【狩人の少年】狼たちと羊飼い
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月24日〜02月03日
リプレイ公開日:2005年02月01日
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●オープニング
山奥のその村は、人間の数よりも羊や鶏の数が何倍も多い。
広がる高地の草原で羊を飼い、その毛糸で糸を紡ぎ、織物を作る。
食べる分の作物を作り、山奥で静かに、人々は長いことそうやって過ごしてきた。
村人の殆どはその村で生き、その村で死ぬ。
村を一歩も出ずにその生涯を過ごす者も多かった。
だが‥‥
ふと、少年は抱えた草の束を降ろした。今、羊小屋の開かれた窓の向こう。遠い森の方に影が過ぎったような気がしのだ。銀色の影‥‥
(「? あれは‥‥また?」)
「こら、フリード! 仕事は終わったのか? 羊達に餌はやったのか?」
キツイ声に少年は背を縮こまらせた。大きな身体をゆらしながら近づいてくる男を、父さんと呼ぶと少年は山の向こうを指差した。
「ねえ、父さん。今、山の向こうに影が見えたんだ。あれは‥‥狼じゃないかな?」
少年の顔は真剣だった。だが、帰ってきた答えはゲンコツが一つ。そして怒鳴り声。
「何、バカな事を言ってるんだ? 今までこの辺に狼なんか出たことは無い。余計な事を考えているから余計な物を見るんだ」
「だって、僕は見たんだ‥‥。それに余計なことじゃなくて‥‥僕は‥‥」
「ああ、その話は後だ、とにかく、早く羊に干草をやって、それから部屋の中に薪を運ぶんだ。近いうちに雪になるぞ」
話を勝手に打ち切って男は小屋の外へと出て行く。
開いた扉からひゅううぅと冷たい風が小屋の中に差し込んでくる。
羊達を守るようにフリードは、慌てて扉を閉め‥‥ようとした。
戸口が鳴って、そこに立つ少女の姿を見つけるまでは‥‥。
「ベル‥‥」
「大変ね‥‥フリードも」
少女は銀色の髪を揺らして、ニッコリと微笑んだ。
「ねえ、叔父さん、まだ許して下さらないの?」
心配そうに問いかけるベルにフリードはため息と一緒に首を前に降った。
「絶対に許さない、って。まったく頭が固いんだから‥‥」
「叔父さんは心配なのよ。フリードが危険な目に合うんじゃないかって」
クスクス、笑いながら言った幼馴染の少女の言葉に、彼は解っているけどさと、呟いてもう一度ため息をついた。
今まで、当たり前のようにこの村で生涯を過ごすと思っていた。
この村は大好きだ。今は冬で寒さが厳しいけど、春から夏になればまるで天国のような風景が広がる。
羊飼いの仕事も好きだしこのまま、この村で一生を終えるのだって悪くはない。
「‥‥でも、さ‥‥僕は‥‥なりたいんだ‥‥ !」
「どうしたの? フリード?」
ベルは怪訝そうに顔をフリードの目線の先に向ける。
フリードは話を途中で止めて、小屋の窓から顔を出して何かを探すように視線を送った。
「また、見えたんだ。あの影が‥‥」
「あの影って‥‥?」
ベルも隣から顔を出してみるが、そこに見えるのはごく普通の見慣れた村の風景だ。
「あれは‥‥狼だと思う。誰も信じてくれないけど、僕は見たんだ。銀色の毛の‥‥狼を」
秋から冬にかけて、フリードは何度かその影を、時には姿を見たと思っていた。
他の人物は見ていない。挑むように彼にだけ姿を見せるような‥‥銀色の狼。
その側には数匹のウルフが付き従っていた。
「狼を見た」
何度か村の人々に言ってもみたが‥‥誰も本気にしてはくれなかった。理由は
「今まで、村の側に狼が来た、なんて話は無いわよね」
というベルの言葉と同じだ。だから、彼はこう答える。
「‥‥信じてくれなくていいよ。僕だって‥‥信じられないから」
