【灯 心の灯火】 あかりを灯そう

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月02日〜01月12日

リプレイ公開日:2005年01月07日

●オープニング

「本当に行くのですか?」
「はい、母の遺志を継ぎたいのです。どうか我が儘をお許しください。司教様」
 目の前で膝をつく、クレリックだった娘は、曲がること無い意志と視線で司教を見つめる。
 その強い心に、もう彼が言えることは何も無かった。
「解りました。でも、身体に気を付けるのですよ。無理はなりません」
 父のように心配してくれる司教の思いやりに娘はにっこりと微笑んだ。
「はい、ありがとうございます」
 荷物を持ち、立ち上がり歩き出す娘の背中を見送りながら司教は聖なる母セーラに祈りを捧げた。
「神よ。貴女の娘にどうか、神の守りと祝福を‥‥」

 年の暮れ、旅を続ける商人達は疲れた身体を鞭打って街道を歩き続けた。
 東から西へと、西から東へと向かう街道の中間で、丁度この辺は街も家も殆ど無い無人の荒野が広がっている。
 タイミングを間違うと確実に野宿での夜明かしを余儀なくされ、途中で盗賊に襲われることも多い。
 辛く、危険な場所だった。
 ほんの暫く前まではその中間に一軒の宿屋があった。
 豪快で、でも優しいおかみさんと、その息子が働く宿屋。
「北の聖母亭」が。
 おかみさんは元クレリックで、疲れた商人、傷ついた冒険者を優しく治療してくれた。
 若い息子は気が利く上に料理が上手くて、彼の料理のためだけに宿屋に来るものもいたほどだった。
 でも、その宿屋の灯が消えてもう一週間ほどになるだろうか?
 聖夜祭の準備の為に買出しに出た二人が、何者かの手によって殺されたのはまだ記憶に新しかった。
 物取りの犯行だったのかもしれない。何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。
 理由は解らず、犯人も見つかってはいない。
 多くの旅人が二人の死を悼んだ。
「北の聖母亭」は無人となり、旅人はより辛い旅を強いられることとなった。
 恐ろしい冬の寒さ、頼るものの無い寂しさ、そして‥‥盗賊の恐怖。
「ああ、あの街道の向こう、宿の灯りが迎えてくれた昔が懐かし‥‥えっ?」
 商人達は目を瞬かせた。向こうに灯りが見える。
 二人が生きていた頃と同じ、優しい灯りが‥‥
 急ぎ足で近づいて見ると、宿の中から明るい笑い声が聞こえる。
 恐る恐る扉を開くと‥‥想いもよらぬ声が彼らを出迎えた。
「お帰りなさい。ようこそ、北の聖母亭へ!」
 透き通るような蒼い瞳と澄んだ声に、旅人たちはある人物を思い出す。姿形は似ていないけれど面影と瞳の色は良く似ている。
「おかみ‥‥さん?」
「はい! 先のここの主の娘で、レティシアと申します。またこの宿屋を再開しますので、どうぞご贔屓に!」
 出された暖かいスープ、黒パン。チーズ。そしてウィンターエール。
 スープは塩気が濃すぎたけど、黒パンもチーズも分厚くて、食べづらかったけれど‥‥『北の聖母亭』に一週間ぶりに賑やかな笑い声と、明るい灯りが蘇った。

