【ソールズベリ】光と闇を抱く街

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 6 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月21日〜12月01日

リプレイ公開日:2004年11月25日

●オープニング

 ソールズベリ、とは正式にはソールズベリ平原とその周辺の地域を指す。
 街の名はセイラム。
 シティ・オブ・セイラムの名はその地を治める良き領主セイラム侯の名と共に人々の誇りであった。
 だが、現在、シティ・オブ・セイラムの名を冠する街は正確には二つある。 
 大河の元に新しく建設された、水と光のニュー・セイラム。
 そして古くからこの地の発展と共にある砦の街オールド・セイラム。
 この二つの街の争いは元を辿れば、若き領主の若き正義感から始まった。

『セイラムの街を‥頼んだぞ』
 名君と名高かった先代のセイラム侯がそういい残してこの世を去ったのは今から1年ほど前。
 騎士として正式な叙勲を受け修行から戻ってきた息子の雄姿を見届けての悔いの無い生だったろうと誰もが思い、誰もがその死を悼んだ。
 奥方は既にこの世を去っており、先代も早くに没していた。
 間もなくたった一人の子、嫡男ライルがその地とセイラム侯の名を引き継ぐ。
 ライルがまず最初に取りかかったのは父の遺言にして、最後の事業。
 シティ・オブ・セイラムの遷都である。
 今はオールド・セイラムと呼ばれるかの地は高台にあり、さらに木々に囲まれ交通の要所として、また砦の街として重要な拠点であった。古くはローマやノルマンの支配を受けたこともあり人々の心も、強くまた誇り高かった。
 土地も肥沃であり、税収も多く豊かで平和な土地であると言えるだろう。
 だが、高台であるが故に大きな問題が常に時の人々を悩ませてきた。
 水、である。
 高地に水を引く作業は低地に同じ事を行う数倍の労力を要する。
 水不足が過去何度も街を苦しめてきたのだった。
 人々の心のシンボルに、と大聖堂の建設を計画しても、水の便の悪さや土地の不足によって教会当局の了承を得ることがかなわなかったのだ。
 そこで、先代のセイラム侯は過去滅多に例を見ない計画を実行に移す。居住地としてのオールド・セイラムを放棄し新しい街を作ると言うものだった。
 オールドセイラムから南に10kmほどの開けた土地。エイボン河のほとりをその拠点と定め私財を投じて彼は新しい街を作った。
 土地を整え、家を建て、道を造る。長い時間と想像を絶する苦悩があったと老人達は語る。
 そしてニュー・セイラムは先年、やっと完成を迎えたのだった。
 街の完成を見届けるようにして亡くなった父の後を継いだセイラム侯は領主としての最初の一年を新しい街の始動に全て傾けた。
 街の外側が完成しても、人が住まない街はただの箱庭。
 領主としてかなりな援護を人々に与え引越しを支援し商業や政事の拠点を移し‥、そしてやっと新たな街、シティ・オブ・ニューセイラムが起動した。
 さらに肥沃な土地、水の豊かな街。住みよく、明るい街並みに多くのものが感動した。
 記念日は先代の命日であり、街中の人々が喜びと、先代侯への感謝の意を表したという。
 だが‥その日、街に入る事を許されない者たちがいた。
 古き街に住まう夜の住人達だった。
 親兄弟を失い、スラムで過ごしていた子供達。
 歓楽街で身を売って生計を立てる女や、男達。
 そして‥怪我で働けなくなった者、そして‥身寄りのない老人達。
 彼らの住む家は、いや、住める家は新しい街には作られなかったのだ。
 普通の仕事ができる者達には何でもない新しい街、新しい家の税金と家賃。引越しの費用。
 だが、ギリギリの生活をしているもの達にはその捻出は不可能に近かった。
「自らの手で働き、自らの足で立ち、自らを養え。意欲あるものには援助をしよう」
 ライルはそう言って民の喝采を受ける。
 だが‥その式典の日、一人の老人がこう彼に問いかけた。
 かつての街の英雄、人々の尊敬を集める魔法使い。
「働くことのできぬものはどうする。働く業を持たぬものは?」
「それは努力が足りぬのだ! 自らを罪に貶めて、魂を穢して生きる者を私は認めぬ! この美しき父と神の街に一片の闇も入れぬ」
「光と闇は決して切りなすことはできぬもの。それが解らぬような子供の治める街にわしは住めぬのお」
 そう言って老人は姿を消した。セイラム侯は手を震わせる。
「子供? 私が子供だというのか?」
 彼を動かすものが怒りか、それとも悔しさなのかは誰にも解らない‥

