【泣いた山鬼】言葉にできない思い

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 60 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月17日〜02月22日

リプレイ公開日:2008年02月25日

●オープニング

 村周辺に表れていたオーガは冒険者の手によって退治された。
「誤解してすまなかったな」
 キャラバンの者たちはオーグに頭を下げたと言う。
 濡れ衣が晴れ、再びオーグは子供達や村人達とのんびり暮らせるはずだったのだが‥‥
「オーグ‥‥?」
 最初にそれに気がついたのは子供達だった。
「あれ? なんか顔色‥‥悪い?」
 人よりも朱色が強い彼の顔色がはっきりとわかるわけではないが、どこか、様子が変に思える。
 身体だるげに、時々‥‥目を伏せて‥‥
「どうしたの? 気分でも悪いの? まさか病気?」
「う‥‥が‥‥」
 オーグは心配そうな子供達に笑顔を作ってみせる。
「これから寒くなってくるんだ。あったかくして、たくさん食べるんだぞ」
「あとで、リコの毛布とママが作ったごはん、もってきてあげるからね」
 子供達は甘えるようにオーガに向けて微笑んだ。
 オーガも微笑む。けれど‥‥
「ん? オーグ?」
 フリックはその笑みがどこかいつものものとは違うような気がしてならなかった。

 数日後。
「? どうしたんだ? リコ」
 涙ぐむ妹にフリックは問いかけた。
 彼女はさっきまでオーグのところに食べ物を届けに行っていたはずなのに‥‥。
「あのね‥‥。オーグがいないの。どこをさがしても。‥‥まってて、ていったのに‥‥」
 要領を得ない妹の話を纏めると、食べ物を届けに行ったらオーグがいなかった、という事だ。
 それだけだったら、別に気にする必要はあまり無い。
 オーグとていつも家にいるわけではない。外に出ることくらいあるだろうから。
 だが、フリックは気になった。
「何も‥‥無かった?」
「うん。毛布も、おふとんも。ベッドはあったよ。でも食べ物もなんにもなかったの。お兄ちゃん。‥‥オーグ、どこかに出て行っちゃったのかなあ?」
「俺が見に行ってくる、だから、心配しないで待ってろ。いいな!」
 フリックは急いで狩小屋に向かった。
 扉を開けて中に入る。
 元々、オーガの家、である。人間のように家財があるわけではない。
 ただ長年一緒に暮らしてくる中、人がオーガに与えたものはあった。
 布団や毛布など寒さを凌ぐためのもの。
 いくらかの服。そして‥‥食べ物。
 冬で、外に出られない時のために多少の食べ物も蓄えさせてやった筈だったのだ。
 なのに、リコの言うとおりそれらはまったく部屋の中に見つからなかった。
 服も毛布も食べ物も。
「オーグ‥‥まさか‥‥本当に‥‥」
 いや、唯一つ残っていた。オーグにリコが与えた笛がテーブルの上に乗っている。それにフリックが気付いたその時、彼の後方で扉が開いた。
「うが?」
「オーグ!」
 振り返ったフリックの前には彼の友達であるオーガが立っている。
 いつもと何も変わらない顔で。
「オーグ! どこに行ってたんだ? いや、それよりもこの部屋はどうしたんだ? 食べ物や服は? リコが持ってきた毛布は? いったいどこにやったんだよ!」
 フリックはまくし立ててオーグに詰め寄る。
 だがオーグはただ笑っただけで答えてはくれなかった。
 困ったような顔で笑っただけで。