「なあ、レティシア。これからこの宿を一人でやっていくつもりかい?」
 翌日キャメロットに急ぎの品を運ぶ商人は、心配そうにそう問いかけた。
「ええ、向こうの村とセイラムの、定期馬車があるから‥‥週に1〜2度セイラムに買出しに出て‥‥一生懸命頑張ればなんとかなると思うの」
 慣れない仕事に戸惑うレティシアを助けようと、宿に泊まった旅人達は片付けや、掃除を手伝っている。
 だが、彼らは旅人。いつまでも一緒にいられるわけではない。やはり心配だった。
「女一人じゃいろいろ危ないぜ、あんたの兄さんと、母さんだってその‥‥あれだったんだしよ」
「‥‥ありがとう。でも‥‥いいの。私は命ある限り、ここで宿屋をやっていこうって決めたから。母さんと兄さんの分まで‥‥」
「レティシア‥‥」
「大丈夫、きっと聖母セーラ様が守ってくださるわ。少しだけなら‥‥私も魔法が使えるし‥‥」
 決意の揺らがない笑顔を見せる彼女に、旅人達もこれ以上の説得はできなかった。だが‥‥
「じゃあ、レティシア。街に求人広告を出してやるよ。あんたと一緒に暫くの間だけでも一緒に宿屋をやってくれる奴を捜してくる」
「そうだ。あんたがこの仕事に慣れるまででも誰かが一緒に働いてくれれれば心強いだろう?」
 彼らの提案に、レティシアは遠慮がちに顔を伏せた。
「それは、そうだけど‥‥私にはそれほどお金もないし‥‥」
「ああ、それなら俺たちが出す。あんたのおふくろさんと、兄さんには世話になったんだ」
「そうそう、これからはアンタにも世話になるんだしな」
 彼らは頷きあい、お金を出し合った。
「ありがとう‥‥ございます。皆さん」
 目元の涙の雫を手で擦るレティシアに、旅人の一人は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「なあ、料理の上手い人を頼もうぜ。レティシアの料理はまだまだだからな。教えてもらった方がいい」
「あ! 酷いわ。一生懸命やっているのに」
 拳を振り上げて頬を膨らませる少女の顔に、旅人達は、弾ける様に明るい笑い声を木霊させた。
 その笑い声に、少女も‥‥また。

「と、言う訳だ。年末から年始にかけて。聖夜祭節が終わるまでの間、その宿屋でその子と過ごして欲しい。それが依頼だ」
 代表で依頼を預かった商人はそう言って、依頼書をギルドに提出した。
「はっきり言おう。俺たちは心配している。おかみさんと兄さんを殺した奴が、レティシアを殺しに来るんじゃないかってな」
 彼女が宿屋から出ない間はとりあえず、問題は少ない。二人に恩を感じる旅人達が、いつも誰かは彼女と一緒にいるように決めたからだ。多少用事が遅れてもあの悲劇を繰り返したくない。
 でも、いつまでも一緒にいられるわけではないし、何よりも彼女が気を遣うだろう。
「実は長期に渡ってあの宿で働いてくれる人物も、今、別口で募集をかけている。だが辺鄙な場所だし、彼女との相性も必要だから、時間がかかりそうなんだ‥‥」
 だから、冒険者ギルドに依頼を出した。彼女のボディーガード兼安心できる仲間を求めて。
「で、この料理、家事洗濯が上手な人、ってのは必須か?」
「半分は冗談。でも、半分は本気だ。得意な奴がいたらレティシアに教えてやって欲しい。彼女は修道院にいたから家事は一通りできるらしいが、料理は苦手らしいからな‥‥」
 苦笑しながら、商人は依頼書をもう一度見つめた。

 お客がいるときはともかく、これからの長い時を、たった一人で過ごさなければならない少女。
 肉親を失い、悲しむ間も無く働き続ける娘。
 彼女にせめて、一時、安心できる時間と幸せな新年を。

 貼り出された依頼に込められた祈りを、聖母セーラは見つめているのだろうか? 

●今回の参加者

 ea0763 天那岐 蒼司(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1390 リース・マナトゥース(28歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3441 リト・フェリーユ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4818 ステラマリス・ディエクエス(36歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5235 ファーラ・コーウィン(49歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 夜が明けて朝が来る。レティシアは一人、ホールの飾りを眺めた。
 明日は一月六日。聖夜祭節の最終日。
 主顕節。
 装飾を片付け、新しい年を迎える大切な日。
 神に仕えていた身、その日がどんなに大事か解っている。
 でも‥‥辛い。
「おはよう! レティシア」
 俯く細い肩を後ろから明るい声と腕が抱きしめた。
「早起きね。娘よりしっかりしてるわ♪」
「えっと、あ、おはようございます。ファーラさん」
 顔を上げたレティシアは、笑みを作る。ファーラ・コーウィン(ea5235)が指差した先、冒険者達が動き始めている。
「さあ、今日も元気にいきましょう!」
「はい!」
 厨房に向かうレティシアの背中をファーラは、小さなため息を込めつつ愛しげに見つめた。

