【狩人の少年】狼たちと冒険者

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 60 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月08日〜02月18日

リプレイ公開日:2005年02月16日

●オープニング

 雪でまだ白い村の広場にはほぼ村中の人間達が集まっていたかもしれない。
「‥‥フリードの言ったとおりだとはな‥‥」
 皆の視線が集まる広場の真ん中。
 中央にあるのは狼の死骸。冒険者が仕留めた一匹だ。
「うわ〜、すげえ! 本物の狼だぜ」
「凄いよな。あの牙‥‥俺欲しいなあ」
 子供らしい興味と好奇心で遠巻きに見つめる子供達と異なり、大人達は深く重い息をついている。
 やれやれ、と考えに沈む長の言葉もまた重い。
「今度は狼か‥‥最近のこの村は呪われておるようじゃのお。騒動ばかり起こりよる」
「そんな事を言っている場合じゃない。このままだと村の羊や動物達がまた狙われるぞ!」
「今朝、うちの小屋も狙われて羊が二匹やられたぞ」
「これ以上、羊や馬をやられたら、どうなる。それこそ冬を越せなくなってしまう」
 牧羊の村にとって狼の襲撃は正しく命に関わる問題だ。だが‥‥
「わしらだけで狼達を倒す事は‥‥かなり難しいな‥‥」
 問題はそこで静止する。
 大人達は首をうなだれ下を向いた。
 彼らとて自衛の手段を持っていないわけではない。
 未開の土地を切り開き、獣と戦い、この地を守ってきたのだ。
 しかし、狼の群れの襲撃は村長ですら始めての経験だ。
 何をどうするべきか、それすら‥‥解らない。
「ねえ、冒険者にお願いしたらどうかしら?」
「ベル‥‥」 
 口を挟んだ少女に幾人かの大人達の眉が上がった。
 大人達の話しに口を突っ込むな、という思いと子供達に心配をかけているという罪悪感がそこにある。
 少女を幼い頃から見てきた男はどこか寂しげに少女の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「お前もフリードも、何かというと冒険者、冒険者だな‥‥」
「‥‥しかし、それが一番確実かもしれん」
 村長の言葉に大人達の顔が上がる。子供達の目も村長を見る。全員の耳目を集めた彼は細く目を閉じた後、ゆっくりと村人達を見つめ告げた。
「キャメロットに使いを‥‥そして、冒険者に依頼を。狼退治に力を貸して欲しい、とな」
 彼の言葉に全員が従い、村全体が動き始めた。

 王都キャメロットにやってくるたび彼女はここの門を潜っている。
 一番冒険者ギルドを良く知り、依頼に慣れている。その理由あって選ばれた使者の少女は正しい手続きでギルドに依頼を出した。
「と、言うわけで私が使いに来ました。お金が沢山出せるわけではありませんが‥‥力を貸して下さい」
 前回のあやふやな物とは違う、村からの正式な依頼を断る理由は無い。係員は直ぐにその依頼書を壁に貼り出した。
 安心したようにその少女は微笑んで‥‥は、いない。
 ふと、その浮かない表情が気になったのだろうか?
 冒険者の一人が、顔を覗き込むようにして問うた。
「どうしたんですの? 何か心配事でもあるのですか?」
「‥‥いえ‥‥はい。実は‥‥」
 迷うように暫く口ごもった後、決心したのだろう。彼女は冒険者を見て‥‥言った。
「実は‥‥ここに来る前にフリードが‥‥」

