●リプレイ本文
○言葉にできない祈り
今、キャメロットから旅立とうとする冒険者。
彼らは皆、一様に強い決意を目に浮かべている。
向かう先は決戦の地。少しの油断が死につながる。
「エリシュナさん。何か、伝言はありますか?」
リースフィア・エルスリード(eb2745)が問うてくれるがそれが解っているから、見送る少女はただ、無言で佇み俯くだけだった。
彼らに頼みたい事はある。願い事もある。
だが、それを口に出してはいけないと‥‥。
「エリシュナ」
少女に近づいたリ・ル(ea3888)は
自分のかけていたマフラーをそっと外して首元にかけてやった。
「‥‥え?」
顔を上げて見つめる小さな瞳にリルは大きな笑みを浮かべた。
「これはお前にあげたんだ。少し汚れが残っちまってるかもしれないが、洗濯したから多分大丈夫だろ」
そして膝を折り目線を合わせる。
「お前はここで待ってるんだ。エリュ、お前の優しいお兄ちゃんを悪魔に渡さないように頑張るよ。皆、頼むな」
お任せを。と鳴滝風流斎やアレーナ・オレアリス達は少女の肩に手を置き頷く。
少女は思いを込めて願いを口にした。
「あの‥‥お兄ちゃんを‥‥助けて。戻ってきてって、伝えて‥‥。大好きって」
冒険者達はそれぞれに頷き、飛び、立ち走り去っていく。
「大丈夫よ。彼らはどんな影にも負けないわ」
励ますサラン・ヘリオドールの言葉に頷きながら、エリュは無意識に組んだ手を解く事なくいつまでも見つめ見送っていた。
少女エリシュナには告げなかったが冒険者達は今回の事件の影にある人物、いや、デビルの影を感じていた。
「エリシュナさんの話から察するに‥‥エリシュナさんを最初に助けたのはオルウェンさん、そして二人の共通の思いにアリオーシュがつけ込んだ、というところでしょうか?」
「お兄ちゃん、とお兄様って言ってたもんね」
セレナ・ザーン(ea9951)の言葉にティズ・ティン(ea7694)は頷いた。
「アリオーシュ。裏切りと復讐の悪魔と聞く。人の心の弱さにつけ込むのが得意なのだろうな」
冷静にクロック・ランベリー(eb3776)は分析した。
その通りであろうが故に今まで何度もアリオーシュと接してきた冒険者達の心中は複雑であった。
「あいつらの気持ちは理解できなくも無い。踏みにじられてそれでも生き残るためには何かを怨まなければ生きられなかった、ってことも‥‥な」
リルは呟いた。
人が生きていくには支えがいるのだろう。それが正であれ負であれ‥‥。
「けれど! 仮に彼らの復讐に正当性があったとしても‥‥境遇を同じくするエリュ殿を利用し切り捨てる行為をした時点で、どんな詭弁を弄そうともオルウェンの復讐にもはや正当性は無いのである!」
「ましてフリードや関係の無い人間まで巻き添えにしてるしな」
拳を握り締めるマックス・アームストロング(ea6970)やギリアム・バルセイド(ea3245)にリルは静かに答える。
「ああ。だが復讐という行為そのものが結局、詭弁でしかないんだ。きっと奴もそれは解っているのさ」
「そっか。今回はデビルではなく人と戦わなくっちゃいけないんだね」
「アリオーシュは裏切りと復讐の悪魔。復讐を望む者は多くの場合、被害者であり彼らの心情が悲しいからこそ、戦い辛い。彼らの、当事者達の、そして私達の思いすらもかの悪魔にとっては甘露、なのかもしれません」
悲しげに俯くティズの肩に、セレナはそっと手を乗せる。
「うん、解ってる。それでも、なんとかしなくちゃいけない。そんな悪魔に負けていられないもの!」
ティズはその手に自分の手を重ねた。決意を確かめるように。
