【小さな薔薇の祈り】届けたい香り

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 77 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月01日〜10月09日

リプレイ公開日:2008年10月08日

●オープニング

 広い庭園の片隅の小さな物置小屋。
 そこの扉をミーナはノックをして開けた。
「ユーリ。どうですか? 調合の具合は?」
 床の上に大の字になって寝そべっていた少年は
「ミーナ様!! こんな所に‥‥」
 慌てて飛び起き、膝を付く。
 立ちくらみに少しよろける少年。それをミーナは
「大丈夫。慌てないで‥‥。でも順調のようですね」
 優しく労うと部屋中に広げられた花びら、道具を嬉しそうに見て微笑んだ。
「はい。ありがとうございます。ミーナ様がお力を貸して下さったおかげでやっと昨日、満足のいくものができたんです!」
 そう言うと少年はそっと立ち上がりテーブルの上の木の箱を取った。
 箱に入れられ布で包まれたその瓶を、少年はそっとミーナに渡す。
 ミーナはそれを静かに受け取ると、やはりそっと蓋を開けた。
 ふわり。
 部屋中が薔薇の香り漂う中。その香油は鮮烈にはっきりとミーナの心に像を浮かばせた。
 全ての薔薇の香りを混ぜて濃縮させたような芳醇な薔薇の香り。
「素晴らしいですね。大輪の薔薇を思わせます。それでいて優しさもあって‥‥きっと多くの人に愛されるでしょう」
 心からの賛辞に少年は頬を赤らめて、顔を下げた。
「そ、そう言って頂けると嬉しいです」
「この香油。完成したら何かに使いたいと言っていましたね。一体何に使うつもりなのですか?」
 蓋をして瓶を少年に差出、ミーナは問いかける。
 だが、瞬間少年は顔をさらに下に向けた。
 顔の赤みは抜けている。俯いた表情が何か、決意を浮かべて‥‥。
「あの‥‥実は‥‥」
 少年が顔を開け、何かを告げようとしたその時!
「ユーリ! ミーナ! 大変よ。怪我人が倒れてる。その怪我人がユーリの名を呼んでるの!」
 シフールの少女が彼らを呼ぶ声がした。
 突如青ざめた顔で少年は部屋を飛び出す。
「待って! ユーリ!!」
 ミーナも瓶を抱いたままその後を追いかけたのだった。

 冒険者ギルドに依頼人がやってきたのはそれから時間にして間もなくの事だった。
「届け物をお願いできますか?」
 依頼人はキャメロットの街外れで薔薇園を管理している娘ミーナ。
 今まで薔薇園を守る依頼を何度か出してきた彼女であるが、届け物。という今までにない依頼に係員は首を傾げる。
「シフール便では難しい品なのですか?」
「はい‥‥」
 彼女は木の箱を差し出した。係員はそれを受け取り軽く揺すってみる。
 瓶の感触だ。
「中には薔薇の香油が入っています。それをシャフツベリーの外れに住むアントニア氏に届けて欲しいのです。ただ、香油を届けるのを妨害する人物が現れる可能性があります。彼らから香油を守る事それが絶対条件です」
「香油を? 何故?」
 その事情も彼女は説明してくれた。
 届ける相手アントニア氏は皮細工職人であるが彼を手に入れようとある商人が、いろいろな策を要しているのだという。
 彼自身には危害を加えない。
 けれども、彼を親の借金で縛り、周囲の使用人に嫌がらせをして追い出し、彼を孤立させているのだとか。
「借金が返済されれば、少なくとも彼を手に入れようとしている人物の彼への口出しを排除できます。けれど皮細工そのものの単価は決して高くない。だから、シャフツベリーで開かれる秋の作品展に出品し優勝し、その賞金で借金を清算しようとアントニア氏は考えているようなのです」
 けれど、シャフツベリーは彫金細工の街。
 皮細工はよほどの技術がなければ入賞は難しい。
「そこで、この香油を使い香りと言う付加価値をつけたらどうかと、家を出たアントニア氏の弟は考えたようなのです。どうかお願いです。彼の気持ちを汲んでこの荷物を届けてあげて下さい」
 係員は知っていた。
 先に彼女は薔薇泥棒を捕らえる依頼を出した。
 そして捕らえられた薔薇泥棒を許し、家に置いているのだ。アントニア氏の弟というのはその薔薇泥棒に違いあるまい。
 自らの薔薇園を荒らした相手を許し、彼の為に依頼を出す。
 その優しさを知っていた。
「相手がどの程度の事をしてくるか判らないから受けてくれる相手がいるかどうか解らないが‥‥」
 そう前置いて依頼を出す。

 小さな瓶には蓋をしてもなお彼女の、そして弟の優しい思いが香っていた。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

