【少年と少女】見えない絆

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 21 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月25日〜05月03日

リプレイ公開日:2008年05月02日

●オープニング

 小さな平手打ち一回。
 それがデイトンに与えられた罰だった。

 当主の帰還。そしてセイラムでの仲間達の捕縛。
 冒険者の手による二つの結果は、男爵の告げたとおり今回の事件の首謀者デイトンに敗北を決定付けた。
 元より彼の望む未来は、誰にも知られないうちに叔父の命と、財産を手に入れて初めて得られるのだから。
 男爵を始めとする多くの者達に企みを知られた以上、デイトンは自らも捕らえられての投獄、あるいは死さえも覚悟していたようだった。
 けれども‥‥
「お前はこの男をどうしたい?」
 ハーキュリー男爵は自らの恨みを口にするより前に孫娘にそう、問うた。
「お爺様は? 私が‥‥決めていいの?」
 男爵と冒険者。そして少年も頷く。
「処遇を決めるのは当事者の役目です」
 アデーレは足音を立てて膝を付いたままのデイトンに近づくと、
「ポルティス、ボクティス‥‥」
 小さく呟き
 パン! 軽い音の平手を一発みまった。
 それから口元に指を当て左右に引っ張る。思いっきり。
 デイトンの顔が苦痛と、そして驚きに歪んだ。
 口元を引っ張ったまま、真剣な顔でアデーレはデイトンに問う。
「もう悪いことはしないって約束する?」
「わらひを‥‥ゆうふのは?」
 私を許すのか? デイトンの言葉の意味を理解したのだろう。彼女は小さく頷いた。
「まだ、何にも起きていないもの。お爺様と冒険者の皆さんにちゃんと謝って、もう悪いことはしないって約束するなら許してあげる。‥‥約束する?」
 放された指に、戻ったデイトンの顔は、自らを恥じるように小さく笑うと
「私の負けだ‥‥。すまなかった。許して欲しい」
 立ち上がり、誠実に頭を下げた。
 男爵は孫娘の背に肩を置き、頭を撫でる。
 それが‥‥この事件の顛末。
 依頼人達の決定、だった。

「聞けばあの後、デイトンは裏の方ときっぱり手を切り、心を入れ替えて男爵の手伝いをしているらしい。元々有能な男だ。いずれアデーレのいいサポート役になるんじゃないかな?」
『結局の所、私や父に足りなかったのは運などではなく上に立つ者としての技量や責任‥‥だったのだろうな』
 係員の話を聞きながら冒険者達は、デイトンの言葉を思い出す。
「高貴なる者の義務‥‥ですか‥‥? どうしました? フィルス君?」
 ギルドの片隅で、膝を抱えていた少年に、冒険者の一人が声をかけた。
「ひょっとして、思い出してるの? あの時の話‥‥」
 少年は問いに小さな頷きで答えた。
「あの時、あいつ‥‥父さんの名前を言ったんだ」
 と。 

『お前‥‥ボーフォードに良く似て‥‥。まさか、叔父上?』
『冒険者。一度、ワシ達だけにしてもらえないか? 後で礼の席を設けさせて貰うから』
『お爺様?』

 確かにあの日、ハーキュリー男爵の様子は不審であった。
 男爵家の主としてデイトンの事も含め、長い監禁生活で疲労しているとは思えない見事な対処を見せた彼であったが、何故かフィルスだけは黙殺したのだ。
 いや、無視したというのは正確ではないがアデーレから引き離し、あくまで冒険者の一人として扱っていた。
 事情を知らなかったから無理はないのかもしれないが‥‥。
「お父さんはボーフォードって言うの?」
「うん。前に言ったかどうか忘れたけど、行方不明になった母さんと妹を捜しに行くって言ってそのまま戻ってこなかったんだ。今も、どっかで生きてるって信じたいけど‥‥」
 捜しに行く事はできなかった。
 幼い少年が一人路地に取り残され、家を守り生きていくのには並大抵の苦労では無かったからだ。
「あの爺さんとデイトンの奴‥‥何か知ってるのかなあ?」
 もう一度、深く膝を抱える少年は
「こんにちわ!」
 明るい少女の声に顔を上げた。
「アデーレちゃん!」
 冒険者達も声を上げる。そこには満開の笑みに顔を輝かせた男爵令嬢アデーレの姿がある。
「この度はお爺様を助けて下さってありがとうございます。おかげで伯父様も心を入れ替えてくれて、バクスターも戻ってきてくれて、私達なんとかやっていけそうです」
「それは良かったですね。未来を拓くお手伝いができたのなら何よりですよ」
 冒険者は口々に同意し、頷くがフィルスだけは顔を背けてしまっていた。
 悲しげな顔のアデーレ。
 だが、彼女は自分の役目、遣いの意味を思い出し、冒険者ギルドのカウンターと冒険者の一人にある書物を差差し出し渡した。
「今回のお礼代わりに皆さんを、うちの農場にご招待します。今、丁度アーモンドの花が見ごろです。皆で花見でもできたら、と‥‥。お爺様もいらっしゃるそうですのでぜひ」
 そして最後にフィルスにも、アデーレは招待状を渡した。
「フィルスさんも来て下さいね。待っています!」
 そう言って去って行ったアデーレを見送ると‥‥
 フィルスは書簡を投げ捨てた。
「何するのですか? ダメですよ〜」
 冒険者の一人が拾うが、フィルスはやはり受け取ろうとしない。
「俺帰る。花見には行かない。アデーレを助けたの、兄ちゃん、姉ちゃん達だから楽しんでくるといいよ」
「ちょ、ちょっと!」
 去っていく少年の背中を見ながら、冒険者達はきっと少年も感じているであろう『隠された真実』に思いを馳せていた。

