【少年と少女】老人と少年の祈り
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 86 C
参加人数:9人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月12日〜04月19日
リプレイ公開日:2008年04月18日
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●オープニング
「お父様、おじさま。‥‥アリス。好きな人が出来たの」
それは、もう今から十数年の時を遡る。
ウィルトシャーの南、ウッドグリーンを治める領主ハーキュリー男爵は目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた娘の告白に激怒した。
「いかん! 許さん! 絶対にだ!」
「お父様!」
「恋人ができた? 結婚したい? どこの馬の骨とも知らん奴にお前を渡す事などできると思うか!」
それは側で見ていたグラフム男爵でさえ驚くほどの絶叫だった。
だがそれも無理はあるまい。妻を失って以来仕事一筋に彼が頑張ってきたのは、たった一人の娘に財産を継承させる為であったろう。
その娘が好きな人が出来た。しかも、その人物は下町の少年であると聞かされて許せる筈はない。
「お前の相手は私が決める! 身分違いの恋は不幸を招くだけだ!」
父親は娘に怒鳴りつけるよう言う。いや、実際に怒鳴りつけていた。
雷光のような父親の怒り。けれど彼女の決心は変わらない。
「私はあの人といっしょにいたいの。だって、私のおなかの中には‥‥あの人の子が‥‥」
顔を上げた少女の瞳には涙が浮かんでいる。
「ならば出て行け! その男を取るというのなら。お前はもう男爵家の娘ではない。とっとと出て行くがいい!」
ガシャン!
投げられたペン立てが床で音を立てる。
振り向き、背中を向けた男爵に、少女は一度だけ頭を下げると静かに扉に向かう。
「ステラ!」
グラフム男爵は止めようとする。だが、少女の決心もまた固かった。
「お父様だけのアリスでいられなくてごめんなさい。‥‥ポルティス、ボクティス。お父様にいつも光がありますように‥‥」
閉じられた扉と親友の間で、グラフム男爵は何もすることさえできなかった。
今から十七年は前の話。
それが全ての始まりだとグラフム男爵は冒険者に語ってくれた。
下町の青年と駆け落ちした少女ステラマリスは、貴族社会から姿を消した。
何度も許すように話したグラフム男爵の説得に耳を貸す事なく、以後ハーキュリー男爵は仕事にのみ没頭するようになる。受け継ぐもののいないむなしさを知りながらも、それしかもう自分には残されていないと言うように。
その後のステラマリス達の消息をグラフム男爵は知らない。
ハーキュリー男爵の下には何度か手紙はあったようだが、彼がそれに返事を書いたことは無かったようだからだ。
だが、それから七年の後、グラフム男爵は驚くものを見た。
「それは‥‥?」
「私の後継者。アデールフィアだ」
まだ一歳に満たぬ幼子を抱くハーキュリー男爵の姿を、だ。
「後継者って‥‥ステラマリスの子?」
「アリス‥‥、ステラマリスは死んだ。私にはもうこの子しか残されていない!」
涙目の友にそれ以上何も言えず、グラフム男爵は何も聞く事はできなかった。
だが、領地に孫娘を預けたハーキュリー男爵は少なくとも今までよりも笑顔を見せるようになっていたし、成長するに伴いアデールフィア、アデーレはステラマリスに良く似てきた。
誰もが愛する気立ての良い少女の出自を疑うものも、後継者に反対する者もいなかった。
デイトン以外には‥‥。
「つまり、男爵の娘、ステラマリスさんは男爵に許されない恋の末亡くなった。その忘れ形見がアデーレちゃん」
冒険者は確認するように核心を口にした。
「二人がいなくなればもう男爵家を継ぐ者はデイトン氏以外にはいないのでしょうね」
「流石に伯父、姪の関係では結婚もできないしな。傀儡にするよりも消してしまった方がいいと考えるだろう」
アデーレを家から離し、グラフム男爵の下に預けたのは大正解だったと冒険者は今、確信する。
