【ソールズベリ】人と街と冒険者達

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 69 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月20日〜12月30日

リプレイ公開日:2004年12月24日

●オープニング

 執務室の中に怒鳴り声が響く。若い声と、老人の声。
 周囲に仕える召使や執務官の顔は真っ青に青ざめている。
 テーブルを囲むのは領主と、その相談役。
 お互い顔を見合わせ、にらみ合う。
 今にも取っ組み合いが始まりそうな一触即発の空気だ。
「だから! 予算上の問題もありますし、そう直ぐにはいかないことくらいお解りでしょう?」
「それは解っておる。だが、弱いものを切り捨て、見たくないものを見ないで隠す、という今のやり方では破綻が来るのも時間の問題だと解っておろう? オールドセイラムの民を直ぐに受け入れられぬのはよい。ならばしばし自治をだな‥」
「住民を失った街を、いつまでも先生お一人で守れるのですか? 盗賊がねぐらに狙ってくる可能性だって‥」
「確かに危険はあるが‥だが、まずは移動というのには‥街を直ぐに壊すというのもどうか‥」
「あの街の石材を新しい街の増築材料に‥」
「それから、歓楽街を作るということは‥」
「いくつかの起案を、冒険者から‥これを元に」
 なんとか取っ組み合いは回避されたか、と思ったとたんにまた論争を超えた言い争いが始まる。
「だから、何度も!」
「いい加減に聞き分けんか!」
 側近たちの胃に穴が開きそうな時間はまだ当分、続きそうである。

 夕日が街並みを朱金に染める。
 窓から自らの新しい街を見つめる教え子の肩を老人は優しく叩いた。
「ライル。お前は、しっかりとやっている。そう気を張り詰めるな」
「‥はい。もうそう言ってくださるのは‥先生だけですよ」
 先生。
 そう、もう一度この人物を呼ぶようになるとは数ヶ月前は思っていなかった。
「まったく、意地っ張りめが、もっと早く自分以外を信じて頼ろうとすれば、こうもこじれんですんだのだぞ」
 誰に似たのやら、苦笑する先達にセイラム侯ライルは照れた笑いを返した。
 父の死、悲しむ間もなく溢れ積み重なってきた仕事に追われ、いつしか他者を信じたり頼ることさえも忘れていたのかもしれないと、今なら思う。
 その心を冒険者達が解き放ってくれた。プライドよりももっと大切なことに気付かせてくれた。
 だから、今、こうして笑い合えるのだ。
 まあ、この老人に素直になれないのは実は昔から。母のように思っていた人物の夫であった時からなのではあるが、それは言う必要も無いこと。
(「お見通しなのかもしれませんけどね」)
「何か言ったか?」
「いえ、別に‥」
 心の中で肩を竦めたセイラム卿に老は取りあえず、一端戻ると告げた。
「そなたの言葉ではないが、あの街からわしが長い間離れると変なやからが目をつけるかもしれんでな」
「解りました」
 頷く領主に背を向けかけた老人は思い出したように振り返った。
「あちらの方はどうなっておる?」
「ああ、それならキャメロットの冒険者ギルドに招聘の手紙を書きました。おそらく受けてもらえるかと‥。それに街の世話役や、教会などからも代表を募っております。そちらの街からも老人や、歓楽街住人の代表をお連れ下さい。さまざまな意見を伺いたいと思っております」
「ふむ、あやつらは嫌がるかもしれんが‥話してみよう」
 謙虚に他者の言葉を、そして他の意見を聞こうとするようになった。少し成長した領主に老人は目を細め、そして悪戯っぽくこう笑う。
「それぞれの思惑がある、それぞれが自分の望みばかり言うようだったらどうなる?」
「最終決定権は私にあります。ご安心を」
「こら!」
 目を瞬かせた老人が振り上げた杖に今度は心ではなく、身体でライルは肩をすくめて答えた。
「全てを採用するとは限りません。ですが、この街は私ひとりの街ではない。それは、もう解っているつもりです。いろいろな意見を聞き、取り入れ、よりよい街にしていきたいのです」
 そうだな。相槌を打ちながら老人は窓の外を、暗くなりかけた街並みを、灯りを、そして遠く遥かに広がる草原を見つめる。
「冒険者とは世界を旅し、多くのものを見る。そしてさまざまな事を学ぶものだ。わしらのように街に根を下ろしたものとは違う視点からの話を聞くことができるだろう」
 彼が見つめるのは、遠い昔の夢か、それとも未来なのか‥
 若き領主には解らなかった。