 

●今回の参加者

 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb7784 黒宍 蝶鹿(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec3769 アネカ・グラムランド(25歳・♀・神聖騎士・パラ・フランク王国)

●リプレイ本文

○光の中の願い。
 ウィルトシャーでも南に位置するウッドグリーンは春の訪れが早く、長く続く。
 マーガレット、カウスリップ、クローバー 水仙。
 薔薇やリラの花にはまだ早いが野の花は静かに息づき人の心を和ませてくれる。
 そして広がり始めた若葉色の牧草絨毯とリンゴの木、そして屋敷を取り囲むように植えられたアーモンドの花はこの農場の春の自慢だと、誰もが語る。
 開き始めた花はもう数日で満開になるだろう。
「よかった。皆さんが来る頃にはきっと満開ね」
 窓を大きく開けるとアデーレは朝の光を部屋に取り込んで、織り機へと向かった。
 パタン、トン、パタトントン。
 木枠のきしる音、棹の動く音がリズムに乗って動く。
 機織り。
 アデーレの得意技だが貴族の娘には珍しい嗜みだと笑うものもいるだろうか?
「でも、冒険者の皆さんにせめてお礼がしたいもの。あと少し。冒険者の皆さんが来るまでに間に合わせなくっちゃ」
 少女はかつて、母も使ったという織り機に向かって糸を滑らせた。
 パーティまで後、三日。
「ポルティス、ボクティス。皆さんが、来てくれますように。どうか‥‥喜んでくれますように‥‥」
 と祈りを込めて。

 バタン!
 扉は勢い良く閉じられ、中から閂が掛けられた音がした。
「ヤダ! 俺は絶対にい・か・な・い〜〜〜!」
「フィルスくん!」
「やれやれ、困ったものですね」
 苦笑しながら腕を組むショコラ・フォンス(ea4267)の横でそうですね、と黒宍蝶鹿(eb7784)は頷いた。
 思わぬ長い付き合いとなった依頼人の少女アデーレ。
 彼女は、冒険者と今逃げた少年フィルスを領地での花見パーティに招待してくれた。
 事件解決に手を貸してくれた礼だと言って。
 彼女の住む領地ウィルトシャー、ウッドグリーンまでは普通に歩いて行けば三日はかかる。
 冒険者の足や馬で急げばもっと縮まるし、魔法の靴で行けば一日ですむので招待されたパーティの日まではまだ間があると言えばあるが、彼らにとって、招待主にとってある意味何よりも重要な人物が篭ったままではとても出かける事はできないのだ。
「‥‥ねえ、聞いていい?」
 目の前で閉められた扉を少し膨れ顔で見ていたアネカ・グラムランド(ec3769)は後ろの二人を見つめ、問うた。
「何でしょう?」「私に解る事であれば」
 ショコラは微笑んで、蝶鹿は真面目な顔で異口同音に答える。
「フィルスくん、拗ねてるよね? なんで、あんなに拗ねてるの? この間の時、何かあったの?」
「「いいえ」」
 これは、同口同音。
 二人はそれぞれに首を横に振った。
「あったと言えば、あったのですが、彼が拗ねている原因はまずそれではありません。彼はきっと疎外感を感じているのだと思います」
「ふにゅ? そがいかん? なんで?」
 蝶鹿の答えに本気でアネカは首を捻る。自分達は少なくとも彼を疎外した覚えは無い。
 大事な仲間であり、アデーレもきっと待っている筈なのに。
「僕は、フィルスくんとアデーレちゃんと一緒にお花見したいよ。きっと楽しくなる筈なのに」
「それは‥‥まだ確証はないのですが‥‥きっと‥‥」
「えっ?」
 顔を合わせたショコラと蝶鹿はそう前置いてアネカとジークリンデ・ケリン(eb3225)に説明する。
 上手くいけば、きっと今頃仲間達が裏づけを取っているであろう『真実』への推察を‥‥。