(「でも、本当なんだ」)
握り締める柔らかい手に、細い指がそっと重なった。
「信じない、なんて私は言わないわよ。今までに無かったからこれからも無い、なんて保証はどこにもないもの」
彼女の言葉には説得力がある。ほんの半年前までは普通の村娘だった少女とは思えない考えを持つに到ったのには理由があるのだが‥‥。
「そうだ、明日から私、父さんと一緒にキャメロットに行くの。織物を届けにと‥‥あと‥‥いろいろね」
そのいろいろと、理由を知っているから、フリードはそれ以上何も言わなかった。
「そうか‥‥気をつけて」
背を向けて羊の前に干草を撒く彼の足元には、秋に生まれたばかりの羊がじゃれるように纏わり付いた。
「ねえ、フリード‥‥」
「何? ベル」
顔をこちらに向けず、彼は一生懸命平静に声を返そうとした。でもかすかに声は揺れている。
「何でもない。お土産‥‥待っててね」
遠ざかっていく銀の少女の足音が完全に消えた時、少年は小屋を出た。
空と、今は枯れた草原と‥‥深い森。
暗い空は、まるで自分の未来のように見えてたまらなく苦しかった。
「依頼と言っていいのかどうかわからないんですけど‥‥」
そう言うとその少女は冒険者ギルドに小さな、依頼、いやお願いを出した。
係員は、その書類を三度見返すと確認するように、少女を見つめた。
「狼を捜して退治して欲しい、って言うがこれは被害が出てるとかって言うのとは違うんだな」
「はい。狼を見た、って言っているのは私の幼馴染なんです。でも‥‥他の人たちは見たことが無いって‥‥」
「と、言うことは行ってみて本当にいなかったら、無駄足って可能性もあるんじゃないか?」
厳しい言葉に、そうかもしれません、と少女は素直に認めた。
「でも、私は彼を、フリードを信じます。もし、本当なら村が、羊や動物達も危険ですから‥‥報酬は少ないかもしれないけど‥‥お願いします」
彼女は頭を下げ、小さな袋を差し出す。それは本当に小さな袋で、中に入っている硬貨もそう多くは無い。
「これは、私の織った織物のお金、私のお金ですから‥‥」
村のお金に手をつけたり、大人に頼ったりする方法もあっただろう。特に彼女の『親』は彼女の頼みであればきっとできる限りのことはしたであろうから‥‥だがそうはしない、初めて出会った時から変わらぬ潔さに係員はまあ、いいさ。と依頼書を壁に貼り出した。
外には雪が、音も立てず、静かに、静かに降り始めていた。
雪がゆっくりと降り積もる、山奥の村。
羊飼いの少年は、厚手の服を纏い、帽子を被り、バックパックを手にドアを開けた。
少し、迷って左手に弓を握り、矢筒を肩にかける。
誰も居ない部屋の中に、一枚の羊皮紙が置手紙のように置かれてあった。
「フリード! 冒険者の皆さんが‥‥」
少し早く帰ってきた少女ベルは『お土産』を報告にフリードの家にやってきた。
だから、一番最初に見たのだ。その手紙を。
「‥‥急いで、知らせなくっちゃ。父さんに、叔父さんに‥‥冒険者の皆さんに‥‥」
握り締められた羊皮紙にはこう綴られてあった。
『羊が1匹逃げたみたいだから、森に捜しに行ってくる。すぐに戻るから心配しないで』
オオオオオオ〜〜オン
走り出したベルの耳に、生まれて始めて聞く狼の遠吠えが、聞こえたような気がしてならなかった。
●リプレイ本文
『メェ〜〜 メェ〜 』
「こら! どうして逃げたんだ? 危ないだろう?」
ポカ! 毛並みと同じ色の中で埋もれかけていた子羊を、彼は抱き上げた。
振り返り、後ろを見てみる。彼は小さく舌を打った。
「拙いな、足跡が消えてる‥‥」
雪は酷くなっていく。
「どうしたらいいんだろう。こんな時‥‥」
迷いそうな心。だが‥‥今はできることをするだけだ。
『メェ〜』
腕の中にある小さな命を守るために歩き出す。
尊敬する人達が教えてくれたように。