「狼退治をするって?」
 雪山の寒さにやられ、まだベッドに縛り付けられている幼馴染を訪ねた少女はそうよ、と頷いた。
 きっと喜ぶだろうと思った。だから知らせに来たのだが‥‥
「‥‥そうか‥‥」
「? どうしたの?」
 じっと考え込むように下を向いたかと思うと、窓の外に視線を漂わせる。そして彼は言った。
「ねえ、ベル。昔、森で小さな子犬を見つけた事覚えてる?」
「な、なあに? 突然。ちょっと覚えているけど‥‥」
 そう言えば今よりももっと子供の頃、森で兎捕りの罠にかかった獣を助けてやった事がある。
 犬のような姿をしていたから、食べる事はできないし、小さいからと‥‥こっそり。
 だが、それが今、一体何の関係があるというのだろうか?
「‥‥信じてくれなくてもいいけど‥‥僕は、あいつに助けられたのかもしれない」
「えっ? どういうこと?」
 ベッドの横にかけられたマントを彼は黙って手に取った。肩口についた銀色の毛が指先に挟まれている。
「雪の中で‥‥どうしようもない寒さと、不思議な暖かさを感じた。頭の中が真っ白くなった時。不思議な銀の光に包まれた、そんな気がしたんだ‥‥」
「森で貴方を見つけてくれた冒険者は貴方と羊だけしか見てなかったみたいよ‥‥」
「うん、だから夢だったのかもしれない。でも、思ったんだ‥‥」
(「あの時助けた子犬が‥‥あの銀狼で‥‥僕を助けてくれたなんて‥‥」)
 口に出さない少年の言葉を、少女は確かに聞いたような気がしていた。

 依頼はもう壁にかかった。取り消す事はできないし、取り消すわけにはいかない。
「狼達と共存する事は多分不可能です。この冬は特に雪が多くて厳しいから獲物を求めて狼が襲ってくるのは仕方ないかもしれないし、私達は羊や動物達を奪われるわけにはいかないんですから‥‥」
 冒険者の到着を待って、狼退治にかかるつもりだと村長は言っていた。
「だから、お願いです。狼を退治して下さい。‥‥できるなら、フリードも一緒に」
 ベルは知っていた。フリードが胸に抱いている夢。
 難しく‥‥そして厳しい世界への憧れを。
 冒険者との『冒険』の中でフリードが何かを見つけてくれる事を彼女は願っていた。

 一面の白銀に包まれた小さな村。
 高台から狼は村に眼を向けた。
 彼らも生きなければならない。自分の背後には自分が守らなければならない者達がいる。
 決意を固めたような眼差しは揺らぐ事なく村を見つめていた。 

●今回の参加者

 ea1402 マリー・エルリック(29歳・♀・クレリック・パラ・イギリス王国)
 ea2939 アルノール・フォルモードレ(28歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3647 エヴィン・アグリッド(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4965 李 彩鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 雪を踏み、彼らはその村へやってきた。
 ある者には何度目かの、ある者には初めての訪れ。
 冒険者達を村人達は心からの感謝で迎えた。
「大したもてなしができぬ事をお許しください」
 昼食に出たライ麦パンと、暖かいミルク。スープ、塩漬けのポーク、そして鳥の丸焼き。
 それが村にとって精一杯の料理である事は解っている。
「いや、十分過ぎる。ありがとう」
 五百蔵蛍夜(ea3799)は固く見える頬を緩ませて言った。
 向こうではもう席に付いたマリー・エルリック(ea1402)はチキンを切り分けて無言で口に運んでいる。
「暖かいスープは嬉しいね。少し身体が冷えたから‥‥」
「このようなお心遣いは無用ですのに‥‥でも、感謝いたしますわ」
 アルノール・フォルモードレ(ea2939)の素直な笑顔に頷きながら李彩鳳(ea4965)も微笑む。
 村に着いて直ぐに偵察と地形確認。罠作りの下準備。正直、料理はありがたかった。
「あんた達、急がないとマリーに肉全部喰われちまうよ」
 少年と戦士の肩をポン、と軽く叩くとそう言ってフレイア・ヴォルフ(ea6557)は席に付く。
「ああ、すまないな」
 そう言いながらもギリアム・バルセイド(ea3245)は少年と目を合わせたまま動こうとしない。
「よう、久しぶりだな」
 久しぶりの再会に笑顔で答えたベルと違い、少年フリードの言葉は止まっていた。伝えたい事。言いたい事はあるのにそれが言葉に出てこないような。
「あ、あの‥‥」
 また、言葉が出てこない。それを父親のような視線で見つめるとギリアムはポン、と頭を一回叩いて行こう、と促した。
「食べる事、休む事。それも大事な仕事だからな」
「はい」
 そんな会話を横目で見ながらエヴィン・アグリッド(ea3647)は自分が救出した少年の思いについて、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)は救出の時に感じた気配と狼達の思いについて考えていた。
 人間の身勝手かもしれないが‥‥この戦いは避けられるものではない。
 だからこそ自分に何が出来、自分が何をするべきか‥‥料理を口にしながらも、彼らは考えていた。

