【呪われた花嫁】迫る影
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月25日〜05月30日
リプレイ公開日:2008年06月02日
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●オープニング
黒い影を見つめ彼女は呟く。
「あんな女の為に‥‥馬鹿な子」
彼女の言葉はもう届かない。思いはけして伝わらない。
それは、最初から解っていた。
「でも、このままじゃ、あんまり哀れだから‥‥」
影に背を向け、彼女は振り返りそのまま去っていった。
「‥‥‥‥てあげるわ。きっと‥‥」
言葉もきっと伝わらなかっただろうけど。
その日
「犯人を捕まえて! 今すぐ!」
突然ギルドにやってきて、テーブルを叩かんばかりの勢いで告げた女性にギルドの係員も流石に首を捻った。
「何やってるのよ。だから、早く! もう我慢できないんだから!」
「落ち着いて下さい。何の話なんですか?」
キーキーと甲高い声をあげる女性を
「グレイスお嬢様。お気持ちは解りますが順を追って話しませんと‥‥」
側に付き添う女性が止めた。
「だって!」
「急ぐからこそ、手順を踏まねば成らない時があるのです。申し訳ございません。私トリシアと申します。こちらのグレイス様のお屋敷にお仕えしている侍女です。突然で失礼かとは思いますが、緊急の依頼を受けて頂けませんでしょうか?」
丁寧に頭を下げ依頼書と報酬を差し出す。
そうなれば、無論断る理由は何も無い。
係員は話を聞く姿勢に入った。
ついでに目の前の人物達の観察にも。
グレイスと呼ばれた女性は17〜8歳と言う所だろうか? 女性というよりは娘の域だ。
豪奢な黄金の髪、美しい青い瞳。かなり美人の部類に入る。
ドレスも、身に着けた宝石も豪奢で、良く手入れされたもの。
だがおそらく、自分では何もしないタイプ。典型的な金持ちの我侭娘だ。
何でも自分の思い通りになると思い、そうでないととたんに不機嫌になる。
今も頬を膨らませたまま、近くの椅子にドッカリと腰を下ろしていた。
一方トリシアという女性は、タイプとしてはグレイスの真逆に位置していると言えるだろう。
20代後半。茶色い髪に黒い瞳が、来ている服と合わせて落ち着いた雰囲気をかもし出している。
彼女の教育係もかねているのかもしれない。
グレイスもしぶしぶと言う顔であるが、彼女の言う事は聞いている。
「こちらのグレイスお嬢様はキャメロットの商家のご令嬢でいらっしゃいます。来月、ある家のご子息とのご結婚が決まっているのですが、最近になって不振な者に付きまとわれているのです」
「不審者?」
「そうなの! 酷い奴なのよ!」
また、グレイスが立ち上がりテーブルを叩く。
「街を歩けば見えない距離でついてくる。私が立ち止まった所を見計らって路地裏から泥や土を投げつけてくることもあったし、この間なんか頭の上から鍋を落とされたのよ。危うく死ぬ所だったんだから!」
「背後から抱きつかれたり、さらには屋敷の前に動物の死体が投げ置かれていたりもありまして‥‥」
二人の話を聞いて係員も頷く。
「そりゃあ確かに酷いな‥‥」
「お嬢様のご婚約者は貴族に属する方でいらっしゃいます。お嬢様と愛し合っておられますので、そのような事で結婚を取りやめになると言う事は無いと思いますが、やはりお祝いには似つかわしくない話です」
だから、犯人を捜して欲しい。
係員は理解した。
「解りました。それで、犯人に心当たりは?」
確認として問う。だが
「そ、そんなものあるわけ無いじゃないの! 私は何も悪いことなんかしていないもの! きっと誰かが逆恨みでもしているのよ!」
グレイスは顔をプイと背け、唇を噛む。
「旦那様も商人でいらっしゃいますので恨みを持つ方も多いかもしれません。ですが、正直な所誰がどうしてそんな事をするのか、まだ見当もつきませんの。護衛もいるにはいるのですが、商トラブルの解決が主でこのような捜索には慣れておりません。ですから‥‥」
彼女グレイスを護衛し、その犯人を突き止める。
情報が少ないのが問題だが‥‥
「報酬は用意させて頂くつもりですし、必要経費も可能な限り。六月末の結婚式までに事件を解決下さいますようどうぞ、よろしくお願いいたします」
