【暗殺計画 ソールズベリ】闇からの挑戦
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 70 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:05月09日〜05月19日
リプレイ公開日:2005年05月17日
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●オープニング
司祭長の更迭に伴い、教会の人事、執務関係の体制は一新された。
大司祭の望む「大掃除」が終った事を確認し、冒険者達はキャメロットに戻ることとなる。
「‥‥暗殺者を逃がしたことが、少し残念ですけど‥‥」
「仲間に化ける‥‥か。いつもながら汚い真似を‥‥」
「でも、これで終ったんですよね。教会に纏わる陰謀は‥‥」
暗殺者も依頼人も今から大司祭を殺したとしても意味は無い筈。
事件は終ったのだ。
ライルも、大司祭も、冒険者達ですら、一時安堵の思いを浮かべる。
だからまさか、こんなことが起きるとは、この時誰も、誰一人想像だにしなかった。
『私の夢を壊し、邪魔をした。あの冒険者達さえ、いなければ‥‥。金はいくらでも出す。あいつらを殺せ!』
「え〜っと、どうしよう‥‥」
大きなカバンを肩にかけた一人のシフール飛脚が冒険者ギルドの前にやってきたのはセイラムから冒険者達が戻ったその日の事だった。
「どうしたんだ? 何か用事か?」
中に何故か入ろうとしない、その少女に見えるシフールに通りすがりの冒険者は優しく声をかけた。
「セイラムから戻ってきたばっかりの、冒険者さん、いますか?」
「ああ、それならあいつらだ。お〜い」
躊躇いがちなその人物の代わりに気のいい彼は、長旅から戻ってきたばかりの冒険者達を中から呼び出してくれた。
「どうしたんだ?」
現れた冒険者達をニッコリ見つめシフールははい、と手紙を渡す。
なんだろう? 彼らは封を切り、中を見る。
それに書いてあったのは優美な女性らしい文字で書かれた数行。
『招待状
聖なる神の試練へ、皆さんをご招待いたします。
十日後の夜。
ソールズベリ、ストーンヘンジへおいでください。
招待をお断りになる場合には、皆様へのお土産は当方で処分させて頂きますのであしからず』
「これは‥‥どういうことだ!?」
その声とほぼ同時。彼らとすれ違い一人の騎士がギルドに駆け込んで依頼カウンターに向かう。
「ん? あんたはセイラムの? どうしたっていうんだ?」
係員の気遣いすらももどかしく、彼は慌てた声で告げた。
「こちらに‥‥大司祭様は‥‥来ていないか? 大司祭様が、行方不明になられたんだ!」
「何だって!」
背後のやり取りが外にも響く。冒険者は、慌ててもう一度その手紙を見た。
「まさか‥‥このお土産って‥‥。お前、まさか!?」
焦った冒険者は手紙の運び手であるシフールの首元を掴んだ。
「きゃあ!」
高い声に驚き、慌てて手を離す。
冷静さを欠いていた、と反省しかけたその時だ。
「‥‥汚い手で、触んないで欲しいなあ」
豹変した口調に冒険者達の顔が青ざめる。
「お、お前は! まさか」
くるり、飛んで遠ざかるシフールを冒険者は追おうとするが、それを許す相手では勿論無かった。
「僕が戻らなかったら、どうなるか解るよね。お土産は、多分二度と戻りはしないよ。折角今は、丁重に預かっているのに‥‥」
たったひとことで、冒険者の足は釘付けられる。
「悪いね。彼とは、結構長い付き合いなんだよ。依頼取り下げの連絡は入ってないし、それに新しい依頼も入ったんだ。今回の邪魔をしてくれた君達を‥‥ってね」
青ざめた顔から、さらに血の気が引くのを冒険者達は感じずにはいられなかった。暗殺者のターゲットに自分達が‥‥と。
「でもさ実は、僕ら、お金目当てにやってるんじゃないんだ。お金で命を買える、と思って金を積まれるのもつまんないし、彼もそろそろ、うざったくなってきたし‥‥だから、ね、ゲームをしようよ。招待を素直に受けて僕達を止めてみな。僕達の行動と考えを見破って、止められたら、君達の勝ち。もう、セイラム関係の依頼は受けないし、今回の依頼も自主キャンセルしてあげる」