 昼過ぎからは村人総出で準備に取り掛かった。
 あれから毎晩のように狼達は動物達を襲いにやってくるという。
 一度に羊数匹。素早く行動し、逃げる。その統率の取れた行動に村人達の行動はいつも後手に回っていた。
「人を襲う事はないんですけど‥‥」
 木の棒にベルは古布を巻きながら呟く。
「本来なら畑を荒らす動物達を狩るだけの狼達が羊に目をつけた‥‥狼達も生きるためには必死なのでしょうね」
 深い思慮にベルは尊敬の目でアクテを見る。指示で罠は完成に近づいていく。
「だが、少なくとも危害を加える狼は退治しなくてはならない。人間も生きなくてはならないからな」
「そうですね。でも‥‥」
 厳しいエヴィンの言葉に頷きながらもアルノールの眼差しは少し、遠くを見ていた。
 ある少年の思いへと‥‥。

「フリードさんは冒険者を‥‥目指しているのですか。ふむ‥‥私なんで‥‥冒険者なんでしょう‥‥肉の為ですね‥‥、皆の為‥‥そして自分の為に行動するのが冒険者です」
 無表情で黙々と仕事をこなしながら、マリーは自分の考えを話していた。肉の為、と本気か茶化しているのか解らない表現ではあったが‥‥フリードははい、と頷いた。
「まあ‥‥仕事なのですから‥‥きっちりと‥‥やるべき事はやらないと」
 だが‥‥今度は素直なはい、の返事は返らなかった。
「なあ、フリード。‥‥一度家畜を襲う事を覚えた狼はそれを辞めない‥‥あんたはどうしたい?」
 ! フリードの表情が変わった。困ったような、戸惑ったような、不思議な顔だ。
「ベルが‥‥言ったんですか? あれは、夢かもしれない。って言ったのに」
「でも、夢ではないと思っておられるのでしょう?」
 優しい笑みを浮かべた彩鳳の言葉にも返事は返らない。口だけの言葉など直ぐに見透かされると彼には解っていた。
「貴方が何を望まれても、私は力になりますわ。自分にとって本当に大切な物は何か、自分が目指す物は何かをちゃんと心に持っていれば‥‥」
「あんたが思う事を、教えてくれ‥‥あたしはその手助けをしよう」
 フリードは無言だった。強く唇を噛んだ少年にマリーは優しく肩を叩く。
「フリードさん‥‥私は奉仕しか出来ません‥‥でも‥‥フリードさんには、フリードさんにしか出来ない‥‥フリードさんだからできる事がある筈です」
 その言葉にも答えは返らなかった。空気は段々朱から紫に変わっていく。
 やがて濃紺へ変わるだろう。時は少年の決断を待っていてはくれない。
 狼達の行動もまた‥‥。

「ああ、良く寝た。さあて、仕事を始めるか」
 伸びをしたギリアムの横には、日本刀を抱えゆったりと小屋を出てきた蛍夜がいる。
 疲れの全てを落としてきた彼らの眼光は鋭い。
(「こういう戦いの準備もあるんだ‥‥」)
 フリードは素直に感心していた。勿論彼らがそうする為には
「こっちの準備はOK。雪かきも皆やってくれたよ」
 罠を作ってくれた仲間の存在がある。
 おとり用の小屋の片側と前方に空間が作られていた。入り口は広く、小屋に近づくにつれ徐々に狭く高くなる柵がある。
 森と村との境には幾つもの松明が立てられている。今はまだ火はついていない。
「狼との知恵比べですわね」
 アクテは外を見た。毎夜襲ってくる狼達。味を占めているならもう直ぐ来るだろう。
「後は家から出ないで下さいね」
 彩鳳の言葉に村人達はそれぞれに家へと戻っていくが‥‥一つだけ動かない影がある。
「‥‥フリード」
「帰るんだ。皆さんの邪魔になる」
 かけられた母の声、伸ばされた父の手を払うと、彼は冒険者達に向かい合った。
「僕も‥‥お手伝いさせて下さい」
 真摯な目に彼らの目が緩む。彩鳳は小さく頷くと少年と、その両親を見た。
「‥‥そうですわね。ご両親様。彼の無事は私達が守ります。見届けさせてやって頂けませんか?」
 それでも心配そうな母に、父は黙ってその手を引いて頭を下げる。
「お願いします」
 それだけ言って家へと戻っていく。
「いい両親だな」
 背中を見送る蛍夜の呟きに
「‥‥はい」
 フリードはそれだけ答えた。

