【小さな薔薇の祈り】恋心と友情の香り

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 3 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月23日〜10月31日

リプレイ公開日:2008年10月30日

●オープニング

 金貸しが借金で縛って、職人を無理に手に入れようとする。
 そう聞いた時誰もが普通考える。
「その職人の腕を手に入れて、何か悪いことをしようとしているのでは?」
 と。
「でも、真実は違っていたのですね。意表をつかれました‥‥」
 若い魔法使いは大きく溜息をつきながら、仲間達に報告をする。
 冒険者達が先に受けた依頼はシャフツベリーに住む皮細工職人アントニアに弟ユーリが作った手作りの香油を届ける事。
 それは、なんとか為しえたのだが家の中で冒険者は一人の少女と出会ってしまった。
 ある意味、今回の事件の元凶たる少女と。
「あの家にいたのは商人の娘アリスさん。まだ11歳の女の子です。例の商人の一人娘だそうです」
「どこか、恋の予感がするわ」
 うっふん、とウインクするどこかの誰かを無視して彼は仲間達と協力して集めた情報を纏める。
 横には前回の依頼人、ユーリと彼の雇い主、ミーナがいる。
「アリスさんがシャフツベリーに引っ越してきたのは最近の事。その頃、すでにアントニアさんの兄弟はご両親を失って借金を負っていました。ユーリさんが家を出られたのもその後。最初は地道に少しずつながらもなんとか返済できていた借金が急激に増加したのはさらにその後という事です」
 アントニアの周囲を怪しい人物がうろつき回り、人との付き合いを遮断するようになったのも。
「ここから先は推測に過ぎませんが何かで、アントニアさんと出会ったアリスさんは、アントニアさんに‥‥その恋をして彼を手に入れようと父親の力を使って彼を手に入れようとしたのではないでしょうか?」
 山のようなプレゼントを持って彼女は毎日、アントニアの元へ向かう。
「まったく、迷惑な奴! 兄さんがそんな子供の気持ち受け入れる筈無いのに。借金を返すまではって恋人も作らないで頑張っているのに‥‥。やっぱり俺が帰って兄さんを助けなくっちゃ‥‥。でないと何をされるか‥‥」
 ユーリは素に戻って怒りを顕にしていた。
「だが‥‥でござる」
 冒険者の一人は思い出す。
 山なすプレゼント、積み上げられたごちそう。そして‥‥あの時の悲しそうなアントニアの顔を。
 アントニアはおそらく彼女の気持ちを受け止めてはいない。
 そうであれば、今も彼が一人でいる筈は無い。
 悲しげな顔で彼女が家から出て来る事も‥‥。
 決してアントニアは少女アリスを嫌ってはいない。
 なのに‥‥二人の心が噛み合わないのは、ひとえにアリスがアントニアを縛りつけようとしている為。
『私のアントニア!』
「その子、解って無いんだ。人の心。縛り付けて手に入れる、なんて絶対できないってこと、さ‥‥」
 冒険者の一人が呟いたその時
「あの、お願いがあるんです‥‥」
 報告を聞いていたミーナが立ち上がった。
「ミーナ‥‥さん?」
 まったく聞いても、想像もしていなかった展開にユーリのみならず、冒険者や係員たちも驚きミーナを見る。
「その女の子を、助けてあげてくれませんか?」
「女の子を、助ける? 兄さんでは‥‥なく?」
 ええ、ユーリに頷いてミーナは祈るように手を前に組んだ。そして目を閉じる。
「私、なんとなく解る気がするんです。その子の気持ち」
 貧乏貴族の家に生まれ、それでも貴族と言う地位から友達もろくにできなかった昔。
 家を守る事、薔薇を守る事、それだけしか与えられなかった自分は、親は自分を愛してくれてはいないのだと思っていた。両親、家、一時自分を縛り付ける薔薇さえも怨んだ事がある。
 そして誰か、自分をこの運命から解き放ってくれる人物はいないかと、毎日願った事も、昔はあったのだ。
「友達が出来て、彼女のおかげで両親と話し合って、やっと私は自分が愛されていた事を知りました。そして自分も家族や薔薇を愛していた事を‥‥。両親は早くに亡くなってしまいましたが、仲互いしたままでしたら、きっと後悔してました。だから‥‥」
 その少女、アリスと自分が重なるのだとミーナは告げた。彼女を救いたい、とも。
「友達なんて頼まれて作るものじゃないと解っています。でも、彼女にはきっとそれでも、友達が必要なんです。お願いです。皆さんで、その子を救ってあげて頂けませんか? 教えてあげて欲しいんです。人の心は縛れないって事を、相手を思いやる事の大切さを‥‥」
「ミーナさん」
 頭を下げる娘から、優しい薔薇の香りが静かに漂い、冒険者の胸に染みこんだ。
 彼女の優しさと共に‥‥。