「もし、負けたら‥‥」
「そりゃあ、違約金を払ってもらうことになるだろうさ。命でね」
「ふざけるな!」
飛びかかりたい思いを、苛立ちを握り締めながら、見つめる冒険者に、ケララとシフールは笑って見せた。
「まあ、せいぜい楽しませてくれると嬉しいな。なんだか、随分君達のことを見込んでるみたいだからね。あいつ♪」
最初は、少女に見えたシフールだったが今は‥‥少年にも見える。
これも、作られた顔なのだろうか? 目に見えるもの全てが信じられなくさえ、なってくる‥‥。
「じゃあ、歓迎の準備をして待っているよ♪ ちなみに逃げたら確実に二個。エイボン河に何かが浮かぶからね♪」
「二個って‥‥待て!!」
バイバイ♪
手を振って立ち去るシフール。見送る冒険者達の背後から扉が開く。
セイラムからの使者と打ち合わせていた係員の声だ。
「おい! こんなところで何してんだ? セイラム侯からの依頼だぞ。大司祭を大至急捜してくれって‥‥? どうしたんだ?」
凍ったように動かない冒険者達からの返事を、係員が聞く事になったのは、それから大分経ってからのことである。
「あら、お料理はお気に召しませんか?」
柔らかい声に、目隠しをされたまま、大司祭は首を振る。
「いや‥‥。だが、このようなことをしても、聖なる母はお喜びにはならない。神が悲しまれる前にお止めなさい」
「いいえ、大いなる父はこの試練を耐える勇者こそを、お望みですわ。私は、貴方もそのお一人ではないかと思うのですが‥‥惜しいこと」
「私は、聖なる母の教えに身を捧げている。君も神に誓った約束は、守るのだね?」
「ええ、勿論」
「ならば、私は彼らを信じよう‥‥」
「食器を片付けに参りました‥‥。あら?」
宿の係員は首を傾げる。
外に漏れ出でた声は、少女と老人の会話に聞こえたのに、中にいたのは少女の二人連れ?
「疲れているのかしら? 私‥‥」
●リプレイ本文
彼らは待っていた。微笑みと共に‥‥。
「楽しみですわね。『賢人』と出会えるでしょうか?」
「墓場から死体が盗まれた? 墓守は一体何をしていたんだ!」
冒険者達にとって何度目かのセイラムの訪れを出迎えたのはライルの怒声だった。
「元気そうで何よりですぅ〜」
「あれも‥‥元気そうに入るのか?」
のんびりとエリンティア・フューゲル(ea3868)が挨拶する横で陸奥勇人(ea3329)が肩をすくめる。
入ってきた彼らを見てライルは取りつぎを思い出し、訪問者に向かって苦笑した。
「すまないな。まったく‥‥次から次へと問題が起こる」
口調は冗談めいているが、目は真剣そのものだ。そして、今も、問題が起こっていた。大きな問題だ。
「で‥‥死体が盗まれたってか。あいつらの仕業と見るべきだろうな」
「ああ、数体だが‥‥すまないな」
キット・ファゼータ(ea2307)が口にした思いにライルは素直に頭を下げる。
「他の手配はしてある。できる限りのことはしよう」
「任せて、とは言いませんが、大司祭様はなんとしてでも取り返します」
迷う事なく答えたギルス・シャハウ(ea5876)の誓いにも似た答えに、ライルは頷く。
「‥‥頼む」
彼の声にいくつもの頭が前に動く。
ライルは彼らを信じていた。
セイラムの街を冒険者達は歩く。
シスイ・レイヤード(ea1314)はヒスイ・レイヤードと別れてこの街にやってきた。彼は励ましてくれたが、まだ緊張は残る。
何せ一度殺されかけた相手だ。
「‥‥挑戦状とは‥‥やっかいだな」
「ゲーム‥‥か。おっと。悪い。ちょっと寄るぞ」
そう言ってイグニス・ヴァリアント(ea4202)がある家の扉を開こうとした時だ。
丁度開いた扉。出てきた頭とイグニスの肩がぶつかった。
「イグニスさん!」
「元気そうだな」
柔らかいエリックの笑顔と無事にイグニスの少し硬くなっていた気持ちが解けた。
用事が済めばすぐ去るつもりで目配せをしたイグニスを
「待って下さい」
と、エリックは、呼び止める。
「これを‥‥持っていって下さい」
「ん? 何だ?」
