【呪われた花嫁】順番待ちの復讐者
|
■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月08日〜06月13日
リプレイ公開日:2008年06月13日
|
●オープニング
美しい婚礼のドレスを見つめながら‥‥思う。
もし、彼女と出会わなければあの子は幸せになれたのだろうか。
自分は止めるべきだったのかもしれない。
あの子が深入りする前に。
『彼の無念をそのままにしていいの?』
そんな声がまた聞こえて来るようだ。
そう、もう決めたのだ。後戻りはしないと。
愚かで悲しい、あの子の為に‥‥。
まるで、順番待ちをしているようだ。
と誰かが言った。
商人の娘グレイスと貴族の息子リストは今月末に挙式予定である。
だが、その結婚が本決まりになってからというもの、彼女の周りではさまざまな嫌がらせが後を絶たない。
背後から付きまとう者。一人でいるところを抱きつき、拉致を狙うもの。服に泥などを投げつけるもの。頭上から鍋などが落ちてきたり、人ごみの中で財布を掏られたりもあったらしい。
最後の一つは別として、その攻撃の矛先が全てグレイスであることからしても彼女に危害を与える事が目的なのはまず間違いないだろう。
グレイスは婚約以前、男性遍歴の酷さで周囲では有名だったと言う。
自分に優しくしてくれる男性は必ず手に入れなくては気が済まず、恋人がいようがどんな困難があろうが財産を使っても、何をしてでも自分の元に招きよせる。そして、飽きてしまったり新しい男性に目が行けばあっさり捨ててしまう。そんなこんなの繰り返しで彼女には恋する者か、怨む者のどちらかしかいないとまで言われていたらしい。
先の調査依頼でもグレイスに仕掛けてきた犯人二人を、冒険者は捕縛している。
どちらもその男性遍歴の被害に合い、彼女に復讐をと考えた者だったという。
そう、彼女を狙う犯罪者は一人ではなかったのだ。
「どうしてそんな事をするの?」
付き合っていた男性の話を聞き、その数と行動に頭を抱え、思わず問うた冒険者に
「だって、こんなに美しい私は愛されてて当然なんだもの! 私はもっともっと幸せになりたいの!」
自分の行動に何の疑問も反省も持たないようにグレイスはそう言い切ったという。
結婚式まで後三週間程。
冒険者への依頼は継続されている。
「襲撃者の調査と捕縛。結婚式が無事執り行えるように彼女の護衛も含めて、だ」
報酬も上がり危険と難易度はかなり上がっている。
グレイスはいくら言ってもじっとはしていない。
結婚式の衣装やアクセサリーの準備、体調を崩している婚約者の見舞いに街遊び。きっと毎日で歩く事だろう。
結婚式が行われる日までに全ての復讐者を見つけ、捕らえ、グレイスを守る事ははたしてできるのだろうか?
「一人捕まえても、また一人って来たら意味が無いしな。どうにかする方法があればいいんだが‥‥」
係員の呟きは、正しく冒険者達の思いでもあった。
「そういえば、何故あいつらは皆、同じ時に行動を始めたんだろうな?」
誰かがそんな事を呟く。
結婚が決まり、彼女だけを幸せにさせない。と思ったからなのかもしれない。
けれどその一言は冒険者の胸に不思議にいつまでも残っていた。
「手伝うよ」
彼はそう言ってくれた。
「僕も、君の気持ちは良く解る。僕と君とはきっと同じだ‥‥」
憎しみに支配されて何も見えなくなっていた自分に彼は手を差し伸べてくれた。
だから、彼と共に復讐を果たそう。
そうすればきっと、この気持ちは解決する。
そうすればきっと、前に進める。
どんな形であっても‥‥。
●リプレイ本文
○信頼と自信
1、2、3‥‥とレイ・ファラン(ea5225)は指を折りながら数えながら歩く。
「リストにあるだけで十人越えか‥‥。まったくあれだけ派手に遊び回ってて結婚の話が持ち上がる前によく刺されなかったもんだ」
吐き出した溜息にフレイア・ヴォルフ(ea6557)は肩を竦めて思いを肯定した。
「まあ、あのままだったら遠からず何か起きただろうね。依頼を出してくれて良かったよ」
彼女の為にも、他の者達の為にも。
言葉に出さなかった後半の思いを察しレイは改めて羊皮紙を見る。
「とりあえず俺達はこの間の二人から聞き込みだな。それからグレイスの関係者の足取り調査だ」
「そうだね。リストの確認と説得はキットに任せよう」
「一人で大丈夫か?」
仲間キット・ファゼータ(ea2307)の事を考えてレイは腕を組む。
「あの子なら大丈夫だよ。多分ね」
