【暗殺計画】見えない殺意
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:7〜11lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月10日〜03月20日
リプレイ公開日:2005年03月19日
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●オープニング
セイラムの街を流れるエイボン河のほとり。
聳え立つ荘厳なる大聖堂、になるはずの建物の横に教会がある。
その一室に机を叩く音と、大きな声が響き渡った。
「何ですと! 教会建築の費用が削減される?」
「まあ、そういきり立つではない」
穏やかな声が怒号の主を諌めるが、それはどうやら効果を発揮しなかったようだ。
聖職者に似合わず感情をむき出しにしたその男はなおも食って掛かる。
「何をおっしゃいます。大司祭様。大聖堂の完成が遅れるという事は、我々がこの小さな教会で過ごさねばならない時間が増えるということなのですぞ! ましてや最近変な一族が現れて教会の権威を脅かそうとしているという噂もあるのに‥‥ライル殿は一体‥‥」
小さいと指摘された建物の中に今、彼らはいる。確かに現在横に建設中の大聖堂の礎石が示す広さに比べればそこは半分どころか四分の一程度の広さしかなかった。本来、大聖堂が完成するまでの仮住まいなのだから当然と言えば当然である。それでも通常の民家の数十倍はあるのだが。
「建物など、信仰には関係ない。しかも新しい街がまだ軌道に乗っていない状況でそちらを優先したい、と領主がおっしゃるのも無理もないことだ」
「ですが‥‥」
「元より大聖堂の建築は、我らの代だけで成し得る事ではない。後世に繋ぐ長き事業なのだ。セイラムの街を導くことこそ我らの務め。それとも何か? 大聖堂の建築が進まねば何か困ることがお前に有るのか?」
「そ‥‥それは‥‥」
「ならば、下がれ」
静かだが、有無を言わせぬ威厳を持って大司祭は退室を命じた。
まだ、何か言い足りないような様子を見せながらも彼は部屋を退去した。
深いため息が、部屋の中と外に同時に生まれ、消えた。
教会とセイラムの街はクロースと呼ばれる門で区切られている。
門から一人の青年が出てきたのを、彼は見つけ、大きく手を振った。
「お疲れさん‥‥どうだった? 窓の計測と下絵作りは‥‥って、エリック? どうしたんだ?」
青を通り越して、血の気の引いた白い顔の弟子を、横から彼は支えた。
そうしなければ、きっと倒れていたかもしれないと、心配する手を握り締め青年は顔を上げた。
「親方‥‥僕を、キャメロットまで連れて行ってくれませんか? 急いで‥‥。お願いです!」
「何ぃ? 暗殺計画? 本当なのか? それ!」
係員の問いかけに青年は、はい。と頷く。
「僕は‥‥見たんです。その話をしているところを‥‥」
「その場に、居合わせたのか? そいつらはアンタに気付かなかったのか?」
二つ目、三つ目の問いに彼は、はい、と、いいえと答える。
それは、つまりその場に居合わせたことを彼らは気付いていたはずだと、言うことだ。
「じゃあ、なんでアンタをそいつらは‥‥、ああ、そうか‥‥」
疑問を投げかけて、彼はそれを止めた。思い出したのだ。目の前にいる青年の持つ力と、持たない力の事を。
「‥‥はい。だから、話し始めた後にその場にいた僕に気付いても‥‥気にせずに話し続けたのだと思うんです。僕を‥‥信じてもらえませんか?」
正面から見つめる瞳は海のそれよりも、空のそれよりも青く、澄み切っていた。
この瞳を持つ者が嘘を言うのであれば、この世の全てを信じる事はできない。
「解った。信じよう」
係員は、そう言って依頼書を書き始めた。
「はっきり言う。覚悟とやる気の有る奴だけ来てくれ」
現れた冒険者達に係員は、最初にそう言った。
「無駄足になる可能性もある。タダ働きになる可能性もだ。そして、そうならない時は、そうとうヤバイ話になる。だから‥‥」
そう前置きをし、確認をしてから係員は彼らに説明をした。
ある青年が、建設中の大聖堂の中で誰かの暗殺計画を話しているのを見た。と。
