●リプレイ本文
油断していたわけではないが、後手に回ったのは事実。
「‥‥まさか仲間にここまであからさまな被害が出るとは‥‥」
チッ! イグニス・ヴァリアント(ea4202)は舌を打った。
「暗殺者‥‥命を奪う生業なんて、薬師の天敵だよっ。絶対阻〜止!」
街道を歩きながらエル・サーディミスト(ea1743)の口調は跳ねているように見えて真剣だ。真剣にならざるを得ない。
彼らの歩く先にはソールズベリの街が見える。人々の生きる優しき街。
だが、そこに今、黒い影が迫っている事を彼らは、知っているのだから。
街は楽しげにさざめいている。
復活祭節は、春の訪れを祝う祭り。
皆、待ち望んでいた。長い冬の終わり、春の訪れを。
祭りに向けて広場に祭壇が作られた。
ここでミサが行われ、後からは芸人達の出し物の舞台となる。
気の早い屋台の店主達が店の準備を始めており、街路には旅の占い師が席を構え、街角では陽気な踊り子が軽いテンポで舞う。
そんな明るい空気を遮る話題が、セイラム侯ライルの城の一室で行われている事を彼らは知らない。
「残念ですけどぉ、真実でしたぁ」
「そうか‥‥まさかとは思ったのだがな」
「やれやれ、またやっかいな事になりそうじゃて」
「やっかいですめばいいのですが、今回の件で私達の仲間の一人が怪我を負いました。気をつけて気をつけすぎる事はありません」」
話を聞くライルの声が硬くなっているのをエリンティア・フューゲル(ea3868)は感じていた。相談役であるタウ老と目を合わせ深く息をつく。
シエラ・クライン(ea0071)は言葉を選びながらもエリンティアと共に今回の事件の事をライル達に全て話した。現時点での推察も含めて全てを。
「祭りを止める事ができないのは解っています。ですから、今回は祭りの警護は勿論ですが、皆さんの護衛もさせて下さい」
「それは、願っても無い事だが‥‥一体誰が、何の為に‥‥」
まだ、答えの出ない問題。だが、エリンティアは思い出したように声を出した。
「教会建設の指揮を取る商人が近いうちに変わる様な話しがあるそうですぅ、もしかしたらそれに関係しているのかも知れませんねぇ」
「? ああ教会側からの強い推薦があったあれか?」
「教会の設計や作業効率を見直すように指示をして計画を立てたら、教会側が納得しなかったと聞いている。新しい建設指揮の商人を推薦するとか言っていたようだったが‥‥」
二人は積極的に商人変更の選定や審査には関わっていなかったらしい。
「その選定に当たられたのはどなたですかぁ?」
「教会の実務を担当しているのは司祭長だ。頭が固い教会の最たる者でな‥‥困ったものだ」
これ、と言うようにタウはライルを諌める目を見せたが、冒険者達の目には鋭い何かが走る。
「大聖堂建設は長期に渡る大事業ですからぁ、それに絡む利権もそれなりの物ですからねぇ〜」
何かが、繋がるような気がするが、まだ手掛かりは足りない。
「まだ首謀者や理由等は調査中ですからぁ、もう少し待っていて下さいねぇ〜」
「よろしく頼む‥‥、正直我々は街の雑務を裁くのに手一杯でな」
「お手伝いしましょうか?」
とは、彼女は言わなかった筈だが、祭りの警護に『書類仕事を引き受けた部下』を装うつもりだったシエラは祭りまでの間、殺人的な忙しさを誇るライルの執務の手伝いをさせられる事になった‥‥。
「たいへんですねぇ〜」
友人役のエリンティアは気軽なものである。
沢山の薄い色ガラスが、まるで虹の光のようだ、と御蔵忠司(ea0904)は思った。
「へえ、ステンドグラスってのはこういう風に作るのか?」
興味深そうに手元を覗き込んだ陸奥勇人(ea3329)の言葉は横をすり抜けたのでエリックには聞こえなかったが、二人に説明するように彼はステンドグラス作りの技法の手順を説明した。
下絵をデザインして‥‥、それを精巧にガラスに写し取り、ガラスをカットしていくのだと聞く彼らの姿は工房の者達には新たな弟子とか、逞しい大工に見えたかもしれない。
「でも、ステンドグラスだけではだめなんですよ。ステンドグラスは建物に入ってこそだから、建築主や、設計家、大工さんや石工さん。皆が協力し合って、尊重しあって、でも自己主張しあって‥‥そうしてこそ本当に素晴らしいステンドグラスができるんです」
親方の受け売りですけどね。彼はそう言って小さく舌を出した。
「今の建設主の商人さんや、設計家さん、大工さんたちも良い方達ですよ。理念がしっかりとあって‥‥。教会の方とは殆どお会いした事もないのですが‥‥」
ふと、忠司はガラスに向かうエリックの後ろに勇人を指で誘った。
「‥‥今、思ったのですが、彼の口調だと教会側の方はともかく、指揮役である商人さんとは知り合っているのではありませんか? エリックさん」