軽く片目をつぶるフレイア。
そこには長い付き合いの仲間への心からの信頼があった。
「ハクション!」
キットはくしゃみをした。だが軽く笑うと首を振り
「風邪でもひいたかな。まあいい。カムシン、頼んだぞ」
肩の鷹を空に放す。
これからまた街中での聞き込みだ。鷹を連れているのは少し目立つだろう。無論、他の意図もあるのだが。
「さて、どれだけ集められるかな」
羊皮紙を見ながらキットは呟く。
彼が集めようとしているのは情報。だが、それだけでは実は無い。
危険と解っていて彼が単独行動を行うには当然理由がある。
「‥‥なんとかなるな。きっと」
いくつもの戦場を掻い潜ってきた戦士は、そう確信すると酒場の扉を開けたのだった。
○優しき思いと黒い影
前に噂を聞いた時にはここまでとは思わなかった。
「なかなか立派なお屋敷ですわね」
セレナ・ザーン(ea9951)の思いに、そうだな。と尾花満(ea5322)は頷いた。
お金持ちと財産目当てに結婚する没落貴族、というイメージがあったのだが。
「旦那様は領地こそ小さいですが財産の運用に長けておいでです」
上昇志向を持つ貴族と地位を求める資産家。需要と供給が一致した婚約なのだろう。
「問題は本人の意思ですわね」
応接間に通され待つこと暫し、扉が開く。
たおやかな夫人と彼女を守るように立つ青年がそこにいた。
「お待たせしました」
儚げで優しい笑顔。セレナは見舞いを渡し礼をとる。
「はじめまして、わたくしはセレナ、こちらは尾花満卿です。最近グレイス様と懇意にさせて頂いていますの。お身体の具合を悪くされていると伺いましたがお加減はいかがですか?」
「今はだいぶ良いのです。どうぞゆっくりなさって」
席に着いた二人は促されるまま夫人のもてなしを受けた。
「拙者も妻も碌に家族のことを覚えておらぬのでこのような暖かいもてなしは嬉しい限りだ」
手練、手管ではなく本心で満は言う。
「我が家はじき新しい家族が増えます。この子が選んだ相手。私は歓迎していますのよ」
「それはおめでとう。良ければ先達として結婚の心得などをお話しんぜようか?」
夫人の声を受け目配せしながらリストに声をかけた。
「それはぜひ」
では、と少し席を外した二人はそっと部屋を出た。
「リスト殿。騙すようで申し訳なかった。我々はグレイス殿の護衛を依頼された冒険者なのである」
「話は伺っています。何か御用でしょうか」
誠実で温和と思える瞳が満に笑いかける。その瞳に満は真っ直ぐに問いをかけた。
「では単刀直入に。グレイス殿の噂は聞き及んでおいでか? その上でご結婚を望まれておられる? 結婚とは幸せのうちに行われるべきもの。もしも遺恨の種が残っているのなら、我ら解決の手助けをしたいのだよ」
満の心配を感じたのだろう
「僕と彼女が最初に出会ったのは小さなパーティでした。彼女も僕も大人の中、一人で寂しくて一緒に遊んだのがきっかけでした」
リストは本当に誠実な思いの篭った声でそう語る。
「グレイスは本当は寂しいんです。母上は既に亡くお父上は商売で忙しい。誰かに愛して欲しい。誰かに自分だけを見て欲しいそんな思いが強すぎるんだと思います。無論、それが良い事では無いのは承知していますが‥‥それでも彼女は美しい」
結婚までの彼女の行動を追及するつもりは無いと彼は言いきった。
「僕は彼女を愛しいと思っています。これが本当の恋情ではないのかもしれませんが同じ思いを知るもの、彼女を受け止めてあげたい。この思いは僕の真実です‥‥。彼女は僕のものだ‥‥」
「いや、互いを思う心、それは紛れもない愛だと拙者は思う。それを守る為に全力を尽くそう」
「ありがとうございます」
彼は頭を下げた。母戻る青年貴族を見つめながら満は思う。
あの誠実な思いを守ってやりたいと心から。
だが同時に
「この不安はなんであろうか?」
彼と向き合って時折感じる怪しい気配。彼のものではないようないくつかの言葉。
「まさか‥‥」
彼には確かめる術は今は無い。仲間の下に戻り相談する。
ある予感が満の胸を過ぎっていった。
○操られし者
店の外にいても声が聞こえる。
「ねえ、ゲンジ! トゥルエノ! この首飾り花嫁衣裳に合わないかしら?」
そんな甲高い楽しげな声。
「やれやれ。これでは、どちらが追跡者かわからぬな」
気配を消し買い物に出かけた依頼人グレイスを影からそっと護衛する篁光夜(eb9547)は呟いた。