 キャメロットの冒険者ギルドに、セイラム侯ライルの名において正式な『手紙』が届いたのは数日後のことだった。
『ニューセイラム、領主の館にてセイラム評議会を開催する。その席上にて冒険者の視点よりの意見を求めたい。参加を要請するものなり』
「ほお、冒険者の意見を繁栄してくれるってぇのかい?」
 ギルドの係員の茶化すような言葉に、使者は真剣に頷いた。
「そうです。冒険者は旅人で、また街の利用者でもあります。住人は勿論、多くの人に住み良い街を作ろうとセイラム卿は考え始めたのです。まあ、そのきっかけは冒険者からの提案らしいですけどね」
 執務官に政策案を提出した冒険者がいた。それは十分検討に値するものだった。
 ならば、本格的に意見を出す場を用意し、話を聞いてみたいというセイラム卿に、ならば冒険者だけではなく広く意見を集める評議会を、と、相談役についたタウ老人が提案したのだという。
「これは、誰でも参加していいのか?」
 依頼の受理手続きをしながら聞く係員に使者は、一応は。と告げた。
「ですが、できれば‥と望んでいる人がいるようですよ。セイラム侯には‥」
 微笑んだ使者の視線の先には、かつて頑なだった領主の心を解き、街に『風』を与え、そしてある意味住人よりも真剣に街の未来を考えてくれた冒険者達が‥いた。
「開会は10日後、おいでくださる事を心より願っています」
 使者は頭を下げる。招待ではなく、招聘。
 頭を下げ、来訪を請う。
 
 手紙の下に小さくこう書かれていたのを冒険者の一人が見つけた。
『正しい道を一人でよりも、間違っても皆での道を‥』 
 

●今回の参加者

 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4290 マナ・クレメンテ(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6930 ウルフ・ビッグムーン(38歳・♂・レンジャー・ドワーフ・インドゥーラ国)
 ea7027 リオン・ルヴァリアス(35歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7209 ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea7422 ハインリヒ・ザクセン(36歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

 ソールズベリ大聖堂のクロースの中にはチャプターハウスと呼ばれる会議場がある。
 そこでセイラムの街最初の評議会が行われることになった。
 それが、街の歴史が変わる瞬間であることをまだ誰も知らない。

 会議開始30分前。
「少ない!」
 腕組みをしながら怒鳴るように、愚痴ったセイラム卿ライルの前で冒険者達は苦笑に頬を緩めた。
 評議会に冒険者の招聘を願ったはいいが、やってきたのは五人。
 堅苦しい場は苦手、と逃げた冒険者はまだいいとして‥‥彼は深くため息をつく。
「私は別に参加者を制限したつもりは無いぞ。この街が初めての者でも良い。広く意見を聞きたかったのに」
「ライル様。みんなそれぞれに思うところがあるのです。でも‥‥信じてやって頂けませんか? それぞれにこの街の為に動いている事を」
 宥めるようなウォル・レヴィン(ea3827)の言葉にライルは頷いた。
「解っている。とにかく今は頼むぞ」
 苦っても仕方ない状況であるのに彼は笑う。最初に会った頃とは違う、余裕のある優しい表情だ。
「ライル様ぁ、以前より目が優しくなって良い顔になってますぅ」
「おい!!」
 ハインリヒ・ザクセン(ea7422)はライルの顔を眺めてニコニコ笑うエリンティア・フューゲル(ea3868)を諌めるように睨んだ。
 だが
「かまわん。そいつの顔を見ていると怒る気も失せる」
 一笑にしたライルにハインリヒは本当に最初の時と成長した領主の姿を見た気がした。ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)もまた優しく笑う。
「もうじき開会だ。老は?」
「後ほど来ると」
「解った。では行くぞ!」
 マントを返して歩き出す領主の後を冒険者達は忠実な騎士のように、後を追っていった。