○願いの香油
 元々、ユーリの一族はシャフツベリーで皮細工を営んでいた。
 シャフツベリーは彫金を主な産業とする為、若干皮細工職人は低く見られていたが、それでも生活必需品としての需要があり、一族は皆腕も確かであったので生活に困ることは無かった。
「だけど‥‥母さんが病気で倒れて、その治療代を街の金貸しから借りたのがきっかけで、家は急速に傾いていきました。やがて母と後を追うように父も亡くなって‥‥」
 俯くユーリの話を聞きながらヒースクリフ・ムーア(ea0286)は頷いた。
 この少年ユーリは今回の依頼人、けれども冒険者にとっては先の依頼で捕まえた薔薇泥棒の犯人、でもある。
「兄は家業を継いで家に残っています。借金も継いでしまったので僕も一緒に手伝いたかったんですけど、お前には別の才能があると師匠の所に勉強に出されました。確かに僕は不器用で細工物の才能は無かったんですけど‥‥」
 兄の負担を減らす為、そして魔法を覚えれば少しは役に立てるかとユーリは師匠の下で勉強を始めた。
 けれど風の噂で兄が半ば脅迫に近い形で借金の清算を迫られていることを知ると、いても立ってもいられなくなったのだ。
 ハロウィンまでに借金を清算出来ない時には、家と財産、そして彼自身も含めて商人のものとなると聞いてなはなおさらだ。
 心配をさせまいと決して弟に愚痴をこぼすことの無い兄。
 けれど彼の周囲は次々脅迫に屈し、今、家で兄を守る者は誰も居ない。
 家に戻っても才能の無い自分は借金返済の役には立てない。
「その頃、旅の人から聞いたんです。ビザンチンの方では香料を使って皮の臭い消しをする、そしていい香りを付けた皮細工は高く売れると。それで師匠から暇を頂いて兄さんの為になんとか香料を手に入れようと思ったのですが、香料はその‥‥あまりにも高くて」
 そこで聞いた技術を参考に自分で作ろうと思った。ユーリそう語った。
「ふむ。ユーリ君にはそう言う背景事情が有ったのか」
「材料を買うお金が無くて花を盗んだ事は本当に悪かったと思っています。でも、兄さんをどうしても助けたいんです」
「彼は心を入れ替えてから本当に真剣に働いています。どうか、力になってあげて下さい」
 被害者である筈のミーナの優しさに冒険者達は顔を見合わせ‥‥そして破顔した。
「そういう優しさっていいなあ‥‥よしっ! 私、ティズに任せて! ちゃんと届けるから安心してね♪」
「花泥棒はいきすぎですが、麗しい兄弟愛ですわね。反省しているのなら微力ですがお手伝いさせて頂きます」
 ティズ・ティン(ea7694)にセレナ・ザーン(ea9951)。
 少女二人は花のように微笑み、ワケギ・ハルハラ(ea9957)も静かに頷いた。
「ありがとうございます‥‥お願いします」
 差し出された小瓶は手の中にすっぽりと納まるほど。
「うわ〜。蓋してても香ってくる。私も化粧品に欲しいなあ。ねえ、後で貰えない?」
 ティズはうっとりするような香りに思わず頬ずりをする。それをひょいと遮って
「では! 皆の衆。急ぐのでござる」
 珍しく真面目に葉霧幻蔵(ea5683)は仲間達を促した。
 聞けば収穫祭と作品展は十月末との事。でも、作品制作の時間は少しでも多くあった方が良い。
「そうね‥‥行きましょう!」
 頷き進み出たトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)らと共に空に、大地に走り出す冒険者達をミーナとユーリはいつまでも見送っていた。

○優しすぎる青年
 そしてシャフツベリー近郊の森の中。
「ふむ、やっかいだね」
 考え込むヒースクリフと、偵察の結果を報告する仲間達。皆の気持ちは同じであった。
 現地到着後、住所は解っていたので目的地は直ぐに見つかる。
 街の中央から少し離れた工房兼自宅。そこがアントニア氏の家だった。
 周囲にあまり民家が無く、それをいい事に屋敷の周りには常時数名の屈強な男が周囲をうろついている。
 時々数が増える事はあっても減ることの無い見張りは家に近づく者を許さない。
 彼らを家から離さないと届け物もできない事に冒険者は直ぐに気付いた。
「アントニア氏はとても評判の良い方です。外見も内面も優しく皆から好かれていて皮細工の腕も確か。誰にでも優しいのが玉に瑕、というか心配な所と聞きました」
 実際に遠くから彼を見たセレナも微笑んだ程、彼は繊細で守ってあげたいような優しい風貌をしていた。
「ただ皆さん、商人の祟りを恐れて近づけないと言う事でした。その方は金貸しもされていてこの地方が苦難に襲われたときいろいろと資金援助をしたのだそうです」
 聖杯戦争の頃、荒れたこの街を救ったのは将来を見越してこの街に投資した多くの金貸し達である。
 以前も金貸しの一人がそれを盾に領主の息子に縁談を迫ったとか、いろいろな悪事は聞こえてくるが、それでも彼らは必要であり力ある存在なのだ。
「でも、商人がなんで皮細工職人を欲しがるの? 彫金師とかの方が大もうけできそうなのに‥‥」
「さあ‥‥。しかし、かの商人が彼を手に入れようとしているのは事実ですわ。彼は工房を守りたいと懸命ですが、それも時間の問題ではないかと‥‥」
 トゥルエノとセレナの会話に
「彼の腕だけが目的では無いかもしれないでござるよ」
 静かに幻蔵は割り込んだ。冒険者達の視線が幻蔵に集まる。
 彼の情報と、そこから導き出された結論は意外といえば意外なもので
「えーっ! そんなのあり?」
 首を傾げるもの。
「なるほど。僕達は商人が職人を欲しがっている、ということを聞くと腕を使ってのもうけ話、という事ばかり考えてしまいますが、そのような線もあるかもしれないのですね‥‥」
「ああ、だからかしら。私達が近づこうとしたらあの見張りが異様な迫力で追い出しに来たのは」
 納得するもの、様々だった。
「ふむ、だが、とりあえずは私達の仕事は香油を届ける事だ。その過程で可能なら彼を狙うものの正体も炙り出そう。幻蔵君の言う事が本当であるなら、あまり手荒な事もできないしね」
 ヒースクリフの言葉に冒険者達は頷く。
「では、予定通りですね。幻蔵さん、僕達が辿りつけなかった時にはお願いします‥‥」
 仲間達の再びの頷きを確認してワケギは館を見る。あの広い家で彼は一人、何を想っているのだろうと考えながら。
 