「しっかりやってよね。私は、結婚してもっともっと幸せになるんだから!」
二人の女性に出された依頼は受理された。
「聞いたかい? マクヴィル家のグレイスが貴族の息子と結婚するんだってよ?」
「あのアバズレがかい? せいぜい色気と財産で誑かしたんだろうさ」
「グレイスに振られた男は片手じゃきかないし、恋人を取られた女だって沢山いる」
「この間自殺した奴もいたんじゃないかい?」
「こりゃあ結婚式には血の雨が降るよ」
「その方が男にとってはいいかもしれないけどね」
下町でこんな噂が囁かれる様になったのはそれから直ぐの話。
それを聞き、楽しげに笑う人物に噂話をする女達は気付きはしなかったけど。
●リプレイ本文
○噂話
「やれやれ‥‥」
予想を遥かに超える結果にキット・ファゼータ(ea2307)は調査が始まってから何度目かの溜息を大きく吐き出した。
「覚悟はしていたけど。マジでここまで酷いとはな」
「確かに、世の男というものはここまで脆弱になっていたのか?」
心からの同意、とレイ・ファラン(ea5225)も頷く。
彼らが仲間達と共に受けたのはある娘の護衛と身辺調査だった。
結婚にあたり嫌がらせを受けるようになったという彼女を怨む人間はいないか、と聞きに回っていたのだ。
だが、結果は彼らの想像を遥かに超えていた。
「あの子には怨んでる奴か、恋してる奴かのどっちかしかいないのかよ」
キットが言うとおり本当にそんな感じだったのだ。
彼女は確かに美しい。誰よりも細く、白い指を持ち、華やかな外見と巧みな話術、そして有る意味気前の良い性格で出会った人間の多くが彼女を愛するだろう。
だが、それは最初のうちだけ。
本性を知って、苦しめられ、それでも蜘蛛の糸に絡められたように逃れられなくなる。
仲の良さそうな恋人達、顔の良さそうな男性を見るとグレイスは彼らにちょっかいを出したくなる。
最初は二人に優しく声をかけ、困っているところを助けてやったりする。家に招いてご馳走やプレゼントを贈ることも有る。
今まで体験したことの無い甘い味に誘われた男は、次第に恋人よりも多くの点で優れ恵まれたグレイスに魅かれ、堕ちていくのだ。
「で、手に入れた後は興味が無くなる、と。取り巻きにしておく奴もいるらしいけど、大抵の場合は飽きてぽい! って事らしいな」
レイも酒場でそんな男達と何人も出会った。
恋人とよりを戻せた幸運な男もいるが、それはごく少数。全てを奪われ捨てられた多くの男達は酒に溺れるか故郷に逃げ帰るか‥‥。
「まったく情けないよな。捨てられても諦めないって気概の有る奴はいないのか?」
「そう言う奴が今回の犯人なんだろうさ」
「あ、そうか」
「噂が広がり始めたのは結婚の話が決まってからだから、間違いなく悪意を持って広められているんだろう。で、今の所行方が解らない奴とかリストアップできたか?」
納得するキットにレイは問う。解る限りは、とキットは羊皮紙を広げる。
「了解。向こうの満と合流して情報を掏りあわせよう‥‥って、どうした?」
頷き、振り返ったキットが物陰に向かって石を投げる。石に手ごたえは無かったが何かが走り去る気配はする。
「話を聞かれたかもな」
「それならそれでいいさ。冒険者を警戒して馬鹿な真似を止めてくれれば」
冒険者達はそう言って歩き出す。
多分、その願いは伝わる事は無かったろうけれど‥‥。
○我侭な娘
キャメロットの固い石畳の上を馬車が走る。
「できれば、出歩かないで欲しいんだけどねえ。危険は少ないほうがいいから」
振動に揺れる車内で呟くフレイア・ヴォルフ(ea6557)の忠告を
「何言ってんのよ!」
依頼人であり、守られる存在である筈のグレイスは一笑に付した。
「結婚したらろくに遊べ無くなるのよ。今のうちに楽しまなくっちゃ!」
「昨日は仕立屋、今日はアクセサリーの店。まあ、結婚式の準備と思えば仕方ないけど‥‥最後の酒場では注意してね。一番危ないわよ」
「大丈夫よ。上流階級向けの店なんだし今まで、危ない事になんてなった事無いわ」
はあ、とトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)も溜息をつく。狙われていると解っているのにこの危機感の無さはなんだろう?
