【ソールズベリ】新しき街と古き街
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 43 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月06日〜11月16日
リプレイ公開日:2004年11月10日
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●オープニング
キャメロットの西130kmにソールズベリ平原は広がる。
何も無い広い草原に聳え立つストーンヘンジは遥か古代からこの地に人々が生きてきたモニュメントでもある。
古くから人々はこの地に生きてきた。
街には海と陸の丁度中間に位置し、街道が走る。
海の品物が陸へ、陸の品物が海へと運ばれる。
交通の要所でもあるこの地にニュー・セイラムそう呼ばれる新しい街が出来たのはつい先年のこと。
古い今はオールド・セイラムと呼ばれる街に出来るはずだったジーザス教の大聖堂が、別の場所に作られることになったのをきっかけに建設された。
人々の多くが肥沃で豊か、しかも新しいニュー・セイラムに移動し、商業の中心もこの地を領有する若き貴族セイラム侯ライルの的確な指揮によってほぼ移された。
間もなく、大聖堂の工事も本格化する。
新しい街の発展を誰もが確信していた。
だが‥
「まだ、彼らを追い出すことが出来ないのか? たかが女子供に老人が殆どであろうに!」
館の奥の執務室でライルが上げた怒鳴り声は小さいものではなかった。
部下達は首をすくめ、外で仕事をしていた使用人たちもビクリ、肩を落とした。
ここ数日彼の不機嫌は続いている。
理由は簡単だ。オールド・セイラムからニュー・セイラムへの遷都がスムーズに進んでいないのだ。
もう住民の9割以上は移動を完了し新しい生活を始めている。だが、残り1割にも満たない人数は今もオールド・セイラムを動かず居座り続けている。
「お言葉ですが‥ただの女子供なら問題ありませぬ。指揮をする者が問題なのです」
「くそっ‥やはりあの爺か‥」
ライルは小さく舌を打った。オールド・セイラムの街のスラムに程近い所に一人の老人が住んでいる。
彼はかつてはヨーロッパを広く旅した魔法使いであり冒険者、また昔この街が大きなモンスターに襲われた時にそれを退治した勇者と呼ばれた存在であったらしい。
その功績により彼は街に館を構え妻と共に住む事となった。
妻を早くに失った後はスラムの子供達に読み書きを教えたり、歓楽街の住人たちの相談役をしていたと聞く。
そして今も、残る僅かな住人達と共にオールド・セイラムで暮らしている。
「あの爺がいるせいで他のものたちまでオールド・セイラムを動かぬ。このままではいつまで経っても遷都は進まぬでは無いか!」
イライラと羊皮紙の書類を見ながらライルは指を噛む。
「しかし、彼らは老の元指揮されており手ごわく、また巧みな攻撃で我らを寄せ付けませぬ」
「一度彼らの言い分を聞いてみてはどうです? あやつらとて民であることに代わりはありません。話を聞き住居やその他を整えてやればあるいは‥」
「何を言う。我々があのような下賤の者に頭を下げよと言うのか。奴らなど領民ではない。領地に住み着くダニに過ぎぬわ!」
主の怒りを静めようと部下が出した案は逆にライルを怒らせる結果となった。
「折角整えた新しき街に、歓楽街などを作れば治安は乱れる。盗みを繰り返す子供らて同じだ。家を持たぬ子らを放置すればそれは間違いなく街の美しさを損ねるのだ」
彼は立ち上がり街を見下ろした。
チェスの盤のように整然と整えられた街。商業エリアの活気、大聖堂の荘厳さ‥
(「せっかくの私の街を乱すものは許さぬ」)
「古き市街を放置することは、盗賊やその他の侵入を許すことにもなる。一刻も早く残った者どもを追い出し取り壊さねば‥おお、そうだ!」
手を打つライルは目を瞬かせる部下にさらさら‥急いで書いた羊皮紙を手招きして渡した。
宛名は‥キャメロットの冒険者ギルド‥