「‥‥エリュとの約束は守れないかもしれない。その覚悟もできてる。でもあいつの思い通りにはさせない。絶対に!」
誓うリルの思いは冒険者全ての思いと重なる。
全ての躊躇いを置いて、冒険者達は全力で前を向いたのだった。
○声にできない祈り
空路を辿り、村に先行した冒険者達は到着後、休息もそこそこに作業を開始した。
まず、優先したのは村人の避難と、石像の回収である。
「皆さん、焦らないで。私達が必ず守りますから」
騎士であるリースフィアとシルヴィア・クロスロード(eb3671)が人々を誘導し、絶狼とフレイア・ヴォルフ(ea6557)が村のあちこちに点在した石像の回収にあたった。
家の中に保護されていたものもあるが、その殆どが大きさや重さから家の外に放置されていた。
教会に運び込むのも一苦労である。
それでも、確認できる全ての石像を回収して後、冒険者は知ることになる。
「‥‥数体、奪われている石像があるようです」
村人達から聞いたシルヴィアが後に到着した徒歩組の仲間に告げた。
この時点でほぼ先行していた彼らは全ての石像を回収し、シェリル・オレアリス(eb4803)が石化の解除を成功させていのだ。
魔力を幾度と無く空に近づけながらも、休む事無く仲間達から受け取った魔力回復アイテムで魔力のみを回復させ彼女はそれをやりとげたのだ。
「良かった!」
「おまえ!」
「お父さん!」
家族の回復を喜ぶ村人達。だがその中に
「私の娘の石像が消えているの!」
「お母さんは? お母さんはどこ?」
悲しみに瞳をぬらす村人の姿もあった。
石像が空中に浮かんで飛んでいったという証言もあることから、おそらくオルウェンが運んでいったのだろうと推察される。
数にして数体ではあるが、その目的はおそらく‥‥。
「人質。デビルや復讐者に人道を説いても無駄な事は解っていますが」
リースフィアはギリリと唇を噛みしめた。
「村人の方は異常なしなのだわ」
微かに顔を歪めるヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)。ムーンアローの連打で疲労を浮かべる彼女に
「ご苦労さん。少し休んでいろよ」
リルはポーションを差し出してから、
「聞いて欲しい。みんな!」
集めた人々の前に立った。
そして今回の事件の原因から流れを、新旧の村人達全てに説明する。足りない所はリースフィアやシルヴィアが助け補助した。
‥‥エリシュナの事や、アリオーシュの事など隠したことはあるが、今まで事情を知らなかった者達の間からは動揺と
「俺達はこれから、事件の原因。オルウェンを捕らえに行く」
同じくらいの安堵の息が広がっていた。これで事態は解決すると。
だが救世主である筈の冒険者は大風呂敷を広げはしなかった。
「敵は地の魔法使いだ。遠慮なく暴れれば小さくない被害が出る。そして俺達が負ければ村にとって最悪の事態となる。それは、解ってくれるだろうか?」
謙虚な言葉と問いに沈黙という名の静寂が続く。それを肯定とってリルは言葉を続けた。
「いくつかの石像が不明になっていると聞いた。おそらくオルウェンが自分の身を守る為の盾として持って行ったのだろうと思われる。追い詰められた奴が石像を壊すから下がれという可能性もある。その時、俺達はオルウェンの捕縛を優先するかもしれない。石像が壊れても、だ」
村人達がざわめく。顔と心を曇らせて。
「勿論、そんな事にならないように、無論全力を尽くす。でも‥‥解って欲しい」
頭を下げたリルに、村人達の返事はない。
(「仕方ないか‥‥」)
微かな苦笑を浮かべ、去りかけたリルと冒険者に
「待って下さい」
一人の女性が進み出た。
「貴女は‥‥」