 いつもと異なる雰囲気に『彼』は警戒を示していた。
 危険だ、と空気が告げている。
 だが、他の狼達にはそれは伝わらない。
 彼らにとって、簡単な労働で飢えを満たす事が出来る餌場を見過ごす事はもう出来なかった。
 自分に向けられる仲間の視線を『彼』は受け止めると嘶いた。
「ウオオオ〜〜〜ン!」
 高く、高く響いた声。それが許可と彼らは受取った。
 走り出す。自らのご馳走へと向かって。一直線に喜びの足取りで。
 ただ、一匹のみは違う足取りだった事を彼らは知る由も無い。

「来ましたね‥‥」
 アクテは目の前の松明に、魔法をかけた炎が強く、高く燃え上がる。
 炎が合図を知らせ、松明から松明へ、渡るように火が移っていく。
 炎に一直線の進路を邪魔され、避けるように彼らは道を避けた。誘導されている事も知らず。
 最後を通っていった銀狼を確認してから火を閉じたアクテは一瞬、銀狼と目線が合った気がしたが‥‥それを振り払って仲間の下へと走る。
 そこではもう、戦いが始まっているのだ。
「行くぞ!」 
 ビシッ! 揺れる事なく真っ直ぐ打ち込まれた鞭の一閃に飛び込んできた若い狼は体勢を崩した。
「ギャウン!」
 そこをギリアムの剣が強く、確実に足を奪う。
 地面に落ちる仲間の身体を踏み越えて今度は二匹の狼が同時にギリアムに跳びかかってきた。一匹はなんとか凪いだものの、もう一匹がその背に襲い掛かってくる。
「危ない!」
 空中で動きの取れない狼の鼻先に鋭い殴打が見舞われ口を開いたまま狼は地面に横たわる。
「すまん!」
「いいえ」
 狼達ももう解っていた。奥の小屋に羊はいる。だがそこにもう手は届かないと。
 退路も塞がれていた。
 彼らは長の姿を捜す。最後尾の『彼』は目を合わせた仲間達に強い、眼差しを送る。
 それは、最前線の何匹かへ与えられた君主の命だ。
 狼達はまた、冒険者達に襲い掛かった。強い意志を持って。
 今度は、前線に立つ蛍夜に向けて二匹が、そしてギリアム達に向けて二匹が同時に襲い掛かかる。
「く、くそ!」
 鞭で行動を逸らす事が出来たのは一匹、そのうちの一匹が蛍夜の足に牙を立てた。銀の狼だった。
「うっ‥‥」
 呻き声を上げながらも日本刀で切り裂こうとする。素早く銀狼は背後へと跳び退った。
「下がれ!」
 駆け寄ったエヴィンが放った黒い光は再び襲い掛かる狼に吸い込まれた。闇を狼は振りほどくが、一瞬の隙に今度は確実な日本刀が狼の胸を裂いた。
 ギリアム達の方に向かった二匹はそれぞれの拳と剣が、なんとか動きを止める。
 だが、前衛が完全に自らを襲う狼に手を取られている時、残りの二匹がその間をすり抜け後衛に迫っていた。
「おっと、これ以上は行かせないよ!」
 フレイアのボーラが鼻先を掠め、狼達は少し足を止めた。だが、再び駆け込んでくる。
 その様子をどこか怯えたように見つめるフリードの肩をアルノールは強く揺すった。
「フリード! 気持ちは分かるけど、しっかりするんだ! 君の守りたいものは何だ!」
 彼を留めていたものが何だったのか、初めて見る戦闘か、血の匂いか。でもその言葉は確かに彼の目を開かせた。
「‥‥来ます!」
 その言葉と同時に、フレイアと、フリードは同時に弓を放った。
「ギャア!」
 頭に響く音が狼の喉から振り絞られ、落ちた。
 手と身体が熱いと感じたのはマリーの魔法のせいだけではなかっただろう。
 そんなフリードをある瞳は一瞬見つめ、直ぐ目線を移した。
 狙い続けていた日本刀に向けて、跳びかかる。黒い光が『彼』を縛って勢いを消しても、拳に阻まれ力を失っても真っ直ぐに、意識が消えるその瞬間まで‥‥。