「目には目を、そして冒険者には冒険者だ この依頼書を大至急キャメロットに届け、冒険者の派遣を願うのだ」
「ハッ!」
部屋を出る部下見送り、彼は乱暴に椅子に座った。手を開き、もう一度拳を握り締める。
「年寄りの出番は終わりだという事を解ってもらわねばならんな‥」
かつて、老の冒険譚に心躍らせた。だが今そんな感傷など何の役にもたちはしないのだ‥
キャメロットにたどり着いた使者は冒険者ギルドの門を礼儀正しく叩くと正式にセイラム侯の名で依頼を出した。
『オールド・セイラムに住むかつての冒険者を捕らえ、セイラム侯の前に連れて来ること』
『オールド・セイラムに残る住民を速やかにその地から去らせる事』
「依頼成功の際には侯から褒美も賜るだろう。旅の食料なども心配はいらぬ」
そう言うと彼は支度金代わりにといくらかのお金を依頼書と一緒にテーブルに置いた。
「用意が出来次第ソールズベリまで来るがよい。待っておるぞ」
使者は用事が済むと直ぐに街へと馬を走らせて帰っていったようだ。
「ちょっと時間はかかるし、遠いが‥払いはいいからな。興味があるならやってみればいいさ。だが‥」
言葉を濁らせる係員に冒険者の目が問いかける。何だ?と
「その爺さん、ちいと心当たりがあるぜ、昔はちょっとは名の知れた冒険者だった筈だ。風だったか水だったか‥それとも地だったかの魔法使いだぜ。気をつけよ」
話によればその老人が人々を纏めているのだから、その人物を捕らえれば文字通り成功だろう。
だが‥他にも気になることもある。
「さて、どうするかな‥」
冒険者達は依頼と、テーブルの上の金貨を見ながらしばし考えるのだった。
●リプレイ本文
ソールズベリ。シティ・オブ・セイラムの街の歴史を語る時、最初は石器時代に遡ると言われている。
平原の中央に位置するストーンヘンジは人々の生きた証。
その膝元、小高い丘にオールド・セイラムはあった。
交通の要所、防衛の境、砦の街として栄えたこの地の大きなの問題は水の利の悪さだった。
数km先のエイボン河から支流を引いた僅かな水がこの街を支えている。
その為、老朽化した教会を新しく大聖堂に建て替える際、河のほとりに新しい街の建設が提案されたのだという。
旧都市から南に10kmほどのその地は肥沃で、暖かくとても開けていた。
「先のセイラム侯が、私財を投じてこの街を築かれたのさ。新しく、住みよく美しい街を、とな。先年亡くなったが後を継がれたセイラム卿のおかげで、ついにニュー・セイラムは完成した。いい街だろう?」
街の人間達は旅人にそう自慢する。ウォル・レヴィン(ea3827)はふむ、と街並みを見つめた。
「‥確かに住みよく美しい街だな」
新しい事を差し引いても荒れたところが無く、細かい所に暮らしやすさが感じられる造りに感心の吐息が漏れる。
「でも貧民街がないのは、街が出来たばかりだから当然だとしても、歓楽街がないのよ?」
空飛ぶ箒で先に来て情報収集をしていたスニア・ロランド(ea5929)は仲間達に疑問を投げかける。
「酒場や宿屋はあるガ‥つまらん街ダナ。若いもンが楽しめる場所がないじゃナイカ? 老人の居場所もナ。愚痴っているもんもおったゾ」
酒樽のような腹をさらに麦酒で膨らませながらウルフ・ビッグムーン(ea6930)はそう呟く。
歓楽街が無いことと、もう一つ‥社会的弱者の居場所の無さ。
問題はそれだけである。
「でもぉ、それが一番の難題なんですよねぇ」
どこか緊張感の無い口調のエリンティア・フューゲル(ea3868)の言葉に頷きながらもどこか力が抜ける。
へんな感覚を味わいながら、とにかく! とハインリヒ・ザクセン(ea7422)は仲間を纏める。
「まずはセイラム侯の所に行こう。依頼人に挨拶が必要だ」
「俺はも少し情報収集と、細工スル。後は旧市街に言った連中との連絡モナ」
彼の言葉に頷き、四人はセイラム侯の館へと向かった。
本邸は郊外にあるが、最近は街中にある執務用の館にいると聞き、冒険者はまずはそこへ向かう。
召使いに取次ぎを頼むと、彼らは館の奥へと招きいれられた。
程なく扉が開き正装の若い騎士が現れた。年の頃は22〜23だろうか?