○囮たちの実力
 冒険者達が選択した方法は囮作戦である。
「私達が最後ですわね」
 セレナの言葉にうん、とティズは頷いた。
 幾人も見えた見張りも今はもう二人人だけ。
 荷物を運んできたと言う錬金術師とその護衛の女性に警戒し半分が報告と追跡に走った。
 そしてさっき、先に出てくれたヒースクリフ体格を警戒し、二人の見張りが離れてくれた。
 集めた情報からしてもこれ以上はいない筈だ。
「今がチャンスです。行きましょう‥‥」
 セレナは服装を整えて、ティズに目配せした。

 そしてそれから数分後。
「誰に頼まれたの?」 
 縛られた男に尋問するティズとセレナの姿があった。
「まったく、ただ追い返すだけなら私達だってここまでしなかったんだよ?」
 ティズは腕組みしたままぷんぷん、と怒ったように言う。
 この男、ティズとセレナがアントニアの家を訪ねようとした時
「女は絶対に近寄らせないように、と言われている。とっと帰れ。さもないと痛い目を見せるぞ」
 問答無用と言うようにいきなり剣を抜いて二人に向けたのだ。
 まあ、しょせんゴロツキレベルの男二人。
 熟練騎士である二人の敵では無かったのだが。
「それで、依頼人は誰なの? なんでアントニアさんを閉じ込めてるの?」
 男達は無言。流石に雇い主の言う事をベラベラしゃべる程愚かではないようだ
「もう!」
「きっとワケギさん達の方でも調べて下さっていますわ」
「そうだね。それに目的は達したし‥‥ってあれ?」
 膨らませた頬から息を抜き、手の中で無用で済んだ偽の香油をもてあそんでいたティズは家の方を見てハッとする。
 そこには家に向かって走っていく冒険者の知らない人影があった。

○私のアントニア
「そうですか‥‥。ユーリが‥‥」
 人気の無い工房の中、一人作業台の前に座った青年は香油の瓶を愛しげに、嬉しそうに撫でながら呟く。
「その香油には兄上を思うユーリ殿の『はあと』が篭っているのでござる。ぜひ、使ってやって欲しいでござる」
 冒険者が見張りを引きつけ作った僅かなタイミング。
 それを逃さず幻蔵は工房の中への潜入に成功していた。
 そして一人で作業をしていた目的の人物アントニアに香油を手渡す。
「ええ、ありがとうございます」
 彼はその香油を受け取って作品作りに生かすと約束してくれた。
「ところで何か言伝とかないでござる? 伝書ゲンちゃんに任せれば、安心、確実、でござる。ついでにご要望とあれば近況を伝える事もできるでござるよ?」
 用件が済んで、ここからはフリー。
 幻蔵は冗談めかした声で、でも真剣にアントニア問うた。
 見れば殆ど外出もできていない状況にも関わらず、食料や衣服は山のようにあちらこちらに積まれている。
「あ‥‥、いえ、大丈夫です。僕は元気だからユーリもしっかりとやれと‥‥」
 だがその殆どに手を付けた様子は無い。大丈夫と言っても大丈夫の顔色でもない。
「あぃや、しばらく。心配かけたくないやもでござるが、そこはそれ、お節介焼きのゲンちゃん&その他多数の愉快な仲間達が力になったりならなかったり!」
 仲間が聞けば苦笑いするであろうが、話を聞くだけで解る優しすぎる青年。
 ここで一気に畳み掛けねばきっと遠慮したままだ。勢いを殺さず幻蔵はにじり寄る。
「さぁ、表の連中に感づかれる前にぃ!」
 その時
 バゴン!
 鈍い音と衝撃が幻蔵の後頭部に響いた。
「あぎゃ! な、なんでござる‥‥」
「私のアントニアに何するのよ!」
 振り向いたそこで幻蔵が見たものは、足元に転がる大きな丸パン。
 手に持ったワインの瓶を振り上げて幻蔵を睨みつける、少女の姿であった。