「ハーキュリー男爵を殺し、アデーレちゃんを消す。それを未だにしないのは単に印章が手に入っていないから。万が一の事を考えて男爵はきっと家の中に保管する事をしなかったのだと思われます」
手のひらに乗るほどの小さな印章。
「こんなものの為に‥‥」
冒険者は手を強く握り締めた。
さっき、グラフム男爵からきた連絡が彼ら、彼女らを憤らせている。
「今まではデイトンにも余裕があった。だからアデーレを放置できた。けれどももうその余裕は無い。本気で来るだろうな‥‥」
彼らの前には一通の書簡がある。
『グラフム男爵殿。 そちらにお邪魔している我が一族アデールフィアを速やかにお戻し頂きたい。現在、我が一族の当主が行方不明になっている。一族一丸となって事態に当たらねばならず‥‥』
今まで、使用人にさえ秘密にしていた事態を公にする以上、彼らの目的はもう一つしかない。
「アデーレちゃんを人質にして、ハーキュリー男爵から印章のありかを聞き出し、そして二人を始末する‥‥」
デイトンにとって最良のシナリオは冒険者にとって最悪の結末。
もちろん、そんな事をさせるつもりは無い。
「二手に別れる必要があるかもしれないであるが、敵が動き出したのなら、これも好機である。これを機に一気に決着をつけるのである!」
冒険者達は頷き、誓い合う。
あの少女を絶対に守ってみせる。と。
「ポルティス、ボクティス。光よ、満ちよ‥‥」
冷たい家の中で彼は何度もその呪文を口にしていた。
「あの子は‥‥この呪文を唱える時はいつも、笑顔だったな‥‥」
今思えば、恋人と呼ばれる男から教わったものだったのだろう。
仕事で忙しく、構ってやれなかった自分。
寂しさを抱く少女が自分を見つめてくれる男と出会ったのだとしたら。
「悪いのは全て私だと、解っているがな‥‥」
「旦那様‥‥」
自分ひとりであるならば、躊躇わず死んでいる。
足は折られているがそれくらいは可能の筈だ。見張りは少ないし手も抜かれている。
いずれアデーレが墓地の秘密に気付けば彼女の元に印章は届くだろうから。
だが、バクスターまで道連れにはできない。
だから彼は生き続けていた。
先に見える未来に希望が何一つ無いとしても‥‥。
「アリス‥‥。どうかアデーレだけでも守ってくれ」
彼にとってたった一つの光に、祈りを捧げて‥‥。
屋敷の中で少年は、目を見開いた。
「ステラ‥‥マリス? アデール‥‥フィア?」
少年に少女は笑顔で頷く。
「そうよ。それが私のお母様の名前と私の名前。長いでしょ?」
だが、少年の驚きはそれではない。
「ステラ‥‥、フィア‥‥。まさか‥‥」
目の前の少女と、首もとのブローチを見つめる。
もう、遠すぎる過去。
確証を持つには記憶はあまりにもおぼろげで‥‥。
「どうか、したの?」
首を傾げる少女に、少年は自分の首を強く横に振った。
今は、そんな事を考えている暇はない。
「なんでもない。‥‥大丈夫。お前は冒険者の兄ちゃん、姉ちゃんと俺が、絶対に守ってやるから。ポルティス、ボクティス‥‥」
父から教わったおまじないを呟いて、彼はそう告げた。
自分自身に誓うように‥‥。祈るように。
●リプレイ本文
○それぞれの決戦
キャメロットの門の外から、旅立つものがいる。
周囲を伺い、一目を確認して後
「では、後を頼んだでござる。行くぞ。長飛丸!」
葉霧幻蔵(ea5683)の命令に呼応して翼を広げたグリフォンはロッド・エルメロイ(eb9943)のそれと顔と心を合わせるように同時に地面を蹴った。
空に舞い上がる二匹のグリフォンと三本の空飛ぶ箒は一直線に決戦の地へと向かう。
「大丈夫かなあ?」
心配そうに見つめるチョコ・フォンス(ea5866)の肩を
「らしくないですよ。もっとしっかりしなさい」
兄ショコラ・フォンス(ea4267)はポン、と叩いた。
「だって‥‥」
「彼らを、仲間を信じましょう。そして私達は私達のできることをただ、するだけですよ」
まだどこか不安げな妹の頭にそっと兄は手を置くと
「あっ‥‥」
優しい微笑を浮かべながら撫でた。不思議だとチョコは思う。不安や嫌な思いが溶ける様に消えていく。
「ほら、のんびりしている暇はありません。また、デイトンの使いが来ているかも知れませんよ」
「いけない! リンちゃん達だけだと大変だ!」
走り出し、かけてチョコはもう一度だけ空を見上げた。
「気をつけて、行って来てね」