「彼は騎士あがりなのですって。だから騎士道や、正義に頭が凝り固まってしまったのでしょうね。理想家肌で‥純粋な領主よね。ああ、褒め言葉ばっかりじゃないわよ」
 ある女騎士は会見で出会った若き領主のことをそう評した。仲間からの苦笑がそれに同意する。
 キャメロットに戻った冒険者達は酒場でテーブルを囲んでいた。
 何も解決はしていない。ただ、情報とやるべきことを整理する必要が彼らにはあった。
「セイラム侯の依頼は、老人を侯の前に連れて来ることと、オールド・セイラムに残った人々を追い出すこと。それは叶えなくっちゃいけない」
 若き騎士の言葉に二人のウィザードは首を振る。
「老はおっしゃいました。新しい街にその人々を受け入れること。それが絶対無二の条件だと」
「オールド・セイラムから人を消すためには、その人をどこかにやらなければならなりません。ですが、新しい街に受け入れるのはセイラム侯の許しが必要。ですが‥その許しを得るための説得は難しそうですね」
 元々の思考に加えて、彼を怒らせることがあった。
 今、冒険者達は『何か』が起きるまでは面会を拒絶されている。
「いっそ、強制的に立ち退かせるか? 力で押せば一般人など‥」
「そんなことをしたらあの街の子供達はどうなるんだい? ダメだよ。絶対」
「そもそも、あの街も不自然なんだ。このままではいつか絶対破綻するぞ」
 思考的には領主の考えも理解できる。そんな意図から出された神聖騎士の提案は賛成の目を得られない。
「それに、あの老の指揮する、街を知り尽くしている人々との戦いはこの人数で簡単に勝利できるとは思えません」
 冷静に女ウィザードは語る。同じウィザードだからこそあの老人の実力も意図の深さも感じた。
 手元には新しい街と古い街の地図もある。
 でも、地図以上のことを彼らは知らない‥。
「セイラム卿の周囲の人物と話をしてみるか? セイラム卿の政策を周囲の人々がどう思っているか知れるかもしれない」
「街の者たちに働きかけてみるか? 民の言葉を領主は聞くものだろう?」
「老に譲歩をお願いしてみましょうか? 老が街を離れて下さればあるいは‥」
「いっそ本当に火攻め、水攻め、兵糧攻め‥」
「周辺の街や、住民、いっそここに来る商人に歓楽街設置を領主に陳情させるとかはどうかしら?」
 いろいろな方法もありそうだが、どれにも長所があり、短所もある。
 難しい依頼になりそうだった。
 
「『力ずくで来るのなら力で返そう。手を差し伸べるなら手を差し出そう』‥老の言葉です。約束しましたし力で解決とはしたくはありませんね‥」
「資金はある。時間もある。少なくとも暫くは領主も我々に任せてくれると言った。とにかく考えよう。皆で街を導くいい方法を‥」


 光と闇は分かたれたままなのか。
 それとも共に生きることができるか‥。
 ここが正念場になりそうだ。 

●今回の参加者

 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5304 朴 培音(31歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6930 ウルフ・ビッグムーン(38歳・♂・レンジャー・ドワーフ・インドゥーラ国)
 ea7209 ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