 人と、狼の戦い。最後に立っていたのは、人だった。
 傷ついた身体を引きずる彼らの前に身体を押えられた銀の狼がいる。
「受けた依頼は可能な限り完璧にこなすのが俺達の役目だ」
「だが‥‥お前はどうしたい? 確かめたいか?」
 右手を押えるギリアムはマリーに治療を受けながら、フリードを見つめる。
 押えられた銀狼の手にフリードは小さな、古い傷を見つけた。 
「間違いない‥‥」
 でもどうしたらいいか、まだ彼は答えは出す事は出来ていなかった。
 膝をつき‥‥銀狼と目線を合わせる。触れた手が感じる温もりに確かな記憶。
「君は‥‥、僕は‥‥」
 お互いの呼吸さえも感じられそうな静寂を破ったのは、フリードの背後を見つめ身体を起こして飛び上がった銀狼だった。
「ガウッ!」
「!」
「危ない!」
 ボーラが足を止め、魔法が動きを止める。起こした身体の跳びかかった方向はフリードの、肩の横をすり抜けた。
「えっ?」
 アクテは振り返った先に森に向け駆け抜けていく灰色の影を見た。生き残った狼。あれは‥‥メス?
「! あ‥‥」
「‥‥ダメだ。‥‥フリード。君が見届けてやるんだ」
 弱りきった身体に受けたダメージはもう、命の灯火を消すだけ。アルノールは場所をフリードに譲ると後ろに下がった。
「‥‥君は‥‥」
 フリードは銀狼の手を取った。最後の力で『彼』は身体を摺り寄せた。
「ゴメン、僕が‥‥もっとしっかりしていたら」
 自分を責める涙が銀の毛皮を濡らす。だが『彼』はそれを否定するように首を動かし、目を逸らして瞳を閉じる。
 冷えていく身体を、敵だった筈の存在を抱いて、少年はただ涙を流していた‥‥。

「冒険者になって村を、ベルを守れる男になりたいんだろっ。そんなことじゃ君のライヴァルの僕の友人には永遠に追いつけないぞっ」
 依頼を終えた冒険者を見送るフリードをアルノールは思いっきり明るく、でも強く励ました。
 帰り道の村はずれに、狼達を葬った塚が見える。
 メスを逃がす為にオスはあえて戦いを挑んできたのかもしれない。アクテはそう感じていた。
 塚に軽く目を閉じて後、蛍夜は少年に告げる。
「大切な何かを守る為に、相手の大切な何かを奪う。単純な現実。強さじゃない。お前は、その『弱さ』を、覚悟出来るか? 」
「冒険者として行動するならば、生半可な心構えでは死ぬ事になる。村から出ずに羊を飼って暮らせ」
 エヴィンの言葉の意味も同じ、少年の覚悟を問うているのだ。
「どんな戦いも同じ。恐れたら‥‥負けだ、決して目を逸らすな」
 そう言ってフレイアは先を歩く。
 これから、この少年がどんな運命を選ぶのか、それはあくまで彼が決める事。
(「でも、きっと‥‥」)
 振り返り彩鳳は感じていた。
 いつか、彼と再会する事になるだろう。きっと、この地ではない場所で。

 少年の手の平に一本の純白の牙が残っている。
 彼は思っていた。
 自分も出来るだろうか、と。
 誇り高い命に恥じない生き方。彼らと、肩を並べて生きる生き方が‥‥と。