【見つめる瞳】消えない思い

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:16 G 29 C

参加人数:12人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月20日〜04月30日

リプレイ公開日:2008年04月28日

●オープニング

 冒険者達は、ある日冒険者ギルドに呼び出された。
 呼び出したのは円卓の騎士パーシ・ヴァル。
 彼は鎧姿。円卓の騎士としての正装。つまり公的な意味での依頼であると冒険者達には一目で解った。
 殆どの者はその内容も。
「冒険者に死刑囚、オルウェンの護送を依頼する」
「死刑囚‥‥それは、決定なのですか?」
 冒険者の問いに彼ははっきりと頷いた。
「エイムズベリーにおいて、多くの人間を死亡せしめた魔法使いオルウェンは事件の裏づけ調査もほぼ終わったので死刑が確定した。計は十日エイムズベリーで公開され行われることとなる。本来であれば騎士を護衛につけて護送するところであるが、相手が高レベルの魔法使いで事や事件の背景から冒険者に依頼する事となった。ぜひ引き受けて貰いたい」
 今回の石化殺人事件の被害者は、行方不明だった者も含め十人にものぼる。
「でも‥‥」
「お前達の言いたい事は解らないでもない。しかし、どんな理由があろうと一般市民を、しかも複数死に至らしめた罪は他に償いようは無い。遺族の思いの行き場もないし、不安も残る。今後の事を考えるとこれはどうしても必要な事なのだ」
 もし、冒険者の働きが無ければ被害はさらに拡大していた事を考えると、冒険者達の誰も彼の死刑にこれ以上の異議を唱える事はできなかった。
「その代わりと言ってはなんだが、共犯者のエリシュナはキャメロット教会に保護観察処分となった。コカトリスについては現在対応を考えているが、出来るだけ処罰しない方向で考えてはいる」
 それには少し安心するが、おそらく彼女はそれを喜んではいまい。
 オルウェンの処刑の事を知ればなおさらだ。
「死刑執行そのものには冒険者は関わらなくて良い」
 その責任は執行を行う領主家にある。実際に手を下す必要は無いと言う。
「但し、護送には可能であるなら処刑まで冒険者にオルウェンの警護について欲しいという依頼も含められている。万が一にも死刑執行まで逃げられるわけにはいかないからな。理由は‥‥解るだろう?」
 冒険者達は声に出さず頷く。
 オルウェンは魔法使いだ。
 一度逃げられれば簡単に捕まえられはしないし、それより何より最悪の救助者が来る可能性もあるだろう。
 パーシ・ヴァル自身は流石に立場上から処刑に立ち会うことはできない。
 護送の方法、手段、連れて行く人数は冒険者に任せられている。
 経費も全て支給される。
「殺す為に、守るというのも皮肉な話ではあるがな‥‥。頼んだぞ」
「殺すために助ける‥‥か」
 去っていく騎士の背中を見送りながら、冒険者達はそれぞれの思いを噛み締めていた。

『お前達は、今回は手出しせずとも良い』
『彼』は部下達にそう言い放った。
「何故、ですか? 彼の魔法はある意味僕達より‥‥」
「いろいろ使い道のある男だと思いますが‥‥」
『かまわん。お前達も見物しているがいい』
 別に仲間意識があったわけではないが、必要ならば助けに行こうと思っていた彼らは楽しげに笑う主の言葉に従い膝を折る。
『価値があるかないかは、これから解るだろう。さてさて、楽しみだ』
 楽しげに笑う彼の視線の先にはある目的の為の木枠が、それを使う人物を静かに、ただ静かに待っていた。
  

●今回の参加者

 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ec0583 鳳 美夕(30歳・♀・パラディン・人間・ジャパン)
 ec0713 シャロン・オブライエン(23歳・♀・パラディン・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

バルセウス・バドラクエル(ea6318)/ ロック・チャドロム(ea7939)/ ダヌ・アリアンロッド(ea8548)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868