シルヴィアは気付く。行方不明の石像の一人。その母親だ。
「どうぞ‥‥お気をつけて。皆さんにご武運を‥‥」
祈るように手を組み、涙を浮かべながら告げた彼女の言葉を噛み締めたリルは
「ありがとう」
様々な思いと共にひとこと、そう口にして仲間達と教会を後にしたのだった。
「なあ、これって、どうしても必要か?」
閃我絶狼(ea3991)の指が頬の白粉に触れる。それを見て
「あー! せっかくの力作! とっちゃダメだってば〜」
道具を片付けていたティズは腰に手を当て、メッという仕草をした。
閃我絶狼は性別男性。でも、今はどこからどう見ても女性に見える。
「仕方ないだろ? 魔法はできるだけ節約しとかないと。一番あんたが体型も近いんだから。こら! 紅も落とさない! ああ、あっちの方は話しついたから」
奥から戻ってきたフレイアは絶狼を諌める。
解っている、と絶狼は頷いた。
「やれやれ、こんな事ならギリギリまで石像運びの方、手伝っていれば良かったなー。上手くいくか試したいなんていうティズの話に付き合わなきゃ良かった」
はあ。
わざとらしい深い溜息をつきながらも、絶狼の目は笑ってはいない。
「我慢しておくれよ。絶狼。できることは全部やっておかないといけないんだ」
フレイアの言葉にああ、と絶狼は再び頷く。
この格好に意味があるかどうかはさておいても、目的を果たすためにできることをするのに異論は無い。
「早く、あの子を助けなきゃいけないんだ」
悔しげに呟いてフレイアは歯を噛み締めている。
「あの子は、本来ならあんな事をする子じゃない!」
彼女の脳裏からはさっき出会った「もの」が離れてはいないようだ。
石像達の回収作業中、フレイアは合間を見て洞窟の周辺の調査を行っていた。
場所や地形は解っている。けれど万全を期して再確認に向かったその場で彼女は矢を射掛けられたのだ。
気配と弓鳴りの音にフレイアはとっさに矢を避ける。
元の狙いもずれていたのだろう。
矢はフレイアに当たらなかった。だがその攻撃は彼女に確かな傷を作った。
「フリード‥‥」
射線の先に立つ少年をフレイアは捉えたからだ。
少年は自分を見る視線を感じ取ると踵を返して走り去っていく。
単独行動は危険。フレイアは追えず一人戻ってきたが今も、フレイアはあの瞳が忘れられなかった。
自分を他人のように見つめる、あの感情のない氷の瞳が。
「あんな‥‥瞳をする子じゃないんだ‥‥」
フレイアの手に一滴、雫が落ちる。
「変身かあるいは洗脳か、どちらにせよ嫌な手を使うよな」
絶狼もフレイアやフリードとの付き合いは長い。
だから、彼女の気持ちは痛いほどに解る。
「フレイア。あいつが戻ってきたら一発張り倒してやれよ。こんなに心配かけてってな」
だから、微笑んだ。あの少年を取り戻す為に。
「ああ、そうするとしよう」
「私もフリードを見つけたら謝らなくっちゃ。だから、頑張ろう?」
フレイアもティズも微笑む。
美女達(?)の未来を見据えた強い微笑だった。
その日の夜。冒険者達が待っていたある人物が村に到着する。
と同時に決行は明日の早朝と決定した。
見張りに立つ者、休息をとる者、そして空を見上げる者。
それぞれの思いと祈りを抱いた夜が過ぎ、そして夜が明けた。
○戦いという名の祈り
早朝、朝がまだ紫のうちに冒険者達は動き出した。
昨夜は村への襲撃や被害は無かった。
考えてみれば実質的に相手は二人なのだ。そう手広い対応は取れまい。
「あいつも、あたし達が来ている事もう知ってるだろうからきっと守りを固めているのだろう」
ほら。
草を踏み先頭を歩くフレイアは仲間達に告げた。
所々に見えるレンジャーの仕掛けた罠がある。