 俯いた少女が家から出てくる。
「どうしたんですか? お嬢様?」
「あいつが、何か失礼を?」
 駆け寄ってくる男達を
「なんでもない!」
 と少女は手で払って、また、俯いた。
『お願いします。製作が完成するまで暫く来ないで頂けますか』
 柔らかい拒絶。
 このままでは彼が自分の方を見てくれないということは彼女にも理解はできていた。
 けれど、どうしたらいいか、それが解らない。
「どうしたら! どうしたらアントニアは私の方を見てくれるの!」
 ふと思い出す。彼が真剣に取り組んでいるあの皮細工を。
「あれが無くなれば、アントニアは私の方を見てくれるかしら‥‥」
 少女アリスの周囲を大人達が取り巻く。
 けれど、彼女にそれはいけないと、教えてくれる者は一人もいなかった。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

○拒まれた手
 ガシャン! 
「どうして! どうして皆邪魔するのよ!」
 高価な調度品が力任せになぎ払われ、床に落ちる。
 その様子に側で取り巻いていた男達は首を竦めた。
「アリス様、落ち着いて‥‥」
 リーダー格の男が宥めようとする。だがアリスと呼ばれた少女のヒステリーは治まらない。
「何よ! そもそもああいうお邪魔虫を取り除くのが貴方達の仕事でしょ? それなのになんで放っておくのよ!」
「いや‥‥その、そうは言っても‥‥」
 男達の歯切れは悪い。
 彼らの主人アリスの機嫌が悪いのは彼女が気持ちを寄せる青年アントニアに会えなかったのが理由である。
 けれど仕方が無い。いつの間にか彼に護衛と言う名の冒険者達が張り付いていたのだから。
「作品製作中は誰も近づけないで欲しいとのご要望でござる!」
「どうか、もうしばらくお待ち下さい」
 葉霧幻蔵(ea5683)とワケギ・ハルハラ(ea9957)と名乗る二人の男性がきっぱりとアリスの接近を阻止した。
 二人は一目見て解る名うての冒険者。下手な手出しは命取りと男達にも解った。
 それに加えて
「なんなのよ! あの女! 生意気!!」
 アリスがライバル心をむき出しにする少女が彼女に忠告を為したのだ。
「セレナ・ザーン(ea9951)と申します。アリス様。貴方に申し上げたき事がございます」
 口調は丁寧だったがセレナの言葉はアリスにとって辛辣極まりないものだった。
『お金と暴力で人を縛り付けるような卑劣な事は止めて下さい!』
『貴方はアントニア様のお気持ちを考えた事はないのですか』
『仲間と生甲斐を奪われ苦しむ彼が見たいとでも?』
 彼女の言葉は感情的ではなく、丁寧で冷静、だからこそアリスの心を深く、強く抉った。
「私は‥‥! ちゃんと彼の事を考えているわ! 彼だって生活の苦労なんかしたくない筈よ! 私と一緒に暮らせば仕事の事なんか考えなくてもいいでし、何も、苦労なんかしなくて済むんだから‥‥。きっと、喜んでくれるんだから‥‥」
「アリス様‥‥」
 震える手の少女を男達は黙って見つめる。その時、ノックがした。
「アリス様」
「何よ!」
「冒険者と名乗る者達がアリス様にお会いしたいと‥‥」
「私に用は無いわ、追い返しなさい! お前達も出て行って! 私を一人にしておいて!」
 周りの男達に命じてアリスはベッドへと潜り込む。
 毛布を被った少女を残し、外へ出た男達の前にアリスを怒らせた少女と一人の騎士が立っていた。
「私の名はヒースクリフ・ムーア(ea0286)という。‥‥君達。少し話をさせてもらえないかね?」
「我々に?」
「ああ、君達の事は調べさせて貰った。だから、頼みをしたくてね」
 男達とヒースクリフが話す中、
「アリス様‥‥」
 セレナは小さく呟いて、彼女の部屋の閉じられた窓を見つめていた。