「その話をしていたのは二人。一人は司祭の服装をしていた。もう一人は商人のようだった、ということだ。ちなみにそいつらは、青年がそこにいたのを知っている。ここに依頼を出したということを知ったら、命を狙ってくる可能性もあるかもな」
冒険者は勢い良く立ち上がった。さらっと聞き流すにはそれはあまりにも重過ぎる。
「ちょっと待て! 暗殺計画を話していたのを見られて、なんでその青年とやらは平気だったんだ? 少なくとも今まで」
「それは‥‥来いよ」
係員の手が奥にいた影を手で招く。
「僕の耳が聞こえない事を、彼らは知っています。話を知られたとは思わなかったでしょう」
静かな声が、冒険者の勢いを落とす。現れた青い瞳の青年を彼らは黙って見つめた。
「彼は、ステンドグラス職人のエリックだ。大聖堂のステンドグラスを作るために中で計測をしていた時、奴らが入ってきたと言っている」
「耳の、聞こえない子がなんで‥‥暗殺計画を聞けたんだ?」
「聞いたんじゃねえ、こいつは見たんだよ。これでな」
青年に寄り添うように入ってきた男は一枚の鏡を差し出す。
「ステンドグラスを作るときは、光の反射や建物の影とかを計算しなきゃならねえ。それで銅鏡やガラスを持っていくんだが‥‥」
「僕が、祭壇の前に貼るガラスの計測をしている時、彼らは入ってきました。僕に気が付いて、顔を顰めた様子で‥‥でも話を続けたんです。その時見たんです。司祭の口が‥‥『あの方を殺せば‥‥』って動いたのを」
エリックは後ろを向きながら、銅鏡で後ろの二人を映し、時にさりげなく動きながらその唇を読んだ。
常人を超える視力と、読唇の技を持つ彼ですら秘密の会話をする二人から、多くを知る事はできなかった。
「僕がなんとか読めたのは『教会の権威が‥‥』『このままでは、思い通りにならない』『‥‥を亡き者に』『キャメロットで暗殺者を‥‥』というような言葉の端々だけです。でも、最後に商人らしい人物が『心当たりがあるから、数日中にキャメロットに行って手を打つつもりだ』と、言っていたのははっきりと見えました」
「証人は、耳の聞こえないこの青年だけ、証拠は無し。今、暗殺計画があります。とか言っても十中八九相手にはされねえだろうな。だが、商人がキャメロットで‥‥、というのに俺はち〜っとばっかり引っかかった」
冗談めいた声から一転して、彼は声を潜めた。
「悪徳商人や、貴族の依頼を受ける闇の奴らがいるって噂は有る。そういう連中なら金で暗殺や、殺しを引き受けるかもしれないな。キャメロットは良くも悪くも‥‥人の多い街だ」
「‥‥」
「とにかく、この暗殺計画について調べてくれ。キャメロットででも、向こうに行ってでも構わない。手分けするのもいいかもな。だが‥‥気をつけろよ」
「‥‥何にだ?」
その問いに係員の答えは帰らなかった。
●リプレイ本文
澄みきった青い瞳に彼らは、そっと話しかけた。
「エリックさん、お聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
「信じて、下さるのですか?」
不安げだった顔がパッと明るくなる。シエラ・クライン(ea0071)は勿論と首を前に揺らした。
「もし何かの間違いなら笑い話にもなるが、そうでなかったらシャレにならんからな。心配するな。全力を尽くすさ」
腰に手を当てて頷いたイグニス・ヴァリアント(ea4202)の横から視線を合わせた人物にエリックの顔がさらに明るく輝いた。
「貴方は‥‥」
「おや、覚えていて下さいましたか? 嬉しいですね」
かつて、共に旅をしたことがある御蔵忠司(ea0904)の存在は、自ら頼ったとはいえ、知らない人物の中で不安だったエリックの心を和ませたようだ。
「少しでも真実に近づくために、教えてください。知っている事を」
「はい」
そう言って彼は冒険者達の質問に答える。
司祭と呼ばれた人物は黒髪で、壮年のがっちりとした体格だったこと。商人は帽子を被っていた。目元はよく見えなかったが石や建物の構造にはかなり詳しそうだった。
身長は、大体このくらいで‥‥。親方の力を借りながら、丁寧に描かれた羊皮紙をちらりと見てからよしっ、と陸奥勇人(ea3329)は立ち上がった。
「俺は、一足先に入ろう。教会の建設の手伝い人として入るつもりだ。向こうで会ったら初対面ってことでよろしくな?」