祈りを込めた言葉を空に贈ると、後はもう彼女は振り返らなかった。
○待つ戦い
「ですから! お引取り下さい!」
無理に、押し出すようにリン・シュトラウス(eb7760)は招かれざる客を追い返した。
最初の数日はまだ、丁寧な対応を取ろうとしていた相手だったが
「もうなりふり構わず、と言った感じですね」
黒宍蝶鹿(eb7784)も溜息をつく。
グラフム男爵家に身を寄せているアデーレ。それを屋敷に連れ戻そうと彼女の従伯父であるデイトンはさまざまな手を使い始めたのだ。
正式な要請から外出の隙を狙った拉致まがいの事まで。
さっきはお届けものです、と言って入ってきた男が無理やりアデーレを連れ出そうとまでしたのだ。
流石に男爵と冒険者のタッグでなんとか追い払ったが
「だんだん狡猾になってきているみたい。どうしたらいいんだろ」
チョコも顎に手を当てて考える。
「相手も焦っているのでしょう。このままだとグラフム男爵に迷惑をかけることになりかねませんね」
兄の言葉は正論だ。だが、アデーレを渡してしまえばおしまい。ここでなんとか持ちこたえなければ。
「アデーレちゃん抜きで交渉に行ってみようか。相手の様子を見てなんとか時間を稼いで‥‥」
「イヤです!」
突然の背後からの声に冒険者達は慌てて後ろを向いた。
見ればそこにはアデーレとフィルスの姿が。
「アデーレちゃん?」
リンはアデーレに駆け寄った。
「私、これ以上皆さんにご迷惑をおかけしたくありません。これは私と私の家族の事なのに」
「迷惑なんて考えないでも‥‥」
「でも、私も何かお手伝いがしたいんです。守られているだけじゃお爺様を助けられないし、強くなりたいんです」
ショコラは膝を折り目線をアデーレに合わせる。少女の瞳に浮かんでいたのは強い決意の色。
「俺からも頼むよ。姉ちゃんと約束したんだ。アデーレを護るって。だから‥‥」
握り締めた少年の手の中にあるのはアネカ・グラムランドとの約束。
二人の思いを確かめて
「解りました」
「兄様?」
立ち上がったショコラは仲間と、
「こちらから乗り込みましょう。そろそろ決着をつけてもいい時です。大丈夫。僕達も必ず護りますから」
二人に向かって優しく微笑む。
「但し、準備もあるしあと三日持ちこたえましょう。それから決戦です。幻蔵さんの手配と向こうの事が最速で上手く言っていれば勝ち目はあります」
チョコも、リンも蝶鹿も、そしてアデーレもフィルスも頷く。そして動き始めた。
遠く、セイラムに向かった仲間とは違う決戦をこちらもまた迎えようとしていた。
○人質の奪還、そして‥‥
オールドセイラム。
遷都により生まれた広すぎる廃墟の町。
攻めるに難く、護るに易い。
「葉霧殿の言う通り確かに少々やっかいではあるか」
夕暮れの空気に紛れ偵察をしていた叶朔夜(ea6769)は小さく舌を打った。
幸いなのは障害物が多く、こちらも隠れやすい事。
そして相手が襲撃をそれほど警戒してはいない事。
「でなくてはここまで接近はできぬな‥‥。お、あそこか!」
一番人の多い、つまり警戒された場所に宝がある。
その基本原則の通り朔夜が覗き込んだ家、その奥に縛られた男が二人。ぐったりと倒れるようにして転がされていた。
微かな呼吸の気配を感じる。まだ生きているようだ。
「これは、急いだ方がいいかもしれない。セイラムに行っているワケギ達が戻り次第行動開始だ」
気配を隠し朔夜はその場を離れる。勿論出来る限りの情報は手に入れて。
そして、時間にして数刻。
深夜。
燃える地図に道が浮かび上がった。
「朔夜さんの情報と一致します。間違いは無いようですね」
バーニングマップを紡いだジークリンデ・ケリン(eb3225)は朔夜と顔を見合わせた。
「ならご領主様からの許可も取れましたし一気にいきましょう」
「複雑な関係の様ですがこの様な所業は許せません。紳士的に恥ずべき行動だと思います」
ワケギ・ハルハラ(ea9957)の言葉にロッドも頷く。
「既に葉隠殿が潜入している筈だ。行くぞ!」
朔夜の声に仲間達は静かに息と気配を殺した。
さてその頃、オールドセイラムでは不思議な酒盛りが開かれていた。
「こちらに男性がたくさんいる、と聞いたので来てみたの。噂どおりいい男揃いね♪」
いつの間に現れたのか妙齢の美女が手招きをしているのだ。