●リプレイ本文

○残されしもの
 この仕事は楽しいものになる事はないと、冒険者達は最初から解っていた。
 人の死ぬ場に立ち会わなければならないのだから‥‥。
 例えその理由を理解していたとしても心の痛みは変わらない。
「いや! そんなのイヤよ!」
 少女は何度も何度も首を横に振り、泣き叫ぶ。
「お兄ちゃんが死刑になるなんてイヤ! ねえ! 冒険者のお兄ちゃん、お姉ちゃん! お兄ちゃんを助けて!」
 リ・ル(ea3888)の腕の中で訴える少女エリシュナ。
 彼女にとっての大事な人。魔法使いオルウェンの死刑判決を告げてからというもの、彼女はずっと暴れ、泣き叫んでいる。
 そのある意味予測できた、けれど予想以上の悲しいその状況に、リルは彼女を抱きしめ耐える以外の何もすることができなかった。
「エリュ! 落ち着け。落ち着くんだ!」
「お兄ちゃんが、死ぬなんて‥‥イヤ! イヤアア!!」
 興奮が極まったのだろうか?
 やがてエリシュナは糸が切れたように崩れ、膝を付いた。
 よろめくリルをリースフィア・エルスリード(eb2745)が支える
 二人は顔を見合わせると、彼女をそっと抱き上げ寝台へと運んだ。
「一番、可哀想なのはあの子かもしれないね」
 フレイア・ヴォルフ(ea6557)は目を伏せて呟く。
『助けられなくてゴメン‥‥』
 エリシュナにそう告げた時の、彼女の表情は今もフレイアの胸に深く突き刺さっている。
「フレイアさん‥‥」
「フリード。あんたはあの子を支えておやり。それも、大事な役目だよ」
 自分を心配そうに見つめる少年の頭を懸命に作った笑顔と一緒に撫でるとフレイアはそれでも前を向いた。
 彼女、エリシュナが眠りに逃げていられる時間はそう多くは無いだろう。
 自分にもオルウェンにも、そして彼女にも残された時間は少ない。
「あたしには、いいや、あたし達には怨まれても‥‥やっておかなければならない事があるから‥‥ね。」
 そうしてフレイアは足を向けた。紙とペンを持ち教会の奥深く、少女の眠る部屋へと。

 村はずれの広場には真新しい、それでいて無骨な木の枠が既に用意されていた。
「これが‥‥絞首台と言うものですか‥‥」
 吐き出すようにセレナ・ザーン(ea9951)は思わず呟いていた。
 彼女とて滅多に見るものではない。
 できるなら一生見ないで過ごせた方がいい類のものだ。
 何故なら、これが使用される場というのは人の命が人間の判断と手によって奪われる場であるのだから。
 けれども、そう思えるのは彼女が多くの人の死と命を見てきた冒険者だから。
 村人達の多くにとっては違うのだろうと、ここに来るまでの間に彼女は実感していた。
 入れ替わり立ち代り絞首台を見に来る村人達。その多くにはどこか娯楽を見るような気楽さがある。
 ここで、行われる何かに期待している目だ。
 と、思えば目に涙をいっぱい浮かべ祈りを捧げる者や、逆に絞首台を怨みの篭った目で見つめる者もいる。あれはおそらく被害にあった者達の遺族だろう。
 今は誰にもぶつけられない悲しみ、苦しみをこの処刑台に上る犯人を思うことで我慢しているのかもしれない。
 セレナは踵を返した。彼女らの思いに同調しないように、同情しないように。
 自分の成すべき事を果たす為に‥‥。

○処刑前夜の思い
「疲れたでしょ。はい、夕食だよ」
 野営地で作った湯気の出る料理をティズ・ティン(ea7694)はオルウェンに差し出した。
 顔を背けるオルウェン。横に置かれたヘルムと彼の状況に気付いてああ、とティズは声を上げる。
「その手じゃ食べられないよね。はい、食べさせてあげる。アーン」
 匙にスープを入れて口元へ。
 まるで子供にするような行為に再び背けられた顔を、ティズは頬に両手を当てて前を向けさせた。
「ダメだよ。ちゃんと食べなきゃ」
 笑顔でもう一度匙に食べ物を乗せる。
「もう直ぐ死んじゃうのに食べ物を食べても意味がないと思っているかもしれないけど、折角、この世に生を受けたんだから、これ位の幸せを感じてもいいじゃないかな? 結構、おいしいの知ってるでしょ」
 はい、と口元に差し出された匙の食べ物は
「あっ♪」
 今度は姿を消した。一度だけであり、以降は彼の口が開かれる事はなかったがティズは胸の中に喜びのようなものを感じていた。それはほんの小さなものであったけれども彼女の胸を熱くした。