「そりゃあ、説明されても俺は解らなかっただろうけどさ! でも、あの様子は絶対変だ。オーグは何か隠してるんだ!」
 親の目を盗んでキャメロットまでやってきた少年は、そう言ってどん、とカウンターを叩いた。
 彼が最初にここにやってきたのはもう、数年前。
 あの頃は本当の子供で、カウンターに隠れていた少年は背が伸び、係員と同じ目線で話ができるようになった。
 けれども彼の眼差しはかつてと同じだと、昔彼の依頼を受けた係員は思った。
「それから俺達が食料を持ってきても、オーグはどこかに持ってってるみたいなんだ。俺達が後をつけても、オーグにはすぐ気付かれて逃げられちまう。けど冒険者の兄ちゃんや姉ちゃん達ならできるだろ。オーグの話を聞いたりオーグがどこに行ってるか捜したり、さ」
 だから、頼む、と彼は言った。
「あいつ、ろくに食べてないみたいだし、服も毛布もなくなってこれから寒くなるのに病気になっちゃうかもしれない。そんなの俺達イヤだから。頼むよ。オーグの事を調べて! そしてできるなら止めさせて!」
 それが子供達からの依頼であった。

 人との共存を願ってそれが叶ったオーグ。
 それが夢のような奇跡であった事を、子供達はまだ知らない。
 これから、どうなるかも‥‥まだ、知らない。

 

●今回の参加者

 ea2913 アルディス・エルレイル(29歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea3153 ウィンディオ・プレイン(32歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7804 ヴァイン・ケイオード(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ec2497 杜 狐冬(29歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

○人とオーガと
 今が冬でなけば、と杜狐冬(ec2497)は思った。
「残念ながら、空振りでしたわね。後は、暖かいものを用意して待つと致しましょうか」
 体に降りかかった雪を払って小屋の中に入る。
「本当に寒いですこと。オーグさんや皆さんは大丈夫でしょうか?」
 火を焚き、部屋を暖めながら心配そうに呟く。
 冒険者達が、冬の寒さの中急ぎ足で村にたどり着いた時、噂に聞く人と交流するオーガ、オーグの姿は見えなかった。
 村人達に聞けば、ここ数日は夜に戻ってくる以外は殆ど森のどこかに行って戻ってこないという。
「俺達はオーグを探してみる。今、見つけられれば、あいつが何を隠しているか分かるかもしれない」
 ヴァイン・ケイオード(ea7804)はそう言ってウィンディオ・プレイン(ea3153)やアルディス・エルレイル(ea2913)と森に入っていった。
 自分達女性を馬に乗せて疲れているだろうに。
 狐冬は彼らやオーグが戻ってきた時、少しでも暖かいもので、迎えてあげたい。疲れを取ってあげたいと薬草を探しに森へ出たのだ。
 だが季節は冬。
 森は雪に覆われ、薬草どころかまだ緑の一本さえも見当たらない。
 新しく雪も降ってきて逆に孤冬の方が身体を冷やしてしまった。
 せめて暖かい料理で出迎えようと用意する。
「皆さんは、大丈夫でしょうか‥‥あら?」
 ふと、彼女は人の気配に気づき顔を上げる。扉が元気よく開き
「ふ〜、大変だったの〜。君達も大丈夫なの〜?」
 ガブリエル・シヴァレイド(eb0379)が入ってきた。
「おかえりなさい。どうでした?」
 迎える狐冬にガブリエルは微かに苦笑交じりのウインクをする。
 目線をちらり、自分の背後にいる子供達に向けて。
「あら、お帰りなさいませ。ずいぶんと、大荷物ですわね重かったでしょうに。暖かい飲み物など如何ですか?」
 その意味を理解して狐冬もそれ以上の問いはしなかった。
 微笑んで子供達の身体から雪を払ってやる。
「ほしい!」
 手を伸ばす少女の頭を少年はこつんと叩く。
「コラ! これはオーグへの差し入れだし、冒険者の人達だってなあ〜」
「いいんですわよ。持ってきて下さったのは貴方方ですから遠慮なさらず。きっともうすぐオーグさんや、他の皆さんも戻ってまいりますから‥‥ホラ」
 孤冬が指し示したとおり、窓の外から声が聞こえる。
「ほら〜、早く入りなよ。オーグ。こんなに身体が冷え切ってるじゃないか〜」
「お前の家だ。遠慮する必要がどこにある?」
「あ! オーグが帰ってきた〜」
 冒険者に押し込まれるようにして、オーグが戻ってくる。
「リゴ?」
「お土産もって来たよ。いっしょに食べよ」
 抱きついた少女は微笑み、
「村の人達が美味しそうなものたくさんくれたの〜。きっと孤冬がおいしくお料理してくれるの〜」
 ガブリエルも笑った。
「ええ、お任せ下さいませ」
「それはありがたい。正直腹ペコで‥‥」
「オーグもちゃんと食べるんだぞ」
「ウガ」
 オーガと人が微笑みあう夢のような光景。冬の最中だというのに陽だまりのような‥‥。
 その光景をどこか切ない思いで見つめながら孤冬は心から
(「護りたいですわ。この光景を‥‥奇跡を‥‥」)   
 そう思っていた。