側には補佐官や執事らしき人物を従えている。凛とした顔立ち、真っ直ぐな目が印象的だった。
「失礼する。私がセイラム卿、ライルだ」
「お初にお目にかかります。セイラム卿。いくつかの質問をお許し頂けるでしょうか?」
礼儀正しいスニアの問いにライルは勿論と、頷き冒険者に椅子を勧める。
席に付くと、すぐウォルが立ち上がる。
「まずセイラム卿、最初にこの街の今後にどのような展望をお持ちか、お聞かせください」
「私は父の意志を継ぎ大聖堂を中心に美しく整えられた、住みよい街とするつもりだ」
淀みなく行政の計画と展望を話すライルにスニアはある印象を持った。
(「有能だけど考えが余りに若いわ」)
「老人が束ねている者達には女子供が多いと聞きます。彼らをどう受け入れるつもりでしょうか?」
「春を売り、盗みを働く。働くこともしない者たちを我が町に入れるわけにはいかぬのだ!」
「ですが、弱い者を守るのは騎士のつとめ。彼らがプライドを持ち生きていきたいというのであれば我々保護する立場の騎士が先に妥協案を考え手を差し伸べるべきでは?」
「弱きことは罪ですらある。自らを変えようと努力せぬものに私は貸す力を持たぬ」
ウォルとライルの会話は騎士としての理想と現実の会話だった。
正しいが間違っている‥。その時一人の声が深刻な論議を遮った。
「ではぁ、ライル様。具体的な話をさせて頂いてもいいですかぁ」
「お‥おい!」
ハインリヒの静止をエリンティアは気にも留めず、変わらぬ口調で話しかける。
若き領主は鷹揚に頷く。だが、最初の一言からそれは拙かった。
「ライル様の部下が勝てなかった相手ですよねぇ?」
「‥!」
いきなりの口調に皆の表情が凍る。だが天然の彼は気にも留めない。
「まず方法手段は僕達に任せてもらいますぅ」
「‥いいだろう」
「一般人とは言え組織だって行動する数十人を8人で相手するにはぁ、情報収集や準備等で時間がかかりますぅ。その為にかかる必要経費もお願いしますぅ」
「エリンティア!」
静止しようとする仲間を止めたのは誰であろう。ライルだった。冷たく、凍った目でエリンティアを一瞥すると立ち上がった。
「‥かまわん。だが成果は出せ‥ 詳しくはそこの部下と話すがよい。‥大言に見合う結果を出すまで二度と顔を見せるな」
マントを返し彼は部屋を出る。遠ざかる靴音に息を吐いた冒険者は、仲間を見て言った。
「‥エリンティア‥貴族に対する言葉じゃないぞ。命が惜しくないのか?」
「‥拙かったのでしょうかぁ」
実はウォルには双方の溝を埋め、ライルから旧市街の人間達への譲歩を引き出すとの意図があった。
だが完全にそれは邪魔された形となる。
「‥仕方ないわね‥実は提案があるのですが‥」
スニアは執務官にあることを提案し内諾を得、ハインリヒとウォルもそれぞれ動き出した。
エリンティアも館を出る。だがライルが向けたあの視線を彼は忘れられそうになかった。
「ヤバイところだった。保存食無しで旅に出るなんてさ」
荷物を担ぎながら朴培音(ea5304)は気楽に笑う。オールド・セイラムの街に入って暫く経つ。人のいない市街地を抜けそろそろスラム街だ。
「途中で買えて良かったですね。‥古いながらも歴史のある堅固な街並。こんなステキな街を簡単に失いたくは無いのだけどね‥」
古いものに愛着を感じロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)も笑顔で歩く。だがそんな気軽な様子の二人にシエラ・クライン(ea0071)は小さく肩をすくめた。
「気が緩みすぎな気がしますけど‥危ない!」
インフラビジョンを使った目が、培音の足元に紐を見つけた時には‥遅かった。
「うわあっ! な、なんだい?」
いきなり降って来た石の雨に培音は荷物を落とし、頭を手で覆う。
「何事ですか? えっ!」
シュン!