勿論、この罠をしかけた人物もこの罠が自分達にダメージを与えられるとは思っていないだろう。
解除しながらフレイアは思う。
これは、きっと意思表示だ。フリードの言葉にきっとできない冒険者へのメッセージ。
「後手に回っているのはどうしようもありませんからね。相手はこちらの手を見てから対応を決められる。それはもう、なんとも‥‥」
「例え後攻勝負と言えども、私達に負けは許されませんから」
少女騎士二人の言葉をもう一度噛み締めてからフレイアは振り返った。
仲間達。特に最後方の二人に向かって。
「いいかい? 二人とも。遺跡ではとにかく自分の身を守る事を考えておくれ。あんた達の血がもし一滴でも流れたらそれで奴らの目的が達成されてしまうかもしれないんだ」
ウィルトシャーの地には多くの遺跡があり、その中でも特別な遺跡にはさまざまな太古の遺産が残されていた。
悪魔や古代の精霊王。多くは負の遺産であったがその封印を解く鍵は、守護者の一族の血だったのだ。
「今回の遺跡はジュディス達領主一族の血である可能性があるからね。油断は禁物だよ」
「でも‥‥」
女領主の衣服を纏った女性は何かを言いかけ口ごもる。
「解ってる。でも、可能性はまだあるんだ。本当の所は誰にも解らないからね」
同じ女性として彼女の思いが解るからフレイアは優しく微笑んだ。
「とにかく、血が流れる事があってもしもの事があるとさらなる悲劇を呼ぶ。絶対にあんた達は守るけどね」
「フレイアさん‥‥」
「まあ、心配はしなくていいさ。奴らの思い通りにはさせない‥‥です」
女領主の横で立っていた女戦士がフレイアの視線に声を萎めた。
本当に静かな笑みと柔らかい空気が冒険者達の間に流れる。
「よし、いい具合に力も抜けたな。いよいよ敵のお待ちかねの舞台に突入だ」
‥‥立ち止まった冒険者達の前方には、深い亀裂がパックリと闇へ手招きするように広がっていた。
洞窟の入口、村、近辺にも他に人の気配は無かった。
そして、中には人の気配が二つ。
マックスも良く知る二つの気配。
「中にいるのはオルウェンとフリードのみであるな。他の人の気配は無いのである」
「これは‥‥外での伏兵の可能性もあるか‥‥。しかし‥‥」
誘われているのは解っているが、リルは仲間達を指で促した。
中にいるのがフリードとオルウェンなら、敵の数を察知する方法はあるまい。
それだけを希望に彼らは先へと進んだのだ。
洞窟の細い道を歩き続けると、突然目の前が大きく開けた。
「待ちくたびれたぞ。冒険者! ジュディス!」
「うわっ!」
前列の先頭に立っていたリル、シルヴィア、そして女戦士が床に突然開いた穴に落ちた。
「エスタ! お前は少し待っていろ。お前の裁きを下すのは私ではない」
「いきなり落とし穴か! だから地の魔法使いは厄介なんだ!」
リルは歯噛みする。
レジストマジックの効果は受けていても、こういう物理的な効果は受けてしまうのだ。
しかもこれで、後ろの仲間達が直接攻撃にさらされてしまう。
頭上を魔法が通り過ぎたのだろうか。
「キャア!」「うわっ!」
仲間達の悲鳴が聞こえる。
「くそっ!」
直ぐに飛び出していこうとするリルを、
「シッ。これはある意味チャンスです」
シルヴィアは引き止めた。手には箒を握り締める彼女の意図を二人はしっかりと理解した。
「なるほど」
「じゃあ、もうこいつは取ってもいいよな‥‥」
口調を変えた女戦士に頷くと、シルヴィアは頭上を見上げたのだった。
指の上で、石の中の蝶はこれ以上ないというほどに羽ばたいている。
近くに悪魔がいるのは間違いない。
タイミングを謝れば命取りになる。けれども、彼女は信じて呟いた。