彼を遠くから‥‥瞳が黙って見つめていた。
その村に冒険者達がたどり着いたのは、夜もかなり更けてから。
山奥の村のこと。静かな眠りに付いているはずの時間なのに‥‥
「あれ? 人が集まってる。何か、あったのかな?」
馬の手綱を引きながら戦闘を歩いていたフレイア・ヴォルフ(ea6557)が目を瞬かせた。
「? 本当だ‥‥。皆、急いだ方が良さそうだ。行けるか?」
エヴィン・アグリッド(ea3647)の言葉に彼らは頷き、村に向けて足を早めたのだった。
村の広場に足を踏み入れた冒険者達に、駆け寄ってきた少女がいた。
「あ! 冒険者の皆さん!」
灯りを手に集まっている大人達の仲から一人抜け出した彼女は、上手に雪を踏み冒険者の所に近寄ってくる。
「お久しぶりですね。ベル様。お元気そうで何よりですわ」
「再会を喜びたい所だけど‥‥何かあったのかい? ベル」
パーティの中に李彩鳳(ea4965)やアルノール・フォルモードレ(ea2939)などの旧知の顔を見つけ、ベルは破顔した。
「来て下さったのですね。皆さん。‥‥でも、今はお願いです。力を貸して下さい」
ベルはそう言って、後ろの大人達へ向かって視線を巡らせた。
この村は以前冒険者に二度、救われたことがある。それを誰もが忘れてはいなかった。拒絶の空気は無い。
一人が一歩‥‥前に出た。その初老の男性はカンテラを掲げ冒険者達を照らす。彼が村長である事を覚えている者もいる。
「本来ならば歓待すべきところですが‥‥今、村は大変、困ったことになっております。お力をお借りできないでしょうか?」
「もちろん」
アクテ・シュラウヴェル(ea4137)は長の頭を上げさせた。
「その為に、私達は来たのです。事情をお聞かせくださいませ」
(「やれやれ、予想外の仕事か‥‥。まあ、いい。折角マリーさんと一緒になんだからな」)
ジョセフ・ギールケ(ea2165)はこっそり吐いた息と、思いを横に立つマリー・エルリック(ea1402)に聞こえないように白い息と雪に吹きかけた。
まだ止む気配を見せない雪が、深々と降り続けていた。
「ほお、少年が行方不明‥‥羊を探しに行ったまま‥‥ふむ」
「あの、何か?」
心配そうに顔を見つめる少女の青い瞳にカルヴァン・マーベリック(ea8600)はいやいや、と苦笑を手で軽く払った。
「劇的すぎる話というべきか、お嬢さんの奇跡のような人格に驚嘆するというか‥‥。いやはや、事実は奇なるものだ」
「茶化すべきではありませんわ。で、まだフリード様は戻ってきていませんのね」
彩鳳はカルヴァンを軽く諌めると、確認した。怒っている場合ではない。村の集会所で彼らは打ち合わせをしていた。ああ、と男が呟く。
「うちの羊小屋の壁が壊れていて、逃げた羊を探しに行ったらしい。あのバカが、まったく‥‥」
イライラと足踏みする男はフリードの父だと、ベルは冒険者達に耳打ちした。
「普段の時だったらそれほど心配でもないが、この雪だ」
足跡は雪に埋もれて見えないが、羊を追って行ったのなら人の少ない、そして放牧をした森と山のほうへ行った可能性が高い、と彼は言う。
「解りました。私達が森の捜索を。皆さんは村や街道の方を捜してください。奥まで出歩かないで、狼が出る可能性がありますから」
大人達は眉をひそめた。
「狼? そう言えばフリードもそんなことを‥‥」
「たまに獣が羊を襲いに来ることもあるが、狼は今まで出たことは無い」
「でも! フリードは見たって言っていたもの。本当にいるかもしれないでしょ!」
空気はまだ、揺れ続けている。村長は‥‥冒険者達に聞いた。
「‥‥貴方がたは、信じておいでなのですか?」
「二人共見る目のある賢い方々です。狼は必ずいます」
その言葉に、村人達も今は反論しなかった。何より時間も無い。