フレイアも同じ思いらしい着せられたドレスを窮屈そうにしながら目配せをする
「とにかくもしばらくの間、こちらのフレイア様と交代で護衛をさせていただきますわ。どこにお出かけなさる時も、二人のうちどちらかをお連れくださいませ」
セレナ・ザーン(ea9951)の提案を受ける代わりにと着せられた服だ。
「それはしょうがないけど私の側にいるなら恥ずかしい格好は止めてよね」
「こっちの方が余計に恥ずかしい気もするけどね」
ふと、馬車が止まった。
「じゃあ、行って来るわ。あ、貴女は来ないで! 護衛なら店の側ですればいいでしょ」
「では、私もトゥルエノ様と馬車でお待ちしております。お気をつけて」
馬車が止まったのを確認してトリシアが頭を下げる。店に向かう二人。トゥルエノも動かずそれを見送った。
「あ〜あ、嫌われちゃったみたいね。突っ込んだ事聞きすぎだったかしら? 答えてくれなかったのに」
二人が出て行くのを確認して肩を竦めたトゥルエノは
「ねえ、トリシア‥‥ちょっと話があるんだけど」
「なんでしょう?」
微笑を浮かべる付き人に人当たりのいい、柔らかい笑顔で問うたのだった。
○結婚をねたむもの『達』
尾花満(ea5322)は屋敷から一人の少女を尾行していた。
料理人として屋敷の住人や出入り業者と話をしていた時、明らかに不審な顔を見せていた人物がいたからだ。
彼女は買い物と称して屋敷を出た。手には籠。
けれどもその中に財布が無い事を満は承知していた。
下町を抜け彼女には場違いな上流階級の酒場の前へ。
そこで彼女はじっと何かを待っている。
ふと、聞き慣れた声が聞こえた。
「お待ち! 誰か!」
フレイアの声に満が反応したその時だ。酒場の扉が開いて誰かが走り出してくる。
逃げる影とフレイアに庇われたグレイス。
「この!」
馬車のトゥルエノが影を追おうとした瞬間!