○いくつもの思いやり
 〜♪〜♪〜〜♪
 さっきまで奏でられていたアルディスの竪琴がいい子守唄になったようだ。
 オーグの膝で眠ってしまったリコとフリック、彼らに毛布をかけるヴァインを笑顔で見つめながらアルディスはくるりと飛ぶと、
「ねえ、オーグ?」
 意を決したように彼はオーグに語りかけた。
「オーグ‥‥キミ、何か隠している事があるんだろう?」
 テレパシーで語りかける。仲間にも聞こえるように言葉にもするが、アルディスの思いに、オーグは逃げるように顔を背けた。それは、彼の言葉が事実であることを意味している。
「やっぱり。に来た時もそんな気がしてたけどあの時は追求しなかった。でも今、それは間違いだったと思ってる。ねぇ、話して? 僕は、僕達はキミの力になりたいんだ」
「絶対、絶対悪いようにはしないの!」
「信じて、話しては頂けませんか?」
 唸る様に顔を背けるオーグ。肯定の返事はない。
 冒険者達の思いやりが分かるからこそ、答えられないと彼の仕草が言っている。
「アル殿、通訳を頼めるか?」 
 今まで、黙っていたウィンディオが肩口でくるくると回るアルディスに告げる。
 そして、膝を折ると視線を合わせて言った。
「オーグ、以前君がこの村に受け入れて貰う事になった時の経緯は調べさせて貰った。その時尽力してくれた冒険者達の事を覚えているか? 彼らの大部分は戻る方法も判らぬ新天地へと旅立っており、私は彼らとは面識はない。だが、君の今の状況を知ったらきっと彼らも同じ事を考えるだろうと思っている。『1人で抱え込まずに、周りと相談して一番良い方法を考えよう』と‥‥」
「‥‥ガ‥‥」
 でも、というような呟き。
 冒険者の思いはちゃんと伝わっている。けれども‥‥
 ふう、ヴァインはため息を吐き出すと腰に手を当てた。
「そこまで、言いたくないのなら仕方がない」
「ヴァイン!」
 ガブリエルが言いかけた言葉を制してヴァインは続ける。もちろんアルディスは通訳をしているが彼自身も片言のオーガ語を試して言う。
「ただ、休息はとれ。何をしているが知らんが自分の身体は大事にしろ。身体を壊したらしたいこともできなくなる。それから俺達はともかく、ずっと一緒に暮らしてきた村の皆の事はもうちょい信用してやっても良いと思うぞ。いつか、でかまわん。ちゃんと話してやれ。じゃあ、俺達は寝る。家の隅を借りるぞ」
「ちょっと‥‥ヴァイン!」
 止めかけた仲間達だが、スタスタと歩み去っていくヴァインに結局はついていった。
 最後まで留まっていたアルディスもやがて背を向けて去っていく。
 一人、残されたオーガは子供達の頭を撫でながら、静かに静かに頭を下げた。

