【泣いた山鬼】揺れる天秤

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月03日〜03月08日

リプレイ公開日:2008年03月10日

●オープニング

 冒険者達は悩んでいた。
 『彼ら』をどうするべきか。と。
 人と交流を持って生きてきたオーガ、オーグ。
 彼が見つけ、庇って面倒を見ていたのはオーガの母子であった。
 人と、オーガの成長発達が同じであるとは断言できないが、人間の子供で言うならオーガの母親が抱いていたのはまだ生まれて一年に満たぬ乳飲み子。歩く事さえままならない。
 状況からして、かつてキャラバンを襲って食料などを奪い、冒険者達に退治されたオーガの妻と子なのだろう。
 今、思えばあのオーガも、ひょっとしたら家族を養うためにキャラバンを襲ったのかもしれない。
 無論、その行為が例えどんな理由であれ正当化されるわけではないが、冒険者の口の中にどこか苦いものが広がっていた。
 問題はオーガの母子をどうするかである。
 もし、子供だけであれば村人達もオーガと一緒に受け入れてくれたかもしれない。
 そうすれば、オーグのように人と交流できるオーガに育てることができたかもしれない。
 けれど、母子となれば話は別だ。
 子供を持つ母親は総じて子供を守ることに命を懸ける。気も荒くなる。
 まして夫を人間に殺されたとなれば人に恨みの思いを向けてくる事もあるだろう。
 冒険者は言った。
「オーグのような心を持つオーガの存在を待つのは奇跡的な確率だ」
 と。
 あれから、事情を知った村人が差し入れをしてくれた事もありオーグは食事をし、ちゃんと休むようになった。
「だけど‥‥オーグ‥‥なんだかとっても寂しそうな顔をしてるんだ‥‥」
 父親と一緒に依頼に来た村長の息子、フリックはそう項垂れる。
 そんな息子の肩にそっと手を触れた後、村長は冒険者達にこう告げた。
「皆さんの、報告を聞いても、正直私達は結論を出せていません。オーグは仲間と思える。けれども、新たなオーガの母子は‥‥受け入れる決意ができないのです」
 無理も無い。村人達のオーガへの抵抗を誰が非難できるだろうか。
「ですから、私達は冒険者の皆さんに、調査と判断をお願いすると決めました。‥‥日和見と、思って下さってもかまいません。でも、本当に答えを出す事はできないのです」
 だから、冒険者に判断を委ねると村長は言う。
 もし、冒険者が親子をここに置くべきだと思うのであれば受け入れないまでも退治せずここに置く。
 退治すべきだと思うのであれば退治を任せる。
 どこかに逃がすべきだと思うのであれば、逃がすし追わない。
 冒険者の決定に従い、そのサポートをする。と言うのだ。
 村人達にとっても、悩んだ末の決断。
 冒険者達は、悩み苦しむかもしれないが、彼らならきっと、村人に、オーグに、そしてオーガ達に一番良い方法を見つけてくれるかもしれないと思い、係員はその依頼を受諾した。

 オーグは今日も、洞窟に食べ物を運ぶ。
 唸り声に追われ逃げるように洞窟を去るが、運んだ食べ物が残されていない事を確かめ、微かに息を吐き出していた。まるで安堵したかのように。
「オーグー!」
 彼を呼ぶ声がする。彼には帰るところがある。
 けれども、それでも振り返ってしまう。小さな洞穴を、その中の二人を。
 秤にかけることができない二つの道。
 彼もまた、そのどちらもまだ選ぶことはできずにいた。



●今回の参加者

 ea2913 アルディス・エルレイル(29歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea7804 ヴァイン・ケイオード(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ec2497 杜 狐冬(29歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

○正解の無い問題
 冒険者達は悩んでいた。
「どうすれば一番良いのか‥‥僕にもよく解んないよ‥‥」
 愛犬の背中に揺られるアルディス・エルレイル(ea2913)の呟きが冒険者全ての思いを代弁している。
「どーかんなの〜。いくら考えても頭の中がグルグルなの〜」
 首をぐるりと回してガブリエル・シヴァレイド(eb0379)は空を見上げる。
 空は冒険者達の思いを笑うかのように悔しいまでの快晴だ。
「そりゃそうだ、俺達だって答えが出せたって訳じゃないんだからな。でもよくよく、俺もつがいのモンスターに縁がある。俺は女性縁なんてないのに」
 あの時は確か、晩秋だった。まだ思い出すとどこか口の中が苦くなる思い出。それを振り切るようにヴァイン・ケイオード(ea7804)は首を振った。
 迷っている暇はない。ゆっくり歩いても村はもうすぐ。
 答えは出さなくてはならないのだから。
「私はこの件に関わらぬ部外者です。結論は皆さんにお任せします。ただ‥‥」
 控えめに、静かに杜狐冬(ec2497)は微笑む。
「皆が幸せになる道を選びたい‥‥この優しい奇跡を護る道がきっとある筈です」
「そう‥‥だな」
 頷いたヴァインはある決意を握り締め、前を、オーガの住む遠い森を見つめたのだった。