ポン、勇人は手を叩いた。と、いう事は暗殺計画の一端である『商人』は彼の知らない人物であるという事だ。
そして、教会側の『司祭』も顔を見れば解るのかもしれない‥‥。
「でも、今二人を引き合わせるのは危険です」
「そうだな、俺もエリックを見ていた司祭長の視線が気になったしな‥‥」
「ああ、そうだ。明日からは復活祭節のお休みなんですよ? 僕もお祭りに行くのですが‥‥一緒に行きませんか?」
エリックは自分が狙われるかもしれない、という緊張感を持っていない。
忠司は微かに微笑みながら、思っていた。
(「苦労させられそうですね。でも‥‥」)
でも、守ってみせる。と‥‥。
ふと、窓を開ける。遠くから楽しげな雑踏と笑い声が聞こえてくる。
若いシスターも、シフール飛脚も、踊り子の少女も大道芸人も、大人も子供も楽しそうに笑う。
その幸せを曇らせてはいけないと‥‥
『よいしょ‥‥っと、どうです? 大司祭さん。折角の復活祭だもん。春の緑があるのも、いいんじゃな‥‥いいんじゃないですか?』
『これ! 大司祭さん、とは何だ? 様と呼ばないというのは‥‥!』
諌めるような声に、大司祭は軽く手を振った。それは寛容の印でもある。
気さくないい老人、さすが人の上に立つ者だ。ギルス・シャハウ(ea5876)は大司祭に礼をとりながら周囲の様子をよく見た。
護衛役のエルが用意した鉢植え植物が仮祭壇の周囲を美しく飾る。
イグニスは下で、周辺に気を配ってくれている。ラテン語で話しているので内容は解らないかもしれないが‥‥。
大司祭と領主だけに話した「よからぬ事を企む連中が流れ込んでいると」の話を信じてもらえて彼らは今、大司祭の側に付き従っている。
周囲を見回せば向こうの路地の影から見守ってくれている金の髪の仲間もいる。病み上がりのシスイ・レイヤード(ea1314)の事を少し案じた。
(「シスイさん、大丈夫でしょうか? 無理はなさらないといいのですが‥‥」)
だが、いよいよ本番は明日。式典の準備と手伝いの事もある‥‥ギルスは考えながらもリハーサルを見る事にした。
(「同じシフールを疑いたくないし‥‥同じ神を信じるものも疑いたくも無いけど‥‥仕方ないかな‥‥?」)
帰り道、ふと、ギルスは何かを感じたような気がして足を止めた。
街路には水晶柱を見つめる少年とその肩にのるシフールの少女。占い師なのだろう。恋占いを求める少女達が彼らを取り巻く。
「? なんでしょう。この感覚‥‥」
まるで空を仰いだ時の太陽のような明るい空気。ふと、彼の頭をある言葉が過ぎった。
【太陽の一族と、月の一族】
「う〜ん、嫌な予感が当たらなければいいのですけど‥」
『行きましょう、ギルス殿‥‥』
『あ、はい。すみません!』
通り過ぎていく司祭達の背中をいくつかの瞳が見つめていた。
「大司祭様、お手紙です」
「今‥‥シフール飛脚に警戒せよ、との話が合ってな。私が受けよう。丁度、良いしな‥‥」
「へえ、そんな話があるんですか。僕らも気をつけないとなあ」
それはごく当たり前の世間話に見える。だが
「‥‥ん? あれは‥‥」
シスイは教会から出てきたシフールとすれ違った。彼は一人のシスターと一緒に笑い合い遠ざかっていく。
「‥‥あいつシフール飛脚じゃ‥‥無かったのか? それに、あの声‥‥何処かで‥‥」
復活祭節の礼拝は早朝行われる。野外での特別ミサにはもう人が大分集まっていた。
「現状はぁ怪しい者は隠れてはいないようですがぁ‥‥気をつけた方がいいかもしれません〜」
横に立つエリンティアの言葉にライルはああ、と頷いた。
今日は領主として特に人前に立つわけでは無いが、やはり前方にはいなければならない。
ミサを行う大司祭などは全員の眼前に立つ。大丈夫だろうか?
前方に現れた司祭達を心配げに見守るライルであるが、その彼を警護する二人もまた周囲に気を配っていた。
ゴーン、ゴーン。
教会の鐘の音が鳴る。
ミサの始まりだ。
「聖なる神は、万物を作られました。大地を、自然を、風を、水を‥‥そして生命を。神は我らを愛し、我らの為にその嬰児と共に奇跡を与えられたのです‥‥」
大司祭の語る説話は穏やかで、静かに聞く者達の心に染み込んでいく。
「神の子、ジーザスは一度死にそして蘇られました。我々を救うために。敬虔な心を持つ者は神の国で、永遠の命を得るのです‥‥」
ヒュン!
静寂をかき消すようにその音は飛んだ。
大司祭の眼前に何かが落ちる。真っ先に動いたのはライルと、守り冒険者達。
二つ目、三つ目が音を立てて飛んでくる。
伸びた蔓草が大司祭を守るように葉を広げ、盾となる。
四つ目のそれは舞台の上からざわめく民達に向かうライルへぶつかる筈だったが‥‥。
バサッ!