「では、後を頼んでよいのかな?」
「信頼していただけるなら、全力で‥‥」
「ああ、任せておきな!」
 立ち上がる老人に二人の冒険者はそれぞれの笑顔で頷いた。
「本当に行かなくて良いのか? ライル坊が残念がるぞ‥‥」
 折角の招きではあるのだが‥紅の魔女シエラ・クライン(ea0071)の意見はこうである。
「私は、この街のこれまでの依頼の中で、どうすればこの街が良くなるかを自分にも関係する問題として考え、その考えはこれまでの行動の中で示してきました。ですから、私には敢えて評議会で発言するほどの意見は残っていませんね」
「‥‥苦手なんだよ。そういう席は‥‥」
 老にウインクをしたフレイア・ヴォルフ(ea6557)は頭を掻く。
「まあ、良いが‥無理強いをするものではないしの」
 タウ老人はどこか寂しげに笑うと、扉を開けた。去りかける老人の背中に、思い出したように
「「‥‥あの」」
 呼びかける声が二つ重なった。
「なんじゃ? 伝言があるなら聞くぞ‥‥」
 さっきの表情は演技か、と思うほど楽しそうな表情に二人は顔を見合わせ、順番に口を開く。
「伝言ってほどではないのですが‥‥」
「ちょっと提案と言うか、頼みがね‥‥」
 二人の言葉に老人は嬉しそうに笑う。
「解った。さて、行くか。では後は任せたぞ!」
 声を上げて笑いながら扉を開けて、閉める。
 ふう、二人は深く息をついた。
「あの爺様って結構凄いかもね」
「‥‥ですね」

 スニア・ロランド(ea5929)の前には一人の女性。周囲には幾人もの男性。
 押しつぶされそうな迫力の中、でも彼女は怯まない。 
「‥‥だから、一緒に来てくれませんか?」
「私らはね、領主とかそういう奴らは信じない。だが、姉さん。老と‥‥あんたを信じよう」
 
 清浄なまでに清められた建物。
 円卓を囲むのは新市街の代表、旧市街の代表、冒険者。ライルとタウ老人。そして一番窓際の光溢れる所に教会代表達が座っている。
 そこは彼らの手の内だった。自分たちの領土内と思ってか、声も強く、荒い。
「神の御威光を主として築かれた街において教会の権威は守られなければなりません。街の闇を教会に持ち込んで欲しくはありませんな」
 教会主導の街づくりを。闇は排除し‥‥クロースを優先して守り‥‥。
 延々と続く彼ら主体の演説に、多くの者がうんざりしかけた頃、老がゆっくりと立ち上がった。ライルと目を合わせ‥‥強い口調で臨む。
「光あるところに闇は必ずある。それをあなた方は忘れてはおりませんかな?」
「自分達の利ばかり考えて街がさびれたら結局何もならないって事考えてはどうかな?」
 立ち上がったウォルはタウ老人の言葉を受ける形でそう続ける。
「人が誰もいなくなった街で、教会だけ残すっていうならそれでもいいですけどそれが望みですか? 誰でも子供の頃があって、老人になるんですよ」
「ぐっ‥‥」
 返答を失った教会側をサポートするようにハインリヒは反覆弁論に付く。
 とりあえず子供、老人のことは置いておいて‥‥目に見える者に対して攻勢に出る。
「この街に必要なのは神の信仰だ。闇の者達にはその信仰が足りないからこそ、闇の者たる。ならばその信仰を与えれば光の道も見えてこよう。その為にも教会側の力を削ぐわけにはいかない」
「大体なんだ? その仮面の女は? 神聖なこの館の中で行われる評議会で、これは大いなる侮辱ですぞ! 領主」
 勢いを取り戻し始めた教会側の反論にライルは、マスカレードの女性の、隣に座るスニアに目配せをした。
 ライルの信頼を受けて彼女は立ち上がる。
 弁護と提案はスニアが担当する。その約束を受けてここに彼女を連れてきたのだ。信頼を守りたい。
 深く深呼吸して、彼女は語り始めた。
「私はジーザス教の忠実な信者です」
 そう切り出すことで教会の信頼と油断を得て‥‥一気に切り込んでいく。戦いの腕と同じく、そのタイミングは絶妙だった。
「ですが、今、この時、純粋にこの街の将来を考え、計算に入れた上で提案をいたします。彼女達は闇と言われる存在であります。ですが‥‥有力なのです。彼女たちの存在はこの街にとって」
 純粋な経済効果から始まって、情報収集能力に到るまで闇の世界で動くものを、公の立場で管理した場合の利点まで彼女は一つ一つを論理的に説明していった。
「これだけの価値のあるものを、捨ててしまうのはあまりにも勿体無いと思われませんか?」
 代表達の返事は無い。
『闇の存在について、頭で解っていても生理的には簡単に受け入れられない』
 ロゼッタはそう言った事がある。人々もそうなのかもしれない。スニアが息を吐き出しかけた時。
「あのぉ〜、喉が渇いたんですう。ちょっと休憩にしませんかぁ?」
 力が抜けるようなエリンティアのでも大きな声に、フッ。小さな笑い声が答える。
(「計算かはたまた‥‥侮れぬ奴よ」)
 苦笑とともにライルが休憩を宣言し、話は一時空に浮き上がった。