「上の仲間達を信じましょう。魔法が切れる時に、一気に」
彼女の思いに答えるように落とし穴の上を、小さな影が横切った。
「みんな!」
叩きつけられた衝撃波。
その苦痛を耐えてシェリルは、周囲の仲間達を見た。
体勢を崩した者もいるが、全員それほどのダメージはないようだ。
「オルウェン君!」
入口から数メートル。
魔法をかけるには良く、突撃をかけるには遠い祭壇に腰を掛け術者はこちらに向けて手を伸ばしていた。
「動くな! 動けば容赦はしない!」
シェリルも、冒険者達もその言葉に今は従うしか無かった。
見ればさして広くもない洞窟のあちらこちらに石像がある。
気付けば冒険者達が入ってきた入り口の直ぐ近くにも。
「高レベルの司祭が付いているのは知っていた。お前達は魔法抵抗もできるだろうが、こいつと、こいつらはどうかな?」
こいつ、とは彼の横に弓を番え、副官のように立つフリードの事。
こいつらとはおそらく石像。いや、石化した人間達。
「お前達が教えてくれた通り、魔法使いにとって詠唱を守る盾の存在は必須。今回はちゃんと用意した」
無関係な人間を盾と言い切るオルウェンに、シェリルは思わず声を荒げた。
「そんな事をしてどうなるというの? 貴方の正体は暴かれた。復讐はもう成り立たないでしょう?」
「そうなのだわ! もう悪足掻きにしか見えないのだわ!」
ヴァンアーブルも仲間の肩からひらり舞い上がる。彼女は落とし穴に落ちた冒険者と、後ろの通路、その前を繰り返し飛ぶ。
ふらふらと飛び回る真似をしながら、彼女はタイミングを見計らっていたのだ。
「まだ、終わりじゃない。村など本気を出せば直ぐに滅ぼせる。邪魔者さえいなければ! あの方も力を貸してくれる!」
「悪魔の力を借りてであるか! そんな復讐にもはや意義も正当性も無いぞ!」
「ならば! この恨みはどこに行くと言うのだ! 愛する者を失い、全てを亡くした者の、この思いは!」
シュン!
オルウェンの言葉に呼応するかのように、フリードの矢がシェリルの後方、少女領主の頬に紅い筋を作った。
「つっ!」
微かな呻きがあがる。
「お前らには解るまい! 憎しみをよりどころにしなくては生きられない悲しみを、その苦しみを!」
だが、彼女も彼女を守ると約束した者もその場から動こうとせず、祭壇の二人を見つめていた。
「‥‥私には解る。かつて、私も貴方と同じだったから‥‥。復讐だけを心の支えに生きてきた。自分だけでなく息子さえもその道具にしか思えなくなっていた。復讐が終われば何かが変わると信じて‥‥」
「?」
シェリルの後ろに立っていた少女は一歩前に立つ。
外見にそぐわない落ち着いた声に、聞き覚えのあるその声にオルウェンはハッと何かに気付いたように立ち上がった。
邪魔者の姿。一番初めに地面に落としたと思ったあれは‥‥
「お前は!」
「けれど、恨みは何も生まないと知った! 復讐なんて間違っているのよ。オルウェン!」
「エスタ!」
二人の叫びと同時。
「今なのだわ!」
ヴァンアーブルは声を上げる。
瞬間硬直していた場が、一気に動いた。
それは激流が押し寄せるかのようだった。
落とし穴から、箒に跨ったシルヴィアとリル、そして絶狼が飛び出した。
魔法の効果が切れて地面が元に戻る一瞬前の事だ。
そして、硬く戻った地面を踏み越えて、シェリルたち要人警護の冒険者の後方に控えていた、第二の伏兵部隊が走り込んだのだ。
この遺跡を舞台とする二度目、いや三度目の戦いの幕が今、開かれた。
「フリード! 上手く受けろよ!」
第二の伏兵部隊。彼らの目的はただ、フリードの確保にある。