ウインクした勇人に冒険者達は頷く。とりあえず、現地で情報収集だ。
「じゃあ、僕は教会の方を調べてみるよ。クレリックだから、教会にもそれほど違和感無く入り込めると思う」
ギルス・シャハウ(ea5876)はシエラや仲間達の間を飛びながら告げた。
「‥‥物騒な‥‥話だな。‥‥人に依頼を出すのも、人に手を下すのも‥‥リスクが大きいというのに‥‥」
シスイ・レイヤード(ea1314)が静かに顔を上げる。
「‥‥私は‥‥キャメロットに‥‥残る。こちらで‥‥あたってみたいことがあるから‥‥な」
「んじゃ、僕もこっちに残るよ。商人ギルドとかでいろいろ調べてみるから。人の命を奪うなんて、薬師としても許せないし」
ぐっ! エル・サーディミスト(ea1743)は小さく拳を握った。
「では〜、手分けして当たりましょう。無理は、しないで下さいねぇ」
相も変わらず緊張感の無いように聞こえる口調のエリンティア・フューゲル(ea3868)だったが、彼の瞳にかすかに何かが宿っているのを仲間達は感じていた。
そうして彼らは動き出す。まだ見えない殺意を捜して。
六人と二人。
この人数の差が生み出す明暗を、この時まだ冒険者達は知らない。
春色の日差しの中、冒険者達は、何のトラブルも無くソールズベリに到着した。
「ここが、現場ですか。‥‥まだ、かなり乱然としていますね」
忠司はエリックを今日は現場まで送ると言い、エリックもまた、それに甘えた。
荷物を仮工房に運ぶ親方と別れ、彼らは教会の中に入る。
広い回廊になるはずの場所には石が詰まれ、彫刻で飾られるはずの壁もまだ白いままだ。
教会の中を石工や大工達も動いている。
「教会の建設、というのは‥‥大変な労力と時間が必要なのですね」
「知ってるかい? この教会、完成までに数十年はかかるらしいぜ」
「大聖堂は権威の象徴だからなあ。凝りに凝る奴らが多いんだとよ。数百年かかるって言われてるところもあるとかって聞くさ」
中を見つめる忠司に大工達は気軽に声をかけた。
「へえ、そうなんですか?」
「だから、人出も欲しいし、金もかかる。アンタも路銀稼ぎをしたくなったら来ればいいさ。あそこの兄さんみたいにな」
汗を拭く石工の指差す先にはすっかり場に馴染んだ勇人がいる。
「ま、これでも鍛えてるんでね。力仕事なら任せてくれ」
明るく笑う彼は頼られているようだ。
「ええ、また今度。じゃあ、エリックさん。また‥‥」
忠司が軽く手を振り出て行くのとほぼ同時、すれ違って入ってきた壮年の司祭に大工の棟梁は仕事の手を止め頭を下げた。
「司祭長さま。作業のご確認ですか?」
そんな会話をエリックは知らず、気付かず作業を続ける。
司祭長と呼ばれた男が、エリックを見つめる視線も、仕事をしながら二人を伺う勇人のことも。
「ふむ、明るくて、綺麗で‥‥なかなかすみ良さそうな街だ。だが‥‥」
言いながらイグニスは道中で聞いたこの街での事件や、様々な事情を思い返す。
「‥‥それはまた、何かと難しい街だな」
それが、話を聞いた時の彼の感想だった。だが、彼はまだこの街を知らない。まずは、知ることから始めてみよう。そう思った。
「さて、めぼしい情報は得られるかな‥‥?」
動き出した彼の目には、まだ様々な事に試行錯誤しながらも前に進もうとする新しい街が映っていた。
突然の面会希望に、この街を動かす二人は何の躊躇いも無く応じた。
「久しぶりじゃな。元気そうで何より、何より」
明るく笑って出迎えたタウ老人とは反対に、領主ライル・クレイドの顔は硬かった。
理由は一つ。エリンティアとシエラの表情だ。背後に控えるシフールは初めてみる顔だが、やはり真剣な目をしている。
「遊びに来た、という顔ではないな。シフール便まで使い‥‥何か‥‥あったのか?」
答える前にエリンティアはニッコリと笑う。
「ライル様ぁ、大事なお話がありますぅ」
と。ライルも、タウも聡く言外に込められた意味を察した。側に居た執務官に仕事を与えて場から払うと冒険者達を見据える。
瞳から一度だけ目を逸らした後、彼らは告げる。
この街に暗殺計画有り、と。
「本当なら、まだ確証もない段階で、目撃談一つを頼りにお二人にする話ではないのですけど‥‥。事は教会内部だけでなく街全体に影響を与える可能性もありますし」