「解りました。お任せします」
「じゃあ、あたしの馬、預かっておいてくれるかい?」
はい、と女達がフレイアに向かって頷いた。
「あの‥‥息子を、フリードをお願いします」
進み出た女性をベルは叔母さんと呼ぶ。小柄な女性は頭を下げた
「大丈夫です。貴方やベルは信じて待っていて下さい」
そう言うとアルノールは柔らかく笑う。
「私も‥‥」
言いかけたベルを止めたのはアクテの白い腕。彼女はゆっくりと首を降る。
「フリードさんが迷わないよう待ってて下さい‥‥貴女という鈴の音で」
心配でどうしようもないという顔の彼女に軽い声が掛かった。
「帰ってきたら、ご馳走頼むぞ? 暖かい物がいいとマリーさんが言っている」
「羊‥‥マトン‥‥ラムは‥‥美味しい‥‥はっ‥‥なんでもありません」
天然か、それともワザとか? マリーとジョセフの言葉に
「くすっ‥‥この村の羊は‥‥食用では無いので、美味しくないかもしれませんよ」
ベルや、女達、大人達の頬にも軽い笑みが浮かぶ。
「でも、戻ってきたらご馳走を。お約束します」
エヴィンは立ち上がる。
「それを楽しみに、行くか!」
冒険者達は一筋の躊躇いも無く、外へと歩き出て行った。
「皆さん、フリード、どうか無事で‥‥」
鈴の音のような祈りの声が、静かに村に捧げられていた。
「さてと、どうするかな‥‥」
まずはフリードの探索。それは、最初から決めていたことだった。
だが、外は雪。−10度の世界だ。
「狼に化けて捜そうと思ったんだが‥‥」
ミミクリーは服を変化させることはできない。狼に化ければ服が破れる。術が解けた時、裸では間違いなく二重遭難コースだとエヴィンは頭を抱える。
「じゃあ、あたしと組んで一緒に探さないかい?」
フレイアはそう言って彼を誘う。
「ああ、じゃあ、世話になるか?」
「テントを貼りました。ここを集合場所にしましょう」
簡易テントを手早く組み立てて焚き火をする。
三人ずつに別れ、拠点を二人が守ると決めた。早いテンポで話が決まる。
そして、それぞれが雪の森へと足を踏み入れて行った。
雪の下で草や木は完全に眠りについている。
「っと、やっぱりダメか‥‥草木は知らないってさ」
肩をすくめたアルノールの言葉に彩鳳はそうですか、と俯いた。グリーンワードでフリードが行ったコースを捜せないか、と思ったのだが‥‥
「ご無事だといいのですけど‥‥フリード様、聞こえたら返事をなさってください!」
高く掲げた松明の下で大きな声を上げる。でも、森は全ての音を吸い込むように静まり返っていた。
無言で後ろを歩くカルヴァンも深く息をつかずにはいられない。
「フリード〜‥‥!」
「どうなさいました? 何か?」
仲間の変化を彩鳳は見逃さなかった。アルノールはバイブレーションセンサーを使った直後のはず。何か‥‥掴んだのか?
「今、振動がいくつかあっちに向かって走って行ったんだ。多分‥‥狼?」
「あっち‥‥って村ですわ!」
「! 急ごう!」
周囲にフリードの気配は無い。今、人が減っている村を狼が襲ったら!
僅かな心配を残しつつ彼らは来た道を真っ直ぐに戻っていった。
足に絡みつく雪は体力の無いエルフの魔法使いの足を奪う。
「あ、っと‥‥うわっ!」
「大丈夫かい? しっかりしなよ」
転びそうになるアクテを何度目か、フレイアは支えた。
エヴィンと一緒に注意深く周りを見ながら道を作る。
「おぉ〜〜いフリード、居たら返事しな〜〜」
時々酒で身体を温めるが、それでもやはり身震いせずにはいられない寒さだ。
歩いていた方が暖かい。少し足を早めたフレイアは、その直後止まった。
「待って下さい! 向こうに留まって動かない体温を感じます。一つ、二つ‥‥三つ?」
疑問符のついたアクテの声を二人は聞かなかった。駆け出して‥‥周囲を必死で見回す。
ガサガサッ!