 ハーキュリー男爵のキャメロット屋敷に残っていたのは他の使用人を除くとデイトン一人だった。
「その節は迷惑をかけた。本当にすまないと思っている」
 冒険者の来訪を快く向かえ、誠実に頭を下げたデイトンに
「反省しているのなら、そしてアデーレちゃん達が許しているのならもう言う事はありません。気にしないで下さい」
 チョコ・フォンス(ea5866)は優しく笑い返した。
「そうですね。もし自分のした事を後悔しているのなら今度こそ、アデーレさんや男爵を助けてあげて下さい」
「そのつもりでいる。叔父上には借金の清算までして頂いたからな」
 もう、大丈夫だろう。ワケギ・ハルハラ(ea9957)はデイトンの様子に胸を撫で下ろした。
 彼の面差しからは以前感じた影はもう感じられない。
 闇と手を切るのは口で言うほど簡単ではないだろうが、彼はきっとやりとげてくれるだろうと信じられる。
「それで、男爵は?」
 今まで無言だった叶朔夜(ea6769)が問う。
 アデーレはパーティの準備の為、先に戻るとは聞いていた。
 男爵とバクスターも後を追い、事後処理が終わったらデイトンも帰ると知り
「それなら、ちょっと聞きたいことがあるのですが‥‥」
 これは、ある意味チャンスかもしれないと、ワケギは真剣な顔で、デイトンに話しかけた。 
「私の知っている事であるならば」
 とデイトンは答える。
「フィルス君を覚えていますか? アデーレさんを助けた下町の少年です」
 デイトンの頷きを確認してワケギは、彼と仲間達に自分の推察を話す。
 彼と、彼女。二人の今後の為に確かめておかなければならないことがある。
「単刀直入に言いましょう。私はフィルス君がアデーレさんの兄弟‥‥お兄さんではないかと思っています」
 と‥‥。

○勇気の出る呪文
「うわ〜、綺麗な花。あれは何の花かな? フィルス君知ってる?」
 黄金色の花を指差し、アネカはフィルスに笑いかける。
 けれども隣で馬を並べるフィルスは顔をぷいと背けてしまう。
 キャメロットを出て数日、ずっとこんな感じだ。
「馬に乗っている時よそ見していると危ないですよ。フィルス君?」
 心配そうに声をかけるジークリンデの忠告と心配は悲しいほどに正確で
「うわあ〜〜っ!」
 バランスを崩して彼は落馬した。これで三度目だ。
「だから最初からイヤだったんだ。キャメロットから何日も離れた場所に行くなんて。馬は乗りづらいし尻は痛いし」
「それは慣れないからだと思うな。あと、手綱引っ張りすぎだから‥‥」
 アネカは心配しているのだがそれは逆にフィルスをキレさせる結果となる。
「ウッドグリーンだかなんだか知らないけど行かなきゃすむ事だろ? 大体姉ちゃん強引すぎ! 無理やり、扉蹴破って無理やり馬に乗せてさあ〜」
「でも、馬に乗らないともっと時間がかかるんだよ。せっかくだから乗馬は絶対に覚えておいた方がいいってば!」 
「馬に乗るのが苦手ではグリフォンに乗るのはなお危険でござるなあ〜。馬よりは早くなんなら拙者のセブンリーグブーツをお貸しするでござるよ」
 苦笑しながら頭上でグリフォンを操り回る葉霧幻蔵(ea5683)に
「貸して!」
「ダメ!」
 二つの返事が同時に響いた。
 一つは尻餅をついたまま手を差し出すフィルス。そしてもう一つはそれを止めるアネカの声だ。
「幻蔵さん! フィルス君に魔法の靴貸しちゃダメ! ちょっと目を離すと直ぐに逃げようとするんだから!」
 魔法の靴なんか履かれたら追いかけられないと言うと、馬から降りて彼女はフィルスと目線を合わせる。 
「もう! いつまで拗ねてるの! 男らしくいよ!」
「拗ねてなんかいない! でも‥‥行きたくないんだ。あの爺さんの所には‥‥」
 逃げるように顔を背けるフィルスを、アネカも冒険者達も複雑な表情で見つめていた。
 