差し出された、それは鏡だった。確か最初の依頼の時に計測に使うと言っていた銅鏡‥‥。
「どうして‥‥これを?」
「僕の依頼が始まりで皆さんにご苦労をおかけした事は知っています。大司祭様が行方不明になっている事も‥‥。助けに行かれるんですよね? だから、僕の代りに」
「エリック‥‥」
耳が聞こえない。だからこそ、その瞳で全てを見る少年は、眼差しの奥に目で見えない何かを見ているようだった。
「何かあったら思い出して下さい。目で見えるもの以外の何かを‥‥」
冒険者達を心配していると解った。だから、イグニスは受取って物入れに入れる。
「ありがとう」
真っ直ぐな瞳に見送られ、二人は自らの仕事へと歩き出した。
「やっほー! ルイズ、久しぶり〜♪ 元気だった?」
抱きついてきたエル・サーディミスト(ea1743)のスキンシップに目を瞬かせながらもルイズと呼ばれた女性は優雅に礼を返した。
「お久しぶりでございますわ」
月の一族の長の笑顔に冒険者達は少し、胸を撫で下ろす。孤児院の司祭とも良好の関係を築き、さらにソウェルとイェーラの世話もかって出ているとか。
「ストーンヘンジって、魔法を増幅させる力とか‥‥あるの?」
エルの発した素朴な疑問、兼確認に関して、多分否、とルイズは答えた。
「私達にはあの地は聖地です。ですが、あそこで魔力が増えたという事は無かったと思います」
「じゃあ、なんであそこを指定したんだろうな? 日時まで」
「満月‥‥だからでしょうか?」
月魔法使いが相手である。それは仕方ないだろう。
「‥‥あの二人、監視しておけよ」
キットの発言に、ルイズは解りました。と頷いた。
「あの子達は犯人では無いと思いますが、私の責任において‥‥」
彼は広い視点で事件を見ている。二人に対してもまだ警戒をといていない。友、ライル・フォレストも祈ってくれている。負けるわけにはいかない。
「じゃあ、僕達は行きますぅ。こっちはよろしくお願いしますねぇ〜」
ルイズはジーザスの神を信じない。その点についてはソウェル達と思いは似ていた。それでも、と思う。冒険者の後姿に
「神のご加護を‥‥」
と。
何度、あの石の神殿を見ただろう、とシエラ・クライン(ea0071)は思った。
ここ数日、フライングブルームで何度と無くストーンヘンジを調べ、その上を飛んだ。ミル・ファウと魔法の実験をした時から数えたら何度、飛んだ事か。
ちなみにフライングブルーム二人乗り実験の結果は‥‥同乗者がもう一度やるくらいなら死んだ方がマシと思ったと言っていた。
目を瞑ってもストーンヘンジの俯瞰図が書けるほどに覚えた地形を彼女は、宿屋の一室でシュナ・アキリ(ea1501)、ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)らと確認する。
「別の仕事で参加出来なかった間にいろいろあったみたいね‥‥」
他人事のように息をつくジョセフィーヌとは対照的に、シュナの目に浮かぶものは厳しくまた強い。
「前は迷惑掛けたからな‥‥この首切りのシュナ、同じ轍は踏まねえよ」
「私も‥‥逃がすつもりはありませんが‥‥」
トントン。
「ギルスです。開けて頂けますか?」
武器を握り警戒しながらも扉を開ける。念のため‥‥シエラは笑いを作りながら聞いた。
「お疲れ様です。水は如何ですか?」
「いや、今は結構です」
この時、初めて場に安堵の空気が広がる。
「教会は如何でしたか?」
シエラの問いに今は落ち着いていると、ギルスは答えた。そして、皆、大司祭の帰還を待っているとも。
「最善を尽くしましょう」
「ええ」
頷きあった二人の横でシュナは親友エルザ・デュリスがキャメロットで調べてくれた情報を広げている。
古い伝説が残る神々の座。
この地を、血で染めるかもしれない戦いはもう明日に迫っていた。
約束の時間よりやや早く。冒険者がやってきた時、彼らはもうそこに立っていた。
石塔を背に真っ直ぐフードを被った人物が立ち、その横をシフールが飛んでいる。
満月以外の光は無かったが、月の光は思いのほか明るく。彼らの周囲は淡く光っていた。
月色の結界。その中にいる二人。足元に蹲るのは‥‥大司祭だろうか?