 手は後ろ手に組まれ、さらに親指同士を結ばれている。
 身体にはヘビーアーマー。頭にはヘビーヘルム。口には猿ぐつわ。
 冒険者が護送を依頼された人物はそんな厳重な逃亡処置を施され、ずっと馬に乗せられていた。
 そこから下ろされるのは野営地のみ。その時でも身体や手が自由になることは無い。
 それ自体が拷問ではあるが彼は魔法使い。しかも地魔法使いであるから片手でさえ自由にする事はできないのだ。
 魔法の靴などを使えば一日の距離を冒険者は久しぶりにゆっくり三日かけてここまでやってきた。
 できるだけギリギリの日程にしてある。到着すればその足で公開処刑が行われることになっているから、事実上今日が彼にとって最後の夜となるだろう。
「少し‥‥お話をしませんか?」
 夕食を終えた就寝間際。
 シルヴィア・クロスロード(eb3671)は、一人木に繋がれ佇むオルウェンの側に寄り、腰を下ろした。
 それを合図として周囲に仲間達も添う。
 この件に関わって来た冒険者達、それぞれが彼に対して思いを持っているのだ。それぞれの‥‥告げたい思いも。
「何をこの上、話せと? 貴方方に話して何か変わると? 私の処刑の運命が変わるとでも? 同情はいりません。どうぞ放って置いて下さい」
 自虐的に笑うオルウェンにギリアム・バルセイド(ea3245)は微かに眉を上げた。
 話に加わらず警戒に集中しているが、それでも聞こえてくる彼の思い。
 彼は顔を上げている。その表情から思いを読み取る事はできないが、強い意志を確かに感じる。
「私は復讐を為そうとし、それに失敗した。敗者の定めは覚悟していますよ」
 あるのは諦めか、それとも本当に納得、なのだろうか。
 ぽりぽりと、頬に指を当てながら閃我絶狼(ea3991)は周囲と、仲間、そして愛狼に目をやってから
「なあ、オルウェン」
 オルウェンに呼びかけた。
 彼に同情する気は微塵もない。だが
「お前さん完全にとは言わないまでも何人かには復讐を果たしたわけだよな、自分が復讐される立場に立った事で何か得られたか?」
 聞いてみたい事があったのだ。
「期待も後悔もしていません。私の人生はただ、あの日の為にあった。叶うならもう少しやりたい事はありましたがどうでもいい事です」
「‥‥処刑される事も覚悟の上と?」
 マックス・アームストロング(ea6970)の問いには返事が無い。
 復讐を誓った者の多くは道理など通用しないものだ。
 どんなに諭そうと、語ろうと彼らには“泣き寝入りしろ”としか聞こえない。
 そして泣き寝入りできるなら復讐を誓ったりはしない。
 それを選ばなければ生きていけない程に彼らにとり失ったものは大きいのだから。
 目の前の男は確かな悪事を為し、多くの者が犠牲になった。
 復讐されるべき以外の人間も何人か巻き添えにした。けれど、思わずにはいられない。
 彼はできるなら被害を大きくはしたくなかったのだろうと。
 そして全てが失敗すれば処刑されることを覚悟していたのでは、と。
 自分一人で罪を被りエリシュナはおろか、自分達を唆した悪魔でさえ庇って‥‥
「貴方が望んだ事、とは一体なんですか?」
 シルヴィアは問う。だがオルウェンは黙したまま。
「やはり、そう簡単には口に出せませんか?」
 微かに微笑し、彼女はオルウェンに返らない問いを続ける。
「人を傷付ける事が本当に貴方の望みだったのか。私にはそうは思えません。貴方はきっと妹さんやお母さんを助けたかったんです。そして、きっと村を手にすることによって自分と同じような苦しみを持つ人を救いたかった。違いますか?」
 いくら話しかけても彼からの返事は戻らない。これは一方通行の会話だと解っている。
 例え本当に『そう』だったとしても、彼は決して口にしないだろうから。けれど
「私は‥‥貴方には医者になって欲しかった。失う悲しみを知る貴方なら、同じように苦しむ多くの人々を救えたと思うから」
 伝えたかった。命は救えなくても心は復讐に囚われたままでいて欲しくない。
「私に貴方を救うことはできません。悪魔もまた同じ。誰も、もう貴方を救えない。けれど‥‥どうか考えて欲しいです。残り僅かな時間かもしれないけれど自分がした事、その意味を‥‥」
「貴方の行いは悪だけれど、もう貴方の哀しみが繰り返さないよう、村人たちに苦しみでも他の人を見捨てないと約束させるわ。だから、シルヴィアちゃんの言った意味を良く考えて‥‥」
 神に救いを求めず復讐を志した者に自分の思いがどれだけ伝わるか解らないとシェリル・オレアリス(eb4803)は思う。
 けれど信じたかったのだ。
 オルウェンの、エリシュナの、失われたコカトリスの、そして彼らの家族の生と死に意味はあったのだ。と。
「今日が考えられる最後の夜になるだろう。だったらそのいい頭で考えな。オルウェン。お前みたいな奴でも処刑されることを悲しむ奴らがいるって事をな。俺以外のお人よしな冒険者。ジュディス。そしてエリシュナも‥‥」
 絶狼は立ち上がり、他の冒険者達もそれに従う。
 側に残るのは警護もかねて
「私、一人っ子だから分からないんだけど、兄妹ってどんな感じなの?」
 と問いかけるティズだけだ。
「‥‥止めよう」
 近寄りかけた鳳美夕(ec0583)の肩をシャロン・オブライエン(ec0713)は掴んだ。
 彼女らはずっと、この依頼に参加してから気配を消し存在していないかのように仲間達の外から、警備を続けていた。
 獣を近寄らせず、周囲に気を使い
「でも‥‥シルヴィアは傷ついてる。彼が苦しんでいるのをきっと、知ってるから」
 見続けてきたのだ。
 シルヴィアから聞いた話と報告書。
 それだけでもオルウェンと、冒険者が抱える重荷は理解できる。同情はあるし、彼の行いを否定もできない。
「確かに偽善かもしれないけど、少しでも気晴らしになればって思う。話を聞くしかできないけれど‥‥せめて、忘れないように‥‥」
 だから、できる事をしたいと言う美夕にシャロンは再び首を横に振る。そして言った。微かに目を伏せて
「だから。それはオレ達の役目じゃないんだ。今回の件に関して完全に部外者だ。言うべきことはシルヴィア達が言うだろう」
 自分に言い聞かせるように。
「オレ達は――パラディン候補生だろう。法を守り正義の為に戦うと、そう誓った」
 彼は正義では決して無い。シャロンが彼に何も思ってはいけないと、溢れる感傷を抑えているのを美夕は感じ、静かに身を下げた。
「正義って何なのかな。苦しみ悩む人を助けられない法って何だろう」
 さっきの絶狼の言葉ではないが、シルヴィア、オルウェン、仲間達、そして村人達多くの者達が悩み、苦しんでいる。
 そんな中で自分達は無力だ。できる事は本当に僅かしかない。
「それでもオレ達は自分の信じること、できる事をするしかないんだ」 
「うん」
 そうしてパラディン候補二人はまた闇に紛れる。
 振り返りざま、仲間の一人が遅れて来たのを目の端に見て。
 彼女が、いや彼女が携えて来た物が彼に美夕の言葉以上の何かを与えてくれる事を信じて。 
 