○心の鏡
 アリスは翌日もアントニアの家に向かった。
 だが、いつもの躊躇いの無い足取りではなく、一歩一歩、迷うようにゆっくりだった。
「また、家に行ったらあの女がいるのかなあ?」
 セレナの顔が思い浮かぶ。彼女の言葉はアリスにとって自分を完全に否定し、見ないフリをしていた心の醜さを映し出していた。
 受け入れられない。
 けれど反論できないのだ。胸に針が刺さったように一言、一言が彼女の心に痛みを与える。
「どうして‥‥こんなに胸が痛いの?」
 それは今まで誰も教えてくれなかった事。
 父は仕事が忙しく、周りを取り巻く大人達は自分に追従するだけ。
「どうして‥‥」
 俯く少女の足元に小さな雫が落ちる。
 ‥‥その時だった。
 ブルルン! 目の前に大きな何かが立ちふさがる。
 暖かい、いや熱いほどの生き物の気配。
「失礼! 貴女がアリスですか?」
 自信に満ち溢れた声に名を呼ばれ、アリスは顔を上げる。
 そこには美しい衣を纏った女騎士が馬と共に立っていたのだ。
「だ‥‥誰?」
 怯えるようなアリスに彼女はひらり、馬から降りて礼を取る。
「私はティズ・ティン(ea7694)。アントニアさんの護衛をする冒険者です。貴女にお話があってやってきました」
「な、何よ‥‥」
 明らかに自分より格上の人物の登場にアリスはそれでも精一杯の気勢を張っている。
 そんなの肩をティズはポンと叩くと
「恋バナしよ?」
「えっ?」
 明るく優しく笑いかけたのだった。

 そして数刻。
「へえ〜。迷子になっていた時に助けて貰ったの? だから、アントニアさんを好きになったのかあ」
「‥‥うん、引っ越してきたばかりでどこが家かもわからなかったのを、ずっと手を繋いで探してくれて‥‥」
 道端の木箱に腰を掛け、ティズとアリスが話す姿があった。
 ティズは
「恋の話をするのにこんな格好や口調じゃ話しにくいよね」
 とドレスに着替えての柔らかい口調に変わり、アリスもまた普段を知るものが見れば驚くほど素直にティズと会話していた。
(「どうしてかな‥‥」)
 自分でも解らない心境の変化に戸惑いつつもアリスはティズに問われるまま、自分とアントニアとの出会い、そして好きになった理由や思いを彼女に語っていた。
「アントニアさんは優しいんだね。だから、好きになったんだ」
「うん、手を繋いで貰ったの‥‥始めてだったから」
「ステキな初恋だね」
 頬を紅くした女の子にティズは小さく微笑して‥‥
「でも、ね。恋はね、相手の気持ちを考える事も重要なんだよ。アリスはアントニアさんを閉じ込めてるけど、彼の気持ち‥‥考えた事ある? 彼の大切なもの、知ってる?」
「相手の‥‥気持ち? 大切なもの?」
 アリスの手が微かに震える。彼女は再び聞いた。
 今まで考えた事の無い、知ろうとしなかった言葉を。
 俯くアリスの横、ティズは立ち上がると、アリスに声をかけた。
「よしっ! 今夜夜遊びしよう?」
「夜遊び?」
「そう。恋の第一歩。まずは、彼の事を知ることからはじめよ。ね? まずは、今日の夜をお楽しみに。ね?」
 イタズラっぽく仲間の顔を思い出しながら微笑んで、戸惑いの女の子に手を差し伸べて‥‥。