「おやまあ、堂々と。魔法を使って探る必要も無かったかな?」
苦笑するエルの横から一歩。彼らの真正面で勇人は大きな声で啖呵を斬った。
「ここで今更逃げを打つつもりはねぇ。余計な心配の種を残さねぇよう、人質を無事解放して貰えると有難いんだが」
「招待されたとあらば素直に応じる方なのですけど‥‥。人質を取らなければいけないほど薄情そうな人に見られたというなら心外ですね」
シエラも珍しく言葉に怒気を孕んでいる。だが、それに応じたのはクスクスという笑い声と、音も無く立ち上がって来たズゥンビの群れだった。
「私は人質を傷つけませんから、存分に力を振るって下さいね」
くぐもった声が戦いの始まりを告げる。
ある者は剣を抜いて、ある者は呪文で敵に対して向かい始めた。
「身の内に渦巻くもの‥‥、憤る原初の力よ。燃え盛る炎となりて我が力となれ。フレイムエリベイション!」
自らを振り経たせながらも戦う。まず行く手を阻むズゥンビから。
「人の命を何だと思ってる!」
「アタシの顔で変な喋りをしたのを、謝りやがれ!」
キットとシュナの一刀ずつが襲い来るズゥンビを切り伏せた。
襲ってくる牙と爪。だが、戦いなれた冒険者達にとっては数体のズゥンビなど、大した脅威にはならない。
「おら! そこをどけ!」
勇人の聖なるメイスが一気にズゥンビを切り崩した後、エルは呪文の効果を確認し、声を上げた。
「伏兵無し! あとは、結界の中に三人!」
「ズゥンビも‥‥あと二体だけです」
「なら‥‥行くぞ!」
渾身の力で両刀からのソニックブームが結界に向かって繰り出された。
微かな音を立てて、結界がかき消えた。
「早いなあ‥‥まあ、この辺までは、合格?」
「貴様ら‥‥一体何を考えている?」
イグニスは結界の中に一気に踏み込む事はしなかった。
残された敵も、シエラやキットによって倒されている。あとは‥‥。
‥‥その時、ポケットの鏡が、揺れる。‥‥イグニスの心に何かが掛かった。
遠くに見える鏃の微かな煌き。
「同じ危険でも、皆と行って敵の目の前に出て足手纏いになるよりは、ここで私に出来る事をした方が良いってね」
そう言って闇に紛れたジョーだろう。彼女が攻撃する筈。
だが‥‥。
イグニスと巨石の上から様子を見ていたエリンティアは、ジョーの動きを察し、同時に声を上げた。
人質と、少女を見比べ、ある事に気付く。
「待て! ジョー!」
「待って下さい!」
言葉より一瞬早く、矢は放たれた。
同時に動く幾つもの影。陣形が動く。
動き回るシフールではなく、二人はまず中央に立つ影を狙って。
タイミングを合わせたシュナのダーツが右手に、矢は左肩に刺さる。
シエラの影縛りの援護を受け勇人は中央に立つ影を押し倒した。
抵抗は無い。
同時にギルスが人質に近づいた。
「ご無事ですか? 大司祭様。でもご無礼を‥‥コアギュレイト!」
「‥‥惜しい!」
「えっ? ‥‥うわっ!」
ギルスは肩に走った痛みに悲鳴を上げた。突き刺さるナイフ。
「あ、貴方は‥‥?」
縛られていたように見えた人物がスックと立ち上がり、数歩下がった。
シフールも側につき従うように。
ギルスには、見えた。
魔法が解除された瞬間、笑う少女の目。
「早く、その方を介抱した方がいいですわよ。ご老体には辛い筈です」
「ご老体? ま、まさか!!」
ギルスは少女に見えた人物にコアギュレイトをかける。溶けるように変わった姿は冒険者達の顔を青く染める。
「大司祭様!」
「えっ?」「何だって?」
猿轡をかまされたままの大司祭がそこにいた。
駆け寄ったエルは猿轡を外し、薬を飲ませる。それをシスイは庇うように遠ざけ守った。
彼らが気を取られた瞬間に、もう二人は射程範囲から大きく間を取っている。
対峙する暗殺者と、冒険者。
初めて見る少女の顔は美しく、流れる闇色の髪をそっと掻きあげて笑う。
「詰めが甘いですわ。一部合格というところでしょうか?」