 数日前、宿屋『北の聖母亭』にやってきた冒険者達は、直ぐに馴染んでテキパキ仕事を進めていく。
「ほら、ちゃんと手元を見るんだ。ああ、塩を入れ過ぎちゃダメだ。そう‥‥ちゃんとかき混ぜて。いいぞ」
 大きく太い指先に似合わぬ繊細さで包丁を握り、ジェームス・モンド(ea3731)は手際よく料理を作っていった。
 スープにすら『危なっかしい』と称せられるレティシアはスープを混ぜながらその腕前に見惚れる。
「お上手ですね。私も見習いたいです。ねえ?」
 皿を並べるリト・フェリーユ(ea3441)はレティシアと一緒にファーラとジェームスの指導を受けていた。
「ええ、兄さんも上手でしたけど‥‥凄いです!」
 素直な褒め言葉にジェームスは嬉しいような、困ったような微妙な顔色を浮かべた。
「まぁいろいろ‥‥な。家族の面倒をみたりしてたから家事は得意なんだ。‥‥ほら、出来たぞ。運んでくれ」
「‥‥」
「レティシア?」
「あ、はい。今!」
 ぼんやりするレティシアの前でジェームスが玉子焼きの皿を揺らすと、彼女はそれを受取って走った。ホールで給仕をしているリース・マナトゥース(ea1390)と天那岐蒼司(ea0763)に皿を渡し戻る。
 横をすり抜けられたフィーナ・ウィンスレット(ea5556)は首を傾げた。どうしたのだろうか? と。
「‥‥あれは」
 それはほんの一瞬の表情。だが『母親』であるファーラと、ステラマリス・ディエクエス(ea4818)は見逃さなかった。
『家族』の言葉に対して見せたレティシアの思いを‥‥。

 朝食が終わり、旅人達が出発の準備を始める頃、ヴァージニア・レヴィン(ea2765)は自分の馬を納屋から引き出した。
「今日は私が買い出しに行って来ますわ。必要な物を教えて下さいな」
「私も手伝います。ね、リーフ」
 リトが驢馬に笑いかける。お願いします、とレティシアはいくつかの品をあげ二人に財布を預けた。
 信頼の証だ。
「夜までには戻ってきますわ」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 手を振って見送るレティシアの影が消えた後、二人は買い出しと、もう一つの目的の為にセイラムに向かう旅人達の後を追った。

 宿屋の仕事は料理以外にも沢山ある。
 掃除、洗濯その他諸々。
 まずは厨房とホールの掃除。それはリースとフィーナが手伝うと進んで動いていた。
「私も孤児院でいろいろやったから、こういうのは得意だったりするんですよ」
 とテキパキとリースは動く。フィーナも手助けをしてくれた。
 今は、ステラマリスとファーラと一緒に洗濯を終えたシーツを持ってベッドの準備だ。
「はい! そっち持ってくださいね! 行きますよ!」
 ファーラがバッと広げたシーツの端をステラマリスとレティシアが伸ばす。三人でやればあっという間だ。
 雑談をする余裕もできる。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかしら?」
「はい。何でしょう? ステラマリスさん」
 ステラで良いわよ。彼女はそう言うとなるべく軽い感じで聞いた。
「貴女はどうして‥‥修道院に行ったの?」
 気を使ったつもりだったが、レティシアの顔はやはり、かすかに曇った。
「私は、母さんみたいになりたくて、修道院に行ったんです。人々を癒す母さんを尊敬していたから‥‥」
 仕事の手を止め、精一杯の顔で笑みを作る。
「宿屋の仕事、好きなので修行を終えたら戻るつもりでしたけど、こんなに早く戻ってくるなんて‥‥思って無かったな‥‥」
「‥‥レティシア」
 彼女は窓に体を向けた。手がかすかに震えているのが見える。
「あ、ごめんなさい! 早く仕事済ましちゃいましょう!」
 涙を堪えて微笑む彼女を、頬に光る雫を二人はまだ、見ないフリをした。