第一の部隊が箒で真っ直ぐ、オルウェンに突進していく。その隙を狙ってギリアムは渾身のソニックブームとスマッシュをフリードに向けて撃ちつけた。
レンジャーの多くがそうであるようにフリードは、弓以外の武器を持っていない。
「くっ!!」
弓を必死の盾にして攻撃をかわす。だがとっさの動きで取ろうとした次の射撃行動は
「ゴメン! フリード」
「弓は後で直して下さい!」
二人の少女騎士の攻撃に阻まれた。
絶妙の時間差で打ち込まれた攻撃に、弓矢はあっという間に粉砕されたのだった。
「ムーンアローよ! アリオーシュを撃て!」
シェリルがはった白い結界の中からヴァンアーブルが、月の矢を放つ。
「わああっ!」
狙い違わず矢はフリードの肩に当たる。
「そのフリード君はアリオーシュなのだわ!」
ヴァンアーブルの声に、ギリアムは武器を振り上げかける。
だが彼の手は降りなかった。
「待って! ギリアム。その子は間違いなくフリードだ」
フレイアの言葉と、何かに葛藤するような少年の、昔からと変わらぬ瞳に気付いたからだ。
「フリード!!」
強く、渾身の思いで呼びかけるギリアム。
その声に答える様に彼は身を大きく震わせると、意識を失った。
『やれやれ、なかなか居心地のいい身体であったのに‥‥』
意識の消失と共に少年の身体から抜け出した影が人型を取る。
「やはり、貴方でしたか‥‥」
その人型の完成を待たず、リースフィアは自らの首筋に手を当てていた。
第二の部隊がフリードと戦っていたのと、同時、第一の突撃部隊であるリル、絶狼、そしてシルヴィアは文字通りの突撃でオルウェンに肉薄していた。
フライングブルームに捕まっての加速による落とし穴からの脱出。
二人乗りは死にかかわると言われるフライングブルームで、彼らは一瞬とはいえ三人乗りをした。
衝撃は無論軽いものでは無かったが、そんな事を気にしている余裕は勿論無い。
「くっそおっ!」
冒険者の突進に気付いたのだろう。
オルウェンは後方に下がって小さな呪文を唱えた。
「きゃあっ!」
目の前に突然現れた大きな石の壁。衝突まであと数センチ、というところでシルヴィアは箒の勢いをギリギリ殺した。
彼女自身は慣性の力で石の壁にぶつかる。
けれども彼女の必死の操作が、リルと絶狼を敵の前まで運んだのだ。
チャンスと共に。
「逃がさないぜ!」
石の壁の左右から二人は回り込み、逃げた魔法使いの後を追う。
予定とは違った形ではあるがリルは感謝していた。
オルウェンの背後に回れたこと。彼を止められる事を。
「約束したんだ。お前を必ずエリュの前に連れて行くってな!」
呪文を唱え、印を組もうとするその手を渾身の金鞭で絡め取る。
「がっ! き、貴様ら! ジュディスとエスタの偽者を用意して、俺達を罠に嵌めたのか」
「そうとも。俺達を侮ったお前達の負けだ」
後ろを向くオルウェン。
だがそれ以上に彼を狼狽させたのは呪文で止める筈だった前。
そこから突進してくる薙刀を構えた絶狼の姿だった。
「悪いがな! 俺にはてめえの悲しみも怒りもわからねえ!」
絶狼の頭からはシンザン・タカマガハラに教わった薙刀の巧みな使い方は、今は完全に消えていた。
彼の頭にあるのはある種の怒り。
自らが傷つき、誰よりもその痛み、苦しみを知っている筈なのに、その痛みを相手に知らしめることでしか我慢をできない愚かしくて、悲しい男への。
それを生み出してしまう人間への怒りだ。
「今のてめえがやっている事はまた新たな悲しみと憎悪を生み出しているだけだ! だからこそ俺達はその恨みの連鎖を‥‥断つ!」
「うわああっ!!」
絶狼は躊躇う事無くその薙刀を振り下ろした。
肩から胸元を一閃。袈裟懸けに近い状態で振り下ろした刃は狙い通りにオルウェンの動き、全てを封じた。
