くは雪に埋もれ、空き家は荒れ果て直ぐに住む事はできません。時間が‥‥必要なのです」
「皆さんも解ってはいる筈です。自分達が捨てたものを直ぐに返せというのが虫のよすぎる話だと。家も畑も維持するのがどれほど大変かも、わかっておいででしょう? 要求するだけではなく誠意を見せることも必要ではありませんか?」
 諭すようにリースフィアは告げる。彼らの頭は下がったままだ。
「それに、村人達だって貴方達を受け入れないと言っているわけではありませんよ。歩み寄ろうという気持ちを持ち始めています。現に、その料理を作る為の薪。それを提供してくれたのは村の人々なのですから‥‥」
「えっ?」
 彼らはティズを見つめる。ティズは頷きと笑顔で答えた。それが本当である、と。
「まあ、まだ彼らも罪悪感とかあって直ぐには態度は変わらないかもしれない。でも、解ってくれてはいると思うぜ。‥‥少なくとも子供達は、あんたらと仲良くしたいと思ってるしな」
 リルは自分の後ろに立つ子供達の紅くなった手を指し示す。それは彼らが一生懸命薪を拾い運んだ証。
「奪った、奪われた。返す、返さない。そう思うから、きっと上手く行かないのです。新しく始める気持ちで頑張ってはみませんか?」
「私はあまりにも非力です。でも、全力を尽くすとお約束します。だから‥‥お願いです。もう少し時間を下さいませんか?」
 自分達の前に膝をつき、頭を下げる領主。冒険者との言葉と共にその行動は確かに村人達の心を動かしたようだった。
「‥‥‥‥こっちに来いよ、一緒に料理食おうぜ」
 子供の一人が、ぶっきらぼうに、リルの背中に声をかけた。差し出される皿。
「うん!」「ありがとう!」
 子供達はリルに背を押され歩きだし、炎の側に集まった。
「あったかい」「おいしいね」
 彼らを囲み、大人達も集まる。領主も一緒に一つ鍋を囲む様子は見ているだけで暖かい。
 じきに、遠巻きに見ている村人もいずれ加わってくるだろう。
 リースフィアは腕組みをしたまま、様子を見ていた青年に問いかける。
「何か御用ですか? オルフェンさん」
「理想的な理論を聞かせて頂きました。お見事ですよ」
 嘲笑が混じった拍手にリースフィアの言葉にも思わず棘が加わる。
「‥‥何か、ご不満でも? 貴方の望みは村人の受け入れでしょう? それが叶うかもしれないというのに」
「いえいえ、何も不満はありません。ただ‥‥」
「ただ?」
 彼は間違いなく人間。けれど、思い出したくも無い誰かを思い出してしまう。あの笑みが特に。だから 
「私の望みも、村人の望みもそんなに簡単に叶うものではありませんよ。いずれ解ります」
「解りたくはありませんが、一応心には止めておきますよ」
 リースフィアは、シルヴィアと顔を見合わせる。
二人は村人の中に入って行くオルウェンから、目を離すことはしなかったし、できなかった。

 仲間達から遅れること暫し、絶狼は、差し入れを抱えやってきた。
 笑顔の人々の輪。その中に入って行く彼に変装したフリードが気付き声をかける。
「あ、絶狼さん!」
 彼は指に手を当てた。
 絶狼は領主の婿であるカルマと接触し、仲間から預かったコカトリスの瞳を渡し落ち込む彼に石化解除薬の研究を頼んだのだ。簡単にできるとは思えないが、少しでも希望があるのなら試してみたかったのだ。
「ジュディスも楽しそう‥‥って、リルどうしたんだ?」
 ふと、絶狼は変わった様子の仲間に気付いた。
「すまん、後は頼んだ」
 絶狼の到着に気付いたのだろう。
「おい?」
 リルは村の子供達を預け、走って行った。一人の子供を追いかけて。