○迷い、惑い、思い
 〜♪ 〜〜♪ ♪〜。
「ん?」
 アルディスは足を止めた。
 優しい音が聞こえる。まだ、とても音楽と言えるレベルではないが聞いていると何故か暖かい気持ちになる優しい、音だ。
「オーグ?」
「あ! お兄ちゃん達!」
 冒険者の存在に気付いた少女がピョン、と座っていた場所から飛び降りて手を振る。
 座っていた場所、というのはオーガ、オーグの大きな膝の上、だ。
「久しぶりだな。元気だったか? リコ」
「うん! オーグも元気になったよ。お兄ちゃんのおかげ、ありがとう!」
 満面の笑顔を咲かせる少女とは反対に冒険者の浮かべる表情は複雑だ。
 フリック達も村人も彼女リコにはまだ幼すぎると今回の事情を教えていなかった。
 だから、彼女は知らない。オーグの衰弱の理由もオーガの母子の事も。
「うれしいな〜。また、オーグと一緒に遊べるんだ〜」
 彼女は気付かない。冒険者の思いにも、オーグの表情にも。
「リコ。俺達の仲間が村に行ってる。用事が終わったら早くこっちに来るようにと、伝えてもらえないか?」
 ヴァインは膝を折って少女の目線に視線を合わせる。
「うん、解った。待っててね。オーグ、また後でね〜」
 走り出したリコは振り返り、大きく手を振る。
 それを真似るように手を振るオーグに
「オーグ‥‥」
 リコの姿が消えたのを確認してアルディスは声をかけたのだった。

「結論から言えばね。オーガの母子はまだいてもいい、って村人は言ってくれたの。それが冒険者の結論ならって」
 ガブリエルはオーグの家のテーブルを囲んだ仲間達にそう、告げた。
 側で寄り添うように立つ孤冬も頷く。
「冒険者の決定に従う、それが約束でしたから『母子を残す』。その決定に反対はありませんでした。‥‥ただオーグのように村の側に受け入れることはできない。生活できる見込みがつくまで、の限定で今のまま洞窟を出ずに暮らすのが最低条件だと」
「まあ、その辺が向こうも限界だろうな。だがオーガの子供も今のような乳飲み子の状態ならともかく、大きくなったら洞窟の中に閉じこもりっぱなし、とはいかないだろう。母親だって洞窟の中で一生暮らせといわれて納得できる筈もないし‥‥、どうしたもんかな?」
 腕を組むヴァイン。
「その辺の判断はオーグにしてもらうのが適任だと思うの。母子が村を襲わないように見てて貰うのも」
 ね? とガブリエルはオーグに笑いかけた。
 戸惑うようなオーグ。彼女は彼にとって母子がどのような存在であるか、なんとなく感じ取っていた。
 女性ならではの細やかな心ゆえに。
 だから、あえてその先を続ける。
「そして、将来的には人と交わらなくて済む別土地へ移動してもらう。やっぱり人とオーガ、互いに干渉しないことが一番問題無く生きていけるなの。基本的に『敵』と認識し合ってしまう種族だからね〜。オーグみたいなオーガもいるから、悲しい事ではあるんだけどね」
「そうだな。それがやはり一番だろう。オーガの母子にそれを伝えられれば問題は解決だ」
 ヴァインは言って立ち上がる。
「もう夜も遅い。今日は休んで明日‥‥オーガの母子に会おう。結果どうなるかは、その時考えればいい」
 冒険者達は頷き、立ち上がり部屋のあちこちに毛布を敷いて横になる。
 オーグもまた自分のベッドに入った。
 皆、眠れなかった。
 だから、夜更け開いたままの窓から小さな影が明かりも持たず飛び去った事を、皆が気付いていた。
 気付いていたけれど、誰も、何も言わなかった。