 あの日アネカとジークリンデにショコラは説明した。
 フィルスとアデーレは兄妹かもしれない、と。
「事情が良く解りませんが、そんな事があるのでしょうか?」
 貴族の娘とスリの少年。
 一見、確かにとっぴ過ぎる話であるがこの推察を裏づけるいくつかの符合する事項が確かにあった。
 まずは母親の名前。フィルスの母親の名はステラ。アデーレの母親の名はステラマリス。
 音が似ているしステラマリスの子供の頃の愛称はアリスであったというから同一人物をさしている可能性がある。
 第二にアデーレの名前。
 アデールフィアが本名で、行方不明になったフィルスの妹の名はフィア。
 子供の頃の事だから記憶があいまいである事を指しい引いても、母子が二人とも同じ音を名前に持つというのは偶然とは言いがたい。歳の差も誤差の範囲内だ。
 そして男爵とデイトンはボーフォードというフィルスの父親の名前に反応していた。
 知っているそぶりだった。
「他に母親の肖像を掘り込んだアデーレさんのブローチを母親に似ていたとフィルス君が言っていた事もありますし、‥‥可能性は高いと思います」
「なるほど。細かい事は良くわかんないんだけど、要はアデーレちゃんとフィルスくんは兄弟で、おじいちゃんとも血縁者なんじゃないかって事だよね? でもおじいちゃんはフィルスくんに良く似たボーフォードさんって人が嫌いで、そのボーフォードさんはフィルスくんのお父さんかもしれなくて‥‥。よーし!!」
 突然声をあげたアネカは、扉の前に立つと大きく深呼吸した。
「どうしたんです?」
「何をする気なんですか?」
 心配そうに問う蝶鹿に、アネカは両手を握り締め、答えた。
「最後の大仕事! 皆で笑いながらお花見できる様頑張るの!」
 そして深呼吸し、
「フィールスくーん。出かけるよ〜っ!!」
 扉に大きく蹴りを入れたのだった。

「蹴破ったなんて大げさな。ただ、お花見に誘っただけじゃない」
「何が大げさだよ。扉完璧壊れたぜ」
 二日目の野営地。頑張れば明日にはウッドグリーンに着くと言う夜。
 何度目かの逃亡が失敗したフィルスは、冒険者達に囲まれていた。
「でも‥‥本当にこのままでいいんですか?」
 今までアネカに説得を任せていた蝶鹿は、一度だけ目を伏せてからフィルスにそう、問うた。
「‥‥何が‥‥だよ」
 顔を背けるフィルスに蝶鹿は静かに告げる。
「逃げていて、です。この機を逃してはハーキュリー家にもアネカ様にも顔を見せる事は出来なくなりますよ? それでもいいんですか? 後で真実が知りたいと願ってもそれは出来ないことかもしれません」
「同感ですね」
 ショコラも腕組みしたまま頷いていた。
「男爵とデイトン氏が、ボーフォードさんのことを何か知っているみたいで気になるのでしょう? せっかく手がかりが手に入りそうなのに、何もしないままにするのですか?」
 チョコ達が聞いたデイトンの話からするとボーフォードというのは最初男爵令嬢ステラマリスの護衛として雇われた冒険者であり、下町出身のレンジャーであったと聞く。
『私が奴と会ったのは一〜二度程度の事だがな』
 その後、二人は恋仲になり駆け落ち。
 最初は従姉妹を落として男爵家を、と考えていたデイトンだったがその事件前後から自分が財産を独り占めする希望を持ったらしい、というが、それは終わった事だ。
 肝心なのは
「もう、お前も気付いているのだろう?」
 朔夜の言うとおり
「私達も多分フィルス君と同じように考えています。ステラマリスさんは男爵家の令嬢でフィルス君のお母さん、アデーレさんはフィルス君の妹だと」
「でも! そうなら父さんが帰ってこない理由が解んないよ! 駆け落ちしてステラ母さんを連れ出したのなら、行方不明になった後、直ぐに居場所がわかる筈だろ? なのに‥‥何で‥‥」
「それは‥‥」
 本当に珍しく幻蔵は歯切れが悪かった。フィルスの父親のことについて調べていた筈の彼はその件について沈黙を守っているのだ。
「本当のことを知ろうと動かない限り、何も変わらないのですよ。そして、私達は、皆、真実を知る為動いています。‥‥一緒に行きましょう。貴方には知る権利があります」
「これは‥‥」
 目の前に差し出されたものをフィルスは瞬きして見つめた。
 それは、捨てた筈の招待状。
「後悔だけはしないで欲しいんです」 
「レディのお誘いは慎ましく受けるのが紳士だよ?」
「貴方の知りたい真実があるのです、さぁ行きましょう」
 冒険者達の思いに包まれて、長い沈黙の後
「ポルティス‥‥、ポクティス‥‥」
「フィルスくん?」
 俯いたフィルスを気遣うようにアネカは顔を覗き込もうとする。
 けれどもその時、自分で真っ直ぐ顔を上げたフィルスと彼女は目が合ったのだ。
「父さんが父さんのお母さんから教えてもらったおまじないなんだ、って言ってた。勇気が出てきっと光が照らしてくれるって‥‥」
 気休めだけどな、と父は笑っていた。母親も元気が出てくるのよ。と言っていた。
 妹も泣いていても、それが聞こえると笑っていた。
 だから一人になっても呟いた時にはいつも心が温かくなった。
 家族がいつも側にいてくれるようで‥‥。
「確かに、いつまでも逃げてちゃいられないよね‥‥」
 笑みが浮かんだその表情に、冒険者は少し安堵して彼らも微笑を浮かべる。
「そうですよ。アデーレちゃんフィルス君がいないとせっかくのお花見も楽しめないと思いますから。主役が沈んでいると私達も困ります」
 おどけたように言う蝶鹿に肩を竦めながら、フィルスははっきりと頷いて招待状を握り締めた。
「俺、行くよ。ちゃんと。本当の事を確かめるから」
 少年の決意の眼差しを確かめて
「あーよかった。じゃあ、今日は早く寝よっか。今日からはフィルスくんが逃げるの心配して見張りしなくてもいいね」
「明日は早くに出発しましょう。そうすれば多分明るいうちに‥‥」
 動き出した冒険者。その仲間達を
「ん?」
 チョコは一人、考えるように見つめていた。