しかも薄いドレスで豊満な胸を揺らせて。
「ど〜う? こっちで私の踊りを見ない? お安くしておくわよ」
ごくり、男達の多くが生唾を飲み込んだ。
「今は大事な仕事中だ。とっとと向こうに行け!」
だが拒否したのはリーダーのみ。結局男達の恨みがましい視線に負け
「あー! もう休憩の間だけだぞ!」
リーダーは外出を男達に許した。
男達は歓声をあげ、ぞろぞろと女に付いて行く。
(「ふむ、三人に来たか。残りは四人。頼んだでござるよ」)
「なあ? 姉ちゃん。踊りなんかよりいいこ‥‥グゲッ!」
周囲の人気と視線を確かめて、寄って来た男の鳩尾に肘鉄を入れると振り返り幻蔵はバッチン! ウインクをした。
「さあ、ゲンちゃんのショータイムの始まりなのである!」
その後男達は声も上げることなく卒倒する事になる。
何が起きたかは聞かないであげよう‥‥。
そして‥‥
「誰なんだ! 貴様らは!」
縛られ、転がされた男達は目の前に立つ冒険者達に悲鳴にも似た声を上げた。
突然の煙に右往左往しているうちにあれよあれよと言う間にある者は気絶させられ、ある者は氷付けにされた。人質にしようとした男爵達はいつの間にか部屋を抜け出していて実力の違いを思い知らされていた。
ちなみに冒険者達は彼らを今は、無視している。
「男爵、ご無事で何よりです。お体の具合はいかがですか?」
ワケギはロッドと朔夜に肩を貸されながらも、自分の足で立とうとする男爵に声をかけた。
けれど男爵は‥‥
「ワシの事はいい。それよりバクスターの手当てと‥‥キャメロットに戻る手助けをしてもらえないか?」
「そのお身体で?」
ワケギ以外の冒険者も心配そうな表情を浮かべるが
「デイトンはアデーレを狙っておる。ワシが早く戻らねば‥‥!」
顔を見合わせ全員が頷く。既に今後に向けある程度の手配はセイラムの領主に依頼してある。
「こちらはお任せを」
「尋問も含めてお役に立ちますわ」
ワケギとジークリンデに見送られ、考えうる最速で準備をしロッドと朔夜は男爵と共にセイラムを飛び立った。
キャメロットを出て四日目の夜の事である。
○当主の帰還
一面のリラの花畑。
リンの奏でる優しいメロディーが心に勇気を与えてくれる。
少年は強く、少女の手を握り締めた。
「行こう!」
五日目の夕刻。
「やっと戻ったか。アデーレ。我儘にも程があるぞ」
少女を迎えた従伯父は苦虫を噛み潰したような顔で言うと、強引にアデーレに近寄り手を引く。
「やるべき事がいろいろあるんだ。早く来い!」
だがその行動は
「乱暴は止めて下さい!」
「近寄るな!」
手を強く払ったチョコとフィルス、そして冒険者達に阻まれた。
「なんだ? 金でも要求するつもりか? 誘拐犯が!」
「失礼な事を言わないで!」
怒るアデーレをショコラは手で制して礼儀正しくデイトンに向かい合う。
「アデーレさんは自分で男爵を探しに行くそうです。私達はその護衛に雇われました。セイラムの方に情報がありましたので」
デイトンの表情は明らかに変わる。
「セイラム? そんな廃墟に何があるというのだ。デマだ。そんな‥‥!」
瞬間口を押えるがもう遅い。
「何故廃墟だと? 今ので確信しました。まだ引き返せますよ。貴方の悪事は解っているのです」
手の中で印章を弄ぶ蝶鹿。皆の視線はデイトンに向かう。
「それは! お前達‥‥まさか!?」
アデーレと冒険者の追求するような視線から逃げるようにデイトンは声をあげた。
「! お前達が叔父上を襲い印章を奪った犯人か! その印章を返せ!」
護衛の男達が動く。彼らを使い冒険者を倒し泥棒に仕立て罪を被せようとしたのかもしれない。だが愚かな話だ。冒険者は勿論、既に呼ばれ集まった館の使用人達も動いている。冒険者とアデーレを守るように‥‥
「この屋敷の主人はアデーレ様です」
と。
「貴様らも逆らうのか? ならばクビを覚悟するが‥‥」
「覚悟をするのは貴方の方です」
「えっ?」
冒険者とデイトン。彼の部下と使用人達。アデーレとフィルスも同時に声の方へと顔を向けた。
「そんな‥‥」
デイトンは膝を付き震え伏す。
そこにはロッドと朔夜。
「ワシは戻ってきた。お前の負けだ。デイトン」
「お爺様!」
そして二人に支えられながらも自分の足で立つハーキュリー男爵の姿があった。