○人とオーガ
 翌日、冒険者達はオーグと共に、森の洞窟にやってきた。
 ガルル、グルル。
 そんな声が暗い穴の奥から聞こえて来る。
 人の気配を察したのだろうか?
「俺が先に行く。皆、気をつけろよ」
 ヴァインの言葉に頷いてガブリエルは借りたランタンに火を灯した。
 数歩歩くとすぐ、
「ガアッ!!」
 そんな音と、一緒に何かが空を切った。
「おっと!」
 一歩後ろに下がるヴァイン。本気のオーガの攻撃だったら危ないだろうが威嚇という事は解っていたので、それ以上は下がらない。
「冷静になってくれないか? お前が何もしなければ俺達は何もしない」
「これは、差し入れです。身体を冷やされるのは女性には良くありませんわ。勿論、子供にも」
 小さな鉢に入れたスープと焼いた肉。本当だったら調理したものをあまり口になじませるのも良くないのかもしれないが、孤冬は微笑みながらそれをオーガの女の前に置いた。
「アルディス。通訳頼む」
「あ‥‥うん」
 ぼんやりとしていたアルディスは頷きテレパシーでヴァインの言葉を伝える。
 暫くはここにいてもいい事、その場合人間に手出しをしなければ、近隣の人間は絶対に何もオーガ達にはしないようにしておく事。人間に何かされたのなら、逆に冒険者がその人間達を何とかするとも。
「但し、最終的にはこの森を離れて欲しい。人間とオーガは住む場所を分けたほうが平和に暮らせる」
 武装をしていない、けれども自分よりも上位者の言葉。そう感じたのだろうか。女オーガは攻撃をしてこなかった。
 子供の眠る場所を背に唸りながらも話を聞いていた。
「私には今までの経緯を忘れろとは言えません。冒険者が貴女の夫を殺めてしまった。それは事実ですから。ただ、子を思う親の気持ちは貴方も私も同じ筈。ならば歩み寄れると、私は思います」
 彼女はオーガ討伐に加わっていたわけではない。
 けれども、そう伝える思いに嘘はなかった。
「それに君は一人じゃないの。オーグもいるし、信用できないかもしれないけど私達もいるの。できればもう少し森の奥に行って欲しいけど、ここにいてもいいんだよ」
 ガブリエルも微笑む。オーガの女の戦闘意識はもう感じられなかった。
「オーグのように人と交われ、とは言わん。けれど、人間ってのがそう捨てたもんじゃない、って思ってもらえるとありがたい」
 話はそれだけだ。そう言ってヴァインはオーガ達に背を向けた。
 振り返りざま、
「頼んだぞ。オーグ」
 ぽん、と佇むオーグの肩を叩いて。
 去っていくヴァインについて、冒険者達も洞穴を出る。
 残されたのはオーガの男と女。
 彼らの間にどんな会話があったのか。思いがあったのか。
 冒険者達は知る由も無かった。

○残されしもの
 それから冒険者は数日村に、正確にはオーグの家に滞在した。
 その間ガブリエルと孤冬は何度か女オーガの洞穴に足を運び、食べ物を運んだり暖かい毛布などを与えたりした。また、ヴァインも含めた冒険者達は村にも何度も足を運び、女オーガが危害を加えない限りは手を出さないようにと繰り返し頼んだのだった。
 それはオーグという前例があるからこそ受け入れられた稀な事であるとヴァインは解っていた。
 得体の知れないモンスターが側にいる恐怖はやはり簡単に言葉で割り切れるものではないだろう。
 冒険者がいる間、オーグはリコや村人とよく遊んでいた。
 笛を吹いたり、一緒に追いかけっこをしている姿を見かける事ができる。
 けれども彼らがいなくなるとオーグは森へ入っていく。
 その意味も解って‥‥でも止める事もできず、またしないまま冒険者達はキャメロットに戻っていった。
 そしてその数日後。冒険者ギルドに訪問者が訪れる。
「フリック‥‥」
 目を紅く腫らせた彼は冒険者の前に包みを差し出す。それを受け取ったアルディスはテーブルの上に置いて‥‥開いた。
「これは!」
 中にはソルフの実が数個と笛が入っている。オーグの笛。
 それだけで冒険者には意味が解ってしまった。
「そっか。オーグ‥‥行っちゃったんだ」
 ガブリエルの言葉にフリックは頷く。その包みと荷物を全て残しオーグは母子と共に姿を消したのだという。
 彼女は思い出す。別れ際オーグに自分が言った事。
 あの時は予感でしかなかったけれども。
『村の人達はきっとずっと待っててくれる筈だから‥‥いつでも戻ってきて良いと思うなの。困ったときにも助けてくれると思うよ』
 言葉は伝わっただろうか? 思いも伝わったと信じたかった。
「これは冒険者の物だ。僕達は沢山思い出‥‥貰ったから」
 それだけ言ってフリックは逃げるように走り去っていく。彼の目元に輝くものを、そして残されたものを冒険者達は受け止めていつまでも見つめていた。
 
 ヴァインはペンを握り締め羊皮紙に事の顛末を走らせる。
「‥‥他者から見れば愚かな行為かもしれない。だが優しいオーガが信じた親子を無碍に退治する事など私達には出来なかったのだ。
 これからどうなるか誰にも解らない。だが願わくばあの心優しきオーガが報われる事を私は祈りたい」

 残されたものの思いと共に。