 その夜。兄妹だけの秘密の会話。
「何を考えていたんです?」
 兄は妹に問う。
 妹は答える。
「真実を知りたいなって。ポルティス、ボクティス。このおまじないは、男爵にも効くかしら?」
 フィルスの父親が始まりの呪文。
 と、言う事はひょっとしたら男爵にとってはあまり好ましくない思い出、なのかもしれない‥‥。
 けれども、兄は強い笑顔で答える。
「大丈夫。きっと効きますよ」
「うん!」
 兄の包み込むような優しさに、妹は満面の笑みで答えた。
 
○花と緑の下の真実
 ウッドグリーン、というのは緑溢れる場所、という意味がそのままの地名であるが
「こいつは‥‥」
 思わず朔夜が呟いた言葉通り、冒険者達は息を飲んだ。
 昨夜は到着した時には夜だったので気付かなかったが、朝起きて、窓から外を見てまず驚いた。
 これほど美しい光景だとは思わなかったのだ。
「これが、アーモンドの花。初めて見る‥‥」
「桜の花と良く似ていますね。少し、こちらの方が花びらが大きいですけど‥‥」
 白い雪が積もったかのように花を満開に咲かせたアーモンドの並木。
 リンゴの木も白い花の蕾をいくつもつけている。
 地面には花々が咲き乱れ、緑の絨毯の上では羊やヤギが草をはむ。
 手入れされた美しい農場の春。イギリスの春‥‥。
「綺麗だね‥‥。はじめて来るのになんだか、懐かしい気持ちになっちゃう」
 涙ぐむチョコの横で、フィルスも言葉無く立ち尽くしていた。
「フィルスくん‥‥」
「皆さん、良く眠れましたか?」
 そこに明るい声が走ってくる。手には二つの鍋を持って。
「アデーレちゃん。久しぶりだね。あれ、目が赤いよ。どうかしたの?」
 瞬きするアデーレにチョコが声をかけるがアデーレは慌てて首を左右に振る。
「な、なんでもありません。今、パーティの準備をしているんです。昼ごろには用意ができますから‥‥」
「俺、手伝うよ。それ、重いだろ?」
 自然に手を伸ばし、鍋の一つを奪い取る。
 少し驚いて、凄く嬉しそうな顔でアデーレはフィルスを頷き、見守る。
「私達は、後で行くからね〜」
 見送り手を振る冒険者達は、彼らの姿が消えたのを確認してから花に背を向け、屋敷へと戻っていった。

 そして花見の席で
「フィルス‥‥。君の母親はワシの娘。君はワシの孫だ」
 ハーキュリー男爵ははっきりと、冒険者とデイトン、アデーレと使用人達の前でそう認めた。
「ど‥‥、どういうことだよ。母さんは? 父さんはどこに行ったのか知ってるのか?」
「お爺様‥‥どういうこ‥‥と?」
 予想し、覚悟をしていたとはいえ動揺を隠せないフィルス。
 アデーレの方は、花見のパーティの準備をしていた時と同じ人物とは思えない程、驚きと驚愕の表情を浮かべている。
「二人とも、まず、話を聞いてあげて下さい」
 ワケギの声に頷く二人を確かめて、男爵はゆっくりと話し始めた。
 今から十年以上前の、もう殆ど知るもののいない。けれど何年経とうとも忘れられなかった話を‥‥。