「ここが‥‥お二人が亡くなった場所」
 その場所にヴァージニアとリトは立ち尽くしていた。
 枯れかけた花が手向けられている以外は、何も無い草原の中。周囲を見回した後、ヴァージニアはそっと目を閉じる。
「手掛かり無し‥‥。解らないわね。二人を、あの宿を恨んでいる人なんて、いないようなのに‥‥」
「とにかく戻りましょう」 
「ええ」
 頷きあった二人が戻ろうとする中、側につき従う驢馬と馬は小さく嘶く。
 彼らは気づかなかった。
 その時、人ならぬ影が一つ、二人の後ろを静かに付いていった事に‥‥。

 深夜、冒険者達は静まったホールで顔を合わせた。
「とにかく、この宿を恨むような人はいなかったはずだ、というのが誰に聞いても同じ見解。盗賊の物取り以外の理由は考えられないようですわ」
「ただ、気になるのが‥‥レティシアさんのお父さんの事なのですが」
 ヴァージニアと、リトが常連客と街で聞いた情報を仲間達に話す。
「ここは元々彼女のお父さんの持ち物で、代々ここで宿屋をなさっていたそうですわ。ですが、ある時、突然いなくなってしまった。何事かに巻き込まれたのではと言われていたようよ」
「クレリックを辞めたお母さんがここで宿を始めたのも、ご主人を待つ為らしい、と街の老人が話してくれたわ」
「旅人の憩いの場で、料理も人気もあって、近々増築って話もあったらしいですよ。お兄さん主体で話も大分進んでいたらしいですけど‥‥」
 情報が、繋がるようで繋がらず妙にもどかしい。
「とりあえず暫く様子を見よう。明日は主顕節。少しでも彼女が安らげるようにしてやらないか?」
 ジェームスの言葉に誰一人、反対するものはいなかった。
 
 〜♪〜♪〜
 レティシアはホールに冒険者とお客を招き、暖炉の火を強める。
 暖かい空気が広がる中、望んで申し出てくれたヴァージニアの奏でる竪琴の音が、聖歌の調べが疲れを癒していくようだった。
「今日で聖夜祭節も終わり。皆さん、クリスマスプティングをどうぞ?」
 そう言って彼女が戸棚から出してきた見事なプティングに思わず歓声があがった。
「それは? 貴女が?」
 ファーラの問いにレティシアはいいえ、と首を降る。
「これは、兄さんが最後に作った新年用のプティングなんです。だから、大丈夫ですよ」
 寂しげな表情でプティングを切り分けるレティシアを手伝い、仲間は黙って皿を配る。
 全員に皿が渡り、プティングを口に運んだ時。
「あら?」
 ナイフが小さな音を立てフィーナの指が止まった。彼女の指がプティングの間から、小さなものをスッと引き出す。
「何かしら? これは‥‥鍵?」
「それは!」
 驚きの顔を見せるレティシアにフィーナは銀の細工の施されたその鍵を黙って手渡した。
 レティシアは、大事そうにそれを抱くとしゃがみ込んだ。その頬には涙。嗚咽と共に溢れる涙は長く止まることは無かった‥‥。