「えいっ!」
少女はグレイスの顔面めがけて籠の中から取り出した泥玉を投げつけたのだ。
「キャッ!?」
泥玉はとっさに庇ったトゥルエノの服に当たる。
「えっ?」
思わぬ相手に当たった驚きで硬直する少女の手を後ろから満が押さえた。
「満!」
駆け寄るフレイア。
「こっちは大丈夫だ。向こうは?」
少女に気を取られナイフを持った影が逃げていく。
「しまった!」
慌てて走り出そうとするトゥルエノ。
「大丈夫でござる」
だが大きな音と共に現れた美少女の足元に影が崩れ落ちた。
「騎士志望の幻ちゃんにはこれくらい朝飯前なの」
「‥‥ご苦労様」
苦笑する仲間達の前で葉霧幻蔵(ea5683)の人遁の術で変身した少女は男の筋力で片手に吊り下げた犯人を持って
「うふ♪」
ニッコリと微笑んだ。
グレイスの婚約者リストは貴族で騎士でもある家柄。財産は並だが跡継ぎは好青年であるという。今回の結婚は彼の父で野心家の貴族が、金持ちで格式を欲しがるグレイスの父と互いの利害が一致して取り持ったものであるのだが、本人、特にリストが乗り気なのだとセレナは噂に聞くことができた。
「ずっと子供に恵まれなかった奥様に早く孫を見せてあげたいと。できた息子さんですわ」
グレイスの相手である青年リストを悪く言うものはいない。
「できればリスト様にもお会いしたかったのですが‥‥」
今は体調を崩していると聞き、セレナは約束だけとりつけ仲間の下へ戻る。
「?」
ほんの僅か、見えない何かの気配を感じながら‥‥。
○被害者という名の犯人
「こいつらが犯人なの? よくもこの私に!」
幻蔵と満が差し出した男と女をグレイスは蔑むように見つめ蹴り飛ばした。
「お止め! 話を聞くのが先だよ」
フレイアが止めなければ犯人達の方が酷い目にあっていただろう。
酒場でグレイスにナイフを突きつけようとした男と、ドレスに泥玉をぶつけようとした娘。
冒険者が捕らえた二人であったがこと、今回に至っては彼らは犯人達に同情的だった。
犯人の一人目は若い金持ちの息子。
「こいつは俺の元恋人に俺はもう自分の物だってあることないこと吹き込んだんだ! そのせいで彼女は離れてしまった。その隙につけ込まれた俺も悪いけど、こいつはさんざん貢がせた後、俺を捨てたんだ!」
犯人の二人目は屋敷の使用人。
「グレイス様は同僚だった私の恋人にモーションをかけたんです。でも彼が従わないと解ったら今度は遠くの屋敷に追い出してしまって‥‥。私‥‥憎くてつい」
「な‥‥何よ。私の愛を受ける事がどんなに幸運か解らないの? それを逆恨みするなんて酷いにも程があるわ! ねえ? そうでしょう?」
冒険者に同意を求める目、だがフレイアはそれを横通りして犯人達の前に膝を折る。
「なあ? 聞きたいんだがこいつに復讐しようとしたのは自分の意思かい?」
「えっ?」
「それは‥‥」
口ごもる二人にグレイスは唾を吐きかけた。
「そんな事はどうでもいいでしょ! もう犯人は捕まったんだから、あんた達への仕事も終わりよ! ああ! むしゃくしゃする。遊びに出ないと気も晴れないわ!」
スカートの裾を返して一人部屋を出るグレイスを冒険者達は誰も追わない。
「失礼致します」
入れ違いにトリシアが入ってきた。
「皆様。ご協力ありがとうございました。これで式も無事行えるでしょう」
「あんた、本当にそう思ってるのかい?」
頭を下げるトリシアにキットが感情の無い声で問う。
「どういう‥‥事でしょうか?」
「これで終わりだと本気で思ってるのかってことさ」
「俺達が調べただけでもグレイスに恨みを持ち、なおかつ消息が知れなかったり怪しい行動をしている奴は十人じゃきかない。この二人だけじゃおそらく無いだろう」
レイの言葉をトゥルエノが受けて続ける。
「結婚は幸せなものであって欲しい。けどこの結婚には敵が多すぎるわ。貴女には解っている筈。彼女は何故ああなったの?」
「それは‥‥」
俯くトリシアにトゥルエノがさらに一歩を踏み出そうとした時
「キャアア!」
悲鳴が玄関の方から上がる。廊下に出た冒険者に必死の顔でセレナが駆けて来るのが見えた。
「どうしたんだい?」
フレイアが問うより早くセレナは告げる。
「大変です! 今、玄関先に猫の死骸が!」
「なんだって!」
走り出した冒険者達はそこで見る事になる。
腰を抜かしたように座るグレイスの前。喉を切り裂かれた猫が一枚の羊皮紙と共に横たわっている。
『この結婚に呪いあれ、汝の結婚に悪魔の祝福を』
と‥‥。