状況を把握できないで慌てるロゼッタの足元に、突き刺さったのは一本の矢。それが二本になり、三本、四本。
たちまち行く手を阻む壁となった。
物理的にではなく、自分を狙うものがいるという精神的な壁だ。
「誰だ!」
姿は見えないが、建物に反響しながら聞こえてくる声は明らかに子供の声。
シエラは手を挙げ、武装が無いことを表すと姿の見えない声に向かって真っ直ぐに答えた。
「私は冒険者です。こちらにおいでの魔法使いさんに会いたくて参りました。お取次ぎ頂けませんか?」
「‥待ってろ!」
声が何かを考え、遠ざかっていくのが解る。シエラは息を吐き出すと手を上げたまま動かない。
仲間達もそれに従う。
暫くの後‥現れた人物を見つけたときシエラは手を下げ礼儀正しくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。偉大なる先達」
「若い後輩の訪問は嬉しいね。‥ライル坊の使いかな。キミ達は」
「はい、そうです」
隠すことなく彼らは頷く。そうか、目の前の老人はその白いあごひげをそっと撫でながら優しく微笑んだ。
魔術師同士の話から離れ培音は油と薪に火をつけた。魚を焼き始める。
集まってくる小さな気配。
「食べるかい?」
培音の差し出した魚の干物を、掴んだのは‥子供達。弓を置き、彼らは笑顔でそれを頬張る。
「ねえ、食べるものとかどうしてるんだい?」
さりげない問いに、少し警戒を解いたのだろうか。子供達は答えた。
街に来る商人達が置いていくと。
歓楽街が無い新しい街。それを求めにオールドセイラムに来るものは少なくないと知る。
「新しい街に居場所が出来たら‥行きたいかい?」
子供達の首は全て前に動く。
「じいちゃんと、皆と一緒に新しい街に住めたらいいなあ」
穏やかな、山の風のような人。
ロゼッタは目の前に現れた水色の瞳の老人にそんな印象を持った。
「あの、貴方はセージ様なのですか?」
緊張した面持ちの少女に優しく彼は首を横に振った。
「いいや、ほんの少し長く生きているだけじゃよ」
「この地に留まり続けるご理由をお聞かせ頂けませんか?」
ロゼッタはピンと背筋を伸ばす。自然と背筋が伸びる。この老人の前では。
「理由は二つ。一つは勿論、行き場の無い者達の為だ。今の段階で親の無い子供達、身を売って生きてきた男や女達。そして‥身寄りの無い老人達はあの街に居場所が作られておらぬのじゃよ」
ニューセイラムまでは約10km。
弱き彼らにとってはその距離は果てしなく遠い‥
「ライル坊は間違ってはおらぬ。だが、考え方がまだ若くてのお。見たくないものを捨てればという考えは為政官としては困るのじゃよ」
「老‥」
シエラは問うつもりだった。このままこの都市を放置はしておけないと。だが‥そんなことは言うまでも無いようだ。
「冒険者よ。我らの目的はこの者達の新しい街での生活の許可。保障せよとまでは言わぬ。それが唯一絶対の条件なのじゃよ」
それが確約されるまで動けぬ、動かぬと、老人は言う。
「力ずくで来るのなら力で返そう。手を差し伸べるなら手を差し出そう。選ぶのはライル坊とそなたら若い者たちじゃ」
「『とりあえず力で解決』という考え方はしたくないですね‥。それでは、子供の喧嘩と同じです。だから‥仲間達と話してみます」
頼んだよ。そう言うと彼は霧の中に姿を消した。霧が魔法で作られたミストフィールドであることを彼らが気付いたのはその暫く後だった。
ハインリヒはため息をつく。
「とりつくしまも無いな‥」
大聖堂の司祭達にオールドセイラムの子供や老人を受け入れて貰えないかと聞いてみたが即答で断られた。
元々大聖堂の敷地と、街の敷地は区切られており、鍵までつけてある。選民意識さえ感じられてどこか居心地が悪い。
(「まだ、新市街の一般人達の方が好意的だと『種』を撒いてきたラルフは言っていたな」)
彼の仕掛けが芽を出すのはもう少し先のことだろうが‥。
そんなことを思い出しながら、彼は街並みを見る。
この街は美しい。だが、それは汚れたものを隠しただけの一時の美しさだと彼にも解っている。
それをどうするべきなのか答えはまだ、見つからない。
光と闇を抱いて息づく二つの街の未来も、まだ見つかってはいなかった。