○真夜中の来訪者
「こんばんわでござる!」
「わっ!」
 ティズに言われたとおり、真夜中窓を開け待っていたアリスは突然窓に現れた幻蔵の大きな顔に驚き、後ずさる。
 自然、後ろに崩れ倒れ尻餅をつく。
「大丈夫? 驚かせちゃったわね?」
 手を差し伸べたのはトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)。
 その手を掴んで立ち上がったアリスはやってきた二人の来訪者に
「貴方達も冒険者?」
 そう問いかけ、二人は静かに頷く。
「私達はね、貴女と友達になりたいの。その為にちょっと不法侵入だけど、許してくれるかしら?」
「その代わり、できることは何でもするでござるよ」
 暗がりの中、二人の表情はあまり良く見えない。
 けれど、感じる暖かい空気。
 アリスは躊躇わなかった。
「じゃあ、お願いがあるの。私を‥‥に連れてって!」
 二人は一瞬顔を見合わせ彼女に手を差し伸べる。
 二人と一人が柵を乗り越えるのを、見たものはた。
 見回りの男の一人がアリスの部屋の窓が開いていることも直ぐに気がついた。
 だが、屋敷は揺れる事も騒ぐ事もなかったという。
『頼みがあるのだよ』
 そう言った一人の騎士のおかげで。

○差し出された手
 シャフツベリーの工芸展。
 その作品提出締切日。
「お願いします」
 箱に入れられた作品をアントニアは受付に提出した。
「はい、確かに受理しました。‥‥これは、ステキな作品ですね」
 白くなめされた皮に精緻に刻まれた模様の剣帯、と対の女性向け飾り帯。
 薔薇の文様からは香るような細工はいくつもの作品を見てきた係員にさえ、そう言わせるできばえであったという。
「アントニア様、いい表情をしていますでしょう? あれが、自らの信じた道に全力を尽くす殿方の顔ですわ」
「‥‥うん」
 その様子を少し離れた物陰で見ていたアリスは、もうセレナの言葉に反発せず、小さく頷く。
 昨夜、幻蔵とトゥルエノに頼んでアリスが来た場所は、アントニアの工房だった。
「彼の工房での顔、見るの始めて。今まで私が来ると製作を止めていたから‥‥」
「最後の追い込みだそうです。邪魔はしないで頂けますね?」
 ワケギの言葉に従い、アリスは冒険者と共に無言でそこに立っていた。
 そこで彼女は製作に心血を注ぐアントニアを一晩、物陰から見つめそし見届けた。
「私といる時より幸せそう‥‥」
 彼の作品の完成、そして自分の失恋を。
「アントニアは私だけを見つめてはくれない。私じゃ、彼を幸せにできないんだ」
 アリスは寂しそうに呟く。
 作品を完成させたアントニア。その表情は今までで一番輝いていた。
「本当にアリスはアントニアが好きなんだね。相手を思いやれる。それが恋の第一歩だよ」
 ティズはホッとした顔でアリスを見た。もし作品に傷つけようとするなら止めるつもりだった。
 彼女だけではない、仲間達もそう思っていただろう。
 けれど彼女はちゃんと気付いた。
「‥‥私、間違ってたんだ。彼の大切なもの、壊そうとしてたんだ‥‥」
「人をホントウに愛する、と云うのはその人の事を尊重し、その人の力になる事だとボクは思います」
 ワケギの言葉に俯くアリスにティズはそっと耳打ちする。
「今は彼にとって皮細工が大事かもしれないけど、先はわからないよ。皮細工よりも魅力的な女の子になろう! そしたらきっと彼の一番になれる」
「うん‥‥」
 小さく涙を拭き、アリスはアントニアから逃げるように背を向けた。

 護衛の男は言った。
「お嬢様はお寂しいんだ。お嬢様に本当に必要なのは恋人とかじゃなくあんた達のような友達と、家族だと思う」
 アントニアは言う。
「僕は彼女、嫌いじゃないです。でも本当はきっと優しくしてくれる人、自分を解ってくれる人が欲しいんですよ」
 
 去っていくアリス。
 けれど彼女の前には
「いっしょに行こう!」
 差し出された手があった。
 
 彼女が真に求めていたもの。
 その手をしっかりと握り締めていた。