「綺麗な街だね。だが、それだけだ。なぁ〜んもない」
 オールド・セイラムの丘からニュー・セイラムの街を見下ろしたフレイア・ヴォルフ(ea6557)は秋晴れのような声でそう呟いた。
「まあ、言ってくれるな。あれはあれで悪い街ではない。良い街でも今は、ないがのお」
 いきなり後ろからかけられた声に、フレイアは驚かずにゆっくりと振り返りお辞儀をした。
「こんにちは、ご老人。少しお話させてもらっても良いかな」
 笑いを返した彼の顔には年を経た者の勲章のような深い皺が見える。
「かまわぬよ。‥ただ‥もう一人お客がおるようじゃ。彼女と一緒にな‥」
「おじいちゃ〜ん、変なお姉ちゃんが捜してるよ〜」
 小さな少女が手を振る。老人は杖で返事を返すと丘を降り始めた。フレイアにウインクした笑顔はどこか子供っぽい。
「う〜ん、誰かに似てるかも‥っと、変なお姉ちゃんってスニアかな?」
 幼い頃の事を思い出しながら、真面目な女騎士スニア・ロランド(ea5929)の事を考え、フレイアは急いで丘を走り降りていった。

 この街は交通の要所であり、常に多くの人間が出入りしている。
 その為商人や旅人が多少歩いても、通常不信に思うものはいない。彼らは流れる春風のようなものなのだ。
 だが‥最近この街にやってくる冒険者達は違っていた。ただ‥暖かいだけの風ではなかった。
「ねえ、どう思う?」
 そんな街の人間達の相談の声があちこちから聞こえるようになってきた。
 きっかけとなったのは一人のドワーフの囁いた噂話。
「なあ、向こうのマチには老人が残されてイルんだ。領主が受け入れてくれナイ。俺達も年寄りになったラ、放り出されるんじゃナイか?」
「親がナクなって孤児になった子達。自分の子がソウなったらどうする?」
 オールド・セイラムのことは酒の席の戯言、と聞き流すには重いことで人々の心に種は撒かれた。不安、という種をだ。
 そのウルフ・ビッグムーン(ea6930)が撒いた種に的確に水を撒いたもの達がいる。
「この街が考え抜かれて作られた街だというのは分かりますけど‥。清すぎる水の中では魚さえ棲めなくなると言う話を思い出しますね」
 シエラ・クライン(ea0071)は酒場、集会場、人々の集まる所を歩いて回った。表向きは興味でやってきた冒険者。情報を集めているように見える‥。
 だが、その言葉は人々の思考に確かな変換点を与えたのだった。
「この街は皆さんの街なのではないですか? 与えられているだけで良いのですか?」
 その問いに返事をできるものは、今はいなかった。
「先代侯はお優しい方じゃったよ。よく街を歩き声をかけて下さった。酒場で一緒に麦酒をのんだことがあるわい」
 昔の事を聞かせて下さい。そう言ってやってきたエリンティア・フューゲル(ea3868)に老人は嬉しそうに語ったという。
 今の侯は馬車や馬で街を見回るだけ。真面目な領主として評判は決して悪くはないが、優しく砕けた先代の印象が人々にはまだ大きすぎるようだ。
「だからこそ、先代を超えようと必死なのかもしれませんがね」
 冒険者達に執政官が語った口調は苦笑と、悩みが半々に込められていた。
「もし、オールド・セイラムと同じことがこの街で起こったらどう思いますか? 身寄りのない人が住む場所を無くしたら、それが自分になったらどうしますか?」
「この街は身寄りの無いお年寄りとかぁ、親がいなくなった子供とかぁ、定職に就けなくて税金を払えない人達の居場所が無いですよねぇ。ご自分やご家族がそんな立場になったらどうしますかぁ?」 
 人々は問われて始めて考えた。新しい街は美しく住みよく汚れた場所がない。だが、汚いものを全部隠しただけの街は本当にこの先、発展できるのか。と。
 彼も、彼女も不安を煽る様な言葉遣いはしない。ただ、事実のみを告げる。人々は冒険者達に教えられ「知る」ことで初めて考え始めたのだ。 
 そして向かい合い始めた。自分達の未来に。