 ことの起こりは牧場経営をしていた男爵が、ある事件をきっかけに裏の人物達に狙われるようになった事だった。男爵は娘ステラマリスの安全の為に、冒険者ギルドに護衛を依頼した。
 その中の一人がフィルスの父ボーフォードだった。
『大丈夫。絶対に君を守るから』
 まだ少年と言える歳であったボーフォードだったが元スリで、裏表に精通した彼はその言葉通り依頼の護衛のみならず、男爵と敵対していた人物の検挙にまで貢献した。一時は男爵も気に入ってさえいたのだ。
 だが、暫くの後ステラマリスの妊娠が発覚する。
 相手がボーフォードである事も。
『恋人ができた? 結婚したい? どこの馬の骨とも知らん奴にお前を渡す事などできると思うか!』
 激怒した男爵は娘を勘当し、彼女は死んだものとさらに仕事に打ち込むようになった。
 結果、さらなる敵を作る事となったのだ。
 そして数年後、こんな手紙が男爵の家に届けられた。
【ご息女と孫娘を預かっている。返して欲しくば‥‥】
 脅迫に応じ男爵が待ち合わせの場所に現れた時とほぼ同時にボーフォードもやってきた。
 男達の狙いは男爵の命。誘拐された妻と子を捜してこの場にたどり着いたボーフォードは男爵を守りきったのだった。

「だが、ワシの命と引き換えにアリスの命は奪われた。アデーレはなんとか助けられたが首謀者達にも逃げられてしまったのだ」

『ワシの命などどうでも良かった。‥‥お前のせいでアリスは死んだのだ!』
 俯き言葉も無かったボーフォードにさらに怒りに任せた男爵は彼からアデーレを奪い取り、こう言った。 
『妻と娘を守れないような奴に孫は渡さん。もし返して欲しいと言うのなら、アリスの仇をその手で取ってからにしろ!』
 と。
 その後、ボーフォードはステラマリスを殺した犯人を追い続け、その結果‥‥
「記録が残っていたのである。冒険者ギルドのレンジャーの一人が殺害された事件があったと。彼はある一味の悪事の証拠を持っており、その証拠が元で一味は一網打尽にされたそうであるが‥‥」
 幻蔵が真剣な顔で告げる。男爵も静かに頷いた。
「今にして思えば、ステラもボーフォードも死なせたのは私のようなものだ。だが、当時はそんな事は考えられなかった‥‥」  
 愚かな話だ、と男爵は悲しげに微笑んだ。
 昨夜、と朝、冒険者達は二度、男爵の下に足を運んだ。
 推理の根拠を話し、
「フィルス君の父親のボーフォードさんのことについて何かご存知ですよね? 知っていることを教えて下さい。フィルス君はずっと小さい時から父親と母親と妹が帰ってくるのを待っているんです。お願いします」
「いずれ、アデーレさんも本当の事に気付きます。いつまで隠しておくおつもりですか?」
「このまま一生秘密にして終わらせるつもりですか? アデーレちゃんに、家族の事を教えてあげて下さい」
 懸命に説得を続けたのだ。
 そして
「ボク達の口から真実を言っても、多分聞いてくれないよ」
「出来れば、男爵から直接フィルス君に話して頂きたいのですが‥‥」
 男爵をここに連れてきた。真実を明かす為に‥‥。
「じゃあ‥‥、母さんも、父さんも死んでるんだ‥‥。俺は、ずっと、ずっと待っていたのに!! くそおおおっ!!」
 叫び声をあげたフィルスは、男爵の方に走っていく。
「フィルス君!!」
 武器は無いが、このままでは男爵の顔に少年の拳がめり込む。誰もがそう思ったその時だった。
「えっ?」
 ふんわりとした影が、二人の間に割り込んだ。
 これはリシーブメモリーで感じ取った男爵令嬢、ステラマリス。
 魔法で作り出した彼女は微笑んだまま、三人を見つめている
「かあ‥‥さん?」「おかあ‥‥さま?」「アリス‥‥なのか?」
「もう、皆さんはこの方が誰だかご存知の筈ですよね。ステラマリスさんです。フィルス君。彼女の前で貴方は自分の祖父を殴るのですか?」
 静かな、だが厳しいジークリンデの声に
「‥‥あっ、俺‥‥」
 フィルスは立ち止まると、震える手を見つめ立ち尽くす。
 その肩にアネカはそっと、以前貰ったショールをかけ、抱きしめた。
「彼女は、きっと後悔なんかしていないよ。‥‥おじいちゃんとの事以外は。きっとだから、手伝ってあげて」
「姉ちゃん‥‥」
 震えた手が止まると、フィルスは今度は真っ直ぐに、祖父の前に立った。
 アネカのショールを外し、手に握り締めて。
 このショールはフィルスに残されたたった一つの母の形見で、アネカに渡し、そして戻ってきたもの。
「あの子は織物が上手だった。それはワシの為に作ってくれたもの、だが私は受け取らなかった‥‥。私はお前にだけは裁かれよう」
 冒険者を手で制止して孫の前に立った祖父にフィルスはそっと持っていたショールを祖父の肩へとかけたのだ。
「きっと、母さんは本当に怒ってなんかいないよな。いつも笑ってたし。俺は、今は幸せだからもう、いいよ‥‥。許してやる」
「そう‥‥か」
「フィルス‥‥お兄様?」
 見詰め合う三人にジークリンデは微笑んで言った。
「人と人とは見えない絆で結ばれています。それは時に嬉しいものであり、時に苦しいものかも知れないけれど、それでもまだ終わっていないなら、真実に向き合って欲しいと思うのです。どうか、思い出して下さい。遠い絆を‥‥」
「姉ちゃん、兄ちゃん‥‥」「皆さん‥‥」
 絆と言うのはジークリンデの言うとおり目には見えない。
 けれども、冒険者達には見えた気がした。感じた気がした。
 三人の間にあった、細い、細い絆が、今、太く、深く結ばれたのを‥‥。 