「絶狼!」
鞭を離したリルが肩で息をする絶狼と、地面に崩れ落ちたオルウェンに走り寄る。
「だ、大丈夫だ。魔法で防御を固めていたのは確認したし、それを差し引いても致命傷には、ならないようにしてある‥‥」
リルの心配を見抜いたように絶狼は言葉を吐き出した。
「そうか‥‥」
微かな安堵の息が知らずリルの唇から零れた。
「なら、ポーションを飲ませて後はロープで手と口を‥‥」
だが、それは一瞬。
「フリード!!」
「やはり、貴方でしたか‥‥」
石壁の向こうの空気が強烈に冷えるのを感じ、二人は顔を見合わせると最低の処置をオルウェンに施して走り出したのだった。
リルと絶狼、二人が揃い十人の冒険者と一人の視線は今、遺跡の祭壇の上に立つある人物。
いや、フリードに憑依していた悪魔に注がれていた。
「アリオーシュ‥‥」
足元に倒れていたフリードはギリアムとティズが支えている。
これだけの歴戦の戦士達に囲まれてなお、目の前の悪魔は表情を変えないどころか余裕の表情さえ浮かべていた。
『オルウェンを討ったか。まあ、魔法使いが接近されては勝ち目は無いな。人としてはなかなか頑張ったがここまでか』
「今回も、また貴方の差し金ですか」
リースフィアは悔しげに目の前の悪魔を睨みつける。
「仏敵悪魔! 覚悟なさい!」
シェリルはディストロイの魔法を放つが、その魔法はあっさりと彼の表面でかき消された。
「何ですって?」
驚くシェリルを余所目にアリオーシュは、その背後、庇われたエスタに自らの手に表れた斧を振りかざす。
『復讐を誓った女が偉そうな事を口にしたな。座興としてはともかく、裏切り者の囀りとしてはあまり面白くは無かった』
冒険者は身構える。何か事あれば戦闘の直後であろうと、例え返り討ちに合うとしてもアリオーシュを止めようと。
『我を裏切りし女。汝は何を持ってその罪を贖うか‥‥』
だがシェリルの結界の中でエスタは
「アリオーシュ様」
追求の眼差しから逃げる事無く前を向いていた。
「私の思いはオルウェンに告げたとおりです。憎しみを憎しみで埋めようとしても決して満たされることはない。復讐はどんな思いの果てにあるものでも間違いなのだと‥‥」
『ならば、我との契約の代価を支払え。その血、その命をここで捧げよ。さもなくばこの遺跡ごとお前達を封じてくれよう!』
死の宣告。
けれど冒険者から与えられた勇気を糧にエスタは自らがかつて主と呼んだものに立ち向かう。
「私の命で裏切りの罪が消えるというなら喜んで。でも、まだこの命を差し出すわけにはいかないのです!」
シュン!
エスタの言葉に呼応するように、銀の矢が閃光となってアリオーシュの肩を貫いた。
「フレイアさん!」
「フリードも、エスタも、ジュディスも、オルウェンも、この遺跡も。もう誰もあんたには渡さない。絶対にだ!」
フレイアやエスタを守るように冒険者達は集まる。
同じ思いで‥‥。
アリオーシュはその宣言と、エスタ、フリード。冒険者。
そして石壁の向こうのオルウェンを見つめると、笑みを浮かべた。
「?」
そして次の刹那、アリオーシュは小さく何かを呟くと姿を消した。
石の中の蝶もぱったりと動きを止める。
「逃げた? 何故だ?」
答えの出ない問いを冒険者達は誰とも無く、口にして、悪魔の消えた祭壇。
その上をいつまでも、見つめていた。
○祈りの先にあるもの
「お母さん!」
「良く無事で!」
冒険者と共に帰って来た家族を村人達は涙と共に出迎える。
「良かった‥‥。本当に」
だが彼らの無事を何よりも喜んだのは女領主ジュディスであったろう。
彼女はずっと責任を感じていた。自分だけ守られていいのか。オルウェンの狙いは自分なのに。