 コンパスの差でリルは少し走って直ぐにその子に追いついた。
「逃げないでくれよ。礼を言いたくて捜してたんだぜ」
「なら、放してくれよ」
 いつの間にか握っていた手の柔らかい感触に気付いて慌ててリルは手を放した。
「ああ、すまない」
 言って怯えさせないように一歩下がるとリルは 
「エリュ」
 呼びかけてその首にそっとマフラーをかけてやった。
「な‥‥何?」
「フリードの馬を助けてくれた礼だよ。俺はできる限りお前の力になる。その約束の印だ」
「そんなの‥‥いいよ」
「いいから。大人の言う事は聞いておくもんだ」
 笑ってエリュの頭を撫でながら、リルは静かに告げた。
「お前さん、今、幸せか?」
「えっ?」
 突然の問いにエリュは首を傾げる。さっき、村の子供にも言った事だけど、と前置いて彼は続けた。
「今の不幸を誰かのせいにしても自分が幸せにはならないんだ。誰かを傷つけても自分の傷は癒されない。傷を傷で覆い隠しても、より深くなるだけだ。幸せになりたかったら、まず他人を幸せにするのが大事なんだ」
 村の子供達はその言葉に頷いてくれた。この子もきっと解ってくれると信じて微笑んでみせる。
 だが、エリュの反応は違った。
「そんなの‥‥たって‥‥恨まなくっちゃ‥‥事だって‥‥あるんだから‥‥」
「どうしたんだ?」
 手を握り、何かを呟くエリュにリルがその思いを聞こうとした時だ。
 ギュアアアッ!
 何かの声が響いた。耳を突く耳障りな音。
「な、なんだ?」
 その声を聞いたとたん。そして、何かを見たとたん
「ダメ!」
 何かに呼ばれるようにエリュは走りだした。
「エリュ?」
 戸惑うリルを置いて。彼女を見つめる誰かを置いて‥‥。

 冒険者達は敵に剣を向けていた。
 目の前にはコカトリス。
「また‥‥倒すしか無いのであるか」
 迷いながら‥‥。
 
 遺跡の調査と行方不明になったエスタの捜索に出てきた冒険者達。だが、前回のフリード捜索以上に、エスタ捜索の手がかりは皆無だった。
 残っていたのは手紙だけ。目撃者も無し。
 ヴァンアーブルは匂いを追おうと犬を使ったが成果は無かった。
 オーラセンサーを使ったマックスも同様。
 つまりは石化されているということなのだろう、とフレイアは思った。
「おい、フレイア。これを見ろ」
 手招きしたギリアムが呼ぶ。遺跡近くの草むらにあるものを見つけたのだ。
「これは‥‥」
 倒れていたのは石像が二つ。行方不明になっていた新しい村人だろう。
 幸い、今回は壊されてはいなかった。石化を解ければ元に戻る。
「とりあえず、良かった、というところかな」
「でも、この表情、変じゃないか?」
「変って?」
 ギリアムの問いにフレイアは首を傾げる。フリードと同じように戸惑いの表情を浮かべているのだが‥‥。
「フリードの時も思ったが、コカトリスに普通襲われたら怖がる顔をしないか? でも、こいつにはそれがない。それは‥‥ひょっとして」
 言葉はそこで止まった。
 背後で声が聞こえた。甲高い鳴き声と
「待つのである! 我輩達は!」
 必死で呼びかけるマックスの声。二人は慌てて走った。そしてそこに再び表れたコカトリスを見つけたのだった。

 コカトリスを退治する事は、今後の為にも絶対必要だと解っている。
 石化解除には血が必要だし、コカトリスの瞳を作る為には文字通り目が必要だ。
 けれども、彼らは退治する事に迷いを感じていた。
 理由は一つ。
 コカトリスの首にかかったリボン。
 野良のコカトリスが首に飾りなど付ける筈が無い。という事は誰かがそれを付けたと言う事になる。
 つまり
「誰かに飼われているのか」
 攻撃を避けながらフレイアは必死で考える。倒すべきか、捕らえるべきか。
 だが襲い掛かるコカトリスの攻撃は鋭く、厳しく、避けるのがやっとの事。
「倒すのは簡単だけど‥‥でもっ!」
 オーラテレパスの呼び声も通じないほどにコカトリスは何故か怒りに震えていた。
「とりあえず、動きだけでも止めるのだわ。ムーンアロー!」
 ヴァンアーブルの放った光の矢が、コウモリの羽を射抜く。  
 ギュアアアッ!
 悲鳴と共にコカトリスの翼から血が吹き出す。
「あっ!」
 その血を汲み取ろうとマックスが近寄ったその時。
「ダメ!!」
 小さな、だが強い力が彼を突き飛ばしたのだった。