妻帯者として彼女には言いたい事が売るほどあるが、どうせ買って貰えない。直接の護衛にはトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)と葉霧幻蔵(ea5683)が付いている。
あまり顔を合わせたくは無かった。
「だが‥‥ん?」
光夜は緩みかけた気を引き締めた。
店の前の男に気付き、構える。
「襲撃者か? まずい! 手加減は苦手なんだが‥‥できるか?」
呼吸を整え一気に踏み込んでナイフを構えた男の手を掴み、腹に渾身の正拳を叩き込む。
「くっ!」
二つ折りになった男の身体を抱え路地裏に飛び込む。
ギリギリだった。
「何かあったのかしら?」
扉を開き首を振るグレイス。
「ご心配の必要は無さそうですよ」
「そうね。早く行きましょう。グレイス」
後ろを振り返り、光夜と目配せした幻蔵とトゥルエノはグレイスを馬車に押し込んだ。
「危ない所だったな。‥‥さて、話を聞かせて貰おうか?」
足元でうめき声を上げる男に光夜は腕を組み視線を落とした。
「お帰りなさいませ」
屋敷に戻るとトリシアが出迎えてくれた。
「疲れたから休むわ! ゲンジ! 少し付き合って!」
最近気に入りの幻蔵を連れて部屋に戻って行ったグレイスを見送り
「ふう〜。やれやれ。こっちが疲れたわ」
トゥルエノはトリシアの前で肩を落とした。
「今日だけでまた二人よ。とっとと犯人捕まらないかしら。‥‥ねえ、心当たりない?」
「さあ‥‥私は何とも。簡単に姿を現す存在でもないでしょうし」
「気付いた事があるなら教えて。彼女の為よ」
「いえ、申し訳ありませんが。私も仕事が有りますので」
一礼して彼女は戻っていく。
トゥルエノは彼女に疑惑を持っていた。
だから彼女からも少しでも何かを聞き出したかったのだが‥‥。
「空振りか〜‥‥って、待って? 今‥‥彼女? なんて言った?」
カマをかけたつもりは無い。だが、彼女が洩らした一言の意味に気付いた時トゥルエノはトリシアへの疑いを確信に変えたのだった。
○甦った呪い
その日の夜。冒険者達は情報を交換をしていた。
式まで数日。グレイスは衣装合わせ中だ。
キットのみまだ戻っていない。
「占い師、でござるか?」
顔を合わせた幻蔵の問いにフレイアとレイ、そして光夜は頷いた。
「どうやらね。最近人気の占い師が彼らを唆しているみたいなんだよ」
「順番待ちの復讐者達。一人一人はそこまでの悪意を本当は持っていなかった。その占い師に会って話を聞いて貰っているうちに憎しみを誘導されたようだと俺は感じた」
「こっちも、今日捕まえた二人とも、だ」
『君達は彼女に幸せを吸い取られている。このまま彼女だけを幸せにしていいのかい? 彼女に自殺に追い込まれた者もいるんだよ』
シフールの占い師は彼らの話を親身になって聞き、そう促したと襲撃者は光夜に語った。
「自殺?」
満の目が仲間に問う。レイは頷いた。
「仕立屋の息子と聞く。一方的な思いだったが彼女の結婚を聞き絶望した‥‥と」
「満様!」
「ああ、死者が本当に出ていたとは。あの影は‥‥まさか本当に?」
「なんだい?」
フレイアの問いに満とセレナが心当たりと気がかりの理由を述べようとした時だ。
「キャアア!」
「お嬢様!」
悲鳴が上がった。
「グレイス!」
冒険者達が駆け寄り部屋のドアを開けた。中には怯え蹲る半裸のグレイスと寄り添うトリシアがいる。
足元にはバラバラのドレス。
「衣装を着ていたら針が刺さってドレスが‥‥いきなり壊れて」
自分のコートをグレイスの肩にかけた幻蔵は一枚の羊皮紙を拾い上げる。
『お前が着る花嫁衣裳はこの世には無い‥‥』
それは死者からの呪いの言葉であった。
「お前は!」
キットは路地裏に現れた思わぬ存在に目を瞬かせた。
「へえ〜。まさか君が? 随分と大きくなったもんだね」
目の前で微笑む相手にキットには覚えがあった。人が苦しむ事を望む悪魔の如きシフール。
「貴様!」
「正直、邪魔なんだよね。君らのおかげでせっかく誘導した復讐者達が諦めかけてる。君らには叶わないって」
微かな呪文詠唱。放たれた呪文にキットは膝を付く。強い眠気が襲う。
「少し大人しくしておいで。彼らの復讐はこれからなんだ。面白くなるのもね」
眠気を振り払おうと必死で戦うキット。だが伸びる手は彼の首を‥‥
シュン!
「‥‥くっ! 鳥は嫌いだ」
キットの眼前の危機は風に追われるように退いて消えた。
「カムシン‥‥、頼む‥‥誰か‥‥」
自分を救ってくれた相棒の名前を呼びながら、キットはその場に倒れ込むと目を閉じた。
思いがけない敵のあの顔を脳に焼き付けて。