「ふう、間に合った。ここに立っているのは奇跡だね」
 教会を見上げながらウォル・レヴィン(ea3827)は汗で粘りつく髪を軽くかき上げた。
 出発直前まで別の仕事をしていたのだ。仲間達より少し遅れたのは仕方ない。
「ここで、彼は仕事をするのかな? まだ来ていない。考えてみれば当然か‥」
 護衛をしていたステンドグラス職人の若者が、ここに来ているかと思って来てみた。が、当然いない。
 だが、教会に来たついでに彼は教会や周囲の人間関係について聞いてみた。
「ねえ、ラルフさん、この街の教会の敷地、大きいと思わない? 教会がさ、ごり押しで街の中央部を敷地として確保したらしいんだよ。だから街は予定より少し小さくなった」
 仲間に彼はこう語ったという。最も肥沃なエイボン河ぞいの土地は教会が接収している。その内部は「クロース」と銘打ち市街と完全に隔てられていた。鍵までかかる。
「ふむ、教会と領主も仲よく友好的、という訳でもない様ダナ」
 礎石と土台、外周の工事の目処がつき本格的な着工も間近い大聖堂を睨み、ウルフは考えた。
「ワシは、モちっと細工をしてみる。アッチの方は頼んだゾ」
 ライルの側近に面会を求めるというウォルにウルフはそう言った。
「コノ街を動かすのは、街の住人で無くてはならん。ライル卿も爺様達も含めて‥ナ」
「一人一人は弱くても力を合わせば、人は大きなことができる。それに手を差し伸べるのも騎士の仕事だと思うんだ」
 諦めない、投げ出さない。二人は頷きあった。

 スラム街にビシッと完全な武装を固めた女騎士の姿は明らかに浮いていた。
「魔術師に話がある。取り次ぎを願いたい」
 声に返事は返らない。彷徨うこと暫し‥、何度目かに上げた声に
「あまり大声を上げずともよい。ちゃんと聞こえておるでな」
 どこからともなく返事が返った。彼女は顔をきょろきょろ見回す。
 ふと、風がある家の扉を優しく開いた。手を招くように。
「入るが良い。話を聞こう」
 彼女は黙ってその薄暗い部屋の中へ足を踏み入れる。
「ハ〜イ、スニア」
「フレイア‥。お初にお目にかかります。私、スニア・ロランドと申します。偉大なる先達よ。お会いできて光栄です。お名前をお伺いしてもいいでしょうか?」
 先に来ていた仲間に少し驚きながらもスニアは礼儀正しく頭を下げた。
「これはこれはご丁寧に。ワシの事はタウとでも呼んでおくれ」
 柔らかく笑った老人にはい、と答えるとスニアは早速本題に入った。元より三人きり。人払いの心配は無い。
「タウ殿、単刀直入に申し上げます。『唯一無二の条件』についてですが、もう少し要求を小さくできませんか? 我々冒険者は候が譲歩せざるを得ない状況を作り上げようとしていますが、全員受け入れというのは難しそうなのです」
「ほう‥では、どうしろと?」
「一つの案ではありますが‥」
 そう前置いてスニアはいくつかの提案を出した。 
 ・領主は一定の基準を満たす者(子供中心)を新市街に受け入れる。
 ・旧市街に残る者は一定の場所に住み、その他の場所は取り壊す。
 ・旧市街で娼館を営む際は、課税と衛兵の派遣を受け入れる。
「この案に賛成しろという訳ではありません。候の態度が軟化した際、ここの住民がそれに対応できるよう、素地を作っておいてもらいたいのです」
 スニアの話をタウ老人は髭を撫でながら聞いている。そして、短いが厳しい一言を返した。
「では、聞こう。その話に必要な資金はどこから出る? この街の住人には出せぬぞ。それに子供達の受け入れ、建物の取り壊し。どれもライル坊の協力なしにはできぬし、人々の協力もいる。その辺をどう考えておる?」
「今、あたし達の仲間がその為に街で動いているよ。上手く説得できれば話は進むはず」
「人々の意識改革も働きかけています。私達を信頼しては頂けませんか?」
 二人の娘の真剣な目に、老は前に出会った魔術師の少女達の顔を、言葉を、そして瞳を思い出し‥声を出して笑った。
「どうなされました?」
「懐かしいのお。昔も今も、健やかな心を持つ冒険者の瞳は変わらぬ、は。ライル坊も冒険者として旅に学ぶべきじゃったな。キールも早く死にすぎたわ」
「キール?」
「先代のセイラム侯じゃ。わしと奴は仲間での。ほれ、そなた達のような‥」
 老は眼差しを遠くに送る。その視線の先にあるものを若い彼女らには見ることはできない。
「少し聞かせて貰っていいかい? 先代の領主のこと‥」
「私もお伺いしたいです。先代侯はどのような人となりで‥」
 くすっ、老は悪戯っぽく瞳を輝かせた。まるで若い冒険者のように。
「よいのか? 年寄りの話は長いぞ」
 そして、二人を見て黙って告げる。
「全てを任せよう。この街の未来を、ワシの残り少ない命もな。ワシのことは別に構わん。だが街の者達のことはよろしく頼むな」
「老‥」
 戸惑うような表情の二人の前、いつの間にか乗っていた麦酒とジョッキ。
「キールとわしが出会ったのはわしらが、そなた達くらいの時‥」
 酒を進めタウ老人は昔話を始める。その冒険譚と先代の思い出は二人にとって大きな価値となった。
 冒険の情報、いや、それ以上に‥。