「何度も同じ手を使うって思うあたり、まだまだ青いって♪」
確かに誰一人考えていなかった。大司祭と入れ替わっているなど‥‥。
「目に見える事に囚われず、あらゆる事を想定する。『賢人』としてまだまだ。神にお伝えはできませんわ」
「暗殺なんてものを生業にして‥‥『賢人』以外は死んでも構わんというわけか?」
「暗殺を願われる者。それは、何かを成し遂げようとする賢人の可能性を持つ者。生業はそれを捜す為の手段に過ぎません」
「僕は面白いから手伝ってるの〜♪」
「‥‥では、殺された人物は‥‥」
「私如きの手で命を奪われる。その方には賢人の資格が無かったのですわね」
「ふざけるな!」
シュナの一刀が彼らに向かって飛ぶが、結界がそれを阻む。
「ですが素質は十分と確認しました。お約束です。今回の仕事はキャンセル致します。いずれ、またお会いしましょう」
「じゃあねえ♪」
ふわり‥‥
ムーンシャドゥを使ったのだろうか、少女の姿は闇にかき消すように消えた。
少し遅れてシフールの姿も。
冒険者達はその時、彼らがこの場所を、何故指定したかに気付いた。
カンテラの光、魔法の光で足元や、周囲の影は消せる。
だが幾多の巨石の影全てを消す事はできない‥‥。逃げ道を確保してのことだったのだ。
自分の怪我に頓着せず、逃げ去った敵の方を見ていたギルスは足元にふと、光るものを見つける。
それは十字架のネックレス。自分のものと同じ‥‥。
「ギルスさん‥‥」
シエラが差し出したポーションを受取りながら、ギルスは奪還した大司祭を、十字架を。そして夜空の月を真っ直ぐに見つめていた。
「お、お前は‥‥」
「僕らに命令するには、君は器が小さいよ‥‥。でも、機嫌がいいからチャンスをあげる。もう僕らに関わらない事だね」
「解ったろ? 暗殺者を使っているようで、アンタ使われてるんだよ」
「‥‥命があっただけでも‥‥と思う事だ」
翌朝、紅い月の二人は建材商人の元を訪れていた。
口封じか。館の前で倒れていた彼を助けたのもこの二人だ。
彼は、ずっと無言だった。
だが、側に妻がいる。
大丈夫だ、信じようと、彼らは思う事にした。
イグニスはやり場の無い怒りを吐き出す。
「‥‥気に入らないな、はっきり言って、気に入らない!」
試された。その上、それに敗北した。煮え切らない悔しさが胸の中に込み上げる。
「ナイフに毒が塗られていなかった事を考えてもぉ、彼らは本当に我々を試していたのかもしれませんねぇ」
「‥‥あいつらの言う事を信じるなら、少なくともセイラムで以降、暗殺は起こらないだろう」
それだけが救いだと、腕を深く組んだ勇人にエリンティアも頷く。
「ご無事で何よりです」
ギルスは深く頭を下げて大司祭を迎える。
「‥‥戦う事ばっかし考えてた。すまねえ!」
「魔法の変身を見抜けなかった事、許して欲しい」
シュナとジョーの謝罪になんの、と大司祭は大らかに笑った。
「元はワシのドジと、策謀からじゃ。皆には迷惑をかけたのお」
建材商人も、仲間も大司祭も‥‥誰も散る事は無かった。それだけでも彼らの勝ちだろうか?
勝たせて貰ったのかもしれないが。
「これは、警告‥‥目に見えて信じるもの。見えていても、信じてはいけないもの。聞こえなくても見える真実。そして‥‥見えるものが全てでは無い」
力を付けるごとに求められるものが増えていくようだ。でも逃げるつもりは無い。
「次に会う時は‥‥」
シエラは熱い思いを胸に抱いた。
「大司祭様、大丈夫?」
心配そうに問いかけるエルに感謝を告げると、彼はエルと、冒険者達の上に手を掲げた。
「汝らに感謝を。彼らの上に聖なる母の祝福があらん事を‥‥」
冒険者よりも少し早くセイラムを離れた影。
いつかまた出会う事があるだろうと、彼女は嬉しそうに微笑む。
「嬉しそうだね」
「ええ、これからが、楽しみですわ。彼らの上に大いなる父の祝福があらん事を‥‥」