○人の命が消える時
 その日は嫌味な程、雲ひとつ無い快晴だった。
「オルウェンが来たぞ!」
 公開処刑には子供を除く村人の殆どが集まっていた。
 人の群れは、自然左右に割れてやってきた一行を前へと進ませる。
 先頭に立つのはマックス。ギリアムとフレイアがそれに続き、左右をシルヴィアやティズ。魔法を封じるシェリルや、シャロンに守られ、ここまでの旅路と何も変わらない鉄壁の布陣でオルウェンは死への道を進んでいった。
 涙、怒り、興奮。見つめる人々の表情もさまざまだ。
 広場の中央には絞首台と、側に領主であるジュディス、夫カルマと護衛を兼ねた姑エスタ。そしてセレナが待っている。
 広場はかなりの広さがある。
 仲間達の様子にまだ変化は無い。
 デビルの接近は無いようだ。
「デビルは人はおろか小さな虫も化けられます。盗み聞きされないよう、オーラ魔法で声を出さずに報告いたしますわ」
「お願いします」
 冒険者の輪の中に合図をしたセレナにジュディスは威厳を持って頷いた。
 やがて彼らの前に鎧と面覆いを外した死刑囚は現れたのだった。
「オルウェン‥‥」
 ジュディスは一度だけ幼馴染としてその名を呼ぶ。
 だが顔は合わせられず、横へと向けられる。
 それがかえってジュディスの覚悟を決めさせた。
「何か、言い残す事はありませんか?」
 凛とした顔で告げるジュディスにオルウェンは首を横に振った。
「ない。ただ、この村は私の恨みを受ける意味を持っていたそれだけを、忘れるな、と」
「解りました。では‥‥」
 ギリアムに渡されたオルウェンの手は覆面をした執行人の手へと渡り、処刑台への段を上る。
「拍子抜けするほど静かだな」
 絶狼は周囲を警戒し続けながら思っていた。素直に魔封じの呪文を受け死への階段を上るあの男。
 それが嵐の前の静けさに思えた。
「レジストマジックは受け入れたけど、ホーリーフィールドは貼れない‥‥みんな、気をつけて」
 シェリルの言葉に冒険者達の間に緊張が走る。
 その間にも彼は台の上に上がり首に縄が掛けられる。
 そしてジュディスの手が上がる。
「ここに殺人犯オルウェンの処刑を行う!」
 彼女の言葉に足元の台が落とされようとした瞬間、だった。
 BONN!
「何だ!」
 混乱する人々の中で、冒険者達だけは、はっきりと状況を把握していた。
 どこからか飛んだ魔法が、オルウェンの頭上のロープを切ったのだ。
「うっ!!」
 落ちたオルウェンが咳をする。
「デビルの乱入か?」
「石の中の蝶も反応しています!」
「頭上だ!」
 冒険者達も襲撃を覚悟して、緊張の色を浮かべる。
 頭上には見れば蝙蝠の羽の黒豹が羽ばたいている。
「グリマルキン‥‥」
「逃がすかよ!」
「邪魔はさせない!」
 絶狼のローリンググラビティが黒豹の周囲の重力を混乱させる。
 かろうじて浮いている状態のデビルに向けて、フレイアは渾身のホーリーアローを放った。
『グギャアア!』
 悲鳴のようなものをあげながら、それでも飛行を続けるデビルに、冒険者の第二攻撃が届こうとしたその時だった。
「何だ?」
 瞬間、冒険者達は村人達を取り巻く空気が変わったのを感じた。
「デビルの襲撃だ!」「オルウェンが生きてる!」「また魔法で復讐されるぞ!」
 人々の恨みが増幅されて、まるで熱病のように広がっていく。
 最初は誰かが投げた石の一投だった。
 だが、やがてそれは十、二十と増え、
「やられる前にやれ!」「父さん達の仇!」「オルウェンに復讐を!」「罪の報いを与えるんだ!」
 押し寄せる群衆へと変わる。
「デビルの‥‥言霊?」
 覚えのある感覚に何人かの冒険者は背筋を寒くする。