閃くマントが彼を庇うように飛んでくるものを絡め取った。
守りを信じ、領主ライル・クレイドは静寂からざわめきへと変わりかけた人々の空気をその声で制する。
「静まれ、セイラムの民達よ。街と祭りは守られる! 目を閉じ、信じ、祈ろう‥‥」
「‥‥神の加護は全ての者に及びます。我らが傷つけられる事はありません。さあ、神に感謝を‥‥」
領主と司祭の言葉に民達は目を閉じ、祈り始める。
その中で、一人、駆け出し逃げる者を舞台下の冒険者達が追うのを確認して、ライルと大司祭はミサの続行を目で合図した。
「ただのマントでも上手く振り回して絡め取れれば、飛び道具の威力はある程度以上に抑えられる筈‥‥でも‥‥これは?」
動き始めたミサの横でシエラはマントを確認する。彼女の顔には疑問、と書いてあった。
穴くらいは覚悟していたのだが、そこには無傷のマントがある。絡め取って落としたのは‥‥石?
「暗殺者が石ですかぁ?」
誰もが思うその疑問は彼らに告げる。まだ警戒を解いてはいけないと‥‥。
「逃がすかっ!」
イグニスは、広場から逃げるその影を追った。かなり大きい。
「シフールじゃないのか? あれは‥‥くそっ!」
追いかけて掴もうとしたのに、その存在はふっ、と消えた。
「何処だ! 何処にいる?」
逃げる相手が声をかけて返事をするとは思わないが‥‥その時
バチン!
「うわあっ!」
答えるように声が返った。何かが弾ける音と、それから悲鳴。
「な、何だ? 一体」
「前回は‥‥仲間に‥‥迷惑かけたからな? 挽回しないと‥‥」
建物の影から現れたシスイの足元、やがてその足元にゆっくりと今まで見えなかった何かが揺れる。
「何したんだ? あんた?」
「‥‥ちょっと、トラップをな‥‥だが、これは‥‥?」
蹲り、小さくうめく声、そこにいたのは‥‥少年だった。
「この子が暗殺者なのか? イテ!」
イグニスは頭を押えた。背後から軽い衝撃が背中に走る。
「ちょっと! ソウェルを苛めたらアタシが承知しないんだから!」
「ソウェル? アタシ?」
‥‥二人の冒険者は、すっかり姿を現して俯く金髪の少年と、それを守るように立ち塞がるシフールの少女を見る事になる。
少年の首には彼の髪と同じ色のピッタリとした首飾りが太陽の光を弾いて光っていた。
騒動が収まり、ミサは無事、とは言えないがなんとか終わりを告げた。
「ん? 何だ?」
壇上から降りた大司祭とライルは、段の下、教会関係者の控え場所が妙に揺れるのを感じて足を急がせた。
「どうした、一体?」
声に司祭や神聖騎士が開けた道の奥、肩から血を流して膝を付く男の姿を見つけ彼らは駆け寄った。
「司祭長? どうした?」
「と、突然私に向かって、ナイフが投げられたのです。私がいては困るのだと、若い男と‥‥女シフールの二人連れでした」
「大丈夫? 今、手当てするよ‥‥あれ?」
「‥‥どうした? 一体?」
手当てをしながら不思議な声をあげるエルにライルは声をかけたが、なんでもない、と彼女は答える。
今は、とりあえず。
(「おかしいなあ? 状況はシスイの時と似てるのに‥‥ナイフも違うし‥‥」)
「毒などの心配も、無いようですね。傷は‥‥塞いでおきましょう‥‥」
ギルスは彼に魔法を唱えていた。口に出さない同じ疑問を胸に抱きながら。
人々が祭りに散っていく中、エリックは黙って立ち尽くしていた。
「どうした? エリック?」
ずっと彼に付いていた勇人は横でそう言いかけてから思い出し、もう一度彼の前でそれを言う。
「あの方は、誰ですか?」
エリックが指差す先には教会関係者、領主、冒険者達がなにやら深刻な顔で話をしている。
「領主様と大司祭、それから司祭長と教会関係者、冒険者もいますけど‥‥それが?」
心配と、探るような声が忠司の声に混じっている事をエリックは知らない。
だが、それ故に彼の目は真っ直ぐに真実を見る。そして告げる。
「あの、肩から血を流している方が、暗殺計画を話していた一人です。そして、今、向こうから彼に向かって誰かが、ナイフを投げました」
「何だって!」
「本当ですか?」
エリックは頷くが人ごみに消えたという人物を、今は捜す事などはできない。
追跡は、難しそうだった。
捕らえられた少年とシフールは?
暗殺計画の首謀者の一人が、何故怪我を?
そして、街に紛れて消えた影は、一体‥‥?
祭りは守られ、命も失われる事は無かった。
だが、謎と闇は消えない。
いや、深まるばかりだった。