 涙以外、時が止まったような静けさの中、
「厨房を借りた。暖かい薬草湯はどうだ?」
 声をかけられて立ち上がるレティシアをリースは手で制して、素早く蒼司が運んできたカップを配っていく。
 そして、レティシアへも。
「な、何から‥‥何まで。ごめんなさい」
 カップを受取ったレティシアはその温もりを手で感じ、頭を下げた。
「いいんですよ? でも、それは何です?」
 手のひらに乗せた鍵を愛しげに撫でてレティシアは告げた。
「これは、母さんがずっと身につけていたものなんです」 
(『これはね、私達を守ってくれる鍵なのよ。誰にも見せてはいけないのだけど、私達を守ってくれるの』)
 母が死んだ時これを身に付けてはいなかった。だから、形見も無い。盗まれたと思っていたのに。
(「母さん、兄さん、私を守ってくれるの? 死に目にも会えなかった親不幸な娘なのに‥‥」)
 家族を思う。それだけで自分を必死で繋ぎとめていた糸が切れたように涙が止まらない。
「ねえ‥‥レティシアさん。貴女は強いのね‥‥家族が殺されてしまったというのにあんなに明るく笑顔で振る舞えるのだから。でも、きっとすごく辛いはずだよね? だから我慢しなくていいのよ。貴方は一人じゃないんだから」
 ふわり、弱々しい肩を抱きしめるリースの腕がぬくもりと思いを伝える。
「‥‥貴女は頑張ってますよ」
 ステラの手が優しくレティシアの頭を撫でる。
「全部一人で背負おうなんて思わないで? 私達にできる事は僅かだけれど、少しずつ、力になるから」
 リトが手を取る。言葉で伝えられない思いが指先から流れてくるようだ。
「ここは旅人にとっての憩いの場。だが、お前さんが安らげなければ、他の人を憩わせることはできないと思う。もっと頼っていい。俺たちを家族だと思ってな」
「‥‥昔、母さんが言ってたんです。この宿は灯りでありたいって。誰かを迎える、優しい灯火でありたいって。でも、私には、もう迎えてくれる灯火が無くなったと思っていました」
 涙を擦りながらレティシアは顔をあげる。
 安らぎの祈りを込めたヴァージニアの竪琴が静かに響く。まるで勇気をくれるように。
「でも、私にも灯火があるんですね。母さん、兄さん、死んでも私を守ろうとしてくれる。そして‥‥お客さんや皆さんも、私の灯火。ありがとう‥‥ございます」

 主顕節の優しい光の中。一つの影が部屋を出た事を蒼司とフィーナだけは気付いていた。
 部屋を出たその影は、真っ直ぐにセイラムの街へと走っていく。この夜中に‥‥
「あれは一体?」
「さあな。だが、敵意は感じなかった。余計な心配はさせたくない」
「‥‥そうですね」
 見送るフィーナの言葉に蒼司は強く拳を握り締めた。
「レティシアは‥‥絶対に‥‥守る」

 翌朝、レティシアは部屋を飾るリースや飾りを丁寧に外し木箱に片付けた。
「いいの?」
 手伝いながら問うファーラにレティシアは笑う。
「私、一人ではないですから」
 その首には、紐に結ばれた小さな銀の鍵が揺れていた。

 冒険者達がキャメロットに戻る日。
 人一倍早起きしたレティシアは一人、竈に向かう。そして、旅支度を整える冒険者達にまだ暖かいそれを差し出す。
「これは‥‥パン?」
「美味しそう。貴女が焼いたの?」
 香ばしく黄金色に焼いたパンの香り。問いかけるファーラにレティシアは、はい、と頷く。
「皆さんに教えて貰ったので、少しは上手になったんじゃないかと思うんです。良かったら食べてください」
 明後日にはセイラムの街から手伝いの人も来る筈だ。
 もう、大丈夫です。レティシアはそう言った。
「何か、あったらいつでも呼んで下さいね。私、いいえ、私達で出来ることなら最大限お手伝い致しますから」
 フィーナの言葉に明るい笑顔がではい、と返事が返った。
「私は、ここで頑張ります。精一杯。だからいつでも来てください。皆さんの為に灯りを灯して私、待ってますから」
 もう、半ば家族のような気分で冒険者達はレティシアを見つめた。
 あ、でも。優しい言葉に続けられた忠告は厳しい。
「ダメですよ。旅をする時には食べ物を持って歩かなくっちゃ。いつも宿屋があるとは限らないんですよ。ね」
「ぐっ」
 返事を失った者が一人ならずいた。仲間に保存食を分けて貰い、なんとか辿り着いた者が‥‥。
「参った。降参だ!」
 ハハハハハ‥‥。
 北の聖母亭に笑い声が響き、そして遠のいていった。

 数日後。
「キャアア!」
 新しく入ってきた従業員は悲鳴をあげて1日と持たず帰っていった。
 そして驚くほど素早く街に噂が広まっていく。

「北の聖母亭に血まみれのゴーストが出る」と。