 人々の不安をデビルの登場で煽り、そこにつけ込んで人々に復讐を囁く。
 人が集まっていれば集まっている程、効果を発揮するこの魔法が広がってしまえば‥‥
「くそっ!」
 高度をさらに上げ、姿を空に消すデビルをこれ以上追えず、冒険者達は暴動の鎮圧に目的を変えた。
「ジュディス様! 下がって」
 セレナは領主達を背中に守り、冒険者達は刑場の前へと走り、手を広げる。
 ジュディスの周囲はシェリルのホーリーフィールドで止められている。
「何故、急に‥‥! オルウェンさん!」
 再び拒否されるのを覚悟でまだ、処刑台の上で息を荒げるオルウェンにもシェリルは再びホーリーフィールドをかける。
「あっ!」
 今度は魔法が完成されるのをシェリルは感じた。
 人々が範囲に入ってくる一瞬前。ギリギリの成功だった。
 彼らの突進、そして投石はホーリーフィールドに止められる。
 だが、それでも人々の熱は止まらなかった。
 このままでは人々の突進で刑台が壊れるかもしれない。そうでなくともこの群集が暴動を起こせば被害は小さく済む筈がない。
「くそっ!」
 ギリアムは剣を抜いた。そして
「やめ‥‥やがれ!!」
 牽制の意味を兼ねて最小のソニックブームを放つ。
 人の波が足を止めた瞬間、
「止めるのである!」
 一際大きな声が響いた。刑台の上に気付けばマックス、シルヴィア、シャロン、ティズが手を広げている。
 背後にオルウェンを庇うように。
「何故だ!」「そいつを早く殺さないと!」
 人々の怨嗟が冒険者にも見える程。だが
「まずは落ち着くのである。そして考えるのである! 彼だけが本当に悪いのであろうか!」
「彼は、今裁かれます。でも忘れないで欲しい。心無い行いがその彼を作り出してしまったのだとどうか隣人に優しくして下さい。手を取り合い、助け合って下さい。もう誰も、こんな悲しい思いをしないで良いように。自分の思いでない憤りに心を奪われないで!」
「怒りに心を任せれば、皆さんも彼と同じになるわ。彼の過ちを無駄にしないで!」
「みんな! デビルに囁かれているんだよ! 怨め、憎めって! でも、そんなの跳ね返せるんだから!」
 殺す為に、死なせる為に守る。その矛盾を感じながらも冒険者はオルウェンを振り返り、そして立たせた。
「私達は恨んでもいい。でも、人にできるなら恨みを遺さないで‥‥」
 シェリルの言葉に一度目を閉じたオルウェンは、
「一つだけ、頼みがあるのですが聞いてもらえますか?」
 台の下のフレイアに言った。
「なんだい?」
「あの手紙を持ってきて下さい」
「ああ」
 水を掛けられたように冒険者の声に落ち着きを取り戻した人ごみを抜け、フレイアはオルウェンの脱いだ鎧から彼女が運んだ手紙を取り出した。
 エリシュナがオルウェンに宛てた手紙。
『お兄ちゃん、大好き』
「頼むよ‥‥」
 フレイアはオルウェンの側で最後の盾となろうとしていたエスタにその手紙を渡し、エスタは無言でそれをオルウェンへと届けた。
 たった一言だけのはじめて書く字で紡がれた羊皮紙を受け取り、服の隠しから取り出した小さな人形を握り締めオルウェンは膝を折り、目を閉じた。
 絞首刑の紐は切られている。ギリアムは決意するように前に進み出て、剣を抜いた。
「罪は償われるべきだ。それにお前は復讐で応えた。満足か?」
「もう、十分だ」
「そうか‥‥!」
 振り上げられた剣が落とされる。
 鈍い、命が断ち切られる音が広場に響いた。
 シルヴィアの足元に血と小さな、古い人形が転がってきた。
 シェリルは祈りに手を合わせ、冒険者達も膝を折る。
 歓喜の声は上がらなかった。
 群集も今は、静かに一人の人間の死を受け入れていた。