前置いた上で二人はエリックから聞いたこと、そして自分達が動き出した理由も含めて全てを二人に話した。
「‥‥なんと‥‥一体、誰が‥‥誰を?」
「この街で、人を殺めようとする者がいるというのか? それも‥‥私利私欲の為に‥‥許せん!」
力を込めた指が手のひらを傷つけかねないほど強い怒りをライルは握り締める。
彼が、この街を愛している事を冒険者達は誰よりも知っている。これから、彼がどう動こうとするかも。
だから‥‥止めなくてはならない。
「でもぉ、全てが分かる迄は何もしないで下さいねぇ」
力が抜けそう、といつもなら評せられる声にライルは止められた。
「何故だ? 早くその犯人を抑えねば‥‥」
「はっきりとした証拠はありません。今、侯に動かれては、かえって計画を掴むことが出来なくなる可能性もあるのです」
「教会の、全てが悪だとは思いたくないんだ。だから‥‥」
言葉を失うライルとは別に、彼らが口にしなかった言葉にタウは気付いた。
「今、仲間が調べていますぅ。普段どおりにしていて下さいねぇ」
「判った」
ライルは静かだが、強く語を吐き出した。
「この依頼、私が引き継ごう。間違いならよし。だが‥‥調査し、真実ならば何としてでも止めてくれ。協力は惜しまぬ」
「‥‥では、お願いがありますぅ‥‥」
冒険者達から告げられたいくつかの提案を、ライルは快諾した。
夕刻の宿は、酒場と同意語であることが多い。
「よお、そこの兄さん、姉さん。臨時収入が入ったんだ。どうだ? 一杯」
エールのジョッキを掲げた勇人の誘いを受けたフリをして集まった冒険者は五人。
さりげない雑談のフリをしながら、情報を交換する。
「この街の教会は‥‥あんまり評判がいいとは言えないようだな。教会本位で救いの手がなかなか届かないって聞いている」
「でも、新しく来た大司祭は、いい人らしいぜ。作業員にも気さくで‥‥ライル侯ともいい関係を作っているとかいないとか」
「街に孤児の姿も見なくなりましたね」
「ライル侯の協力を得られました。今後、お金の心配は、要らないそうです‥‥。その分期待に答える必要もありますけどね」
必要経費をそれぞれに渡しながらもシエラは思考を巡らせる。
(「自分の思うようにならないから暗殺を考えるという事は、暗殺が成功すれば司祭は自分の思うように事を運べるわけでしょうか。なら、狙われる可能性が高いのは司祭に直接的な影響力を持つ方?」)
考えが纏まらず、思考の波に漂う冒険者達の耳に突然、甘い音は届いた。
「‥‥いい音ですぅ」
酒場の喧騒にもかき消されない。それは力のある音楽。
彼が長い旅の後にこの地にたどり着いた一族の一人である事を知ってか知らずか‥‥。
それが、前を向いて歩くこの街のようで、冒険者達は静かに聞きいっていた。
ソールズベリの冒険者達が、酒場で、宿で、教会でそれぞれの静かな時を過ごしていた頃、エルは一人必死の形相を浮かべていた。
「シスイさん! しっかりして!!」
彼女の足元には肩から血を流して倒れるシスイの姿がある。
「何が、何があったの?」
今の彼にそれに答える余裕は無い。
(「出血は意外と少ないのに‥‥なんでこんなに具合悪そうなの〜〜〜! そうか!」)
ふとエルはある事に気付いた。
細い指と爪が黒褐色に染まっている。
「毒だね。シスイさん! え〜っと解毒剤、解毒剤‥‥あ〜、持っていない! どうしよう〜〜〜」
慌てながらも出来るだけ冷静にエルは手当てを施そうとする。だが、知識が追いつかない‥‥。
「! 何‥‥、え? バックパック?」
苦しげに唸るシスイは、それでも目と指先で何かを訴えようとしている。エルはそれを読み取ってシスイの傍らのバックを逆さに振った。
食料やスクロールと一緒に転がるそれは‥‥
「あった! 解毒剤!」
蓋を開け、口を無理やり開かせてエルがシスイの喉に液体を流し込んだ。
「今、教会に連れて行くから、待ってて!」
もう少し彼の体重が重かったら、もし彼が解毒剤を持っていなかったら‥‥そんな最悪のもし、を振り切りながらエルは自分の全力で行動した。
仲間を救うために。
(「どうして、こんなことになったんだろう?」)
エルは横たわるシスイの寝顔を見つめながら考える。
キャメロットで自分とシスイは暗殺者を依頼した商人を捜していた。
自分は表側から捜していたが‥‥シスイは裏に探りを入れていたのだろうか?