 暫くの後、彼らが話を引き戻した時、事態は少し変換の兆しを見せていた。
 勿論時間を置いたことで冷静さを取り戻したから、と言うこともある。
 だが、教会側の反応が明らかに変わったのだ。
 一通の手紙が、原因だった。
『教会でございと威張っているだけでは街から取り残されるぞ。
 街の一大事にただ自分の懐を守ることに腐心する姿を見て、誰が信仰を深めると思うか。本山や神に顔向けが出来るのか?』
 それがウルフ・ビッグムーン(ea6930)の言葉である事を彼らは知らない。だが、神はともかく本山の言葉には怯えさせるものがあった。
 もし中央に騒ぎがバレたら‥‥。
 脅しの材料としては十分役に立ったようだ。
 口が重くなった教会の様子を見計らって、話題は孤児院建設の話へと移る。
 子供達を闇の住人にしないことが、街の治安に繋がるということは、新旧、光と闇、教会、領主、冒険者全ての同じ意見である。
「子供達を保護し、学問と衣食住。そして仕事を与えることで次世代の支配を確立できるでしょう」
「さらに、教育や保護に現在仕事を失っている老人達を使えば、彼らの知識や技術を得て次に繋げる事ができると思うのです」
 スニアやウォルの言葉をロゼッタが引き継いだ。
「相手の存在を認め、拒絶するのではなく、受け入れ取り込む。それこそ街の力を高めていくことに繋がると思いませんか?」
 神を否定するでもない。教会の力が減るわけでもない。教会側も反対する理由は無かった。
「問題は財政面だが‥‥新市街の者達、商人などの協力を仰ぎたいと思う。協力をしたものに対し、税の減免などを行おう。これは、街の未来に対する仕事なのだ」
 ライルの提案は冒険者からの意見を受けて執務官、そしてタウ老人と相談して決めたものだった。
「誰かだけが得をするのではなく、全員が損をしない政り事が今、我らには必要なのだ。お互いを認め尊重し、街を協和させる。それは到底一人ではできぬ。だが皆でやれば不可能ではない。力を貸して欲しい‥‥」
 冒険者に教えられた言葉を胸に、ライルは立ち上がり正式な礼を取った。
 教会代表にも、新市街代表にも、闇の住人にさえ。
 パチパチ‥‥。
 エリンティアは手を叩いた。スニア、ウォル、ロゼッタ‥ハインリヒもまた。
 やがてそれは闇の女性、新市街の住人、そして教会の代表達にも移っていく。
 新しい街の、新しい領主。未来へと街を導く。
 彼らはその誕生の瞬間の立会人となった‥‥。

 日が落ちた旧市街の夜は、本当ならこれから暗く、だが華やかに咲き乱れる。
 でも、今日だけは違っていた。
 いくつかのランタンが、蝋燭が清浄な光を放ち、古い街並みを照らし出す。
 子供達が歌うキャロルが人の住む家、一軒一軒を周り子供達の蝋燭と共に人々の心に灯りを灯す。
 ウォルが教えた歌だったが、今はもう子供たちに追い抜かれている。でも一緒になって遊び歌うのは楽しかった。
 聖夜祭の夜。一夜でも子供達に思い出を。ウォルの願いに旧市街の者達も同意したのだ。
「神の誕生日を‥‥」
 言いたいことはあったが、ハインリヒは言葉をしまう。今日は聖なる夜。子供達の笑顔を曇らせたくは無い。
「‥‥実は、私も魔法を覚えだした動機は割と不純なのですよね‥‥。私の場合は、初歩的な魔法の幾つかがあるとお料理が楽になりそうだったのが動機なのですけど」
 楽しそうに歌う子供達を見つめるタウ老人の横でシエラは優しく笑った。
「ろうそく消えちゃった〜〜」
 駆け寄ってくる子の蝋燭に魔法で火をつける。
「ありがとう!」
「クリエイトファイヤーで火を起こして、ファイヤーコントロールで調整しながらインフラビジョンで温度を確認‥‥。あまり、上手く行った試しがないのですけどね」
 子供を見送りながら続けたシエラの言葉にロゼッタはプッと吹き出した。
「楽しいですわね。水魔法はなかなかそういう遊びが‥‥」
「子供達の泥遊び、水遊びには適しておるぞ」
 ケラケラケラ、タウ老人の言葉にウルフは腹を抱えて笑い出す。笑い声は爆笑以上だ。
「風魔法はぁ〜えーっと?」
 子供達の多くは新年から新しい街の孤児院に受け入れられることになる。
 歓楽街建設の目処は立っていないため大人達は残される。
 別れの意味もある炎と歌声をスニアはいろいろな思いで見つめた。
「私たちは‥‥何かできたのかしら」
「そなた達がおらねば‥‥この街は、ライルは変われぬままじゃった。変わっていくことがいいことばかり、とは限らぬ。だが、悪いことばかりではないはずじゃ」
 それは遠巻きな感謝の言葉だと、冒険者には解った。そして直線的な言葉で老は告げる。
「あやつらに代わって礼を言おう‥‥我が子らをありがとう」