 二人のパラディン候補生は、森と広場との境目で美夕が取り落とした剣と共に目の前の悪魔を見つめていた。
「お前が、アリオーシュか」
 領主一家の護衛についていたシャロンは美夕が一人森の中に怪しい人物を追っていくのを気付いてやってきたのだ。結果、美夕を助けることができた。ボロボロの美夕は微笑む男に詰問する。
「人ごみの外れから、手を伸ばして何か囁いていた。一体何をしていた?」
『命じただけだ。こうして恨み、憎めとな』
「くっ」「あっ!」
 二人は胸の中に何かが流れ込むのを感じていた。
 胸の中に訳もない怒りが溢れてくる。
 パラディン候補生としてのプライドでそれをねじ伏せるが普通の人なら知らぬ間に操られてしまうだろう。
 デビルの言霊。その恐怖を彼らは身をもって感じた。
『‥‥どうやら、終わったようだな。奴は自らの行為に満足し死を受け入れたか。まったく、どこまでも半端な奴だ』
 村の方を見つめ悪魔はつまらなげに肩を竦めた。
「何‥‥と?」
 かつては自分の部下だった者を、彼はまるで虫けらでも見るかのように見下げている。
『奴は自分が村を支配し、統治する夢を見ていた。能力の無いものが村を支配すれば人々が苦しむ。自分ならもっとより良く人々を導ける、とな』
 復讐を望む心と、人の幸福を願う心。その相反する思いの中でそれでも、目的を果たそうとする姿。手駒と思いながらも妹の面影を映し、エリシュナにも非情に徹し切れなかった男。
『その葛藤は面白かったが、結局はどちらにも付けなかった半端者、と言う事だ。いっそどちらかを貫けば魂の価値も上がったと言うのに。心弱く、最後のチャンスに逃げ出しもせず、死を受け入れるとは我が部下にする価値も、魂を奪う価値も無い。とんだ無駄足だ』
 目の前の悪魔はその人生を全て無駄と言い切ったのだ。
「貴様ああ!!」
 シャロンは剣を構え突進する。戦闘の緊張感がシャロンから冷静な判断力を奪っていた。
「お前に人を! 人の思いを愚弄する資格は無い! お前こそ‥‥切り刻んで彼の墓前に供えてやる!」
 だから
『動くな!』
 狂化に近い状態の攻撃は、立った一言の『命令』に封じられる。そして次の瞬間
「うわあっ!」
「シャロン!」
 無造作な斧の一閃に、彼女は膝を付く。
 実力以上の差が彼女らとアリオーシュの前にはまだあるようだ。
 彼女を見る事無く、アリオーシュは村の方から上る煙を見つめ、微笑する。
『今回もまあ良い暇つぶしにはなった。遺跡を潰せなかったのは残念だが、どうやら開封の鍵は失われた用でもある。放っておいても問題は無いだろう』
 斧を肩に彼は背を向ける。
「待て」
 二人は懸命に手を伸ばす。
 だが、その手は宙を掻く。
 高笑いと、騎士達への屈辱を遺し、アリオーシュはまたいずこかへと消えていった。