「シスイさん‥‥、僕、それらしい人見つけたんだよ。おんなじ人なのか、返事を聞かせてよ。お願いだから‥‥さ」
涙が一滴、シスイの頬に落ちた。
ピクン! 刺激に反応した顔の筋肉が、ゆっくりと口元を、そして瞳を動かしている。
「シスイさん!」
「‥‥エル‥‥、商人‥‥は‥‥暗殺者‥‥と、接触‥‥した。依頼‥‥は受けられた‥‥。暗殺者が‥‥ソールズベリに‥‥」
「良かった! あ‥‥まだ、無茶しちゃダメだよ。静かに‥‥」
「‥‥いいから‥‥聞いて‥‥」
荒い息を吐きながら語るシスイの言葉をエルは小さく頷いて、聞いた‥‥。
裏の奴らに接触しようとシスイはキャメロットの治安の悪い部分を選んで歩いた。
シスイを何人かの男が、取り囲むが‥‥その都度シスイは何枚かの銀貨で、あるいは魔法でそれを避けて‥‥動く。
だが、彼は知らない。
裏の世界の構造も、それにどう接触するべきかも。
「‥‥急に羽振りが良くなった方‥‥います? 来たら‥‥教えてください‥‥」
あちらこちらに言い置いて行くしかできなかった彼がそれを見れたのは多分に幸運、というものだったのだろう。
不幸であったかもしれないが‥‥。
いくつ目かの路地を曲がった時、シスイは足を止めた。
向こうに先客がいる。建物の影からそっと覗くと自分と同じように顔を隠した男が、喋っている。空に向かって
「‥‥わざわざ、僕らに依頼に来たのかい? ソールズベリから‥‥ご苦労様だね」
「‥‥噂の‥‥? どこにいるんだ? 姿を見せろ‥‥」
「バッカじゃないの? そう言って姿を見せろって言われて見せる人殺しがどこにいるんだい?」
「なるほど‥‥。信用するとしよう。どうすればいい?」
「ターゲットの名前と、理由、そして報酬の半分を足元に置いて帰りな? 成功したら‥‥残り半金を貰いに行くから」
「解った。頼んだぞ。これから数百年の我々の命運がかかっておるのだ」
「そんなことは、僕らには関係ない。じゃあね」
声に従い男はその場を離れていった。横をすり抜けて行く影よりも、シスイは依頼書を拾うはずの存在を捜そうとした。
だが、それは
「誰だ!」
シュン! 切り裂く空気と肩を刺す痛みに阻まれたのだ。
「‥‥誰だか知らないけど、‥‥こんな所に来た自分を呪いなよ!」
微かな羽音。高い声。
その記憶と声だけを持って彼は、意識を失った。
「僕はギルス。小さき者達の伝道師、クレリックのギルス・シャハウです」
シフールの聖職者の訪問は、若い修道士達の格好の娯楽となった。
真面目な働き者との評判も上がる。
数日間の修行を終えて、キャメロットに戻ることになった彼は、またおいで、と修道士達や優しい大司祭の見送りを受けることとなった。帰り際、彼の横をカバンを持ったシフールが駆け抜ける。
「シフール飛脚です。お手紙を届けに参りました」
仲間と合流したら、教会内部の話をしよう。そんなことを考えていた彼は、知らなかった。気付かなかった。考えもしなかった。
その手紙が、何を伝え、何を意味するものかも‥‥。