 寒空の中、遠く離れて旧市街の炎の列を見つめるライルに影は近寄った。 
「はじめまして、かな? 領主殿。あたしはフレイア。タウ老の後添い候補さ」
「お、おい!」
「ハハ、冗談だよ。ほら、寒いだろう。飲もうよ」
 街から借りてきた木のジョッキに発泡酒を注ぎライルに向けて差し出した。
「聖夜祭に、この街に乾杯」
 返事を待たないでフレイアはジョッキを呷る。
「ねえ、領主様。綺麗だろ。あの炎。人の生きる証。そして‥‥子供達の笑顔」
 返事は返らない。でも、ちゃんと聞いている。フレイアはそう感じた。
「知らないことを聞くのは一瞬の恥。だが‥‥知らずにずっと居るのは一生の恥。見ること、聞くことをやめないでくれよ?」
「私に、恥をかけと言うのか‥‥冒険者と言うのはつくづく‥‥。だが‥‥」
 ライルはジョッキをグッと飲み干した。続きの言葉は語られない。でも、フレイアにはそれが、解ったような気がしていた。

 街道に立つ冒険者達をライルとタウ老人は見送った。
 暫くの別れになる。もしかしたら永遠かもしれない‥‥。
「待て!」
「? なんです?」
 馬の鞍につけた袋から、ライルは小さな箱を取り出し中の物を掴んだ。
 そして、一つ一つを冒険者達に渡していく。
「これはマント留め?」
「鷹はセイラム侯家の紋章の一つであり、街のシンボルのでもある。持っていくがいい」
 ライルは冒険者達を見つめた。その瞳は始めて出会った時と変わらないが、表情は、態度はいくつも上のように見えた。
「セイラムはいつでもここにある。全ての者を認め和合する街を目指してな。また出会える日を心から願っているぞ。異郷の友よ‥‥」
「また来るがいい。後添いも歓迎じゃ」
「じいさん!」
 顔を赤くしたフレイアを冒険者達は笑って見つめる。だが、一瞬で戻った真剣な目と表情が紡いだ言葉は誰も笑わなかった。
「‥‥何かあったら呼べばいい。あたしは、あたし達はいつでもあんたの力になるから」
「盗賊やモンスター退治等その他困り事がありましたらぁ、僕達冒険者で良ければ何時でもお力になりますからお任せ下さいねぇ」
「子供達の笑顔‥‥曇らせないでくれよ」
 真剣な彼らの言葉の一つ一つにライルは謙虚に頷いた。
「あとぉ〜ライル様ぁ、大きなお世話かも知れませんけど1つ宜しいですかぁ?」
 ダメという間もなくエリンティアは続ける冒険者達の間に、イヤ〜な悪夢が蘇る。
「なるべく早く御結婚されてぇ、タウ老にお孫さんを抱かせてあげて下さいねぇ」
「こら!!」
 振り上げられた拳に駆け出すように逃げ出したエリンティアの後を追うように、冒険者達はもう一度お辞儀をして旅立っていく。
「良い出会いじゃったのぉ」
 見送るライルの蒼い瞳には静かな雫が一筋、零れ落ちていた。

 振り返る街に冒険者の一人が告げた言葉が、風に舞い、空に溶ける。

「新たなる街に祝福を‥‥古き街に感謝を」