理屈で解っていても身体が、心が責任を感じ自分を責めていたのだ。
それを少し助けてくれたのが夫と、冒険者。そして
「心配も、後悔も大事だけど、しすぎちゃダメ。ジュディス。大丈夫。取り返しの付かない失敗なんて世の中にはそうないんだから‥‥」
「ヘンルーダ‥‥」
「まあ、私が言っても説得力無いかもしれないけどね。冒険者に教わった事だから。でも大叔父様を見習えとは言わないけど思い込みが強すぎると苦労するよ。これは、実体験から」
幼馴染だった。同じ苦しみを知る友人がいたからこそ、彼女は僅かでも希望を持って待てたのだろうとセレナは思う。
そして今、こうして本当に微笑んでいる。
敵の気配は時々、微かに感じることがあったが、あえて踏み込んでは来なかった。
「悪魔と‥‥人間‥‥まさか?」
彼らは冒険者の帰還と共に姿を消す。
その目的も意図も解らぬまま、だがセレナは今は
「フリード。ありがとう、そしてお帰り‥‥もう、心配かけて!」
「守れなくてごめんね。でも、本当に良かった」
「皆さん‥‥ごめんなさい」
仲間達と共に依頼の成功を喜ぼうと心に決めていた。
帰路。
「良いか? 経験した苦労や失敗を次に活かせ。何処かの国の諺には”艱難、汝を珠にす”なんてのもあるそうだぞ。同じ失敗は繰り返すな」
「すみません。この指輪を見る度、反省します」
「まあ、攫われ体質は直しとておかないとね。よし、返ったら特訓だね」
冒険者達とフリード、ヘンルーダ。彼らは皆、一様に明るい笑顔を浮かべている。
ただ、二人と一人を除いては。
一人はリースフィア。彼女の首の刻印が今も不思議な警告を発しているような気がしたのだ。
「彼は何故?」
決戦の最後、アリオーシュは冒険者達との戦いもエスタの断罪も選択せずに姿を消した。
逃げられた、とは思わない。むしろ見逃がしてもらったと見るべきだろう。
「なぜ?」
もう一度、口にする。
エスタや冒険者の言葉に心動かされた訳ではない、と解っている。
彼が最後に残していった笑みは、優しいものでは無かったからだ。
思い出せば今も心臓が凍る悪魔の微笑。
「一体、何を考えているのか‥‥」
悪魔の思いなど解る筈はないけれど、リースフィアはそれを考える事を止める事ができなかった。
もう一人、深刻な顔で馬上の男を見つめるリルもまた笑顔を今は浮かべてはいなかった。
この男はどんな思いで冒険者達の言葉を聞いているのだろう。
『復讐を捨てて新たな道を考えるんだ。エリュに出来た事。お前にだって出来る筈だろう?』
『己を兄と慕い、しかも同じ境遇であるエリシュナさんを使い捨てにして、なくした家族はそれを見てどう思うのですか? 妹はそれを見て笑っていると思うのですか?』
『人は皆、苦しみの中で生きている。エリュちゃんとの温もりと言うたった一つの絆を捨ててまで復讐はなすべきことではない筈なのだわ。まだ、戻れる。あなたを待ってる人がいるのだからっ!』
万が一の逃亡を防ぐ為、馬上でも猿轡と目隠し。ロープは取れないからその表情を窺い知る事はできないが。
リルも気付いてしまったのだ。
『まだ、戻れる!』
その言葉の残酷さを。
「こいつの運命は‥‥」
エリュとした約束は守ることができるだろう。
けれどこの男にエリュのような未来は訪れない。
悪魔と契約し、何人もの人間を死に至らしめた罪の判決は一つしかありえないのだ。
「ちっ!」
舌打ちしてリルは、空を見上げた。
最初に依頼を受けた時は冬だったのに今はもう春だ。
悔しい程に空は眩しく、萌え始めた緑は美しかった。
それから数日後、冒険者はオルウェンの死罪判決とその執行日を知らされる事になる。