○残された標
 翌朝、目が覚めたときオーグの姿はどこにもなかった。
 泣き出しそうな顔の子供達を慰めていた孤冬はふと
「どうしたんですの?」
 深刻そうな顔の男達に気づいた、窓の外を見つめる彼ら‥‥。同じ目線に立ったとき彼女らも気がつく。
「ああ!」
 オーグが残していったものに、だ。
「ガブリエル」
 ヴァインはガブリエルを呼ぶと何事かを告げた。頷いたガブリエルは
「一度、村に帰るの。送っていくの」
 子供達に言う。
「オーグさんの事なら心配ありませんわ。彼らがちゃんと見つけてくれますから、体調も昨日見た限りではそれほど悪くなさそうでしたし、昨日はご飯もちゃんと食べていましたしね?」
 孤冬にも説得され子供達はうん、と頷いて家を後にする。
「オーグのこと、お願いね」
 冒険者達の手を握り、そう告げて‥‥
 子供達の姿が見えなくなったのを確認して残された冒険者達もまた、外に出た。
 森は昨日振ったばかりの白い雪がじゅうたんのように敷き詰められている。
「昨日は見つからなかったが、こいつははっきりとした道標だな。これを追っていけばいい」
 その雪に残された足跡を見たヴァインの言葉にウィンディオも頷いた。
 遠い異国には跡隠しの雪という伝説がある。やさしさのあまり罪を犯した者の足跡を雪が消すという話だ。けれども、それとは逆に今、雪は歩んだものの足跡をはっきりと追うものに残している。
「オーグは、僕らにおいかけて来てほしいのかな。彼も、きっと迷ってるんだ」
 思いながらアルディスは、仲間達とその足跡を追いかけた。
 彼が残した記憶。足跡の先にあるものを抱きしめながら。

○優しすぎたオーガ
「ねえ、もし、そうなったらどうしたらいいと思うの?」
 村の大人達の前でガブリエルはそう、問うた。
「本当なのか? それは‥‥」
 動揺を隠し切れない様子の大人達にガブリエルも、孤冬も頷いた。
 まだ、推察の域を出ないがおそらく間違いない、と。
 誰もが考え込んでしまう。
「オーガという種全てが悪いという訳ではありませんわ」
 孤冬の言葉に大人達は反論しない。オーガと共に生きてきた彼らはある意味、誰よりもそれを理解しているだろう。けれど、それでもすぐには答えは出ないのだ。
「気持ちは解るの。正直、オーグのような心を持つオーガの存在を待つのは奇跡的な確率なの」
 だから、考えておいて欲しいとガブリエルは村の大人達に告げた。
 そして、仲間達と、結果の帰還を待つ事にしたのだ。
 自分達も考えなければならないと思いながら。

 足跡の行き着いた先は小さな、洞穴と言うのも憚られる小さな穴だった。
 やがてその洞穴から出てきたオーグの前にひらりと舞い降りたアルディスは
「オーグ!」
 涙目で、でも真っ直ぐにオーグを見つめた。
「ガル?」
 驚き顔のオーグの胸元に掴みかかるようにアルディスは攻め寄り
「どうして教えてくれなかったの? 僕達の事、信用出来ない? 確かに躊躇するような事だとは思うよ。でも、今のままだったらフリック達は心配するし下手したらキミが衰弱死しちゃうよ。そうなったら村の人達は悲しむし、彼らは誰が守るの?」
 まくし立てた。アルディスの肩にそっと手をやりヴァインとウィンディオは止めるが、その瞳は優しい。
 オーグの後ろにある『もの』も同じ心で見つめている。
「ほら、みんなで一番良い方法を考えようよ」
 オーグは振り返り、手を握り締める。洞窟の中にいるものを見つめながら。
 
 冒険者達が見たもの。
 それは、洞穴の中でオーグが持ってきた衣服を身に纏い、眠っているオーガの姿だった。
 リコが持ってきた毛布に包まり眠る赤子と、それを護るように抱きしめるオーガの女。
 ヴァインは息を殺しながら見つめ、呟く。
「そうか。こいつは、俺達が殺したオーガの‥‥」
 そう。
 オーグが発見し、逃がし、庇おうとした者。
 放っておくことができず、自らの身を削って護ろうとしたものはオーガの母子だったのだ。