「宴会なのでござる〜〜〜!」
 いつの間にかまるごとうさぎに着替えていた幻蔵が声をあげる。
「そうだね。せっかくアデーレちゃんが用意してくれたごちそうだもの。みんなで食べなくっちゃ」
「フィルス君、アデーレちゃんを、妹をエスコートするのは兄の務めですよ」
 アデーレの手をアネカが引き、立ち尽くすフィルスの肩をショコラが叩く。
 それがきっかけとなったかのように
「今回はご招待ありがとう。楽しんでやっているかね?」
「おお! まるごと男爵。今日も良きセンスでござるな」
「今日はまるごとサクラで決めてみた。ジャパンにはこんな花が咲いているそうじゃからな」
「この満開の花の中に〜?」
「お料理の準備が終わりました、何か御用はおありですか?」
「お嬢さんも、こちらに来るのでござる! 今日は無礼講で楽しむのでござる!!」
 アーモンドの木の下には驚くほどの人が集い始めた。
 少し前まで表情が硬かった子供二人も、本当に楽しそうに‥‥。
 
「我々が言うよりも早く、貴方は真実に気付いていたな?」
 その様子を見つめるハーキュリー男爵に、そっと朔夜は背後から呟く。彼からの返事はまだ、無かった。
「相続問題の火種になる可能性を考え、あえて無視しているのか?」
「‥‥あの子は、ボーフォードに似すぎている」  
「そうか‥‥」
 それ以上は質問する事も無く、朔夜も、冒険者も花見の輪の中に入っていく。
 残された男爵は
『子供に罪は無いわ』
 冒険者の言葉と、遠い昔、娘が言った同じ言葉を抱きしめながら見つめていた。

「さぁ、皆の衆、ご一緒に♪ 咲いた♪ 咲いたよ。春の花♪ 皆まるごと、春が来た♪」
 底抜けに明るいリュートの音色で、アーモンドの花を囲んで輪となり踊った後。
「幻蔵さん、歌いたい歌があるんです。簡単に、でいいので伴奏してもらえませんか?」
 ワケギはそう言ってから深呼吸した。
 伸びやかな歌声が薄紫に染まった空に響いていく。