「結果を出すまで、顔を見せるな、と言った筈だ」
 冒険者達の謁見に応じたライルの表情はあきらかに不機嫌ではあった。
 でも、そこで怯むわけにもいかない。ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)は毅然とした表情でライルと目を合わせた。
「旧市街から人を追い出しても問題は解決いたしません。原因を取り除き、遠因を排除し数十年・数百年先を見通した計画を立てる事が為政者としてするべきことのはずですわ」
 冷静に、的確に述べられた言葉。解っていた自らの欠点を指摘されたようでライルは言葉を失っていた。
「そこで提案です。孤児院をお作りになりませんか?」
 子供たちは庇護するべき大人が居ないことが盗みを働く事に繋がっている。
 そして、他に生活の糧を得る手段を知らない事が夜の町の住人となる遠因となっている。
 孤児院を造って子供たちを保護して社会復帰させる。これは将来に渡ってスラムを生み出さない事にもなるはず。
 職の無い大人は孤児院の働き手となる。身寄りのないご老人方は知恵を授け道徳を学ぶための教師となる。
 一つ、また一つ。ロゼッタは孤児院を作る利点に指を折っていく。その一つ一つに説得力がある。ライルは黙って聞いていたが‥だが、と声を出した。
「弱きものを拾っている余裕など‥、新しき街はまだ敵も多い。それに立ち向かう強さが必要なのだ! 力なきものに正義は無い」
 権力を持つ教会。利権争いをする商人達。周辺の盗賊、モンスター。外の敵の脅威は確かにある。だが‥
「ちょっと待ちなよ。セイラム卿。アンタ大事なことを忘れてるよ」
 ライルの言葉に今まで黙っていた朴培音(ea5304)がついに口を開いた。どうしても黙っていられなかったのだ。
「今を優先して未来を捨てるのかい? 子供たちという未来を。子どもは自分だけで社会に認められる生活手段がない。だれかが守ってやらないとまっとうな生き方はできない。
 親を亡くした子どもはニューセイラムの町を追放される?
 道端の赤ん坊は放っておく? 正義って何さ!?
 子どもの未来を守ることがアンタにはできるのに!」
 オールド・セイラムで出会った子供達の笑顔を培音は思い出す。ニュー・セイラムで見た子供達と変わりは無い。
 子供達の笑顔を守ってやりたかったのだ。
 培音の言葉にライルは顔を赤くした。それは恥辱、怒り、それとも‥?
「卿、彼らの言うこともまた事実です。ここは我々から歩み寄りませんか?」
 側近の執務官も主を諌める。
 若い騎士に忠言されるまでも無く、誰もが考えていたのだ。
 この街の治世は‥間違ってはいないが、間違っている。
 ‥暫くの沈黙の後、ライルは二人にこう告げた。
「‥話を受け入れよう。孤児院を作ることも検討する。旧市街の住民の受け入れも、だ。だが、一つ条件がある。あるものを私の前に持ってくるのだ。」
「なんです? それは‥」
「まさか‥」
 嫌な予感を培音は感じた。起きうるかも知れないと、案じていたこと‥。
 そして聞いた。自分のものでないような耳で、遠い言葉を。

「タウ老人の首だ」