○コカトリスと子供
「ダメ!!」
 つがえかけた矢を落としフレイアは目を瞬かせた。
「子供‥‥?」
 傷つき、倒れかけたコカトリス。
 それを庇うように冒険者の前に子供が手を広げているのだ。
 足元には黒猫。見覚えのある姿にマックスはギリリと歯を噛んだ。
「お前は、アリオーシュの‥‥。何を考えているのであるか!」
「危ないよ。そいつから離れるんだ!」
 マックスは黒猫に向けて、フレイアは子供に向けて呼びかける。
「ダメ! この子は私の友達なの。殺しちゃダメ。もう絶対に殺させたりしないんだから!」
「エリュ!」
 追いかけてきたリルも、その後を追ってきた絶狼も言葉を失くす。
 多少予想もしていたが、これはその中で最悪に近い展開だった。
 デビルを足元に、背中にコカトリスを庇い冒険者の前に立つ子供。
「コカトリスが‥‥友達?」
「そうよ! 父さんも、母さんもいなくて、兄さんとも離れて、寂しかった私をこの子達は慰めてくれたんだから。優しい、いい子だもの‥‥。私の友達だもの‥‥」
 倒れたコカトリスを抱きしめるエリュ。コカトリスもまた彼女を慕うように頭を寄せる。
「なら! そのコカトリスは殺さないのである! 血を分けて欲しいだけで‥‥。聞いて確かめて欲しいのである。我輩達はそのコカトリスに頼んでいたと‥‥」
 黒猫からの返事は返らない。だから、マックスも今度はエリュに呼びかけた。
「嘘! だって、貴方達は私の友達を殺したじゃない! 遺跡を守っていただけの、この子のパートナーを!」
「あっ!」
 フレイアの脳裏にあの時の光景が過ぎる。
 あの時、表れたコカトリスは、確かに先に襲い掛かって来たわけではなかった。
 先に矢を放ったのはフレイア。それでも、まだ威嚇したように羽根を広げてきただけで攻撃まではしてこなかった。
 それは‥‥。
「この子達は、私を守って、私との約束を守ってくれただけよ。遺跡を見張って。人を近づけないでって。それなのに、殺そうとするなんて信じられない!」
「違うんだ。聞いておくれ!」
『エリュ!』
 フレイアが呼びかけようとしたその時だ。今まで沈黙を守っていた黒猫が、大きな翼持つ豹となって冒険者の前に立ちふさがったのは。黒い光を放つ豹の言葉にびくん、とエリュの身体が揺れる。
『そうだエリュ。冒険者の言葉など、信じるな。奴らはお前の大事な者達を奪おうとしているのだ』
「違う! デビルの言葉に耳を傾けるな! 話を聞いてくれ。エリュ!」
「黙るんだわ!!」
 リルはエリュを止めようと前に踏み出し、ヴァンアーブルはデビルを止めようと魔法を紡ぐ。
 だが二つの行動は
「うわっ!」
「なんなのだわ?」
 目に見えない結界に阻まれ、押し戻された。
 見えない結界の中で黒豹、いやデビルの使い、グリマルキンはコカトリスの傷を癒すとエリュに囁いた。
『人間など信じてはいけないと、解っているだろう。お前達は約束した。遺跡を守り我が主の命に従うと‥‥』
「うん‥‥」
 一瞬だけ、リルの方を見たエリュ。だが微かな思いを振り払うようにコカトリスの首を強く抱きしめるとデビルの言葉に頷いた。
 そして冒険者の方を寂しげな目で見つめ‥‥言った。
「フリードは、元に戻ったんでしょ? だったら、もうこの村に来ないで。私達に構わないで。もし、また来たら、私が預かっている石像‥‥壊すからね」
 はっきりと、そう言ったのだ。
「石像?」
 現在行方不明の人間はエスタを含め三人。そのうち二人の石像はさっき見つかった。と、いうことは‥‥
「エスタさん?」
「エリュ!」
 ほんの一瞬の冒険者の逡巡、その隙を突いてグリマルキンは空へと羽ばたいた。
 コカトリスとエリュを背に乗せて。
 魔法で、あるいは弓矢で、狙い打つ事はできる。だが、それができるヴァンアーブルもフレイアもしようとはしなかった。いや、できなかった。
 もし、そうしてグリマルキンを撃ったとしても落ちて命を失うのはきっと背中に乗ったエリュだけだろうから。
「エリュ‥‥あの子は、まさか‥‥」
 リルはゆっくりと歩いてさっきまでエリュがいた場所に立つ。
 そこには微かな血だまりと、汚れたマフラーが落ちていた。
『私が‥‥』 
 あの言葉に嘘は、きっとない。
 嘘はない、純粋な心で、あの子はきっと冒険者の前に立ちはだかる。
 悔しさと共に冒険者は空を見上げる。
 思わずにはいられない。
 その時、自分達は何ができるだろうか。
 その時『彼女』を助けることができるだろうか。
 
 怖いほど、澄み渡った空。
 冒険者の目に、もうその姿を見ることはできなかったけれど。