何かが動き、走り出す気配が見えた。
「何だ! あれは‥‥」
「ちょっと! 見つけたよ!」
影を捜すように瞬きするエヴィンをフレイアは大声で呼んだ。
彼女が指差す木の根元の小さな洞。
そこに羊にマントをかけて、凍える自分自身を必死に抱きしめる少年が一人‥‥。
「フリードさん!」
「‥‥あ・ク‥‥テさ‥‥ん」
ドサッ。
雪に向かって倒れかけた少年とエヴィンはしっかりと抱きとめた。
羊もまだ息がある。マントが守ったようだ。
「とにかく、急いで戻るぞ!」
少年を抱き上げた騎士の号令に仲間達は黙って頷く。
彼らは急いでいた。だから、気づかなかった。
少年の服に張り付いた‥‥一房の銀色の毛のことなどは‥‥。
「ジョセフさん‥‥寒いです」
「大丈夫ですよ。マリーさん。こうしていれば暖かいでしょう」
森と村の丁度中間に張ったテントの前で二人の恋人達は肩を寄せ合う。
交代までの静かな一時‥‥。
「? 何か‥‥今?」
ジョセフは軽く辺りを見回して、念のためにブレスセンサーをかけてみた。
「村の方に‥‥あれはまさか!」
「! 行きましょう。ジョセフさん」
狙われたのは森から一番近いところにある家の羊小屋。
狼がざっと5〜6匹小屋を取り巻いているのが見える。
「‥‥うわっ‥‥食べてる」
マリーはほんの少し顔を顰めた。狼達の口元は赤い。小屋の側で頭を砕かれた羊が一匹、餌食になっているのだ。
「マリーさん! 下がって!」
ジョセフは一歩前に出た。接近戦は得意ではないが仲間が来るまでは‥‥。
「貴方に‥‥幸運を!」
「ありがとう‥‥! トルネード!」
自分を守る女神の祝福に微笑んで、ジョセフは魔法を放った。
無防備な狼達の背後に竜巻が襲い掛かり、彼らを空中へと飛ばす。
『ギャウ!』
地面に叩きつけられる様に落下したものがいる。何とか体勢を立て直したものもいる。
だが、彼ら全員が同じことが、一つある。大きく開いた目で、二人の冒険者を鋭く睨みつけて‥‥。
「油断したか。‥‥拙いな。せめて、マリーさんだけでも‥‥」
闇に光る目に、ジョセフが覚悟を決めかけた時だった。
「アイスチャクラ!」
ビュン! 氷の円刃が狼達の間を切り裂いていく。
「大丈夫ですか?」
素早く飛び込んだ武道家の少女が二人を背に守る。ジョセフは安堵の表情で仲間を迎えた。
「すまない、ありがとう!」
三人の仲間が増えたが、まだ狼達の方が数が多い。
「来ます!」
彼らが身構え、狼達が地面を蹴る、その時だった。
『ウオオ〜〜〜ンン!』
高く、高く遠吠えが響き渡った。闇を切り裂く、それは強い意志。
狼達は動きを止めた。そして、踵を返し森へと戻っていく。
「逃がしません!」
一匹の足の動きが止まった所を彩鳳の鋭い拳が鼻にめり込む。
倒れたのは一匹。一瞬だけ振り返ってでも、それ以上の足を狼達は止めない。
去っていく影達と、それに混じる銀の影。
それ以上の深追いを冒険者達はしなかった。
「‥‥こ、ここは?」
小さなテントの中。少年はゆっくりと頭を上げた。
「気が付いたかい? 久しぶりだね。フリード」
笑いかけた薬草師は暖めた発泡酒を毛布に包まった顔なじみの少年にはい、と手渡した。
「コレを飲めば少しは体が温まるよ」
「あ、ありがとうございます。僕は‥‥」
カップの温もりを感じながらフリードは目を伏せた。
「あの、羊は‥‥」
「君が捜しにいった奴は無事。別なのが一匹、狼にやられたみたいだけど‥‥気にしちゃダメだよ」
「狼が‥‥」
冒険者の言葉に彼は、何かを思い出そうとしていた。
雪の中で遠のいた意識の奥で見た黒い瞳。
今よりももっと昔、どこかで見たような‥‥。会ったような‥‥。
でも、まだ冷えた身体と指先はその答えを教えてはくれなかった。
彼らの前には灰色狼の姿がある。もう動きはしないが。
少年の探索に気を取られたとはいえ、倒せたのが一匹というのは‥‥。
「仲間をやられたことで、報復に襲いに来る可能性は無いか?」
「十分、ありえますわ。羊や動物達を狙ってくる可能性も」
心配そうなエヴィンの言葉にアクテは頷いて見せる。
目的の一つは達した。だが‥‥問題はここからだろう。
「でも、これで村の方達は信じてくれますわ。狼のこと」
フリードの汚名はこれで晴れる。対策が必要ならば‥‥これからだ。
手を握る彩鳳の気持ちは仲間達に伝わっていく。
「‥‥戻りましょう。‥‥ラム‥‥いえ、皆が待ってる」
「そうだな。行こう」
彼らは知っていた。問題はまだ終わっていない事を。
本当の戦いはこれからだ。
雪は止んで空気が光を帯び始めている。
遠くの丘の上から少年と冒険者を見つめる銀の影を、その視線を、冒険者達はまだ知らない。