 公開処刑されたオルウェンの死体はその日のうちに炎で焼かれ灰となった。
 教会の者も、村人も、ジュディス達でさえこれについては最後まで反対したが、
「死後にまで、彼の魂を悪魔に玩ばせはせぬ!」
 マックスの思いが伝わっての実行となった。
 一種の見せしめの意味を込めて彼の身体は炎に飲まれ煙が空へと昇っていく。
 最後の審判の時に彼の肉体はもう無く、魂が戻る事は無い。神の国に入ることもできない。
 けれど‥‥
「その心は家族の下にあるって、信じたいな‥‥」
「そうですね‥‥」
 ティズの言葉にシルヴィアは、形見となった小さな人形を握り締め呟いた。
 彼の墓所が、冒険者とジュディスの口利きで教会の妹の墓の側に立てられた事。
 そこでシェリルが誠実に彼を埋葬し祈りを捧げたのは事件の顛末の一つ。
 その後、春を迎えた村が新旧、一つにまとまった人々の協力によって新しい道を歩みだしたのはそれから少し後の事である。
 
 火葬終了後、村人のケアと事後処理に冒険者が駆け回っていた頃、刑場で膝をついて何かをしていた青年がいた。
 だがそれに気付いた者は殆ど、いや、誰もいなかった。

○渡された形見
 春の空気は澄んでいて星が美しい。
「もう処刑は終わっているな‥‥」
「そうですね」
 教会の外、空を見上げながらリルは呟いた。
 側でリースフィアも同じ思いで見つめる。
 結局、錯乱に近い状態だったエリシュナを最後の最後までオルウェンとちゃんと会話させてやる事ができなかったのは今も、冒険者にとって小さな心の棘となって残っている。
 オルウェンの方も、彼女との面会を拒否したから仕方ないのだが‥‥。
 悪魔の襲撃、それによるエリシュナの誘拐を警戒し残った二人はだが、驚くほどの静かな時間の中にいた。
 エリシュナが正気を取り戻すまで一日。彼女を説得し手紙を書かせるまで一日。
 それを運んだフレイアが間に合ったかどうか解らない。
「せめて‥‥あいつにも救いがあれば‥‥と、どうしたんだ? フリード」
 リルはとっさに腰の剣に当てた手を元に戻し笑う。
 闇の中から出てきた人影は知り合いの少年だった。
「お前は夜の警戒はしなくていいと行った筈だが」
 だがリースフィアは逆に剣を抜く。ここは教会の敷地内。デビルの襲撃は警戒していた。
「リルさん! しっかりして下さい。彼の後ろに誰かいます!」
 けれどまさか、彼がここにやってこようとは。
「お久しぶりですね。お二人とも。僕を覚えておいでですか?」
「忘れよう筈が無いでしょう。フレドリックさん!」
「フレドリック!」
 リルも身を緊張させる。声を聞いて思い出した。
 彼は復讐の為にデビルと契約し逃亡した少年。
 今はアリオーシュに使えている筈の‥‥。
「フリードさんを人質に何をする気ですか?」
 良く見ればフレドリックはフリードの首元にナイフを当てている。
 フリードを人質にエリシュナを手に入れようとしているのか? 
 そう思い舌を打ちかけたリルの目の前で、
「違うんです! リルさん、リースフィアさん!」
 叫ぶフリードと
 カラン、音を立てて石畳の上に投げられた物が同時に答えた。
「「えっ?」」
 驚く二人にフレドリックは頭を下げる。
「誓ってアリオーシュ様はここにはいません。お願いを聞いてもらえませんか? エリシュナに渡したいものがあるんです」
「渡したい‥‥もの?」
「はい。それをどうか彼女に」
「これは?」
 二人は剣を構えたまま布包みを拾い、開ける。中には小さな人形と小瓶が一つ。
「オルウェンの形見、のようなものです。エリシュナに託されたわけではないけど、彼女が持つべきだと思うから‥‥」
「形見‥‥か」
 その言葉に二人は仲間が依頼を成し遂げた事を知る。
「彼の魂はきっと妹の所にたどり着いたでしょう。僕よりも彼の心は光に近かった‥‥」
 どこか憧れを抱いたような口調で背後に下がるフレドリック。リースフィアは
「それが解るなら、何故貴方はまだそこにいるのですか!」
 声を微かに荒げた。
「僕は、あの方に付いて行くと決めたんです。あの方は僕の光だから。いつか滅びる時が来るまで」
「貴様!」
 リルとリースフィアの前にフリードが強く、押し出された。
 同時に走り出したフレドリックは闇に姿を消す。追おうと思えば終えたかも知れないが、二人は追わず見送った。
「彼はそれを届けたいだけだと、言っていました。オルウェンが決戦にあえて持っていかず遺したものだから、と」
 フリードの言葉と、フレドリックの言葉を噛み締めながら。