「みんなの笑顔とみんなの幸せで〜
 綺麗な花達も きっと咲く〜♪
 みんなの歌声で 綺麗な花達に
 愛の灯火もきっとつく〜♪

 歌おうよ 歌おうよ みんなで声を合わせ
 唄おうよ 唄おうよ 明日を呼ぶ唄

 希望を胸に持ち 力を合わせれば
 輝く明日はきっと来る」

 遠い故郷の花に良く似たアーモンドの花びらを手に、朔夜は蝶鹿や仲間達と一緒に静かに杯を合わせたのだった。

○旅立ちの時
 翌日、キャメロットに戻ろうとする旅人は九人。
「楽しかったね。昨日は」
「本当に。特に幻蔵様の衣装がえと、人を楽しませる技には感服いたしました。私も何か芸の一つでも学ばなければ」
「あーー、幻蔵さんの『アレ』を規範にするのもどうかと思うのですが‥‥」
「忍者って手先が器用な人が多いみたいだから、直ぐに身につくよ。きっと。朔夜さんの手品も上手だったし‥‥」
「あれは、芸と言うほどのものでは‥‥」
「それに、ステキなお土産を頂きましたね。これは、上質のウールでしょうか?」
「アデーレちゃんの手織りだって言ってたよ。こんなにたくさん作るの大変だったろうね〜」
「今回来れなかった人の分も預かりましたから。いつかお渡ししないと」
「クッキーも美味しいよ」
 楽しそうな笑い声が絶える事はない。
 そしてその中には
「フィルス君もけっこうノリノリでしたね。幻蔵さんのあのハイテンションについていくとは、おみそれしました。ね、フィルス君?」
 フィルスもいた。
 彼は笑い声の中に入らず、黙って手綱を握っている。
「本当に良かったの? フィルスくん?」
 心配げに問いかけるチョコに、
「いいんだ」
 とフィルスは答える。そこに、意地や強情は無い。
「俺は、貴族なんてものに興味は無いから。あの家令のおっちゃんから母さんの話も沢山聞けたし、それにキャメロットに戻って父さんと母さんの墓に参りたいしさ」
「そうじゃなくて、アデーレちゃんを一人にしていいの? ってことだよ」
 ショールを肩にかけながらアネカは優しく問う。
「いいんだ‥‥。元々住む世界が違うしさ」
『お兄様も、一緒に暮らしましょう』
 兄妹と解ってからアデーレはフィルスに何度も言っていた。
『お兄様が家に来ないのなら私がお兄様の所に行きます。アデーレを一人に‥‥』
 だがその提案をフィルスは指の一本で止める。
『お前は一人じゃない。爺さんや、家令のおっちゃんや、使用人や、牧場の動物達がいっぱいいるだろ? そいつらまるごと捨てるのか?』
 答えられなくなった妹に、兄は優しく微笑んで頭を撫でる。
『大丈夫だって! キャメロットにもまた来るんだろ! 直ぐ会えるし、それに何かあったら必ず助けてやるよ。どんな所にいても絶対だ!』
『本当に?』
『本当さ。俺、冒険者になるんだ。絶対、絶対助けに行くよ』
『うん‥‥』
 そうしてアデーレは涙を擦りながら冒険者と、フィルスを見送ったのだ。
「冒険者になるの?」
 アネカの問いにフィルスは頷く。
「うん、今回の件で決めた。俺、父さんや、兄ちゃん姉ちゃんみたいに冒険者になる。誰かを困らせるだけじゃなく誰かを助けられる男になりたいんだ」
「スリの腕前、手先の器用さ、咄嗟の機転。素質は十分にあるでござるよ」
「うん、素質はあると思う」
 チョコの言葉を受けて幻蔵は自分の胸に拳を当てポーズをとった。
「悩んだ時、困った時、どうするかは、自身の“ここ”、“ソウル・ハート(魂の心)”に聞くでござる」
 立ち止まるも、真実を求めるも、何を成すべきかも本当は、心の中できっと結論は出ている。
「心の赴くままに、光の道を。それが、貴殿の行く道を指し示すでござる」
「うん。頑張るよ。いつか、きっと本当の冒険者になってみせる」
 決意を固めた少年を、冒険者達は微笑みと友に見つめる。
 少女が一人ひとりに自身の手で織って贈ってくれたショールのように、彼らの未来はきっと輝くに違いないと信じられる。あの瞳を見ていれば。
「そうだね。でも! その前にいろいろ勉強しなきゃいけないね。まずは馬の乗り方に格闘術、それから字のお勉強もね!」
「べ、べんきょう?」
 突然変わった顔色と、逃げ出しそうな気配を察知してがしっと、アネカはフィルスを羽交い絞めにした。
 そして、彼の耳元だけにそっと囁く。
「今から勉強すれば、次のリンゴの季節にはお手紙出せるかもしれないよ」
「!!」
 突然、頬をリンゴよりも紅く染めたフィルスを笑いながらアネカは開放する。
「何を言ったでござるか?」
「手紙って?」
 首を捻る仲間達にアネカはくるりと回りながら微笑んだ。
「な・い・しょ。ねっ?」
 ショールがまるで虹のように踊る。
 明るい春の日差しの中、その後も一つ増えた冒険者達の楽しそうな笑い声が街道から消える事は無かったという。

 そして、ウッドグリーンの暗い部屋の中。
「アリス、ボーフォード。ワシを許してくれるのか?」
 ハーキュリー男爵は一枚の絵を見つめながら呟いた。
 チョコが置いていった絵の中にはアーモンドの木の下で男爵と、アデーレ、フィルスの姿が微笑んでいる姿が描かれていた。
 男爵にはそれが、遠い昔の娘と‥‥息子に見えて涙が止まらなかった。
 あの時できなかった事が、今ならできるだろうか。
 やり直す事ができるだろうか?
 封を切れなかった手紙には
『お父様、今も愛しています。いつか孫達を見に来て下さい』
 そんな優しい娘の思いが綴られていた。
「ポルティス、ボクティス‥‥光よ、満ちよ」
 偶然、かもしれないが窓から差し込んだ光が、絵を照らし出す。
 まるで彼の思いに答えるように。彼を励ますように‥‥。

 その後、冒険者はフィルスがケンブリッジへの入学を決め、資金を溜めているという噂を耳にした。
 彼の元に妹や、時々は祖父も顔を出しているとも。

 春の光の中、一つの家族が絆を取り戻した。
 新たに生まれた家族の未来はきっとあの日、皆で見上げたアーモンドの花のようにこれからも美しく咲くに違いないだろう。