「これは‥‥」
 エリシュナはその品物を震える声と眼差しで見つめていた。
 それは小さな身代わり人形と、煤の入った小さな小瓶。
「オルウェンの形見だそうだ」
 仲間達はオルウェンの死体を火葬すると言っていた。
 ならば、きっとこれはその灰の一部なのだろう。
 そして身代わり人形には小さくエリシュナの名前が刻まれていた。
「これ、私があげたの。お父さんが残してくれたたった一つのものだったから、お兄ちゃんを守ってくれるようにって‥‥」
 身代わり人形は一度だけ身を守ってくれる代わりに使用すると壊れてしまう。
 これを最終決戦に持っていかなかったという事に、何の意味が込められているのか、もうオルウェンが死んだ以上知る術はない。
 あの男は確かな罪人だった。
 多くの人を殺め、村を支配しようとした。
 エリシュナを生贄にして自ら罪を逃れようとした事も確かにあった。
 だが
「あいつは、あいつなりにお前さんを大事に思っていたのは間違いないと思う」
 リルはそっとエリシュナの肩を叩いて言った。
「オルウェンは復讐を果たし、死んだ。彼の体験は同情しても余りあるほどだが、復讐は復讐を呼ぶ。だから何処かで断ち切らなくてはならない」
 静かな言葉をエリシュナは静かに聞いている。
「お前達の家族を死に追いやった者達は復讐の顎に掛かり、悪魔と結んだ復讐者は法の裁きに掛かる。
だがお前はオルウェンによって光の道に帰された。彼を大事な家族と思うなら、彼の人としての思いを受け止めてやれ」
「貴女は結局誰にも手を下さず、今こうしてここにいられる。その事を大事にして下さい」
 リースフィアの手のぬくもりと、リルの言葉。そしてフリードの優しい眼差しに
「‥‥うん」
 品物を胸に抱いた少女は小さく、だが確かに頷いたのだった。

 数日後エイムズベリーから戻ったシルヴィアは
「この人形は、エリシュナさんのものですか?」
 オルウェンの形見となった小さな人形をエリシュナに差し出す。
「ううん」
 だが、エリシュナは首を横に振った。
「オルウェンお兄ちゃんの本当の妹の形見、だと思う。ずっと大事にしてたから」
「そう‥‥ですか。いつか返しに行った方がいいのかもしれませんね。でも‥‥少しだけお借りします」
 シルヴィアは家小人の人形を握り締めて呟く。
「貴方の事を忘れない為に、もう少しだけ‥‥。私は、大丈夫です」
 心配げに自分を見つめる友に、彼女は強く微笑んだ。
「それは何だ? リル?」
 領主からの労い酒を手渡す絶狼の問いに、人形を弄ぶリルは答えない。
『私、形見はいらない。私の中のお兄ちゃんだけが真実だから。それに一人じゃないから』
 灰を大地に還し、人形をリルに渡した少女は強い眼差しでそう答えた。
 マフラーを大事そうに胸に抱いて。コカトリスと共に。
 喪われたものは決して戻らず、時は返らない。
 だからこそ、遺されたものはそれを未来に繋げて行かなければならないのだろう。
 悲しみを振り切り、前に進んでいく為に。
 同じ過ちを繰り返さない為に。

「アリオーシュ」
 見えない敵にティズは呟く。
「貴方は愚かだと笑ったというけど、光と闇の中で惑うからこそ人間は強いんだよ。オルウェンはデビルじゃなく人の手で処刑された。もう絶対に思い通りになんかさせないんだから!」
『大きくなっていれば、少しお前に似ていたかもな』
 オルウェンの最後の夜の言葉を思い出しながら、彼女は目元に浮かんだ雫を手で擦って空を見上げる。

 それぞれが胸にしたこの事件の形見と共に、彼らは眩しすぎる青空をいつまでも見つめていた。